22 情緒不安定
「――本日はこのような作戦に参加させていただき感謝致します」
メルトア達が無事に合流。
亡くなったリアン以外の五星教、女神騎士達との再会である。
出迎えたハイドラスがご挨拶に握手を求める。
「こちらこそ、ご足労頂き感謝する」
「いやぁー、しかし乗り心地のいいドラゴン達だったなぁ」
リンスは乗ってきたドラゴンの背中をべしべし。
「西大陸の方ってみんな乗れるのですの?」
「そんなわけないだろ。コイツらの場合は、教育を受けたからじゃないか?」
その意見には、まあその通りと澄ました顔をする三人。
五星教のトップにいる者達がドラゴンに乗れないは、さすがになく、教育を受けている。
それでも龍操士ほどの教育ではなく、あくまでドラゴンに乗るくらいの技量。
そんな澄ました顔をしている一人、メルトアがキョロキョロと誰かを探す。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。龍の神子が居られないようで。お礼を言おうかと……」
「ああ、彼女でしたら城内におりますよ。リリア・オルヴェールの付き添いに……」
「付き添い? 何かあったので?」
メルトアはハーメルトがクルシアのアジトへ潜入するのに、協力を求めているとだけ説明している。
詳しい経緯は聞いてくれとのこと。
リリアの正体を明かさないためのミナールの気遣いと受け止めるべきだろう。
「オルヴェールはクルシアの動きに制限を与えることに成功したのだが、その副作用があって、その影響でな」
するとメルトア達はなるほどと納得した。
間違ったことは言ってない。
「つまり制限されている間にクルシアを仕留めるというわけか」
「はい。幸い、クルシア側の戦力も落ちており、今が攻め時かと思いますわ」
それはヒューイからも聞いているメルトア達。
実際、リュエルの状態も確認しているが、
「バザガジールっつー奴が居るんじゃなかったか?」
「その彼もこちらでの戦闘の際に負傷している」
詳しい事情を話すほどの余裕はないと、納得してくれと語った。
「……わかりました。では龍の神子や黒炎の魔術師への礼は帰って来たからで……」
メルトアはクルシアの事件の時も、ドラゴン達の暴走事件の時も、しっかりお礼が言えていなかった。
五星教を背負っていた人間として、ケジメがつけられていないことに後悔している。
そう言うと城内の中庭まで向かい、説明を行なう。
そこでは転移の魔法陣の準備が進められていた。
「作戦内容としては単純。二つの部隊に分かれ、陽動部隊はシモン兄さんの救出を目指しつつ陽動。暗殺部隊はクルシアの暗殺を目指してくれ」
「具体的な陽動方法は?」
「探知魔法を敢えて使う。どうせヴィはそのあたりの加減は下手だからな」
「なんですってぇ!?」
その素早く、デカい声でのツッコミに、
「おおっ! それくらいのデカい声なら陽動も上手くいきそうだな!」
ケラケラと笑うリンス。
しかしデュークは、小馬鹿にするようにそっぽを向きながら呟く。
「……お前も噂通りなら、いい陽動になるよ」
「――どういう意味だ、コラァっ!!」
どんな噂が立てられているかは、この激しいツッコミだけでも十分物語っている。
「ガサツで煩くて、派手な戦い方を好む……フ、完璧な陽動役だな」
わざわざ言わなくてもと誰もが思ったのに、デュークなら言いそうだとも思った一同。
「おいい!! ムカつくクソ野郎だな! 何様だ、コイツ。……ていうか誰だぁ!!」
メルトア達のことは。一方的に知っているデューク達。
急いでいたとはいえ、自己紹介がなかったと挨拶。
「初めまして私はネイと言います。そしてこちらがヴィとデュークです。普段は冒険者をしております」
「ケッ! 冒険者如きがどうして……」
「如きだとぉ? やるかぁ?」
「あぁ? 買うぞ? 喧嘩」
陽動組は中々いい感じの交流を見せる。
良いか悪いかは別として。
「こほん。話を戻してもいいか?」
仲裁役に入ったのはメルトア。
確認を取ると、逸れた話の筋を戻す。
「探知魔法を敢えて、向こうに感知させることで陽動とするわけだな? では暗殺部隊の方はどうやって目的地まで向かうつもりだ?」
探知魔法を使えばある程度の場所は把握できる。
クルシア達もわざわざアジトで気配を殺すこともないだろう。
「私の鼻を使う」
フェルサは自分の鼻をツンツンと人差し指で触った。
「それにフェルサさんは気配にも鋭く反応できますので、隠密には向いているかと……」
メルトア達はフェルサとの面識があった。
奴隷商に捕まっていた際、ほぼ裸の状態で口と鼻を塞がれていたことを考えると、優秀な獣人であることが窺える。
それにフェルサ自身、斥候としてグラビイス達と仕事をした経験もある。
魔力を使わない探知方法はお手の物。
「それで暗殺部隊はヒューイを含めた……貴女達ですか」
「まあ貴女達からすれば信用は薄いかもしれませんが……」
奴隷オークションでの醜態が初対面だったと、ナタルは頼りないと思われても仕方ないといった表情を浮かべるが、メルトアは首を横へ振った。
「いや、そんなことはない。私達こそあの時は情けない姿を見せてしまった。……申し訳ないと思っている」
本来であれば奴隷として捕らえられていた人達を最優先で救わなければならない状況で、クルシアを前にし、疎かにしていたことは否めないと反省を口にする。
「正直、クルシアを仕留めにいけないのは残念だが、貴女達があの男の首を持ってくることを期待している」
「……ええ。必ず」
グッと握手を交わす二人だが、約束の内容が男の首というところには、ちょっと引く部分があったりする。
「物騒な女共だ……」
「あんたは余計なことしか言えない性分なの?」
「俺は事実を口にしているだけだ。頼もしい限りだとな」
「だったら素直にそう言いなさい!」
まあまあとデュークとヴィの喧嘩を仲裁すると、ハイドラスはアジト直通の転移石を手渡す。
「これが奴らのアジト行きの転移石だ。こちらへ戻ってくる際の転移魔法の座標は今現在、作っている」
向こうでは何が起きるかわからないため、転移石、転移魔法を正確に発動するため、中庭で転移魔法を作っていたのだ。
「全員分の転移石を用意できなかった。だからこちらの転移魔法陣のメモを渡しておく」
「……万が一離ればなれになった場合のものですね」
「ああ」
そう言って戻る用の転移石も二つの部隊分、一個ずつ手渡した。
「奴らの戦力が弱体化しているとはいえ、かなり危険な任務だ。無理だと判断したら、すぐに引き返して構わない」
一同はこくりと頷く。
相手は散々引っ掻き回してきたクルシアが根城とするアジト。
どんな罠があったか、わかったものではない。
「何だったらすぐに戻ってくる可能性もあるよね?」
「どして?」
「……この転移石がどこに飛ばされるかわからないからだよ」
「あーあ……」
ネイは転移した先がクルシアの前である可能性を指摘したが、
「まあその場合は臨機応変にだな。どちらにしても転移魔法の設置はしなければならない。クルシアってガキの前に転移したなら、即仕掛ければいい」
「そんときゃあ、真っ先にぶっ叩いてやるさ!」
「そうね」
良い緊張感を持って望む一同に、見送るハイドラス達も安心したいところだが、不安も拭い去れない。
その緊張感も必要かと飲み込む。
「それじゃあ殿下、行ってくる」
「ああ……」
陽動部隊はデューク、ネイ、ヴィ、メルトア、リンス。
暗殺部隊はナタル、フェルサ、ヒューイという面々。
この八人で望む潜入任務が始まる――。
***
「ママ……」
「おー、辛気臭い顔してんなあー。我が娘よ」
リンナの意識が回復したと連絡が入ったので、早速様子を見に来た。
見たところ酷い外傷はなく、至って無事なように感じる。
まあリンナには落ち込んでいる理由は、ハッキリとわかっているので、
「気にするな。これは殿下の言うことを聞かなかった私への罰さ」
ヒラヒラと軽く手を振って、無事な様子を見せる。
「でもホント無事で良かったですよ。バザガジールが襲って来たって聞きましたよ」
アイシア達を久しぶりで激励すると、
「ああ。あの狐目クソ野郎め。私が全盛期だったら……」
心配かけないようにか本音なのか、凄く悔しそうに表情を歪ませる。
俺はそんな相手の意図まで考える余裕もなく、だが傷付けた責任はあると謝罪する。
「ごめんなさい。私、ここまで酷くなるなんて、想像してなくて……」
「気にしなくていいっつった――」
いつも以上に落ち込んで、弱々しい態度の俺を見て、言いかけた言葉が止まった。
「?」
まるで久しくあった人物を目の当たりにしているような表情。
「えっと、ママ? ……リンナ――」
「気にすんなっつったろぉがあっ!!」
「――ぶへっ!?」
ふと我に帰ると枕を投げつけてきた。
「いいか? こっちはリスクをわかった上で、あそこに残るっつったんだ。お前達の意見を退けてもな。だから責任は私にある。だから気にするな」
「……わ、わかったよ」
「よろしい」
「それでお加減は如何ですか?」
リュッカの質問に両手をグッパーグッパーと手のひらを広げたり、握ったり。
「怪我自体は大したことはないんだが、どうにも頭がな……」
「頭悪いの!?」
「言い方っ!!」
沈んでいた自分がアホらしくなる天然をさっそく発揮されて、思わずツッコんだ。
アイシアは首を傾げるが、今のニュアンスの言い方だと別の言い方に聞こえてくる。
「多分、あのアリアってお嬢さんの仕業だ。なんだか上手く力を制御できてなかったみたいだが、守ろうとはしてくれてたみたいだしな。文句も言えねえ」
村を壊滅させるほどの木々に押し潰されてはいたものの、倒れていたリンナ達には少しも被害はなかった。
彼女の事情は知らないが、あのような姿になったことは、望んだことではないのだろうと、事情を知ってそうなリリア達に尋ねることもしない。
暴走している中でも、人の理性と良心が残っているなら、良しと考えた。
「……アリアの状態って……」
「……見てねえのか?」
「はい。面会はできないそうで……」
あの状態なら仕方ないかと、ひと息ならすリンナがふとリリアの顔を覗く。
「だーかーらー! お前の責任じゃねえよ!」
酷く落ち込んだ表情をしていたため、リンナがいい加減にしろと叫ぶが、思わずこんな言葉を口にした。
「……なんだかお前、リリアに似てきたな」
「え?」
「いや、リリアも何かとあれば落ち込んでは、自暴自棄になってやがったからな……」
それを聞いた時、カッチリとピースが繋がった感覚があった。
俺自身も元々、勇敢で正義感に溢れるような性格ではない。
どちらかと言えば、周りに合わせるタイプの人間。チキン野郎だと自負するくらいだからな。
今までリリアとして、異世界に転移してと異常事態だったからこそ、前向きにいられたように感じてしまった。
アドレナリンがどばどばだったというべきか。
肉体は魂を引き寄せるとは言うが、俺は確実に女の子になりつつあった。
その中で俺は『リリア・オルヴェール』になっていく感覚にもあるということ。
転移当初こそ、リリア・オルヴェールとして生きようと考えたが、こういう意味ではなかったはずだ。
中身は鬼塚を残しつつ、リリア・オルヴェールとして生きようと考えたはずだ。
楽観的に考えればいいと思う人もいるだろうが、自分が何者かわからなくなっていく感覚は――恐ろしい。
「はっ、はっ、はっ……」
「リリィ? しっかりして! リリィ!」
「お、おいおい」
俺は胸をギュッと押さえながら、その場で膝を折った。
心配して声をかけてくれるみんなが歪んで見えた。
色んな考えが頭に回って気持ち悪い。
誰を心配してそんな顔をしているのか。そんな辛そうな顔をさせるために、自己犠牲を払ったわけではない。みんなを助けるつもりが、こんなにも傷つけている。元いた世界に危機をもたらしている。俺の今までの行動は正しかったのか?
――俺は本当に鬼塚勝平だったのか? 俺は本当にここにいていい人間なのか?
「リリアちゃん! しっかりして!」
「リリィ!」
「リリア!」
「あ、ああ……!」
よろっと力無く立ち上がると、バッとアイシア達から逃げるように走り出す。
「はっ、はっ、はっ……!」
恐怖に歪んだ表情で俺は、広い城内を走り抜ける。
「リリィ! 待ってぇ! どうしたの!?」
「多分……私のせいだ」
「えっ!?」
ベッドからよろりとゆっくり降りるリンナは、まだ本調子ではなさそうで、
「ぐあっ!」
「リンナさん!」
ベッドから倒れて落ちた。
肩を貸すアイシア達に理由を話す。
「アイツが異世界人だってのは知ってるな? そのことだけでも負担になってやがったのに、私達がこんな状態、挙句にリリアに似てきたと発言したら……」
「パニックになったってことですか?」
「ああ……。くそおっ!」
リンナは悔しそうに地面を殴る。
「リリアの奴にだって、気持ちを考えないで言ったことが、こんなことになったってわかってたはずなのによぉ! くそがあぁ……!」
リリアの二の舞いじゃないかと、後悔ばかりが募る中、
「頼む。リリアを追いかけてくれ」
「リンナさんは……」
「追いかけたいのは山々だが、情けねえことに無理に動くと目眩がしやがる。頼む! リリアのことを任せたい!」
言われるまでもないが、アイシアとリュッカは改めて誓う。
「私達はリリィの親友です。必ず助けます」
「今のリリアちゃんにどこまで力になれるか、実際のところ、まだ手探りな状態でした。でも、そんなこと言っていられませんよね。リリアちゃんのこと、任せて下さい」
そう言うと二人も足早に部屋を後にした――。
「リリィ、どこに行ったのかな?」
「シア! 探知魔法!」
「そっか!」
アイシアはピタリと足を止めると、探知魔法を発動。
「……いた!」
城内の出口に向かっているリリアの気配を察知した。
「リリィ、外に向かうみたい」
「外に? 急ごう!」
「それにしてもリリィ、そんなに抱え込んでるなら、相談してくれても……」
友達なのにと落ち込んで走るアイシアに、リュッカの思う見解を口にする。
「多分ね、誰にもわからないことを相談できないって思ったんだよ」
「えっ?」
「だって私達だって急に男の子になったからって相談できる? 別人になったら尚更じゃないかな?」
「うっ、そうかも……」
「だからリンナさんのあの言葉に思うことがあったんだよ」
それに今まで自分の正体を隠し続けてきた後ろめたさも、まだ残っているからこそ、抱え込むことしかできなかったのかもしれないと考えた。
それは寂しいことではあるけれど、仕方ないことだとも考える。
「とにかく今はリリアちゃんを追いかけよう!」
「うん! ……っておわっ!?」
「なっ!?」
曲がり角で、見送りをしていたと思っていたハイドラス達と対面。
「で、殿下!?」
「何事だ? びっくりするだろ」
「ご、ごめんなさい! ナッちゃん達は?」
「先程、向われました。我々は無事を祈るだけですな」
オリヴァーンは胸に手を当て、無事の祈りを捧げる。
「それよりどうした? 血相を変えて。オルヴェールのところではなかったのか?」
「そのリリィが走ってどっか行っちゃったの!」
「な、何!?」
「殿下!」
「あの馬鹿。自分が狙われていることは、自分が一番わかっているだろうに……」
「責めないであげて下さい……」
ハイドラスは悪い予感が的中したと、頭を悩ませるが、
「わかっている。オルヴェールの、いやオニヅカの不安が爆発したのだろ? オリヴァーン!」
「はっ!」
「すぐに城内の騎士達にも連絡し、オルヴェールを捜索しろ」
「あの殿下。リリィは多分、外に……」
「巡回中の騎士にも連絡だ。すぐにオルヴェールを連れ戻せ」
「はっ!」
オリヴァーンはすぐさま行動に移すと、
「我々も探すぞ!」
「うん!」
「はい!」
ハイドラスも加えて、リリアの捜索に乗り出した――。
***
俺は夜の城下町を駆ける。
何もかもから逃げ出すように、一心不乱に走り抜ける。
どれだけの時間を走ったか覚えていない。
俺はこのハーメルトでは有名人だ、恐怖に歪み、悲痛の表情で走る姿は周りの人達も何事かと振り向く。
だがもうその時には既に後ろ姿だけが映っている。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
こんなに走ったのは久しぶりだ。
心臓の音が余計な考えを整えてくれるようだった。
ドックン、ドックンっと疲労感が身体にズッシリとのしかかる。
本当にどれだけ走ったのかわからないが、この疲れから、相当走ったのはわかる。
ただ目的はなかったが。
「ここは……」
ひゅーと吹き抜ける夜風が、熱を帯びて疲れた身体に染み渡るようだ。
本能的にここへたどり着いたとなると、中々皮肉なものだと苦笑いが込み上げてくる。
「なあ、勇者? あんたがもし、私と同じ状態で異世界に来たなら、どう……してた?」
俺は勇者展望広場に並ぶモニュメントのうちの一つに声をかける。
問いても返答など返ってくるはずもないのにと、馬鹿らしくなる。
だが、
「なあ! 答えてくれよ! 私は誰なんだ!? 私は何のためにここにいる? 私は……」
不満をぶつけるように叫ぶが、返ってこないとわかっていると、本当に虚しくなってきた。
ふと城下町を眺めると、これだけ広い世界の中で悩んでいる自分がちっぽけに見えるとか思えるかと思ったが、当人にとっては重要な問題でもある。
本物のリリアはどうなったのか? 本当は魂など分離されておらず、自分の中にいたのでは? それならば俺は本当はリリア・オルヴェールであり、鬼塚勝平という人物は空想だったのではないか?
また要らないことばかり、悶々と頭を刺激する。
ここに勇者ケースケ・タナカの銅像があるなら、自分が異世界人であると証明されているようではないかと思うのに。
自分が異世界人だと確信があったから、こうして狙われているはずなのに。
「……どうしよ」
悶々とした気持ちは残りつつも、少しずつ罪悪感が蘇っていく。
アイシア達にも心配かけさせたし、殿下も怒ってるだろう。
とはいえ、素直に帰りづらい状況でもある。
「はあ〜」
ベンチに腰掛けて、重い落ち込んだため息を吐き捨てる。
「リリアさん?」
声をかけられ、ハッと振り向くとそこには、
「どうされたんですか? 確か、お城で今後の会議があったはずですよね?」
きょとんと尋ねてきたシドニエの姿があった。




