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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
10章 王都ハーメルト 〜帰ってきた世界と新たなる勇者〜
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11 リリア覚醒

 

「お前達……」


 ハイドラスはホッとした表情で、ナタル達を迎えた。


「殿下! ご無事ですか!?」


「私はいい。それよりもマルキスとファルニの方を見てくれ。特にファルニはマズイ」


 駆けつけたオリヴァーンは辺りを見渡すと、胸を切り裂かれたアイシアは崩れて膝を折り、シドニエは出血が酷かったのか、呼吸を早くして倒れており、ポチも血まみれで倒れている。


「彼らの治療を急いでくれ!」


「「「は!」」」


 オリヴァーンと同行していた治癒魔法術師の一部部隊が、アイシア達の治療を始める。


 そのアイシアの側にナタルとフェルサが駆けつける。


「アイシアさん!」


「アイシア!」


「ご、ごめんね……私……」


 二人は何を謝っているのかわかるが、クルシア(それ)に関しては仕方がないことだとも理解している。


「何も謝る必要なんてありませんわ」


「うん。むしろ……」


 フェルサはギロリと、アイシアにこんな傷を与えた張本人を見る。


「無事で良かった。治療してもらってて」


 そう言ってメルトア達と共にクルシアの前へ対峙する。


「随分とやってくれたね、クルシア!」


「何のことかにゃあ? ボクわっかんなぁーい」


 するとヴィが涙目で、そのふざけた態度のクルシアに物申す。


「――ざけんじゃないわよ!! シモンを……デュークを、異世界になんて飛ばすなんて!!」


「フフフ。そいつはごめんねー。でもでも、そのおかげでわかったこともあったんだからさ。無駄な犠牲でもなかっただろ?」


「――貴様ぁ!!」


 先にキレたのはネイだった。


 犠牲という言葉は、ネイ達の癇癪(かんしゃく)に触れるには十分だった。


 ネイが突っ込もうとした時、ガッと腕を掴まれる。


「なっ!? は、離して!」


「待て。今の貴女が飛び込んだら、私の二の舞になる」


 メルトアはそう言って、持っていた剣を地面に突き刺し、片腕の手でネイを止めたのだ。


 復讐心などの一方的な感情だけで戦っても、(もてあそ)ばれることは実体験済みのメルトア。


 止める手にも力が入る。


「痛っ」


「あっ、ごめんなさい」


 そんな冷静な様子を見て、クルシアは早速メルトアの心をかき乱そうとする。


「これはこれは皆様方お揃いで。作戦の方はうまくいったかにゃ?」


「てめぇ……わざとにもほどがあんだろ」


「まあ、まだ現在進行中なのよ、クルシア」


 ネイを手放した手は再び突き刺した剣を取り、暗殺作戦は続行していると、皮肉な返事をした。


「君も大変だねぇ。片腕だけの魔法剣士なんて、ただの足手まといでしかないのに、そんな君に縋らなきゃいけないほどだなんて。君達の組織って大したことないんだね」


「馬鹿を言え。私を使ってくれているのだ。必要だと言ってくれているのだ」


「ふーん」


 意外と冷静なのがつまらないクルシア。


 さっきの剣幕の方が良かったと考えたクルシアは、直接訊いてみることにした。


「ボクのこと、憎くないのかい?」


「それこそ馬鹿を言え。忘れるわけないだろ?」


 メルトアはちらりと無くなった片腕部分を見る。


「片時も忘れることはない……!」


 表面上は冷静な装いのメルトアだが、その瞳の奥底には、秘めたる憎悪がやはり宿っていた。


 だが感情的になればなるほど、この男の思う壺であることも、痛いほど思い知った。


 だから秘めたる、溢れ出しそうな醜い感情は今、押し殺している。


「そっかそっか。それは安心したよ。わざわざ腕をウィンティスに食わせたかいがあったってもんさ」


「確かに貴様のことは憎いし、これから先もずっと恨み続けるだろう……」


「おー、怖っ」


「だが今はその感情は捨てる。その感情ではお前を倒せないことは知っているからな」


 本当につまらないとクルシアは、更に何かを口にしようとするが、ナタルが痺れを切らしたように割って入る。


「貴方のお得意な言葉遊びなんてどうでもいいの! 言えることは二つ。先ず私達が貴方を許すことはない。そしてもう一つは――よくも私達の友達を傷付けてくれたわね」


 アジト組は全員、もういつ火蓋が落とされても問題ない。


 気持ちも態勢も万全である。


「それでぇ? どうするつもりかにゃ?」


「当然! 貴様を倒す!」


 それを合図にネイとフェルサが駆け、後にメルトア、リンス、ヒューイが続く。ヴィとナタルは魔法を詠唱。


 ネイとフェルサは挟み込むように陣取ると、中心にいるクルシアへ仕掛ける。


 二人の格闘は目を見張るモノであった。


 休む暇なくお互いに打ち込む拳や蹴りは、パートナーに当たるはずなどなく、かなり息の合った連携を見せる。


 たがそんな猛追をひらりひらりと(かわ)したり、更には反撃も受ける。


「はい! 君達邪魔」


 クルシアへ向かっていたネイは突き出していた拳を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられ、くるりと身体をくねりながら、フェルサの拳をすかせた。


 そしてその遠心力のままにフェルサを殴ると、


「――かっ!?」


 更に地面に叩きつけられたネイを蹴り飛ばす。


「――ぐああっ!!」


「この!!」


 今度はメルトア達三人が仕掛ける。


「いいよ。かかっておいで!」


 クルシアはひゅんひゅんと風花を振り回しながら、三人を迎え討つ。


 鋼がぶつかり合う音が木霊する中、


「――ディザスター・ストーム!!」


 クルシアの地面下から強烈な竜巻が出現。


「ハハ! 格の違いってヤツを見せてあげようか?」


 パチンと鳴らすと、あっさり相殺。


 クルシアも同じ風属性。ディザスター・ストームの逆回転の風を起こす程度で軽く対応される。


「ま、大した――」


 ぶあっと光の斬撃がクルシアを包んだ。


「お前に相殺されることなんて、計算済みですわ」


 その光の斬撃を受けつつも、後退したクルシアは、


「へえ」


 ニッと笑いながら、地面を滑る。


 その受け身を取っているところをリンス、ヒューイが追い討ちをかける。


「抜刀」


 クルシアへ向けて、得意な距離からの連続抜刀攻撃。凌ぐクルシアの上空に影が浮かんだ。


「――ぶっ飛びやがれ!!」


 抜刀攻撃に身動きがとれないクルシアに奇襲の如く、炎を(まと)いて大剣を振り下ろす。


 (かわ)すクルシアを逃すまいと横振りした大剣が砂埃を払う。


 すると、ボオオンっと爆発を起こした。


「おっと!」


「てめぇだけは、ぜってえー許さねえ!!」


 リンスの大剣はかなりの炎を(まと)い、強烈に大剣自体の熱も高い。


 その影響からか攻撃力と共に、周りに出た土埃同士が摩擦熱から火花を散らし、爆発を起こし続ける。


 それに一切怯むことなく、リンスは大剣を振り続けるも、速度は圧倒的に向こうが速い。


 なので、


「援護する」


「任せて下さい!」


 怪我を負ったはずのネイとフェルサが、クルシアの両横に現れた。


 三人の連携攻撃を(かわ)すクルシアは尋ねた。


「あれ? 結構、いいの入れたはずなんだけど?」


「治癒してもらっただけ」


 ヴィが詠唱していたのは治癒魔法。


 風属性持ちの高速戦闘に水魔法は、ほとんど当たらないか、味方を巻き込む攻撃が多い。


 ならばとサポートに徹することにしたのだ。


「あっそ。――うおっと!」


 更にメルトアとヒューイも参戦し、乱戦状態となる。


「ハハ! モテる男は大変だねぇ」


「ならばその女達に刺されて死ね!!」


 奇しくもクルシアと戦闘を行なっているフェルサ以外は、大切な存在を失っている。


 当然のことだろうと、メルトア達は果敢に攻め込むも、


「あー……そろそろお遊びはここまでにしようか!」


 バッとクルシアはドラゴンの羽を広げた。


「「「「「うわあっ!?」」」」」


 クルシアは半魔物化した。


 その魔力、羽を広げた際の風圧で、周りで攻め込んでいた一同を一斉に吹き飛ばすと、右手に風の刃を作り出すと、吹き飛んだ彼女らを迎撃。


「――ぐあっ!?」


 一同は最低限の防御はするものの、深い切り傷を負う。


 そして、クルシアは軽く息を吸うと、


「さよなら――龍の息吹(ドラゴン・ブレス)!」


 口から激しく燃える炎の息吹を吹き出し、後衛のナタル達を襲う。


 威力はポチの比ではなかった。


「「――魔法障壁(マジック・シールド)!!」」


 咄嗟にヴィとナタルは防ぐが、圧倒的な熱量と攻撃に、かなり魔力を消費される。


「ま、負けるわけには……」


 するとその息吹を吐き捨てるクルシアに、メルトアが傷が痛む中での捨て身の攻撃。


「――クルシアぁああっ!!」


 気付かないはずもなく、あっさりと息吹を止めると、メルトアの剣撃を防いで弾くと、ナタル達以上の龍の息吹(ドラゴン・ブレス)をメルトアに浴びせる。


「――ぐあぁああああっ!!」


「メル! がっ!?」


 心配して叫ぶが、クルシアの風の斬撃は思ったより痛む一同。


 迎撃され、吹き飛ばされたメルトアも、うまく受け身を取れることなく、地面に落下。


「あっ! が……ぐっ……」


 何度か転がり、倒れ込む。


 魔法障壁で辛くも防いだナタル達も消耗が激しかったようで、その場で崩れた。


「いやー中々だったよ。ボクも何度かヒヤッとするところもあったけど、こんなところじゃない?」


「くっ……」


 クルシアは再びリリアの下へと歩き出すが、


「ん?」


 アイシアが立ちはだかる。


「アイシアさん!?」


 治癒魔法術師が止めるよう、横で説得するも、一切聞こえていない。


「リリアちゃんは渡さない」


「アイシアちゃんもしつこいなぁ〜。別にいいじゃない。ボクは異世界に行きたいだけなんだ。君らにしてもラッキーだろ? 自分で言うのも難だけど、厄病神がいなくなるのは良いことだろ?」


 するとアイシアは、わかりやすく首を横に振った。


「それもダメ。リリィの故郷に貴方は行かせられない」


 強い意志が込められたその言葉を表すように、魔力を増幅させる。


 するとその決意を受け止めたオリヴァーンが肩を叩く。


「その心意気や良し! 私も力不足ではありましょうが、力添えしよう!」


 やれやれと呆れたクルシアと、固い決意を持って挑むアイシアとオリヴァーンの対決が始まった。


 前衛のオリヴァーンが得意の槍術で猛攻し、アイシアの攻撃力と範囲のある炎の魔法で迎え討つ。


 ポチとエメラルドは大きく負傷したため、応急処置を済ませて、帰ってもらっている。


 そんな激しい戦闘が繰り広げられるのを、眺めていることしかできないリリアに、声がかけられる。


「オルヴェール。今のうちに逃げろ」


 バッと振り向き見たハイドラスの表情は、優しく微笑む姿だった。


 皆の気持ちを無駄にしないためにもと、囁くかのような表情。


 そして駆けつけたハーディスとウィルクにも促される。


「さあ、リリアちゃん」


「ここは何とかしてみせます。なのでどうか……」


 リリアは再びアイシア達を見た。


 自分のために傷付き、戦ってくれている。


 この結び付きを作ったのは鬼塚勝平だというのに、自分は何もできていないのに、みんなが守ってくれる。


 向こうでもそうだった。


 怯えていれば、みんなが助けてくれた。優しくしてくれた。


 だけどこうやって傷付き倒れる姿を見て、リリアは思った。


 向こうの人達だって優しくしてくれたが、それ以上にきっと辛かったはずだと。


 鬼塚勝平の両親は息子がいなくなってしまったこと。隆成達は友人を突然奪われてしまったこと。


 口にせずとも、本心でも思っていなかったにせよ、自分は奪ってはいけないものを奪い、居場所を作っていたのだと。


 それは今の状況でも同じだ。


 自分が望んだかたちで戻ってきてないにせよ、鬼塚勝平が作った居場所をまた奪おうとしている。


 リリアは自分の殻に閉じこもるばかりで、何もできなかったというのにと。


 そして――、


「わ、私……」


 歩き出そうとする小鹿のようにカタカタ震えながら、声を絞り出す。


「私……逃げたくありません」


「……なに?」


 リリアは現実世界(むこう)で学んだはずだと勇気を振り絞る。


 一人知らない世界に投げ出された時、差し伸べてくれた手が教えてくれたはずだと。


 人は助け合わないと生きられないことを。


 自分も差し出せる手があることを。


「何を言ってるんだ! 奴らの狙いは君だ、オルヴェール。確かに劣勢であることは事実だが、君が捕まれば、それまでなんだぞ」


「で、でも……このままだと皆さんをもっと、もっと傷付けることになっちゃうし……」


「確かにそうかもしれませんが、貴女が捕まれば、貴女がお世話になった向こうの人達にも危害が及ぶ可能性があります。どうかご理解ください」


 ハイドラスにハーディスと説得するも、リリアは断固として拒否する。


「ダメ! ダメなんです! わ、私……これ以上、皆さんに迷惑かけたくない。私のせいで、傷付いて欲しくない……」


「だから――」


 ハーディスが再び説得を試みようとすると、ウィルクが割って入る。


「リリアちゃん、責任……感じてるんだね?」


 ウィルクはあまりに一方的だったと、リリアの意見を汲み取り尋ね、その問いに頷くリリア。


「責任を取るのはいいことだけど、それだけじゃあ俺達は説得できない。俺達はみんな、君と君の中にいたオニヅカのために戦ってる。わかるね?」


 諭すような問い方をするウィルクに、再び頷くリリア。


 クルシアの狙いが異世界へ行くことなら、向こうの世界に迷惑がかかるのは勿論のこと、自分にも危害が加わることは、容易に想像がつく。


「リリアちゃん。逃げない理由を話せるんだね?」


「は、はい。あの人達は凄く強いです」


 動きは勿論だが、魔力量も尋常ではなかったことを、久しぶりに戻って来たリリアは、感を取り戻すかのように理解した。


「だ、だから逃げ切るのは無理だって思いました。た、倒すしかないって……諦めさせるしかないって……思って、その……」


「「「……」」」


 確かに逃げ切れるかと問われれば、ハッキリとイエスとは答えられないのが現状。


 しかし、打開策も無いのも事実。


 ハイドラス達に取れる手は、少しでもリリアを遠くへ逃すことくらいしか、頭になかった。


「逃げ切れないとして、どうするつもりだ? オルヴェール」


 そう問われたリリアは懐から杖を取り出す。


「わ、私……た、戦います!」


「なっ!? む、無茶です! 今の貴女の状態で戦うのは……。それにクルシアの強さもちゃんと把握されてないでしょ?」


 ハーディスの指摘には、ハイドラスもウィルクも頷くところ。


 恐怖心が丸出しで全身が震えており、自信の無さそうな表情。


 更にはリリア自身はこの状況をうまく理解できておらず、混乱した状態の挙句、クルシアの情報もほぼ無いに等しい。


 今、オリヴァーンやアイシア達との戦闘を見たところで、把握、対処できるものではない。


「だ、大丈夫です。私を……信じて……」


 周りから見れば、とても心配になるリリアの表情だが、本人からすればかなり勇気と覚悟を振り絞っていた。


 元の元凶である自分がケジメをつけなければならない。もうこれ以上は傷つけたくないと、気持ちが後押ししてくれる。


 リリアの中に今まで芽生えたことのなかった感情。


 だがそれに戸惑うことはない。


「リリアさん! どうか聞き分けて……」


 ハーディスがやはり止めようとする中、ウィルクはやらせようと腕で遮り、制止する。


「ウィルク! お前!」


「まあ不安なのはわかるぞ。だけどな、リリアちゃんの言うことも事実だ。どこまで逃げられるか、いつまで逃げなきゃならないのか。それだったら、立ち向かって戦った方がいい」


「ウィルク……」


「それに俺は女の子の味方だ」


 最後のセリフは要らなかったと、ハーディスは呆れる。


 リリアは目を閉じ、深く深呼吸をする。


「……!」


 目を見開くと、文字詠唱を始めた。


「す、凄い……」


 リリアはまるで高速タイピングのように、自分の周りに次々と術式を書いていく。


 その様はまるで指揮者のようだったり、その中心で可憐に踊る舞姫だったり。


 しかし、それだけの文字を書き込んでも、一向に発動する様子がない。


 だが三人はリリアが何かしら解決策に乗り出していることを信じ、見守るしかなかった。


 そんな魔力の流れの変化にこちらも気付かないはずもなかった。


「へえ。リリアちゃん、何するつもりなのかにゃ?」


「そんなの決まってる! 貴方を倒す秘策だよ!」


「ははっ! あっちのリリアちゃんじゃあるまいし、今のリリアちゃんに出来るとでも?」


「出来る!」


 アイシアは何の疑いもなく言い切った。


「えらい自信ですな」


「大丈夫ですか? オリヴァーンさん」


「貴女様こそ、大丈夫ですかな?」


 魔力、体力ともにオリヴァーンもアイシアも限界に近かった。負傷も多い。


 メルトア達もオリヴァーン達の戦闘の影響もあって、移動がままならなかった治癒魔法術師達がようやく合流できたところ。


「でも、今が踏ん張り時ですかな」


「うん!」


「そこの騎士隊長は元より、アイシアちゃんには十分楽しませてもらったよ。でももう用もないから……逝きな!!」


 半魔物化したクルシアの攻撃は熟練の騎士であるオリヴァーンでも、凌ぐのは至難の技。


 だが騎士隊長という肩書きと男の意地がある以上、アイシアにこれ以上の負傷は与えられない。


「やらせるものかぁ!!!!」


 その剣捌きも槍捌きも肉眼で捉えるには非常に困難な激戦が繰り広げられる。


「ぐううっ!!」


「ハハハハハハッ!! 意地ってヤツかい? 鬱陶しいな!」


 するとクルシアは、ヴンっという風の音を鳴らし、一瞬で後退すると、ナタル達に向けて放った龍の息吹(ドラゴン・ブレス)を見舞う。


 迫り来る炎。その一瞬の出来事だったせいか、反応が遅れたオリヴァーンだが、


「――魔法障壁(マジック・シールド)!!」


 そこはアイシアがカバー。


「オリヴァーンさん! 私の後ろに!」


「う、うむ」


「男受けのいい身体をしてるアイシアちゃんを焼くのは、実に惜しいけど……これも異世界に行くための礎。悪く思わないでよ!」


 クルシアは更に火力と威力を上げていく。


「ふ、ふうぅ……っ!!」


「アイシアさん!!」


 メルトア達も駆けつけたいところだが、万全でもない限り、クルシアには対応できない。


 魔法障壁に亀裂が入った。


「これで終わり――!!」


 クルシアの下から影の刃が突き出る。


 龍の息吹(ドラゴン・ブレス)をやめて、その魔法の術者を確認する。


「やあ、リリアちゃん。準備が終わったのかにゃ?」


「は、はい」


 そこには触手のように唸る影を地面に這いずらせているリリアの姿があった。


「リリアちゃん……!」


「え、えっと……あ、後は私に任せて、下さい!」


「アッハハっ! たかだかシャドー・ストーカー如きでボクを何とかできると思ったのかい?」


 今の攻撃は闇属性上級魔法、シャドー・ストーカー。鬼塚勝平もリリアだった時、よく使っていた魔法の一つ。


 同じ闇属性であるクルシアもその特性はよく知っている。


 シャドー・ストーカーは基本、オートで攻防を行える万能な魔法。


 メリットはそのオート性能だが、クルシアやバザガジールのような超高速で戦闘が行える人間に対し、遅れをとってしまうこと。


 その原因となるのは、やはりオートということ。


 術自体が判断を行なうため、フェイントや手数の多い攻撃には対応が追いつかなくなるのが現状。


 なのでそれを解決するには、自分で影を操ることだが、そもそもそんな判断能力があるなら、自分で前衛を行なうし、魔法使いであれば、そもそもその領域にたどり着くことがない。


 魔法使いが前衛で戦う人間の駆け引きの技量など身につけられるわけがないからだ。


 それをクルシアはわかった上で笑ったのだが、


「なら、試してみますか?」


 そう言うと、シャドー・ストーカーが物凄い速さで凶撃。


 複数の影の刃が次々とクルシアに襲いかかる。


「なるほど! これは凄まじいなぁ――けど!」


 クルシアは瞬時にリリアの前へ。


「ほら、対応できな――」


 ギュンとクルシアとリリアの前に影の刃が割って入り、遮断した。


 クルシアは影の刃を回避、受け流しながら、後退していく。


「う、嘘……」


 クルシアは激しい攻撃を防ぎながら、思考を巡らせる。


 確かに最初の攻撃の速度はリリア自身が操ったもの。オートでの発動では速度には限界が設けられている。


 だが自分で操るにもデメリットはある。


 それは自身の判断で影を動かしているため、広い視野と神がかった判断能力と瞬発力が必要となるからである。


 そんな技量は前衛くらいしか身につけられるわけがない。


 リリアは魔法使いであり、調査上、実戦経験もほぼゼロ。そんな能力など身につけられるはずがないのだ。


 魔術師の技量と知識だけで何とかできる問題でも、ましてや精神面で乗り越えられるものでもない。


 だがクルシアはあまりに死角をついてくるこの影の攻撃に押されるばかりである。


「君はいったい……?」


「向こうで鍛えましたから……引きこもって」


「は?」


 リリアはネトゲ廃人だったのだ。


 広い視野と判断能力、その場での対応力はゲームで培ったのだ。


 そんなことなどクルシアやハイドラス達もわかるはずもなく、圧倒的にクルシアを押していく。


「で、殿下。彼女は何を……」


「ふ、ふむ……」


 分析力に長けたハイドラスでも、頭を悩ませていると、話すべかと聞き耳を立てていたリリアが語る。


「え、えっと……ご説明しましょうか?」


「そ、そんなことはしなくていい。集中しろ!」


「あ、いや……多少なら大丈夫ですので……。私のシャドー・ストーカーに、その……オプション機能をつけたんです」


「おぷしょん……きのう?」


 聞き慣れない言葉に小首を傾げるハイドラス。


 リリアはあたわたしながらも言葉を選ぶ。


「え、えっとですね。シャドー・ストーカーに追加の術式を組み込んだんです。その……視覚情報を得られるように細工したんです」


「視覚情報だと……!」


「は、はい。それならあのクルシアさんがどこに移動しても判断できますし、周りを見られるので死角も把握できます」


 口にするのは非常に簡単なことだが、それを実際に成すことは逆に困難なことである。


 要するにリリアは、クルシア一帯の情報を常に把握、分析し、最善の手を打つため、影を操り続けているという話になる。


 しかも相手は目にも止まらぬ速度で動けるクルシア相手だ、視覚情報があったとしても追いかけられるわけがない。


「そんな馬鹿なことがあるかぁ!」


 そんなことをクルシアも考えていたようで、リリアの回答に不満をぶつける。


「で、ですが、このシャドー・ストーカーは元々オートで動きます。貴方がどこに移動しようとするか、一瞬でも動きがあれば、後は私が判断するだけです」


「な、なに!?」


 一同が驚愕するのも無理はなかった。


 つまりはクルシアの速度の対応は一瞬だけ反応する影によって予測し、攻撃しているという話になる。


 もはや未来予知の領域である。


「わ、私、向こうにいる間に色んなゲームをしました。マップから相手がどんな行動をするかなんて予想は……その、簡単です」


 ゲームと言われてもハイドラス達が思い浮かぶのは、カードゲームやボードゲームなどの類い。


 まさか電子ゲームのことを指しているとは夢にも思わない、というより気付くわけもない。


 つまりリリアはバトルロイヤル型シューティングゲームの要領を加えて、影を操り、クルシア(ターゲット)を狙っているということ。


「で、ではさっき文字詠唱していたのは、あれは詠唱ではなく、術式を書き換えていたのか!?」


「は、はい。魔力を文字とした詠唱であれば、私が発動しようと魔力を循環させなければ、起動しませんから……」


 誤発動を起こすのはあくまで、魔力以外のもので書いた場合。


 今のリリアのように空中に魔力によって描いたものであれば、誤発動もしなければ、オプションも付けられるわけだが、


「もうそこまでいけばオリジナルじゃないか!?」


「そ、そうかも……しれません」


 ハイドラスはリリアのポテンシャルの高さに驚きを隠せなかった。


 先程までふるふると怯える小動物のような彼女が、元々決められていたシャドー・ストーカーの術式を書き換え、新たな魔法としていきなり実戦投入している。


 そのスペックの高さにクルシアもさすがに表情が歪む。


「これは少し本気、出した方がいいかな?」


「出された方が良いかと。わ、私の術はこれだけじゃありません」


「なに?」


「――闇の精霊達よ、私のか細き声を聞きたまえ――」


 鬼塚勝平の時とは違う詠唱。


「――闇夜に落ちる満月が影生みし時、その影は受肉を求める。歌い、踊る、悪夢の宴が幕を開ける。堕ちし絶望を見よ。――シャドー・ナイトメア・ドール」


 ずるっと影から人型が具現化すると、ひゅっとクルシアの元まで向かった。


「――このっ!!」


 襲ってきた人型の影をクルシアは薙ぎ払うと、その影は受け身を取った。


「あ、あれは……クルシア?」


 その人型はクルシアの姿を模倣したものだった。


 服装から半魔物化した羽に、その余裕のある軽薄な表情までそっくりだ。


 ただ本人と違うのはやはり黒いということともう一つ。


「大したことないね」


 そう言ったクルシアの側にいた影分身は消えていた。


「確かにその魔法なら、ボクのコピーを作ることができるけど、それじゃあボクの相手は務まらないよ」


 影が模倣するのは姿だけであって、クルシア本来のパワーや能力をコピーできるものではなかった。


 あくまで()なのだ。


 だがそんなことはリリアも承知のようで、


「そ、そうでしょうね。所詮は貴方を模倣する影分身。()()なら勝てないでしょうね」


「なに?」


 するとクルシアの周りから先程と同じ速度で襲い来る人型が現れる。


「おわっ!?」


 防いだ攻撃の主はやはりクルシアの分身だった。


 そして――クルシアは圧倒される。


「なっ!?」


 その後ろには複数人のクルシアの分身が現れていたのだ。


「はわー、クルシアがいっぱい……」


 思わずアイシア達も呆然。


 そしてその影のクルシアの軍勢は、一斉にクルシアを襲う。


 その速度はクルシアが高速移動する速度と何ら変わりがなかったどころか、それ以上だった。


 さすがのクルシアも対応を迫られ、いつもの余裕がなくなった。


「こんなっ! くそっ!」


 ハイドラス達は初めて見た。


 クルシアがこんなに追い詰められている姿を。


 そして、その状況を作ったリリアが種明かしをする。


「シャドー・ナイトメア・ドールは自分または肉眼で確認した人物の影分身を作り、戦闘特化人形を作る魔法、です。戦闘特化のため、身代わりなどの分身として起用はできないですが、戦闘面のアシストとして使われる闇属性の最上級影魔法です。デメリットは貴方も相殺したならわかると思いますが、耐久力が低く、パワーや魔力量などは術者によって左右されることです。それに能力は模倣できません」


 リリアが説明した通りであり、基本的にはあまり使い道が低い最上級魔法。


 最上級というだけあって発動時の魔力消費は多く、持続させるにも微量とはいえ、魔力が消費される。


 更にはその強度なども術者が与えた魔力量に左右されるという、使い勝手が悪いもの。


 計画性となく、安易に使い続ければ自滅も考えられる魔法。


「で、ですが耐久力が低いなら、与える魔力を極限まで節約すればいいですし、それなら沢山の影分身を作る方が合理的です。それに私がこの影分身に求めていることは別にあります」


「別? どういうことだ、オルヴェール?」


「この魔法のメリットは影を分身として生み出すことなんです。影は常に私達の後ろにいて、私達の真似しかしません。それを動けるようにした魔法がこれです」


 その説明を受けて、ハイドラスは気付いた。


「そ、そうか……! クルシアの影は常にクルシアの動きを知っている。だからいくら耐久力が低くても、クルシアが達人クラスの動きができる人間だから……」


「「――クルシアの影はクルシアの攻撃が当たりづらくなる!!」」


「!!」


 クルシアもハーディス達が口を揃えた意見に気付き、リリアの真の狙いも気付いた。


「なるほどねっ!! やってくれるよ!!」


 そう言うと影のクルシアは容赦なくクルシアを攻撃する。


「その影分身は常に貴方の全力で戦います。パワーはなくても、能力はなくても、その速度、技量、反応速度は完全にコピーされたもの。伊達に貴方の側に寄り添い続けたわけではないん、です」


 影には体力がない。心もない。だから臆することなく戦い、消耗も恐れない。


 でも人間であるクルシアは追い詰められる状況に平常心では居られないし、その影響が身体に及ぼすこともある。


 つまりこのままジリ貧が続けば、クルシアはやられる。


「だが! これだけの分身を作るキミの魔力は……!!」


 魔法発動時の魔力消費さえクリアすれば、その後に出てくる分身の魔力は抑えられる。


 所詮は動きを完コピする分身を出すだけだから。


 しかし、やはり数を作れば作るほど、魔力が消費されるのも事実。


 しかし、クルシアはふと王都中に生え出ている木の根を見た。


 そしてリリアの魔力量に上限が無くなっていたことに気付く。


「くそおっ!! やってくれるよっ!! あのクソ勇者ぁ!!」


「あ、貴方と一緒に、あの狐目の怖い人も……仕留めます。か、覚悟、して下さい!!」


 それを聞いたクルシアは、襲ってくる自分の分身の隙間から、バザガジールの向かった方向を見てみる。


「なっ!!」


 リリアは言っていた。


 シャドー・ストーカーは視覚情報を共有できるようにしたと。


 だからバザガジールのところの状況も把握できているのではないかと踏んだ。


 そしてその予感は的中する。


「にゃろう……!!」


 見た方向には、自分と同じ状況の景色が見えた。


 複数のバザガジールがとんでもない速度で攻撃している姿であった。


 それを確認したクルシアは大きく羽を広げ、飛び去っていく。


「――ちぃっ!!」


 ギュンと飛んで行くと、その後ろから影分身も同じように羽を広げ追いかける。


「ああああっ!! しつこいんだよ!!」


「に、逃しません」


 更に追い討ちをかけるようにシャドー・ストーカーもクルシアを攻撃する。


 そして、


「――治療急いで!! 今なら、あのクルシアを仕留められる!!」


 メルトアは治癒魔法術師を急かす中、


「――召喚(サモン)!!」


 アイシアはエメラルドとは別の風龍(ウィンド・ドラゴン)を召喚すると、まだ傷が完治してない中、背中に乗った。


「殿下!! 私、行きます!!」


「ああっ!! このチャンスを逃すな!!」


「はい!!」


 するとアイシアはリリアに向かって、ニカッと笑う。


「リリアちゃん、ありがとう! このチャンス、モノにしてみせるよ」


「あっ! え、えっとぉ……わ、私が……」


 リリアは自分が何とかしなくちゃと言おうとしたが、それを否定するようにアイシアは首を横に振った。


「クルシアは私達の宿敵! 一緒に倒そう!」


 認められたような、一緒にという言葉に感極まったリリアは、


「――は、はいっ!!」


 今までで一番良い返事をした。

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