02 こちらのリリア事情 その一
「ふー……暑い」
久しぶりの日本の夏。
湿気が強く、じめっとした重くのしかかる暑さがまとわりつき、体力を酷く消耗させていく。しかも久しぶりのコンクリート熱も浴びせられている二重コンボ。
今年は湿気が強い方の暑さの夏のようで、カラッとはしてない。
四季をあまり感じなかった向こうにも違和感があったが、気候が安定してただけにこれは結構ツライ。
そんな照りつける太陽の中、外出している理由としては、俺の身体にリリアが入った詳しい事情を知りつつ、協力してくれそうな友人達に会いに行くためである。
連絡を取ったら――家に来いよと通達。
まあリリアは引きこもりだっただけに、呼び出された先に行ければ、鬼塚であることを証明できるわけで。
「とはいえ、戻ったばかりの人間に来いって……」
気遣いがあってもいいんじゃないかと思うが、今から向かう友人宅の快適さを知ってるため、まあ我慢できる。
というか、いつも決まって集まってたのがその友人宅である――。
「ハハ。変わんねえな……」
到着した俺が見上げたのは、高層のタワーマンション。
要するには友人の一人は金持ちの息子なのだ。
詳しいことは聞いちゃないが、外国を飛び回ってるだのなんだの。マンションには広々とした部屋に一人で生活してるとその友人は語っている。
高層マンションから町を眺める様は中々できる経験ではないだろうし、設備も上等な物。
羨ましい限りである。
知り合った経緯自体は至極単純で、学校でゲームの話をしていたら、横から入ってきた感じ。
気が合ったから友達になった。実に単純だ。
まあそのくらいが気兼ねしない友人の作り方だろう。
だから中学の三年間は遊ぶ時はゲーセンかこの高層マンションの友人宅が鉄板だった。
本来ならあの夏休みも、いつもの友人達とこのマンションに登って、適当に宿題を片付けて、ゲーム三昧のつもりだった。
「なんだか遠回りした気分だ」
俺はその友人宅の番号を押して、応答願う。
『おっ、来た?』
「久しぶり……」
懐かしい友人兼家主の声。戻ってきたのを実感するな。
『待ってな』
すると自動ドアが開いた。
『上がって来いよ』
「おう」
軽い問答をすると、俺は約一年ぶりに友人宅の階層までのエレベーターに乗り、部屋の前へ、インターホンを鳴らす。
どれも向こうにはなかっただけに、一気に現実感が戻ってくる。
魔法を使い、魔物を倒し、ドラゴンに乗り、イカれた魔法使いと戦うファンタジーの現実が嘘のようだ。
残酷なまでに現実世界が俺の常識をまた塗り潰していく。
だがあっちの世界も現実だったのは知ってる。
だからこそ、知らなくてはならないことがある。
――カチャっと扉が開くと、そこには少したるんだ目が印象的な高身長イケメン野郎が姿を見せる。
相変わらず羨ましいルックス。
「……かっちゃんだよな?」
「だよ。久しぶり」
「……」
その彼はジーッとこちらを見るが、これ以上答えようがないと思っていたが、
「……精霊戦記の新作が出るって知ってる?」
「――なにっ!? あの神作の新作が出るのか!? くう〜〜〜〜っ!! もう新作は出ないと思ってたが――」
「あっ、こりゃ本物だ」
精霊戦記とは昔、大ヒットを飛ばした超本格ファンタジーゲームで、この手のゲーム好きならばやったことのない奴の方がおかしいとまで言われるタイトル。
近年のソシャゲやバリエーション豊富な家庭用ゲーム機の登場、今更王道のアクションゲームなんて古臭いと開発が進まないと思っていたが、遂に……。
「嘘だよ、うーそ」
「はあ!?」
「つか、リリアちゃんの話を聞くにさ、本物体験しといて、まだあのゲームに期待してんの?」
「あったりまえだろ!? これはこれ。それはそれだよ」
最近の家庭用ゲーム機とハイビジョンテレビの性能があれば、最高のグラフィックで楽しめると思うことの何が悪い!?
「お前が本物のかっちゃんかを試しただけ。二人も来てるから、入んな」
「試すなよ……」
俺は不貞腐れながらも、ここの家主――八葉 隆成に案内される。
「俺からすれば久しぶりでもないんだけど、女言葉じゃないかっちゃんは確かに久しぶり」
「お、女言葉ねえ……」
本当に俺の身体にリリアが居たんだと改めて認識させられた。
両親からも聞いてはいたが、やはりこう説明されるとそこの実感も湧いてくる。
「ま、詳しい話は――」
カチャとリビングに通されると、そこにはクラブラの対戦をしている、これまた懐かしい友人達がいた。
「相変わらずだな。何も変わってないのね」
思わず出た女言葉に口をつぐむと、ゲーム画面が止まる。
「本当に勝平君が戻ってきたんですか?」
「まだリリアちゃんのままじゃねえのか?」
敬語で話している方が、のっぽ眼鏡の竹村 慎一郎。男口調の方が、小太りしてる小野 大介。
「じゃねえよ。ちょっと向こうの口調が残ってるだけ。つい今朝方戻ったんだぞ」
名残りくらいは勘弁してほしいものだと考えていると、二人はバッと詰め寄る。
「――で、どうだったっ!? やっぱり異世界転生モノのテンプレ展開だったのか? 美少女とハーレムでも作ったか!?」
「――作るかっ!」
「……というか勝平君は女の子、リリアさんになってたんですよね? 羨ましいです。お、おおお、女の子に囲まれて生活してたなんて……」
「――黙れっ! このむっつり眼鏡!」
つか、女の身体の状態で、男に囲まれて生活してる方が大問題だろ。
色々ツッコミはしたが、この二人も相変わらずのようで、内心では安心感の方が大きい。
俺達は幼稚園から一緒で、成長してからはのっぽ、デブ、チビでいたところに、中学になって人生勝ち組みたいなイケメンさんが介入という感じ。
「俺もさ、その異世界……転生? 見たけどさ、結構面白いね」
「俺の場合は転移な」
隆成もだいぶ寄ってきたな、こっち側に。
俺もどちらかと言えばゲームメインだから、この二人ほどオタク知識は無いが、友達なせいもあってか、目にする機会は多かったからな。
「転移と転生って違いある?」
「あるある、めっちゃある! 死んでるか、死んでないか!」
俺を勝手に殺さないで。
「いやー、でもしかしよぉ、本当に異世界転生があるなんて思わなかったぜ」
「ですね。僕も異世界転生したいな……」
「――だから、殺すなって! 転移なの! て・ん・い!!」
つかお前らの方がその辺詳しいだろ!?
――そんなツッコミもそこそこに、早速本題に入る。
「リリアの名前が出てきたってことは、本当に俺の身体にリリアがいたんだな?」
「まあね。……ということはさ、かっちゃんはリリアちゃんの身体にいたんだよね?」
三人の注目を浴びる中、少し視線を逸らして、
「……まあ、な」
すると大介と慎一郎が、妬ましいと語ってくる。
「いいなぁ! 女の子になって異世界転移とか、マジ羨ましい〜!!」
「リリアさんは美少女なんでしょ? どんな女の子だったのかなぁ。性格は根暗でしたが、見た目によっては守ってあげたくなるタイプでしょうか?」
「――どうなんだよ!?」
「――どうなんですかっ!?」
ずずいと圧のかかる勢いに、俺はドン引きしていると、
「童貞丸出しだな。必死すぎっ!!」
「「黙れ! リア充!」」
俺も異世界転移してなかったら、二人みたいなツッコミをしてたんだろうか。
「隆成、彼女できたの?」
「んー、まあ。でもお前らの方が面白いから、たまに会ってるくらい。学校ちげーし」
やっぱ男と遊んでる方が気楽だわと、余裕のある態度で話しちゃいるが、しっかり卒業したんだろうな。
羨まし。
「で? そんな話続けてたら先進まないけど、進める? 進めない?」
確かにそんな会話をしている場合ではないが、
「リリアはまあ、そこそこの容姿だったよ。背はちっちゃいし、胸はぺったんこだし、髪はボサッとしてるし……」
「そっか……」
まあ七割がた嘘だが。
絶世の美少女で、身長の割に胸まであったなんて話したら、発狂されるに違いない。
話をこれ以上、止めないためにも二人のリリアの理想像はここで止めておく。
「それで? どうしてリリアだとわかったの?」
「「「……」」」
三人はお互いの顔を見合わせると、俺が転移した後のことを話してくれた。
***
隆成は、それは一年前の夏、夏休みに入る下校時だと語る。
「――それは言わない約束でしょ?」
「あー……俺は最近、つか前からいたけど?」
「「な、なにぃ〜〜っ!!」」
「俺達と遊んでいて、いつの間に……」
「いやいや、高校生だし、彼女くらい作るだろ? 普通」
男子高校生達の何気ない会話は続く。
隆成はいつも通り、このからかいがいがあって、でも簡単に本音で語れる友人との会話を楽しんでいた。
隆成は見た目がいいから、男の友人には恵まれなかった過去がある。
金のある家に生まれ、挙句容姿端麗だった隆成が男の妬みを買うことは割と自然だった。
でも勝平達の妬みは本気だけど本気じゃなかった。隆成を嫌う妬み方じゃなかった。
でも隆成は少しでもリア充高校生を保つために彼女を作ってもいた。
「そんな普通は俺達、知らない!」
「う、羨ましいとか思ってませんよ。ぼ、僕はリアルの女性なんて……」
「はいはい」
隆成は、こう口々にする大介達も本当は彼女くらい欲しいとは思ってることくらいわかっている。
だけどそれは、違う価値観だと考えていた。
周りに合わせるためのものではなく、自分が求めるという意思があるものだと考えていた。
それを羨ましく思っていた。
求めずとも手に入るものと、求めて手に入るものは価値が違う。
勝平達はそれを無意識に理解しているように見えた。
隆成は、まあ考え過ぎかもしれないがとほくそ笑んでいた。
とにかく、隆成は持ってないものを持ってた勝平達と一緒にいることにした。
すると面白かった。気が楽だった。居心地が良かった。
一緒にいる理由なんてこれで十分だった。
これからも気兼ねない友人関係が築けるんじゃないかと思っていた時、事件は起きた。
「どした? かっちゃん?」
チビで身長が欲しいと嘆き、ファンタジーゲームを熱く語る友人が、さっきからいやに会話に入って来ないなと思っていると、その場で固まっていた。
どうかしたのかと近付いてみると、
「こ、ここはどこ? 私は誰?」
そのセリフ、何十年前に流行ったセリフなんだよとツッコミたいセリフは飲み込まれた。
隆成が飲み込み、言わなかった理由としては、明らかに様相がおかしかったからだ。
顔が白じろとしてきてその場に突っ立ってるんだ、熱中症を疑った。
「おいおい、かっちゃん大丈――」
「ひっ!? ひいやああああーーっ!!」
近くのコンビニにでも涼みに行こうと手を掴んだ瞬間、大きな悲鳴を上げられ、手を弾かれた。
決して男が叫ぶ悲鳴ではない。
すると、
「おい! バカっ!!」
横の道路へと勝平(?)は走り出した。
パッパァーっ!!
「ひっ!?」
勿論、道路には車にトラックが走る。
大きなクラクションを鳴らされた勝平はその場で、猫の習性でも発揮したかのように、驚いて止まる。
「――お前は猫か!?」
隆成は飛び出した勝平の腕を今一度掴み、こちらに思いっきり引き寄せ、歩道に倒れ込む。
「――きゃあ!?」
「――ああっ!? はあ、はあ……お前、バカか!? 死ぬ気か!? 冗談じゃないぞ……」
大介も慎一郎も寄ってきて、勝平のその表情を見て心配する。
「だ、大丈夫か? かっちゃん。暑さにやられたか?」
「隆成君、ナイス判断です」
「どーも」
「とりあえず休憩がてら涼もうぜ? な?」
大介が隣にあるコンビニを指して提案すると、勝平はより絶望した表情へと変わる。
「へ……? わ、私……私っ!!」
勝平はコンビニの窓に映る自分を見て驚愕している。信じられないと顔に書いてあった。
だからなのか、急いで窓に映る自分を再び確認する。
「おいおい、どうしちまったんだ? かっちゃん」
「お、おい。本当に大丈夫か? かっちゃん」
「びょ、病院に連絡、する?」
かっちゃんと呼ばれていることに気付いた勝平(?)はわなわなと震え、潤んだ目で隆成達を見たかと思うと、顔を覆って泣き始めた。
「――ああああああーーっ!! わ、私……私……どうしちゃったんですか!?」
隆成達は勝平の発言にクエスチョンマークしか浮かばなかった。
だが明らかに様子がおかしい。
さっきまで普通にクラブラの話で盛り上がっており、夏休みのゲーム三昧計画を立てようと言っていた勝平が、急に絶望して泣き崩れたのだ。
異常としか思えない。
「……なんか心当たりない?」
「ない。しんちゃんは?」
「ありませんよ。強いて言うなら、クラブラのダウコンキャラに、精霊戦記のキャラが来ないと嘆いていたくらいかな?」
「「……」」
それでここまで絶望はしねーよと思った隆成と大介。
「かっちゃん?」
「ひっ!?」
泣きながら、コンビニの窓にへばりつくように身を寄せる。
「あ、貴方達は誰ですか!? た、食べるんです? お、男の人は私を食べるんですぅ!?」
「はあ? 俺にそんな趣味はねえよ。ホントにどうした、かっちゃん」
「ひぃっ!?」
勝平(?)がまた走り出しそうだったので三人で囲み、逃げられなくなったが、余計に怯えた表情をしている。
「た、助けてぇ……助けて……パパ……」
「「「……」」」
隆成達はさすがに勝平が本人ではないのではないかと思えてきた。
口調や叫び方、走り方に怯え方。どれも隆成達が知ってる勝平ではなかった。
だが目の前で震えて怯えているのは勝平だ。
ややこしくなってきたぞと一同、困惑するも、とりあえず落ち着いてくれないと話にならない。
「なあ? 一回だけ。一回だけ俺達の言うこと聞いてくれない?」
「いやいやいやっ!」
パァンっ!!
「――ぴえっ!?」
「どお? 少しは落ち着いた?」
隆成は勝平(?)の前でねこだましをしてみた。
大きな音に驚くと、ピタリと動きを止めると同時に、ピンと意識が張ったようだ。
「……パニクっててもさ、どうにもならないだろ? 頼むから、一回だけ言うこと聞いて。な?」
「は、はひ……」
隆成達は勝平(?)をコンビニに連れ込み、飲食スペースへと連れていくと、大介と慎一郎に逃げないよう見張りを頼むと、隆成は買い出しする。
「とりあえず飲みもんと、軽くつまめるもんかなぁ?」
誰でも飲める冷えた美味しい水とスナック菓子を用意した。
「ほら、とりあえず飲んで。水だから」
ペットボトルをそのまま渡すと、不思議そうに手に持って眺め始めた。
先っぽと底を両手で持ったまま、中の水を覗き込むように見ている。
「……の、飲まないの?」
「へえ? は、はい。えっと……その……」
しどろもどろ状態で貰ったペットボトルをジッと見つめていると、キャップ部分に気付いた。
キュッと捻り、キャップが開いたことを確認すると、まるで子供が初めて硬い蓋を開けて喜んだ表情をしている。
「ほお……」
「かんど――」
「しっ」
現代人だと有り得ないリアクションに思わずツッコもうとする大介を隆成は止めた。
隆成は見定めたいと考えていた。
勝平(?)はキョロキョロと辺りを見渡すと、
「あ、あの……」
「ん?」
よく話しかけていた隆成に質問。
「コ、コップはありませんか?」
「そのまま飲めない?」
「そ、そのままですか!?」
勝平(?)は、むむむっと飲み口を睨むと口をつけて、ゆっくりと傾けた。
くぴくぴっと少しずつ飲んでいく。
「ぷは」
「少しは落ち着いたかな?」
「は、はい」
「それじゃあ次はこれな」
「?」
勝平(?)が手渡されたのは未開封のスナック菓子。
「えっと……」
困ったように上目遣いをしてくる。隆成は男の上目遣いはどうにも気味が悪いと内心嫌がる。
「これ知らない? 有名メーカーの看板商品なんだけど……」
知る人ぞ知る認知度九割超えの商品のはずだが、まったく見た覚えがない様子。
「まあいいや。食べてみてよ」
すると勝平(?)は、袋にそのまま噛み付いた。
「えっ!?」
「お、おい!」
大介達は隆成の意図がわからないせいもあり、リアクションをすると、驚く勝平(?)。
驚いて顔を引いた瞬間、噛み付いていた部分が袋のギザギザだった。
ベリっ!
「きゃあっ!?」
中身が一気に飛び散り、更に驚いた勝平(?)もその拍子に手を離し、スナック菓子はばら撒かれた。
「あーあ」
「す、すみません! すみません! す、すぐになんとかしますから……どうか許して下さい!」
すると床に散らばったスナック菓子を袋に戻そうとしていたので、
「ストップ! ごめんごめん。試すようなことして悪かった」
「へ? た、試す?」
とりあえず床に散らばったスナック菓子はゴミ捨てに捨てて、片すと隆成は、状況把握を始める。
「とりあえずハッキリしたな。お前、別人だろ?」
「!?」
「そ、そうだろうけど……根拠は?」
「今見たろ? 一般人だったら老若男女知らないはずもない、ペットボトルの開け方、スナック菓子を開けて食うことを知らない様子だったんだぜ? 別人って考える方が自然だろ?」
だから試したのかと大介達は納得。
「で、でも記憶喪失って可能性は……」
「ないとは言い切れないが、さっきまで普通に歩いてた奴が突然、記憶喪失になるもんかねえ? まだ幽霊に取り憑かれたとかの方が納得いく」
「た、確かに……」
「それによ、記憶喪失ならパパに助けを求めるかね? お父さんの記憶はあるんだろ?」
「でも記憶喪失特有のここはどこ? 私はだぁれ? 発言してたけど……」
「……お前、そんな化石みたいなネタ、信じるつもりか?」
昔のドラマとかで記憶喪失を象徴するためのセリフに決まってるだろと隆成は一蹴した。
「それにそんな記憶障害は簡単に起きない。強い傷害や強いストレスが無いと起きないもんなんだよ。外傷は勿論、強いストレスだって見て取れなかっただろ?」
その隆成の説明には二人も納得。
慎一郎もさすがにクラブラのダウコンの話は出さなかった。
「――というわけで、君も混乱してるだろうけど、俺達も事態を把握してない。頼むから自分がわかってることを話してくれないか?」
隆成の話を俯きながらも落ち着いて聞いていたのか、震えて怯えながらも話してくれた。
どうやら状況把握ができるほど、冷静になり、恐る恐る口を開いた。
「え、えっと私の名前……リリア。自殺用の魔法陣を書いてて、その……気付いたらここに……」
「じ、自殺って……」
「リリア……?」
隆成達が唖然としていると、
「ほ、本当にごめんなさい! 私が悪いんです! し、死んでお詫びしますから、許して……」
ペコペコと頭を下げながら、とんでもないことを言い出した。
「軽々しく死ぬとか言うな!」
「!」
「お前さんがなんで自殺しようとしたか知らねえけど、勝平はリリアの身体じゃないんだ。わかってんのか!?」
すると勝平(?)もといリリアは、再び窓に映る自分を見た。
そこに映っているのは、リリアと語る自分ではないのだろう。また泣き出してしまった。
「――ああああああっ!!!!」
「……そうでなくても、簡単に死のうとするな。な?」
さすがにこれ以上はコンビニに迷惑になると考えた隆成達は、向かう予定だった隆成の自宅マンションに連れて行った。
ここまでたどり着くまでのリリアの反応は新鮮で、外に出歩くのが初めてといった感じ。
終始、隆成にしがみついてはビクビクと過敏な反応をしていた。
お化け屋敷に入ったカップルじゃあるまいしと、隆成は複雑な心境であった。
「そんなに珍しい?」
隆成の自宅を物珍しく、キョロキョロと覗っている。
「は、はい。ごめんなさい」
「謝るのを癖にするのはやめた方がいい。自信が無くなるよ」
「はい! ごめんなさい……」
かなり根暗な性格のようだ。
「飲みもんテキトーに出すぞ」
「あいよ」
大介は隆成の自宅冷蔵庫を開けて、炭酸ジュースを取り出して、今度はコップに注いだ。
「だ、大介君! リリアさん、炭酸飲んだことないんじゃ……」
「あっ! 悪りぃ……」
「タンサン?」
「いや、これも経験でしょ? 一回飲ませてみよ」
というよりは面白そうとニカリと笑った隆成。
リリアはコップの中の大量の気泡をジーッと眺めている。
「こ、これがタンサン?」
「炭酸な。さっきの水と同じ、飲み物だよ」
「飲み物!?」
不思議な物があるんだなと、改めて真剣に見ているので、飲み物である証拠を見せる。
隆成はリリアが眺めていたコップを手に取ると、それを目で追うように顔を上げた。
まるで猫が動くものに反応したかのうように。
ごくっごくっと喉を軽く鳴らしながら、一気に飲み干した。
「っぷは」
再びリリアの前に空のコップを置かれるが、飲ませるために別に注がれてるコップを手招いて勧められる。
息を呑んで、自分も飲んでみようと視線が炭酸ジュースから離れない。
リリアは魔法とか言ってたためか、こちらの常識、文化からはかけ離れていると考える隆成は、炭酸ジュースも初めてではないかと考える。
リリアからすれば未知の飲み物だ、勧められていても飲むことには躊躇いがあるようだ。
コップを手に取り、再びジッと見つめる。
いつになったら飲むのやらと一同眺めていると、グビッと飲み出した。
すると、
「――ブフッ!!」
「――ばはっ!?」
飛んでくるだろうなと予想していた隆成と大介は避けたが、慎一郎は回避できず、吹き出した炭酸ジュースの餌食となった。
「ぶっはは! どう? 初めての炭酸は?」
「しゅ、しゅわしゅわして、変な感じ……。ああっ!? ご、ごごご、ごめんなさいっ!!」
「謝んなくていいよ。緊張感はどんどん薄れてきたろ?」
未知の体験は緊張よりも好奇心や楽しさの方が前に出るだろう。
あれだけの絶望した表情をしていたからこそ、緊張を解きほぐしてやることは重要だ。
「緊張感をほぐすのはわかりますが、言ってくれれば……」
びしょびしょに汚れた慎一郎は、同じく濡れていたリリアのことも見た。
「悪かったって。シャワー浴びてきな」
ジュースを浴びたんだ、ギトギトするだろうと浴室に向かうよう勧めると、慎一郎は場所がわかっているので、リリアと共に向かった。
「しかし、リリアねえ……。明らかに女の名前だよな?」
「ん? あー……そうね」
隆成はとりあえずと服を漁っていると、
「――*%$¥¥なビ@×##ーーーーっっっ!!??」
声にならない叫び声が聞こえた。
さすがにビビるほどの叫び声に、急ぎ駆けつける。
「どした!?」
「あ、いや……」
「ひっ……ひいっ……」
リリアはその場で腰を抜かし、慎一郎は上着だけを脱いだ姿だった。
リリアの服装も特に上着を脱いだだけで、違和感はない。
何に驚いたのか尋ねようとした時、
「こ、股間……」
「は?」
「――股間にパパの物が生えてるっ!?」
今までは緊張し過ぎていて、股間の違和感すら忘れていたのだろう。
ズボンにも汚れがあったことから、下も脱ごうとした時に気付いたらしい。
「まあ……男だからね」
これで中身も女の子だと判明したが、もう少し配慮すべきだったと隆成は反省した。




