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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
10章 王都ハーメルト 〜帰ってきた世界と新たなる勇者〜
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07 たなかけいすけ

 

 ――こちらへ戻ってきての生活は続く。


 夏休みということを利用し、隆成達は『たなかけいすけ』関連の情報をひた集めてもらっている。


 特に大介と慎一郎のモチベーションは高く、異世界に行けるかもという期待感が強い。


 デュークやシモンを戻すことを考えると、フラグが立ってるだろとのこと。


 一方で、こちらへ来たデュークとシモンには、とりあえず元の世界との違いを説明し、前回のようなことが起きないよう、武器の携帯は禁止にした。


 こちらの世界についてのことも色々話した。


 インターネットを使い、文明の進化を語ると、割と興味を持って聞いてくれた。


 科学文明と魔法文明では、成長の仕方もやはり違う。


 基本的にどちらの文明の進化の背景にも戦争がある。


 実際、どちらの文明も、兵器開発や魔法開発が元であり、それらの技術を科学者や魔術師達が俺達の生活に活かせるように落とし込んできたものが、現在、使われていることだろう。


 魔法文明は魔物という存在がいる限り、魔法の開発は常に進むものだが、現代社会の進み方はまた違う。


 ほとんど戦争はないが、時代背景が変わっていくのは、インターネットなどによる情報社会だからだろう。


『情報は生き物である』なんて言葉があるくらい、情報は最優先事項。


『たなかけいすけ』の件だってそれだ。


 約二百年前とはいえ情報をかき集めれば、辿り着きたい答えに届くかもしれない。


 そういう希望は持ちたいものだ。


 そして数日が経った頃――、


「情報があった!?」


『ああ。かなり有力なヤツ』


 隆成が話すに、知り合いの警察官から連絡があり、九州地方の出身者だということがわかった。


 その『たなかけいすけ』には、弟さんがおり、その人が残した当時の写真があるという。


 それを持っているのが、時代を巡り、その親交のあった友人の子孫が持っていたそうだ。


 なのでその人とコンタクトを取り、会うこととなった――。


「あ、あづい……」


「こ、この世界は……こんなに暑くなるものなのか?」


「し、しんどい……」


 向こうの世界は基本、気温が安定しているため、こんなジリジリと熱を感じることはない。


 だがデュークとシモンにはかなり堪えるようで、もうバテバテである。


「それにしても意外とバレないもんだな」


「あ、ああ……」


 デュークとシモンの指名手配はまだ続いているが、ポロシャツにサングラスをかけさせているが、意外とバレなかった。


 理由としては、監視カメラで映っていた服装、何より剣がかなり目立っている印象があった。


 デュークやシモンを覚える際には、この現代世界では見ることのない、本物の剣が目に焼き付いたことだろう。


 おかげさまでデュークやシモンの顔をぼんやり覚えていようとも、そのインパクトで隠れている節がある。


 これが所謂(いわゆる)ミスディレクションだろうか?


「まあ下手にこそこそするより、こう堂々としてた方がバレないもんだって……」


「このサングラスで目つきの悪ーいデュー君の目も隠れるしな」


「悪かったな、目つきが悪くて。後! その間抜けな呼び方は止めろ! 隆成!」


 まあそう反論すると、ますますやめなくなると思うんだが……。


「はーい」


 この適当な返事を聞くあたり、面白がって止めることはなさそうだ。


「そういえば大介、慎一郎(あいつら)は来なかったな」


「……ああ。もうすぐコミショだからな」


「「コミショ?」」


 コミショとは、コミック・ショップの略称で、夏と冬に行われる日本最大のオタクイベントだ。


 出店側ではないが入念なお買い物計画、金銭管理、体力の温存などを考慮した結果、行くことを拒否した。


 異世界に行く情報はいいのかよと思ったが、それはそれ、これはこれなのだろうな。


「まあ夏のイベントってやつ? デュー君達が行ったら死ぬだけだから、やめときな」


「「死ぬのか!?」」


「あー……下手したらマジで死ぬな。熱中症で」


 向こうでの気候に完全慣れしており、こっちの夏の暑さに苦しんでいる二人に、あの待っている時は暑さしか感じない環境は、さながら灼熱地獄だろう。


 俺も経験したことはないが、テレビで観るだけでも十分それは伝わってくる。


「ア、アイツらは今からそんな死地に……」


「ぶっ! デュ、デュー君、そんな深刻なもんじゃ……ぷっははっ!!」


「な、何故笑うんだ! 死ぬかもしれないのだろう?」


 俺も堪らずに笑うと、


「違う違う。この日本の暑さに慣れてない二人が行った場合は、そうなるかもって言っただけ。二人はちゃんと暑さ対策してるよ」


 どういうことと首を傾げる二人に、俺達は詳しく説明した。


「ほら漫画は教えたろ? あれの即売イベントで、そこでしか買えない物を買うために、準備してんの」


 すると隆成はスマホから、去年の映像を見せた。


「ほら、これが去年のイベントの映像な」


「な、何だ、この人だかりは!? あ、あの漫画を買うだけのために並んでいるのか!?」


「「そゆこと」」


 デュークとシモンは頭が痛くなってきた。


「た、確かにここ数日で、漫画の面白さはわかっているが、ここまでの熱量を注ぐものか?」


「それだけこの国は平和ってことさ。各々趣味に熱量を注げる余裕があるほどにな」


「……そうか」


 異世界人からすれば、そもそもこの現象こそ異常とも捉えられるだろう。


 向こうには娯楽も少なかったし、そんな文化が発達する世界でもなかった。


 魔法というものから、娯楽への発展があれば或いはとも思うが、向こうの世界の人間にその感性はなかった。


 魔法はあくまで日常生活や魔物などの理不尽に対応するためのものとして、根付いている。


 その研究や固定概念が、娯楽などの派生に繋がらなかったのだろう。


 それに貴族のような上流階級の者の遊びが歴史を経て、娯楽へと震撼する傾向もあるが、向こうでは現在も貴族社会もあるため、それもなかった。


 それは二つの世界を見て知ったデューク達にも理解できる光景だろう。


「こんなにも違うのだな」


「……まあね。向こうと比べると娯楽の種類の差は圧倒的だろうね」


「まあ娯楽に限った話ではないがな」


 また色々教えましたからね。


「あのインターネットだっけ? 凄いよね。世界中の情報が手に入るだなんてさ。でも、そんな凄い世界の中に、こんな自然溢れる場所があることにも驚いたよ」


 新鮮な空気を吸えると、シモンは背伸びする。


「まあ九州でも田舎だからな。そっちにも都会と田舎くらいあったろ?」


「まあ確かにあるが、ここまで都心と田舎で空気の違いがあることはないぞ。全部、車と排気ガスだったか? 便利ではあるが、どうにも……」


 向こうみたいに空気中に散漫している魔力という万能エネルギーがありませんからね。


「こっちは基本、資源エネルギーで技術を運用してるから、発電一つとっても――水力、太陽、バイオマス、地熱、風力、火力、原子力で運用してるからね」


「……相変わらず説明されてもわからんな」


「まあ要するには向こうみたいに無尽蔵に湧く魔力エネルギーが無いから、こうした自然資源を使うのさ」


 そう言った隆成がふと疑問に思ったのか、不思議そうに尋ねる。


「そもそも魔力ってどう発生してるんだ?」


「一般的には、魔物達が負の感情を浄化し、排出しているものとされている」


「は? 魔物? 何で?」


「魔物はそもそも人間の負の感情で出来、その中の魔石が硬化することで魔石が生まれる。その魔石の魔力を循環することで、大気中に魔力が散漫するということらしい」


「それで魔石を心臓としている魔物がその循環役として世界を担ってるわけ。実際、原初の魔人って呼ばれる連中らの魔力は底知れなくてな、龍神王が殺された際には、西大陸全土が魔物の暴走が起きたくらいだ。原因はおそらく、魔力の循環量が増えたことによる負担じゃないかって聞いた」


 その詳しい原因を聞いたデューク達も思わず、驚愕の表情で見られた。


 そして、隆成が一言。


「お前、本当に向こうにいたんだな」


「いたよ!」


 そんなツッコミもほどほどに、隆成はまとめる。


「つまりはあれか? 草木が二酸化炭素を吸って、酸素を吐くのと同じ話か?」


「まあそうだね。更に言えば魔力の場合、人間が滅びない限り、尽きることはない」


「なるほどな」


 勿論、場所によっての差異はあるものの、基本的に魔力が尽きることはない。


 人間が負の感情を吐き出さないなんてことはない。


 それは比例して、魔物がいなくなることもないということだが。


「オレ達はそういう原理の世界から来ているから、どうもこの世界とは馴染まん」


「だろうね」


「デューク、最初に車を見た時、毒煙を吐くゴーレムって呼んでたもんね」


「「毒煙を吐くゴーレム……?」」


 デュークが恥ずかしいからやめろと、ツッコんでいる中、俺と隆成は堪らず笑う。


「「ぶぷっ……!!」」


「――あっははははっ!! 毒煙を吐くゴーレムって……」


「そ、そんなに笑ったら……ダメだろ、隆成。……はじ、初めて見たんだから……仕方な、ぶぷっ!!」


「――勝平(おまえ)も堪えるくらいなら笑え!!」


 初見にしてもゴーレムはないだろ。


 ゴーレムは基本的に人型か魔物みたいな形が普通なだけに、本物のゴーレムを見たことがない隆成も爆笑

 。


 だが四足歩行の魔物にも見えなくもないか?


「……ったく」


 そんな会話もそこそこに『たなかけいすけ』の情報を持つ人物の家まで、その毒煙を吐くゴーレムもといタクシーで向かう。


 ***


「――ああ、君達がそうかい。連絡はもらってるよ」


 日本の夏の山というのはどうしてこう、木々が青々しく見えるのだろうか?


 都会生まれ、異世界では澄んだ山間の村に飛ばされていても尚、感性が沸き立つのだろうか。


 蝉の鳴き声が鬱陶(うっとう)しく聴こえないのは、日本人として虫の鳴き声を楽しむ風習があるからだろうが、遠くに見える山林からだからだろう、響くように鳴き続けている。


 どうしてこんなことを思ったかと言うと、デューク達がこの辺りは涼しいと話す。


 自然が織りなす風の通り道は、実に心地良い。


 この夏の暑さに慣れない二人からすれば、涼しい場所を探すのは造作もなきこと。


 まるで猫である。


 そんな大自然の中のご自宅に見知らぬ若人が数人も押し掛けるのは、連絡を受けたこの知人さんも驚きだろう。


 それにも関わらず、悪い顔もせずに付き合ってくれるのは感謝である。


「お茶で、いいかな?」


「あっ、お構いなく……」


 更には冷えた麦茶まで出そうとしてくれる。


 うーん、親戚でも知り合いでもないのに、申し訳ない。にも関わらず、


「はー……ここはエアコンも無いのに涼しいな」


「そうだね。それに何だか落ち着くな……」


 ここにジジイと化した異世界人が二人、まったく遠慮することなく、畳の上でごろり。


「おい。ここ、他人のお家なんだから、もう少ししゃんとしてろ」


「無理言うなよ。ここまで来るのにヘトヘトなんだ。この日本という国の気候が悪い」


 確かにじめっとした暑さが続いていて、エアコンがガンガン効いた部屋に閉じこもってたしな。


 異世界人も数日でダメ人間にできてしまう環境。改めて現代世界の技術の高さに驚きだ。


 リリアもネトゲ廃人になるわけだ。


「冷たいお茶でも飲んで……どうぞ」


「ああ、すまない」


 カランと涼しさを感じる氷の音に癒されつつ、注がれたお茶で喉を潤す。


「美味い!」


「最高ですね、おじさん」


「ありがとう」


 デューク達は率直に感動しているようだ。


 都会では味わえない環境とささやかな幸せ。これも風流なことだ。


 そのおじさんは俺達に茶を出すだけでなく、おかきも出してくれた。そして――、


「これでいいのかい?」


 古そうな卒業アルバムが差し出された。


「あっ、ありがとうございます」


 俺達は早速そのアルバムをめくり、『たなかけいすけ』を探す。


 容姿は向こうから聞いての通り、アルビオそっくりだという。


「しかしそんな古いアルバムに何か用なのかい?」


 まあ当然の質問である。


「ええ、ちょっと……」


 そう困ったように微笑むと、余計な詮索はしない方が良いのかなと空気を読んでくれたようで、アルバムをめくる俺達の隣にそっと座った。


「どうも物を残したがりな性分でね、なかなか処分できなくてね」


「い、いえ。そのおかげで俺達は……あっ!」


 そのアルバムの中に、アルビオそっくりの人物がいた。


「こ、この人は……」


 卒業アルバムならば、名前も記載されているはずだと探してみると、


「……ビンゴ!」


「これを『たなかけいすけ』と呼ぶのか?」


「まあね」


「……!」


 さっきまでのんびりとしていたデューク達も、期待感に満ちた表情に変わる。


 写真はアルビオそっくりの名前は『田中圭佑』と書かれていた。


「まさかもう見つけられるとはな……」


「あ、あの、この人のこと、何でもいいので知りませんか?」


「この人かい? うーん……」


 おじさんは唸って悩み続けるだけで、やはり情報がないようだ。


 あくまで写真を持っていただけだった。


「あの、この写真をコピーはできますか?」


「あ、ああ。構わないよ」


 そう言って俺は、このおじさんに車を出してもらい、近くのコンビニへコピーを取ると、そのおじさんにお礼をして別れた。


「これからどうする?」


「二手に分かれよう」


 そう言って俺は二枚コピーしたうちの、一枚を隆成に渡す。


「お前はこの学校に行って情報を。俺は役場に行ってみる」


「なるほど、オッケー」


 首を傾げる異世界人二人も二手に分かれさせ、俺はデュークを引っ張っていった。


 その道中で、二手に分かれた理由を尋ねられた。


 体力的にもキツくなりそうなので、効率重視にしたというのが一番の理由だが、二箇所に情報があるとした理由のうち、学校は理解できると話す。


 まあ卒アル見せられたわけだから、それはそうなのだが、役場はわからないと話す。


 俺も正直あまり知らないのだが、役場には戸籍謄本(こせきとうほん)なるものがあるらしい。


 超簡単に言えば戸籍に記載されている人物の身分証明。


 それを見ることが出来れば、二百年前とはいえ、『田中圭佑』のこともわかるかもしれないと思ったのだが――、


「――ダメじゃないか」


「やっぱ無理か……」


 俺とデュークは渋々役場を後にする羽目となった。


 というよりは当然の結果だろう。


 死亡した人間の戸籍謄本(こせきとうほん)を取れるのは、やはりその血筋と相続人から受けた専門家である。


 たかだか十六……じゃなかった。十七のガキと青年ではお話にならなかった。


 一応、デュークも血筋と言えばそうだが、面識が無い挙句、異世界人である。


 そんな屁理屈が通るわけもなく、俺達二人は隆成が用意してくれた、今日泊まる予定のホテルに向かっている。


「しかしケースケ・タナカ……いや、田中圭佑だったか。ここで生まれ育ったのだな」


「みたいだね。こんな田舎育ちなら、ちょっとやんちゃな性格にも納得いくかも。どう? 感想としては……」


「いい所だと思うよ」


 バス停でのベンチに座り、夏風がそよぐ中、哀愁を見せるデューク。


 今、デューク達の気持ちはどうなんだろう?


 帰ることが難しい状態の中、こうして一日一日を過ごすことに不安はあるだろう。


 俺達はそれを少しでも拭えているだろうか。


「どうした?」


「ちょっと飲み物買ってくる」


 バスの時間までまだあると、俺は近くの自販機へ。


 俺は炭酸飲料、デューク達は慣れないからと言うことで、やはりお茶だ。


 しかし日本のお茶の味をあまり違和感なく飲むあたり、デューク達はやはり日本人の血を継いでいるようだ。


 正直、このままここにいても問題はないようにも思うが、


「ほら。お茶でいいだろ?」


「助かる」


 俺達は軽く喉を潤すと、デュークが蝉の鳴き声が響く中、待ち時間を潰すため世間話を始める。


現代世界(ここ)はいい所だな。色んなしがらみはあるものの、基本的には平和だ。魔物もいなければ、盗賊や(さら)い屋、奴隷商なんかもいない」


「まあね。二人が追いかけられてた警察って組織があるから、治安は守られてるし、そもそもこの日本は他の国に比べても治安は良い方だからね」


「……あれには恐れ入ったぞ」


 苦い思い出だったと思わず、かけたサングラスを整えた。


「この世界にも酷い戦争はあった。その結果として他国との平和条約が結ばれて、現在に至るわけだけどさ……」


「その世界の繋がりとしてインターネットなどがあるのだろう?」


「うーん、ひとえにそれだけではないけど、まあ互いを認められるようになったから、繋がれるようになったのは間違いないかも」


 過去の偉人達が、根気よく関係を結んでくれた結果なのだろう。


 俺達が歴史の授業で勉強することなど、その片鱗に過ぎないんだろうな。


「だったらお前のご先祖様の田中圭佑も凄い奴じゃないか。色んな歴史を向こうで変えた」


「……そうだな」


 デュークは優しく微笑む。


「オレは正直、勇者が嫌いだった。だから家も飛び出したわけだからな」


「そういえばそれが理由で冒険者になったんだっけ?」


「ああ。だがこんな平和な世界から、当時は戦乱も酷かった時代に落とされた田中圭佑は、きっとおかしいと思っただろうな。人同士は分かり合えるということに……」


「かもな」


 二百年前ということなら、丁度日本の高度成長期が落ち着いた頃だろうか。


 その頃の人間ならば、戦乱があったという向こうの世界を嘆いただろうか。


「やはり浅はかだったな。田中圭佑はこんな世界を作りたかったと考えれば、勇者と称えられるのにも納得がいく」


「……そんな大層な理由でもないんじゃない?」


「なに?」


「俺だって向こうでリリアになって、必死に生きてきた。リュッカを助けたり、魔人の襲撃を阻止したり、テテュラの暗殺を阻止したりとか……黒炎の魔術師なんて呼ばれて、英雄扱いされて演劇にまでされたけど、何も世界をどうこうってわけじゃなかった。必死に自分のやれることをやって、結果としてそう結びついただけなんだと思うよ」


 田中圭佑だって、必死で生きただけだと俺は思う。


 あの日記を残したのは、もしかしたらそんな背景があったのではないかと思う。


 あれは俺のような異世界人向けとも考えられたが、自分の生きた証、そして何より、文字に起こすことで冷静でいられるようにしたのではないだろうか。


 目の前で起きた現実は、自分の知らないもの。


 だからその現実を少しでも自分のものにできるように、大精霊と共にあの世界を駆け抜けたのではないだろうか。


「勇者って言われててもさ、一人の人間なんだよ。あの写真、見たろ? 田中圭佑も普通の人間だったと思うよ」


 卒アルの写真に映るアルビオそっくりの少年の姿は、どこにでもいるような少年だった。


 そんな少年が、世界をなんとかしようと大層なことを考えるだろうか。


 きっと大精霊の話や世界の状況を見て、とにかく出来ることに向き合った結果なのではないだろうか。


「……そうだな。あれを見た後にこの世界のことを考えれば、それも納得だな。……むしろ尊敬に値する、か……」


 デュークの勇者に対する劣等感は消えていったようだ。


 和らいで微笑んでいる。


「できることなら、クルシアの罠でない状況で知りたかったがな」


「そうだな。……ん?」


 スマホに着信が来た。画面には――八葉隆成となっている。


「もしもし?」


『もしもし。そっちはどう?』


「ダメだった。そっちは?」


『こっちはまあ当然だが情報はあった』


 そりゃ卒アルに顔と名前があれば、情報も出るだろう。


 だが問題となるのは、『田中圭佑』の行方の方である。


 出身の学校がわかってもその後がわからないと話にならない。


『正直、キツい情報が入った』


「キツい?」


『ああ。田中圭佑だけどな、この学校を卒業してから、留学してる』


 は?


「りゅ、留学うぅぅーーっ!?」


 思わず隣でお茶を飲みながら聞いていたデュークも吹き出した。


「お、驚かすな! びっくりするだろ?」


「留学ってどこに?」


『アメリカだな。元々行動的な性格そうなんだろ? 納得じゃないか』


「いや、そうかも知れんが……」


 外国に行ってたとなると、向こうに戻ることは絶望的だ。


 留学まで確認されてるってことは行方不明、つまりは異世界に飛ばされたのは海外って話になる。


 最悪、飛行機に乗ってた際に、なにかしらの現象を受けたみたいなテンプレすら思い浮かぶ。


「どうした? そんなに難しい問題なのか?」


「ああ。この国で田中圭佑が行方不明になったわけじゃないかもしれない」


「つまり別の国まで探さないといけないわけか?」


「そうなる……」


 日本と違って、アメリカなんて広過ぎる。


 そんなところを探し回るだなんて、もはや絶望的だ。


 ごめんな、みんな。こっちから戻ることは難しいみたいだ。


 そんな最早、諦めていた時、


『まあまだ手詰まりって言うには早いよな』


「なに?」


 隆成は特に困ったような声ではなかった。


『まあ任せなって』

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