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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
10章 王都ハーメルト 〜帰ってきた世界と新たなる勇者〜
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12 戦場で研ぎ澄まされし者達

 

「あ、あの……」


「なんだい?」


「こんなに木の根を生やして大丈夫ですか?」


 まるで何時ぞやの巨大大樹が襲ってきた光景が広がっている。


「大丈夫さ! ちゃんと人がいないことを確認して出してるし、それにあの二人の戦闘で建物が倒壊しないようにするための措置でもあるのさ!」


 ノワールの背から見る王都は、大きな木の根がまるでドームのように丸みを帯びる形で守られている。


 アルビオとバザガジールも市街地ではなく、いつのまにか太い木の根の上で激しい戦闘を繰り広げている。


 その戦闘は誰も入る隙などまったくない。


 リュッカは自分がアルビオの手助けができるのか、不安になるが、それ以上に心配なのが、


「これだけの魔力を使って大丈夫なんですか?」


 アルヴィの大量の木の根の現出魔法に、フィンとルインを使った超高速戦闘。


 魔力の消費が凄まじいのは言うまでもない。


 それにアルビオの精霊達を召喚する数にも限度があるはず。


 多ければ多いほど、制御や魔力の分配バランスなど、熟練の召喚士(サモナー)でも中々厳しい。


「その点も大丈夫さ。アルビオは今、四体同時に召喚、使役できるからね」


「そ、そんなに……」


「それにどうやらそこまででもないらしいよ」


「えっ?」


 遠巻きに覗く二人の戦闘に、リリアが得意とするような黒い影の攻撃が追加されていた。


「――フフ。良いですね、素晴らしいですよ!」


「ザドゥ! 影魔法で僕らの援護を!」


「了解」


『いくぜぇ!! こらぁ!!』


 フィンのその掛け声に乗るように、アルビオも調子を上げていく。


 光と風の付与魔法(エンチャント)はアルビオの攻撃速度をどんどん上げていく。


 それに合わせるようにバザガジールも、加速していく。


 激しい衝突音が王都内に響き渡る。


 互いの駆け引きはコンマ単位で行われる、正に一瞬一瞬の刹那の戦い。


 そんな高速戦闘の中をザドゥの影は、アルビオの動きを阻害するどころか、サポートするほどの援護力を見せる。


 バザガジールには行き着く暇を与えまいとする猛攻。


 だがバザガジールも伊達に最強とは呼ばれていない。難なくその攻撃を捌き続ける。


「あれだけの互角の戦いをしていれば、入る余地なんて……」


「そんなことないさ。残念だけど、アルビオが奴の領域まで辿り着いてはいない。どこかに綻びが生まれるはずさ。そこをカバーするのが僕らの仕事さ」


 そんな隙などあるのだろうかと、思わず身を乗り出して構える。


 だが様子を(うかが)っていたのは、上空のリュッカだけではなかった――。




 これだけの大樹の根が張り巡らせた王都に困惑する国民は勿論、解決に乗り出そうと考える冒険者達の姿もあった。


 国民達は騎士隊の指示の下、建物内へ避難せよとの声がする中で、


「あれは……バザガジールか!?」


 ハーディスから固く異世界の件を口止めされたジード達は、空を覆う木の根を見上げる。


 魔力の反応からしても戦っているのは、バザガジールとアルビオだとわかる。


 そして空を飛んでいるドラゴンも見かけた。


「背中に乗ってるの……あれはリュッカよね? アイシアじゃない?」


 状況が読めないジード達だが、わかることもある。


 バザガジールが襲撃しているということは、ハイドラス達になにかがあったということ。


 実際、さっきまで膨大な魔力が集中していた感覚を皆が感じ取っていた。


 ザーディアスの件を引き受けたばかりだというのに、この急展開。少しは情報が知りたいところ。


 すると、


「さっきのヤバくなかったか?」


「あ、ああ。なんだったんだ? あの魔法使い……?」


 何かを目撃したのか、妙な会話をする男性達がいた。


 サニラはズカズカとその男達に近寄ると、腰に手を当てて尋ねる。


「その話、詳しく聞かせてくれる?」


「「えっ?」」


 こんな状況でヤバい魔法使いなんて話をされれば、何かしら関係のある話だと、サニラのアンテナは感知。


 するとその予感は的中した。


 なんでも膨大な魔力が集まっていた際に、この男性達は妙な魔法使いが魔法陣を使用していたことを目撃していた。


 するとその魔法使いは、その魔法陣の効力のせいなのか、光の塵となった消えていったという。


 勿論、その魔法使いはその現象に恐怖した様子だったと話す。


 この男性達は、自滅したのではないかとか、今尚、戦闘が繰り広げられている一味の仕業ではないかなど、噂話を口にしていたのだ。


「――なるほど、妙な話だが、あのクルシア達が関連していると無理やり括りつけると、その魔法使い達を利用したと考えるのが自然か……」


「それでその作戦を阻止するために、アルビオはバザガジールと戦闘を行なっているってところかしら?」


「あーっ! 推測したってしょうがないぜ。王城に行って訊いてきた方が早え!」


 それはバークが言わなくても一同わかっている。


 しかし、上空を覆う木の根の上で戦うアルビオを放置するというのは頂けない。


 だが加勢しようにも相手はバザガジールだ、簡単にあしらわれるのが目に見えるのも事実。


「あ、あの……」


 するとエミリに何か提案があるようで、真剣に話をしているジード達に意見する。


 アネリスが身を屈めて尋ねる。


「どうしたの?」


「あ、あの人に訊いてみるのは、どうですか?」


 エミリが指差したのは上空。


 木の根の隙間から旋回する姿をチラチラと見かけるリュッカだった。


「それは考えたけど、こう距離が離れていてはな」


「それにあの様子からして、二人の戦闘の様子を窺ってるようなの。下手に私と話しているうちに進展があると、向こうの阻害になるわ」


 だがエミリは、エルフだからなのか、ある変化を口にする。


「こ、この木の根なんですけど、これ、精霊様の気配がする」


「! 何だって……?」


「そ、それと地脈を流れる魔力がさっきから変です。淀んでみたり、流れが先止められたり、浄化されたり……」


「ちょっと貴方達!」


「「は、はい!?」」


「その魔法使いがいた場所、覚えてる?」


「あ、ああ。覚えてるよ」


 そう言うとジードとサニラはその男性達に案内を頼むと、


「わ、私。この木の根から精霊様と接触できないか、試してみます」


 エミリはこの木の根を展開する精霊、おそらくはアルビオの精霊だと考え、状況を知ろうと考えたようだ。


「わかりました。グラビイス、アネリス、バーク。エミリちゃんを頼みましたよ。オウラ君は私達と……」


「お、おう。行ってくる」


 オウラは案内を急かすサニラ達と共に、その魔法使いがいたと思われる場所へ向かった。


 そしてエミリは宣言通り、この木の根から接触を図る。


「エルフは森の使徒だからか。そんな作戦を思い付くのは……」


「でも無理はしちゃダメよ。無理だと思ったら、すぐ引くこと。いいわね?」


「は、はい。アネリスさん……」


 スッと木の根に触れて干渉する。


 ぶわっと柔らかい風が包むように、緑の魔法陣がエミリの下で展開。


『精霊様。精霊様。私の声が聞こえますか?』


 するとリュッカの隣にいたアルヴィがぴくんっと反応する。


「どうかされましたか?」


「いやぁ、僕らに干渉しようとする女の子がいてね。エルフかな?」


 アルヴィはキョロキョロと下を覗き込み、その干渉があったであろう箇所を見ると、木の根に触れているエルフの姿が見えた。


 彼女だと指を差すと、その隣にはグラビイスとアネリスの姿があった。


「アルヴィさん! あの人達は協力者です」


「わかってるさ」


 アルビオも接触歴があるのだ、さらっと理解すると、リュッカに戦いの様子を見るよう促すと、アルヴィはエミリとの念話をする。


『やあやあやあ、可愛いエルフさん。精霊様だよ』


「!」


 エミリは接触に成功したと、グラビイス達に向かって振り向く。


 微笑んで返されたエミリは、自分の役割を全うしようと、精霊との念話を開始する。


『あ、あの精霊様。今の状況を知りたいのです。ご協力できることもあるかと……』


 アルヴィは彼らが味方であることは承知している。


 しかし、バザガジールとの戦闘に役に立つかと考えれば微妙なところだが、


(それはリュッカ(この娘)も同じことか……)


 人の力の恐ろしくも頼もしい強さを精霊であるアルヴィは知っている。


 それを恐れ、大精霊達は人間の前に姿を見せなくなった。


 だからこそアルヴィは頼りたいと思った。その人間の力――団結の力のほどを。


 だからリュッカにも非力だと感じつつも、アルビオの様子を窺わせているわけで。


『了解したさ、エルフちゃん。しっかりそこの大人達に伝えるんだ』


 アルヴィはこの状態になった経緯を隠すことなく話した――。




 その一方で、その魔法使い達が消えた箇所を案内されたジード達。


 その場をさっそく調べることに。


 ジードとサニラは魔力の残り香などを確認し、オウラは匂いや気配などを嗅ぎ取ってもらった。


 フェルサがよくやってくれていたことで、オウラがパーティーに入ってからは彼の役目。


「どう?」


「間違いなく、ここで何かをやったね。しかもかなり大掛かりな魔法だ」


「サニラ姉ちゃん、この匂い、嗅いだ覚えがある」


「ホント?」


 覚えはあるのだが、イマイチ頭に浮かばないと腕を組み、小首を傾げるオウラ。


 その答えを黙って待っているわけにもいかず、グラビイス達の元へ戻ることに。


「さっきの魔力を考えるとハーメルト全域ですかね?」


「おそらく。建国祭の時を思い出すよ……」


 テテュラの王家暗殺事件。


 公には建国祭に集まった来賓を狙った召喚テロという名目で伝えられた事件。


 あの時も膨大な魔力が発生し、魔法陣が点となり、大量の召喚魔法が展開されていた。


 ジード達はそれを潰して回っているうちに、事が解決してしまっていた。


「まさか! それと同じことが……?」


「可能性として――」


「ああああああーーっ!!」


 そんな二人の間に、思い出したと閃きの叫びを上げる。


「ちょっとオウラ! 驚くじゃない!」


「ご、ごめん姉ちゃん。でも思い出した。ギルドにいた冒険者の一人だ、間違いねえ」


「なに?」


 冒険者と聞いて閃くのはザーディアス。


 だが彼は魔法使いじゃないことから、その人脈を使い、何かしらをやらせた可能性が脳裏を(よぎ)った。


 そしてグラビイス達と合流し、精霊アルヴィからの情報を聞いた。


「――異世界の扉が開いた……!?」


「ええ。しかもリリアちゃんが別人になったとか、クルシアが襲撃してきているとか……」


 突然の情報に頭を悩ませていると、その精霊の念話を通して、リュッカが話しかけていることをエミリは報告。


「え、えっと――皆さんはこのことをギルドに報告してほしい。町の人達の安全を優先してほしい。クルシアとバザガジールは任せて、だそうです」


 それを聞いたジード達は心配そうに上を見上げた。


 激しい戦闘音。衝突するたびに重い風圧を感じ、そこでぶつかっている二人の魔力は正に桁外れ。


 とても干渉していい度合いを超えていることはわかる。


 リュッカの言うことが正しいことだってわかる。


 だが、


「ここで逃げたら、男が下がるってもんだよな!? グラビイスさん!」


「おう!」


 バザガジールに簡単にやられてしまったバーク達からすれば、良いリベンジのチャンス。


「正気? あの戦闘がどれだけ危険なものか、馬鹿でもわかるでしょ?」


 勿論、サニラは辛口で否定。


「悔しくないのかよ。俺達だってアイツらの仲間だろ?」


「そうね。一緒に戦わせてくれないってのは、ちょっと悔しいけど、適材適所ってのがあるわ。だから――」


「俺は一緒に戦いたいぞ! そして、あの狐目野郎にも一発かましてやりたい!」


 バークの気持ちもわからなくはないサニラ。


 リリア達のピンチに力になりたいのは当然のこと。


 だけど町の人達を守ることも、この町を拠点とする冒険者の使命でもある。


 だからリュッカの提案にも納得がいく。


 するとアネリスがサニラの肩を叩き、訴えるバークにこう話した。


「そうね、行ってきなさい」


「は?」


「おおっ! わかるじゃねえか、アネリスさん!」


「ちょっとアネリスさん!?」


「バーク。リュッカちゃんはおそらく私達のことを思って、敢えて危険なところに来させないように言った。私達を大切に想ってくれたからこその発言。貴方はその心遣いを無下にするということ、わかってる?」


 そう言われると、ちょっとむむっとしたバークだが、


「大切に想ってくれるなら、もっと俺は頼ってほしい」


「そうね。それも大切なされ方ってものよね。大切な仕方ってのも、色々あるってことよ。難しいわね」


 すると今度はサニラに話す。


「でも今の大切はどっちかしら? どう? サニラ」


 答えるまでもなかった。


「決まってるわ。バーク(バカ)が正しい……」


 話がまとまったと、ジードが振り分ける。


「よし。ならば私とグラビイス、バークとサニラであの戦闘に介入する。アネリスはリュッカさんの言った通り、このことをハセンさんに。……二人は絶対、アネリスから離れないこと。いいね?」


 エミリはこくりと頷くが、オウラは身を震わせつつも、


「オレもいくぜ! 速い戦闘もできるぞ!」


 自分も役に立ちたいと語るが、そこはバークが説得。


「そんなの知ってる。だがさすがにアレはマズイ。だから、お前のその気持ちは俺が持ってく」


 拳を突き出すバーク。男の友情だ。


「バーク兄ちゃん……」


「安心しろ! 兄ちゃんが悪い奴をぶっ飛ばす! お前の分もな!」


「……わかった! 兄ちゃん!」


 ゴッと力強い約束が交わされたが、サニラは相変わらず熱苦しいと呆れる。


「それにしてもお前も行くのか? ジード」


「君らだけだと心配だからね。私だって本当なら、あんな戦闘に混じりたくないよ。だけどまあ、私も男だからね。君らの悔しさもわかるんだよ」


「そっか! そっか! 俺達もアレ、するか?」


 聞こえていたのか、バーク達もニカッと笑うと、ジードはスッと拳を出し、グラビイスと拳の約束を交わした。


「貴方も男らしいところ、あったのね」


「あのなぁ……」


 ズドォンっと激しい爆発音に焦りを感じると、エミリにリュッカとの会話をするよう、お願いする。


「エミリちゃん。リュッカさんと連絡、取れます?」


「は、はい!」


 ジード達はリュッカと相談の下、入るタイミングを見計らうこととなった――。




 そしてその中心となる戦闘を行なっている二人は、未だ極限の戦闘を繰り広げている。


 下から騎士、冒険者、住人までもが、その行く末を見守る。


 そんなことなどつゆ知らず、激しさは増すばかり。


 その戦いにバザガジールは、懐かしいような心地良さを感じる。


 彼が戦場に求めるものは、血でも死でもなく、その空気感。


 生も死もその場の人達に平等であり、そこから自分の生きる証明をする瞬間は堪らなかった。


 自分と近しい実力者と拳を交えることは、自分を試せる最高の場であり、死が目の前にあることで、自分は生きているのだと実感も湧いた。


「楽しいですね! アルビオ! やはり成長を感じられるのはいいですね!」


「それに関しては同意見ですが、それを殺し合いから学びたくはありません!」


「そうですか? 戦場だからこそ、命を賭けるからこそ、得られるものはありますよ」


 だがそんな価値観を理解できない者は多い。


 戦場を悲しい場だと嘆く者達がその例だろう。だが、バザガジールにはその者達の嘆きの言葉など戯言にしか聞こえなかった。


 戦場に立ち、正しさの証明はいつだって生か死。


 生きれば自分の存在を証明でき、死すれば主張することなど叶わない。


「戦場で得られるもの?」


「そう。貴方はもう……理解しているはずです」


 バザガジールは弱者に死を与えることは控えていた。


 弱者の戯言は自分に価値が無い。それはもう時間と労力の無駄だと省いたのだと。


 だが今は別の意味で控えている。


 その証明がアルビオだった。


「……確かに僕は貴方と戦場で出逢ってから変わった。初めてお会いしたのはラバでしたね」


「ええ。あの戦場も今思えば中々良かった。あの時はまだ、クルシアの言葉も半信半疑でしたし、貴方にも失望していましたからね」


 アルビオはバザガジールや色んな戦場を駆け抜けて、色んな感情に触れてきた。


 リュッカを救出する時には大切なものを守る強さを。


 クルシアとの初めての戦いの時は、世界の広さを。


 妖精王やアルビットとの戦いでは、勇者という肩書きの重みを。


 そしてバザガジールとの戦いでは、極限まで極めた真髄に触れることで、自分が成長できる可能性を知ることができた。


 その数々の戦いの中で、色んな想いが錯綜(さくそう)とし、アルビオを成長させた。


「その節はすみませんでしたね。でも正直、あの時はこうして貴方と戦えるとは思ってもみませんでしたよ」


「そうですか? 私はあの頬の切り傷から、楽しみになりましたよ」


 そしてバザガジール自身もある意味、成長していた。


 クルシアから弱者でも成長させれば、高みに登り詰めることができるのだと。


 それを聞いた時、確かにと思ったからこそ、クルシアの案に乗ったのだ。


 バザガジール自身も弱者だった時期があった。自分が登り詰めることができたのも、そういう背景があったのだと、冷静に分析できた。


 そしてラバでの切り傷はクルシアが提案したことの証明に見えた。


 バザガジールは高揚した。


 クルシアの言ったことは正しく、自分を満たす存在は再び目の前に現れてくれるのだと。


「こうして貴方の成長を、この拳で理解していくのは非常に心地良いですよ」


「ならばこそ、クルシアの今回の作戦には引いてほしかった。異世界人などという不安定な要素が、本当に貴方を満たすものだと思っているのですか?」


 当然の問いだろうとバザガジールは微笑む。


「アルビオ。貴方は少し私のことを勘違いしている」


「?」


「私はよく化け物だと言われますし、異常者とよく言われますが……」


『異常者だろうが! てめえは!』


 フィンはわかってるなら控えろと激おこだが、バザガジールは無視。


「私は言ってますよ。普通の人間だと。私にだってクルシアへの恩義もあれば、異世界に対する好奇心もある。異世界についてはケースケ・タナカの存在が証明となり、貴方だって異世界に関する証明になっているのですよ」


「そ、それは……」


 アルビオは異世界人である、ケースケ・タナカの血を色濃く継いだ人間である。


 この目覚ましい成長を肌で感じるバザガジールには、異世界は確かに魅力的に映ることだろう。


「確かに私が望むことを異世界で必ず叶えられるとは思えませんし、貴方の成長から望みを叶える方が堅実的でしょう。しかし……」


 一度止めた戦闘を再び始めるかのように構える。


「人間とは欲深い生き物。私だってあれも欲しい、これも欲しいと強請りたくなる時だってありますとも」


 そう言って微笑みはするが、決して下卑た笑みではなかった。


 その佇まいからは、真っ向から自分の渇望を満たしたいと望む貪欲性が垣間見えた。


 アルビオはふとヘレンがバザガジールを説得しようとした時のことを思い出した。


 ヘレンはあの時既に、バザガジールの本質を見抜いていたのではないだろうかと。


 この男は決してクルシアのような悪戯に世界をかき乱すような存在ではないのだと。


「それにまあ……私が悪役でないと、貴方は成長できないでしょう!」


 この人は真っ当な理由で悪の道を選んだのだと。


 勿論、犯罪者に堕ちることはダメなことではあるが、この人はクルシアとは別の意味で欲望を叶えようとしている。


 その背景だけは真っ当なものであったと。


 二人は再び衝突する。


 アルビオの戦い方は基本、騎士達から学んだ基礎が染み込んだ真面目な型。


 だがいくつもの死戦を繰り返すことで、精霊剣での二刀流、フェイントや柔軟な身体の使い方、精霊達とのコンビネーションとあらゆる技法を身につけてきた。


 実直で真面目なところからくる集中力と、身につけた柔軟性は、バザガジールとの戦いにおいて非常に役立っている。


 そのバザガジールも多くの戦場で学び、身体と経験が覚えている。


 二人は奇しくも戦場から多くを学んだもの同士。


 その戦闘は熾烈を極める。


 だが、


「やはりまだ、私の領域には一歩足りないようですね」


 ほんの、ほんの一瞬だった。


 アルビオに僅かながらの隙が生じた。ほんのコンマ単位の隙。


 しかし達人達の戦闘ではそのコンマ単位を競う。


 この一撃をもらうと、場の流れが一気に持っていかれることなど、戦場ではよくある話。


 アルビオもほんの一瞬遅れて、その隙に気付いたが、もう遅いと思った――。


「はああああーーっ!!!!」


 上空から叫びながら斬りかかってくる人物を二人は見上げた。


 その少女の剣はバザガジールに振り下ろされるものの、簡単に回避されると、パァンっと叩かれた音が響く。


「無粋ですよ」


「――ぐくうっ!?」


「リュッカさんっ!!」


 バザガジールはバックステップしながら、高速の拳でリュッカの顔面を殴り、リュッカは吹き飛ばされ、木の根に叩きつけられながら転がる。


 だがバザガジールに襲いかかるのは、リュッカだけではなかった。


「――ウォーター・ドーム!!」


 バザガジールを球体のような水が包み、動きを封じると、


「加勢するぜ! アルビオ!」


「バークさん!? グラビイスさん!?」


「おりゃああっ!!」


 その水球に閉じ込められたバザガジールに斬りかかると、その水球は一瞬で弾け飛んだ。


「なっ!?」


「おや? あの時の少年ではありませんか」


「覚えててくれて嬉しいぜ、クソ野郎!!」


 だがこの二人も簡単に拳で払い退けられる。


「バーク! グラビ――があっ!?」


 そしてジードにも拳が飛んでいき、腹を押さえて苦しそうにもがく。


「まったく私達の真剣勝負に水を刺すなど……」


「私達だって真剣ですよ。アルビオさんを……失いたくありませんから……」


「リュッカさん……」


 するとアルヴィがアルビオの隣へ行くと、アルヴィが物申す。


「君の矜持もいいけどさ、僕らには僕らの矜持がある。一人で戦うことが正しいとは思わないことさ」


「アルヴィ……」


 そうだろ? っとアルヴィはウインクすると、アルビオは微笑んで返した。


「そうだね。……バザガジール、確かに一騎討ちの真剣勝負には男として、価値あるものだとは理解している。だけどね、僕は今、勇者として貴方と戦っている。だから僕は、彼らの想いを無粋とは否定しない」


「……」


「それに僕は言ったはずだ、孤高を極めた貴方にはわからない境地を見せると」


「ええ。そう言ってましたね」


「貴方も僕のことを勘違いしている。僕は貴方には遠く及ばない。今こうして戦えているのも、常に僕の友達、精霊達のおかげだ。僕は常に誰かと共に戦い、乗り越えていく」


 アルビオは拳をギュッと握り、よろっと立ち上がるリュッカ達を真剣に見た。


「僕は勇者だ!! 誰かのために戦い、誰かと共に戦う!! 貴方のように自分のためではなく、他者のために戦う強さ、他者と共に戦う強さを教えてあげますよ!!」


 するとバザガジールは、楽しそうに笑い始めた。


「そうですかぁ!! なるほど、なるほど。勇者であるがために、他者と共にですか……。そうですね。それもきっと答えなのでしょうね! ならば!!」


 バザガジールの魔力は膨れ上がり、空気はそのプレッシャーで重くのしかかる。


「その証明は!! その剣と魔法で証明してみせなさい!!」


「皆さん! 僕について来てくれますか?」


「はっ! 聞くんじゃ、ねえっ!!」


 先行したのはバーク。


 この重くのしかかる魔力にも屈することなく、無謀にも攻める。


「来なさい! 少年!」


 バークは打ち出される拳の拳速は凄まじものだが、打ってくるとわかれば回避できると判断。


 以前の弱かった自分ならば目視に頼り、あの時のように吹き飛ばされるだけだっただろうが、今はそれだけに頼ることはない。


 連続で打ち出される拳をバークは回避する。


「ほう」


 その拳は脅威だが弱点もある。高速故に真っ直ぐにしか飛ばないこと。


 ならばその打ち出される瞬間を予測し、魔力の変化、その拳から吐き出される風圧、周りを集中して読み取れば回避は可能。


 だがその極限までの集中力が持続するはずもなく、


「ヤベ――」


 バークは体勢を崩したところを攻められるが、リュッカがグイッと引っ張ると、選手交代と言わんばかりに前へ出る。


「アルビオさん!!」


「はい!!」


 するとアルビオとリュッカの連携攻撃に入る。


 バザガジールを両側から攻め、追い詰めていく。


「フフ。中々のコンビネーションですね。ですが……」


 やはりアルビオの方が優先して叩かれており、リュッカの方は見向きもせずに、高速の拳で振り払うが、リュッカが何故か吹き飛ぶことはない。


「舐めるなぁ!!」


 リュッカとは思えない気迫ある叫び声で斬りかかる。


 バザガジールは何度も拳を打ち込むが、リュッカはまるで頑丈な鉱物のようにびくともしない。


「これは……?」


 この状態にはアルビオは覚えがあった。


 シドニエが建国祭での付与魔法で使ったグローリー・オーラとディフェンシブ・オーラによる組み合わせ。


 この魔法の組み合わせは、身体が怯むことなく、攻撃に退くこともなく、果敢に攻められること。


 だが条件として、グローリー・オーラ。心の強さが比例したりもする。


 だがその心の力なら、リュッカも負けてはいない。


「私は貴方の攻撃を躱せるほど機敏ではありません。ですが、戦う手段が何でも速さではないのですよ!」


 アルヴィの強化もあってか、リュッカは倒れることのない剣士として剣を振るう。


「なるほど、面白い!!」


 ここからはバザガジールも多少リュッカのことを認めたのか、容赦のない攻めが二人を襲う。


 そしてアルビオとリュッカの攻めもどんどん息のあったものへと変わっていく。


 とにかくリュッカはバザガジールに斬りかかれるタイミングがあれば積極的に攻め、アルビオはフォローをしつつも素早い動きでバザガジールと対等とし、隙あらば連携攻撃ができそうなところに誘い込もうとする。


 更にそこにバーク、グラビイスも再び参戦。そして、


「バザガジール!!」


 ホワイトとノワールも参戦。


 かなりの乱戦に持ち込まれるが、バザガジールはアルビオとリュッカ以外はあっさりと払い除ける。


 しかし、払われたバーク達は一切怯むことなく、攻め続け、アルビオの隙を埋めるように割って入り続けた。


「――グラン・バレル!!」


「――ミスト・フィールド!!」


 サニラ達の魔法によるサポートも参戦。


 深い霧が発生したかと思うと、巨石が砲弾のように複数個、飛んでいく。


「サニラ!」


「突っ込む馬鹿のサポートは任せ――」


 ヒュッとジードとサニラの前にバザガジールが現れる。


「なっ!?」


「目障りな魔法使いです」


 ジードは思いっきり吹き飛ばされるが、サニラは裏拳を食らい、その場に倒れ込む。


「サニラぁっ!!」


 バークは血が上ったのか、翔歩でバザガジールの下まで一瞬で移動し、斬りかかる。


「俺の幼馴染(サニラ)に何しやがる!!」


「!?」


 血が上った相手など容易いと考えたバザガジールだったが、そうもいかなかった。


 打ち出した拳とバークの剣が衝突した。


 だがバザガジールの拳は魔力で強化されたものであり、鋼すら貫くほど凄まじいものだ。


 だが、


「!」


 ザシュッと拳が裂かれた。手の甲に斜めの切り傷を刻まれる。


 それを見たバザガジールは、再び愉悦を含んだ笑みを零す。


「ああ……っ! これだから弱者を生かす意味もあったというもの! あの時の私の目に、狂いはなかった!!」


 高揚感を増していくバザガジールの攻撃は次第に増していく。


 今まで何とかしがみついていたリュッカも、こちらの要でもあったアルビオですら、押されていく。


 そして――、


「はあ、はあ、はあ」


「いや、本当に良く頑張りましたよ。まさかここまでとは……」


 蝿虫と吐き捨てていた者達も、ここまで楽しませてくれるとは想定外だったバザガジールは、心よりの感謝を口にする。


 立っているのは、アルビオのみ。


 リュッカだけが何とか、剣に掴まって立とうとするも、傷や痛みが引かない。


 あの組み合わせの付与魔法でも、痛みはあるものだからである。


「貴方の言いたかったことはわかりますよ、アルビオ。仲間の強さが自分の強さ。貴方が言う分には納得でしょう」


 精霊と共に歩き、戦うアルビオならではだと絶賛する。


「貴方ならば確かに勇者の道も、そして私の境地をも行けることでしょう。ですが今は……」


 疲労困憊状態まで追い詰められたアルビオに抵抗できるだけの力は僅かしかない。


 振り絞ったところで悪あがきにしかならないとわかりつつも、


「……素晴らしい目です」


 闘志をその瞳に宿したまま、気迫だけでも押されまいと、力強く立ち向かう。


「アルビオ……」


「アルビオ、さん……」


 そんな決死な覚悟で迎え撃つアルビオに応えたい一同ではあったが、立ち上がることすら困難となっていた。


「それでは……またいつか――!」


 バザガジールが終わりにしようとした時――影の刃が襲いかかる。


 アルビオとの間に割って入った影は一同を守り、バザガジールはその影をも粉砕する。


 しかし、影はこの月夜の前では無限に湧く存在。


 キリがなかった。


「これは……?」


 バザガジールは魔力の痕跡を辿ると、クルシアの方から感じ取ることができた。


 脳裏にはリリア・オルヴェールのことが浮かぶ。


 クルシアから事前に聞かされていたし、黒炎の魔術師であることも承知していた。


 しかし、あの状態を見ては戦力外であると度外視していたのだが、影の刃の死角をついてくる攻撃に、あの柔さは感じない。


 そして更に驚愕の展開をバザガジールを迎える。


「――!?」


 ヒュッと目の前に拳が打ち込まれた。


 しかし、咄嗟の反応でバザガジールは退けるも、次々と超高速の拳がいくつも襲いかかる。


 その光景にバザガジールは、笑いが絶えなくなる。


「は、ははは。ハハハハハハハハハハハハッ!!」


 目の前には自分と同じ姿をした影が大量に存在していた。

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