39、先生の気持ち
菖蒲さんは1日中ずっと勉強している。それ程苦でもないのかいつもしているからなのか集中も途切れない。僕は途中から勉強を諦め夜遊びを覚えてしまったので結局、弟に全てを奪われたのも頷ける。ここまで努力はしなかった。ただ温もりが欲しくて誰かのそばに居た。
ふと彼女が居なくなる事が怖くて手を握ると、視線だけこちらに向け少し笑ってそのまま勉強を続けている。足枷を時折邪魔そうに蹴っているのが子供のようで可愛らしい。彼女は10は下だというのに、考え方や言葉遣いも大人びていて、自己を隠し周りにあわせて背伸びをしている僕とは違う。彼女が監禁されたと気付いて表出した感情は怒りのみだった。
「……あなたを心から軽蔑してる。」
真っ直ぐな瞳でそう言われた時すぐに解放しようと思った。でも泣きながら足枷を外した時、一気に不安が押し寄せて特別な存在の君を失うなんて言葉が出なかった。
菖蒲さんはこんな僕にご飯を作ってくれている睡眠薬や毒薬を入れられても構わないと思っていたのに卵焼きは今まで食べた中で1番美味しかった。
いっそここで殺してくれれば良かったのに菖蒲さんの手にかかって死ねるなら本望だったのに。美味しいご飯とその考えが僕を苦しめた。彼女は自分からは逃げないと言い切っただから、自分が彼女を解放しなくてはいけないと考えるとおかしくなりそうだ。
「僕は菖蒲さんを解放できるのだろうか?」
菖蒲さんはお風呂に入っている。お風呂から出てくると温かくて僕と同じ匂いがして幸せだけど、ふと我に返り彼女に幸せになってほしいと思っているのに、傷付け続けている事に怒りを感じる。
「幸せに?そんな感情生まれて初めてだ。」
菖蒲さんはベッドで眠りについている。そうか僕は彼女に幸せになってほしいのか、彼女の幸せってなんだろう。何だか優しい気分のまま眠りについた。
まどろみの中でベッドの中にも部屋にも彼女がいない事に気が付いた。
「ああ、とうとう逃げてしまったのか。」
彼女がいない事に激しい怒りを覚えた。僕は昨日からもうどこの鍵もかけていない、彼女は外に出たに決まってる、あの言葉を信じた僕を裏切ったんだ。だから今度は容赦なく手錠をして足枷をして全てを手に入れる。
「先生、おはよう。朝ごはんはパンと目玉焼きですよ。」
「君は…外に出たのでは?」
「えっ?出てませんよ。最初に約束しましたよね。嘘はつきません。さあ食べましょう。」
彼女はちょっといや、だいぶ変わっている。もしかして僕は男だと思われていないのか?手を出さないと思っているのか?だったら誰かのものになる前に。
「次やったら一生、女を抱けないようにしますよ。」
「はひ、すみません。」
「後、最初に殴ってくれましたもんねそれのお返しも兼ねています。」
よし彼女には歯向かわない。きっと彼女はゴリラか何かの生まれ変わりだ。
「君は本当に他の人と違うね。皆僕が求めれば喜んで体を差し出してくれたよ。」
コテンパンにされた恥ずかしさと拒まれた悲しさでヘラヘラと話す。
「へーそれで心は手に入ったんですか?」
「君さ心、心言うけどそんなもの必要ないだろう!」
少し声を荒らげる。子供に怒鳴るなんて自分でもびっくりだ。
彼女は怯える様子もなく呆れたように笑みを浮かべて、
「心が欲しいから私を監禁したんだろうが。体をくれる人じゃなくて私を特別だと思ったんやろ。だから先生がほしいのは恋人じゃない。あなたがほしいのは心から信頼出来る親友。」
「親友。」
「そうやろ?試してるんでしょ。手錠を外し、足枷を外し、部屋の出入りも自由にして勝手に外に逃げて、私が裏切るのを待ってる。」
「そんな、そんな事は。」
いや、そうかもしれない。何をしても離れていかない人を探しているのかもしれない。
「先生、スマホ貸してください。私の。」
「へっ?ああ、はい。」
そして僕は海に来ていた。




