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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
8章 ヴァルハイツ王国 〜仕組まれたパーティーと禁じられた手札〜
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30 駆け引き

 

 俺達、神獣族、エルフ、ヴァルハイツ王女とその側近、獣神王と中々の面子の前に堂々と登場。


「ク、クルシア、貴様ぁ……」


 シェイゾはギリギリと悔しそうに歯を食いしばる。


「こ、このガキがクルシアって言うのか!?」


 初対面の一同はその容姿に驚く。


 天空城を落とし、妖精王に手をかけ、あれほどの戦乱を起こした黒幕がまだ十代前半の少年の姿に。


 だが顔見知りの俺達の表情を見て、こいつが黒幕だとハッキリわかった。


「ねえねえ、ボクはボクはぁ? 褒めてくれな――あだっ!?」


「ったく……」


「お、おっさん!?」


 ザーディアスが(あお)るように質問するクルシアを小突いた。


「相変わらず趣味の悪い奴だ。あとっ! おっさんって呼ぶのはやめろって言ったよなぁ? 銀髪嬢ちゃん。この年頃のおっさんは繊細なのよ? わかる?」


「知らん。おっさんはおっさんだ」


 銀髪美少女が折れてくれないとガックリ。


 俺は元男だがおっさんほど歳を取らなかったので知らん!


 それでも何となくはわかるが、クルシアの味方をしているので、意地でも知らんと通す。


 するとクルシアは楽しそうにケタケタと笑う。


「確かにデリケートな年頃だよねぇ? 嫁さんどころか子供もいていい年頃なのに、未だに独り身だもんね」


 グサっとザーディアスの胸に何かが突き刺さる音がした。


「それとも何? 俺は……さすらいの流れ男なのさ。女は港で待っている……とか?」


 どこのハードボイルドドラマのことを言ってるんだろう……古っ!?


「お前さんは一応、俺の味方だろ? そんなに傷抉って楽しいか?」


「――楽しい!」


 ぺっかーっと満面の笑みで答えたクルシアに漫然と落ち込む。


「お前はそういう奴だったな」


 そんなショートコントが繰り広げられる中、顔は知らないが声だけは知っている獣神王は尋ねる。


「主か? あの狐目の殺人鬼の仲間は。聞き覚えのある声じゃ」


「おおっ!? だとすると君が獣神王なんだね!? へえ〜……おや?」


 不審者の侵入に騎士達は槍をクルシア達に向ける。


「大人しくしていろ、侵入者」


 クルシアは素直に手を上げたが特に困った様子もなく、余裕の態度と表情を見せる。


「貴方には聞きたいことが山ほどあります。よろしいですね?」


「あー……もしかしなくても連行かにゃあ? ボク、そんな怖いところ行きたくにゃあい」


「ふざけるのも大概になさい」


 クルシアに流されることもなく、キッと鋭い視線で叱咤するが、


「ふざけてるのはそっちだろ?」


 クルシアの周りから急に風が吹き出す。


「「ぐわあっ!?」」

「「があっ!?」」


 囲んでいた騎士達が簡単に吹き飛ばされた。


「こんな雑魚でボクらを抑えられるわけないでしょ? ふざけてんの?」


「くっ……」


 相変わらずの強さに、俺達は戦闘体勢を取ろうとすると、


「おっと、やめた方がいいぞぉ。今、優位なのはボク達なんだから……」


「なに?」


 俺達は確かに最近全快したところで、久しぶりの戦闘ではある。


 だが理由はそうではないようだ。


 クルシアはグッドポーズを取り、歓声に湧く国民達を指した。


「また戦争なんてしたくないだろ? ここで女王陛下の首を刎ねるくらい、造作もないよ?」


「……!」


 演説が終わったばかりの女王陛下の首が飛ぶなんてことになれば、ここにいるエルフや獣人達が容疑者候補に名をあげることになる。


 そうなれば以前以上の戦争が約束されてしまう。


 どうせそんなことをした場合、クルシア達は退散するはずだろう。


「奴の言う通りじゃ」


「獣神王様……」


「あの狐目男が一目置く男じゃ。どんな奴かと思おておったが、此奴も中々の化け物じゃ」


 獣神王は尻尾を逆立てて警戒心を露わにし、レイチェルの前に立つ。


「君に化け物なんて言われたくないなぁ」


「ほざけ。主は妖精王、あの狐目は龍神王を殺しておる。警戒せん方が阿呆じゃろ」


 それを聞いた騎士達は萎縮するが、クルシアは殺気立てることもなく、平然と話し始める。


「いやぁー、それにしても中々ワクワクする展開だったよ。特に勇者君と女王陛下に至ってはね。……てっきり人間の勇者で収まるかと思ったのに……」


「嘘つけ。そんなこと思ってなかったくせにっ……」


「そうだそうだ! アルの性格を考えて挑発したくせによぉ!!」


 温厚なアルビオであっても、クルシアの動向を考えれば、必然的な動きだったと文句。


「君達もどうだった? 少しは自分達の無能っぷりを理解できたかい?」


 今度はエルフ達を冷やかす。


「黙れっ! 貴様のせいでどれだけの死人が出たと思ってる!?」


 あの戦争でヴァルハイツ軍はもちろん、エルフ達もたくさん死んでいった。


 元々は小競り合いで済んでいた両方に、油を撒き、火を投げ入れたのはこの男だ。


「貴様の言う通り、人間の手を取り合わなかった巡り合わせが産んだ結果だとしても、貴様のやったことが許されるわけではない!」


「安心しなよ。許してもらうつもりなんてないから」


 全員が武器を構えて警戒する中、


「まあ落ち着きなよ。ボクは事を構えるために来たわけじゃないんだ」


「じゃあ何しに現れた?」


 どうどうとこちらを諭す仕草を取ると、現れた理由を話す。


「一つ! まあ挨拶かな? 今回の戦争(ショー)はとても素敵だったよってお礼も兼ねて。中々楽しめたからさ」


「貴様……!」


「二つ! 返してもらうものがあるからさ。それの回収」


「返してもらうもの?」


 この国にクルシアが渡したものなんてないはずだがと、皆が疑問に思っていると、


「アミダエルの研究物は基本、ボクらのものだ。ディーガルと手を組み、そちらの戦争の道具として起用されていたようだけど、アミダエルは実験場として貸し与えていただけに過ぎない。つまりはボクら道化の王冠(クラウン・クラウン)のものだろ?」


「なっ!?」


「そんな屁理屈……」


「屁理屈じゃないよ。そ・れ・に……」


 クルシアはスッと瓶を見せてきた。


 その瓶のコルク蓋には空気穴が空いており、中には狭そうに瓶に足を滑らせる蜘蛛がいた。


「そ、それは……」


「――ジャッジャーン!! アミダエル本人がいるなら、ボクらのものだって公言したって間違いじゃないだろ?」


 その蜘蛛の背中からギョロっと目がこちらに向く。


「このクソガキ共ぉ。また会ったねぇ」


「アミダエル!?」


「ば、馬鹿な……ボクが殺したはず……」


 燃え盛る黒炎の中で、アルビオが確かに真っ二つに斬り裂いたのを俺達も確認している。


 だがその理由はあっさりと説明される。


「簡単なことさ。こっちの子蜘蛛に意識を移動させて生き残っただけさ。死ぬのが恐ろしく怖いと叫ぶ、彼女らしい執拗さだろ?」


 確かにそんなことも言ってたな。


 にしたってしつこ過ぎる!


「ちょっと待って。ってこは今……」


 青ざめて予感が頭を(よぎ)るとアイシアに、指をパチンと鳴らす。


「そ。いーまーはー……?」


 その嫌な予感は他の者達も感じたようで、


「――ハイネ! オールドに連絡を!」


「は! ――オールド、私です、ハイネです。応答して下さい! オールド!」


 研究施設の警備をしているオールドとの連絡を取るが、一向に応答しない。


 その研究施設には、調査隊の中にエルフや獣人もいる。


 ヴォルスンやアーキ達も応答を待つ中、ザザッとノイズが入る。


「……! オールドか!?」


『オールドというのは、ここに転がっている二流魔術師のことか?』


「「「「「!?」」」」」


 俺達に聞き馴染みのない若い青年の声で応答があった。


「貴様、何者だ!?」


『……やれやれ随分と無作法な女だ。名を聞きたいのであれば、自分から名乗るのが礼儀だろう。やっとでさえ、この異臭で頭が割れそうで気分を害しているというのに……知能の低い輩との会話をしてやる身にもなってほしいものだ』


 つらつらと嫌味口を語る青年に答えたのは、


「相変わらず理屈臭いねぇ、ドクター」


「ド、ドクターだと!?」


 へらっとクルシアが割って入る。


 ドクターといえば、テテュラやアリアを始めとする半魔物化の人工魔石を生み出した張本人でありながら、道化の王冠(クラウン・クラウン)の財源。


『黙れ。あのババアの研究室に入ること自体、穢らわしい! 何だ? この異物に物体は? 一ヶ月ほど食事も喉を通りそうにない……』


「えーっ!! 人工魔石の実験で、実験体が弾け飛んでもケロッとしてる君がそれ言う?」


「だな」


「ドクターっ!! あんた、アタシの研究にケチをつける気かい!?」


『研究? ほう、闇鍋の研究でもしていたのかな? まあ一ミクロン足りとも食欲は湧かないがね』


「――むきぃーっ!!!!」


 道化の王冠(クラウン・クラウン)の人間関係が見える会話。


 ドクターとアミダエルは対立関係にあり、クルシアは面白半分で茶化し合い、ザーディアスは火の粉が飛んでこない場所から、流すようにあしらっている。


「で? そっちの制圧は完了したの?」


『無論だ。お前、舐めているだろう? 俺をこんな二流地属性の魔術師と同列に並べるな。バザガジールまで寄越しやがって……』


「まあ念のためだよ。ドクター、引きこもって筋肉痛にでもなるかにゃあって……」


『貴様……』


 クルシアの媚びを売るような喋り方に苛立つ返答をするドクターに、


「オールドちゃんやみんなをどうしたの!?」


「そうだ! エフィ達は?」


 安否を問うアイシアとディーヴァ。


 すると微かに声が聞こえる。


『……お、逃げ……さい』


「オールド?」


『この……達は、我々の手に……負え……』


 声が遠く、ノイズの間に喋りかけていることから、ドクターの口元から離れた場所から話しているのだろう。


『安心しろ。コイツらは貴重な実験体だ。殺しはしない。……コイツらもついでに回収してもいいだろ? クルシア』


「待ってぇ〜。一応確認取るよ。……どう?」


「――ダメに決まっているでしょう!?」


「だってえー。残念!」


『……ふざけるな。コイツらは戦利品だ。勝手に回収させてもらう』


「お好きにどうぞぉ〜!」


 レイチェルの許可が無くても回収するつもりだっただろうに、わざとらしく実力さを見せつける。


「よしなさい! これ以上の狼藉は――」


「許さないってぇ? 止めてみなよ。ほらほら」


「くっ……」


 するとヴォルスンやアーキ達、亜人種は研究室へと向かおうと走る。


「女王陛下! 研究室は我々が抑える!」


「これ以上、同胞をあのような目には合わせられん!」


「た、たわけ! 待つのじゃ! ワシすら相手にならぬ怪物がおるのじゃぞ!?」


 獣神王の制止も聞かず走っていくと、獣神王はちらちらとレイチェルを見る。


「……すみません。向かい、止めて下さい」


「うむ。できる限りを尽くそう」


 その獣神王に便乗して、アイシアも向かおうとするが、腕を引っ張って止める。


「リリィ? 行かないとオールドちゃん達が……」


「わかってるけど、この場を離れるのもマズイ……」


 ザーディアスはともかく、今のクルシアは何をしでかすかわからない。


 それに仮に向かったとしても、獣神王、アルビオが相手でも余裕の笑みすら零して戦うバザガジールを相手取るのは、全滅すらあり得る。


 特にアイシアに関しては、龍の神子として身体を解剖される未来すらある。


 向かわせるわけにはいかない。


「ザーちゃん、止めてくれないの?」


「下手に手ぇ出したくないんでね」


 亜人種達をそう見逃すと、クルシアは最後の要件を話す。


「さて、ボクの三つ目の要件だけど……」


 カランとアミダエルを閉じ込めている瓶を差し出す。


「今回の事件の首謀者の身柄は欲しいだろ? ほら、これあげる」


「……は?」


 自分の研究物を回収されていることから、良い気になっていたアミダエルはどんでん返しを食らう。


「おい、待てクルシア! どういうつもりだ!?」


「どおって?」


「あ、あんたはアタシを助けに来てくれたんだろぉ?」


「あれ? ボクそんなこと言ったっけ?」


 アミダエルはこそこそと逃げていたところを、虫取り少年のようにワクワクした目をしていたクルシアに、ガポッと瓶に入れられたのだ。


 確かに助かるとは言ってない。


 自分がこの後どうなるのか、悪い方へと考えが向く。


「ま、待て待て待て待てえーっ!! クルシア、あんたがアタシを差し出す理由がない! そうだろ?」


「あるよ」


「な、何ぃ……?」


 するとクルシアは不敵な笑みを浮かべる。


「だぁって――面白そうじゃない」


「なっ……!?」


「君がどういう反応をするのか。この身柄を女王陛下様に渡すとどうなるのか。どう扱うのか……楽しみじゃないか」


 そういえばこの男はそういう男だったと思い立つ。


 それはクルシアと面識のある俺達も思った。


 人の人生を(もてあそ)ぶことを平気で思い付き、実行に移すイカれ野郎だったことを。


 そんな性格をわかっていても、アミダエルは保身のために、色々と提示する。


「待て待てクルシア。アタシがいなくなると、今せっかく回収したアタシの研究が上手く扱えないぞ。アタシの研究だ! なあ? だから……」


「あー……安心しなよ。君の代わりの研究者なんていくらでもいるぞ」


「は?」


「だって好奇心と探究心は人間の本質的なところだろ? 君みたいな考えの奴だっているだろう?」


「だ、だがあっ!!」


 聞く耳持ちませんと、にまにま笑いながらクルシアはアミダエルと視線を合わせない。


 それが逆に恐怖心を煽っていく。


 また捨てられるのか。また利用されただけなのか。積もり積もる不安に押し潰されたアミダエルは、


「――嫌だぁーっ!! 死にたくない! もう利用されたくもない! 自由が、自由が欲しいっ!! アタシの……アタシに優しい世界が欲しいっ!!」


 瓶の中でカリカリともがきながら、自分勝手な命乞いを始める。


 今まで自分勝手な研究をし、他人の命を踏み躙ってきた人間のセリフではない。


「みっともないなぁ。……ほら」


 瓶の中で暴れるアミダエルに構う事なく、レイチェルに差し出す。


 何かの罠ではないかと思うレイチェルは、ハイネに目線を送る。


 するとハイネがその瓶を受け取るようで、前に出る。


「ひ、ひいっ! た、頼むクルシア! アタシが悪かったよぉ。マンドラゴラを勝手に持ち去ったことも不問にするし、これからはちゃんと協力もする。だから、アンタの側に置いとくれ! 頼む!」


 ついに腰を低くし、命乞いをするアミダエルは小さな瓶の中で、丸まって懇願する。


 すると、


「……やーめた」


 受け取ろうとしたハイネの手のひらに瓶は置かれなかった。


 クルシアは(たもと)に寄せると、ニコッと笑う。


「は、はは。わかってくれたか――いっ!?」


 瓶の中でアミダエルが苦しそうに悶える。


「!? クルシア!?」


「ひ、ひぎぃ!? な、にゃにを……?」


 どうやら瓶内の空気を真空にされたようで、アミダエルの身体もメシメシという音が聞こえる。


「……失望しただけさ。本当に死が怖いだけだなんて。いいかい? ボクの組織のモットーはやりたいことをやるだ。そのための信念の無い奴に、ボクは興味は無い」


「あっ……」


 クルシアはアミダエルを(もてあそ)び、試したのだ。


 おそらく後で回収するなり、逆襲劇でも企ててくれないかと期待したのだろう。


 だが野心のかけらも感じなかった命乞いに、クルシアの興味は失せたのだろう。


「ぴひぃ……た、たしゅけ……たしゅけてくりぇ」


 身体が真空の空気に押し潰されて、声を出すこともままならない。


「アミダエル!?」


 さすがに見ていられないと手を出そうとした時――グシャっと潰れる音がした。


 するとアミダエルの死骸の入った小瓶を適当に投げ捨てる。


「ごめんね。本当に身柄を渡すつもりだったんだけど、つまんないから殺しちゃった」


 その対応の仕方に異常性を感じたレイチェルは、わなわなと瞳を震わせる。


「……貴方、どうかしていますよ。自分の興味だけで命を奪うのですか!?」


「うん!」


 クルシアと初対面の面子は、酷く怯んだ様子を見せると、更にクルシアの悍ましさを知ることとなる。


「とりあえずはこの国にはしばらく手は出さないであげるよ。時期を見てさ、またこういうことしに来るから、それまでに亜人種達と仲良くね」


「次は何をするつもりだっ! クルシアっ!」


「さあねぇ。でも、やりようはいくらでもある」


 クルシアは天井を見上げて両手を広げると、その場をクルクルと回り始める。


「アミダエルの研究が好き放題に使えるんだ。どこかしらの環境を変化させるだけでも色んなことが起きるだろう。君達の部下を実験に使うドクターが、また新しい兵器を作ってくれるだろう。どこに売り込もうか……考えただけでワクワクする。下手な野心家なんていくらでもいるんだ。汚い人間やあのコメディアン共みたいな阿保真面目な奴も騙くらかせる。人の感情を動く様を作る機会なんてごまんとあるさ! ――アッハハハハッ!!!!」


 この狂った思想家を野放しにはできない。


 コイツを放っておくことは、この世界の崩壊に繋がるような気がしてならない。


 俺が迷い込み過ごしてきたこの世界を、この男は簡単に奪おうとしている。


『……クルシア。何やら亜人種共が群がってきたが、コイツらも回収していいのか?』


 口元をニヤッとして、


「お好きにどうぞぉ〜」


「クルシアっ!!」


 こちらを見て(わら)う。


「殿下! もう我慢なりません! クルシアを討ちましょう!」


「よせ! 早まるな! レイチェルがいるのだぞ!?」


「わたくしは構いません。この男を野放しにする方がよほど怖いです」


「へえ……」


 臨戦態勢を取る一同の中、俺はクルシアの思惑に走らない方法を考える。


 このままいけばハイドラスとレイチェル、両方の王族を失う。クルシアのことだ、その責任を研究室に向かったヴォルスン達、亜人種のせいだと公表するだろう。


 ただどうなるか面白そうという理由だけで。


 また悪戯に人が殺される世界が広がる。


 正直、色んな手を考えるが、どれも上手くいくとは思えない。


 何せ、クルシアはもとより、ザーディアスもバザガジールも強い。


 そして制圧してみせたさっきから鼻につく余裕な態度で話すドクターも、相当な実力者。


 先ず、この場を抑えるのに武力行使は不可能に近い。


 せめてザーディアスだけでも味方だったらと、チラッと視線を泳がすも、


「……」


 ごめんなと言いたげに、困った笑みを浮かべる。


 当てにならないか。


 すると俺はゆらっと前に出る。


「待って」


「オルヴェール?」


 俺は更にハイネから通信用の魔石を渡すよう促すと、ハイネはそっと手渡す。


「ドクター。聞こえているね? リリア・オルヴェールだ。人質を全て解放し、目の前にいるみんなにも手を出すな」


『……貴様、何様のつもりだ。この俺に指図するなど――』


「てめぇも研究者だろ? お前達の興味をそそる話をしてやる。だから黙って聞いてろ」


 気迫を込めた言葉に、さすがのドクターも怯んだ様子。


 それをクルシアはケタケタと笑う。


「はっははははっ!! 何、気圧されてんだよ、ドクター。確かにリリアちゃんは時折、男勝りなとこあるけど何? ドクターって女の子の尻に敷かれる――」


「黙れ。お前にも興味を持ってもらえる話だ。黙って聞けよ」


「……ふーん」


 期待を裏切らないなぁとクルシアはほくそ笑む。


「リリィ?」


 心配そうに俺を見るハイドラス達。


 特にアイシアとリュッカは何かを予感したのか、歩み寄ってくる。


「何するつもりなの?」


「嫌だよ? 危険なことはダメだからね!」


「危険なことはしないけど……」


 俺はぺこっと二人に頭を下げ、


「先に謝っておく。ごめんね」


「「えっ?」」


 俺は困った笑みでそう謝り、リュッカに向かって手を出す。


「リュッカに一つお願いがある。解体用のナイフってあるよね? ちょっと貸してくれる?」


「えっ? あ、うん。待ってて……」


 ごそっと使い慣れた自前のナイフを手渡してくれた。


「ありがと。これで……クルシアを止められる」


 アイシアとリュッカには下がってもらい、俺はマジックロールを広げる。


「――契約(コントラクト)!!」


 俺とクルシアを囲むように一気に魔法陣が展開。


 敢えて抵抗しなかったクルシア。


「契約魔法だと!?」


「な、なに? なにをしたの?」


 慌てふためくアイシアにハーディスが説明。


「これは契約魔法の一種です。以前、リリアさんがインフェルノ・デーモンと契約された魔法と同じ部類のものですが、これは商人が行なうような契約に用いられる魔法ですね」


「そ、そんなものを使って何を……」


「恐らくだが、クルシアにこちらの条件を呑ませる代わりに、何かを犠牲にするつもりではないか?」


 ハイドラスの予想にアイシアとリュッカ、シドニエもハッとなる。


「リリィ!」


「リリアさん!」


 それをクルシアも読み違えるはずもなく、意図を探る。


「どんな条件を出すんだい? どんな約束を結ぶ? 見ものだねぇ」


「お前に全力で楽しんでもらう契約さ。こちらの都合を一方的に押し付けるからそのつもりで……」


 俺は自信満々に笑ってみせると、リュッカから貸してもらったナイフをクルシアに投げ渡す。


 クルシアは出方を見るようにナイフで軽く手を切ると、この契約魔法陣に血を垂らす。


 本来、魔物の契約以外では無理やりでも無効化できる闇属性の俺達だが、お互いが合法の意思を見せる――つまりは血を魔法陣に記憶させることで、契約を執行されても無効化できなくなる。


 この契約魔法の類は呪いにも該当するので。


 クルシアはナイフを俺に投げ渡すと、今度は俺が血を垂らす。


 何が始まろうとしているのか息を呑むギャラリーをバックに、


「――契約だ。クルシア、お前はおそらく所持しているであろう魔物化の魔石を渡し、仲間の撤退、こちらへのこれ以上の危害と……お前はしばらく大人しくしていろ!」


 俺は自分の喉元に勢いよくナイフを突きつける。


「――リリィ!?」


「その代わり――()()()()()()()()()()()()()()!」


 ビタっとナイフは紙一重で喉元に止まる。契約が執行されない限り、私の命は守られる。


 俺はクルシアの要求を聞く事なく、クルシアからの要求を自分の命とした。


 正直、切りたくなかったよ。俺の切り札。

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