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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
9章 王都ハーメルト 〜明かされた異世界人の歩みと道化師達の歩み〜
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10 暴走と策略

 

「そこまでです! 兎さん」


 ダダダダっと複数の足音が連続して鳴ると、それを先導している者がリュエルを制止する。


「ここは完全に包囲しました。その傷ではまともに動けないでしょう? 大人しく投降なさい!」


 現れたのはミナール。動ける者をかき集めて駆けつけたのだ。


 リュエルは深く斬り裂かれ、血が大量に流れ出る箇所を押さえながら、ギリッと歯軋りを立てる。


「次はなんですか? 人間は本当にどこからでも湧いて出てきますね」


「私達のことを覚えていないのですか? 兎さん」


「知らないね。人間の顔なんていちいち覚えてられないの。てゆーか兎って呼ぶな」


 クルシア以外の人間にほとんど興味のないリュエルが、ザーディアスのように顔を合わせる機会が多くない限り、人の顔と名前など覚えているはずがない。


「覚えていないか。ムカつく兎だ」


「まあ無理もないさ。その嬢ちゃんはクルシア以外、興味ないからな」


 するとザーディアスが彼女らへの挨拶ついでに、リュエルに説明する。


「嬢ちゃん、西大陸で原初の魔人について報告に来たろ?」


「はい! ダーリンが喜んでくれたのを覚えてます! そのあと……」


「その時、クルシアにやられてその辺を転がってた連中だよ」


 そう説明されると、「は?」とものすごーくどうでもいいといった顔をする。


「あそ。それで? なんでそんな石ころ共が私の、ましてやダーリンの目的の邪魔をするんです? 石ころは石ころらしく転がっててくれませんかねぇ?」


「……その石ころである私達が障害になりに来たんですよ」


「その評価は受けちゃダメ」


「ヒューイの嬢ちゃんの言う通りだぜ」


「――べ、別に本当に受け入れたわけじゃありません!」


 そこまで過小評価はしていないと叫ぶ。


 地味な見た目と性格だけでそう判断されるのは悲しい。


「おい。お前達はこのイカれ兎の知り合いか?」


 見覚えのある冒険者だとミナールは判断すると、


「はい。最近魔力の減衰が問題視されていることは知っていますね」


「ああ」


 だから今現在キツキツなのだと、息切れをしている。


「その元凶を作り上げた男の仲間です」


「なに!?」


「そして……」


 リアンを奪った(クルシア)の仲間でもある。


 続きを語らないミナールの言葉を待っていると、ふるふると首を横に振り、これ以上は口にしなかった。


「随分と物騒な奴と手を組んだんだな。おっさん」


「はは。まあな。……というより、お前さんらと知り合った頃から面識はあったよ」


「ザーディアスさん。貴方にも会いたかったですよ」


「ふ……それが男女関係なら、おじさんも喜ぶところなんだがなぁ」


 ミナールの発言は明らかにそれではない。


「クルシアの目的と――」


 ヒューイがクルシアと呼び捨てた瞬間、強い殺気を感じたと同時に――ズドンとヒューイ目掛けて石斧が振り下ろされる。


「おい、メス豚。ダーリンを呼び捨てか?」


 デュークでの戦い以上の速度での攻撃だったが、ヒューイは怯むどころか、不敵に笑った。


「感情的な兎で助かる。やり易そうだ」


「死ね」


 感情のままに振り下ろされると、ヒューイは後ろへ飛ぶと、


「ん」


 雪兎の刃先を地面に滑らせながら、氷の刃が地面からバキバキと山なりに襲いかかる。


「洒落臭――」


「抜刀」


 その薙ぎ払った氷は囮だと気付いた頃には、ヒューイはこちらに狙いを定めた抜刀術の構えを取っていた。


 ゾクッと冷たい殺意を感じ取ったリュエルは咄嗟に後ろへ飛ぶが――、


「ギイっ!?」


 石斧を手放し、紙一重で刃を(かわ)すも、凄まじい剣速での風圧で吹き飛ばされる。


 更にそこへ追い討ちをかけられる。


「――イービル・ソーン!」


 詠唱を済ませていたミナールの魔法が襲いかかる。


 着地点に薔薇が生え出てリュエルを覆うと、


「潰れなさい!」


 そのまま花びらがしぼんだように、薔薇がリュエルを押し潰す。


「わあー、エグいことするなぁ」


「この程度でやられはしないでしょう」


 ザーディアスは引き気味の表情を浮かべるが、この程度で倒せる相手であれば、リアンが殺されることなんてなかっただろう。


 リュエルはクルシアの息がかかった存在。舐めてはかかれない。


 するとその読みは当たる。


「――んんっ!!」


 激怒の表情を浮かべながら、薔薇の棘で手を血まみれにしながらも力ずくで押し開く。


「ふうー、ふうー……殺す。――殺すっ!!」


「来い」


 完全に頭に血が昇ったのか、超高速移動でヒューイを攻める。


 石斧を持たずに攻めるリュエルの速度はフェルサを超える。


 肉体型の獣人の体術と攻撃速度は並のものではない。


 しかもクルシアとバザガジールに仕込まれているだけはあり、冷静ではない割にはヒューイの嫌なところを攻め立てる。


 得意の抜刀術をさせないために、常に距離を詰められている。


 このあたりは自分との弱点も重なることから、かなり攻めた戦いを繰り広げる。


 一方のヒューイも抜刀の構えを一旦は解いて、剣を抜き、ひたすらリュエルの体術を(かわ)し続ける。


 一撃必中の抜刀使いであるヒューイは、見切りの能力は五星教一である。


 とはいえ、全てを(かわ)し切ることは難しいようで、


「んんっ!」


「なっ!?」


 ヒューイの武器、雪兎は長剣。


 リュエルとの距離や見切りの基準として、その刀を主軸にしている。


 だがその刀身を鷲掴みにされることは予想外。


 捕らえたと不敵に笑うリュエルの鷲掴んだ手からは血が流れるが、当人は気にしていない様子。


 そのまま引っ張り、引き寄せられる。


「――があっ!?」


「ヒューイ!!」


 引き寄せられる勢いを加えた蹴りがお見舞いされる。


 あまりのダメージにヒューイは一瞬、意識が遠のく。


 獣人種の腹蹴りは、か細い身体のヒューイにはあまりに重たい。


 リュエルは握った刀身を叩きつけると、その蹴りで吹き飛んだヒューイに襲いかかる。


「――させるかあっ!!」


 上からデュークが助けに入る。


「ああああっ!! さっきから鬱陶しい!! ダーリンの……ダーリンの邪魔をするなあっ!!」


「――ストーン・ウォール!!」


 デューク達の前に石壁が出現。


「そこの方! ヒューイを連れて引いて下さい」


「わ、わかった」


 指示通りヒューイを抱えると、石壁の向こうにいるであろうリュエルから距離を取るが、目障りだと破壊。


 すると、


「!?」


 ミナールの連れた部下の魔法使い達が一斉放火。


「おい。大丈夫か?」


「ん……すまない」


 けほっと咳き込みながらもヒューイは無事だと語る中、


「――ぁああああああっ!!!!」


 リュエルは魔力を暴発させるように放ち、魔法を一掃。


「そ、そんな……」


 そのリュエルの目は血走り、耳がピンと立ち、指をパキポキ鳴らしながら、鬼でも憑依したように激怒の叫びをあげる。


「――あぁああああああっ!!!!」


 その様子を見ていたザーディアスは、やれやれと木にもたれかかりながら、遠巻きに見学。


「あーあ。あれは言っても聞かんな。完全に狂戦士(バーサーカー)モードだな」


狂戦士(バーサーカー)?」


「なんだ? 知らねえのか? 獣人種には獣の本能を発揮する能力がある。種族によって異なるが、リュエルの嬢ちゃんは兎の獣人。奴らは普段温厚なんだが――」


 リュエルはある意味特殊であると補足。


「想い人や仲間意識が強く、感情的になりやすくてな。リュエルの嬢ちゃんの場合、クー坊の言うことを聞かないお前さんらが憎くて憎くて堪らないんだろうな。上手くいかないと当たり散らすんだ」


 まるで子供の癇癪(かんしゃく)のようだが、肉体能力を比べる傾向のある獣人が力づくで物事を納めようとすることを体現しているようだ。


 その説明を聞いたシモンは注意喚起するも、


「――デューク! 逃げ――」


 ザーディアスの大鎌の刃が首元に突きつけられる。


「なっ!?」


「ザーディアスさん……?」


「ま、デュークは諦めるさ。だが、こっちは貰っていくぜ」


「さ、させる――」


 デュークが助けに向かおうとするが、狂戦士(バーサーカー)モードのリュエルが目を離してはくれず、行手を阻む。


「邪魔をするな! イカれ兎! 兄さんもお前の獲物ではなかったのか? 取られてるぞ!」


「おーい。余計なことを言うんじゃねえよ」


 リュエルはあくまで一人で任務をこなし、クルシアに褒めてもらうつもりだと言っていたが、そんなことなど今は関係ないようで、聞く耳を持たずに襲いかかる。


 ザーディアスとしては判断能力が鈍っているうちに逃げたいところ。


 巻き添えも勘弁である。


「ダーリンのっ! ダーリンのためにぃいっ!!」


「くそっ!」


 ミナールもザーディアスを逃すまいと魔法を唱えようとするが、


「おっと、お嬢さん。こちとら最悪、死体でも構わないんだぜ?」


 下手な抵抗はさせないとシモンの首に刃が近付く。


「ぐっ……」


 デュークとヒューイは暴れ狂うリュエルと戦いながらも、なんとかシモンの元へと辿り着きたい。


 だが気を取られていると、全滅しかけない状況にシモンは叫ぶ。


「デューク! 俺なら大丈夫だ。その兎の獣人を倒せ!」


「に、兄さん!? ダメだ!」


「このままじゃ、こちらが全滅する。だから最善の手を取ろう」


「最善だと?」


「お前はその兎の獣人や五星教、そしてアルビオから情報を集めろ! 俺は何とかして内部から情報を集める」


 リュエルがアルビオを知っている口ぶりから、何かしらの情報は得られると踏んだのだ。


「おいおい。それを俺の前で言うのかい?」


「はは、耳が痛い。だけど最善手はこれしか思い付かなくて……」


 おそらく抵抗したとしてもザーディアスとの実力さがあることはわかってる。


 増援である五星教はリュエルに阻まれ、デュークは体力のピークに達そうとしている。


 仲間であるネイとヴィは酒場に置いてきており、この広場のいきさつから、これ以上の増援も期待できないとすると、必然的に自分が大人しく捕まり、ザーディアスをこの場から遠ざける選択が望ましいと判断。


「さあ、行きましょう。ザーディアスさん」


「……いいだろう」


 次元空間が広がると、二人はその中へと入っていく。


「――ふざけるな、兄さんっ!! くそおっ!! 邪魔をするな!! クソ兎!!」


「邪魔をしているのはお前だ!! さっさと捕まればいいものをっ!!」


 意識がデュークに向いている隙にヒューイは手放した雪兎を掴み、素早く抜刀の構えを取った。


「逃がさない」


「おっ? やべ」


 ヒューイの視線の先はザーディアス。


 ヒュッと姿を消すとザーディアスに斬り込んでいた。


 リュエル以外の人間がその方へ視線が向いた。止められるのではないかと。


 だが、


「――っ!?」


「ふー、危ない」


 ザーディアスの大鎌の持ち手の先で横っ腹を突かれていた。


(ば、馬鹿なっ!?)


 横からの攻撃などあり得るはずがない。


 抜刀の構えを取り、向かう前に周囲を見ていた。ザーディアスとシモンが向かった次元空間以外に障害も伏兵の気配もなかった。


 というよりこの見通しの良い噴水広場で、身を隠して横から攻撃できるなんてことはないし、建物からこちらを覗く気配もなかった。


 だがヒューイには情報が少なかったのだ。


 横っ腹を押され、バランスを崩し、倒れかけているその時、攻撃されたであろう場所には、


「!?」


 ザーディアスの持ち手くらいの小さな次元空間が出来ていたのが見えた。


「悪いな、嬢ちゃん」


 ザーディアスは別の次元空間を作り、大鎌の持ち手の先端部分だけをヒューイがその長剣の攻撃範囲であろう箇所に移動するところを見計らって展開、攻撃したのだ。


 ヒューイを含めた五星教は闇殺しの異名を持った元組織ではあるが、闇属性持ちの能力を詳しく知っているわけではない。


 むしろ闇属性とわかるや、調べもせず殺していたツケである。


 クルシアの時と同様である。


 あの当時よりは情報は集めたにせよ、熟練の実力者であるザーディアスの能力、駆け引きには及ばなかった。


 さすがにこれ以上の不意打ちは通用しないだろうと、ザーディアスはシモンと共に消え、次元空間も閉じられた。


「待てぇっ!! ……くそっ!」


「すまない、逃した」


「……ならばせめて彼女から情報を――」


「得られるわけないだろっ! こんな人の話を聞かないイカれ兎から!」


 シモンを(さら)われた怒りに身を震わせながらも、中々正論をつく。


 狂戦士(バーサーカー)モードでなくても、そもそもクルシア以外は辛辣な態度が目立つ。


 そんな獣人から情報など得られるはずがない。


「だからザーディアスの野郎、わざわざこいつは回収しなかったんだ。こいつからは情報の取得はできないと踏んでな!」


 周りの一同もこの状態(バーサーカーモード)からそう判断をつけた。


「だからと言って、諦めるわけにもいきません」


「当たり前だ! 兄さんの想いを無駄にできるか!」


「さっきからごちゃごちゃと……耳障りなのよ! 目障りなのよ! 大人しく二人揃ってダーリンの元まで連れていかれなさい!」


 シモンが連れ去られたことには気付いていないようだ。


「わかりませんね。あの男にそこまで固執する意味が――」


「それもダーリンの悪口ね! このメス豚魔術師がっ!」


 会話が成立するはずもなく、ヒューイとデュークを簡単に通り過ごすと、既に拳で殴りかかっていた。


「――ミナール!」


 珍しく焦ったヒューイの叫びが響き、側には駆け出す部下達もいるが、間に合いそうにない。


 魔法障壁も間に合うはずもなく、バッと咄嗟に腕でガードを取るが、おそらく簡単に殴られるだろう。


 ギュッと目を瞑ると、バシンっと拳を受け止める音が木霊する。


 痛みはなく、そっと目を開けるとそこには、肩出しの服装の背中が見えた。


「ネイ!」


「ぐっ、くうぅああああっ!!」


 拳を受け止めたネイは、そのまま引き寄せると渾身の一撃を打ち込む。


「――おぐおっ!?」


 如何に強固な身体のリュエルでも格闘家であるネイの渾身の拳の腹パンはキツい。


 目の前がぐらっと揺れると、そのまま吹き飛ばされる。


「ネイ! 何故来た!?」


「心配になったから来たんです。来て正解でした。今の獣人はなんです?」


 リュエルの拳を受けた右腕はだらんと力無く垂れている。


 鍛え、魔力を帯びた腕でもリュエルの攻撃を受け止めた代償はあったようだ。


「ただの頭のおかしいイカれた兎だ」


「そ、そうですか。ザーディアスという方は?」


「……兄さんを(さら)って消えた」


「――!? そ、そんな……」


「来るならもっと早く来い!」


「や、八つ当たりしないで下さい! 貴方が酒場にいるように言ったんでしょ!?」


 すると遅れてほろ酔い状態のヴィも現れた。


「もう〜、何なのよぉ。人が気持ち良く寝てたってのにぃ〜」


「余計なのまで連れて来やがって……」


 危機感がまるで無いと舌打ち混じりに文句を言う。


「余計なのって何よ! ネイが緊急事態だからって――」


 デューク達が揉めていると、


「また目障りな人間がうじゃうじゃと……しかもメス臭をぷんぷん放ちやがって……」


 ゆらりとリュエルは渾身の腹パンなど効かなかったかのように起き上がる。


「そ、そんな!? 結構な拳を打ち込みましたよ!?」


「お前のようなメス豚の拳なんて効くわけないだろ! 獣人の再生力を舐めるなあっ!!」


 言われてみればヒューイが斬りつけた傷も、デュークが細かく与えていた傷もほとんど見当たらない。


 獣人は確かに人間よりも自動治癒能力は高いが、それでも再生速度が早すぎる。


「あぁああああっ!!!! 死ねえっ!! そこのクソ野郎以外、全員くたばれっ!!」


 殴られて多少は冷静になったのか、連れ去る対象(デューク)を思い出したようだ。


「殺されるか」


「加勢します」


 ヒューイとネイが対抗する中、デュークはミナールに駆け寄る。


「おい、五星教! あの兎のボスの情報を知ってるんだろ? 後でしっかり話せ。喋れんとは言わせない。こっちは兄さんを(さら)われてる……」


「わかっています。ですが、あの状態の彼女をなんとか出来なければ、話すこともままなりません」


 実際、ヒューイとネイも健闘はしているが、


「――きゃあ!?」

「――ぐっ!?」


「どいつもこいつもダーリンの邪魔ばかりっ!!」


 冷静さと語彙力の無い兎に苦戦を強いている。


 小細工無しに殴りかかられる方がなまじ厄介である証明を繰り広げている。


「あの兎からは情報を引き出せん。殺すしかないか」


「……仮に殺すにしてもあれだけの再生能力、生半可な攻撃では通用しませんよ」


 正直ミナールとしては、生きた状態での確保が望ましいと渋ったようにそう語った。


 確かにクルシアを狂ったように想うリュエルが口を割るようなことはないだろうが、それでもあらゆる方法で情報を聞き出すことは可能なはずだ。


 だが最優先事項は命を守ること。


「それならばここの酔っ払いにやってもらおう」


「は? あたしに何させるつもりよ」


「あの兎を全身氷漬けにしろ」


「「!?」」


「傷をいくら負わせても再生するなら、全身氷漬けにして身動きも内臓も停止させればいい」


 ヴィはさすがに抵抗があるとぐちぐちと文句を垂れ流すが、


「そうですね。その手でいきましょう」


「――えっ!? ちょっ……」


「水属性の魔術師各員、氷結魔法用意! 騎士隊は護衛、それ以外の属性魔術師は魔力の支援をしなさい!」


「「「「「は!」」」」」


 特に迷いなく的確な指示を出し、自分もヴィに魔力供給を行なうこととした。


 魔力の供給を指示したのは、あれだけの強さを誇るリュエルに対し、加減など効かないこと。


 もう一つは激しい戦闘をしたせいか、魔力の減衰が酷いこと。


 このままでは仮に氷結魔法を発動できたとしても、リュエルを全身凍らせるほどの上級以上の魔法は難しくなる。


「ああん、もう! あたしは責任取らないからね!」


 事情の知らないヴィは、リュエルが仮に凍死しても責任は取らないとやけくそ気味に叫ぶと詠唱を始めた。


 だがその作戦も詠唱も兎の獣人であるリュエルには丸聞こえで、


「やらせると思いますか? 人間っ!」


 ギュンと氷結魔法の詠唱をする方へ向かう。


「こちらこそ……やらせない」


「貴女の相手は私達です!」


「頭を極限まで冷やしてもらおうか! イカれ兎!」


 邪魔立てを目論むリュエルに三人が阻み、激戦が繰り広げられる。


 そして――、


「――白銀の世界に佇む女王の口づけを拒むこと許さず、その抱擁と愛を受け入れよ! さすればお前の全ては氷の女王の一部となる! 眠れ、永遠(とわ)に! ――アブソリュート・ヴィーナス!!」


 ヴィの上級魔法に次いで魔術師団も各々の氷の魔法をリュエルにぶつける。


 バキバキと辺り一体が凍りついていく。


 前衛で善戦していた三人もその魔法に離れつつも、多少の巻き添いを食らう。


「だ、大丈夫ですか?」


「気にしなくていい。奴を凍らせることが優先だ。それより……」


 リュエルの身体は凍りついていくものの、やはり魔法の威力が多少低いようで、力ずくで凍りついた表面を割って、こちらへ向かって来る。


「あっははははっ!! この程度で私の動きを止められるものかぁっ!!」


「嘘でしょ!? あの獣人、化け物なの!?」


 上級魔法であるアブソリュート・ヴィーナスの凍てつく吹雪の中でも、動きは鈍っているものの向かってくる。


 すると、


「――!?」


「なっ!?」


 デューク達の横から大量の水が噴射された。


 だが水属性の魔術師達はヴィとミナールの部下を含めて全員、氷結魔法の発動中、もしくはインターバル中である。


 水属性の魔法を発動できる人物はいないはずだとその場を全員が振り返る。


「こ、これは……?」


 破壊された噴水から砲台のような形状が突き出ており、そこからリュエル目掛けて水が噴射されていた。


「――皆さん! 全力で氷結魔法を!!」


 そう指示したミナールの仕業だと一同が気付くと、氷結魔法発動中の魔術師達は、魔力を注ぎ込む。


「――いっけえええっ!!」


「なっ!? ば、馬鹿な……!?」


 ミナールの起点で噴水の水を利用する策略で、全身びしょ濡れのリュエルの氷結速度は上がっていく。


 バキバキバキと凄まじい勢いで凍りついていく。


「い、嫌だぁ……」


 急激に身体を冷やされたリュエルの動きの鈍り方も凄まじい勢いで、先程までの馬鹿力も嘘のように発揮されない。


「ダー……リン」


 リュエルは悲しげな表情を浮かべながら、氷像となった。

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