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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
10章 王都ハーメルト 〜帰ってきた世界と新たなる勇者〜
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10 最凶の二人

 

 ――これは非常にまずい状況だ。


 ハイドラスは、愉悦を含んだ笑みを浮かべ、リリアに紳士的にお辞儀をするクルシアの姿を眺めながら、そう頭に(よぎ)らせた。


 目の前には未だ自分達を振り回し続けている悪の権化が二人。しかも最強クラス。


 いくらアルビオや才能を覚醒させたアイシアがいようとも、この状況を覆すことは非常に難しいと考える。


 圧倒的な経験の差は、中々埋められるものではなく、ハイドラス自身は勿論、シドニエやリュッカもこの二人を相手取れるとは思えない。


 ウィルクやハーディスもその例に漏れることはなく、消耗も激しい。


 それでいてトドメはリリア・オルヴェールである。


 明らかに鬼塚とは違う顔つきの女性。


 自殺未遂を繰り返していたというだけあっての性格だと、この場の全員が理解していた。


 何せハイドラスに対し、震えて跪き、許しをこう姿は、何もしていないにも関わらず、その態度は臆病そのものだった。


 何より一番何がマズイのかというのは、リリア・オルヴェール本人がこの状況をまったく理解できていないことにある。


 異世界から戻ってきたばかりで、こんなところに投げ出されたわけだから至極当然のことなのだが、ハイドラス達からすれば、元のリリア、鬼塚が戻って来てくれるのが理想であった。


 正直、この二人相手、リリア・オルヴェール(鬼塚)であっても、厳しい状況だと思うのに対し、この結果である。


 リリア・オルヴェール本人が戻って来たことを決して良しとしないわけではなく、むしろ喜ばしいことのはずなのだが、出来ればこんな状況ではない方が良かったと思うことは自然なことだろう。


「えっと……貴方は?」


 思わず、ただいまと返答してしまった彼をリリアは知らない。


 首を傾げて尋ねると、クルシアはコロっと表情を変えて答えた。


「これは失礼! 君とボクは初対面だったよね? 初めまして。ボクの名前はクルシアだよ! よろしくにゃん!」


「にゃ、にゃん?」


 とても愛想が良く、ひょうきんな自己紹介に気を許すように、表情が和らいでいくリリア。


 見た目は十代前半、明るく元気な自己紹介は好感を呼ぶ。しかも語尾に『にゃん』とつけるユーモアまである。


 若干のあざとさが見え隠れするが、リリアの第一印象は悪くないが、


「? どったの?」


「い、いや……」


 その内包されている魔力量がおかしいことに気付く。


 戻ってきたばかりとはいえ、元々はこちらの世界の人間のリリア。感知魔法を使わずとも、雰囲気で魔力を気取ることは可能。


 クルシアもそうだが、その隣にいるバザガジールにも警戒する。


 どちらも明らかに自分が関わるはずのない人種だと自覚できた。


「あ、あわわ……」


 驚き過ぎて腰を抜かしたのか、ハイドラス達の方へ振り向き、手をバタバタさせて逃げようとする。


「アッハハ。そんなに怯えないでよ、リリアちゃん」


「だ、だって、あ、貴方達……魔力、おかしいし……」


「おかしくないさ! 特訓の賜物さぁ! ね?」


「ええ」


 クルシアはともかく、バザガジールがその賜物として扱われる存在であることは事実。


 二人がリリアの警戒心を解こうと、明るく優しい印象で話すが、


「奴らの言葉に耳を貸すな。オルヴェール」


「ひゃい!! ハーメルト殿下様ぁ! あの者達とお話して申し訳ありませんでしたぁ!!」


 ハイドラスが止めると、リリアは何とか許しを得ようと酷く怯えながら、額を地面に擦り、土下座する。


 ハイドラスからすれば、いちいちそんな反応をされるのは困るし、後、身分で従わせている気が満々で、悲しくなってくるようだ。


「……そんなに怯えなくていい。別に私は怒っているわけではない」


「はい!! 怒っているだなどと誤認をして申し訳ありません!! どうかお許し下さい!!」


 こういうのを堂々巡りという。


「酷いなぁ、殿下は。王族としての権力を使って、無理やり従わせるんだ。かわいそー」


 ハイドラスがそれを好んでいないことを知っていながら利用する言葉。


「黙れ。オルヴェールにそんなつもりで言ったわけではない。むしろ貴様らにはその権力を行使したいところだ」


「ボク達は横暴な権力になんて屈しないぞぉ! 貴族権力はんたーい。横暴王族を許すなー」


 すごくわざとらしく反論してくる。


 そんなの通用しないのが当然だとわかっていながらの発言。


 こうやっていちいち人の神経を逆撫でするのがクルシアの得意とするところ。


「とにかくオルヴェール。この二人の言うことは絶対聞くな。いいな?」


「は、はい。肝に銘じておきます!!」


「ふふ。そんなこと言わないでよ、リリアちゃん。ボク達はね、君とお友達になりたくて来たんだよ?」


 リリアはハイドラスに言われた通り、跪いたまま、震えて黙りこける。


 その様子にガンとして動かないと悟ったクルシアは、やれやれと呆れると、


「本物のリリアちゃんはここまで臆病で根暗だったとは……。こりゃああんな魔法陣も作れるわけだ」


 その意見にはハイドラス達も同意だった。


 お陰でリリアが戦力外であることがハッキリとわかるわけだから困る。


 ハイドラスが言えばこの通り、(うずくま)ってしまうし、仮に戦えと命じても、どれほどの実力なのかが一切不明なのだ、下手なことは言えないと考えるハイドラス。


「さて、お友達になろう大作戦は殿下のおかげで失敗するみたいだし……やっぱり腕尽くかな?」


 クルシアはひゅんひゅんと風花をタクティカルに振り回し、バザガジールもパキポキと関節を鳴らす。


 ハイドラスはなんとかこの場を脱せられる手段を模索するが、どうにも絶望的である。


 クルシアもバザガジールも異世界の穴があったから、今まで実力をセーブしてきただろうが、今はその穴が塞がり、本領を発揮できる。


 クルシアとバザガジールは何が何でもリリアを奪うだろう。


 そしてこちらの戦力は、体力、魔力共に損傷の激しい護衛側近が二人。万全ではあるがクルシア達に対し、戦力になるかは難しいリュッカとシドニエとハイドラス。バザガジールにボコボコにされているホワイト達。


 そして一番の戦力であるアルビオは、デューク達が異世界に飛ばされた影響で、冷静な判断ができるか非常にシビアな問題である。


 一番安定的なのがアイシアだけだというのは、非常に心細いが、


「大丈夫だよ、リリィ……じゃなかった。リリアちゃん。貴女は私達が守るよ」


「!」


「そうですね。リリアちゃんは友達ですから」


「ぼ、僕も。もう奪われたりしない!」


 ハイドラスの懸念などそっちのけで、リュッカもシドニエも迎え撃とうと、覚悟を見せ、立ち塞がる。


「お、お友達……?」


「うん! 私達、オニヅカって人が入ってたリリアちゃんのお友達だったの」


「えっ……?」


「でもリリィを守ることができなかった。クルシア達のせいで、お別れも言えなかった……」


「……」


 アイシアの悔しくて寂しそうな背中は、友情に疎いリリアでもしっかりと伝わってきた。


 そしてこんな気持ちにさせてしまったのは、自分のせいだとも考えた。


「それに関してはめーんご! 許してよ、ね?」


「許すわけない! 言ったよね……」


 アイシアは先程から魔力が収まる気配がない。


 そんな様子を見たバザガジールは、


「この中で一番厄介そうなのは、彼女ですかね?」


「ああ。伊達に龍の神子の血筋じゃないらしい。作戦のおかげで勇者君も疲弊してるみたいだし、彼女を仕留めて終わりにしよう」


 明らかにアイシア狙いだとわかりやすい視線を確認したハイドラスは、


「オルヴェール! お前は今すぐこの場から逃げろ!」


「な、何故?」


「お前が狙いだからだ。この場は我々が押さえ込む、行け!!」


「は、はい!!」


 リリアはしゃんっと立ち上がると、おぼついた様子で駆け出す。


「おやおや、殿下ぁ? 押さえ込めるのかにゃあ?」


「できるだろ? みんな!」


 ハイドラスは無謀だと考えつつも、この三人のやる気を信じるしかなかった。


 元々逃げるという選択肢は存在しない。


「勿論です、殿下。リリアちゃんの元いた世界に迷惑はかけられません!」


「僕もどこまで戦力になれるかわかりませんが、リリアさんが僕を変えてくれたんです。これくらいの恩返しはしないと……」


「正直、リリアちゃんが戻って来たことには驚いたけど、これで良かったんだよね? リリィはただ元の世界に帰っただけ。お別れは言えなかったけど、それで良かったんだよ。それなのに、リリィの元の世界の平穏を邪魔させるわけにはいかない!!」


 するとそれに触発されたウィルク、ハーディス、そしてアルビオも立ち上がる。


「まったく仰る通り。リリアさんにはだいぶお世話になりました。ですからその元凶の尻拭いまで、元は異世界の方に任せるのも酷というもの、我々で仕留めてみせましょう」


「お? 珍しく意見が合うな、キノコ頭」


「はっ! 貴方の場合は、今のリリアさんを見ていられないのが一番では?」


「まあな。勇ましいリリアちゃんも可愛いが、あんな臆病な彼女もいい。そして、それを奪おうとするのは許せねえよなぁ」


 ハーディスは現金な男だと呆れたため息を吐くと、目の前にアルビオが立つ。


 傷ついてボロボロの二人を庇うように。


「そうです。今は帰られたリリアさんに恩返しをする時。僕達の世界の問題は僕らで解決しなければ……」


「アル……」


 強がるアルビオを心配そうに見守る精霊達。


「そして……向こうに行ってしまった兄さん達が迷惑をかけているかもしれません。その元凶を……ここで討つ!!」


 アルビオが願うことは、そう言いながらも兄さん達を助けてくれないかと願うだけであった。


「エメラルドちゃん!」


「は! アイシア様!」


「リリアちゃんを連れて、遠くまで逃げて! 王都を出てもずっと遠くまで。クルシア達が追いつけないところまで」


「かしこまりました」


 するとエメラルドは擬人化を解き、ドラゴンに姿を変える。


「ひえっ!?」


「行って! リリアちゃんは私達が守るから……」


「……」


 リリアは自分がここまで守ってくれるのは、全部鬼塚のおかげだと考えている。


 これだけの友達に思われていること、人脈を築けていることは、全て鬼塚のおかげ。


 だからこそ申し訳なく思う。


 自分はアイシア(この人)達のことをまったくわからないと言うのに。


 そしてエメラルドがその隣に降り立とうとした時――、


「があっ!!」


「「「「「!?」」」」」


 降り立ちはしたのだが、その背中には目の前にいたはずのクルシアがエメラルドの背中の羽を剣で貫き、地面に突き刺す。


「あのさ。勝手にそっちで盛り上がらないでね? ――逃すわけないだろ?」


 クルシアがリリアに手を伸ばす。


「――それは僕達のセリフだぁあっ!!」


 一番に反応したシドニエは木刀で振り払おうと横払いするが、


「攻撃のつもりかい?」


 バシッと掴まれ、引き寄せられると同時に刺していた風花を抜き、シドニエへ。


「――ぶっ飛べっ!!」


 するとフィンが突風を巻き起こし、シドニエ達もろともクルシアを吹き飛ばす。


 エメラルドはリリアを守るように壁となる。


「アッハハ! バザガジール!」


「わかっていますよ」


 クルシアがふわりと浮かびながら、バザガジールに呼びかけるとエメラルドに強襲。


 前に立ちはだかっていたアイシア達など完全に無視である。


 振りかぶったバザガジールの拳は、エメラルドを横殴りにし、ブォンと一瞬でリリアの前から姿を消した。


「――がああっ!?」


「エメラルドちゃん!?」


 エメラルドは展望広場の手摺(てすり)壁に衝突し、一部破損すると、落ちそうになるところで止まった。


「さあ、来て頂き――」


「させません!」


 今度はアルビオが止めに入るが、これも読み切られている。


「まあ、来ますよね」


 だがアルビオも読み切られることは想定済み。


 何せ、ハイドラス側はリリアを守ることが前提にあることから、動きはある程度、互いに理解している状況。


 だから実力勝負になるのだが、


「ぐっ!? くっ……」


「フフフ。どうしました? やはりお兄さん達のことは気がかりですか!?」


 先程までの集中力が無くなっているのか、アルビオはバザガジールの猛攻に押される。


「があっ!?」


「フッ、残念です。……おや?」


 アルビオが吹き飛ばされたと同時に、リュッカがバザガジールに斬りかかる。


「はあっ!!」


 だが弱者に一切、興味の無いバザガジールは軽く避けると、顎に一発入れる。


「――かっ!?」


「リュッ、リュッカさん!!」


 リュッカの意識は一瞬遠のくが、その呼びかけが聞こえたのか、根性なのか、カッと目を見開くと、


「まだです!!」


 再びバザガジールに斬りかかる。


「しつこいですね」


 前よりは弱者にもある程度、意識を向けるようになったバザガジールは、面倒くさそうにリュッカの攻撃を軽く(かわ)すと、再び気を失わせようと拳を向ける。


「させませんって言ったでしょ!!」


「!」


 そこをアルビオが素早く割って入り、その剣撃の風圧で間合いを取った。


「ア、アルビオさん……」


「ごめんなさい、リュッカさん。そうですよね、心配ばかりしていてもどうしようもないですよね」


 リュッカの勇ましく攻める姿勢は、もやもやしているアルビオの目を覚させた。


 リュッカ自身もリリアが別人、もとい本物に戻ったという動揺する状況にも関わらず、自分のやれることをする姿勢に、心動かされた。


「そんなことないです。むしろこの中で一番、私がお荷物なので……」


「そんなことありません。……僕と一緒に戦ってくれませんか?」


「アルビオさん……」


 アルビオに対し、今まで中々共に共闘する機会もなく、実力差もあってか、頼られることがなかったリュッカ。


 だから素直にその言葉は嬉しかった。


「は、はい! 私で良ければ!」


 正直、バザガジールの魔力や闘志は凄まじく、とても恐ろしい存在と認知していたリュッカ。


 でも、アルビオやアイシア、仲間達と一緒なら戦えると、みんなのためにと強く剣を握る。


 その様子を少し満足げな笑みを零すバザガジール。


「フフ、面白いですね。羽虫程度が加わったくらいでどれだけ変わるのか、見せて頂きましょう?」


「孤高の強さを極めた貴方には届かない境地があることを、僕が証明してみせます」


 するとリュッカの隣にアルヴィが姿を見せる。


「精霊さん?」


「やあやあやあ! 全力でサポートするから、思いっきり行くといいさ!」


 アルビオの横顔を確認する。


「リュッカさん、バザガジールとの戦闘は基本、高速戦闘になります。僕とフィン、ルイスで全力で相手しますから、貴女はアルヴィと共に隙あらばでいいです、仕掛けて下さい」


「それは面白い! 是非、やってみてください!」


 するとバザガジールとアルビオが一瞬で姿が消える。


 すると展望広場の中心で大きな衝突音が響くと、


「――ククッ」

「――いきます!!」


 ぶわあっと激しい風圧が辺りに撒き散らされたかと思うと、展望広場を離れ、市街地へと戦闘が広がっていく。


「アルビオさん!」


「お嬢さん。行こう」


「は、はい!」


 アルヴィはバザガジールとアルビオの戦闘を追いかけるように、木の根を出すと、リュッカはその上を走って追いかける。


「リュッカ!」


「シア! クルシアは任せるよ。バザガジールは私達で!」


「うん! ホワイトちゃんとノワール君も連れてって!」


 するとリュッカに並走するように二人のドラゴンもついてくる。


「お前の速度じゃ、アレに間に合わん。乗れ」


 ホワイトは擬人化を解いたノワールの背に乗れと指示。


 リュッカはノワールの背に乗って、アルビオ達を追いかけた――。


「ハーディス、ウィルク。お前達は陛下に連絡、すぐに避難誘導を開始せよ。この二人が暴れるとどれだけの被害になるかわからん。急げ!」


「しかし殿下。私達は……」


 ハーディスはこの不利過ぎる戦況を離れるわけにはと心配するが、


「行って、ハーディス君、ウィルク君」


「アイシアちゃん」


「私達で何とかする。町の人達の避難が最優先! ポチ! いくよ」


「ガウッ!」


 アイシアはそう言うと、空中に浮かんでいるクルシアの元へ。


 それを見送るように見上げた二人に、ハイドラスが真剣な視線を送る。


「かしこまりました、殿下。いくぞっ! ウィルク」


「わかってるよ!」


 展望広場を後にする部下を見送ると、


「やれやれ。どうしたものか……」


 そう言いながらもリリアへと近付き、近くにいたシドニエに指示を出す。


「ファルニ。お前と私でオルヴェールを守る。空中でのクルシアはマルキスが何とかしてくれると信じよう。地面にクルシアが降り立った時が我々の仕事だ」


「は、はい! 殿下!」


 とはいえ、一番の足手まといはハイドラス自身だと情けないと考える。


 実戦経験はほぼ無く、光属性持ちの肉体型。


 シドニエほど見切る能力も無い。最悪、ただの肉壁になるのではないかと呆れるくらいだ。


 そんな空中では、


「じゃ、第二ラウンドかな?」


「うん」


 するとクルシアは目の前から姿を消した。


 アイシアは辺りを見渡すが、襲って来る気配がない。


「しまった!」


 バッと下を見ると、ハイドラスとシドニエを払い除けようとするクルシアの姿があった。


「まったく。アイシアちゃんは素直さんなんだから!」


 アイシアの真っ直ぐな性格を利用した陽動作戦は、ハイドラスにはお見通しだったが、


「させるか!」


 ブンっと剣を振るハイドラスの剣は、型は見事なものだったが、やはり実戦的ではなかったようで、


「軽い軽い」


 流れるように(かわ)すと、ハイドラスの腹を足蹴り。


「――があっ!?」


「バイバー――おっと!」


 余裕を見せるクルシアを木刀で強襲。


 シドニエは今までの特訓と、リアクション・アンサーで身につけた回避能力を総動員してクルシアに挑む。


「ま、負けましぇん!」


「ハハ。噛んでるぞ」


 噛んでる指摘すら気にしない集中力で、シドニエは猛攻を繰り返すと、


「援護するよ。――メテオ!」


 ヒュンと速度のある小型の隕石がクルシアを襲うが、スパッと真っ二つ。


「おいおい、この程度で援護――っ!?」


 攻撃がした上の方を見上げるとそこには、空中に投げ出されているアイシアの姿だけだった。


(あの赤龍(レッド・ドラゴン)はどこへ?)


「――召喚(サモン)! ポチ!」


 するとクルシアの真横に召喚陣が展開。


 何が起きるか察知したシドニエは、リリアに飛び付き離れる。


「リリアさん!」


 ポチはそのままクルシアに突進するように召喚。


「おっと! これは驚いた」


 アイシアは一度ポチを元のところへ返し、改めて召喚し、上を見上げていたクルシアに強襲したのだ。


 そしてポチは首を大きく上払いし、クルシアを空中へ投げ飛ばすと、アイシアを背中でキャッチ。


「ナイス、ポチ!」


「ガウッ!」


「――火の精霊よ、我が声に耳を傾けよ。焔の――」


 更に元々指示を受けていたのか、投げ出されたクルシアに対し、ポチは大きく炎を吐き捨てた。


 アイシアの魔法詠唱をサポートするかのように、攻撃。


 そして――、


「――響け、龍の鼓動! ――ドラゴニック・バースト!」


 そのポチの息吹(ブレス)が連鎖爆発を起こし、クルシアを爆撃。


 爆風が展望広場全域に展開するほどの威力に、ハイドラス達も防御する。


「うおお!?」


 するとハイドラス達の側に降り立つポチとアイシア。


「これで仕留められるとは思えない。リリアちゃん、ポチに乗って」


「えっ」


「本当はエメラルドちゃんが良かったけど、あの通りだから……」


 アイシアの視線の先には、気を失っているのか、エメラルドがぐったりしている。


 するとアイシアは手を向けて、エメラルドを一度帰した。


「ポチ、お願い。リリアちゃんを……!」


 すると爆発の煙からクルシアが楽しそうな笑みを浮かべながら、突っ込んでくる。


「――ハハ!」


「しまっ――」


 クルシアの凶撃は素早く、アイシアの目の前まで一瞬だった。


「さよなら、龍の神子さん」


 ザシュッと切り裂かれる。


「――ガアアアウゥウッ!!」


「!」


「あ……っ!」


 切り裂かれたのは、咄嗟に反応したポチの尻尾だったが、クルシアの風属性の刃はポチの尻尾を切断と同時に、アイシアへと貫通していた。


「――マルキスっ!!」


「ぐうぁ……」


 ポチの尻尾がクッションになってくれたとはいえ、傷は浅くないようで、その場で崩れる。


「このぉっ!」


 シドニエは咄嗟の攻撃をするも、


「いい加減、邪魔」


 アイシアが斬られたことに動揺を隠せないまま攻撃したせいか、判断能力が鈍り、


「――ぐあぁあっ!?」


 右腕を切断。シドニエもその場で切り落とされた部分の出血を押さえ、崩れた。


「――ファルニ! くそぉ!!」


 ハイドラスも蹴り飛ばされたせいか、リリアとの距離がある。


 それに助けに突っ込んでも、シドニエのように返り討ちに遭うことは見え見えだった。


 どうすればいいかを考えていると、尻尾を切られただけのポチがクルシアに龍の息吹(ドラゴン・ブレス)


 もはやなりふり構ってられないのか、側にいたアイシアを残った尻尾部分で最低限のカバーをしてのブレス。


「ハハッ! とっても主人想いだねぇ。泣けちゃうよ!」


 だがクルシアはモノともしない。


 パチンと指を鳴らし、風魔法で押し返すと、ポチを襲撃。


 目にも止まらぬスピードでポチを過ぎ去ると、全身を切ったのか、ポチの全身から血が噴き出る。


「ガウアッ!?」


「ポチぃっ!!」


「おっ? さすがにドラゴンってだけあって、硬いねぇ」


 そのままポチも力無く倒れる。


「あっ。ああ……」


 リリアはその惨状に恐怖する。


 自分を必死で庇い戦ってくれている人達が傷付いていく。


「リーリーアちゃん!」


 呼びかけられて、ビクッとなる。


 振り返るとそこには、何食わぬ顔をしてニコニコと笑うクルシアの姿があった。


「ク、クルシア……さん?」


「さんなんていいよ。ボクと君はお友達なんだから」


 その言葉は絶対違うと、震えながら首を横に振る。


 自分の扱いに対し、アイシア達とクルシアとでは雰囲気が明らかに違っている。


 アイシア達は自分のことを真剣に想ってくれていることがわかるが、クルシアのその言葉にはそんな想いがまるっきり込められていないことなど、人付き合いが苦手なリリアでもわかる。


 むしろ顔色をよく(うかが)っていたリリアにはよくわかる。


「さあ、ボクと一緒にいこう。――新世界へ」


 クルシアの求めているものは自分ではなく、リリアが行った異世界なのだとハッキリわかった。


 でも、リリアは怯えて抵抗もできない。


 すると手を差し伸べてきたクルシアが、ピクっと反応する。


「――クルシアぁああああっ!!!!」


 凄まじい剣幕でクルシアとリリアの間に刃が振り下ろされる。


「うおっと!」


 クルシアは軽くバク転しながら後退すると、


「――ゲイル・ガイスト!!」


 風魔法の追撃が来るが、中級魔法だった影響もあり、なんなく相殺。


 そしてバタバタと数名の騎士も続いてやってきた。


「……やれやれ。また面倒なのが出てきたよ。ドクターに食われなかったのかい?」


 リリアの目の前に現れたのは、片腕を無くした騎士メルトアとその一行と、オリヴァーン含む騎士隊だった。


「これ以上の蛮行は……私達が許さんぞ!! クルシア!!」

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