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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
9章 王都ハーメルト 〜明かされた異世界人の歩みと道化師達の歩み〜
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20 ミリア村崩壊

 

「ば、馬鹿な……!」


「〜♪」


 バザガジールは衝撃を覚える。


 たかだか木の根の触手が伸びてきたくらいの攻撃が当たるはずもないのだと確信があった。


 その速度も飛び抜けて優秀だったわけでもなく、先程のギルヴァの攻撃のような手数で稼ぐ攻撃だった。


 だが当たった。


 バザガジールがこんな痛みを感じるのは数年ぶり。


 こんな単純な攻撃を食らうことに、プライドが傷付いたというよりは、ワクワクの方が勝っていた。


「ああ……面白くなってきました」


 軽く舌舐めずりをし、妖艶な笑みを浮かべると、歌を奏でるアリアへと襲いかかる。


 アリアは歌いながら、バザガジールへの怒りと絶望を抱えながら、木々を操る歌を奏で続ける。


(コノオトコガ……ユルセナイ。コロス、コロス!)


「〜♪」


 その殺意の現れか、歌は激しい曲調へと変貌していく。


 操る木々の根はその曲調に合わせ、アリアの気持ちを代弁するかのように襲い、周囲に木霊(こだま)する歌は遠くまで響き渡り、その高音により、空気がビリビリと振動している。


 そんな激しく状況が変化していく中で、標的となっているバザガジールは、実に楽しそうである。


「アッハハハハっ! 素晴らしい! 何故です? 何故なのです? この私が久方ぶりにこんな血を流し……」


 ヒュッと高速の拳を打ち出すも、木の根で塞がれるわけでもなく、自分が狙った場所に飛んでいかないのだ。


「何故、私の攻撃が通らな――ぐっ!?」


 木の根の薙ぎ払いを両手でガードし、受け止めたが、アリアとの距離は置かれる。


「く、くくく……」


 普通の敵ならば、ここは悔しがるところだろうが、戦闘狂であるバザガジールは自分が窮地の状況すら笑みを零す。


 こういうタイプが一番危険だったりする。


 楽しんでいるバザガジールだが、手をこまねいているというわけにもいかない。


 原因をアリアとの攻防の中で考える。


 先ず、自分は耐性系の闇属性肉体型。魔法に対する状態異常などの攻撃はほぼ無効にできる体質。


 なのでこの攻撃が当たらず、一方的に攻撃を食らう状況はおかしいと考えるのが自然。


 バザガジールは歌による魔法の発動が(よぎ)った。


 魔人マンドラゴラもそれでハーメルトを始めとする、子供達の誘拐に成功している。


 だがこの場合、耐性系であることが引っかかるため、それはない。


 しかし、状況から考えるとなにかしらの状態異常を食らっているとしか考えられない。


 そうでなければ戦場で研ぎ澄まされた自分の実力が、押さえ込まれることなどありえないからである。


 実際、ほとんどをこの体質と力でねじ伏せてきた。それだけ絶対的な自信がある。今更揺らぐことなどない。


 だが状況は自分の考えを矛盾し続ける。


 食らうはずのないものを食らっている――そんな状況が続いている。


 だが向こうも完璧でないことも読み取れる。


 アリアは常に動かず、歌を歌い続け、木の根でバザガジールとの距離感覚を保つ戦いを繰り広げている。


 本来なら翔歩であっさりと仕留められる距離だが、この感覚がズレているせいか、近付くことが難しいバザガジール、という状況である。


 おそらくアリアが歌を止めることはないだろう。


 息継ぎくらいの隙でも、大量に展開している木々の根によって阻まれているが、向こうもこちらを仕留める決め手にかけていると考えられる。


 暴走しており、攻撃的とはいえ、攻め方に素人さが目立つアリア。


 バザガジールは原因を追究しつつ、虎視眈々と反撃の状況を狙っている。


 そんな激しい戦闘音を分厚い植物の中から聞いているギルヴァは不安が募るばかりである。


「くそっ! 状況はどうなってる? アリアは……」


 アリアは暴走しながらも、自分を守る意思表示をしている。


 でなければこんな木の根の中に閉じ込められることはない。


 それはつまり魔物の本能と自分の意思とが奔走していることに他ならない。


 そんな精神状態の中、最強とまで名高いバザガジールが相手をしている。


 もしものことを考えると居ても立っても居られない。


 無駄とわかりながらも、今一度説得する。


「アリア! 頼む。ここを開けてくれ! 俺を解放してくれ!」


 引き千切られた腕部分は熱く、脈が速くなっていく中で、必死に呼びかけるが応答がない。


 外から聞こえるのは、激しい戦闘音とアリアの歌だけで詳しい情報はまったく入ってこない。


「くそおっ!」


 自分が空間系の魔法使い、もしくはザーディアスでのような武器を所持していれば脱出も可能だっただろうと後悔する。


 同じ次元系でも空間や時間軸を少しズラすくらいしかできないのは、肉体型であるからに他ならない。


 これが精神型であるなら、多少のやりようもあるのだが、そうもいかない。


 だが悔やんでも解決の糸口が見えるはずもない。


 ギルヴァは痛みに苦しみながらも、必死に自分を奮い立たせ、次元の剣を作り、木の根を削り始める。


 せめて状況がわかるように隙間を作ろうという考え。


 こうしている間にも、バザガジールとの戦闘は続いている。


 リンナやガイツ、護衛の騎士や魔術師達は全員、気を失い、助けにいける状態ではない。


 不安に駆られ、焦る気持ちはその削る刃に力がこもる。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 削れども削れども、兆しが見えない。


 だが衝撃と激化する戦闘音は、この分厚い植物の壁越しからでも伝わってくる。


 アリアが半魔物化した兆候はあった。


 目が紅く染まっていた。


 外の戦闘音から、アリアはもしかしたらもっと魔物に近い姿をしているのかもしれない。


 それを見たバザガジールが楽しそうに戦闘に勤しむ姿も容易に想像できる。


「早くっ! 頼む!」


 ズキンッズキンッと痛む、今は無い右腕からの鼓動がうるさい。


 疲労と損傷からの意識を奪おうとする、神経を調節する脳の保護機能さえも鬱陶(うっとう)しい。


 もう失いたくない。あの絶望をもう一度見るわけにはいかない。


 町中からの嫌悪の視線、殺気立つ住民や母、そして友人からも殺されかけた絶望。


 それを救ってくれたアリアは、離れてからもずっと心の支えだった。


 それを折られてしまうと、もう立ち上がれない。


「――ああああーっ!!」


 ザクッと貫通した感覚が刃の先に感じた。


「!」


 その隙間をこじ開けるように光を広げていく。


「よし! これで――!」


 ギルヴァがその小さな隙間から見た景色は、平凡な山間の町の姿ではなかった。


 バザガジール達が戦う一体が広場となっており、その周りはアリアが操る木の根達が、バザガジールを襲う。


「そうです! そうでした! (かわ)せないなら……破壊するまで!」


 襲い来る木の根を拳で粉砕し続けるバザガジール。


 アリアの防御が薄くなり、道が出来る一瞬の隙。


「!?」


「ここまでの至近距離なら外しませんよ!」


「――アリアぁあっ!!」


「!」


 ギルヴァの叫び声に一瞬気を取られたのか、バザガジールの拳は若干の軌道が逸れる。


 アリアは素早くのけぞり、回避。


 するとバザガジールの足下の土が盛り上がる。


「チッ」


 モリモリと木の根が生え出てきて、また距離を置かれる。


「まあいいです。攻略法が見えてきました。フ、フフフ……」


 アリアは再び歌い始めるが、ギルヴァは絶望に打ちひしがれる。


 アリアは戦闘の素人。臨機応変な対応は基本難しい。


 今の回避も魔物の本能的な部分で回避したに過ぎない。


 それに頼っている以上は、完全にジリ貧だと見て取れる。


 それなのにアリアは攻撃方法を変えることはなかった。


 木の根を攻防に使い、それを操る歌を歌い続けているだけ。


 かたやバザガジールは、その攻略法を見据えた戦い方をしている。


 木の根も破壊してしまえば、再生は難しい。


 未だに攻撃や動きがおかしくなる原因は突き止められていない様子だが、そんな中での戦い方に身体が馴染んできている。


「このままじゃ……アリアが殺される」


 バザガジールは弱者を殺さないというポリシーがあるが、この状況でアリアを殺さない選択はほぼない。


 しかもそのアリアも半魔物化の影響か、髪から花が生えてきており、地面と同化するように木の根が足下に巻きついている。


 このまま戦い続けると、死の窮地か人としての死を迎えるか、どちらかしかないように感じる。


 連れて来なければよかったと後悔の念が、頭に強くのしかかる。


「――キィアアーッ!?」


「!?」


 バザガジールがついにアリアの身体をえぐった。


 横っ腹の一部が掠ってえぐられている。そこから血が流れ出ている。


「おやおや。魔人マンドラゴラの適合者とはいえ、そろそろ限界ですかな? まあ、つまらない依頼にならず感謝していますよ!」


 バザガジールは先程より素早い動きに加え、しっかりと木の根を的確に破壊していく。


 アリアも必死に歌い操るが、バザガジールの速度にいよいよ追いついていかない。


「どうしました? もっと楽しませて下さい!」


「――アアアアアアッ!!」


「アリアっ!! アリア、よせ。逃げてくれ……」


 今度は左肩を掠め、血が噴き出る。


 目元に飛んだ血が視界を支配すると、アリアは更なる暴走を繰り広げる。


「コロス! ワタシのテキ! コロス!」


 アリアはそう言ってすぐに高音を放ち、その音波と衝撃が辺りを吹き飛ばす。


 バザガジールも防御し、飛ばされたが、


「はっはは!」


 地面に着地するや否や、笑みを絶やすことなく突っ込んでいく。


「ほ、本当に殺される……」


 俯いた顔を上げて、アリアが攻め込まれているのを見る。


「見ていることしかできないのかぁ……!」


 悔しさと不甲斐なさに涙がボロボロと零れ落ちる。


「くそおっ!!」


 バッと再び俯いた時、光に照らされた涙が千切れた右腕に落ちた。


「……」


 ふと目に入った。


 今は何の役にも立たなくなった自分の右腕。一緒に閉じ込められていたことに初めて気付いた瞬間だった。


 ふと手にするが、再生魔法でもくっつけるのが難しいほどねじ切られている。


 おそらくバザガジールも再生させないつもりで、ねじ切ったに違いない。


 再生魔法は万能な魔法ではあるが、状態に作用されるケースが多く、状態が酷ければ再生治療は難しい。


「……これだ」


 ギルヴァはおもむろに自分の右腕の血を指先につけると、木の根に魔法陣を描き始める。


「そうだ、この方法しかない!」


 痛む右腕に敢えて触れ、魔法陣を描く材料にしていくギルヴァ。


 肉体型であるギルヴァは本来、魔法は初期魔法しか使用できないが、もう一つ使える魔法が存在する。


 それは魔法陣である。


 本来、肉体型が魔法を使用する方法は初期魔法、もしくは術式が組み込まれている武器やマジックロールなどがある。


 ザーディアスの武器やリリアがリュッカやシドニエにマジックロールを手渡し、使用したように。


 だが魔法陣も条件を満たせば、肉体型でも発動が可能となる。


 それは術者の血を媒介にすることである。


 血を媒介するとその生命力が供物として捧げられた証明となるため、魔力の循環率が向上。


 本来は精神型が最上級以上の魔法、特殊な魔法や禁呪などで起用される方法だが、稀に肉体型が魔法を使用するために持ちいられる方法でもある。


 だが精神型のように魔力を外部に注ぐことが難しい肉体型は、その魔力の代用を用意する必要がある。


 ギルヴァは木の根の壁に描き終えた魔法陣に、千切られた腕を力強く突きつける。


「――どうせいらない右腕だ! 持ってけえっ!!」


 描いた魔法陣は先程見た転移の魔法陣。


 血で描いたとはいえ、小さく書き殴った即席の魔法陣。


(頼む! 発動してくれ。ここから脱出するだけなら、これで十分なはずだ)


 転移の魔法陣もパッと見ただけだが、自然とこれで合っている気がするが、確定ではない。


 不安は常に付き纏うが、踏み出さなければ絶対に後悔する。


「――転移!」


 魔法陣は眩い光を放ち、手に持っていた右腕は消え、発動する。


「「!?」」


 すると二人の前に急に出現するギルヴァは、空中に投げ出されている。


「……ギ、ル……?」


 呆気にとられるアリアを横目に一瞬覗くと、すぐにバザガジールの方を睨み、そのまま次元の剣を握り、着地しながら斬りつけるが、


「――があっ!?」


 お前にはもう用は無いと、軽く(かわ)されると簡単に薙ぎ払われ、山を描くように飛ばされる。


「く、くそおっ」


 歌を止めたアリアの隙を逃さないとバザガジールが迫る。


「――アリアっ!!」


「――エクスプロード・プロミネンス!!」


 アリアとバザガジールの間に広範囲の爆発が発生。


 エクスプロードより更に火力が高く、不意打ちだったせいもあり、バザガジールはアリアから距離を取らされる。


 アリアは囲んでいた木の根達が焼き尽くされたが、固定された下半身の影響か、その場で踏みとどまる。


 二人とも両手でガードするが、アリアの方は両手に酷い火傷を負う。


 そしてギルヴァはその空中から受け身を取り、着地した先には最上級魔法を放った本人、ガイツの場所まで投げ出される。


「お、おい! アリアにまで――」


「アリアぁあっ!! 歌えっ!!」


 ガイツの指示を聞いたアリアは、酷く冷静な顔をしていた。


 おそらくギルヴァの登場と目の前での爆発に、魔物の意識に支配されそうだったところを、無理やり起こされた感じだ。


「〜♪」


 その指示に従い、歌い始めたアリアに対しバザガジールは舌打ちし、アリアの方へ。


「おい! あんた――」


 ガイツに文句を言おうとした瞬間、逆に胸ぐらを掴まれた。


「――このチャンスを逃すんじゃねえ!! 俺がしてやれるのはここまでだ」


「な、何のことだ?」


 イマイチ言ってる意味がわからないと尋ねられると、早口で事情を話す。


「アリアが歌うことであの殺人鬼野郎、自分のペースを乱されてやがる。おそらくあの音波による振動や衝撃で空気に乱れを作ってやがる」


 ガイツは目覚めてからしばらく観察していた結果の判断。


 実際、音による魔法で感覚神経を乱される魔法というものは存在している。


 風魔法使いが得意とする者が稀にいる。


 だがアリアの場合、歌を資本として戦うマンドラゴラの能力をそれに起用していたのだ。


 本人は無自覚だろうが、これが魔法に強い耐性のあるバザガジールが食らってしまった理由である。


 マンドラゴラの音波はただの声であって魔法ではないという理屈。


「あれくらいの実力者になれば、完璧な感覚神経を持っちゃあいるだろ。絶対的な経験がな。だがそれを掻き乱されちゃあ、戦いづらいってもんだろ。慣れるまでに時間がかかる」


 実際、最初のうちは様子見もあっただろうが、攻撃を食らっていた節が見受けられている。


 だが今は、


「奴は今、そのアリアが乱す空間に慣れつつある。その前に仕留めろ!」


 その会話は筒抜けのようで、バザガジールも気付いていますよと言わんばかりの笑みを浮かべながら、何とか防御しているアリアを攻め続ける。


「だ、だがお前の理屈なら俺もその影響を――」


「お前は何の使い手だ?」


「!」


 ガイツはハッとして閃いた様子のギルヴァを更に強く掴むと、


「気付いたなら、とっとと行ってこい!」


 思いっきり突き飛ばした。


 ギルヴァは素早く体制を整えると、次元の剣を作成しながらバザガジールの元へ駆ける。


 その駆ける最中に、自分の周りをアリアが作り出す乱れた空間に調整する。


「アリアっ!! もっと声をあげて歌ってくれ! お前に合わせるぞ!」


 アリアの目の色も変わっていく。


 暴走し、怒りに支配された目ではなく、優しさを含んだアリアの瞳に。


 アリアはその指示に従い、音量を上げ、周りの振動波数を向上させる。


「……!」


 さすがのバザガジールもここまで歪まされると、目眩のような神経障害が発生。


 ガイツや起きあがろうとしていた騎士や魔術師達もくらっと倒れかかる。


「ぐっ……」


 だが一人、平然と駆ける男がいた。


「アリア、一緒に戦うぞ! 俺を守ってくれ!」


 その言葉に応えるように、歌い続けるアリア。


「いくぞぉ!」


 右腕が無いギルヴァだが、一気に畳みかける。


 ヒュンヒュンと片腕で剣を振り、攻撃の手を緩めないよう、宙に作った剣も飛んでいく。


 バザガジールは先程よりも明らかにわかりやすい避け方をしている。


 ギルヴァ達の攻撃に対し、余裕を持って回避するが、


「逃さねえよっ!!」


「はっ! ハハハハハハっ!」


 距離を取らせてくれないギルヴァに笑いが込み上げてくる。


「私がここまで追い詰められたのどれだけ振りでしょうか! アッハハハハっ!!」


「楽しんでんじゃねえ!!」


 イラつくが、そんなことを口にするほど状況は好転しているのだと自覚できる。


 だがさすがにバザガジールは、この中でも一番の実戦経験の持ち主。


 中々決めさせてはくれない。


「――おおおおおおっ!!!!」


「――ハハハハハハっ!!!!」


 バザガジールも回避ばかりでは不甲斐無いと、拳も打ち込んでくるが、先程までの正確かつ力強い拳は飛んで来ない。


 互角の戦いを繰り広げる。


 アリアも援護するように、


「〜♪」


 木の根が二人の下から生え出てくる。


 ヒュンと飛んで回避するバザガジールだが、ぐらついていたせいか、妙な飛び方で空中へ。


「アリア!」


 その木の根はそのままギルヴァを乗せて、バザガジールへと攻撃。


 その上を走り抜け、次元の剣が飛ぶ。


「――バザガジールっ!!」


 飛んで来た剣を回避すると、さすがにバランスを崩した。


「――はああああっ!!」


「ぐうっ!?」


 遂にバザガジールの身体に剣を突き刺す。


「おおおおっ!!」


 そのまま地面までバザガジールごと落下。


 ドスーンっと激しい激突音が鳴る。


「し、仕留め、たか?」


 ガイツは揺らぐ意識の中、地面に落下した二人を確認すると、ギルヴァは突き刺していた次元の剣を抜き、もう一度突き刺そうとする。


「まだだっ!」


 今の一撃程度で仕留められるわけがないと、振り下ろすが、


「――がっ!?」


 これだけの至近距離ならと、ギルヴァの溝落ちに蹴りを入れて突き放す。


「ぐうあっ!」


 距離を離されてしまったギルヴァは、焦り確認すると、


「「「!?」」」


 とてつもない魔力を放ち、こちらを威圧するバザガジールの姿があった。


 さすがにその膨大な魔力圧に当てられたアリアは、ビクッと痙攣すると、歌を止めてしまった。


 そのバザガジールは乱れた髪をかき揚げ、


「フフフ……ハハハハ――アッハハハハハハハハハハっ!!!!」


 今までで一番楽しそうな笑みを浮かべながら、愉悦に浸る。


「この感覚だぁ……懐かしい。死の迫る瞬間、互いの命を燃やし切る闘争、生き残った者だけしか味わうことの許されない優越感……アハハハハ。さあっ! もっと楽しみましょう! こちらも全力をもってお相手しましょう!」


 バザガジールにとって今回の任務がこんな転び方をするとは、まったく思っていなかった。


 クルシアからは多少の護衛がつく程度だろうと説明を受けていたから。


 だが蓋を開けてみれば、クルシアの言う通り、加減して戦うことで得られる楽しみがあるのだと改めて気付かされた。


 何でも食わず嫌いをするものではないと、気分が高まっている。


 だがバザガジールの温度とは差がある。


 ギルヴァ達はハッキリ言うともう限界である。


 アリアも完全にバザガジールに萎縮してしまっている様子。


 ギルヴァも腕の痛みや無理やり身体を動かしたことでの疲労が、とっくに限界を迎えている。


 今以上の力で振われると、もう一方的に殺される未来しか見えない。


 あの時、心臓を刺さなかったことを酷く後悔する。


「さあ……行きま――」


「待ちなっ!!」


「「「「!」」」」


 呼びかけてみんなの視線を集めたのはリンナだった。


 その口元にはナイフを咥えている。


「邪魔しないで頂けます? これからなのですから……」


目的(もふてき)を間違えてんじゃねえよ。おふぇの狙いは(わたひ)だろ?」


 ナイフを何故か咥えているせいか、滑舌が若干悪いが、気にせずに会話は続く。


「貴女を捕らえるなど造作も無いこと。後でお相手しますから、待っていなさい」


 すっかりバザガジールは戦闘モード。


 格下と判断したリンナは後回しにすると、踏み込もうとした時、


(わたひ)()ぬぞ」


「「「「!?」」」」


 リンナはナイフの持ち手を押す仕草を取った。


「リンナ……サン?」


 半魔物化したアリアも我に帰り、思わず尋ねると、リンナはニコッと微笑む。


(わふ)いな。不甲斐無(ふがひな)ひおばふぁんでよ。(わたひ)にできるのは、こんなことくらひだ」


「何のつもりです?」


「てへぇは、異世界とやらに行きふぁいんはろ? そのためには、(わたひ)()ぬのは困るだろ?」


 バザガジールも少しずつ冷静になっていく。


 確かに一時の高揚感に流され、ケースケ・タナカのような実力者と戦えなくなる可能性を摘み取るのは惜しいこと。


「ならば――」


「おっと! 下手に手を出さない方がひひ。(わたひ)口元(くちもも)が見へるだろ?」


 リンナの言う通り、一歩間違えれば咥えたナイフが喉元を貫くような状態。


「あんたは正確に攻撃できるかもしれない。けふぉな? (わたひ)もさっきの(うは)で頭がクラクラしてやふぁる。……言いたいこと、わかるふぉな?」


「……」


 これ以上戦うならば、自害するという脅しに加え、このままの状態が長くは続かず、足がもたれるだけでも喉元を貫く可能性を示唆する。


 バザガジールの状況を考えればよろしくはない。


 例のメモもアリアの木の根の攻撃によって、紛失した可能性も高い。


 であればリンナに死なれるのは困る。


「そこまでしますか? あれは貴女の本当の娘では――」


「黙れ」


 バザガジールに劣らない強い殺気を放つ。


「私は母親だ。娘のためなら命くらい賭けられる」


 たとえ中身が鬼塚だとしても、痛い思いをして産んだ大切な娘には違いない。


 リンナは母親としての義務を果たすのだと、鋭い眼光でも語る。


 するとバザガジールはおもむろに辺りを見渡し、状況を把握する。


「ふむ。わかりました。今回は撤退するとしましょう。また後日、お伺い致します」


「二度と来るな。狐目クソヤロウ」


 バザガジールは上機嫌に微笑みながら、転移石を砕き、素直に撤退した。


 それを確認した一同はシンと静まり返る景色を眺めながら、倒れていく。


「はあ、はあ、はあ……」


 リンナは口に咥えたナイフを適当に放り投げてから倒れた。


 すると魔術師団の一人がガイツにヨロヨロと近寄る。


「ガ、ガイツ、様……」


「無事か? 無事ならすぐにドラゴンを送った村に行って、救援を求めて来い。あそこなら冒険者もいるはずだ、対応……して、くれる……」


「ガイツ様!?」


 ガイツも緊張の糸が解けたのか、その場で倒れ込んだ。


 ――奇しくも四人はバザガジールを退けることに成功したが、その代償は余りにも大きな損害となった。

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