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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
9章 王都ハーメルト 〜明かされた異世界人の歩みと道化師達の歩み〜
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26 飛んだ発想

 

「ク、クルシア……?」


 茶化すように声をかけてきたのは、アジトに居るはずだと思い込んでいたクルシアだった。


 その隣にはバザガジールもいる。


「いやー、人様の恋路を邪魔するのも野暮だと思ってね。待ってたんだよ」


「ど、どうして……?」


「ボクがここにいるのが不思議かい? 君だってわかってるだろ? この契約魔法はボクを魔術的に束縛するものでないことくらい……」


 それはシドニエに説明した通りだ。


 この契約魔法が履行はされたが、効力として束縛するのではなく、俺の命を守らなければ異世界の情報を得ることはできないと、精神的束縛を与えたに過ぎないこと。


 それを理解しているシドニエは、すぐに俺の前に立つと、木刀を構える。


「リリアさんには手は出させない」


「シド……」


「〜♪ カッコいいねぇ。か弱い姫を守るナイト様。でもねぇ……」


 スッとバザガジールが前に出る。


「君にこの状況が何とかできるとでも?」


「……」


「ま、待って!」


 俺はシドニエの前に出る。


 シドニエの気持ちを踏み躙るのは、申し訳ないと思うが、弱っていると聞いているとはいえ、バザガジール相手は部が悪すぎる。


「この場合、お前がバザガジールに指示を出すってかたちになるよね? どうなるかわかってる?」


「リリアさ……!」


 シドニエは立ちはだかる俺の後ろ姿を見て黙った。


 毅然とした態度ではあったが、足が震えているのを確認している。


「わかってるさ、そんなこと。あくまでボディガードのつもりで連れて来たんだから……」


「じゃあ何のために現れたのさ? まさか茶化しに来たなんてくだらないこと考えたわけじゃないよね?」


「勿論! ……だけどさ、ここへ来た理由ももうわかってるだろ?」


 検討がついているならこんな質問はしない。


 敢えて焦らしているあたり、俺の置かれている状況をしっかり把握している。


 クルシアを縛るつもりが、結局こっちも縛られている状態になっている。


 クルシアは上機嫌に笑みを零し続ける。


「ボクがここに来た理由は――異世界の扉を開ける準備が整ったのさ!」


「「!?」」


 そんなはずない、ハッタリだ!


 そう考える俺とは裏腹に、クルシアは目論み通りだと笑みを零す。


「ねえねえ、リリアちゃん。今、現在進行形でさ、君のお友達や西大陸の可愛いお嬢さん騎士達がアジトを襲撃している話は知ってるかにゃ?」


「なっ!? そ、そんな話……」


 暗殺はやれるかもしれないとは言っていたが、リスクが大き過ぎると話し合っていたと思うが。


 身に覚えがないと表情に出ていることを確認すると、


「酷いねぇ、殿下。当事者には話しておくべきだぞ」


 展望広場に現れたハイドラス達を迎え入れる。


「クルシアっ! 貴様、何故ここに!?」


「同じこと言わなきゃダメ?」


「――なら語らずとも結構!」


 面倒くさそうにするクルシア目掛けて、ハーディスが疾風の如く斬り込むが、バザガジールが立ちはだかる。


 その突撃してくる翔歩を読み、ハーディスの背中に肘打ち。


「――かっ!?」


「舐めないで頂きたい、ですね!」


 そのまま地面に叩きつけられたハーディスが軽くバウンドしたところを蹴り上げる。


 回転しながら山なりに飛ばされるハーディスを横目に、ウィルクも駆け出していた。


「野郎っ!」


 細かい剣撃を繰り出すもバザガジールは簡単に凌いでいく。


「てめぇ……本当に弱ってんのか!?」


「ええ、これでもまだ感覚神経がズレているようでね。大変なんですよ……」


 そう口にしている割には、細やかにウィルクの攻撃を捌いていく。


 その隙を狙い、再び飛び込んだハーディス諸共、


「――があっ!?」

「――ぐうっ!?」


「まあ慣れてしまえば、どうということもありませんが」


 二人共、展望広場の端まで吹き飛ばされる。


「――ハーディス!! ウィルク!!」


「いやぁ、殿下。とってもお強い部下をお持ちで。中々優秀さんだねぇ」


 皮肉混じりの軽口を吐かれ、ハイドラスは強く眉間にシワを寄せ睨む。


 その二人の介抱を一緒に来たアイシアとリュッカが担当する。


「しっかり!」


「あ、ぐっ……」


 吹き飛ばされた拍子に頭を打ったらしく、意識が朦朧(もうろう)とする二人をとりあえずは任せて、ハイドラスもクルシアに問いかける。


「もう一度訊くぞ。貴様、どうしてここに?」


「フフフ……そうだよねぇ。まあ気にしちゃうよねぇ。せっかくボクを殺そうと計画したのに、そのボクがここにいるのは、君達としては頂けないよねぇ?」


「殿下っ!」


 俺の悲痛な叫びにハッとなる。


「聞いてないよ、殿下。クルシアを奇襲する計画は無謀だって……」


「……わかっている。だが――」


「リュエルは死に、バザガジールも弱っており、更にはボクまで動きに制限がある……このチャンスを無下にはできないってところだよ。リリアちゃん」


 俺はバザガジールが弱っていた話を聞いてはいなかった。気絶してしまったわけだし。


 とはいえ、今のバザガジールの戦闘を見る限り、弱っている印象がまるで無い。


 何かと噂は聞いていたが初対面。


 しかし、簡単にハーディスやウィルクを戦闘不能にできる近接能力は健在である。


 伊達にボディガードとして付けてないってことだ。


 こちらから仕掛ければ正当防衛にもなる。契約魔法の制約には掛からない。


「お前、まさか……私達が奇襲をかけることを想定していたのか!?」


「まあね。ザーちゃん置いてったんでしょ? 転移石……」


 たとえそうだったとしても、リスクが高いのが事実である以上、想定しづらいものだと考えるが、


「だったら最低限の対策くらい取るさ。お茶の用意と共にね」


 何時ぞやか、ザーディアスがクルシアなら茶菓子でも用意して歓迎するのではと言っていたのを思い出す。


 コイツ、マジで出す気だった。


 相変わらずの減らず口に苛立ちを見せるハイドラスが質問を続ける。


「ならば今頃彼女らはどうなってる!?」


「そりゃ勿論、手厚い歓迎をしているところさ。今頃は計画についてネタばらししてるところじゃないかなぁ?」


 ――実際この時、アジトに向かったザーディアスと交戦組、ドクターの交戦組にも計画が話されていた。


「くっ……!」


「浅はかだったねぇ、殿下。この程度じゃあボクは止められない。ボクの探究心は止められないのさ! あっははははっ!!」


「それだよ」


「ん?」


 俺は微かに震えを堪えながらも、矛盾点を問う。


「この計画がお前が立てたものなら、私は死んでいるはず。契約魔法の制約に引っかかるからね」


「ど、どういうこと、リリィ?」


 その事情を詳しく知っているシドニエはキュッと唇を噛んで、話さないようにする。


 今この状況でアイシア達まで不安定にさせるわけにはいかないこと。勝手に俺の心境を話さないように考慮すること。


 これらを守るように。


 だが、


「アイシアちゃん。契約魔法についての理解が足りないなぁ」


 やはり理解していたクルシアが軽々しく語る。


「ボクと彼女の間に交わした契約魔法は、商人達が起用する買い物のような取引ではない。持続的に行われる契約魔法なんだよ。つまりはお互いに制約で縛った状態のことを指すのさ」


 この説明でも察しないアイシアだが、リュッカは理解したようで、俺を心配そうに見つめる。


「リリアちゃん……」


「……」


 話さなかったことに後ろ指を刺される中、ハイドラスがため息混じりにわかるように説明。


「……マルキス。二人の契約内容は知っているな?」


「は、はい」


「つまりはその契約内容は持続されている。つまりはクルシアは大人しくしていなければ、オルヴェールは自害するということが持続されているのだ」


「そ、それって……」


 わなわなと俺とクルシアを交互に見る。


 俺は目を合わせられないでいるのに対し、クルシアはニッコニコである。


「そう……ボクが危害を加えるようなことをすれば、リリアちゃんが勝手に死んじゃうってこと。……リリアちゃんの命はボクの手の中にあるも同然ってわけ!」


「リリィ!!」


「ご、ごめん! 本当は言いたかったけど、辛い思いをさせたくなくて……」


 シドニエに説得されてからは、落ち着いた状態で話をするつもりだったが、こんなかたちで語りたくはなかった。


「ううん。私達こそ、ごめんね。気付いてあげられなくて……」


「違う! わ、私が……」


 お互いが悪いと堂々巡りが続きそうだと、クルシアが割って入る。


「まあ安心しなよ。ボクは彼女を死なせる気はないよ」


「だったら何故だ? 何故部下に襲撃を任せたにも関わらず、オルヴェールが死んでいない?」


 ハイドラスの疑問は俺も思っていたところ。


 大人しくしていろという契約ではあったものの、それはあの状況から『危害』という意味合いが込められている。


 つまりこちらに危害が加わる行動、計画などをした時点で、俺は死んでいるはずなのだ。


 だから俺はシドニエに弱音を吐いたわけで。


 クルシアが指示を出し、危害を加えようとしていたと判断されるからだ。


 実際、西大陸の襲撃も、リンナ達の襲撃も、このクルシアの口ぶりから計画にのっとったものと捉えられる。


 にも関わらず、俺はこうして無事に生きている。


 有り難いことではあると同時に、決定的な見落としがあるのではないかと、不安が過る。


「あっはははは。そんなの決まってるじゃない。ボクが立てた計画じゃないからさ」


「何だと!?」


「確かにボクは以前から、君達が侵入することに対する対応策は考えていたよ。でもそれは契約外だからね」


 確かにザーディアスが転移石を置いていったのは契約魔法以前の話。


 そこから一応の対応策を講じられていたとされれば、抵触はしないだろう。


 すると今回の計画について詳しく語り始める。


「今回の作戦は先ず、君達の外堀から埋めていこうとした襲撃事件。あれらは成功しても失敗しても、どちらでも良かったのさ。君達に状況の変化からくる行動を読むためのものだったからね」


「こちらの行動を……!」


「そう。両方成功してれば、無謀とわかりつつも必ず転移石を使って乗り込んでくるだろう? リリアちゃんは特に責任感じちゃってさ」


 ぐうの音も出ない。


 アルビオのお兄さん達にリンナまで攫われたら、確かに無謀でも何でも向かうかもしれなかった。


「両方失敗したとしても、好機と見ては攻め込んでくるだろう? 今の彼女ら(ナタルたち)みたいにさ」


 そこもぐうの音は出ない。


 戦力を完全に削げた状態であれば、動きに制限がかかったクルシアを、契約魔法に抵触する前に仕留めようと考えるし、何だったら解除まであり得た。


「つまり攻め込ませること自体が目的だったというのか!?」


「その通り!」


 クルシアはウィンクと舌をぺろりと愛嬌良く振る舞う。


「攻め込ませてどうするつもりだったの?」


「んー? それは勿論、君達の親友を罠に嵌めるためさ。でも今回は予想外だった。その罠に嵌めようとした彼女がここにいるんだもの……」


 おそらくは俺を捕らえるための罠だったのだろうが、そこの思惑は外れた。


 だがクルシアの口ぶりや様子からは、特に焦りや苛立ちを感じない。


 まるで別にその計画通りにいかなくてもよかったかのような余裕のある態度。


「まあでもそれも計画の内だったよ。今みたいに警戒して、勇者君やリリアちゃんをアジトに乗り込ませないことも想定済み。だからボクがここにいるわけだからねー」


「でも私達を嵌めてどうするつもりだったの? 異世界の情報をもっと手に入れるため?」


「さっきも言ったじゃないか。異世界への扉を開けるためだって……」


 今初めて聞いたハイドラス達は驚き、尋ねた。


「ば、馬鹿な! 異世界の扉を開ける? どうやって……」


「決まってるじゃないか。君達が守ったろ? バザガジールから。例の魔法陣だよ……」


「「「「「!?」」」」」


 例の魔法陣の情報はごく少数の人間しか知らない情報。


 確かにクルシア達もあることは知っているが、魔法陣の内容までは把握されていないはず。


 それはバザガジールがリンナを襲撃した時点で証明しているようなもの。


 しかもリンナ自身も情報は奪われていないと言っている。


 情報の取り扱いにも注意していたはず。


 クルシアが入手しているということはあり得ない。


「馬鹿言うなっ! ママは情報は奪われてないって……」


「そうだね。確かにボクもバザガジールから情報は受け取ってないね」


「だったら……」


「君、言ってたじゃない――私のことは調べたんでしょって……」


 確かに尋ねた記憶はある。


 クルシアの趣味や性格を考えれば、敵対している俺達の情報を詳しく持っていても不思議ではない。


 だからこそクルシアは俺の正体を考察する際、別人が入っていると仮定できたのだ。


「それがどうしたのよ」


「あれれ? 鈍いなぁ。ボクは調べたんだよ。君の全て(リリア・オルヴェール)を……」


「……!!!!」


 俺はリリアの自室にあった闇魔法の書物の中に、苦手だからと流し読みしていた幻覚魔法を思い出す。


「ま、まさか……」


「そう。ボク、結構前からあの魔法陣のこと、知ってたの!」


「「「「「!!」」」」」


「幻覚魔法ってのは何も、人に幻覚を見せることだけが得意なわけじゃないんだよ? ……ファンタスマゴリアって知ってる?」


「ファンタス……マゴリア……」


 幻覚魔法の一種で、その空間にある記憶を走馬灯のように流す魔法。


「ボクの得意分野を幻覚系だってこと、忘れてるわけじゃないでしょ? 君のパパママが不在の間に、家自体にファンタスマゴリアをかけて、調べたのさ」


 元々私の性格の変化に疑問抱いての行動だろう。


 クルシアは入念に人からの情報を得た上で、外ではなく、家の中で何かが起きていたと判断したのだろう。


 ガルヴァは仕事柄上、留守にすることが多いし、リンナだってずっと家にいるわけではない。


 クルシアほどの実力者ならば、辺りに気付かれない幻覚魔法くらい、簡単に用意できるだろう。


「そして見つけたのさ。君が地下室で驚愕している様子をさ」


「ま、待て。では貴様は最初からオルヴェールが異世界人であることを知っていたのか?」


「うんにゃ。あの様子だけでは判断材料としてはね。せいぜい別人格の植え付け、記憶の改変あたりが妥当だったよ。ファンタスマゴリアは映像を見せるだけで、音声はないからね」


 だから勇者ではないかと仮定したわけだ。


 勇者は男性だし、女性の下着に困惑する様子も納得がいくだろう。


 それに家の中での情報のみ集めたならば、俺が魔法の特訓に行った森の中までは調べていないだろう。


「だからこそ驚いたよ。君が異世界人だと聞いた時はね」


「じゃあリンナさんを襲撃したのは……」


 質問を飛ばしてきたリュッカに、クルシアはウィンクと指パッチン。


「そう、フェイクさ。ボク達に魔法陣のことが漏れてないと錯覚させることと、隙があるってことを演出するためのね」


 確かにそれならクルシアを奇襲、暗殺しようなんて話も湧いてくるというもの。


 魔法陣が異世界に繋がる唯一の鍵であることは、俺が異世界人だとバラした時点で明確化している。


 それを逆手に取られたのだ。


「だがここまでの計画を考えると、とてもじゃないが貴様以外に考えたとは信じ難い」


 ハイドラスは今までの出し抜くような手口は、クルシアの好むやり方だと語る。


 だがクルシアは自分が立てた計画ではないと語っていた。


 ザーディアスは性格を考えれば、この計画を考えることはない。バザガジールやリュエルは論外だろう。


 問題はドクターだが、通信用の人工魔石から聞こえてきた研究者気質な考え方から、こんな計画を考えるとは思えない。


 明らかにクルシアの考え方が念頭にある計画だ。


「あっはは! でも事実さ。ボクが危害を加える計画を考えて指示を出せば、リリアちゃんは自害するように契約で縛られてる。だろ?」


「た、確かに……」


「なら誰が……」


 バザガジールは鼻で笑い、クルシアをチラリ。


「相変わらず貴方の発想は飛んでますね」


「そう?」


「わかってる人間だけで会話するな! 誰だって聞いてるんだ!」


「ドクターだよ」


「なっ……!?」


 ドクターという人間は、人工魔石の件などを踏まえても、クルシアほど狡猾に人間の心理を利用した策を講じられるとは考えられなかったが、そう答えたクルシアはほくそ笑む。


「不思議そうな顔だ。そりゃそうだよね? ドクターみたいな引きこもり野郎に、人間の心理操作なんて難しいからねぇ」


「適当なこと言って、煽ってないでどうやって抜け道を見つけたのか教えろ!」


 クルシアのことだから契約魔法の穴抜けをして指示したに違いないと、頭から離れない。


 だが嘘は言ってないとケラケラ笑いながら楽しげに語り続ける。


「抜け道についてはまあ語らないにせよ、ドクターにただ任せたわけでもないのは事実さ。でもやったことはホント、大したことじゃないんだけどにゃあ〜」


 のらりくらりと焦らし焦らし語るのに嫌気が差してくる中で、クルシアは自身のとった行動を披露する。


「ボクはただ――」


 小首を軽く傾げて、ニッコリと微笑んで見せた後、


「こうしただけさ」


 本性を見せるように不敵な笑みを浮かべた。


 まるでこれでもう察しがつくだろうと。


 アイシア達は理解できなかったが、ハイドラスと俺は気付いた。


 異世界、クルシアのおける状況、魔法陣、クルシアの性格とやり口、ドクターの性格と能力、バザガジールの視線と発言。


「「……!!」」


 あの微笑みはその全てを物語っていた。


 そして俺はバザガジールの発言を復唱する。


「お前の発想はどうなってるんだ……!」


「ははっ! 気付いてくれたぁ?」


「ど、どういうことですか? リリアさん」


「イカれてる、イカれてるよ。できるかもしれないが、やるか普通!」


 意識を途中から取り戻したハーディス達も尋ねる。


「で、殿下もお分かりになったのですか……?」


「ああっ……お前達のことを考えれば、こんなやり方……あり得ない!!」


 ハイドラスは悔しそうにモニュメントの柱を叩いた。


 そして答えのわからない一同にクルシアは回答。


「簡単さ――察してって微笑んだだけさ」


「「「「!?」」」」


「そう、コイツはドクターに、自分(クルシア)ならどんな策を講じるか考えろと意味深に微笑んで見せたんだ!」


「そ、そんなやり方……」


 聞いた一同も俺達と同じ意見を持ったようだ。


 先ず道化の王冠(クラウン・クラウン)は信頼関係で成り立っている組織ではない。


 だからそのドクターへの投げやりとも取れるこの作戦はあまりに無謀過ぎる。


 しかもドクターは北大陸で得た情報から、相当のプライドの持ち主。


 クルシアの一方的過ぎるとも取れるこの作戦は、ドクターからすれば迷惑極まりないことだろう。


 それにたとえ信頼関係を築けていたとしても、自分のやり方を察してくれという目配せや表情から読み取るなんてことは難しい。


 それこそ年月をかけた関係性がないと無理というもの。


 だがクルシアとドクターがそんな信頼関係を築けているとは考えづらい。


 だが、


「ボクとドクターの利害は君によって、完全に一致している。わかるだろう?」


「異世界か……」


「そう。つまりはさ、ボク達は異世界へ行く方法は、魔法陣とリリアちゃん、もしくはアルビオ君が必要だと考えるわけなんだけど、それらを揃えるための手段ってのは研究者脳のドクターじゃあ、視野が狭くなる。そこで柔軟な発想力のあるボクならばどうするだろうとドクターの脳がフル回転したのさ」


 道化の王冠(クラウン・クラウン)は確かに信頼関係のある組織ではないが、利害が一致すれば助け合う組織でもある。


 その利害の一致は今までは副産物的な観点がほとんどだったが、今回の一致は目的が重なっていたことが起因している。


「ドクターは自分じゃあ考えられない作戦を、クルシアならばどう考えるか考えたんだ」


「そんな無茶苦茶な……」


「そうでもない。クルシアの計画性、性格などを良く知り、それを分析できるほどの知能を有し、更にはクルシアと同等なほどの探究心と執着心のあるドクターならば、考えられるんじゃないか?」


 それを聞いた一同は絶句する。


 クルシアとドクターには共通点があった。


 それはハイドラスが言った通り、強い探究心と執着心だ。


 クルシアは言わずもがな。ドクターは研究者ということもあり、未知には強い憧れと好奇心を持つ。


 つまり異世界という劇薬は二人の目的を完全に一致したものとなった。


「だからクルシアみたいな作戦を考えられたってこと?」


「そういうこと。契約魔法の制約は、ボクがあくまで危害が出ることが予想される行動や言動をとった場合に執行される。だけど、ボクはただ微笑んだだけだ。契約魔法に引っかかることはないだろ?」


 ボクは今、起きたことを分析して語っただけだと説明するが、一つおかしな点をぶつける。


「で、でもリュエルはどう説明するの? リュエルはお前の指示じゃないと動かないだろ?」


 実際、ミナール達の報告からでもリュエルはクルシアの指示だったと説明している。


「そんなのドクターがでっち上げただけだろ? ボクの名前を使っただけさ。これはボクの望むことだからとでも囁いてね」


 確かにあの脳内お花畑の発情獣人兎ならば、クルシアの名前を出しただけで言うことを聞きそうだ。


 俺達は論外としても、ドクターはクルシアサイドの人間。説得力はある。


 そしてそれは他のメンバーにも言えることだった。


「ボクほどインパクトの強い性格をしてればさ、味方はほとんど察してくれるだろ? ボクがどんなことを好むかなんてさ……」


 そう説明されると、確かにクルシアのような性格の人間は少なく、その常人の人間性から外れているクルシアの考えは、一般人の考えていることを考えるより、簡単である。


 だから他のメンバーもクルシアが考えたようなドクターの作戦にも乗りやすかったのだろう。


 そんなあまりにも常識外れな作戦に驚愕する中で、その当人は、


「だから今回はボク、結構暇してたんだよ。ぼーっと契約魔法をじっくり解除する魔法陣に寝そべってさ。頭を空っぽにするのもたーいへん!」


 こちらの心境などつゆ知らず、あどけない物言いでプンスカと頬を膨らませていた。

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