62 正しさという歪み
「これが強さだよ」
先程見せた一瞬の表情とは一転、コロっと明るい表情へと戻っていた。この惨状を見るリュッカは慌てて確認を取る。
「あのっ! 人はいなかったんですよね!?」
「ん? ははははっ、大丈夫だよ。ゴブリンしか気配がなかったんだから問題ないよ。それに今のを人間がモロ食らったんなら、今頃このゴブリンと同じ末路さ……」
ゴブリンを見下した目で見て顎でくいっと指した。
「笑いごとじゃないよ! ホントにびっくりしたぁ〜……」
「いや、本当に笑いごとじゃないよ……」
アソルが先程の術を見て、真剣に……しかし、何処か追い詰められた表情をする。
「今の魔法……無詠唱で発動しましたよね?」
「うん」
「テンペスト・ウルフって上級魔法ですよね?」
「うん」
「何で上級魔法を無詠唱で発動できるんですか!? おかしいですよ!? わかってます!?」
アソルはクルシアを問い詰める。本来なら無詠唱で発動できる魔法は一部の無属性の魔法、鍛錬しだいだが他属性の魔法も中級魔法くらいまでが限界とされている。
だが、アソルのこの反応を見るあたり、予想以上の事をしでかしたらしい。
「ふふ……それに関しては、な・い・しょ」
可愛いらしい素ぶりで誤魔化して見せる。そんな穏やかな状態ではないのだがと改めて魔法の発動跡を見る。
これが魔法。この世界へ来て、俺も魔法を使ってきた。それで魔物だって殺した。だけど、これほど明確に恐ろしいと感じたのは初めてだった。身震いする思いだ。
そんな驚愕する俺達には相変わらず御構い無しのこの男は語り出す。ホントに空気の読めない……いや、読まない男だ。
「どう? これが弱い者の末路さ。強い者に弱い者が淘汰される……常識でしょ?」
シンとした冷たい空気が流れる。この無邪気な声があまりにも邪悪に聞こえた。リュッカは重く口を開いた。
「……だから弱い者は悪くて、強い者は正しいと……?」
彼の言葉から確かにそう読み解ける。だが、彼は首をわかりやすく振った。
「違うよ?」
「……!」
「だって、ほら見てよ」
指差す方向には先程の嵐が駆け抜けた光景がある。
「これを見て、君達はどう思った? その表情を見るところ、怖いって思ったろ?」
無邪気な笑顔で首を大きく傾げて尋ねられた。確かに俺達、全員いい顔はしていなかったと、お互いの顔を見合わせる。
「つまりはこういうことさ。強くても使い方や立場……肩書きによってその力の立場が変わってくる」
「力の立場……」
「そう! だって、この力だってみんなが絶望的なピンチの時に使って助けたらどうよ! ボクは一躍ヒーローさ! だけど、今君達は冷静に物事を見るという立場にあった。だから恐怖したのさ」
この光景を指して説明する。
確かにこれが、強い魔物に囲まれて使われたら、素直に嬉しいかもしれない……何せ助かるのだから。
でも、ゴブリンのような雑魚にこれほどの魔法は確かに必要ない。そう考えるから恐怖したんだ。
自分にも向けられるのではないかと。前者でも考えられる話なのに考えられないのは、彼の言う立場が物を言っている。
「要するには正しく使えって事だよね?」
「そうだけど……そもそも正しいって何?」
この空気を読まない男はまた哲学的なことを言い出す。それに対し、皆苦悩の表情を顔に出す。
「フフッ……少し考えればわかることさ。この世界の正しいは歪だって……」
「正しいが歪?」
「そう! 今言ったことと照らし合わせるとわかりやすいよ。例えば……コイツ!」
腰に差していたであろうナイフをゴブリンの胸に刺す。
「『人』という立場が『魔物』という立場を殺す……正しい? 間違い?」
「……えっと正しい……じゃないかな? 魔物は世界に魔力を巡回させる存在ではあるけど、同時に害悪でもあるから……」
アソルのその答えに意味深に無言で頷く。アソルの言っていることは間違いではないと、異世界から来た俺でもわかる。
実際、アイシア達は魔物に襲われ殺されかけた。その事実が色んなところで起きて世界に蔓延している以上、答えは正しいだと確信できる。
「じゃあ、『人』という立場が『人』という立場を殺した場合は?」
「そんなの決まってるよ、間違い! これ一択だよ!」
アイシアが即答した答えは、誰だってそう考える。そう思ったが、この男の考えは違うようで。
「何で?」
「えっ? いや、何ではこっちのセリフだよ!」
「じゃあ戦場で人を殺すのは? 死刑囚を殺すのは?」
「え……」
反論していたアイシアの口が思わず紡ぐ。それに対し、俺が反論する。
「それには理由が伴っているから正当化されてしまうんでしょ? 悲しいけど……」
「そう、人が決めた理由という名のルール。……正しいも一緒さ。さっきの質問だって、人という立場の肩書きや立場が違えば正当化してしまう。戦場という立場が、死刑囚という肩書きが、殺すを正当化する」
歪んだ考えだと思う。でも、このルールを決めたのもまた人だ。皮肉なものである。
「皮肉だよね〜。神様が作った生と死というルールに人間がさらにルールという汚いペンキで塗りたくって、死を弄んでるんだからね〜」
「そういう話はやめてよ。気分のいい話じゃない」
気軽な口調でこんな重い話をするこの男を強い口調で咎める。流石に言い過ぎたと空気を今度は読んだクルシアは結論を話す。
「つまりはアレだよ、正しいは存在しない。正しいを証明して、正しいをどう押し付けるかだよ」
「押し付ける……」
「そう。それのわかりやすい例が強ささ。強い者は弱い者を淘汰できる。だけど、弱いという立場を利用すれば強い者にも対応できる」
「それって……力を合わせればって話ですよね?」
リュッカのその答えには、ふるふると首を振る。
「合ってるけど、違うよ。弱い者にも強い者と同じ力を持っている……」
「それは何ですか?」
胸にそっと手を当ててゆっくりとはっきりと答えた。
「心だよ」
「心……」
「そうだよ。弱い者が強い者を悪人と呼べば、周りはどう反応する? 強い者は力を誇示して悪いことをしていると誤認されるだけでも強い者は立場を弱くする。最終的には弱い者が勝つ……どう? 中々理不尽だろ? その弱い者が言った言葉が本当かどうかもわからないのに弱いとい立場が強さに変わる」
「だから正しいを押し付ける……」
ウインクして愛想よく、綺麗に指を鳴らす。
「その通り! どう? 中々面白いだろ? 人間って。結局、何が正しいのか間違いなのかなんて、個人個人の価値観から決まるものなのさ」
言わんとしていることはわからないではない。人は理不尽で世界は不条理で……。向こうでも一緒だ。みんながみんな幸せに暮らしているわけではない。
クルシアの言う……正しいの理屈もまた、個人の価値観によって答えもまた変わるのだろう。
「で、最終的に何が言いたいかというと、ボクがゴブリンの死体を無造作に扱うのは、ボクの価値観では正しい、君達の価値観では間違いに見えるだけってこと」
「あ……そこに戻るんだ」
一気に空気が晴れた。戻る箇所がおかしい気はしたが、重い空気よりよっぽどマシだ。
「人間は正しいに理由をつけて、それを他人に正当化させて正しいを認識させるってことさ。その為には強さや弱さではなく、立場の利用を考えようって結論さ。どう? 中々面白い話でしょ?」
はぁと疲れた重いため息をする。
「お前は結局、ゴブリンをぐちゃぐちゃにするのは正しいの押し付けでいいのか?」
「せいか〜い!!」
「押し付けられてもねぇ……」
すると、トコトコとリュッカとアイシアの前に来て、人差し指を立てて、教えを悟す。
「君達はこれから王都だっけ? 行くんだろうけど、他人の意見に流されることなく、自分の正しいを見つけて、押し付けられるほどの強さを持つんだよ」
「は、はい」
たじたじに生返事をした二人。俺は念押しする。
「あんまり、こいつの意見を鵜呑みにするなよ。コイツは少し歪んでいる」
「手厳しいな〜」
クルシアは苦笑いして見せた。こういう表情を見ると、別に何とも思わないが、さっきの魔法の発動といい、発言といい、何か喉に詰まるような淀みを感じざるを得なかった。




