61 嵐の狼
「よーし! じゃあとりあえずはこの香水の匂いが消えるまではゴブリン狩りといきますか……」
両手をぐっと伸ばして身体を伸ばす。だが、その前にと身体を引き裂かれ、ドロッと血を流すゴブリンの死体に近づく。
「コイツらの魔石を忘れてた〜♩」
また派手に音程を外しながら、オリジナルの歌を披露する。ゴブリンの悪臭も何のそのと魔石があるであろう場所に手を無造作に突っ込み、弄る。
「ゴブリンのグチャグチャの〜内臓を〜混ぜ混ぜ〜♩」
歌の内容もそうだが、絵面も酷い。血のついた生肉の水音が静かに立てる音も気持ちのいいものではない。
だが、御構い無しに手を血で真っ赤にしたクルシアは適当にゴブリンから魔石を引きちぎる。
「ブッチーー!!」
「あのさ、せめてその気味の悪い歌……やめない?」
ん? と不思議そうにこちらを見る。俺達一行は魔物とはいえ、その無残な肉片に同情を抱いてしまう。
「あまり死体を虐めるもんじゃないよ……」
この中で一番の年配のバトソンがいつも通りの落ち着いた物腰で話す。だが、彼は子供じみた声で反論する。
「ええ〜っ!! コイツから襲ってきたんだから別にいいじゃん。コイツが弱いのが悪いんだよ」
膝を折り屈んで、つんつんとそこに転がっていた枝木でゴブリンをつつきながら、子供のような論争を話す。
「だからって無下に扱っていいものでもないですよ……」
じっとクルシアは俺達を見ると、罪悪感に駆られたのか、ポイっと枝木を放ると投げやりな返事をした。
「はいはい。やめればいいんでしょ。まったく……でも、魔石は取るよ」
引きちぎった魔石を手元でポーンと投げて見せたが、すぐにパシッと手で取ると何かを感知したのか。悪戯でも思いついたかのような表情を浮かべる。
「まーた寄ってきたね〜」
どうやらゴブリンが寄ってきたらしい。俺達も武器を構えようとする。
「あーあー待って待って! せっかくだからボクの力……強さを見せてあげるよ」
すると彼の周りが何やら物々しく騒ぎ出す。魔力が一斉に彼に集まるかのように彼を中心に振動がなる。ローブを靡かせ、楽しげにニヤつきながら、ゴブリンの気配があろう場所に右手を広げてかざす。
「――テンペスト・ウルフ!!」
彼の周りから四つの風の塊が唸る音と共に現出。咄嗟に屈んで身を守るが、身体が持っていかれそうな勢いである。台風が吹き荒れる中、車に乗って揺れ動いているような感じだ。
すると瞬時に風の塊から狼の姿をした竜巻が渦巻きながら飛び出すと、この森の木々を激しくなぎ倒しながら風の狼は駆け抜ける。
「ははははーーっ!!」
テンションが上がってか、次々と倒れ破壊されていく木々を見て笑うクルシア。その中にはゴブリンの姿が無数にもあったが、この吹き荒れる狼の竜巻の前に為すすべも無く、先程のゴブリン達よりも残酷にえぐり倒す。
この間、一瞬の出来事。彼の前数十メートルには無残な木々の残骸、まるで削岩機でえぐったかのような地面には削り跡。ゴブリン達も身体がズタズタ、半分消失しているものもあった。
俺は恐怖を感じざるを得なかった。俺の世界でも台風はあった。自然の災害というのは脅威であり、人間には抗いづらいものだ。
だが、この男はそれを人為的にやったのだ。異世界へ来たのだ……これが出来るのも常識なのだろうが、俺は、はっきりとこの世界の常識を疑った。
「こ、こんな事が……」
たじろぐ俺はちらっとクルシアを見る。その顔は……何処か禍々しい笑顔をしていた。




