03 精霊と戦力
「クルシア達の時にも言ったけど、元々私達の世界の人間は魔法は使えず、この世界に来た時に身体が調整されたんじゃないのかって説明したよ?」
「つまりはその時に精霊との神話性に繋がったとか……?」
オカルト話なんて向こうでもある話だ。一概に否定するのも変な話だ。
「そうかもしれないけど正直、推測の域は出ない」
「オルヴェールの世界には、精霊の加護などは本当になかったのか?」
歴史上、勇者の活躍は目覚ましいものだっただけに、中々食い下がりそうにない。
なのであらゆる推測を語る。
「うーん……向こうでもオカルトじみた話は度々あるよ。それこそ幽霊とか霊能力者とか……」
つかその類しか思い付かん。
「死霊使いが主流なのか? そちらの世界は……」
「だから魔法自体がないから、そういう超常現象についてはわからないことだらけなの! こっちは!」
「な、なるほど……」
「ただ昔は陰陽術師がいたとか、海外じゃ、悪魔がいて当時の人達が殺されたとか、神話から伴う宗教的なものまで、正直胡散臭い」
「そ、そうか……」
どちらにしても向こうの世界では、魔法は神や怨霊に捧ぐ儀式的な感じがほとんどだ。
ゲームのファンタジーのような夢物語ではないのだけは、ハッキリしてる。
「だからそういう意味では精霊もこの世ならざる幽霊ポジションとして、勇者に取り憑かれるというのも納得のいく話でもあるけど……」
「――俺達を人間の怨霊と一緒にするなっ!」
「わかってるけど、意外とそれはあったかもしれないよ」
「なに?」
「さっき言った陰陽術師は霊媒師とされていてね。悪霊を退治するために、式神――こっちで言うところの召喚魔が存在してたって話がある。仮に勇者がその子孫であれば精霊が懐く理由にも説明がつくかも……」
「――俺達はペットでもねえっ!」
じゃあどう仮説を立てれば納得してもらえるのか、非常に困る話である。
「じゃあ僕だけが今までの子孫と違い、精霊と共にいられるのは……」
「まあその辻褄を無理やり嵌め込むなら、多分陰陽術師の子孫説はあるかもね」
「でもリリアちゃん。やっぱり最初に言ってた説も通るよね?」
「うん。多分その線の方が濃厚じゃないかな?」
俺はそちらの仮説の方が通るという言い方をすると、首を傾げられた。
「だってフィン達は私からも変な雰囲気を感じるんだよね?」
「お、おう」
「悪いけど、私はそんな胡散臭い子孫でもなんでもない。だけど精霊達からは何かしらを感じ取られる。それはやっぱり異世界に来た時に、ある程度の特性が身についたと考える方が自然であり、アルビオが勇者の能力が色濃く出たのは遺伝の問題だと考えるけど……」
そう説明されると納得する一同だが、一部の人間にはついていけない話のようで、
「難しい言葉がたくさんだね」
「ふわぁ……」
アイシアはキョトン、フェルサはあくびで答えた。
「遺伝だけでここまでの能力を得られるものだろうか……」
「あんまり遺伝子は舐めない方がいい。遺伝子工学、だったかな? 向こうじゃ遺伝子操作とかして新しい品種改良とか行われることなんて普通の話だしね」
「そ、そうなのか?」
「うん。それこそアミダエルがやってたことが似てるかな? 違うもの同士をくっつけて新たな品種を生み出すって――」
「向こうにはアミダエルみたいな考えの奴ばかりなのか!?」
あの光景を最近見たばかりのせいなのか、極度に心配されたが、
「そんなわけないでしょ!? しっかりとした法の下に行われてることだよ。倫理に外れるようなことはないから……」
「なんだ。脅かすな」
「とはいえ戦争時はどうだったか知らないけど……」
どこの世界でも人の生死が近いところでは不安になるものだと青ざめる。
戦争ほど人体実験の都合がつく場はない。
話が逸れたと修正する。
「とにかくアルビオのそれは勇者の遺伝によるものだと思うよ。世代を跨いで継がれるなんて話、ザラにあるから……」
「そうですか……」
「その精子情報がたまたま勇者の特性ばかりだったんだと思うよ。そうでなきゃ、その容姿にはならない」
アルビオを一時期苦しめたその容姿がまたその証拠だと語る。
「お前の元の姿も黒髪の黒い瞳なのか?」
「うん。日本人はほとんどアルビオみたいな感じだよ」
まあ髪を染めたりする若者がほとんどで、最近だと黒髪の若者の方が珍しいまであるのでは、ということは伏せておこう。
「ほえー。ならその遺伝っていう可能性の方が高いんだ」
「だと思うよ。異世界人だけにって理由なら、今頃私にも精霊がついてないと説明がつかないでしょ?」
「確かに。お前は外見はこちら側の人間だからな」
「だから最初の説が尤も近い説ってわけ」
ここでふと思う。
「結局、その話を聞いてどうしたかったの?」
ここの問題がわかったとしても、勇者が何故大精霊がついたのかということにしか繋がらない。
勇者の歴史を紐解く大きな発見ではあるだろうが、それは今後のクルシアとのこととはあまり関係がないように考える。
「いえ。やはり今まで何もわかっていなかったご先祖様のことを知りたかったんです」
「それと異世界人にそんな能力があるなら、今後のためになるとも思ったが、参考にならなかったな」
「散々言ってるけど……」
アルビオはともかく、フィンは期待し過ぎである。
「それにアルビオとしては不安の払拭もあっただろう」
「不安の払拭?」
「ああ。クルシアは異世界に興味を持たせてしまったろう? アルビオだって異世界人の血を継いでいるなら、狙われる覚悟は必要だろう。ハッキリ狙われる可能性があるとわかった方が覚悟を固められるだろう」
俺は間接的にアルビオを危険な目に合わせてしまう場に追いやっていたことに気付く。
「ご、ごめん。気が付かなかった……」
「い、いえ。僕は大丈夫ですよ。それに安心しました」
「安心?」
「はい。正直、最初の頃は勇者の力なんてって思ってましたけど、今では感謝してますし、それに……見守られているようじゃないですか」
アルビオは色濃く遺伝を継いだことに、そう解釈を取った。
「ご先祖様がこの世界に来てこの力を得たことに意味があるように、それを継いだ僕にもきっと意味があるんだと思います」
この能力に苦しんだアルビオからこんな言葉が出てくるとは思わなかっただろう。
ハイドラスを始めとするみんなに諭されても、望まなかった力。
でもそれを意味するものだと解釈できている。
「知らない世界に飛ばされても活躍した勇者に、僕は誇りを持つことができました」
俺の話と照らし合わせれば、勇者ケースケ・タナカだって不安だったはずだと語る。
「僕はその子孫に恥じない生き方をしていかなければなりません。そう思えてくるのです」
「……あんまり重く受け取り過ぎない方がいいよ。日記を読むかぎり、割と楽しんでた節もあったよ」
「そ、そうなんですね」
話の腰をグキッと叩き割ってしまったが、それでもアルビオの思いは変わらないようだ。
「それならそれで安心しました。こちらの世界も楽しんでくれていたようで……」
「オルヴェールもそうだろ?」
「ん? ま、まあね……」
朱に交われば赤くなるという言葉があるように、俺も勇者もこの世界に上手く馴染んでいけた。
リリアの身体である俺より勇者ケースケ・タナカの方が、時代などを考慮すれば大変だっただろう。
俺は性別的な意味で大変だったが、ここにいる人達に恵まれて、楽しく過ごして来れたと思っている。
勇者ケースケ・タナカも同様だったのではないだろうか。
「だからご先祖様が守ろうとしてくれたこの世界を、今度は僕が守ってみせるよ。自分の世界とは違う、この世界を大好きになってくれたケースケ・タナカのために……」
「そうだな。本来であれば勇者ケースケ・タナカもオルヴェールも、この世界の住人ではない。それなのに戦ってくれたこと、感謝せねばな」
「そんな風に言わないで下さいよ。ちょっと寂しいじゃないですか。私もこっちの住人のつもりですよ」
フンっとふんぞりすると、すまなかったと軽く笑った。
「でも私を育ててくれた向こうも守りたい。だから力を貸して欲しい」
そう言うと、
「それこそ愚問だ。聞かないで欲しいな」
「そうだよ、リリィ。私達だってリリィの元いた世界を守りたいよ」
「それにクルシアには借りが残っていますもの。リリアさんが囮になってくれている今こそ、我々の好機……」
「リリアちゃんがこんなに頑張ってくれたのに、私達が頑張らないわけにはいかない」
「ぼ、僕も微力ですが頑張ります!」
みんな水くさいよと、一緒に戦う意思を示してくれた。
「差し当たっては、クルシアへの対策でしょうか? そのあたりの確認はしておきたいですね」
ケースケ・タナカの話もキリよく終わったのでと、今後の対策を話し合う。
「あの野郎はリリアちゃんが封じたから、残りの連中だな」
「そのクルシアもこの契約魔法を破る可能性は高いよ。対策するにしても時間はあんまりないかも……」
俺の手の甲の紋章が消えれば、クルシアが解放されたという証明になる。
この紋章のある無しでクルシアの動向を監視できるのは大きい。
「この際だからクルシア以外の人達も封じればよかったのに……」
「それは無理だよ、シア。多分、命を宣言しなかった理由と同じだよ」
「あっ、なるほど」
リュッカの察しの通り、クルシア以外の面々も封じるような取引をしてしまうと、おそらく結末は違っていただろう。
俺はこの世にはいないだろう。
「つまりはあそこまでが妥協点だったと……」
「結局ね。しかも仕留め損ねた」
クルシアの動きだけでも封じれたのは大きいとハイドラスはフォローを入れると、
「しかし、クルシア以外の戦力もかなり大きい」
「先程リリアさんが仰った通りですね」
クルシア達のメンバーを改めて確認する。
「クルシアを除く主戦力はバザガジール、リュエル、ザーディアス殿。ドクターという男に関しては戦力は不明だな」
「そのドクターについてだけど、多分強いよ」
「なに?」
「アイシア、リュッカ。おっさんを迎えに来たルーン・ゴーレムがいたでしょ?」
二人は簡単に思い出すと、こくりと頷く。
「おっさん言ってた。ゴブリンの魔石を収集するよう依頼していたのは、天才地属性魔術師だって……」
「まさか、あのゴーレムの主人がドクター?」
「おそらくね」
するとその報告を聞いていたハイドラスも、それは厄介だと顔を顰める。
駐留していた騎士達が迎撃していたのを、俺達も確認している。
あのゴーレムに攻撃するなと横槍を入れたザーディアスを目撃している。
「ならば軍隊としての戦力も向こうにはあることになる。奴はゴーレムを操る召喚士である可能性は高い。かなりの脅威だ」
「しかも半魔物化できる魔石まで作ってるから、下手な召喚魔を従えていても、脅威的な戦力を持つことになります」
下手しなくてもアミダエルと同格、それ以上の戦力と見ても差し支えないだろう。
「仮に奴らと全面戦争する場合、リュエルとザーディアス殿はなんとかなるとしても、問題はバザガジールだな」
「大丈夫ですよ、殿下。アルビオ君がいるじゃない」
「期待されているところ申し訳ないけど、僕も確実に彼を止められるかはちょっと……」
実力差はまだまだあるだろうが、バザガジールとの実戦経験が豊富なのはアルビオだけだ。
俺達としては是非当てにしたいところ。
「でも僕が適任なのも理解しているつもりです。頑張りますよ」
「でもドクターは?」
「こちらにも最強の召喚士がいるからな。それを当てにしたい」
チラッと見る視線の先にはアイシア。
「私?」
きょとんとするアイシアに一同脱力。
「……お前以外、誰がいると思ったんだ。あれだけのドラゴンを従えているのだぞ」
「おおっ!? そうでした!」
「正直、アイシアさんの戦力は強力ですね。小さな小国くらいなら、簡単に制圧できそうな戦力ですし……」
「そんな国を襲うなんてことしないよ!」
ハーディスは戦力をわかりやすく説明するためだと諭した。
「まあだが、奴らのことだ。真正面から戦争を仕掛けるなんてことは流石にないだろう」
「どうでしょう。面白そうで事を成す奴ですわよ。彼……」
今までの傾向を考えれば、当然の意見であった。
「いや、今回ばかりはそこまで派手にしないと考えている」
「根拠は?」
「異世界なんて未知とのチャンスをみすみす逃すような真似はしないだろう。だとすると不意に命を落としかねない作戦は取りづらいと考えられる」
仮にヴァルハイツでの戦乱みたいな形をとれば、うっかり俺が命を落とす可能性を考えたのだろう。
「オルヴェールは正義感も強い。前線に出ることまで考慮すれば、派手な作戦は取れないだろう」
正義感が強いって褒め言葉はめちゃくちゃ恥ずかしい。
俺、そこまで人間できてません!
だが一同は俺の恥ずかしい気持ちなどつゆ知らずに納得する。
「では外堀から埋めていく可能性があると……?」
「おそらくな。クルシアのことだ、先ずは自分が動けるようにするため、契約魔法の解除に専念するだろう。あのメンバーの中でそれをサポートできるのはドクターだけだろう」
「つまり現段階ではクルシアとドクターが封じれているわけだね」
「ああ。それで奴らの狙いはオルヴェールとアルビオ。真正面から襲って来てもおかしくはないが、おそらくタイミングを見計らうだろう」
クルシアは自分が有利になる展開への準備がうまい。
「そして私を攫って、異世界への手掛かりを掴もうと考えるわけだ……」
「ま、そう仕向けたわけですからね」
「本当にっ、申し訳ない!」
俺は再びアルビオに頭を下げるが、よしてくださいと否定された。
「それで確実にお前達の身柄を確保する方法として浮かぶ作戦は、一つしかないな」
「人質……」
「しかないだろうな」
「アルビオのご家族は王都にいるから、対応に遅れることはないが、お前の方はどうだ?」
「多分、リリアパパは大丈夫。ほとんど冒険者と一緒の仕事だし、場所も疎らだから、特定されるにしても時間がかかると思う」
それは逆に俺達も特定しづらいということになるのだが、逆にそれくらいの方が安全だろう。
「問題はオルヴェールの母だな」
「なんで? リリィのママ、元冒険者で強いし、リュッカにも教えられるほどだったよ。ね?」
「う、うん」
するとハイドラスが真剣身を宿した表情で語る。
「いや、一番危険だと考えるべきだ。オルヴェール、確か……」
「殿下の言いたいことはわかってる。正直、めちゃくちゃ後悔してる」
俺もこの話を進めていく内に、リンナがどれだけ危険な状態なのかを察した。
説明して欲しそうな視線を感じ、俺から語る。
「……リンナさんには私が元の世界に帰るための魔法陣のメモを渡しているし、正体も知ってる。そんな奴らにとっての情報源の塊、逃すとは考えにくい」
「そ、そんな……」
「ついでに言えば伝手を使って情報を集めてるとも言ってた。情報収集に長けたクルシア達がリンナさんにたどり着くのは時間の問題だよ」
「更に言えば彼女は元冒険者であり、今現在の所在地も変わりないだろ?」
「はい……」
専業主婦がほいほいと土地を行き渡るわけもなく、しかも元冒険者なら、現在もギルドで活動しているザーディアスがあっさりと見つかる可能性は高い。
「何よりオルヴェールの母親だ。その情報が無くても攫う理由としては十分だ」
俺は自分の行なった行為が浅はかだったと、改めて後悔する。
正直、自分だけが狙われる可能性を考慮してのことだった。
勿論、両親を人質にされる可能性も考えていなかったわけではない。
でもどこかでやはり甘えていたのだ。
本当の自分を受け入れてくれたリンナ・オルヴェールという母親に。
「リリアの母親は奪わせない」
「そうは言うが、お前は自分の身が一番なのだと考えろよ」
「で、でも……」
「でもじゃない。お前が一番攫われてはいけないのだと、自覚しているだろ?」
「そ、それは……」
「また彼女に代役を頼むわけにもいかないのだぞ」
「わかってる……」
ハイドラスはガタンと物音を立てて立ち上がる。
「とりあえず国へ帰ったら、すぐにオルヴェールの母親のところへ向かおう。すぐにでも王都へ避難を進言しよう」
あの田舎町にいるよりは、警備も整った王都の方がいいだろうとのこと。
「でも素直に言うこと聞くかな?」
「うーん、どうだろ?」
「……不安になる物言いはやめてくれ」
もうクルシア達との衝突は避けられない。
いや、避けられないように仕向けたんだ。後戻りはできない。
「やるしかないよね」
みんなも俺の気持ちに応えるように、力強く頷いてくれた。
こうして俺の正体の話兼今後の対決についての話し合いは終了した。
***
その夜――俺達は帰る準備を済ませ、明朝出発する話となり、ヴァルハイツ王城での最後の夜を迎えた。
「はぁー、さっぱりしたね」
「うん」
俺達は入浴を終えて用意された寝室にいる。
本来なら個室を用意されていたのだが、アイシアが一緒に寝たいと言われたので、リュッカとアイシアとの同室となった。
俺はリュッカに髪をすかしてもらいながら、アイシアの意図を尋ねる。
「一緒に寝たいってのは口実だよね? 本当のところは?」
「うん。ちょっとお話したいなって……」
まあそんなところだろう。
ただ内容は思い付かない。元男であることは解決したはずだし、異世界人のことも。
「何の話?」
「……リリィの本当の家族とか、お友達の話が聞きたいと思って……」
「!」
俺は昼間、必要じゃないから話さなかった内容だった。
アイシアが珍しくよそよそしい態度だったのは、そこかと気付いた。
だが俺自身、別に嫌な感情はなかったが、理由は知りたかった。
「どうして?」
「……私達を助けてくれたリリィを作ってくれた人達のこと、知りたくて。ダメなら無理しなくても……」
「全然。むしろ聞いてくれる?」
「……っ! うんっ!」
アイシアの言う通りだ。
向こうで俺は何気なく過ごし、関係を築いたものではあったが、それもしっかりと糧になっているのだと気付く。
何気ない当たり前の日常の中に学ぶことがある。
きっとそういうことだろう。
俺は大らかで時代劇とかが好きな渋い趣味の両親のことや馬鹿みたいに一緒に心置きなく笑い合える友人に恵まれていたことを話した。
勿論、俺のことを知ろうとしてくれたアイシア達にも恵まれていたと語りながら、夜はふけていった。




