06 思い込めた平手打ち
――一方でハイドラスと別れたアルビオとシドニエが居住区へと向かう帰り道。
「少しは落ち着けますかね。ご両親は大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫だと思います……」
シドニエの複雑な心境を考えると、他愛無い会話が続けられる。
「そ、そのアルビオさんは大丈夫です? 異世界人の血が通っているから……」
まさかシドニエから振られるとはと驚くが、正直他人事ではない。
異世界という未知をクルシア達がどこから調べるかなどは、結局向こう次第。
しかも戦力は向こうの方が上だ。
しかも異世界人としての知識と魂を保有しているのはリリアだが、肉体や遺伝などはアルビオ達の方が持っている。
狙われる可能性が高いのはどちらかと言えばアルビオ側である。
「そうですね。一応そのあたりも考慮して対策をとられるそうですが、相手が相手ですからね……」
「そ、そうですね……」
中々会話のキャッチボールが進まない二人を見かねて、
「そんな弱気なことばっか言ってんじゃねえよ! あのクソ野郎共をぶっ飛ばしてやんだろうがあっ!」
フィンが喝を入れるように怒鳴り込む。
「そうだね。そのためにリリアさんはご自身を囮にするような手を打たれたわけですから……」
「リリアさん……」
明らかに何かを含んだような物言いに、
「お前、さっきから何だよ。そんなに落ち込んでよ」
精霊であるフィンにはシドニエの悩みの種などわかるわけもない。
「まあまあ。色々思うことはあるよ。僕だってそうさ。勇者が異世界人だったなんて……」
「それってそんなに問題なのか? 俺にはさっぱりだ」
そんな空気を読まないフィンの横にルインが現れる。
「人間は我々と違い、複雑なのですよ。ご理解なさい」
「そんなもんかねえ……」
「……実際ルイン達はどう思ってるの? 異世界人のこと……」
いざ訊かれるとどう答えればいいのか。
フィンは特に深く考えないので別にと答えたが、顕現して現れていたルインはアルビオを元にこう答えた。
「私達にとっては霊脈の有無の差しかありませんね。人精戦争が終わった後、この世界の人間からは霊脈を切断しましたからね。だから俗に言う異端者というべきでしょうか……?」
「異端者……」
「本来ならば強く警戒せねばならないのだと思いますが、大精霊様のお話を聞く限りは、異世界人というのは悪くはないようです」
切ったはずの霊脈を持つ人物、それもまた未知の存在。
精霊は人間ほど異端を嫌う種ではないが、人精戦争で他種からの関わりを絶ってしまった。
だが、
「私達もどこかでまだ繋がりを修復しようと思っているのかもしれませんね。ですから、その話に聞く勇者の子孫である貴方に尽くしたいと考えたのかもしれません」
「それは運が良かったからかもしれんぞ」
その解釈に意を唱えるのはヴォルガードだった。
「確かに大精霊様と手を組まれたケースケ・タナカは良い人間だった。だがあの娘の記憶を見る限り、向こうの世界の人間もそう変わらないようだぞ」
「どういうことだよ?」
ヴォルガードは鬼塚の記憶から、歴史の授業やテレビの映像からその情報を読み取った。
こちらの世界では難しい違法については解釈ができなかった様子だが、かつては大きな戦争があり、同じ人間にも関わらず、育った国が違うだけで殺し合ったり、植民地の奪い合いによる歴史を語る。
一番胸を痛めたのは核爆弾の話だとヴォルガードは語った。
鬼塚は中学の修学旅行に原爆資料館へと行っていた。
その時の悲惨さを目の当たりにしたという。
火の精霊としてはあまりに悍しく映ったという。
「あれだけの物が魔法ではなく、人の手で直接作られた物だと考えると、中々恐ろしい話だ」
「要するには向こうもこっちも奪うことに躊躇のない人間はいたって話だろ?」
「そうだ。どちらの世界でも人は愚かしいということだ……」
寂しそうにする人間二人だが、
「そのような顔をしなくてもいい。二人だけでなく、あのお嬢さんも悪い人間ではないことは理解できる。我が言いたかったのは、運が良かったのだと言いたかったのだ。ケースケ・タナカもカペイ・オニヅカもとても素晴らしい人間だった。だが向こうにもクルシアのような人間がいたかもしれない。それを考えると、本当に運が良かった」
二人はリリアやヴォルガードから聞いた向こうの話を思い出す。
「そうですね。向こうの技術がこちらで悪用されれば、また争いが起きかねない」
「リリアさんも言ってましたね。自分の世界の情報は毒だって……」
「だからこそあのクソガキに異世界をどうこうさせるわけにはいかねえ。こっちからもそうだが、あっちからも訳わかんねえ奴を引っ張られても困るからな」
クルシアの卓越した話術で唆されるケースは今までも見てきた。
「そうだね」
「そうだねじゃねえよ。そんな気合を入れなきゃならねえのに、締まりのない顔しやがって……。性別だの異世界だの気にすることじゃねえだろがっ!」
「お前のように単純ではないのだ……」
「んだとっ! ヴォルガード!」
デリカシーがないと他の精霊達もフィンに言い聞かせていると、ふと疑問が浮かんだシドニエはそろっと手を上げて質問する。
「あ、あの精霊さんにも性別がありますよね?」
「「「は?」」」
顕現しているフィン、ルイン、ヴォルガードは一斉にシドニエに振り向き、ビクッと反応。
「ありませんよ、我々に性別など……」
「そ、そうなんですか?」
「うん、そうだね。僕も小さい頃に聞いたことがあるけど、無いみたいだね」
だがどの精霊も姿通りの性別の声をしていることに、どうも信じられない様子で首を傾げていると、フィンが鼻息を鳴らして語る。
「あのな。性別が必要ないからないんだ。この姿だってアルが親しみやすいように姿を変えたものなんだ。なろうと思えばどんな姿にでもなれるさ」
威厳がある姿にだがなとフフンと自慢げに話すと、
「ならば女の姿にもなれるんだろうな?」
まさかのヴォルガードからのツッコミ。
「はっ! あったり前だろ? 見てろ……」
するとフィンは風で全身を覆い隠すと、瞬時に女性特有の身体付きになる。
「ほれ見ろ」
身体の小ささが変わらないせいか、いまいち変化が見られない。
元々女顔の少年だったせいもある。
だが腰のつき方や微妙に顔付きが女性よりである。
「「?」」
とはいえアルビオやシドニエはあまり変わっていないと小首を傾げた。
「おい! 何だ、その顔はよっ!」
「あっ、声も違う」
「おう! 変えてやったぜ」
「く、口調は変わらないんだ……」
「うるせー」
これではただのおてんば娘であると、他の精霊達から笑われると、
「だったらてめーらもやってみればいいだろ? アルビオのイメージがある以上、そうそう変化も難しいぞ!」
妙な話になってきたとアルビオは苦笑いする。
「まあまあフィン。その辺にしとこ」
「でもなんで性別が無いんです?」
「それは簡単です。我々の出生が交尾によるものではないからです」
急に生々しくなったと思う反面、ルインのその説明にも納得がした。
魔力による思念体である精霊がそのような行為などに及ぶ必要がないのはわかる話。
精霊は大精霊が生み出したり、魔物とは違う魔力溜まりから生まれたりする。
魔力の思念体である精霊達に性別の概念自体ない。
「ですから貴方の悩みもしっかりとはわかりませんが、やはり元の性別や個性とは違うと色々と思うこともあるのでしょう?」
するとシドニエは申し訳なさそうに、ヘコッと頭を下げる。
「あの、僕別にリリアさんの性別がどうとかで悩んではいませんよ」
「「「「!?」」」」
その発言に一同は驚く。
「えっ? てっきりリリアさんの正体が男性だったことに考えてたのかと……」
リリアの話を聞いてからずっと塞ぎ込むように悩んでいた様子から、みんながそう考えていた。
「そ、それはまあ驚きもしましたし、思うことがないわけではありませんよ。でも……リリアさんはリリアさんですから……」
その答えに迷いはないと表情が語っている。
「ならなんで塞ぎ込んでたんだよ?」
「そ、それはこの先の戦いが不安だっただけです」
「えっと南大陸では大活躍だったじゃありませんか」
アミダエルを真っ二つに裂いたのはアルビオだったが、その間の陽動や作戦なんかはシドニエだったと話す。
「あ、あれは運が良かっただけですよ。皆さんのサポートもあったし……だけど今回はそうもいかないかもしれない。あんな人達に対抗できるのかって……」
素直にリリアが守れないのではないかという不安があったのだと話すと、
「だからっ、シャキッとしやがれって言ってんだろ? 気持ちで負けてどうする?」
「そ、それは……」
「言い訳すんなあっ!!」
「は、はいっ!?」
無理やり元気付けさせるフィンを横に追いやる。
「フィンも本当に変わったね。最初はあんなに人間嫌いだったのに……」
「なっ!? お、俺はだな、うじうじしてるのが見たくなかっただけだ」
そっぽを向いて照れ隠しをするフィンに、はいはいと返事をする。
フィンは勿論だが、他の精霊達も変わってきたように感じる。
こんなにも人間のことをよく見て、励ましたり、悩んでくれたり、怒ってくれたり。
この先の未来もこのように変わっていけるのではないかと感じるほどである。
「……確かに不安ですよ。僕だってバザガジールを相手にすると、今でも身震いが止まりません。ですが、守るべきものがある僕らは、きっと彼らより強くなれますよ。だから大丈夫!」
「アルビオさん……」
根拠のない精神論を語るなんてと思った反面、それが人の強さなのだろうとシドニエも実感していた。
アミダエルがリリアへと迫った時、自分がそれを受け止めたことがその証拠だろう。
正直、あの時の感覚をあまり覚えてはいない。
「シドニエさんだってリリアさん、守りたいんでしょ? 男として……」
「――っ!? えっ!? あー……えっと……」
わちゃわちゃしながらも赤面しながら、アルビオな
らいいかと素早く縦に頭を振った。
「わかります。自分を変えてくれた方を守りたい気持ち。僕もそうなんですよ」
「えっ? アルビオさんも?」
「はい。当時を考えると、今こうして話せていることが不思議なくらいです」
「だな。あの眼鏡の嬢ちゃんと会うまで、あの王子の後ろにくっついてただけだもんな」
「コラ、フィン」
シドニエがふと頭に浮かんだのは、北大陸で一緒に旅をしたルイスが浮かぶが、女性陣の中で眼鏡をしているのはリュッカだけである。
「!?」
シドニエは驚きが言葉にならないようで、びっくりした様子でアルビオを見入っている。
「僕はその……リュッカさんの言葉から変わることができました。だから僕は自分を変えてくれた人に報いられるよう、努力しているつもりです。貴方もそうだったんじゃないですか?」
シドニエは自分と同じ心境にいることに感動している。
落ちこぼれと罵られては、心に傷を負いながらも研鑽してきた日々。
それに灯りを照らしてくれたのはリリアだった。
燻っていた自分を引っ張り出して、導いてくれた人。
恩を返したいと思いながらも、想いばかりが膨らんでいた。
気がつけば勇者の憧れと同様までに、リリアのことも考えるようになった。
だからこそ悩んだ。
先程言ったクルシア達のことも勿論だが、自分の正体を明かし、複雑な心境に陥ったリリアのことも気がかりでしかなかった。
「そ、そうです! ぼ、僕も彼女に変えてもらったから、恩返しがしっかりとしたいです!」
「だったらできるできないじゃなくて、リリアさんや仲間のみんなとやるかやらないかじゃないですか?」
「!」
「僕だって貴方に期待してますよ。きっとリリアさんだって……」
アルビオのアドバイスに感銘を受ける。
「一緒に頑張りましょう。僕は誰にも心配をかけさせないようにっ!」
「ぼ、僕はえっと……リリアさんのお力にぃ、じゃなかった。皆さんのお力に……」
「ふふ。別に言い直さなくても構いませんよ」
お互いの意志をしっかり確認したアルビオとシドニエ。
男同士の友情というものがハッキリと感じられた瞬間だった。
「よ、よし。そうと決まれば先ずはこの木刀の修繕をエルクさんに……」
握り拳を作ってやる気を出していると、
「あっ! シドぉ!」
「えっ?」
声をかけてきたのはユニファーニだった。その隣でミルアも見ているが、茫然としている様子だ。
「シ〜ド〜」
だがユニファーニは変わらない様子で迎え入れてくれるようで、笑顔でこちらへと駆けてくる。
「ユ、ユファ。その、久し――」
「この大馬鹿野郎があっ!!」
油断していたシドニエの顔面を思いっきりビンタをかまし、その勢いでシドニエは後方へ吹き飛ぶ。
それを隣で見ていたアルビオは、ギョッと大きく鳥肌を立てながら驚く。
「あ、あの……」
「そりゃあある程度の危険はわかってたけどさ、戦争に巻き込まれてたなんて、心臓に悪いことしてんじゃないよ!」
ユニファーニは本気で怒鳴ってくれた。
その殴られた頬を撫でると、その痛みと熱でどれだけ心配してくれたのかを理解した。
そして無事な姿を確認したミルアも堪らずに駆け寄ると、ユニファーニとは違い、シドニエを確かめるように抱きしめた。
「良かったぁ。……無事だったんだね」
それに応えるようにシドニエもそっと抱きしめ返した。
「ごめんなさい。心配かけさせて。ただいま」
ユニファーニは殴ってスッキリしたようで、
「アルビオさんもおかえり。無事で何よりだったよ」
「お、お久しぶりです。はい、このとおり無事です」
ニコッと笑顔で出迎えてくれたが、強烈なビンタにアルビオたじたじ。
「二人共待っててくれたの?」
「まさか! たまたま様子を見に出たらいただけよ、ね?」
「う、うん……」
だがミルアの目の下には薄くくまが出来ていた。
上手く寝付けなかったようだ。
「ごめんね。こんなに心配かけるだなんて……」
「戦えるようになったとはいえ、あんまり無茶ばっかしないでよ。これでも目ぇかけてた幼馴染がいなくなるとか勘弁してよ」
「う、うん。そだね……」
今後のことを話しづらそうに返答すると、
「……もしかしてまだ解決してない?」
アルビオとシドニエがビクッと反応すると、ユニファーニはジトーっと威圧の眼差しを向ける。
「じ、実は――」
二人はユニファーニ達にリリアが狙われていることを説明した。
「あの人、今度はリリアちゃんを狙うだなんて……」
二人はシドニエ同様、クルシアと対峙していたことから、脅威であることは重々把握している。
「ま、待ってシド。あの人ともう一度戦うの?」
「えっとクルシアはリリアさんの契約魔法でしばらく動けない状態が続くため、今すぐではないよ」
「そういう問題じゃなくて、戦うの?」
ミルアはいつも以上に気遣って心配してくれている。
その潤んだ瞳は行かないでと訴えるようだ。
正直、泣きつかれると弱いのが男の性だろうが、
「ご、ごめん……」
「……!」
ミルアの想いが届かなかったのか、シドニエは丁重に答えた。
ユニファーニも再び機嫌が悪くなる。
「さっき平手打ちまでしたのに、アンタはあっ!」
「――わああああっ!? 待って待って! ちゃんと理由! 理由あるから待って!」
二人は納得のいく理由を聞こうじゃないかという構え。
「リリアさんはあることが理由で狙われることになったんだけど、それはリリアさんが望むかたちじゃなかったと思う」
二人は狙われることだけ聞いているため、その理由も気になるところだが、わざと隠している以上はとりあえず聞き流すことにする。
「そしてリリアさんはそこについて思い詰めていた」
異世界人であること、その正体がバレてしまったことに。
「だけどマルキスさん達のおかげで少しは元気になってね。だから、僕も少しでも力になってあげたいんだ」
「……それは命を賭けてでも?」
ユニファーニは敢えて重たい言葉を使った。
シドニエの覚悟を測るためだろうが、実際あれだけの事件を目の当たりにしている以上、しっかりと口にできる発言でもあった。
シドニエはキュッと口元を引き締める。
「う、うん」
不安がないと言えば嘘になる。力不足だと感じないかと言われると嘘になる。
だけどそれを助けない理由にはしたくなかった。
「リリアさんは僕を変えてくれたよ。僕にとって大切な人であることに変わりはない。だから今度は僕が助けてあげたい」
そこに異世界人であること、中身の性別が違うことなんて関係なかった。
今のあの彼女こそ守るべき存在なのだと、ハッキリと胸の真ん中にある。
その事実だけがあればいい。
「……そっか」
シドニエの覚悟を見た二人は、しょうがないなと笑った。
「そりゃ惚れた女がピンチなら、男の子はカッコつけないとね」
「ちょっ! ユファ!?」
「うん、頑張って」
ミルアも目に涙が小さく溢れていたが、その意味を心配と受け止めた。
「そ、それでなんだけど……」
「? 何よ」
「ぼ、僕はこんなだからさ、また助けて欲しい時に頼りたいなー……なんて……」
キョトンとする二人は、
「あっはは!」
「ふふっ!」
情けないシドニエに戻ったと笑った。
「あんたの何に役に立つのよ。あたし達よりよっぽど強いくせに……」
「そうだよ」
「い、いやぁ、それでも僕はまだまだだし……」
そんな和やかな雰囲気を見るアルビオは、少し羨ましそうに微笑んだ。
「どした? アル」
「ん? いえ、何でも。幼馴染っていいですね」
「そうだな。俺達だってそうだろ?」
当たり前のようにさらっと言ったフィンに思わず固まったが、精霊と人間。種族が違っても幼い頃からいたんだ、その解釈はあって良かったはず。
「ごめん、そうだね」
そうであっても何のしがらみもなく、幼馴染という関係を築けた三人を羨ましいと感じることを許してほしいと感じたアルビオだった。




