28 止めてほしかった
――いつだっただろうか。
片腕を無くしたバザガジールは、かなり消耗しているアルビオと激突を続ける中、今更と自分から切り捨てた質問にも関わらず、小骨が引っかかっているかのように気にかかった、最初の戦った理由を考える。
幼い頃から両親は居らず、気付けば戦いに身を投じていた記憶が霞がかっているのは思い出せる。
しかし、それ以降に思い出せるのは、ここ最近のことばかり。
昔、興味を示した強者と呼ばれ、殺した者の顔さえももう覚えてはいない。
そう考えれば、バザガジールはただ純粋に戦いを求めていたように自己分析ができる。
実際、今アルビオと戦っているこの瞬間も、楽しくてやめられない。
二人だけの極限の瞬間、飛び散る生々しい血、激しく胸を揺さぶる心臓、相手を追い詰め、自分の力を誇示できる喜び、そして――自分の全てをぶつけられる相手との旋律。
戦いは対話だ。
お互いの技と拳を交えることは、自分の努力の証明をし、高鳴る心臓は欲求を満たしたいと望む渇望を叫び、相手を圧倒する瞬間は勝利の感情に浸る。
流す血はその戦いを物語る芸術であり、戦う二人を中心とした背景には、二人の血で彩られることだろう。
そしてその感情をより高いものに仕上げるには、相手も相応、もしくはそれ以上を求められた。
だから戦った。
自分の中にある渇望を潤すために、強者と呼ばれる存在を狩尽くし、周りがどれだけ自分を恐れようとも、敵視しようとも気にすることなく、自分のキャンパスを赤黒く染めていった。
その行き着いた先に、何も無いなどとは当時は理解できるはずもなく、戦いの芸術、命の奪い合いに取り憑かれたバザガジールはこれを繰り返した。
そして目の前には赤黒い景色しか残っておらず、気付けば孤立していた。
自分を満たしていた命が脈動していた戦場は存在せず、気付けば自分の知らない世界が広がっていた。
平和という世の中は、一般人からすればとても心地の良い景色であるが、バザガジールからすればとても虚しさを覚える景色であった。
そんな中でも小競り合いくらいはあるが、顔を覗かせれば、相手は恐怖に染まり、萎縮する弱者ばかり。
苛立ち、怒りのままに拳を振るったこともあったが、虚しさを宿したバザガジールに、その行為も無意味なものだと悟ることに時間はかからなかった。
自分よりも強い強者は存在せず、怯え、平和を満喫する弱者のみとなった世界に、生きがいを失ったバザガジール。
そんな時に希望が目の前に現れる。
その希望は、自分と同じほどの強さがありながらも、無邪気な笑みを向けて語った――。
『――自分を殺し合える人間を何で待つの? 育てればいいじゃない』
バザガジールは、自分には無い発想をした無邪気な少年の容姿をした狂人に救われた。
彼が語る人生観察に、最初こそ意味がわからなかったが、今戦っているアルビオと戦ったことをきっかけに、弱者の意味を少しずつ知っていく。
人の強さの概念は心にあるのだと語る狂人。
ふと自分のことを考えてみた。
幸い、平和の世になって考える時間は腐るほどあった。
自分が強くなった理由は、やはり実戦経験によるものだろうと最初は考えたが、どうもそれだけではない気がしてきた。
アルビオをきっかけに、手加減しつつも弱者と戦う機会が増える中で、彼らから自分には無い強さがあることに気付いていく。
特にアルビオの成長には目を見張るものがあり、バザガジール自身、楽しみの一つとなっていた。
最初こそ、簡単にくびり殺すことができるほどの弱者だったが、事を解決していく度、自分と戦う度にその強さは研ぎ澄まされていくような感覚があった。
それこそ戦場の拳での語らいというものだっただろう。
アルビオから伝わるのは、追いついてみせると食らいつくような闘争心。そして自分の立場から出る責任感。
勇者の末裔と呼ばれた彼からは、弱者でありながらも期待に応えようとする気概を感じざるを得なかった。
バザガジールも交える度に、その責任感を強く感じることがある。
それが狂人のいう心の強さの一つではないだろうか。
だから自分にもそんな感覚があったのではないかと考えるが、やはり思い出すことはない。
赤黒く塗り潰されたキャンパスには、どうも昔のことを思い出すようにはなってないらしい。
そんなことを頭の片隅に、龍神王を殺したり、獣神王と戦うなど、アルビオ以外の接触で感性が戻りつつあるも、どこか相手のことを知る楽しみも増えてきた。
だからか弱者との会話も戻りつつある中、ひとつ、恩人である狂人を裏切るようなことをした。
***
「いやぁ……中々素晴らしかったですよ。ザーディアス殿」
「ごほっ! は、はは……お褒めに預かり光栄だね」
クルシアの予想通り、ザーディアスは裏切った。
人工魔石に情報を流し、クルシアの計画を暴露すること。
今までは許されてもいたが、異世界という未知の探求、しかもバザガジール自身も勇者と同格の人間と戦えるという、目先の欲求にくらんだこともあり、見逃すことはしない。
いつかは裏切るだろうと予想はしていたようだが、この裏切りだけは許されることはない。
だが、
(せめて楽に殺してほしい……か)
クルシアからそう指示を受けていた。
バザガジール自身は、実はザーディアスとの対決も楽しみにしていた。
次元魔法を自在に使っての、先の読みづらい戦闘スタイルには心躍るものがあった。
だからか、クルシアの指示通りにはしなかったし、自分自身、いつの間にか加減をして、楽しむ癖もついてしまっていた。
だから目の前にはボロボロのザーディアスがいるわけで、
「何か言い残すことはありますか?」
今までの自分ならそんなことを言うことは珍しかった。
こんな質問が出たのは、クルシアの影響があった。
あの指示を出す理由として、クルシア自身もザーディアスに何かしら、思うことがあったからの指示だったのではないかと思った。
その質問にはザーディアスも目を丸くして驚いた。
「はは。お前さんでも、そんなことを聞くんだな?」
「まあ、一応」
「そうか。言い残すことか……」
ちょっと考えるからタバコを吸わせてほしいと言われたバザガジールは、ザーディアスの性格上、逃げ出すことや反撃の隙を窺うなんてことはしないと判断し、了承。
返答があるまで待った。
「そうだなぁ……色々あるが、まあ、クー坊にだな」
「クルシアに?」
「ああ。もう許してやれよって伝えてくれないか?」
意味がわからなかった。
クルシアは何を許していなかったのだろうか?
普段のクルシアの振る舞いを考えると、何かを許せないほど憎んでいる様子もない。
だからか、素直に尋ねた。
「何を許すのだ?」
再びザーディアスの目が丸くなった。しかも先程より驚いた様子で。
「ははっ! さあな。俺もわかんねえよ」
「答えになっていませんが……?」
「まあ、あれだ。クルシアがやっていることは世の中に対する不満をぶつけてるだけだ。だから許してやれって言ってるだけだ」
ザーディアスにはそう見えるのだと語った。
不満をぶつける?
やっていることといえば、好き勝手に暴れ散らかし、時に人助けをし、時に人を困らせ、時に残酷なまでに謀略する。
勝手気ままな狂人だが、
「言われてみれば確かに……」
言動や表情ではまったく不満は無さそうに見えるが、行動が支離滅裂で、兎に角なんでも壊したがる子供のようだ。
「……お前さんも随分と丸くなったなぁ」
その発言に微笑まれながら、そう言われた。
「昔のお前さんなら、とうに俺なんて殺されてただろうに……」
「そう、でしょうか?」
「おいおい、自分のことだろ? 全部はわからなくても、ちょっとくらいは理解しとけよな?」
周りから指摘を受けるほど、バザガジールは自分のことにもあまり興味は無かった。
求めてきたものはいつだって、命を賭けあった死闘だったから。
だが今は別のことにも余所見ができてしまうほどに、ザーディアスの言う通り、丸くなったのだろう。
「貴方は何故、クルシアについたのです?」
ザーディアスはもう驚かなくなっていた。
そしてその質問に対し、いつものはぐらかす答えは捨てた。
「まあ、昔の俺に似てたのよ。誰も信じてやらねえぞっていう、あの背中がな」
ザーディアスがクルシアのような性格だった時があったのだろうかと疑問に抱いたが、似ているにも種類があることはわかる。
ザーディアスはどこかしらで、クルシアの本心を理解していた部分があったのだろう。
今の自分を見透かしたように、この男には、本人すら把握していない何かを読み解く能力があるのだろう。
「私にはそう見えませんが……?」
「だろうな。俺とお前さんじゃあ、視点が違う。お前さんはクー坊に救われた身だろうが、俺はあくまで金で雇われてる。俺はお前さんとは距離が違うのさ……」
バザガジールも別にクルシアに対し、献身的だったわけではない。
むしろザーディアスの方が友好的だったように見えていた。
「俺は顔色を窺うのが得意だからな。伊達に長年、冒険者なんてやっちゃない。だから傍観者になれたし、クルシアとって都合のいい関係を作ることもできた。お前さんとは見え方が違うってのは、そういうことだ」
傍観と言われると、どこか納得がいった。
ザーディアスは確かにクルシアと親しげではあったが、作戦概要にあまり意見せず、従っていただけなのは事実だった。
どこかでザーディアスはクルシアとの間に線引きをしていたのだろう。
「そしてお前さんと俺も似ちゃあいるが、違う」
「私と……貴方が?」
全然似ていないだろうと首を傾げるが、違うとも言われたので、ちょっと言葉を待つ。
「俺だってお前さん同様、西や南の内乱経験があるのさ。冒険者はそういうのだって狩り出される。お前さんだって何人も冒険者を殺したろ?」
そう言われても思い出せないと、きょとんとするしかなかった。
すると軽く笑われた。
「まあいいや。そこで見た戦場の景色の見え方はきっと違ったものだったろう。お前さんは強くなり、命を賭け合う素晴らしい環境だったろうが、俺からすれば悲しいだけの戦場だ。お前さんみたいに獣にはなれんよ」
「失敬な。私は人間ですよ」
するとまた軽く笑われた。
「悪い悪い。……だがまあ、そういうことだ。俺から見たクルシアは世の中を許さないと不満を吐き捨てるだけの道化師だ。あれじゃあ、いつまで経っても変わらんままさ。だから、許してやれって伝えて欲しいのさ……」
戦場を駆けた経験、闇属性持ち、魔力タイプ、共通点はあれど、考え方や捉え方がまったく違うのだと気付く。
それはクルシアにも言われていたこと。
人は集団意識に呑まれることが多いが、少数派の連中は考え方が違い、頭一つ抜けた存在になるのだと。
そう言って――、
『君もそうだろ?』
と微笑まれたことがあった。
ザーディアスは自分とは違う、クルシアとの関係を築いていたのだろうと悟った。
それと同時に、
「貴方が言ってやっては如何ですか?」
自分にはそれを語る権利が無いことも悟った。
自分も何かしらクルシアと同じ不満を持って、拳を振るってきたと悟ったからだ。
だからクルシアとの良好な関係を築けたとも考えている。
だが、あのクルシアを万が一、救いを求めているのであればその役目は自分でない。
「お、おい……」
バザガジールは傷だらけのザーディアスを置いて、その場を去った。
きっと自分がクルシアによって変わり、人生が変わったように、クルシアもまた、誰かに変えてもらう必要があるのだと考えた。
出逢った頃より変わらない、あの親友を。
***
――ザーディアスを見逃すことが、クルシアにどんな影響を与えるかはわからない。
それでもバザガジールは何故か、ザーディアスを見逃さなければいけなかったと、本能的に考えた。
それはクルシア自身が変わってほしいと心のどこかで願っているのではないだろうか。
いつも明るく振る舞いつつも、誰かにかまって欲しそうに、めちゃくちゃをするクルシアを。
だからバザガジールは、自分にやれることはする。
この振り上げた左拳がクルシアの道を開くと信じて。そして自分自身でもわからない行き着く先の未来を信じて。
思えばこれが自分のためではなく、他人のために振るう拳なのではないかとふと感じた。
だが打ち出す攻撃の中で、必死にこちらを攻めるアルビオを見て、また疑問を抱いた。
――私の本当に求めているものはなんだ?
互いの死力の限りを尽くし戦うことはもちろん望むことではあるが、ふと深いところには別個の理由があるのではないかと過った。
アルビオが戦う理由はなんとなくわかる。
遠くから見守る人々、ハーメルトという国を背負い、それを破壊しようとする自分達を阻止するため。
果敢に攻め続けるアルビオは勇者ではなく、一人の男として決着を望むとは言ったものの、その理由があってこそ、この戦いがある。
自分ではわかるはずもない理由。
戦いに明け暮れ、その血に染まった景色で塗り潰された先を見ようとは考えなかった。
だから渇望していたのか? だから求めていたのか、強者を?
戦い続ける限り強くなる自分は、果てを知ることなく、進むことしかないのか。
そこまで慢心はしていない。
始まりがあれば、終わりもある。
その終着はどこにある。
まだ先か? それとも目の前にあるのか?
「――バザガジールっ!!」
終着は突然だった。
その光景は戦っている当人達を含め、全員が驚愕し、息を呑んだ。
フィンの精霊の剣が、バザガジールの身体を貫通していたのだ。
利き腕を失ったバザガジールが、疲労困憊ながらも攻めることをやめなかったアルビオが致命傷を与えることは、時間の問題ではなかっただろうか。
いくら最強と呼ばれる殺人鬼でも、片腕を無くし、戦い続けることは困難。
龍神王のように、即座に決着がつけられるならまだしも、アルビオはバザガジールの実力に迫るものがあった挙句、急に片腕を無くした人間が今まで通りの体感バランスを取れるはずもない。
現に片腕での戦いをしているメルトアも、本来なら引退を考えるのが普通だが、かなり無理を押しているのが実情。
クルシアのような半魔物状態でもないバザガジールが、隙を作ってしまうことは必然だった。
だがこれをバザガジール自体も想定していなかったわけでもない。
それでも戦いを選んだ理由は、やはりこの空気を味わい尽くしてみたかった。
命に変えられない、自分が望む戦いがあると思ったからである。
だが――いざ終演を迎えてみればどうだろうか。
自分の胸を突き刺す黄緑色の刃、そこから滲み出る血を見たが、不思議と痛みはなく、何故か達成感を感じていた。
「……ああ」
どこか掠れた声で納得した。
自分の求めていた答えが今、目の前にある。
「アル! まだ油断するな! ここは畳み掛けて……」
バザガジールは剣を突き刺すアルビオを蹴り飛ばす。
「――があっ!?」
アルビオはフィンを離すことはなく、刺された部分から血が大量に噴き出る。
それを見たアルビオの表情は、とても勝者がする表情ではなかった。
まるで勝った気がしなかったとでも言いたげな困惑した表情。
「バザガジールっ!?」
「……致命傷です。本当に……本当に、驚きましたよ。一瞬の不意を突かれましたね」
致命傷なのは流れる血を見ればわかること。
ボタボタと血が垂れる音すらするほどだ。もう助からない。
「アルビオ……貴方は言いましたね? 最初の戦った理由を……」
「え、ええ。でも忘れたと……」
「ええ、忘れていますよ。もう覚えていません。ですが、私が戦い続けた理由ならわかりましたよ」
「はっ! そりゃあてめえがただの戦闘狂だからだろうが!」
その精霊の言う通りだろう。
自分は戦闘狂だった。側から見ても間違いないだろう。
アルビオはフィンに口をつぐむように言うと、
「その理由とは何ですか?」
警戒しつつも、優しく尋ねてきた。
まだ自分のことを予断を許さない相手だと思っている証明だが、まだ甘さが見える。
だが、それも移ってしまったのかもしれないとほくそ笑む。
「――止めてほしかった、のでしょうね……」
「……!」
今思えばクルシアの提案に乗ったのにも、無意識的に思っていたのかもしれない。
自分の罪を咎め、止められるほどの人物と出逢うことを。そして裁いてくれる時を。
それとも一人孤独を進む自分を、誰かが止めてほしかったのか。
どちらにしても、
「私は、戦い自体に重きを置き、その先を見据えてはいなかったと思っていたんですがねぇ……」
それに気付いたのが、胸を貫かれてからというのも自分らしいとバザガジールは笑った。
「まさか……死を望んでいたとは……」
「――それは違う!」
目の前にいるアルビオは、目にいっぱいの涙を浮かべながら否定した。
「貴方は戻りたかっただけだ! 貴方が忘れてしまったありふれた日常に。……確かに戦いに明け暮れたいと願うその気持ちに終止符を打ってほしいと願ったことかもしれないが、それはやっぱり……戻りたかっただけなんです!」
思えばクルシアと話す時間は、割と緩やかな時だったかもしれない。
内容はさておき、こうあればいいなと語らうことに心地良さを感じていた。
あの時間は友人と過ごしているかのような時間だったように思える。
昔にも共に戦場を駆けた友人がいたように思う。
そう考えると、
「……ああ。そうかも、しれません、ね」
どこか納得がいってしまった。
その場で倒れ込み、崩れた岩場に背中からもたれつく。
納得して力が抜けたのか、血がもう止まらない。意識も薄れていく中、アルビオが周りの精霊達の心配を振り切り、駆け寄った。
「バザガジール! 僕は……貴方を救いたかった。本当は……本当は……」
「構いませんよ。敵への、情けなど、必要、ありません。それに……救われていますよ。感謝、しています」
自分の望む戦いをして、全力を尽くして敗れ、死の間際に本当に望むことを思い出して、止まることができた。
進み続けてはいけない未来を止めてくれたこと、そしてそこから新しい来世に行けることには感謝せねばならない。
だが目の前の少年は、それでもバザガジールとして未来を生きてほしかったと願う。
バザガジールは、そんな甘い少年の頭を撫でた。
「無用な心配でしょうが、私のように、なってはいけませんよ。それと……もう少しだけで結構、その甘さを少し、ここへ置いていきなさい」
するとアルビオは首を横に振った。
「甘さは捨てません。それが、僕だから……」
「ああ……そうですね」
もう死が近い。それをアルビオもわかっているのだろう。
「もし、もし生まれ変わったら、今度は仲間として戦いましょう。そして、笑い合いましょう」
昔の自分ならば、そんな甘い未来など一蹴するところだっただろう。
「ああ、いいですね。私達が共に……ですか。来世が、楽しみ……です」
心地良い眠りにでも落ちるように、バザガジールはゆっくりと息を引き取った。
良い来世の夢を見るように――。
「終わったようじゃの」
バザガジールとアルビオの戦いに決着がついたことを確認してか、リュッカ達が到着。
「大丈夫ですか? アルビオさん」
「は、はい……」
身体の傷は勿論だが、どちらかと言えば精神的な面の方がやられているように見えるリュッカ。
「大丈夫ですよ。これで、良かったんだと思います」
獣神王のように耳が良いわけではないリュッカだが、アルビオが落ち込む理由には検討がついていた。
バザガジールとの決着が望んだものではなかったこと。
それでもこの言葉で良かったと考える。
「リュッカさん……」
「私、初めて見ましたよ。この人の――こんな穏やかな顔を……」
バザガジールの表情は、解放されたかのような穏やかな眠りについた表情をしていた。
この表情を改めてジッと見たアルビオは、再び涙を零す。
「こ、これで……良かったのかなぁ?」
「ええ」
「本当に、本当ですか?」
「ええ」
アルビオはいつの間にか、側にいたリュッカに泣きついていた。
溢れ出す複雑な感情達が涙の粒に変わっていく。
「――あ、ああ……! ああああっ!!」
リュッカは泣き叫ぶアルビオを受け止めながら、バザガジールを見て思った。
この人は戦いに身を焦がす可哀想な人だったと思ったけれど、道化の王冠の中では、一番、筋を通していた人だったとも思う。
だからか、この決着のつけ方。そしてアルビオについたこの心の痛みはきっとかけがえのないものとなる。
そんなアルビオを支えてあげよう。
感謝と敬意を込めて、良き戦友であり、まるでアルビオの兄のような、強敵バザガジールに微笑んだ。
「……ありがとうございます。バザガジールさん」
 




