28 おかえり
王都全体を使った魔法陣ということもあり、異世界の穴は中々直ぐには閉じないようで、ゆっくりと小さくなっていく。
「バザガジール、ボクらのやることはわかってるね?」
「勿論。そこの王子様が言っていたことの真逆をすればいい、だろ?」
バザガジールもクルシアも本調子に戻ってしまい、こちらの条件は死守せねばならぬことばかり。
一方的に不利で、圧倒的実力差があるように考えられるが、アルビオもアイシアも一切の怯んだ様子がない。
それどころか、やれるんだと強い意志すら感じる。
「リュッカ、シドニエ君、リリィを任せられる?」
「ま、任せてシア。必ず守るよ」
「はい! 今度こそ……必ずっ!」
シドニエは自分の無力さの結果を見た。
意識の戻らない好きな人。これから共に歩いていきたいと望んだ人を、こんなにもあっさりと奪われてしまったこと。
失ってから気付くことは多くあるが、できることなら人であって欲しくなかった。
だからこそこれ以上、あの悪魔にいいようには扱わせないと刻む。
するとそんな四人の両隣に、まだボロボロのハイドラスの側近が並び、肩を叩く。
「僕達もやりますよ」
「はは。足手まといになるなよ、キノコ頭」
「その言葉、そっくりお返ししますよ。軽薄男」
いつもの悪態の言い合いができるほど、回復はしたようで。
「……てめえは逃げることに全力あげろ。殿下の友人をわかんねえ世界になんか送り届けられるかよ」
いくらケースケ・タナカや鬼塚がいた世界とはいえ、アルビオ達からすれば未知の世界。
鬼塚の二の舞にはさせないと語るウィルクだが、アルビオの考えは違うものだった。
「いえ。申し訳ありませんが、逃げるつもりなどさらさらありません」
「なに?」
「要するには、あの穴が無くなるまで僕がこの世界に居ればよいのでしょう? ならば凌ぎますよ、それくらい。……というより下手に後ろ姿を見せる方が恐ろしい」
前衛の超攻撃型のバザガジール相手に鬼ごっこは確かに気が気ではない。
それを聞いた一同も、納得がいった。
「でも守りは固まるよ。――召喚!」
だがこちらの準備などお構いなしにバザガジールが先行。
「フフっ!」
「バザガジール!」
アルビオとバザガジールの激しいぶつかり合いが繰り広げられる。
「アルビオ、今日は申し訳ありませんが、些か本気で参ります」
「異世界人に浮気ですか? 誤解してましたよ、僕はてっきり一途な性格の方かと!」
「それは申し訳ない。しかし、異世界をああも見せられては……浮気したくもなりますよ!」
期待に胸を高鳴らせているのか、キレの良い動きでアルビオを翻弄しつつ、常にアルビオのバックに異世界の穴を背負わせる。
「くっ……!」
アルビオとしてはできる限り、異世界の穴付近で戦うことは避けたいところ。
すると、
「――貴様あっ!!」
その二人の戦いに介入する影が現れ、二人の間に殴り込む。
「おや?」
バザガジールは邪魔立てした者の姿を見ると、既にこちらへ飛んでくる炎で視界が奪われていた。
「龍神王様の仇だっ!!」
「ホ、ホワイトさん!?」
先程アイシアが召喚していたのは、ホワイト、ノワール、エメラルド、ポチであった。
「我々も援護します」
「正直、あの男にどこまで通用するかわかりませんが……」
ポチ以外がアルビオを援護するようだ。
ホワイトが吐いた龍の息吹は、バザガジールを覆ったように見えたが、
「目障りなトカゲですね」
ぶわあっと衝撃のような風圧と共に、ホワイト達が一斉に攻撃される。
「――があっ!?」
「――ぐうっ!?」
「――っはあ!?」
ホワイトとエメラルドは空中に投げ出され、ノワールは地面を引きずりながら転がっていく。
ズンっと激しい殺気がアルビオにのしかかってきたかと思うと、
「――アルっ!!」
「わかってます!!」
バザガジールとの今までの戦いを遡るように思い返す。
この強い殺気は、本当の攻撃を読ませないためのブラフ。
激しい衝突音を繰り返し、防ぎ続ける。
フィンとルインの補助と経験、そして瞬間瞬間の駆け引きによる読み合いの成せる技である。
「これはこれは。成長しているとは思っていましたが、ここまでとは……」
激しく殴り、攻め手を緩めないバザガジールは、割と本気で戦っているのにと感心する。
「経験の成せる技ですよ。おかげさまでね!!」
皮肉にもバザガジールとの戦闘経験を軸に南大陸での戦乱など、アルビオも確実な経験の下、実力を磨いてきた。
勇者の末裔ということもあってか、その成長速度は凄まじかったようで、バザガジールは笑みが止まない。
「……ハハハハハハッ!! まったく……異世界が目の前になければ、もう少し熟成させるつもりだったんですがねえっ!!」
「ご安心を。あの穴に投げ込まれるつもりはありません!」
そんな二人の戦闘にアイシアから命令を受けた擬人化している三体のドラゴンも割って入る。
「我々も忘れるなあっ!」
だがまるで羽虫でも叩くかのように、バザガジールは超高速の拳撃で向かってくるホワイト達を追い払う。
「ぐうあっ!? く、くそぉ……」
「ホワイトさん達! 僕は大丈夫ですから、アイシアさんの援護か、リリアさんの下へ――」
「ポチっ!!」
「――ガアアっ!!」
するとポチが展望広場の大半を覆うほどの龍の息吹を吐く。
さすがに視界が遮られるのは頂けないと、クルシアと共に空中へ飛ぶ。
「ははっ! 凄いや!」
「感心している場合ですか? 彼女……」
アイシアの魔力がどんどん増幅していくのがわかる。
そのせいか召喚されたポチとホワイト達の魔力も上がっていく。
「いくよ、ポチ。ホワイトちゃん達、アルビオ君のこと、頼むよ」
「「「はっ!」」」
「アイシアさん! 貴女は……?」
「クルシアを倒す」
その気迫と才能の開花に、龍の息吹に巻き込まれないよう、伏せていたハイドラス達も驚きを隠せない。
「で、殿下。アイシアさんにここまでの力は……」
「なかったが、リリアのことがあって才能が開花したというあたりか」
ポチの龍の息吹の威力がそれを物語っていた。
そんなアイシアはポチと共にクルシアの飛んだ上空へ。
リュッカが心配そうに見上げて見送る中、バザガジールが再び展望広場に素早く降り立つ。
「ククッ。さあ、時間もありませんので、早々に旅立って頂きましょうかっ!」
「僕はどこへも行かない!!」
再び激しい衝突が行われる中、空中ではアイシアとクルシアの戦いが始まろうとしている。
「いやぁ……悪いとは思ってるよ。まさか死んじゃうなんてさ」
「ここまでくれば貴方の得意な幻覚の騙し打ちはできないよ」
アイシアはファニピオンでの五星教の二の舞を防ぐため、上空を戦場に選んだようだ。
「わおっ! それは困ったにゃあ……」
明らかに困った様子でも、物言いでもないクルシアに、今更苛立ちは感じない。
「テテュラちゃんの時もそう……してやられたよね? リリィの時も……!! 今度はなにを奪えば済むの?」
「やだな。ボクは奪うことを趣味にはしてないよ。ボクは楽しいことがしたいだけ。知らないことを知りたいだけ。人も世界も!」
「貴方はいつまでそんな独りよがりを続けるの?」
「独りよがり?」
「そう。独りよがり」
その意味深な言い方に、思わずクルシアは笑う。
「ははっ! みんなそんなもんだろ? 自己満足のために生きてるでしょ?」
「……そうかもね。だけどそれは虚しいことだってわからない?」
「……」
まるで自分の心理状態を覗き見るかのような発言に、少し気に障ったのか、眼の奥に一瞬の殺意が目覚める。
だがそこに下から結界の光が昇ってくる。
「――ディスペル・サークル!」
「「!」」
「マルキス! この結界内なら、これで奴の幻覚魔法を無効にできるはずだ!」
マジックロールを使い、ウィルクとの協力で幻覚魔法の無効魔法を展開。
ハイドラスは肉体型だが光属性、ウィルクは精神型ではあるが、魔法は治癒魔法以外厳しい。
しかしマジックロールは魔力さえあれば魔法の発動は可能。
より協力にするため、補い合ったのだ。
そしてそこには貢献できない代わりに、戦闘には混じれるとハーディスが空を蹴り、現れる。
「アイシアさん、援護します。前衛がいない状態はキツいでしょう?」
クルシアは前衛後衛も熟せるオールラウンダー。
ポチに騎乗してのアイシアには不利だと考えるが、アイシアはニコリと笑顔で、
「ありがと!」
そう答えるが、龍の神子、龍操士としての本領を発揮することとなる。
「いくよ! ポチっ!」
先程の会話を中断されたので、ポチの龍の息吹を火蓋とし、戦闘の狼煙が上がる。
「はっ! 悪いけど――」
クルシアはその攻撃をギュンと展望広場まで降り立ち回避すると、
「ボクの狙いも、元よりこっちさ!」
バザガジールと共にアルビオを異世界の穴へ追いやろうとする。
ハーディスが気付き、向かおうとする。
「くっ……!」
「――スパイラル・ブレイズ!」
先に反応したのはアイシア。
今まで出来なかったはずの中級魔法の無詠唱を可能とした。
以前、ラビットフットを攻撃した際のものより、威力も速度も早く、アルビオを襲おうとした手前を遮るように炎の渦が襲いかかる。
「へえ。やる――」
振り返った時、ポチが急降下しながら、
「――ガアアアアッ!!!!」
ボゴオオオオっと激しい炎を吐きながら、クルシアとバザガジールに突っ込む。
「うおっと!」
「……ちょっと黙っててもらいましょう」
ヒュッと躱した二人だが、バザガジールは目障りとばかりにポチに殴りかかるが、横からアルビオがフォローに入る。
「させませんよ!」
ポチを守るようにアルビオが庇うと、そのままバザガジールと共に展望広場に落ちて、激戦を再開する。
そのフォローも視野に入っていたのか、アイシアは手綱を強く引っ張り、ポチの軌道を修正。
素早くクルシアの方へ向くと、三度龍の息吹がクルシアを襲う。
「ははっ! やるねえ、アイシアちゃん。伊達に龍の神子の末裔じゃないってか!?」
「逃がさない!」
そのままクルシアも得意とする空中戦が繰り広げられる。
風魔法を使った高速移動で、アイシアのような魔法使いでは歯が立たないほどの速度でポチに襲いかかるが、そこをハーディスが食らいつく勢いでカバーする。
「カバーが間に合ってないよ、キノコ君」
「だ、黙れ!」
そのフォローが間に合わなかった部分をポチとアイシアが自力で行なう。
ポチが適度に龍の息吹で弾幕を張り、アイシアの細かい手綱捌きで一心同体の動きを見せる。
更に、
「――火の精霊よ、我が声に耳を傾けよ。燦然と輝く黄金の星よ、我が道を照らす道標を前に! 勇気の象徴となりて輝き、焼き尽くせ! 燃ゆる光よ! ――サンライト・レイ!」
上級魔法で弾幕も張り、クルシアとの空中戦を見事にやり切り、アルビオのところへ向かわせないように戦う。
その後もアイシアはポチを巧みに操り、クルシアとバザガジールの動きを魔法と龍の息吹で阻害しつつ、クルシアをメインに足止めをする。
「チッ! あの娘……」
「あーあ。こりゃ参ったなぁ」
正直、クルシア達は想定外だったと困り果てる。
実力差はあると想定していたのだが、思った以上にアルビオが成長していたことと、覚醒したアイシアが厄介なほどの実力を見せていることだった。
そうこう手間取っているうちにみるみると穴は閉じていく。
そんな戦いを眺めるハイドラス達。
「アイシアちゃん、凄いな」
「ああ。龍の神子としての本領もそうだが、何よりオルヴェールの影響が大きい。……オルヴェールの様子はどうだ?」
リュッカに抱えられたリリアを見ながら尋ねるが、
「いえ、特には……」
アイシアの奮闘を悲しげに見上げながら返事をした。
するとバタバタと複数の足音が近付いてきた。
「殿下! ご無事ですか?」
激しい戦闘を横目にハーメルトの騎士達が複数人が駆けつけた。
「お前達、良いところへ。今すぐ展望広場付近の住民達を避難させろ!」
「はっ! しかしよろしいのですか? 展望広場付近のみで……」
空中での激戦を眺めながら、心配そうに尋ねる騎士。
「大丈夫だ。急げ!」
「は、はっ!」
彼らの心配することは尤もである。
あれほどの魔法で空中戦をしていれば、周りへの被害が拡大することを恐れるものだが、クルシア達の狙いはあくまでリリア・オルヴェールと異世界の穴。
それが展望広場にある以上、戦場が拡大する可能性は低い。
しかもその穴もそろそろ閉じる限界を迎える。
それをさすがに冷静なはずのバザガジールが苛立ちを見せる。
「いい加減にしてもらえませんか? せめて誰が通れるかくらいは検証しないと……」
そう言いながらもホワイト達は相変わらず殴り飛ばされているが、上手くアルビオのフォローになれているよう。
「貴方達に情報を与えると思ってますか!!」
とはいえアルビオもバザガジールのパワーを受け続けており、体力も魔力も大幅に減少しているし、ダメージも確実に蓄積している。
早く閉じてくれと願うばかりである。
一方でクルシアもアイシアに邪魔されながらも、何とか情報を得られないかと考えを巡らせる。
すると通信用の魔石から連絡が入る。
『クー坊。どうだ? 検証はできそうか?』
話しかけてきたのはザーディアス。
先程のドクターやクルシア達の会話を聞いていたようで、異世界の穴の具合はどうかと確認する。
「いや、アイシアちゃんが想像以上に厄介でね。ここまでとは……」
魔法使いとしても、龍操士としてもずば抜けた才覚でクルシアを追い詰めていく。
本来、ドラゴンに乗ってクルシアのような人間と戦うのはかなりリスキーなのだが、それをものともしない飛行技術を披露する。
だがその様子もある程度わかっていたのか、ザーディアスは提案する。
『要するにはよぉ、異世界の血が通ってりゃあいいんだろ?』
「そうだけど?」
『……おあつらえなのが目の前にいるぜ。二人』
「!」
ザーディアスは目の前にいる息を切らしたデュークとシモンを見ながら、クルシアに報告。
するとクルシアはしたり顔をすると、異世界の穴を確認。
もう大人ひとり分が通れるくらいまで小さくなっていることを確認すると、
「じゃあザーちゃん。お願いしていい?」
『……あいよ』
「――バザガジールっ!!」
クルシアが大声で呼びかけると、一同はまたロクな企みではないと、クルシアに視線が向く。
するとバザガジールの前に次元の穴が開く。
ザーディアスのものだと確認できる。
「!? ――があっはあっ!!」
その次元の穴に即座に気付いたのは、側にいたアルビオだったが、バザガジールが渾身の一撃を叩き込み。
アルビオは腹を抉られるように殴られた。
「――アルっ!?」
そしてバザガジールの目の前に現れたのは、
「おわっ!?」
「なに!?」
デュークとシモンだった。
「「「「!?」」」」
地上にいるハイドラス達がそれに驚いていると、バザガジールはニッと笑みを浮かべた。
「ようこそ、実験体!」
バザガジールから見て直線上に投げ出されたデュークとシモンに何が行われるか、予想は難しくなく、ハイドラスとウィルクが駆け出すが、
「くそおっ!!」
「その手が……!」
既に拳は打ち出されており、一直線にデュークとシモンは異世界の穴へと向かう。
その様子を投げ飛ばされながら見ていたアルビオ。
「兄……さん? ――兄さああああんっ!!!!」
「「――ああああああああああっ!!!!」」
二人が異世界の穴へ吸い込まれていく。
そして何とか間に合うかとエメラルドが低空飛行で急ぎ、穴へと向かうが、
「――がああっ!?」
クルシアの時と同様、拒絶反応なのか、空間に入らないと言わんばかりに腕が裂かれた。
「エメラルドっ!」
「ぐう……くそっ!」
そして異世界の穴は閉じていった。
それと同時にクルシアはバザガジールの下へ降り、アイシア達も確認を取るためか、戦闘は中断され、降り立つ。
「い、今……アルビオ君のお兄さん達が……」
「入っていきましたね……」
呆然とするシドニエはそう答えるしかなく、痛みに苦しみながら戻ってきたアルビオは絶望に伏している。
「に、兄さん……! デューク兄さん、シモン兄さんっ!!」
アルビオ達からすれば現実世界は未知の世界。
そんなところに放り投げられれば、リリアもとい鬼塚のように苦難することは必至。
助けに行きたいけど、行けない状況に絶望するしかなかった。
一方で、
『そうか、異世界人の血が通っていれば通れるか』
「みたいだね。ちなみに魔物でも通れないみたい」
『ふむ。異世界人の血が付着した人間も通れるか、異世界人を孕った人間も通れるか、色々試してみたかったが……』
ドクターを含めて、デューク達が異世界の穴へ入ったことを考察していると、アルビオが強い敵意を持った瞳で睨む。
「――クルシアぁっ!! お前……兄さんを、兄さん達をよくもぉっ!!」
「君が抵抗しなかったら、あの二人に異世界旅行してもらうつもりはなかったよ。一方的にボクのせいにしないでほしいな。さて……」
クルシアは再び武器を構える。
「異世界へ行ける人間はわかった。そして魔法陣もある程度は解明している。後は……鍵だけだ」
第二ラウンドを開始するつもりだと宣戦布告する。
今一度クルシア達とぶつかると、今度は本気で戦われるだろう。
先程は異世界の穴があるため、バザガジールやクルシアも被害に合わないように、ある程度セーブしていた部分もあった。
だがリリアを奪うだけならば、たとえこの国が崩壊するほどの力を奮われてもおかしくはない。
バザガジールは最強の殺人鬼にして、ラバの街を半壊させている。
クルシアは半魔物化もでき、魔法も無詠唱でガンガン発動できる化け物。
国を滅ぼすことも容易の実力者が顔を並べているのは、絶望的である。
だがそれでも、
「リリアさんは、貴方に渡しません! たとえ……たとえリリアさんが……」
決意を口にしようとした時、あることに気付いた。
「えっ? リリアさん?」
「ど、どうした?」
思わずクルシア達も様子を窺う。
するとシドニエは嬉しそうに涙を流し始めた。
「リ、リリアしゃんが……っ、生きてます!」
「「「「「!!」」」」」
息を吹き返したことを確認したのだ。
「ホ、ホント!? リリィ? リリィ?」
小さくだが、確かにか細く息をしている。
それに安堵したのか、リュッカも涙を流し、顔をふく。
「良かった! 良かったぁ……リリアちゃん」
それにはハイドラス達も感極まる。
「良かった。それは本当に良かった」
すると覚悟も決まったように、キリッとクルシアと向き合う。
「改めて言おう。リリア・オルヴェールを貴様らに渡すわけにはいかない!」
バシッと言い放つハイドラスに、ふーんといった反応。
「ま、生きててくれた方がこちらも都合が良かったし、結果オーライってところだよね!」
するとそのリリアが目をゆっくりと開けていく。
「……! リリアさん! 起きたんですね?」
まだボーっとしているのか、ゆっくりと辺りを見渡す。
そこには見覚えの無い人達が嬉しそうにこちらを見ている。
「ひっ!?」
バッと起き上がると、かなり怯えた様子で一同から離れる。
そのリリアとは思えない反応に、一同も思わず困惑する。
「リリィ? どうしたの?」
「リリアちゃん?」
するとカタカタと震えたリリアの第一声がこれだった。
「――こ、こここ、ここはどこですか?」
「「「「「!?」」」」」
「ほう……」
「……へえ」
リリアの瞳は明らかに恐怖で支配されているような目だった。
初めて見るものに怯える目。
「ああ、あなた達は誰ですか? 私、私……」
震えを押さえるように両手で頭を抱える様子は、本当に今まで見たことの無い反応だった。
「わ、わからないんですか? ぼ、僕は――」
「し、知りません!! 知りません!!」
話も聞かず、一方的に拒否されてショックのシドニエを他所に、ハイドラス達は冷静に分析する。
「記憶喪失ですかね?」
「考えられるな。何せ異世界の穴を開けたのだ。その代償もしくは影響で、記憶を失った可能性は否定できない」
すると念のためとハイドラスも尋ねる。
「オルヴェール。本当に私達がわからないのか?」
そうハイドラス尋ねられたリリアは真っ青になると、ガバッと跪き、土下座した。
「――こ、ここここここ、これはハハハ、ハーメルト王子殿下様っ!! な、なななな、何故、わわ、私なんかの御前にぃっ!!!!」
「なっ!?」
「……っ!」
ハイドラスのことはわかっているようで、先程よりも震えて跪き、頭を一向に上げようとしない。
「わ、私のことはわかるのか?」
「も、勿論であります! 私のようなものの御前など、お目汚しに御座います! 生きていて申し訳ありません!」
あまりにも卑屈な物言いに、さすがに卑下し過ぎだろと言うも、本人は全く頭が上がらない。
そんな様子を見ていたバザガジールは、クルシアに尋ねる。
「記憶の一部が欠落しているのか?」
尋ねたが返答が返ってこない。
「……クルシア?」
返事の無い味方のほうを向くと、そこにはより楽しそうに悪辣な笑みを浮かべる姿があった。
「は、ハハハ……ハハハハ……」
ゆっくりと笑みが零れていく。
「ハハハハ……」
導火線がジリジリと爆弾へと近づいていくように、ゆっくりと。
そして、
「――アッハハははハハハハハハハハははははハハハハっ!!!! ハハハハハハハハッ!!」
笑いが止まらないのか、異世界の扉が開いた時よりの好感触で笑う。
「クルシアっ! 貴様、何かしたのか!?」
「ハハハハ。なんでもボクのせいにしないでよ。ボクはさ、今のリリアちゃんの状態がわかったんだから……」
「なに?」
「ていうか、殿下様もすぐにわかると思うけど? ねえ殿下様?」
わざとらしく殿下と連呼するクルシアに、ハッとなり何かに気付くと、ハイドラスは震える。
「ま、まさか……!!」
震えて土下座するリリアを見て、驚愕を隠せない様子のハイドラス。
「殿下! 気付いたなら教えて下さい! リリィに一体何が……」
明らかに異常な状態に不安を解消してほしいと尋ねるアイシアだが、それに答えたのはクルシアだった。
そのクルシアは紳士的な振る舞いのお辞儀をしてみせた。
「君には本当に感謝しているよ、リリア・オルヴェール。君がいなければ異世界なんてものに気付くことすらなかった。感謝してもしきれないよ」
リリアはそっと頭を上げて、その声の主を覗き見ようとする。
「君が作った魔法陣のおかげだよ。ほんと……」
「「「「「!?」」」」」
君が作ったという言葉に一同、絶句。そして、
「で、殿下……まさか……」
「そのまさかだ。今、我々の目の前にいるリリア・オルヴェールは、我々の知っているリリア・オルヴェールではない!」
リリア・オルヴェールがこの場で知る人物は、ハーメルトの王族であるハイドラスのみだったのだ。
リリアは見上げて、クルシアの表情を確認する。
そこには嬉しそうに微笑む姿があった。
そして、こう尋ねられた。
「――おかえり、リリア・オルヴェール。……異世界の旅は如何だったかな?」
「え、えっと……た、ただい、ま?」
皆さま、ここまでのご愛読ありがとうございます。
第9章はここまでとなります。
まさかのリリアが戻って来るという展開。果たして鬼塚は? 飛ばされたデューク達はどうなるかなど、次の章でお楽しみ下さい。
そろそろクライマックスが近づいてきていますので、何卒ご愛読下されば幸いです。それでは。




