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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
9章 王都ハーメルト 〜明かされた異世界人の歩みと道化師達の歩み〜
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01 歩み

 

 ――朝は簡単にやってきた。


 結局、一睡もできずに丸まってベッドにふて寝していた。


 これほど待ち遠しくない朝日も珍しい。


 俺はやってきた使用人にテキパキと着替えをさせられていた。


 怪我を負っていた時の方が抵抗していたのだが、今はされるがままである。


 というかただの客人に対し、やり過ぎである。


 そんな茫然とする中で、俺はやはり不安の方が募っていた。


 みんながそんな薄情じゃないことくらいはわかってる。


 俺がリリア・オルヴェールでない別人であったとしても、優しく受け入れてくれると思ってる。


 けど今までの関係でいられるかはわからない。


 クルシアを止める手段があれしか思い付かなかった自分も、こんな不安を抱え続ける自分にも嫌気がさしてくる。


 そんな悶々とした気持ちのまま、支度を終えて部屋から出ると、


「おはよ。リリィ」


「おはよう。リリアちゃん」


「……おはよう」


 アイシアとリュッカが迎えに来ていた。


 俺はぎこちない笑顔を見せながらも、メイドさんの後ろをついて歩く。


 両脇にいる二人もどんな言葉をかけようか、困惑した表情をしている。


 俺がこんなに気にし過ぎているからだろう。


「ふ、二人とも、よく眠れた? 突然クルシアが現れたし、た、大変……」


 自分で自分の傷を抉りそうで、声がしぼんでいく。


 いつもなら他愛無い話とかできたりしていたのに……。


「リリィ!」


 アイシアはガシッと俺の両手を取る。


「な、なに!?」


「……リリィがすっごく気にしてるのはわかってる。中身はリリィ、ううん! 本物のリリアちゃんじゃないこと……」


 俺が下手に態度に出したものだから。


 俺は心のどこかで甘えていたんだ。こういう態度をとっていれば、優しくしてもらえると。


「でも! 今のリリィが私達のリリィだよ! だから……そんな顔しないで」


「……!」


「そうだよ、リリアちゃん。私達を助けてくれたリリアちゃん、一緒に学園生活を送ってくれたリリアちゃん、一緒に旅して戦ってくれたリリアちゃん。あれは全部、貴女でしょ?」


「……リュッカ」


 そうだ。たとえリリア・オルヴェール本人でなくとも、アイシア達と一緒に過ごしたリリア・オルヴェールは俺だ。


「リリアちゃんが別人であり、異世界人だって話したこと、私達には計り知れない覚悟があったと思う。だけどそんなことで、私達の友情は無くならないよ」


「ううん! 無くさせない! ね?」


 俺は本当に馬鹿だ。甘ったれだ。


 願っていた言葉をくれたことに、心底感謝している。


 俺はグッとアイシアとリュッカを抱きしめた。


「ごめん。ありがとうっ!」


 二人は優しく微笑みながら抱きしめ返してくれた。


 ありがとう。こんな弱い俺を受け止めてくれて――。


 ヴァルハイツの王城で客人として振る舞われる朝ご飯にも慣れてきて、簡単に済ませる。


 ただいつもみたいな和気藹々とした雰囲気ではさすがになかった。


 俺はアイシアとリュッカが慰めてくれたおかげで、少しは気分が良くなったが、やはりクルシアの襲撃は重く、食事の際には顔を出してくれていたレイチェルの姿は、ハイドラスと側近二人と共に見かけることはなかった。


 フェルサはいつも通りではあったが、ナタルは考え事でもしているように、料理の方を向いていても視線にはないらしく、黙々と食べ続ける。


 アルビオは自分の先祖が異世界人であるということが、気にかかっているのか、ソワソワとこちらを見ている。


 シドニエに関しても態度がいつもより挙動不審である。


 普段からもぎこちなく会話を弾ませようと必死にあわあわしているのだが、今日は話しかけてくることはなくアルビオ同様、視線をチラチラと泳がせるだけだった。


 そして――、


「むう……ワシも気になるところではあるのじゃがなぁ」


「ダメです。皆様のお話の邪魔になりますので、行きますよ」


「イケズじゃのぉ」


 話が聞けず不満を漏らす獣神王を諭しながら、部屋を後にするレイチェル。


「このお部屋をご自由にお使い下さい。必要ならばわたくし達が結界を張りますが……」


「心遣い感謝致します、王女陛下。失礼を承知で、我々が張らせて頂きます」


 ハーディスはそう一言話すと、盗聴防止の結界を借りた一室に張った。


 その部屋の中には俺の顔見知りが揃っている。


「さて、少しは落ち着けたかな? オルヴェール」


「はは。まあ昨日よりは……」


「昨日クルシアに話した内容だけでも、かなり衝撃的なものだったからな。特にアルビオはかなり混乱していてな……」


 未だに落ち着かない様子のアルビオ。それにフィンまで宙に浮きながら胡座をかいて顕現(けんげん)している。


「とはいえお前にも踏み込んで欲しくない話でもあるだろう。聞いておきたいとは思っているが、無理強いはしないつもりだ。どうする?」


 ハイドラスはこのような場を頂いたからどうだと尋ねてきた。


 確かにハーメルトで話すより、戦争後でまだバタバタしており、わざわざ聞き耳を立てにくる人間もいなそうな城内の方が、色んな意味で安心だろう。


 結界も張られているし、レイチェルも気を遣ってくれている。


 俺は少し考えるとアイシアの方を向いた。


「アイシア、リュッカ」


「なに?」

「どうしたの?」


「二人は聞いておきたいよね?」


 勿論、みんな大切な友達だが、やはり一番はこの二人だ。


 これからも俺達の関係は続いていくつもりだ、ずっと信じ合える友達でいたい。


「うん。リリィのこと、もっとちゃんと知りたい」


 アイシアの意見にまったく同意であるとリュッカは頷く。


「そっか。わかった」


 俺も情けないままじゃ、居られない。


 しっかりとソファに腰をかけると、俺は真剣な面持ちで語る。


「じゃあ先ずは自己紹介からかな? 改めまして。私の本当の名は『鬼塚勝平』。勇者ケースケ・タナカと同郷出身、地球って星の日本ってところから来た」


「オ、オニヅカ……カペイ?」


「えっと……勝平ね? こちらの呼び方になると、カッペイ・オニヅカになるのかな?」


 日本語の名前の発音が上手く聞き取れない感じで返された。


 まあその国々の発音の受け止め方があるからね。


 犬の鳴き声が日本人じゃ『わんわん』だが、外国人の耳からすると『バウワウ』と聞こえるそうだ。


 言われてみればと思うが、やはりわんわんに聞こえるのは日本人だからだろう。


「ではオニヅカと呼んだ方がいいか?」


「今更だよ。今まで通り、オルヴェールでいいよ。それにもうすぐ一年になる。だいぶこの身体にも馴染んできたからね……」


「リリィ……」


 みんなが心配そうな表情を浮かべているが、リリアの身体に馴染んできたというよりは、女性として心身に変化があったということ。


 正直、正体は明かしても元の性別までは明かさない!


「一年……ということは、やはり学園に通われるくらいには既に……」


「うん。アイシア達と初めて会う、二日、三日前には『鬼塚(わたし)』だったよ」


「そ、そうだったんだ……」


「差し支えなければ、どうしてリリア・オルヴェールの身体に入ったのか、教えてくれないか?」


「そのつもりだよ。別に気ぃ遣う必要ないから……」


 そう言うと俺は、リリアの遺書と俺が目覚めた時に床に書かれていた魔法陣のメモを渡す。


「これは……?」


「リリアが自殺未遂を繰り返す女の子だってのは、クルシアから知ったよね?」


「あ、ああ。まさか……」


「そのまさかだよ」


 折り畳まれた真っ白な手紙を裏返すと、遺書と書かれておりゾッと背筋に寒気が走った。


「これを読んだのか?」


「まあね。でも勘違いしないでよ。自分に起きたことを確認するためには、見るしかなかったんだ……」


 誰が好き好んで遺書なんて読みたがるんだ。


 しかもどこの誰かも知らない人間の遺書。正直、すっごい脱力してたことは覚えてる。


 見てもいいかと尋ねられたので、俺に起きたことを理解してもらうためにはやむを得ないだろうと、読んでいいよと返答。


 だが目を通したのはとりあえずハイドラスとハーディスだけ。


 生死不明の人物の遺書を全員が読むのは、さすがに気が引ける。


 呼んだ二人の表情がどんどん呆れ果てていく。


「その……こんなことを申し上げるのはアレなのですが……」


「そうだな。その……なんだ。随分と……」


「被害妄想が酷いでしょ?」


 さらっと二人の言いたいことを口にすると、苦笑いで返答された。


「どういうことですの?」


「と、とにかく。リリア・オルヴェール本人は、随分と神経質で臆病、更には被害妄想の激しい人物であったと推測できるな」


「え、ええ。今のリリアさんとは比べ物にならないほど……」


「みんなが目撃したことがある入試の時のフード娘が多分、リリアだよ」


 俺はその当時の様子は知らないが、リンナさんと思しき人物に引きづられていたと考えると、話に出てくる彼女が本人だろう。


 フェルサ以外は入試に来ていたため、リンナに引っ張られていた深くフードを被り、引きづられていた娘を思い出す。


「あれがリリア本人……」


「た、確かに私達の印象とは随分違うと……というかよく気付きませんでしたね」


「一応訊いたけど……」


「私、適当に誤魔化したからね」


 寮に入った時なんかにそんな質問をされていたが基本、新環境で頑張ろうと前向きになったとゴリ押し。


 だがこのゴリ押し、割と通用する。


 というのも……、


「まあこれだけ性格が変わっても、記憶喪失や記憶の操作がされていたとしてもおかしくない。彼女は闇属性持ち。ある程度の抵抗体質であっても、強力なものなら効くだろう。それに彼女自身、結構な天才魔術師だったようだしな」


 この世界は魔法が常識の世界。


 記憶の操作は珍しいが記憶喪失や一部の欠落は、まあまあある話だそう。


 それにしても天才魔術師とはと首を傾げると、ハーディスが何やら資料を出す。


「以前、リリア・オルヴェールの詳細を調べたところ、魔法学においては勇者校での学習を必要としないくらいの能力があることが判明している」


 リリアが通っていた学校の先生に聞いたそうだ。


 ハイドラスやアルビオが勇者校に入る以上、不信人物がいないか、同学年になる生徒の詳細を調べたそうだ。


「じゃあリリアが自殺未遂を繰り返していたことも……」


「一応、把握はしておりましたよ。ただ詳しく聞く内容としては……」


 そうだよね。赤の他人でも躊躇(ためら)う話だろうに、ハイドラスの使いが聞くのは酷だろう。


「あ、あの。それでこの難解な魔法陣は……?」


 シドニエがそっと指を差す紙には、俺が書き写した魔法陣が書かれている。


 アルビオやフィンも見てみるが、


「どう? フィン」


「さっぱりだ。かなりオリジナルの魔法陣みたいだな」


 魔法の元祖である精霊様でもお手上げとのこと。


「これが原因で私はこっちに来たんだと思うよ」


「というのは?」


「私、リリア・オルヴェールはこの魔法陣の上で倒れてたからね」


 そして俺はこの魔法陣と遺書を見せたことの意味を踏まえて説明する。


「リリアは気が小さく、自殺未遂を繰り返す女の子だった。今回もその未遂を繰り返すつもりだったんだけどこの魔法陣、床に書かれてた時はこの部分に――」


 俺は当時、床に書かれていた魔法陣を思い出しながら、血が擦れていた箇所を差す。


「血が擦れた箇所があってね。血で書いていたことから、貧血を起こしたものだと推測できる。そして私がリリアの身体にいることから、この魔法陣はその時点で誤発動したものと考えられる……」


「つまり誤発動した魔法陣の影響により、リリアとオニヅカの魂が入れ替わった?」


「そこはわからないけど、そうあって欲しいとは思う……」


 死んでいたり、次元に彷徨(さまよ)っていることなどは考えたくない。


「そっか。確認のしようがないから……」


「うん。確認できるなら、私はとっくに元の身体に戻ってるよ」


「それもそうだな。しかしリリアちゃん。これは試さなかったのか?」


 軽くその魔法陣のメモを取って尋ねるウィルクに、嫌味混じりに返答する。


「それ、遺書に書いてある通り、魂を魔力に変換する魔法陣の失敗作だよ? 試すと思う?」


「そ、それもそっか……」


「それとも優しいウィルク君が、実験台になってくれるの?」


「い、いや……」


「魂が入れ替わるわけだから、上手くいけば女の子になれるかもよ。ただどこかもわからない世界に飛ばされるか、はたまた次元の中を彷徨(さまよ)うハメになるかもよ……」


「ご、ごめんなさいでしたぁ!」


 ウィルクからそのメモを受け取るハイドラスは、なるほどと納得する仕草を取る。


「確かにこの通りに魔法陣を書いたとしても元に戻れる保証はないし、下手をすれば遺書の通りの発動をすれば死に至る可能性まであるな。安易に試すにはデメリットが凄いな」


「そういうこと」


「えっと……つまり?」


 アイシアがそう言いながら、チラッとリュッカの様子を(うかが)う。


「リリアちゃんは……え、えっとオ、オニヅカさんは、リリアちゃん本人の魔法によって魂が入れ替わった可能性があるってことだよ」


「そっかそっか」


 しかしここで疑問が浮上するとナタルがツッコむ。


「ですがどうして勇者と同郷の方が? 昨日のお話を聞く限りは確かにケースケ・タナカ様と同郷なのは理解できていますが、異界というものが何もお二人の世界だけではないでしょう?」


 天界に冥界なんてのもあるし、闇魔法から考えると死者との魂の交換もあり得ると話す。


「推測だけど、前例としてケースケ・タナカがここに来たことが原因じゃないかなって考えてる」


「勇者様が?」


「うん。ケースケ・タナカがどう言った経緯でこの世界に来たか知らないけど、ケースケ・タナカが来たことによって、私達の世界とこの世界に繋がりができたんじゃないかな?」


「なるほどな。確かにあり得る話ではあるか……」


 結果論として客観的に見れば、そう捉えることは難しくない。


「ならばこの魔法陣はその異世界の扉を開けた魔法ということになりますね。おそらく遺書に書かれてあった、魂を魔力にとのことでしたが、何かしらの影響の下、異界に繋がったということですか……」


「おそらくね……」


「えっと、そちらからは何かしらのアクションはあったのだろうか?」


「ん? 昨日も言ったけど、私の元いた世界は魔法は存在しないよ。私は友達と夏休みの話をしながら下校してたんだけど急に景色が固まったと思ったら、意識が遠のいて今に至るわけだからさ……」


 周りの一同はシンっと静まる。


「えっ? なに?」


 キョロっとみんなを見ると、気の毒そうな表情をしていた。


「向こうのお友達……」


「あ……」


 今までの話を聞いていて、察しがついた様子。


 俺が友達と別れを告げる間もなく、こちらの世界へ来てしまったこと。


「ああ、別にみんなが気にするようなことじゃないよ。原因があったにしても私が文句を言う相手はリリア自身だよ。もっとちゃんと周りを見て、前向きに物事を考えれば、なんて……」


 人のことは言えないな。


「まあこっちも楽しいから、ほどほどにね」


 これ以上は場の空気が重くなるだろうと、少し話の軌道を逸らす。


「元の世界には戻りたいか?」


「……戻れるならですけどさっきも言った通り、その魔法陣は難解な挙句、未完成な状態の誤作動でこうなってるんです。危険な真似はしたくありません」


「それもそうですが、殿下。一度その魔法陣を調べてもらってはどうでしょう?」


 ハーディスは自国の魔法学者に調べさせてはと提案するが、


「いや、それはダメだ」


「えっ!? 何でです? リリィだって元の世界に帰れるなら、その方がいいでしょ?」


「アイシア……」


「そりゃ寂しくはなるし、悲しいけど、やっぱり友達や家族と急に別れるのはダメだよ」


 俺のことを心配してくれるアイシアに、そっと微笑みながら頭を撫でた。


「ありがとう、アイシア。でもやっぱりダメだよ」


「なんで?」


「私がそうさせてしまったからだよ」


「どういうことですの?」


 ハイドラスと俺以外はわかっていないようなので、説明する。


「オルヴェールは自分が狙われるように仕向けただろう? 下手にこの魔法陣の情報を流出してみろ、嗅ぎつけてくるだろう」


「あ……」


「そ。クルシア達がその魔法陣を研究し、私の元いた世界に万が一にでも行かせたら、それこそ大問題だよ。勿論、殿下達が流出させるとは考えてませんけど、向こうは神出鬼没の悪の組織だよ?」


 みんながそれに納得するのは当然のこと。


 現に昨日それを目撃している。


 アミダエルの研究室に神出鬼没に現れては対処もできない。


 しかも昨日の契約魔法で縛ったのはあくまでクルシアのみ。


 他の連中は動ける。


「魔法陣の解析はドクターとかいう頭のネジの飛んだ狂研究者に、頭の回転の速い貴族の殺人ピエロ。いざとなれば世界最強の殺人鬼様か、イカれたピエロに惚れ込んでる兎の獣人が脅してか強引にでも魔法学者を引っ張ってこればいい。その移動は次元魔法の使い手である自称スケベなおっさんがするでしょ?」


「そう奴らの組織を分析すると、少数でも随分としっかりした組織だな」


 まあその道化の王冠(クラウン・クラウン)の組織の軍隊製造部分を担うアミダエルは殺され、暗殺者(アサシン)だったテテュラも無力化できている。


「それでもあの頭であるクルシアを抑えれば崩壊する組織でもあるよ。クルシア自身、味方を切り捨てることには容赦ないようだからね。信頼ではなく、利害の一致だけの組織ならね」


「テテュラやアミダエルだな」


「はい。話が逸れたけど、私は元の世界に危険を犯してまで帰る気はないよ。だから大丈夫」


「本当に大丈夫? 私だったら……嫌だよ」


 アイシアは俺の代わりに目を潤ませて涙を見せた。


 正直、最初から諦めていたことでもあったせいか、戻れずに会えなくなったことに悲しいというより、虚しさを感じてしまっている自分がいる。


 本来訪れるはずのない異世界に来た俺。


 自転車、車、バイク、電車、飛行機などで移動して戻れる場所じゃない。この世界を当てはめるなら召喚魔の背に乗ったり、馬車だろうか。


 どちらにしても普通の方法で戻れないと心の中ではっきりと決着がついていた。


 だから涙も出ないのだろう。


「ありがとう、アイシア。今日はお礼を言ってばかりだね」


「リリアちゃん、本当にいいの?」


「リュッカまで。大丈夫だよ。私にはみんなが居てくれたから。特に二人には感謝してるよ」


 そう。本当に感謝している。


 最初に出逢ったのは本当に偶然だったし、色んなことがあったけど、


「私がこの世界に来て、初めて友達になってくれたのが、二人で良かったよ。アイシアはいつも元気だし、リュッカは優しく見守ってくれるし、だから私も頑張れたんだから……」


「私もだよ! リリィと出逢ってなかったら、こんなに楽しく過ごすこともなかった」


「私も。リリアちゃんにいっぱい助けてもらって、一緒に頑張れたから、ここまで来れたんだと思う」


 かけがえのない存在を俺は、この異世界で作ることができた、この幸運とずっと友達でいてくれて、側にいてくれたことに感謝しなくてはならない。


「向こうの私の友達とも家族とも、別れは告げられなかったし、もし向こうの私の身体にリリアが行ったなら、もしかしたら事情も把握しているかもしれない」


 向こうには異世界漫画や小説がゴロゴロあるし、それに精通する友人と連んでいたし、その辺りの把握は割と簡単だろう。


「だったらさ。ここで楽しく過ごしている方が、別れを告げられなかったみんなのためになるんじゃないかな?」


「リリィ……」


「リリアちゃん……」


「私こそ本当にごめんね。こんなに大切な存在なのに、信じてあげられなくて……」


 こんなに心配してくれているのに、異世界人だとわかったらとか、(よぎ)った俺が情けない。


「無理もない。オルヴェールの状況を考えれば不安にもなる。異国どころか全く知らない世界に飛ばされて、しかも別人になってしまうなど、私だったら絶望している」


「そうですね。しかもリリアさんは元は魔法もない世界だと聞きます。もはや常識すら違うのです。考えただけで恐ろしい……」


「仮に俺達がリリアちゃんの世界に飛ばされたらどうなるか……」


「んー、ホームレスになるのがオチかな?」


「ええっ!?」


「昨日も言ったけど、板切れみたいな道具で世界の人達と情報の共有ができる世界だよ? 戸籍のない異世界人があの世界にいくのは絶望的だよ」


「マ、マジか……」


 落ち込むウィルクにクスクスと笑うと、


「だからアイシアもリュッカもみんなも。今まで受け入れてくれてありがとう。そしてこれからも受け入れてくれると嬉しい」


「何言ってるの! 当たり前だよ、リリィ!」


「うん!」


「おわっ!?」


 アイシアだけでなく、珍しくリュッカまで抱きついてきた。


「私達だってリリアちゃんのこと、大切な親友だって思ってるんだから……」


「だからいっぱいリリィの本当のこと、教えてね」


 俺は本当に運がいい。


 こんなにも優しく、自分のことを考えてくれる友人に人々に恵まれていることに。


 だから俺も、みんなのために頑張れる。今までも、これからも。


 そんな良い空気の中、ナタルはここまで話が進んだから尋ねる。


「こんな中、尋ねるのも無粋だとも思ったのだけれど、気になるしハッキリさせたいことだから訊きたいのだけど、いいかしら?」


「なに? 委員長」


「貴女――性別はどっち?」


 ビシッと空気に亀裂が入ったのは、想像に固くないだろう。

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