27 生贄
「みんな! 上手く引きつけて!」
ポチの背に乗り、リュッカと相乗りしながら懸命に指示を出す。
アイシアに応えるように、ドラゴン達は妖精王のゴーレムの頭部分を飛び回る。
と言っても本体は腹のへそ辺り。ディーガルとの交戦が続いている。
そんな影響もあってか、止まる気配はない。
「ど、どうしよっ!? 止まらないよぉーっ!」
「そうだね。レイチェル殿下の準備が整うまでの時間稼ぎくらいはしたいんだけど……」
現在進行形で妖精王のゴーレムはヴァルハイツへと向かっている。
理由としては様々あるだろうが、妖精王の性質上、魔力が豊富に集まる場所を目指していると仮説付けられる。
それを踏まえて考えると南大陸の中で人が一番集まるヴァルハイツはうってつけという結論に至る。
通信が切れてからの戦いの中、妖精王のゴーレムは見た目の重厚感通りの耐久力とパワー、更には地脈を宿している影響か濃密な魔力による防壁も展開、挙句にさっきからディーガルやドラゴン達に仕掛けている木の根の攻撃である。
魔物はゴーレム化する前にアイシアのドラゴン達が討伐してくれたが、プラントウッドとは桁違いの耐久力にこちらの戦力は疲弊する。
いくらアイシアは龍の神子と呼ばれ、ある程度の魔力消費の軽減ができているとはいえ、限界はある。
実際、召喚しっぱなしでアイシアは常備していたマジックポーションは底を尽きたようだ。
「ふえ〜、フラフラしてきたぁ」
「しっかりしてシア。私の分のポーションも使って」
「う、うん」
しかもこちらは魔導兵器がどんなものか把握していない。
亜人種を根絶やしにすると考える過激派が作った兵器ならある程度の想定はできるが、それでもこれだけの巨体にダメージを与えることが可能なのか。
仮に某戦艦波動砲くらいの威力のものがあったにしても、この魔力壁を貫通できるかが課題でもある。
さらには木の根もクッションにされる可能性は高い。
「リリアさん、掴まってて下さい!」
「へ? あ、ああっ!?」
近付き過ぎたのか、俺達の乗っているドラゴンにも攻撃を仕掛けてくる木の根。
だがシドニエは龍操士でもあるかのような、飛行捌きで回避する。
「――きゃああっ!!」
俺は思わず彼氏が運転するバイクの後ろに乗るが如し、乱暴で男らしい運転に危険を感じつつも、胸がキュンとする――ことはないです。
まあ振り落とされないようにしがみつきはするんですが。
俺は騎乗技術を持ち合わせてないもんで!
だがそれはシドニエも同じはずだがとふと思ったので、
「シ、シドってドラゴンの操縦ってできたっけ?」
ふと攻撃が止み、アルビオがフィンと共に薙ぎ払ってくれたところの境に質問してみると、頬を紅潮させながら話す。
「え、えっとリュッカさんの予備を頂いたんです」
「予備?」
「ほら、リリアさんがリュッカさんにお渡しした……」
ドラゴンの操縦に何故リュッカが?
「あっ……」
思い出しましたかと小首を傾げる。
トレース・アンサーのストックだ。アイシアの騎乗技術をコピーしてたヤツを念のためのいくつか渡してあったヤツ。
「なるほど。……ん? でもアレって動きを真似して、ある程度の補正はできるけど、ここまでの技術は……」
トレース・アンサーのコピー元の動きを真似するだけでは、これだけの激しい攻撃を躱しきるのは中々大変。
「ぼ、僕の場合はリアクション・アンサーの名残りもあったので、それではないかと……」
何やら気恥ずかしそうに動揺しながら語るが、確かにリアクション・アンサーに慣れているシドニエなら、トレース・アンサーのコピーの動きを汎用させることは可能だろう。
それに言ってもシドニエ自身の能力も上がっている。
何せあのアミダエルの突進を真正面から受け止める度量まで見せたほどだ。
本当に目覚ましく成長してくれたことに感心するが、
「?」
「……」
何故そんなに恥ずかしがるのかが、イマイチわからん。
すると見かねたフィンとアルビオが並走して飛ぶ。
「おいおい、こんな事態にお空のデートを楽しんでんじゃねえよ!」
「ちょっ!? ちょっとフィン!」
「へ?」
俺は自分の状態を確認する。
ドラゴンに跨り、シドニエと相乗り。振り落とされないようにと手を回して抱きついたシドニエの背中は大きく感じ、その背中にはたわわに実ったリリアの果実が押し付けられている。
「……このラッキースケベ」
「あ、あのリリアしゃんから、お、押しちゅけ……」
体裁が悪くなったのか、噛み噛みである。
うん、なんか安心した。
「おい。本当に楽しんでんじゃねえだろうな」
「当たり前でしょ? アレ何とかならないの?」
近付こうにもあの木の根が邪魔をしてくる。
「とりあえず言えんのは、そのドラゴン達に乗った状態で近付くのは無理だ。俺達や獣神王みたいに小回りが効かねえと無理だ」
その獣神王も妖精王を止めるために、垂直になっているはずのゴーレムの身体を壁走りしながら、襲い来る木の根を爪で裂きながら果敢に仕掛ける。
「邪魔じゃ! 邪魔じゃあっ! 退かぬか!」
伊達に原初の魔人ではない戦闘センスを見せつける。
正直、あれでもバザガジールの方が上だと考えると、奴は本物の化け物ってわけだ。
直接会ったことはないが、正直会いたくない。
だがそんな獣神王を妨げる存在がいるようで、読んで字の如く、横槍を入れる。
「――ぬおっ!? 何をするかっ!? 童?」
「黙れ、化け物! 妖精王と共に死ね。獣神王!!」
ヒュンと薙ぎ払うと、獣神王はその一撃をひょいっと飛んで躱すと、そのまま顔面へと蹴りを入れる。
「たわけ! 小僧!」
ディーガルは持っていた槍でガード。
押して払うと、ディーガルもこの垂直の戦闘になれつつあるのか、背中から生え出る腕が地面をしっかりと鷲掴み、慣れた様子で戦闘を続投する。
あれに割って入ろうと考えると、中々億劫な気持ちだ。
あの明らかにイケメン俳優がやりそうな、キレッキレなアクロバティックなアクションの数々に、その手の俳優方は目を丸くすることだろう。
ワイヤーアクションにもほどがある。
激しい相手の喉元を狙う爪と槍。その間に割って入る妖精王の木の根。それを垂直な壁をまるで普通通りの地面のように走りながら戦う二人。
――うん、バケモンだ、ありゃあ。
フィンの力で空中に飛んで戦うアルビオが正常に見えてくる。
「妖精王を止めなければ、ディーガルさんとの決着は……」
「何かあのまま獣神王が成してくれそうな気がするけど、そうも言ってられない。妖精王もそれなりにあの戦闘に参加しつつも、このゴーレムの進行は抑えられてない」
「よ、陽動にもなってませんからね」
妖精王の奴。暴走している割には、器用に振る舞う。
がっつりディーガル側との戦闘に参加しつつも、ゴーレムの歩みを止めることも、俺達を阻害することも忘れない。
そこまで器用なら、是非とも理性を取り戻してほしいところだが、その気配は感じない。
「このまま殿下の連絡待ちですかね……」
「いや、私達の役割は多分、陽動だけじゃない」
「え?」
「その魔導兵器がそもそもどんなものなのか、準備はどの程度で済むのか、向こうの時間次第じゃあしっかりと足止めしなくちゃいけないし、その魔導兵器の威力をしっかりとこのゴーレムに浴びせるためには、この魔力壁や木の根が邪魔だ」
「え、えっと仮に城壁魔法の類だとすると、それらで威力を落とされる可能性があるってことですね?」
「そう。ご丁寧にその魔道具兵器があるであろうヴァルハイツに向かってる。……最悪、やっぱり私達で止めなきゃまである」
亜人種を根絶やしにしようと魔導兵器だ、必要となる魔力量は勿論、必要過程の稼働準備もあるのかもしれない。
一番最悪なのは、電化製品でもたまーにあるやつが起きるとどうしようもなくなる。
初期不良である。
そんな心配を他所にフィンはヘンと口をへの字にする。
「要するにアイツを消耗させればいいんだろ?」
「うん。だから僕らで……」
「それは却下! てめえ、少しは自分の身体を大切にしろ!」
天空城から落ち、目を覚ましてこの騒動への参加だ。
身体を労えという説教にも納得がいく。
「お前、お得意の黒炎魔法で消耗させればいい。敵を炙るのは好きだろ? お前」
「それ! 誤解されそうだからやめて! 黒炎の魔術師って別に私がつけたわけじゃないからね!?」
俺は咳き込み話を戻す。
「簡単に言うけど、私のブラック・フェニックスでもアレ全身に浴びせるのは無理だよ」
以前、ドクターが寄越したルーンゴーレムやプラントウッドと比較しても二倍以上の大きさはある。
そのゴーレムを燃焼させるにしても微々たるものだろう。
「馬鹿言ってんじゃねえ! こっちには俺達がいるだろ?」
「まさか……」
「そうだ。ザドゥとヴォルガードの奴らをサポートに回してやればいい」
精霊の力を借りれるのは有難いが、
「いいの? アルビオ以外の人間とはとかなかった?」
「そうだよ。リリアさんには霊脈もないはず……」
霊脈?
「まあそうなんだが……」
フィンはポリポリと頭をかきながら、
「不思議とコイツからもアルビオと似た気配を感じるんだよなぁ。こんな状況でもあるしさ、許容範囲内だろって……」
「そういえば以前にもそんなことを……」
確かに精霊と初めて話した時くらいにそんなことを言われたような気がする。
アルビオは勇者の子孫、現実世界の血を継ぐ人間だ。
精神だけが現実世界の俺に反応しているのかと仮説付けしてた気がするが、それを立証する機会が与えられたわけだ。
「……いけそうなの?」
アルビオは顕現していないザドゥとヴォルガードに尋ねているようだ。
真剣な眼差しで空に向かって、うんうんと頷く姿は独り言を口走る痛い人にしか見えない。
「いけるみたいだけど、やはりリリアさんに霊脈がないことから、僕のフォローも必要みたいだ」
「要するには、お前を杖代わりにして魔法を唱えろってことだろ?」
「そ、そうだね……」
茶化すように話すフィンだが、人間を杖代わりとか考えたくない。
「と、とにかくアルビオを介して魔力が供給されるから、それで魔法を唱えろと?」
「まあ簡単に言えばそうだ。だがブラック・フェニックスで焼けるのはあくまであの木の根だけだ。あの分厚い魔力壁の消耗は別問題だろ」
「おい」
解決できるって言ったの貴方よ。精霊の力を使ったブラック・フェニックスなら消耗できるとわかったから提案したんじゃないんかい!
そんなジト目で見る俺に、フィンも何か言いたげな視線を向ける。
「は? もしかしてオリジナルに期待してる?」
フィンはこくんと頷いた。
「はあ!? あのね、確かにマンドラゴラの時もテテュラの時もオリジナル魔法で突破したよ――」
カースド・フレイムとかファントム・ガントレットとか。
明らかに中二病を拗らせた魔法の数々。
思い出したら、少し恥ずかしくなってきた。
「だ、だけどそんなおいそれとオリジナルが思いつくわけないでしょ!?」
「でもこのままじゃダメなのもわかってんだろ?」
「うっ……」
まあその通りだとは思うわけで。
「ぼ、僕も何かアイデア出しますよ」
「頑張りましょう!」
「わ、わかったよ……」
そしてとりあえず情報の整理をして、有効的な手段を提案する。
「一番理想的なのは、あの膨大な魔力をこちらで還元できるのが理想ですよね?」
「まあね。だけど吸い上げたり、削ぎ落としても無尽蔵に湧いてるよ」
「原因はあれだな」
フィンの視線は地面。
地面を歩く足には無数の木の根っこがあり、歩くたびに千切れては地面に根を張るの繰り返しである。
「おそらく地脈の流れに干渉し、魔力を常に循環してるんだ。そのループが奴の魔力壁の正体だろう」
腐っても魔物ってわけだね。いや、魔物のトップに君臨する魔人だからこそか。
「だったら先ずはあの足を地面から離すところからしないといけないわけ!? ああっ! 問題山積みだよ〜」
「いえ、その問題は解決できるかも……」
「へ?」
課題が増えると思った矢先、何か閃いたアルビオ。
「この先にいくつか散らばった浮遊石があるはずだ」
「浮遊石?」
「クルシアが天空城を落とすために破壊したものだよ」
「!」
「シドニエさん。確か貴方は地属性の精神型ですよね?」
「は、はい」
「造形魔法は得意ですか?」
「ぞ、造形ですか? ううーん……」
造形に浮遊石の残骸と聞いて、俺はアルビオの言わんとしていることに感づく。
「多分、大丈夫です。エルクさんの造形魔法も勉強させてもらいましたから……」
そういえばエルクのゴーレムは戦隊ロボだったような。
「つまりアルビオが言いたいのは、その浮遊石をあのゴーレムの回りで再構築して、浮かせてしまおうってわけ?」
「はい! それなら動きも封じられますし、魔力壁の増量も無くなります」
ただ浮遊石の残骸の量次第では、この作戦を決行すること自体が難しい。
それをわかっていてかフィンを偵察に飛ばすと、精霊遣いが荒いなと文句を口にしながらも去っていく。
「後はドレイン系の魔法のオリジナルを……」
するとシドニエは恐る恐る手を挙げる。
「なに? 時間がないんだし、さっと言う!」
「き、禁術はどうですか?」
「!?」
「禁術……!」
明らかに物騒な魔法を口にしたシドニエは、あまり口にしたくなかった様子。
周りからも警戒するような感覚が襲う。
するとアルビオが珍しく怒った剣幕で話す。
「それはダメです! わかっていますよね!?」
「ううっ……でも、あれだけの魔力を吸い出すと考えると、それしか思い付かなくて……」
「な、なに? 何のこと?」
さっぱりわからないと俺がきょどっていると、表情を曇らせたアルビオが流し目に語る。
「シドニエさんの言っているのはおそらく、生贄です」
「あっ!」
確か人精戦争で、精霊達の心の傷になって、人間と疎遠になるきっかけとなった禁術。
「確かにそれを使えばあの膨大な魔力を手中に収めることは可能かもしれません。ですが僕からは賛成はしかねます」
まあアルビオはその精霊と共に生きてる奴だからな。
精霊に対する思いは、他の人間と比べても桁違いだろう。
絶対賛成はしない。
「……仮に使うとしてデメリットは?」
「――リリアさん!?」
「仮にだよ。落ち着いて」
「禁術と言っても生贄はドレインの強力版というだけで、副作用とかはありません。ただ術の効果上、発動者以外の魔力を無作為に吸い尽くすため、周りに命の危険が及ぶ可能性はあります」
「だから魔力の塊、思念体である精霊にとっては、天敵とも呼べる魔法なんです」
「なるほど……」
するとゴーレムの気を逸らしていたアイシア達が近付いてくる。
「みんなぁーっ!」
「どうしたの?」
「魔導兵器の準備のため、ドラゴンを寄越すことになりました。数を減らすと陽動が難しくなるかもしれませんが、いいですか?」
レイチェルからの連絡が来たと話すが、詳しい概要は準備の目処がつき次第と既に通信を切っていた。
いよいよしのごの言っている場合ではなくなってきた状況に、とりあえず魔導兵器の目処がつきそうならと、ドラゴンの話は通すこととした。
アイシアはエメラルドを中心に風龍を連れて向かうこととなった。
「……気持ちはわかるけど、あの防壁がどうにかならないと話にならない。やろう、生贄」
すると黙ってはいられないとルインが顕現する。
「それはなりません! あの魔法がどれだけ恐ろしいものか。消えゆく同胞達の嘆きを忘れたわけではないのですよ!」
「言いたいことはわかるけど、私達が相手にするのは貴女達、精霊じゃない! あの妖精王だよ! 貴女達に危害を加えないよう発動することを約束する! だから……」
「だからそれを――」
反論しようとしたルインの肩をフィンが叩いた。
「いいじゃねえか」
「フィン……?」
フィンは浮遊石の確認を報告すると、風の流れで聞いていたようで意見する。
「確かに俺達にとってはクソムカつく魔法なのは事実だ。だけどな、いつまでもそんなことを言ってると足元を掬われるぞ。……あのエルフ達みたいにな」
「!」
今回の事態はエルフが人間と交流を深めようとせず、疎遠な関係であったことが要因ともされている。
精霊も実際あの戦争以来、人間との不干渉を貫いているが、クルシアのような存在がまたそれを利用しようと考えないこともない。
フィンはエルフ達の二の舞になるのではと説明したのだ。
「で、ですが……」
「俺達はアルビオを介して人間との蟠りを少しずつでも解消していくって話だったろ? そんな禁術の一つや二つ受け止められないでどうする。俺達、年長者だぜ?」
「で、でもフィン……」
心配そうに見つめるアルビオを、お兄さんのような眼差しで頭を撫でる。
「わあってるよ。俺達がいなくなるかもだろ? 十分に距離をとりゃあ大丈夫だろ? だからブラック・フェニックスへのフォローとアルビオのフォローが遅れることが条件だが、それでもいいか?」
フィンだって本当は許したくはないだろう。
その時代に生きた精霊ではないフィン達でも語り継がれた、その重い歴史は彼らにとっても悲痛なものだろう。
それでも今は人間のためにと譲歩してくれている。
「わかった。それで行こう」
俺がフィンにしてやれることは、その思いを踏みにじらないこと。
するとアイシア達にも作戦の概要を手早く説明。
「――というわけ。いける?」
アイシアはフンっと鼻息を鳴らし、
「任せて! 私とポチの力、見せてあげる!」
自信満々に言い放つ。
こういう時のアイシアは本当に頼りになる。
「リュッカも任せたよ」
「うん。リリアちゃんも頑張って」
俺は自分のマジックポーションをリュッカに手渡すと、アイシアは早速ゴーレムの前へ。
「さあ! おいで妖精王! 美味しいドラゴンと人間ですよ!」
「シ、シア? その誘い方はどうなの?」
俺はそんなセリフを言っていることなど知らず、アルビオ達と浮遊石の落下している場所まで移動を開始する。
「さあ、そろそろ正念場だよ! 気合い入れてこ!」




