16 兎と狼
「フェルサはあの兎がどれだけの実力か、知ってる?」
「いや、知らない。けどクルシアのことになると……」
獣人なだけあってか、翔歩の使い方が非常に上手い。クルシアと言っただけで、目の前には細腕の彼女からは繰り出されるはずのない巨大な石斧が何度も振り下ろされる。
ブンブンと振り回して、陣形をかき乱す。
「さっさと死んでくれませんかね? エルフ達も。味方しろとは言われてますが、殺しちゃダメとも言われてないんです〜。巻き込まれたくなかったら、退いてて下さい」
「ふざけるな! 貴様は例のクルシアという輩の仲間なんだろ? そんな奴に――」
「ダーリンを輩呼ばわり?」
アーキに向かって怒りの鉄槌が振り下ろされる。
「――危ねえっ!!」
バークが咄嗟にフォローして回避するも、その石斧は地面を破壊し、その衝撃の風圧が重さと勢いを思わせる。
だがそれ以上にリュエルの執念にも似た嫌悪のオーラが重々しく伝わってくる。
「ダーリンを悪く言う奴は……死んじゃえばいいのよ」
巨大な石斧のせいもあって、非常に大きな威圧感を思わせる。
「あの女、まるで狂戦士ね」
「そりゃね。兎の獣人は年中発情してることから、情愛の獣人としても有名なの。自分の中の恋愛対象のためならって無類の強さを発揮するの」
「愛のためならってやつかな? 私にはまだ理解できないことだね」
恋人を作っても職業柄上、関係を進展させることが難しかったジードは残念そうに語る。
「それよりバーク。アイツが吹っ飛ばした目玉お化けは何だったのよ」
「ノートっていうジャッジメントらしいぜ。自分で名乗ってた」
「ジャッジメント!? ということはヴァルハイツ軍も侵攻してるんじゃ……」
「わかんないけど、それらしい取り巻きはいなかったぜ」
フェルサも匂いから特に気配を感じず、感知魔法にも変わった気配はなかった。
「俺とこいつがやり合ってた最中に、見えてたとか言いながら、血涙しながら現れてさ……」
「け、血涙?」
「ああ。そしたらあの子、急に苦しんだかと思ったら、目から変なもんが出てきて顔を呑み込んだんだ!」
好みの男の子だったのにと、バーバルは悔しがるが、さっきの軟体の身体に呑み込まれたのだろうか。
リュエルはその会話が丸聞こえだったようで、呆れた様子でそのノートと思しき死体を見た。
「あー……もしかしてアミダエルさんのおもちゃでしたか? それは申し訳ないことをしましたぁ」
「おもちゃ……ですって?」
「ええ。貴女達だって相手にしたでしょ?」
パラサイド・ドックのことを言っているのだろうと察する。
「本人は不老不死とか、完璧な生命体を作るためのプロセスとか言ってますが、私達から見れば悪戯に材料をぶち込んだ闇鍋みたいなもんですよ。あれらは……」
申し訳ないとか言いながら悪びれる様子はなく、理解に苦しむと呆れて首を振る。
正直、ジード達もその意見には同意見だが、生物兵器を知りながらも放置し、これだけの犠牲を出しておきながら、他人事のように振る舞う態度には憤りを感じる。
「……でも貴女達の言う、そのおもちゃで何人の犠牲者が出たと思うの。それもあんたの言うダーリンの狙いなのかしら?」
「ダーリンはこの国がどう傾いていくのかを見物したいだけだそうです♡ ダーリンはこの戦争の火蓋を落としただけでどれだけ燃え広がるのか、そこに葛藤する人々の思惑とかを弄りながら観察がしたいだけだそうですよ♡ ホントっ! ダーリンは素敵だわぁ!! あの人こそ神の生まれ変わりよっ!!」
そのリュエルの発言にディーヴァ達は怒りの感情が前には出るが、理解できないこともなかった。
アーキ以外のこの場にいるエルフは、妖精王を追い詰めた現場でクルシアと鉢合わせしている。
強者故の余裕のある態度、自分の考えを粘着性を持って精神に訴えかける狡猾性、この抗争に持ちかけるための計画性と行動力、それらを成し得るための力と自信。
族長と比べなくとも圧倒的なリーダー性を持った人物であり、リュエルが神と比喩的な表現をしつつも、一人の人格者として評価する理由も頷ける。
それはあの屈託もない無邪気な喋り口から、人間性を思わせるからである。
だが勿論――、
「許されるわけがないだろうがぁ!!」
当然の結論を叫ぶ。
「あんな化け犬のせいで……どれだけの犠牲者が出たと思っている。俺達の同胞はそのおもちゃにもされているのだぞ!」
「だからなんです? この世は弱肉強食。弱い者が強い者に都合良く踏み躙られるのは世の常でしょ? ダーリンは食べる側なんだから、弱い奴らをどうしようが関係ないんだから。それに生物兵器を作っていたのはアミダエルさんで、それに加担してたのは……確かここの将軍さんだって話でしたかぁ?」
アーキ達が倒した生物兵器の中には、エルフの姿になり、屍が晒された。
その度に人間を憎んだ。
命とその器を簡単に壊してしまえる悪辣な生物に、酷い嫌悪感を持っていた。
だが蓋を開けてみればどうだ。
諸悪の根源は一部の人間であり、今こうして短い間ではあるが、共に戦ってくれる人間は自分達が憎んでいた人間とは違うものだった。
しかも獣人である彼女がその憎んでいる悪行を行なう存在に加担している。
同胞ほどではないが、獣人も人間よりは信用していただけに、湧き上がってくる怒りも格別に違う。
そして明らかに悪い連中もはっきりした。
リュエルの言うアミダエルやディーガルもそうだが、その全ての元凶はリュエルがダーリンと呼ぶ、クルシアという男なのだと。
「おい、人間達。コイツを捕らえれば、そのクルシアという奴に会えるか?」
「わかんないけど、この人達よりは確率あるかもね」
サニラはそう言いながら、ジルバ達を指さした。
「兎の獣人の娘! お前は我々を助けるために来たというが、本心は違うんだろ?」
今までの発言を考えれば答えは明白だったが、やはり敵対すべき相手かを口にはして欲しい。
「そうですねぇ……亜人種がどうとかは特に。私はダーリンに必要とされてくれれば、貴方達が死のうが何しようが構いません」
「そうか。ならお前に助けられる筋合いはない! この戦争の火種となった奴のところまで案内してもらおうかっ!」
アーキはそう言うと二本の短剣を抜き、リュエルに迫る。
「せっかく命は助けてあげるって言ってんです。ちゃんと拾うものですよっ!」
一振りの重さに違いがあり過ぎることもあって、振り回す石斧を躱しながら、隙を突いていこうと考えるのだが、腕力がかなりあるようで、自分の身長以上の石斧にも関わらず素早く振っているせいか、距離も詰められずに攻めあぐねる。
「くそっ……」
「あー……邪魔です――」
持ち手側の棒状部分でアーキのみぞおち辺りを攻撃。
「――ぐぁっ!?」
「――ねっ!」
更に体制を崩したところへ、獣人の力がこもった蹴りが飛んでくる。
「――があっ!?」
エルフの隊長格など物ともしない身体捌きはさすがの一言であった。
アーキはそのまま地面に勢いよく転がると蹲って動けずにいる。
そこへシェイゾが治療へと走ると、リュエルが向かってくる。
「もう面倒なので全員死んで下さい!」
大振りの構えで襲いかかってくるリュエルだが、勿論そのセリフに応えてやるつもりはない。
「死ねるかっ!」
「お前が死ね」
バークとフェルサが連携をとってリュエルに対抗する。
大振りの攻撃を左右二手に分かれて回避すると、乱戦にもつれる。
先ずは素早いフェルサが細かな手数で攻撃を繰り広げ、隙あらばバークが斬りつけていくが、リュエルはそれを捌く。
「貴女、攻撃が軽いですね。ホントに獣人ですか?」
「馬鹿力だけが獣人の取り柄じゃない。発情兎」
するとリュエルは飛んできたフェルサの蹴りを紙一重で躱すと、一瞬獲物を手放し、足をパシッと掴むと、そのまま砲丸投げのように一凪、払うように投げ飛ばす。
「ぐっ!」
フェルサが投げ飛ばされたのを一瞬目で追ってしまったバークの隙を狙い、手放した獲物を掴むと片腕だけで勢いよく頭蓋目掛けて振り下ろす。
「――アイス・ショット!」
投げ飛ばされたフェルサは、咄嗟に氷魔法を発動。
リュエルのデカイ獲物を横からこずくと、狙いがズレた。
バークはその地面にめり込む勢いで振り下ろされた石斧の風圧を起用し、後退する。
するとリュエルは軽くめり込んだ石斧を持ち上げる。
「なーるほど。精神型ですか、貴女」
「だからなに?」
「別に」
再びフェルサ、バーク、リュエルの戦闘が繰り広げられる中、リュエルについての情報を少しでも集めようと尋ねる。
「あんた達、仮にもクルシアと接触してたなら、仲間のあいつのことを何か知ってないの? ……あの兎、予想以上に強いわ」
素早く翻弄できるフェルサと実力がメキメキとついてきたバークを同時に相手をし、引けを取らないどころか、巨大な石斧を振り回しているにも関わらず、押してすらいる。
「知らねえよ! あんな獣人。アタイ達が面識があるのはクルシアってガキとザーディアスっておっさんだけだ」
「チッ、役に立たないわね」
「んだとぉ!?」
喧嘩している場合ではないと諭すと、ジードはリュエルの強さを分析する。
「兎の獣人は数が少ないからね。詳しいことはフェルサの方が知ってるだろうけど、かなり訓練された様子がある。目の動き方に身体の動かし方はさすが獣人だよ。だがそれ以上に厄介なのは耳だ」
「耳?」
「ああ。フェルサの素早い動きに対応しつつ、バークの攻撃も対応できるのは、二人の足音や通り過ぎた際の風の音などで動きを予兆していると思われる。しかも獣人はほとんどが風読みの能力を持っている。兎の獣人である彼女の耳とは相性が良過ぎる」
そう言われたので目視してみると、リュエルの耳は小刻みに瞬きでもしているかのように、ピクピクと音をキャッチしている素振りを見せる。
「バークはともかくフェルサが攻めあぐねているのもそのせいね……」
「あの大きな石斧も周りの音をかき消すには、上等な代物だ。大きく薙ぎ払うことで相手に距離を置かせ、動きを上手くリセットさせられている」
「巨大な石斧に大鎌とかは距離を取りつつ戦われると、厄介ですからね」
正に兎の獣人の理想の戦い方をしていると、敵ながら感心してしまう。
「ならばこちらの手数を増やせば……」
「それはダメよ。あんた達が向かえば、こちらの動き回れる範囲が狭まる。連携が取れるあの二人だから行けてるところに、バーク達と連携できないあんた達が行ったら、まとめてあの石斧の餌食よ」
人数を増やし動き回れば、いずれぶつかったりするもの。
その隙が訪れれば死神の鎌ならぬ両刃の大斧が振り下ろされる。
そうとなれば胴体真っ二つは避けられない。
「ジードさん」
サニラの真剣な物言いに無言で頷くジード。
「貴方達はここまでです。今すぐに戦線を離脱、獣人の里へ避難に向かった他エルフ達と合流を……」
「こ、ここで逃げろと言うのか……」
リュエルの蹴りを食らったアーキはよろっと立ち上がる。
無理をなさらないでと寄り添うシェイゾを横目にそう語った。
「ええ、そうよ。ここにジャッジメントの奴が来てるってことは、少なくともあの火の手を越えてくるのも時間の問題。ここにヴァルハイツの騎士まで来られたら、生き残る術がなくなる。貴方達は無実を証明するためにも生き残らなきゃならない」
「で、でもみんなは……」
「私達は元々クルシアのお仲間を回収することも仕事に入っています。あの兎の彼女を連れて、必ず合流します」
「私達だって死にたくはないもの。無理と判断したら切り上げて合流するわよ。だから貴方達は彼女らを連れて引きなさい。さあ……」
サニラは捕らえたままのジルバを差し出して、避難を促す。
「ざっけんな」
今の話を聞いていたバーバルが、胸糞悪いとむすっとした顔で文句を垂れる。
「あのクルシアってガキには教育が必要だ。アタイらも仲間を殺されてる。タダじゃ済まさねえ!」
「黙りなさい」
ヒュンとサニラは冷たい声をあげ、首に杖を突きつける。
「あんた達、捕虜に決定権はないの。黙って従いなさい」
「なっ!? て、てめ――」
「いいじゃない、バーバル」
「ジルバっ!?」
「ユンナを殺されたことは許せないけど、自分達まで死んでしまったら元も子もないわ。それに下手に妾がここにいるのは得策ではないわ。足を引っ張ることになる」
冷静さを取り戻したとはいえ、囚われて魔法が使えない状態のジルバは足手まといでしかないが、
「待てよ。ジルバの能力を使えば、あんな獣人……」
「あんた馬鹿? 何の対策もしてないわけないでしょ?」
「その通り」
リュエルはクルシアの仲間であり、かなりの腕利きの獣人。
動きどころか、魔法の詠唱なんてしようものなら、速攻で止められるし、あの鞭の攻撃も当たらないだろうし、フェルサを一度は洗脳した音での発動も対策してあるはずだ。
何せ、ジルバ達はクルシアに雇われ、能力のほとんどが知られている。
さっきのフェルサ達のしっぺ返しが飛んでくるだけだと、バーバルに説明すると、悔しそうにしながらも納得してくれた。
「だからとっとと避難なさい! いいわね?」
するとサニラも魔法の詠唱を始め、援護に入ろうとすると、
「全部、丸聞こえですよーっ!」
石斧で地面をえぐると、石礫が飛んでくる。
「にゃろおっ!」
バークが庇いに入り、石礫を一掃するが、
「はい、隙あり!」
「やべっ!?」
ゴインっと鈍い音と共に、体制の悪い状態でバークはリュエルの斧を受け止めた。
すぐにでも押し潰されそうなバークの補助に入ろうとフェルサが駆け寄りがてら飛び蹴りをかますと、ひょいと躱し、互いに距離を取る。
「大丈夫?」
「な、何とか……」
「ううっ! もうっ! さっさと死んで下さいよ! ダーリンとの過ごす時間が減るじゃないですか!」
地団駄を踏むリュエルは、不機嫌そうに頬を膨らませる。
「悪いけど、死んであげられない。この戦争の先にあるクルシアとの戦いのためにも、お前を殺す」
「じゃなくて生け捕り! あんた達の組織について洗いざらい吐かせるためにも捕らえなくちゃね」
ハイドラスからの依頼でもあるため、今後のことを考えると捕まえるということはメリットでしかない。
実際のところザーディアスはのらりくらりと情報を小出しにしている。
ハイドラスからすれば、クルシアサイドの人間を捕らえ、動きをみたいところ。
「情報を渡すなとは言われてないけど、ダーリンに会えなくなるのは嫌なので死んで下さい」
「ま、交渉に応じるわけないわよね」
「行って下さい! 皆さん!」
ジードがそう叫ぶと、ディーヴァ達は駆け出す。
「すまない。頼みます」
「ちょっ!? おい!」
逃げる気がなかったバーバルの手を引いて、森の中を駆け出すが、
「エルフ達だけならまだしも……」
リュエルはジルバ達は逃がさないと、目の前にいるジード達の前で大きな土埃をあげ、視界を遮るとジルバ達を追う。
探知能力に長けた兎の獣人である彼女ならば、微かな足音や息遣いで居場所がわかる。
方向はわかっていたが、距離感はそれらの音で感知。
「そこですね!」
石斧を振りかざしながら翔歩で襲いかかる。
「やらせるか」
ズドンと石斧に体重をかけられ、強襲は失敗。
ディーヴァ達は上手くその場を離れることに成功する。
「くっ……キザ狼が……」
「黙れ、発情兎」
何故、邪魔されたのかはリュエルも理解しているところではあった。
感知に優れているのはフェルサも同じこと。ただその感知に優れる場所が耳か鼻かの違いである。
そしてフェルサは耳に優れていることを把握した上でその行動を先読みし、土埃が舞った瞬間、音が悟られぬよう高く跳び上がり、虚空を蹴り、ディーヴァ達を守ったのだ。
どんどん獣人同士、険悪になっていくところをこそっと仲間内で耳打ち。
「兎と狼って、仲悪いのかな?」
「まあ普通に考えれば、兎は狼に劣るよね?」
「彼女は下剋上を果たそうとし、フェルサは生意気だぞって感じなのかな?」
「そこ! 聞こえてる!」
「そこ! 聞こえてるぞ!」
ドキッと三人は身体がゾクっとなると、苦笑いを浮かべて振り返る。
「私はこんな兎に負けるはずない」
「ダーリン達に鍛えられた私を、孤高を決めて気取るだけの狼に劣ることなどありえません」
そのリュエルの一言に、ジード達は血相を変える。
クルシア達に鍛えられた。その中にはあのバザガジールのことも含まれているはずだと、悪寒が走る。
「フェルサ!」
「関係ないね!」
それも織り込み済みだとフェルサはリュエルとの激戦を繰り広げる。
「そうだよ、ジードさん。フェルサの言う通り! そんなの関係ねえ。急いであいつを捕らえて撤収しようぜ! 援護頼む!」
そう言うとバークも飛び出す。
「フェルサ! とっととふん縛るぞ!」
「当たり前」
「……舐めないで下さい、ね!」
バーク達は後方で魔法で支援する二人の方へ向かわせないように振る舞う。
ジルバ達がいなくなったことで、しっかりとした援護の取れるジード達の魔法も炸裂していく。
「――ヒール!」
「――アーク・プレッシャー!」
伊達にパーティーは組んでおらず、息のあった連携にリュエルは苦戦を強いる。
「くっ! チョロチョロと……」
魔法を回避したところを挟み撃ちにされると、身体を空中で捻り、バーク達を風圧で吹き飛ばすが、フェルサは虚空を、バークは石壁まで身を任せて飛ぶと、そこから翔歩を使う。
「どうした? こんなもんかよ!」
「遅い」
「しまっ――」
バークはそのか細い身体を一閃し、フェルサは顔面を掴み、力の限り叩きつけた。
「うしっ!」
「魔封じの道具」
「わかってる」
ジードがマジックボックスからリュエルを拘束する物を取り出そうとした時、
「そこまでだ!」
「「「「「!?」」」」」
戦いに夢中になり過ぎて、近付いてくる足音に気がつかなかった。
振り向くとそこには、ハボルド率いるヴァルハイツの騎士達の姿があった。
「貴様ら、見ない顔だな。ここで何をしている?」
「そ、それは……」
ジード達はマズイと思い、言い澱んでいると、
「――いっ!? 痛い!?」
フェルサがリュエルの耳を思いっきり引っ張り、森の木の上に登る。
その咄嗟の行動のせいか、思わず呼びかけるが、
「フェル――」
ギッと鋭い眼光でしっかりと敵意を込めて睨むと、ガサッとリュエルと共に姿を消した。
「あいつ、なん――むぐっ!?」
「しっ!」
バークは余計なことを喋りそうになるからと、サニラはバークの口を塞いだ。
フェルサの意図を瞬時に理解したジードとサニラは、話をでっち上げる。
「これはヴァルハイツの騎士様。助けに来て下さり、感謝します。私達は冒険者でして、エルフを捕らえてひと稼ぎできればと思い、入ったは良かったのですが……」
「さっきの人相の悪い獣人に、そこらに転がっている化け犬に襲われたりと大変だったんですよ〜」
ハボルドはその戦場跡を見渡すと、見覚えのある服装の死体が転がっていた。
「こ、これは……」
そこに転がっていたのは、ノートの服を着た死体とユンナの服装の死体。
二人とも特徴的な服装から、判別は難しくなかった。
「これは貴方達が?」
「い、いえ。先程の兎の獣人が殺していたのを目撃しました」
嘘は言ってないと内心思いながら、世間知らずの冒険者を演じる。
心の中では、ペロッと悪戯混じりに戯けている。
さすがのバークも空気を読んで、俯いて黙り込む。
その様子がジード達の演技に信憑性を持たせる。
「この魔物に関してはすまなかった。とはいえ、エルヴィントの森には入らぬよう、注意喚起がなされていたはずだが?」
「す、すみません〜!」
そう注意を受けると、上手く保護化に入ることに成功するが、バークは納得のいかない様子。
「お、おい。いいのかよ? 俺達このままだと……」
「馬鹿ね、大丈夫よ」
サニラは事情をまだ理解していないバークに、周りの騎士に聞こえないように喋る。
――ジード達は確かにヴァルハイツでの地下道で暴れはしたものの、マルチエスの捜索隊に見つかったわけではない。
それでもできる限り目立たないよう行動していたことが吉と出た。
フェルサ達と行動をしていたのを知っているのは、穏健派であるレイチェルとその一部の人間だけ。
つまりハボルドからすればジード達は、この大陸では珍しくもない亜人種を捕らえるよう依頼された冒険者に映り、それを物語るようにフェルサは敢えて、敵意を持った冷たい視線を送ったわけだ。
ヴァルハイツからすれば獣人も敵ではあるため、側から見れば、ジード達はあの目付きの悪い獣人と一戦交え、獣人であるフェルサ達が逃げ出したのは、多勢に無勢だったと判断してのこと。
それのトドメがあの殺意の視線である。
元々表情が豊かではなく、どちらかと言えば無愛想なフェルサが本気で睨めば、説得力も出るというもの。
フェルサ自身もしっかりとこの国での自分の立場を理解しているからこそ、できた行動である。
「――とりあえず私達はこのまま保護されてよう。フェルサのことやあの兎の獣人も気になるが、彼らの同行をコントロールできれば、時間稼ぎにはなる」
するとジードはハボルドに情報を流す。
「騎士様。この先に集落を見かけました」
「それは本当か!?」
「は、はい。ですが案内して差し上げたくとも、この森の中では……」
「そういえばどうやって入ってきたのだ? 奴隷を連れているわけでもないようだが……」
ハボルド達はまるで罪人でも運ぶかのように、騎士二人に挟まれた女エルフが立っていた。
凛とした表情は変えず、見窄らしい服装に身を包んでいた。
「それが不覚にも隙を見て逃げられてしまい、困っていたのです」
「……そうか」
少し怪しまれたが納得してくれたのか、案内役を務めることとなった。
この後、ヴィルヘイムの里には誰もおらず、情報になるような物は何一つ出てこなかったという――。




