23 告白
「シド……どうしてここに?」
「あ、えっと……体力づくりに、ちょっと走ってたんです。やっぱり基本は体力だと思うので……」
精神型であるシドニエが前衛で戦い続けるには、肉体型とは魔力回路の違うため、確かに魔力の補助が難しい。
なので走り込みだという。
呼び出しがなかったとはいえ、関わりが濃くなってきたシドニエも戦力に数えられている。
堅実に努力を重ねる姿は、本当に凄いと思う。
「そう……」
酷い顔をしていたのだろう、心配になったシドニエは、
「隣、いいですか?」
「ああ……うん」
俺の隣に腰掛けた。
汗が滴っているところを見ると、本当に走っていたようだ。
そういえば俺も走っていたから、汗臭いかもとちょっとだけ距離を置いた。
「何か問題でもありましたか? というかお一人ですか?」
「あー……うん。色々あってね……」
また余計なことを言って心配されたくない。
正直、誤魔化しきれないだろうか。
「色々って? リリアさん、クルシアに狙われてるんですよ。……もしかしてこれも作戦か何かですか?」
あわあわと邪魔しているのかもと辺りを見渡す。
なんだか騙しているような気分になってきた。
「そんなのだったら、隣に座らせないよ」
「そ、それもそうですね」
「……さっきね。西と私の故郷でクルシア達の襲撃があったみたい」
「!?」
「それでね。アルビオのお兄さんは攫われて、ママ達は大怪我しちゃった……」
俺が沈んでいる理由に気が付いたシドニエは励ましてくる。
「リリアさんのせいじゃないですよ!」
「ありがと。みんなそう言ってくれてね。なのに……」
素直にその好意を受け止められない自分が出来上がっている。
ふつふつと自責の念が蘇ってくる。
「私は馬鹿だからさ。こんな結果になっちゃったんだよ。もっと良く考えれば、こんなことには……」
「な、何言ってるんですか? あの時のリリアさんの行動は誰も間違ってないって……」
いつもよりかなり弱気な様子に、シドニエも動揺を隠せないまま励ますが、
「――間違ってたよ! 間違ってなかったら、こんな被害なんて出るはずがない!」
「リリアさん……」
「私はクルシアの動きを少し止めただけで、結局止められてなんかいない。クルシアはこの契約魔法の穴を見つけて簡単に攻めてきた」
「穴……?」
シドニエは言っていることがわからないと思いつつも、悲観的になっているリリアを止めようとする。
「と、とにかくリリアさん、落ち着いて!」
「わ、私はここにいちゃダメなんだよ。またみんなを傷つける……」
「リリアさん!」
ハッとなり顔を上げると、真剣な表情でこちらを見るシドニエがいた。
「リリアさん、完璧な人間なんていません。確かにリリアさんは異世界人で、僕達とは違う見解を持つかもしれませんが、ただそれだけです。傷付けずに解決できるなら、それに越したことはありませんが、今までだってそんなわけにもいかなかったでしょ?」
シドニエの言う通りだ。
今までだってそれ相応の被害はあった。
俺は俯いて沈黙で返答すると、シドニエは優しく手を取って尋ねてくる。
「まだ辛いことを隠しているんじゃありませんか? 親友であるマルキスさん達にも言えないことがあるんじゃないです? ……どうですか?」
シドニエは今のリリアを助けると、幼馴染達の反対を押し切った。
だから少しでもリリアのことを知りたいと願う。
力になるにしても、ハイドラスのように頭の回転が早く、察しの良い考えがない自分だから。教えてくれないとわからない自分だから。
「……」
「リリアさん」
「……怖いの」
「怖い?」
俺は卑怯だ。
シドニエが好意を持っていることをわかっているのに、こんなことを口にする。
「私だって、元は何の変哲もない男子高校生だったの! そんな私が……命を握られてることに怖がっちゃダメなの!?」
「!? 命を握られてる?」
「自分でしたことだから、自業自得なのはわかってるけど、それでも怖くなってきたの……」
あの時は必死だったから命を投げ打ったが、今となっては恐ろしい。
「自分でしたこと……!」
シドニエは手の甲の契約魔法の証を見た。
命を握ることができるのは、契約魔法で繋がってるクルシアだけ。
「まさか……」
「うん。これは商人達が簡易的に行なう契約魔法じゃない。継続的に行なってる魔法。……つまり、私の命はクルシアに握れたままなんだよ」
「!!」
リリアがクルシアと交わした契約は――自分の命を対価にあの場での武力放棄とクルシアの抑止である。
「で、でもそれは契約魔法が執行されて、クルシア自身が動けないんじゃ……」
「……やっぱりみんなそう思うよね? 違うんだよ。魔法によって動けないんじゃなくて、クルシアの意思で動かないだけなんだよ」
「じゃ、じゃあ……」
「うん。クルシアがこちらに攻撃の意思を行動に移せば、私は自害する」
「そ、そんな……。で、でも――」
「私達の外堀を埋めるために、西とママを襲撃したのに、私が自害してないのはおかしい、でしょ?」
「は、はい……」
「答えは簡単。この作戦指揮は多分、ドクターがやってる」
「!?」
驚いたシドニエだったが、すぐに気付いた。
「そ、そうか。異世界人に意欲を持ってたのはクルシアだけじゃない。他の二人も興味を示していたから、クルシアの指示ではなく、ドクターの指示として動くようにしたってこと?」
「もっと正確に言えば、多分クルシアのことだ、契約魔法の穴から指示を出したんだと思うよ」
そして俺は、怖がっている理由を話す。
「だからさ、それが私を追い詰めてる理由にもなってるんだよ。自分で蒔いた種とはいえ、命を握ってるぞって周りを攻められれば怖くもなるよ」
「リリアさん……」
「それをみんなに知られたら、みんなも責任を感じちゃうでしょ!? それも嫌なの!」
俺はその場で俯いて震える。
「クルシアの狙いはきっとこれだよ。私が恐怖に負けて、契約魔法を切ってくれるってのが狙いなんだよ。それもわかってるから、私は手放せない。でも、契約魔法が発動してるのに、周りから嫌がらせされれば怖くもなるの!」
八方塞がりとは正にこのこと。
しかも最終的には自爆という最悪のシナリオ。
みんなが大丈夫だと励ます声も、素直に受け止められなかったのは、これが理由だったりする。
しかもみんな優しいものだから、何とも言えず、でも甘えたい自分もいたりと、本当にチキン野郎である。
「……ならその契約、切りましょう」
「今の話聞いてた? これを解呪すればクルシアが――」
「僕が守ります」
そう言い放つシドニエは、真剣に見つめてくる。
そんなありきたりな言葉なんてと思いながらも、何故かそれに縋りたくなる自分もいる。
「ば、馬鹿なこと言わないで! クルシアがどれだけ強いのか、どれだけ狡猾なのか、わかってるでしょ? どうにかなるなんて……」
「それでも僕は、今苦しんでるリリアさんを救いたい!」
「!」
「今のリリアさんは頭の中がぐちゃぐちゃなんだと思います。異世界人だって話して、周りのことも色々考えて、そんな中で命の恐怖に怯えている。そうでしょ?」
「そ、それは……」
「マルキスさん達にこの話ができなかったのは、みんなを守るために、苦しんでるってことを知られたくなかったんですよね?」
俺はこくりと頷く。
これを知ったアイシア達にどんなに心配をかけることか。
「でも僕に話してくれたのは、少しでも頼りたい人でいてほしいと願ったからではないですか?」
「!」
その通りだ。
俺はシドニエの好意を利用して、守ってくれるんじゃないかと、無責任に投げ打ちたかったからだと。
「違う。私はもっと卑怯だよ……」
「そんなことありませんよ。リリアさんはとっても素敵な方ですよ」
「ち、違うって言ってる! 私は利用してるだけ! リリアも、シドニエも! 私は……何もしてない!」
俺はリリアの身体を都合良く使っているだけだ。
シドニエのことだって、利用してる。
本当に……本当に酷い。
「違いませんよ。僕の中で貴女の評価が変わることはありません」
「なんで!?」
リリアが好きだからかと叫びそうになった時、
「貴女が僕を変えてくれた人だからです」
「……!」
言葉が途切れた。
俺はどこにでもいる平凡な男子高校生だった。
そんな男子が誰かの人生を変える手伝いなんて、ましてや感謝を口にしてくれる機会なんて、あるはずがなかった。
「ウィルクさんが言ってました。女の嘘を許すのが男なのだと。だからリリアさんがいくら僕を利用しても、僕は許しますよ」
「……私、中身男だけど?」
「えっとぉ……元がつくんじゃないです?」
まあ、うん。
元に戻れる方法なんて見つかってない以上、俺は女なんだろう。
ちょっと話の腰を折ったが、話は続く。
「僕がくすぶっていたのは知っているでしょ? あの時から僕は貴女に変えられっぱなしです。パラディオン・デュオの時からずっと……」
「それは……」
正直、助けてあげたいと思ったのは本当だ。
あの時は異世界でのイベントということもあり、少し舞い上がっていたように思う。
俺にとっては一つの学校行事だったが、シドニエにとっては謂わば分岐点だったわけだ。
「貴女は卑怯だと言いますが、僕はとても勇気があり、優しい人だと思ってますよ。そうでなければ、色んな事件に首を突っ込んだりなんてしません」
「そ、それはリリアの身体だとか、異世界だからとか、自分都合の理由で後先考えずに、たまたま上手くいっただけで……」
今回だってそうだ。
何とかなると思っての行動だったように思う。
最初から命を賭けることに恐怖心がなかったわけではなかったが、それでもどこかで主人公補正があるんじゃないかと考えてる馬鹿な自分がいたように思う。
「だとしても、リリアさんが行動しなければ今の僕はありません。仮にパラディオン・デュオで組んでいたのが別の女性だったら、今の僕はありませんよ」
確かにシドニエは当時、一番弱い騎士科の人間として評価されていた。
俺でなければ見限られていたかもしれない。
「リリアさんがその……異世界人としての都合とやらで関わってくれたお陰で今の僕があるなら、それは願ったり叶ったりです」
何気ない行動にも救いがあるのだと教えてくれた。
自分の発言や行動が相手にどのような影響を与えるかなんて、予想なんて表面的なことくらいしか想定できないだろう。
だから俺もクルシア封じの先まで見通すことができなかった。
だけど悪いことばかりではないとシドニエは言ってくれた。
「だから僕を変えてくれたリリアさんを、貴女がどれだけ否定しても、僕は信じ続けますし、助けてもあげたい」
「で、でもその気持ちも素直に受け取れない。私は……」
目の前が急に真っ暗になった。
いや、正確には何かで塞がれたのだ。
「!?」
「リ、リリアさん……」
それは赤面しながら抱きしめているシドニエがいるためであった。
「なっ!? えっ!?」
俺は思わず困惑し、さっきまでの鬱屈とした気持ちがボンっと飛んでいった。
抱きしめたシドニエも、やっておきながらめちゃくちゃ恥ずかしそうに抱きしめる。
緊張しているせいか、ちょっと加減も効いていない。
シドニエの胸の中で抵抗しようとするも、動けない。
「ぼ、僕は真剣なんです! 僕を助けてくれたリリアさん、僕を変えてくれたリリアさん、楽しそうに笑うリリアさん――今のリリアさんがす……す、す……」
混乱した頭の中ではあったが、さすがにどんな口説き文句が来るか、予想がついていた。
はずなのに、ここで言い淀むかとさすがに呆れた。
「ちょっと……」
「ご、ごめんなさい」
何というかシドニエらしいと、不覚にも微笑んでしまった。
「……ありがと。少し落ち着いたよ」
俺はシドニエに抱かれたまま、少しだけ間を広げ、顔を見つめる。
「ほら、ちゃんと聞くから言ってみな」
そうリードすると、シドニエはさっきよりも赤面する。
「えっ、えっと……す、すす、しゅきです!」
「言い直し」
「へえ!?」
噛み噛みは許さんとあっさりと否定すると、シドニエは深呼吸する。
深く息を整えて、真っ直ぐこちらを向くと、さっきよりは顔色が戻った赤面顔で告白する。
「――す、好きです。リリアさん」
「ん。そっか……」
俺は黄昏るように寄りかかる。
「わかってる? 私がその気持ちに応えられるかわからないよ」
それは自分のことでいっぱいであることや元は男であること。
だけどどこかで受け入れてもいい自分もいる。
そんな優柔不断な俺にシドニエは答えた。
「僕は今のリリアさんが好きなんです。優しくて、頼りがいがあって、友達を放っておけないって殿下の命令まで背くような……そんな貴女が好きなんです」
「……」
こう好きだと連呼されると、こちらまで気恥ずかしくなってくると同時に、申し訳ない気持ちになってきた。
さっきまでの悩みが馬鹿みたいに飛んでいく。
恋とは罪深いものなんだと思い知る。
「だからリリアさん。何も怖がらなくてもいいです。僕が守ります。もし頼りにならなくても、今のリリアさんが好きな人達がみんな助けてくれますよ。もっと周りに頼って下さい」
「十分、頼ってるつもりだったけどな……」
「だったらもっと頼って下さい」
シドニエは俺が培ってきた道のりは決して否定されるものではないと語ってくれた。
俺にとっては魔法世界への転移が、事故とはいえ実現したことに歓喜し、よく現実世界で書かれているような物語の主人公に憧れた行為を行なった。
ファンタジーゲームの主人公も大体は人助けメインですから。
それにリリアの力があったからできると思い、行動できると思ったことも多々あった。
でもそのしたいと望むことに、善意があったからみんな頼りにしているのだと教えてくれる一言だった。
「まあとりあえず、今抱えてる不安を忘れさせてもらおうかな?」
頼っていいということなので、シドニエの男らしさに期待するとする。
正直、女として生きていく分岐点なのだろうと、俺も腹を括ることができそうでもある。
「え、えっとぉ……」
「ここで根性見せてくれないと、私、別の男作るかも」
「そ、それは困ります! リ、リリアさん、とってもモテますし……えっと……」
互いの目がハッキリと合ったことが確認できた。
「「……」」
俺は少し視線を逸らしてしまうが、シドニエは肩をガッと掴む。
「!」
ハッと気付かされると、シドニエが息を飲んでこちらをジッと見る。
その表情は少し怖い。
何となく女側が男を怖がる理由がわかったように思う。
本人的には真剣なんだろうが、そこまで顔に力を入れられるとこちらが萎縮してしまう。
「あ、あの……」
「何?」
「キ、キキキ、キスするので合ってます?」
「……それ聞くんかい」
雰囲気で悟れと思わずツッコんだ。お互い恋愛初心者とはいえ、ぎこちなさ過ぎる。
中学生でももう少し進んでるぞ。
でもどちらかと言えば、恋愛作品とか読んできた俺の方がわかっている感じなので、
「……私もシドニエのこと、好きだよ。だからほら……」
告白の返答も兼ねて、目を閉じ、了承する。
さすがにこれ以上、主導権を女性が握るわけにもいかないと待ちの構え。
恋愛漫画とかでよくあるなぁと思いつつも、ファーストキスにはさすがにドキドキするわけで。
肩を強く握られ、いくぞというのが嫌でも伝わってくる。
その手からじんわりと汗まで感じ取れる。
シドニエ史上、一番緊張している瞬間だろう。
俺も男のままだったら好きな女でもできて、こんな初々しいこともするんだろうな。
緊張しているのを誰に誤魔化しているのだろうか、変に冷静に考えを巡らせていると、
「「――――」」
お互いの唇が重なった。
この瞬間、お互いの気持ちが証明されたんだなと気付かされる。
というのも嫌な感じはなかった。
キスの時間はそんなに長くはなく、割とあっさりと引き下がる。
「「……」」
だがまあ、お互い気まずいというか気恥ずかしいわけではあるわけで、
「あ、あーあ。私のファーストキスは男の子かぁ」
「へっ!? あ、いや、えっとぉ……」
中身は男だとわかっているシドニエは、かなり困惑して返答を考えている。
そんなシドニエに悪戯っ子みたいにクスッと微笑む。
「ごめんごめん。冗談だよ。……ありがと。勇気出た」
「そ、それは良かった」
色んな不安な気持ちはシドニエの勇気を見て、感じて乗り越えられると考えた。
人に告白するのって、本当に勇気のいることだ。
基本、告白は相手に委ねられるため、自分の努力でどうこうできる話ではない。
勿論、その異性に興味を持ってもらえる努力は必要だが、恋愛対象になるか、友人関係になるか、仕事関係になるか、関係性は様々だと思う。
そんな中から恋仲になって欲しいと相手に望むのは、本当に難しいことであり、必ず上手くいくわけではない。
まあ中には遊び感覚で簡単に作れる人もいるが、それはまた別の話だろう。
だが今の告白の勇気は本当に絞り出したものだろう。
その思いの丈はよく伝わってきていた。
だから応えたわけで。
「よし! みんなに迷惑かけてるとこだろうし、お城に戻るよ。シドも一緒に来るでしょ?」
「は、はい! 是非……」
「この契約魔法の件だけど……殿下と相談してみるよ」
「!」
この契約魔法を解けるのは、術者である俺だ。
正直、今解くとクルシアが何をしでかすかわからないが、
「守ってくれるんでしょ?」
「はい!」
自分のことを必要としてくれる人が側にいてくれる。
そんなことがこんなにも心強いと感じることが嬉しかった。
俺はその強さを信じきれていなかったのだろうな。
アイシア達には悪いことをした。
本当に反省である。
きっと俺がシドに話したことを話せば、きっとわかってくれる。
クルシアへの対策を万全にしてから、解くよう説得してみせよう。
今度は一人で突っ走らず、みんなと相談して決めよう。
そんな勇者展望広場を後にしようとした二人に声がかけられる。
「――中々お熱い展開でしたなぁ」
 




