15 鏡のようだ
「まったく驚いたぜ……」
「ユンナ、あんたはあの馬鹿の相手は禁止。いいわね?」
「ええーっ! あの子、可愛いかったのになぁ〜」
こちらはこちらで作戦会議。
彼女らからすれば賞金首のようなもの。しかもヴァルハイツも味方につけていることから、合法的にジード達を捕らえたり、殺したりできる。
しかもサニラの魔法の影響で、ヴァルハイツの騎士達も様子を見に来る口実にもなっただろう。
作戦としてはエルヴィントの森を焼いて、逃げ場の制限を行い、ジルバ達がパラサイド・ドックや洗脳した獣人達で制圧しつつ、ヴィルヘルムを確認したところで騎士達が出向くという予定。
作戦とは多少異なるが、あれほどの大規模な攻撃をされては、真面目なハボルドのことを想定すれば、騎士は差し向けられる。
とはいえ、こちらのやり方を面白くないと思っているハボルドに先に見つけられるのも面倒なわけで。
「ジルバ。奴らの居場所はわかってんのか?」
「いいえ。今、獣人共にこちらへ戻りつつ、探せと指示しているけれど……」
「あのお兄さんにぃ、転移させられちゃったもんねぇ?」
面倒な事をとジルバは舌打ちしながら、唯一同行している獣人を見る。
いくら強力な洗脳術を使えるとはいえ、獣人は召喚魔と違い、自在に召喚できるものではない。
あくまで特定の転移魔法陣が設置している場所で待機させて呼び出していただけで、ジルバが獣人達を呼びつけるのにも時間がかかる。
「まあこの森の中に散り散りに飛ばされただけのようだし、匂いを頼りにできるあのケダモノ達なら、主人である妾を見つけるのにも時間はかかりませんわ」
するとぐいっと女エルフを引っ張る。
「さ、貴女は奴らのの居場所へと案内なさい。向こうにもエルフはいますが以前、状況としてはこちらが有利です。あいつらだってヴァルハイツに見つかるのはマズイでしょう?」
「それもそっか。あの様子を見ると、向こうは少数だし、エルフの里にいる連中も……」
「戦闘経験ほぼゼロの耳が長いだけのおマヌケ集団。守りながらでは大変よねえ?」
ジルバに主導権を握られている女エルフは、エルヴィントの森のざわめきからジード達の居場所を探知すると、
「こ、こちらです……」
先程と変わらぬ怯えた表情で、女エルフは案内を始めた――。
――歩き始めて数十分。
霧が濃くなっていく中で、ジード達を発見することも洗脳している獣人達と合流することもなかった。
「ちょっとぉ、まだ見つからないのぉ?」
「お前、ちゃんと案内なさい! でないとヴァルハイツの豚王子か国王に売り飛ばすわよ! ……同胞達がどんな目にあってるのかは話したわよね?」
ジルバは念押しで、女エルフがどんな卑猥な目にあっているのか、あることないことを口にし、脅していた。
「し、してます! ほ、本当にあの人達の元へ向かってますから……」
「ちっ!」
感知魔法も何故か使えないしと苛立ちを見せるジルバに、女エルフが怯えながらも、キッと覚悟を決めた視線を送る。
「……そう――貴女達の後ろに!」
「なに?」
そのセリフを皮切りに女エルフは、希望が見えたと表情を和らげる。
その女エルフの意図にまだ検討がつかないまま、ガサッと物音のした後ろを振り返った時、
「キャアっ!?」
「ぐあっ!?」
「きゃああっ!!」
ジルバ達全員をジード達、前衛陣が襲う。
ユンナは襲いかかってきたディーヴァ達から後ろへと跳び、体勢を整え、バーバルはバークの一撃をガードした反動で後ろへと吹き飛ばされ、ジルバを襲ったフェルサは肩を噛み砕く勢いで噛み付く。
「は、離れなさい!! このケダモノがあっ!!」
ジルバは鞭の持ち手でフェルサに当てようとすると、触れるわけにはいかないとジルバを離れ、茂みから出てきたサニラ達のところまで後退する。
するとジルバは殺気のこもった視線を案内していた女エルフを睨む。
「あ、あんたぁ、何のつもりで……」
「――地の精霊よ、我が声に応えよ。母よ、道を誤りし子らに試練を与え、迷えし心を具現化せよ! 真実を見よ! ――ラビリンス・ウォール!」
サニラのいる広場を円形に、距離の多少離れたユンナ組とバーバル組を遮断するように、次々と岩壁が出現する。
「しまった!」
「あー……やられたねぇ」
ユンナとバーバルは迷路のように作られた通路を眺めながら、術中にハマったことに気付いた。
それはジルバも同じことで、悔しそうにジード達を見る。
「あ、あんた達……!」
「してやられたわね。ざまぁないわ」
すると女エルフはシェイゾの元へと駆け出す。
「なっ!? ま、待ちなさ――」
ヒュンと飛んでいく鞭をアーキが弾く。
「もうさせるかよ! 人間!」
「くっ……」
女エルフはさすがに人間に寄り添うわけにはいかず、シェイゾの背後へと隠れ、
「あ、ありがとうございます……」
「いや、君こそ無事で良かった。もう大丈夫だ」
「は、はい」
ふるふると震えながら、女エルフはシェイゾの服をギュッと掴んで離さない。
余程怖かったのだろうと無事だったことに安堵する。
「耳が長いだけの分際で! ウチを騙くらかしたなぁ!!」
「まあそうね。そうなるのかしら。種明かしが欲しい?」
ラビリンス・ウォールでこの一帯が迷路になったことから、説明する時間はあると挑発すると、悔しそうに睨んでくるので、冷静さをかくためにもと解説する。
「あんたの敗因はこのエルフさんに案内を任せたことよ」
「なに?」
ジルバはジード達と女エルフとの対面は初めてだったはずだし、自分の側にいて話している様子も念話の様子もなかったはずだと考える。
だから敗因と言われても検討がつかなかった。
「あんたはこう考えたのでしょうね。このエルフは脅されているから、自分達には逆らえないと。確かに最初はそうだったかもしれない。……けど、彼女の中で状況が変わったのよ」
「何がよ!」
「人間に対する認識よ」
「!」
「私達とあんた達が対峙した時、シェイゾ達を見てこのエルフはこう考えたんじゃない? あの人間達は自分を助けてくれるかもしれないって……」
アーキの人間嫌いについてはエルフ達には知れ渡っているところ。
それを人間と共に行動しているところを目撃したなら、考え方も変わってくる。
すると女エルフの行動の推察を説明する。
「だから彼女は貴女達を案内するフリをして、私達が有利になる奇襲ポイントへ誘導したのよ。こっちにもあんた達と同じ、エルフと獣人がいるからね」
女エルフはまったくその通りだと、サニラの意見にこくこくと頷く。
女エルフは場所の把握自体は容易かったが、そのまま案内をすると先程の二の舞いになると考えたのだ。
ジード達にもエルヴィントの森を案内できるディーヴァ達と辺りを感知できる獣人がいたことは確認できていた。
だから自分が不可思議な行動を取れば、気付いてくれるのではないかと賭けに出たのだ。
正直、ジルバ達に逆らうことはヴァルハイツを触発することであり、脅されてもいたので怖かった彼女。
だがアーキ達の姿を見て、助かる光明を逃すわけにもいかなかったと、無意識的に思っての行動だった。
「あとは私達があんた達の感知魔法を阻害し、奇襲。男どもを誘惑、洗脳できるあの巨乳女を優先して分断させた後に、ラビリンス・ウォールで合流を困難にして各個撃破すればいいって話よ」
「あの霧はそういうこと……」
エルヴィントの森の特性をすべて理解していなかったジルバにとって霧の発生はその特性的なものだろうと勝手に判断していた。
それもそのはず。ジルバ達が最初に接触した際もシェイゾの魔法の霧が発生している時に遭遇している。
だがいざジード達と一度離れてみれば霧が晴れていた。
それを今頃になって気付いた。
「あんたはこのエルフに恐怖によって行動をコントロールしてたつもりでしょうが、こっちは信頼はまだ薄いけど、それに近しい関係ではあるわ。少しは甘い飴を舐めさせることも覚えておくことね」
鞭を持って調教師気取りなら尚のことねと、嫌味口に話す。
「フ、フン。多勢に無勢だと思ってる? 一度の奇襲くらいで調子に乗らないで……」
肩から大量の出血をしていながらも虚勢を張り続け、避難する際に同行していた獣人が、威嚇しながら前に出る。
「お前こそあまり強がらない方がいい」
「なにぃ?」
「お前が崖っぷちなのはわかってる」
「フェルサの言う通りよ。あんた達があの時声をかけて襲ってきたのは勝算があったからでしょう? あんたが支配している獣人を潜ませていたから。でも今は違うでしょ?」
元々の険しい表情から更にギッと睨んでくる。
更にサニラは追い込んでいく。
「あの褐色の女はともかく、あんたと巨乳女は明らかにパワー型じゃない。バランスの取れた冒険者パーティを相手取るには厳しいわよね? あんたや巨乳女の能力を活かすためにも翻弄できたり、力でゴリ押しが効く前衛は必須。だけどその前衛は私の魔法とジードさんによって分断させられた……」
さもあの地属性魔法は計算通りだったと発言するサニラに、味方サイドは苦笑いを浮かべる。
だがサニラの言うことにも的が当たっているのか、あれが嫉妬で撃ったものだと、わかっていてもジルバは顔を顰めた。
攫い屋は基本的には隠密活動するやり方が多く、ジルバ達もその例から漏れることはない。
だから本来であればパーティーバランスの取れたジードのような冒険者パーティーを相手にするには、多少なりとも有利な環境を作っておく必要がある。
だから女エルフにも案内を任せたのはそこにある。
先に居場所を特定できれば、お得意の隠密奇襲が可能となるからだ。
「貴女達を分断したのもそこよ。攫い屋なだけあって連携は上手かったけど、分断させればあんたの相手なんか容易よ」
「その通り」
「ウチが、ウチがこんなところで……!」
悔しい気持ちが込み上げてくる。
もっと慎重に行動すべきだったと後悔する。結果だけ見ればこの状況は圧倒的に不利。
こちらは洗脳した獣人が一人と自分。
敵サイドはジード、サニラ、フェルサ、シェイゾ、アーキである。
しかもバーバルとユンナも離ればなれにされ、ラビリンス・ウォールの影響で自分の周りは迷路の岩壁に阻まれ、応援も望めない。
操っている獣人も理性を無くしている状態なので、この迷路の攻略も困難。
更に追い討ちに肩にはフェルサが噛み付いた傷があり、利き手じゃないのが幸いしたが、それでも激痛と傷口に集まる熱だまりで思考を鈍っていく。
「ジルバさんだったね、どうだろう? 私達はクルシアの情報と君がしている獣人達の洗脳を解いて欲しい。君が攫い屋になった経緯を知らないが、罪を償い、また人生をやり直してみないかい?」
ジードは何とか更生できないかと交渉するが、ジルバは腹立たしい様子で怒鳴る。
「――黙りなさい! ウチらがどれだけ苦労してるかもわからんで、適当ほざくなっ! 西大陸で闇属性持ちがどれだけ苦労するかわからんやろ!?」
西大陸は五星教が変わろうとしているとはいえ、まだ闇属性持ちに対する不穏は残っているだろう。
ましてや彼女らが攫い屋として生きている頃はまだ、同種以外からは認められることもなかっただろう。
「でも今は変わろうとしているだろ? だから……」
「今更変われん! ウチが信じてるのは、ユンナとバーバルと金だけや! ウチらのことに手ぇ出すなっ!」
バーバルに関しては闇属性ではないが、あの姉御肌な喋り方や態度を見ると、細かいことは気にしない性分なんだろう。
そしてエルフ達はこの発言と状況を見て、自分達と重なる部分があった。
信じられるものは自分の常識の範囲内で理解ができるものに限定されていることを。
今ジードが差し伸べたように、人間もあんな感じで何度も差し伸べてくれたことがあったと聞く。
だが今のジルバのように受け入れようとはしなかった。
そして――この彼女が取る行動にも検討がついた。
差し伸べられた手の意味を理解しようともせず、身の破滅を生むことを。
自分達がおける状況に叩き伏せられることを。
「ジルバだったか……」
「何よ、耳長」
シェイゾがそっと話しかけるも、噛み付くように警戒心を解かない。
「他の人間を受け入れられない気持ちはわかる。自分や同種、志を共にする仲間以外を信じられない気持ちは……」
「語ってんじゃないわよ! 耳長ぁ!」
ヒュンとシェイゾ目掛けて鞭が飛んでいくが、アーキが弾き返す。
「シェイゾ! 何のつもりだ?」
「アーキ様。あれは我々です」
「なに?」
そう言われてジルバを見たアーキ。
彼女は肩から血を流し、息を荒くし、味方は洗脳した獣人一人。
アーキもその言葉の意味を理解した。
「我々がすべきことは誰かを認め、信じることだったのです。彼女を見ればわかるでしょう? これだけ追い詰められても尚信じようとせず、意味のない独りよがりを続けている光景を……。そしてその結末も……」
このままやり合えばジルバは確実に、自分の吐き捨てたプライドごとねじ伏せられる。
クルシアが自分達に行なったように。
「まるでウチがやられるみたいないいかたやなぁ。舐めんなっ!」
バチンっと鞭を叩くと獣人が襲ってくるが、フェルサが対応する。
だが洗脳された獣人など、フェルサの相手になるはずもなく、
「んっ!」
渾身の蹴りが獣人の土手っ腹にクリーンヒット。
なす術なくジルバの隣を通り、岩壁にぶつかる。
「くっ!」
ジルバは一人でもと鞭の猛襲を行う。狙いは勿論、フェルサだ。
「ウチが負けるわけない! ウチはな、勝ち組になるんや! もう誰もウチを支配させへん!」
執念とも思える鞭の猛襲だが、それをかい潜りフェルサはジルバの顔面を殴りかかる。
だが――ビタっと動きが止まった。
「……フェルサ?」
疑問を投げかけるも答えようとしない。
鞭には当たらなかったし、洗脳術はかかっていないはずだがと思い立った時――、
「なっ!?」
「ぐくっ……」
サニラに襲いかかったフェルサの一撃をアーキが庇った。
払い除けると、フェルサが白眼を向いて牙を剥いていた。
「そんな! 何故……?」
「フフ、アッハハハハっ!! 舐めんじゃないって言ったやろ? 鞭に触れるだけが洗脳術のかけ方やと思わんことや!」
その発言にジードは思うことがあったようで、
「そうか、音か。鞭で地面を叩いた音を鳴らすことで、鞭に施してある術式を起動させて、辺りにいる獣人を洗脳した」
その発言にニヤッと笑みを浮かべるところを見ると当たりのようだ。
「まあ難しい術式やから、鍵を開けるんが中々大変やけど、これなら素早いケダモノでも洗脳可能なんや。ただこの獣人、思った以上にかかりが悪かったけど、もしかして精神型か?」
「だったらどうだっていうのよ」
「いやぁ……ちゃんとかかってくれて良かったなって、思っただけや!」
もうこちらの意見を聞く耳を持たず、フェルサを従えたことをいい事に抵抗してくる。
「アッハハっ! さあ、死になさい」
前衛陣が自分達しかいなくなった状況にアーキが前に出るも、
「どいて」
「なっ!?」
サニラが前に出ると、フェルサが襲ってくる。
「自分から前に出るなんてなぁ! くたばれ!」
サニラはマジックロールを素早く広げると、その魔法が閃光弾のような激しい光に包まれる。
「なっ!? 何や?」
眩しくて手で視界を遮った際、鞭の攻撃も止まったところを、
「――おぐうっ!?」
襲われる。
ジルバの動きを封じるためか、腹パンを決められ、うずくまる暇を与えず、岩壁に貼り付けられ、押さえられる。
「な、何や――とおっ!? があああっ!!」
鞭を手にしていた手のひらを鋭い何かで貫通させられる。
そして目の前にいる襲いかかった者を見て驚愕する。
「な、何故ぇ……お前があっ!!」
目の前にいたのは洗脳したはずのフェルサだった。
貫かれた手のひらにはフェルサの鋭い爪が刺さっていた。
そしてジルバの疑問にサニラが答えた。
「あのね、貴女が獣人を洗脳してる元凶だって、こっちは知ってるの。対策くらい――」
サニラは使って白紙になったマジックロールをヒラヒラとたなびかせ、役目を終えたマジックロールは消えていく。
「するでしょ?」
その光景と目の前にいるフェルサの瞳を見て理解した。
サニラは地属性の魔術師だが、マジックロールでの発動には属性はあまり関係がない。
つまりはサニラが敢えて前に出ることで、洗脳が解けないと錯覚し、油断したところをマジックロールに仕込んでいた解呪魔法を発動したのだと気付く。
横には魔術師が二人、しかも一人は魔法に精通しているエルフだ。
精神系魔法の解呪をマジックロールにしたためることなど容易いだろう。
それに冒険者であれば、元々依頼で解呪魔法のマジックロールの用意をさせることも簡単だったろう。
「後は私が解呪された瞬間、お前の匂いを頼りに翔歩で襲いかかれば、私達の勝ちってこと」
「くっ……獣人がぁ……」
フェルサが洗脳されることは想定済みだった。その場合は、サニラかジードが襲われた瞬間に術を解くからと。
そして解かれた瞬間、フェルサなら瞬時に敵の隙を窺えるだろうと、動きの策も練っていたのだ。
するとフェルサは抵抗できなくなったジルバを地面に叩き伏せ、両腕を持ち、利き手側をジルバの背中に押しつけて拘束した。
「ぐっ、くう……」
ジードは魔法を封じる拘束用の腕輪をジルバにつけると、倒れていた獣人から魔法の気配が消えた。
「どうやら術は解けたみたいね。どう? 降参してくれる?」
ギッと睨むジルバの目線の先には、哀れんだ視線を送るアーキ達、エルフの姿があった。
「何よ……何見下してんのや! 耳長風情がっ!」
「……」
見ていられないとアーキはそっぽを向き、シェイゾは少し視線を落とした。
ジルバにとっては同情心を買われたように思えて激怒する。アーキ達にとっても自分達があまりにも重なり過ぎた。
ジルバは種族差別のある発言をしつつも、力に屈された。
自分達もまったく同じであることを人間に教えられた。
さすがのアーキもそれを理解できないはずもなく、大いに落ち込んだ。
武器を取り上げ、ジルバを応急処置をして拘束すると、尋問に入る。
「さ、洗いざらい吐いてもらおうかしら? 金で雇われてるわけだし、命は惜しいでしょ?」
ジード達の頭数を賞金にかけられていることから、そう捉えられる。
「……あんた達のお友達の黒炎の魔術師や勇者が関連してんでしょ。あの雇い主は……」
「そうよ。クルシアのここでのやりたい事はある程度、身に染みてるわけだけど、クルシアを捕らえるためには少しでも奴の情報が欲しいわ」
「ウチらの命を保証してくれるなら吐いたる」
するとジードは座って拘束されているジルバに目線を合わせるために、屈んで笑顔で答えた。
「わかった。約束する」
「……あの雇い主――」
ドッカァーンっと石壁が破壊された。
それはユンナとバーバルを分断させた方向の岩壁が同時に破壊されたのである。
ユンナ、ディーヴァ、エフィの方向からは、首が吹き飛んだ死体が吹き飛んでいた。
「や、やり過ぎだ! いくら敵とはいえ……」
「いえいえ! 敵は粉砕あるのみです!」
ディーヴァ達ともう一人、両手斧を片手にしたピンク髪の兎の獣人が現れたが、言い合いになっている。
そしてバーバルとバーク側は、後退しながら出てくる二人が現れた。
「おい、あのガキはお前らの仲間じゃなかったのか?」
「し、知らねえよ! ヴァルハイツの騎士連中を全員把握なんてしてるか!」
何故か共闘している二人の先には、人間の顔くらいの目玉にタコのような軟体的な身体が顔についている人型が、バランスが悪いせいか、ゆらりゆらりと近付いてくる。
先ず目に入ったのは、首が破壊された死体。
その身体のラインを強調する服装には、見覚えがあった。
「……ユンナぁ? ――ユンナぁっ!!」
「ディーヴァさん! どういうことですか?」
「い、いや、それが……この彼女が急に現れて、亜人種のために共闘しようと言い出されて……」
そのピンク髪の兎の獣人に見覚えのあったフェルサは、警戒を強める。
「亜人種のための共闘? 多分違う。そうだよね? 発情ビッチ兎」
「むっ! 失礼ですね! 確かに三百六十五日、年中発情してますが、そんなはしたない姿はダーリンにしか見せません!」
「そのダーリンっていう奴、クルシアのことじゃないの?」
「「「「!?」」」」
そのフェルサの発言に一同が驚愕する中、その本人も驚き尋ねる。
「何で知って……あっ!」
リュエルにも覚えがあったようで、垂れていた耳がピンと立った。
すると小馬鹿にするように不敵な笑みを浮かべた。
「あのオークション会場にいて、ダーリンに助けられたお情けさんでしたか。同じ獣人として情けない限りですぅ。カッコつけたがり屋のおマヌケ狼さん」
リュエルも黒狼族の在り方を知っているせいか、奴隷にされた分際でとクスクス笑う。
「待って。あんたクルシアの――」
サニラが話しかけた時、空気が殺気立つ。
「さっきからダーリンの名前を……」
巨大な両手斧を強く握りしめる。
「――気安く呼ぶな」
ヒュッと姿を消すと、奥にいたジード、サニラ、ジルバの前に大きく斧を振りかぶったリュエルの姿があった。
「「「!?」」」
咄嗟のことで動けない三人と、背後に現れたリュエルに気付くのが遅れたフェルサとアーキとシェイゾは振り返ることすら間に合わない。
剛腕を振るうその勢いのままに、斧が振られる。
(う、嘘……)
サニラは時間が止まったように、目の前の光景を目の当たりにしている。
死が迫る瞬間というのは、こうも突きつけるものなのだろうと実感する。
死にたくないと、想いを寄せる男の方へと視線を動かすことができた。
だがその男の姿がなかった。
「――うおおおおっ!!」
「――クソ兎がああっ!!」
「!?」
咄嗟に反応したのは、バークとバーバルだった。
バークはリュエルの巨大な斧を力いっぱい受け止める。
相手は自分よりも身体能力が高い獣人。消耗している力を振り絞り、サニラ達への攻撃を防ぐ。
「おらおらおらおら……おらぁっ!」
バーバルはその斧を殴り続け、パワー・プレッシャーの魔法効力で吹き飛ばす。
何とか押し返すと、舌舐めずりをしながらも、
「まったく困ったものですねぇ〜」
どこか楽しそうな表情を浮かべる。
「大丈夫か!? サニラ!」
「えっ!? あ、ああ……うん」
「ジルバも大丈夫だな?」
「助けに来んのが遅いのよ! 馬鹿! それより……」
「ああ、わかってるよ」
首の取れた死体を確認しないとと、リュエルに尋ねる。
「おい、訊くんだが、そいつはユンナで間違いないんだろうな」
「ええ、間違いありませんよ」
「お前、あの雇い主の仲間なら、私達のことも聞いてるだろ!?」
「ええ、聞いてますよ。どさくさに紛れて殺してもいいぞって言われてます」
「チッ。あのヤロー……」
信用するには胡散臭い奴だったがと表情に出ていたのか、勘違いしないで下さいと手を振る。
「私の任務はエルフ側について人間を皆殺しにしろって話なんです。だから人間である貴女達が殺されても仕方ないってことですよ」
「何だと……」
意図が読めないと顔を顰めるが、サニラがなるほどと推測を語る。
「あんたはこの戦争を激化させるために、クルシアから派遣されたエルフ側の演者ってわけ?」
「なっ!?」
「お前みたいな豚ビッチが、ダーリンの思惑を語るな」
「なっ!? 誰がビッチよ!」
リュエルが再び襲いかかろうとすると、横にいた目玉の化け物が襲ってきた。
「アヒャ! アハ、ハ、シネシネ……」
その軟体な身体を伸ばし、鞭のように振るい、リュエルを襲う。
「あぁん、もう! 邪魔すんなっ!」
ブォンと振った巨大な石斧はその化け物の頭を粉砕した。




