08 一触即発
今まで出会った男性とは違う、貫禄のある大人の色気を放つザーディアスのことをネイは尋ねる。
「お知り合いなんですか?」
「まあね。俺達が冒険者になる時に世話になった方だよ」
「へえー……」
「そうなんだよ、可愛いお嬢さん達。是非、おじさんもこの席に混ぜてほしいな」
ザーディアスは酔い始めてきているネイとヴィに、大人の余裕を見せた柔らかい笑顔で尋ねる。
二人も歳の離れたおじ様に優しくされるのは嬉しいようで、少々顔を紅潮させるが、
「黙れ、スケベ野郎」
「あり?」
後ろから不機嫌そうな声が放たれる。
「あっ、おかえりデューク」
「フン」
「――おわっ!?」
自分の席に座るザーディアスを乱暴にどかすと、床に尻もちをつくザーディアスを無視して、どかっと座った。
「久しぶりの再会だってのに、釣れねえなぁ」
「釣りたいのは女だろ? このスケベ野郎」
「あんたねえ! 失礼でしょ!? シモンから聞いた話だと、冒険者の心得みたいなのを教えてくれたんでしょうが!」
「……お前、兄さんの人の良さをわかってその発言をしてるとなると、簡単に男に攫われそうだな。ま、気にしないが……」
ヴィの警戒心の無さに、ハンっと馬鹿にするように笑って見せると、むきぃっと怒りを露わにする。
「私だって男を選ぶことくらいできるわよ!」
「はいはい。おっさん、この馬鹿なら簡単にお持ち帰りできるから、適当なタイミングで連れていってくれ。やかましくて敵わん」
「んだとおっ!!」
デュークとヴィのやり取りに、ザーディアスは呆れた様子で尋ねる。
「おい。デュークの奴、随分と丸くなったなぁ。あれか? 酒の影響か?」
「あーいえ。素ですよ。あれ」
「ほー」
ザーディアスが知るデュークは、まるで切っ先が鋭く尖ったナイフのような性格で、必要以上の会話は好まないタイプ。
周りの影響もあってか、あまり他人を信用せず、反発的な性格だった。
だから仲間と思われるヴィとのじゃれあいを見るのは中々新鮮だった。
「それで? 何の用だ、おっさん。あの現場にはいなかっただろう?」
おっさんって呼ぶなよと、とある銀髪娘を思い出しながらもまだ本題は濁し、近況を尋ねた。
「現場って何かあったのか? 最近の西大陸は魔物の凶暴化や大量発生が頻繁に起きてやがるからなぁ」
「わかってるなら聞くな」
「まあまあ。俺達はオークの大量発生の撃退任務を終えたところで、その報酬で打ち上げをしてるとこです」
「ほー。オークの大量発生ねぇ。物騒だなぁ」
「そうですか? 下手に攫い屋が潜んでいるご時世より、余程今の環境の方がいいですよ」
魔物の警戒心も強くなっているせいか、奴隷商や攫い屋などは下手に人里から離れたところでの商いはできずにいるのが現状。
「どっちも良し悪しじゃない? どちらにしても迷惑ですよ」
ごもっともだと思う一同。
「まあ何にしてもお前さんらも成長したもんだ。あのガキが大量のオーク狩りに駆り出されるとは、時の流れを感じるねぇ」
「何だ? 見ないうちに老化が進んでいたのか?」
「……おい。この仏頂面さんは目上の人間への配慮ってのが足りんのじゃないか? おじさん、これでもまだ三十代だぞ!」
「後半をつけろ、後半を」
確かに発言はジジ臭いとは感じたが、老化は言い過ぎだろと反論。
「このくらいの中年おじさんの繊細な心をわかってほしいもんだねえ……」
「はいはい。オレ達もその歳になったら理解してやる」
「……お前の弟さん、喋るようになってから随分と生意気になったなぁ」
シモンは苦笑いしていると、その意見には同意するとヴィがザーディアスの肩を叩く。
「そぉなんですよぉ! このガキ、生意気でしてね?」
「お前の方がガキだろ!」
「二歳しか違わないのにぃ、何言ってんですかぁ? バーカバーカ」
酔った勢いでの子供みたいな煽りだが、プライドの高いデュークが癇に障らないはずもなく、
「馬鹿という方が馬鹿なのだ! 貴様にそんなことを言われる筋合いはない!」
「キャハハ! そんなこと気にするアンタの方が馬鹿なのよ。バーカ」
いいように年下に馬鹿にされている姿は中々面白いと、笑いを堪えるザーディアス。
「貴様っ! わ、笑うなっ!」
「――はっははははははっ! お前こそ、見ないうちに変わったもんだよ、ホント」
酔いからではなく、明らかに気恥ずかしさからの赤面顔になると、ヴィとザーディアスはいじり甲斐があると笑う。
「き、貴様らぁ……」
「二人とも、その辺に……」
「そおれすね。そろそろ……」
ヴィは服に手をかけると、ネイが止める。
「ス、ストップ! 脱いじゃダメ!」
「なんでぇ〜? 熱いんらからいいでしょお?」
「ああん、もお!」
熱いからと脱ぎ出すヴィを何とか止めようと戯れ合う二人を見て、
「ほー……お前さんら、俺の教えに従っていい嬢ちゃん達を拵えたんだなぁ」
スケベオヤジ全開で邪な視線を送る。
一方は酔うと脱ぎ癖がある女の子に、面倒見の良く、男性受けの良い容姿の女の子。
「……相変わらず最低のスケベ野郎だな」
「よく言うぜ。どっちかと引っ掛けたんだろ? 酔ってる方はガードも緩そうだしな」
「そろそろ黙れ」
そんなザーディアスの相手をデュークに任せ、シモンはネイと共にヴィの介抱をする。
「まったく。加減くらい覚えてくれ」
ヴィは一度酔うと熱が簡単に貯まるのか、暑さに耐えられず簡単にスポーンと脱いでしまった過去を持つ。
その後は簡単に潰れて倒れるのだが、厄介なのは記憶がないことである。
当人曰く、気付いたらベッドで寝ているとのこと。
だが途中までは記憶があるらしく、お酒が美味しいことだけは都合の良く記憶にある。
だから最近は加減を心がけるよう伝えてはいるのだが、どうにもペースが早かったりする。
そんな簡単に潰れてしまったヴィは、グラスを握ったままテーブルに倒れ込ませる。
「すみません、お騒がせして……」
「いやいや、構わんよ。楽しくお酒を飲んでるようで何より。ささっ、お嬢ちゃんも一杯」
ザーディアスがネイに酒を注ごうとすると、デュークがペシっと手を引っ叩く。
「女を酔い潰そうとするな」
「野暮な野郎だなぁ。楽しい酒の席でしょ? ねえ、お嬢ちゃぁん」
「は、はあ……」
いつの間にか椅子を用意して同席している。
「図々しいところも相変わらずだな」
「お節介焼きって褒めてほしいところだなぁ。色々教えてやったろ?」
「ロクなことを習わなかったがな」
「えっと、ザーディアスさんとはどこで出会ったの?」
ネイは三人が出会った時のことを尋ねると、デュークは不機嫌そうにそっぽを向き、酒を飲んだ。
「出会ったのは王都ハーメルトだ。確か……七、八年前だったか? ギルドに居たところをちょいと話しかけてやったのさ」
「へえー……」
「感心するなよ、ネイ。このおっさん、オレ達を女漁りを目的で誘ってきたんだからな」
「は?」
世話になった人だと聞いていたのに、デュークの一言で印象がコロっと変わった。
「オレは十五で、兄さんは十七だったこともあって、若い女の子とパーティーが組めるように、仕組んでたんだよ」
当時ザーディアスはデューク達にあれこれ理由をつけては、デューク達と歳の近い女の子を冒険に誘うよう指示していたのだ。
お前達は前衛だから、後衛のあの魔法使いの女の子達がいいとか、あのお姉さん剣士は軽やかな剣技が使えそうだ、お前達の参考になるなどなど。
ザーディアスはちゃっかりデューク達の指南役として位置付き、特訓と称してデューク達を遠ざけながら、女の子を口説いていたという。
「そ、そうですか……」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。まるでおじさんが女たらしみたいじゃないか」
ネイがちょっと引いてるじゃないかと、誤解を解くように言うが、
「まさにそう言ってんだよ」
あっさりと断った。
「まあまあ。お陰で俺達は強くなったんだし、冒険者としての基礎だって教えてもらっただろ?」
「そんなもん、このおっさんじゃなくてもギルドの受付でわかることだ」
「また身も蓋もないことを言う奴だ。先輩風くらい吹かせなさいよ」
可愛げのない奴だと、ザーディアスも酒をぐいっと飲んでいると、もう一人の面倒を見た方は誤解を解こうとする。
「でもザーディアスさんのお陰で露頭に迷わなかったのも事実なんだ。魔物への戦い方は勿論だけど、冒険者をやっていく上での人とのやり取りなんかを教えてもらったりもしたんだよ」
「露頭に迷う……?」
ネイは二人とパーティーを組んで長いが、冒険者になった理由を知らない。
聞いたことはあったが、いつもはぐらかされてきた。
だが兄弟二人で冒険者をやっていること、そして今の発言からネイの持っていた考えが正しいのだと気付く。
兄弟二人、孤独の身となったということ。
これ以上、聞くのは酷なことだと表情を沈めていると、
「嬢ちゃんの思ってることは多分違うぞ」
「えっ?」
「この二人が勇者の子孫ってのは知ってんだろ? 一番下の弟が勇者の能力を得たってんで家庭が崩壊してな、家出してきたんだよ。この二人……」
「ええっ!?」
予想外の答えに表情がコロっと変わり、かなり驚いてみせた。
「ふ、二人とも、勇者様の子孫だったの!?」
「あれ? 話してねえのか?」
「……当たり前だろ。言えるか馬鹿が……」
周りの反応への苛立ちは勿論だが、弟への嫉妬もあったのだ。そんなみっともないことを仲間には話したくないものだ。
「今まで隠しててごめんね。……俺達は当時、今勇者って噂されてるアルビオが贔屓されている空気に耐えられなくなってね、家を出て冒険者として生きようと決めたんだけど……」
「それが上手くいかなかったところに、ザーディアスさんが話しかけてきたと?」
「そうそう。ザーディアスさんがいなかったら、俺達は今頃どうなってたことか……」
「もう少し真っ当な人間になってたかもね」
「言うなぁ、デューク」
せっかくのいい話を濁してくるデューク。
「失礼だろ、デューク。俺達に今があるのはザーディアスさんが色んなことを教えてくれたからなんだぞ」
「余計なことまで教わったがな」
冒険者としての振る舞いだけでなく、女の誘い方なども当時教わっている。
当時を振り返ると、気付かなかった自分が情けなく感じてしまう。
「何を言うかねぇ。そのお陰でこんな可愛いお嬢さん方とパーティーが組めてるんだろうが……」
「そんなんじゃない!」
「おじさんなんて、可愛がってる連中は全員野郎だぜ? はあ〜……」
「ん? 他にパーティーを組んでるんですか?」
「パーティーを組んじゃいないが、どうにも放っておけない連中がいてな」
アソル、ラッセ、クリルの三人のことである。
「ポンコツ過ぎるから目が離せなくてな。なんつーか、親心的な?」
「やっぱり老化してきてるじゃないか」
「――老化って言うんじゃねえ!」
捻くれているデュークに対し、ザーディアスも捻くれて返す。
「ま、その弟さんの最近の活躍は目覚ましいがな。お前さんらも冒険者なら情報くらい入ってんだろ? ん?」
アルビオに強い嫉妬を覚えていそうなデュークに、わざとらしく言い聞かせると、ギロっと睨みながら無言で酒をグビグビと飲んでいる。
「頑張ってますよね、アルビオ。魔人事件の話や南大陸での天空城でしたっけ? あれの落下から人々を守ったとか……」
「らしいな。しかも凶悪な殺人鬼ともやり合ったなんて噂もある」
「さ、殺人鬼……」
昔のアルビオを知る二人からすれば、信じられない話だ。
ハーメルトの王族や両親におだてられてやったにしては、出来過ぎているとさえ、デュークは考える。
「さすが二人の弟さんで勇者の能力を継いだ子ですね」
「「……」」
デュークとシモンはその褒め言葉に対し、無言になった。
特に遠くを見るように黄昏るデュークを見て、今の発言を考えると、
「あっ! ああっ! ご、ごめんなさい! そういうのが嫌で家出したんでしたっけ……」
アルビオが勇者の力を持つことに贔屓にされ、比べられているような感覚があったからなんだと気付く。
するとシモンが申し訳なさそうに微笑んだ。
「大丈夫だ。今はそんなに気にもしてないよ。……確かに昔は思うこともあったけど、きっと力を持ったら持ったで大変だっただろうしね」
「フン!」
「ま、シモンはともかく、デュークが酷かったからなぁ〜」
「だ、黙れ!」
「今でも思い出すぜえ……十五のガキが七歳児に嫉妬する光景がな」
「黙れと言っている!」
ザーディアスは出会った当初の頃を、ひけらかすように煽る。
「――あの馬鹿な大人達にわからせてやるんだ。勇者の才能も精霊の力があったとしても、あの泣き虫がオレに勝てるわけがないってな。だったか?」
「この……!」
恥ずかしい過去をバラされ、ザーディアスを捕まえようとするが、ひょいひょいと躱されてしまう。
「そんなことを言ってる時点でお前さんが弟に負けてるって宣言してるのにな! ぷぷっ」
「この腐れオヤジがあっ! 丁度いい……どれだけオレの腕が上がったか、その老体に鞭打ってやるっ!」
デュークは側に置いていた自分の武器である剣の二本のうち、一本を手に取ると、スラァーっと意味深な抜き方をする。
「ちょっ!? ストップ、デューク! ここ街の酒場なんだから、喧嘩はダメ!」
ギルドが運営している酒場なら、多少のいざこざは目を瞑られるが、街酒場では話が違ってくる。
先日まで味方だった五星教や衛兵などが捕まえにくる。
「ザ、ザーディアスさん? ところでパルマナニタまで来られた用件は? 俺達、この後の仕事はまだ決めてないんで、ご一緒できますよ?」
怒りに興奮冷め止まないデュークをどうどうと鎮めながら尋ねると、ザーディアスはどかっと椅子に座り直す。
「それは助かる。正直、俺の用事はお前さんらだからな」
「!」
「そ、そうなんですかぁ……」
シモンはまだ意図するところがわかっていない様子で、間の抜けた返事をする。
「オレ達が勇者の子孫だからか?」
「えっ!? そ、それって……」
デュークはザーディアスが誰からの使いなのか、推測を話す。
「ああ。ハーメルトの王族からの依頼か……」
出て行って以来、王都ハーメルトには近付かないようにし、追手も撒くようにしていた二人。
デュークは今更戻る気もない考えだが、
「ねえ、デューク? そろそろ戻ってみない?」
「兄さん……」
「デュークの意地もわかる。だけどさ、いつまでも向き合わないのもどうかと思うな」
「オ、オレは別に……」
シモンに言われなくてもわかってるデューク。
年月を重ねるごとに、くだらない理由で家出したことを理解している。
本当に辛いのはアルビオだったということも。
だが単純にどんな顔をして帰ればよいか、どんな口実で帰ればよいか、わからないというところもある。
ザーディアスに連れ戻されるのもなんだかカッコ悪い。
「……兄さん。ちょっと考える時間をくれ。それでいいだろ?」
正直、シモンは巻き込むようなかたちで一緒に出て行ったこともあり、兄シモンの意見を尊重する。
「デューク……! ああ、そうだな。前向きに考えよう。アルビオも頑張ってるみたいだし……」
「アイツは関係ない……」
「はは……」
どこまでも素直になれない弟に、微笑ましく笑ってしまうシモンは、ザーディアスに返答。
「ザーディアスさん。陛下には前向きに検討すると伝えてくれませんか? 必ずとは言いませんが、戻る――」
「おいおい、勝手に話を進めないでくれ。俺はハーメルトの王族の使いじゃないぜ」
「えっ?」
ニッコリと微笑むザーディアスから予想が外れた発言を聞く。
思わず固まる二人をあわあわと慌てるネイ。
「き、きっと守秘義務とかなんだと思うよ。ほ、ほら王族からの依頼なんて、そんな簡単に話せないことでしょう?」
デュークはその発言の意味を、ザーディアスの様子を窺いながら考える。
余裕のある笑みを浮かべながら、こちらの発言や行動を待っているようだ。
そして――、
「!?」
考えた末に嫌な予感が過ったデュークは、
「ネイ、ヴィと一緒にここにいろ。絶対に第三者の目につくところにいろ。いいな!?」
「えっ? えっ?」
そう忠告すると、血相を変えたデュークの考えがわかっていないシモンの手を乱暴に取る。
「――兄さんっ! 逃げるぞ!」
「は? えっ? デューク!?」
そのまま酒場の窓から身軽に外へと飛び出すと勘定と叫ぶ店員を置き去りに、街を駆け出す。
やれやれと頭をかいて、その店員に勘定を渡すザーディアスは、ネイの方を振り向いた。
「悪いんだが、お宅のお仲間……ちょっと借りるよ」
――とりあえず距離を取ろうと駆け出す二人だが、デュークの行動に答えが見えていないシモンは尋ねる。
「ど、どういうことだよ、デューク?」
「鈍いな兄さん。オレ達が勇者の子孫だってことを知ってる人間は少ない」
アルビオの注目度が高かったせいか、故郷であるハーメルトでも知っている人間は少なかった。
デューク達自身も仲間にすら打ち明けないほど、勇者の子孫であることは隠していた。
「た、確かにそうだが、それがどうした? ザーディアスさんほどの冒険者なら俺達の正体を知っている人間と知り合いくらいいるだろ?」
「そこまでわかっておいてわかってないのか、兄さん。鈍過ぎるぞ」
「は?」
「ザーディアスはどうやってSランクの冒険者になったか、知ってるだろ!?」
ザーディアスから濁されながらだが、話してくれたことがある。
自分は空間系の魔法を使えることから、まあ色々とと誤魔化しながら語られた。
黒ずくめに暗殺に向いた能力である空間系の魔法。
国のお偉いさんから裏での暗躍組織まで、表沙汰にできないような人物との関わりが簡単に想像できた。
「そ、そうか。今、ザーディアスさんのバックにいる人間がわからないから、逃げてるのか?」
「ああ。しかもロクな人間じゃないことも想像できる。勇者の子孫と言えば聞こえはいいが、アルビオを誘き出すための餌にされる可能性が高い」
自分達はアルビオのように勇者の力を授かったわけではない。
だから攫う理由としては上記以外にも、ハーメルトへの脅しに使われる可能性もある。
とにかくアルビオ絡みである可能性が高いことを考えれば、素直に捕まるわけにはいかない。
「でもネイ達を人質に取られる可能性は?」
「それは大丈夫だと思う。あのおっさんは裏仕事を請け負うことから、悪目立ちするような行動は控えている。女を攫い、人質に取るような真似はできないだろう」
実際ザーディアスが騒ぐのは酒の席くらい。
酔っ払いなら記憶は曖昧だし、そもそも他人をそんなに気にして酒の席につくこともないだろう。
「それで? どこまで逃げるつもり?」
「確かこの街には住民どころか観光客まで近寄らない噴水広場があるはずだ。そこまで行こう」
そこはかつてクルシアが住民の血で染めた噴水があった広場。
だが二人はその噂など知らず、戦いやすい環境だとたどり着いた。
先程までは明るく夜を照らす街の灯りがあったものが一転、噴水広場に近付くにつれて灯りが消えていく。
その暗闇にシルエットとして君臨する噴水は、どこか閑散としているように映っている。
「あ、あのさ。ザーディアスさんとこんな広いところでやり合ったら、それこそ勝てないよ」
「あのおっさん相手に死角の多い場所で戦うより、よっぽどマシだ」
空間系の移動を簡単にできるザーディアス相手であれば、ラセルブ山脈や付近の魔物の生息域に移動する方が危険である。
ましては夜間である。
簡単に逃げ出すことのできるザーディアスより、自分達の方がその領域へ逃げた時のデメリットが大きい。
二人は武器を構えて辺りを警戒する。
「ここで迎え撃つ」
「わ、わかった」
すると案の定、簡単に追いついて現れた。
「まさかここに逃げるとはな。てっきり街の外まで行くと踏んでたんだが……」
「おっさん、あんた相手にそんなところへ逃げられるかよ」
「ま、それもそっか」
するとザーディアスは武器にかかった布を取り払うと、折り畳み式の大鎌の刃が顔を上げる。
そして人ひとり分の空間の穴を切り出すと、
「さ、リュエルの嬢ちゃん。仕事のお時間だ」
桃色髪の兎の獣人が姿を見せた。
「やっとですかぁ? 待ちくたびれ……お酒飲んでましたぁ?」
酒の匂いがしっかりとすると、鼻をひくつかせる。
「硬いこと言うなよな。おじさんには英気を養う必要があんの!」
「ダーリンの仕事が最優先! 貴方の英気なんて知りません」
「相変わらずだなぁ。おじさんにも優しくしとくれよ」
デューク達はその他愛無い会話をする二人を見て、事の危険度が上がっていく。
「おい、デューク」
「わかってるよ。あの兎もヤバそうだ」
リュエルとの会話をそこそこに、ザーディアスは二人に軽く微笑む。
「しかしお前さんらも味な場所に来たもんだな」
「なに?」
「この広場のこと、知らねえのか? ここはかつて――」
「興味ないので、さっさと仕事にかかりますよ」
ザーディアスの与太話はもういいと、巨大な石斧を構えるが、
「あれ? ここがクー坊の故郷だって知らねえのか?」
「――っ!? そ、それはホント!?」
リュエルは丸い尻尾をフリフリと振りながら、食い気味に尋ねる。
中々新鮮な反応だと面食らいながらも、
「あ、ああ。この広場だって、クー坊の影響で誰も近寄らなくなった場所だからな」
「そうぉだったんですかあ〜っ! はぁあん!!」
そう話してやると、噴水広場をぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「街の真ん中にあり、素晴らしい造形をされているはずの噴水広場に、夜とはいえ不自然なほどの静けさ。孤高を象徴するような振る舞いを見せる噴水は、我が道を進むダーリンのよう……」
その褒め言葉と異様なテンションの高さにドン引きのザーディアスに、目を輝かせながら尋ねる。
「それで? この噴水広場ではどんな偉業を?」
「偉業じゃねえよ。クー坊が初めて殺人を犯した現場だ。しかも大量殺人」
「「!?」」
「そうなんですかぁ!」
デュークとシモンは真っ青な表情をする中、クルシアに心酔しているリュエルは歓喜する。
「ああ……ここがいわばダーリン始まりの地。無価値な人間の精査はここから行われたのですね! はあぁん!」
歓喜に身を震わせる兎の獣人を見て、背筋が凍った。
そしてそれを簡単に受け流しているザーディアス。
「……逃げたのは正解だったな。アンタにはついて行けない」
バックにいる人間があまりにも悍しい存在であることに気付いたからだ。
ザーディアスが明言しなくてもわかった。
「は? 決定権は貴方達にありませんから。ダーリンが連れて来いと言われたら来るのが道理です。大人しくついてくれば痛い目に遭うことはありません」
珍しくクルシア以外の男に愛想良く笑顔を振る舞うが、それを打ち消すほどの巨大な石斧を見ると、愛らしい態度を取られても簡単に吹き飛ぶ。
「行くわけないだろ。馬鹿なのか? イカれ兎」
「そうですか……」
その返答に戦闘の意思ありと判断。
ぶぉんぶぉんと石斧を振り回す。
「この二人は私の獲物です。ザーディアスはそこで見ていてくださいね」
「上機嫌だねぇ」
「当然です! ダーリンの故郷でダーリンに与えられた仕事をこなす! この聖地であれば私は無敵です!」
ザーディアスが戦う素振りを見せないことに多少の安堵を覚える。
やはり空間魔法を使われる厄介さは、出会った当初から知っていたこと。
実際、店から逃げ出した理由もそこだ。
あの辺り一体を空間で丸呑みされれば、それまでである。
デューク達はザーディアスが作れる空間魔法のキャパシティを知らないが、警戒するに越したことはないだろう。
とはいえ空間魔法の媒体となっている大鎌は装備しているため、
「兄さん。あの兎の相手はオレがやる。おっさんの見張りは任せていいか?」
「大丈夫か? あの兎、相当強そうだが……」
「あのおっさんを警戒するためにはやむを得ないだろ? それとも兄さん、あの兎を相手取りながらオレのサポート、見張りまでできるか? オレは無理だ」
そう言われるとシモンも無理と判断。
「わかった。気をつけろよ」
「兄さんも……」
「あのぉ? 決定権はそちらにはないと言いました! 抵抗するのは結構ですが、ある程度の覚悟はして下さいね」
「おーい、リュエル嬢ちゃん。クー坊は……」
「言われなくてもわかってます! ですがまあ、手足くらいなくても生きてれば問題ないでしょう」
勝って当然と言わんばかりの発言の数々に、
「さっきから黙って聞いてれば……舐めるなよ。イカれクソ兎」
見下すのも大概にしろと、こちらも敵意を剥き出しにする。




