11 ヒーローは遅れて登場
わかっていたことだが、アミダエルはかなりの激情家のようだ。
あんなあからさまな挑発にも簡単に心を乱し、今も尚頭に血が昇って感情のままに動いており、イラついた表情は一切隠せず、身体から出ているサソリの尻尾も威嚇するようにゆらゆらと揺れている。
だが純粋に未知数の力を持ち、今までの魔物とアミダエルの身体を見ると、明らかな格上。
そんな相手がこんな狭い所で力を振われると、いくら感情的な攻撃は読みやすいとはいえ、かなり厳しい。
実際、ナタルは急所を外したとはいえ、とてもじゃないが放っておける状態ではない。
「ミューラントさんの状態は!?」
「出血が酷いです! とりあえずポーションを飲ませましたが……」
潜入前に用意していたマジックボックス内のポーション。
体力は回復しても傷が塞がるわけではない。
「ごほっ! ごほっ!」
「ナっちゃん!」
「――余所見してんじゃないよぉ! ガキ共があ!」
サソリの尻尾が槍のように連続で突いてくる。
シドニエは三人を守るように敢えて前に出ると、マジックロールを広げる。
「力借ります、リリアさん! ――リアクション・アンサー!」
アミダエルの攻撃をしっかりと見切り、回避して距離を詰めていく。
「あのメスガキの術かい!? 嗚呼っ! 鬱陶しいねえっ!!」
やはりクルシアから情報があったようだと、表情を顰めていると、アミダエルから生えている尻尾がバキッと勢いよく五本にまで増える。
「へっ!?」
「誰がアタシの尻尾が一本って言ったかい!?」
懐へ飛び込もうとした足に急ブレーキをかけると、その五本の尻尾の攻撃を回避しながら後退する。
「くそっ!」
リアクション・アンサーのおかげで攻撃は回避できているが、流石にキャパシティを超えていると、攻撃が躱しやすくなる距離まで離される。
何とか飛び込まないかと睨んでいると、
「ダメです、シドニエさん! あの尻尾に触れてはいけません!」
リュッカの注意喚起が入る。
ちらっとナタルを抱き抱えるリュッカを見ると、ナタルの目が虚ろになっていくのが見えた。
「!!」
それを面白そうな不気味な笑みを浮かべて笑うアミダエル。
「当然だろうさ。この尻尾はヘル・スコーピオンの尻尾だからねぇ。猛毒さ……」
四本の尻尾で器用にシドニエと戦いながら、一本の尻尾はアミダエルの顔隣で毒を滴らせる。
その名を聞いてリュッカは深刻な表情を浮かべるが、アミダエルは嘲笑いながらこう語った。
「安心しな! ヘル・スコーピオンの毒は確かに即死毒だが、アタシはその毒の成分を変えることができる。そのクソガキを絶望に落とすために、苦しんでもらわなくちゃあねぇ……。だが十分もすればあの世行きさぁ!」
ナタルの余命十分だと宣告され、シドニエ達は凍りつく。
正確にはもっと短いだろう。
尻尾で貫かれた身体の体力、出血量からみて、加減されているとはいえ、体内の毒に耐えられるほどの体力と気力が残っているとは考えにくい。
実際、ナタルの目は虚ろで息も弱々しくなっている。
「くそぉっ!!」
焦燥感に駆られるシドニエは、果敢に攻め込もうとするが、あらゆる方向から飛んでくる尻尾に距離も詰めさせてくれない。
自分がその毒に当てられれば、相手の思う壺。
わかっていても中々冷静ではいられない。
どうすれば、どうすればと時間だけが迫ってくる。
その歪んだ表情に、先程まで怒り狂っていたアミダエルはご満悦な様子。
「どうしたぁ、クソガキぃ! アタシを直ぐにでも倒して解毒方法を聞き出したいかい? ……できるもんならやってみなぁ!!」
解毒する方法はこの冷静さを取り戻しつつあるアミダエルか聞き出す他ない。
この地下での潜入から二、三時間は経過しているが、地下への入り口が開けられるのは明け方だとオールドから聞いている。
つまり外へと出て治癒魔法術師の協力を煽ぐのは不可能である。
ホワイト達に保護させているエルフ達の中には、毒を取り除く方法を知る者がいるだろうが、あれだけ否定的だったため、この手も使えない。
いくらホワイト達に指示しているのが、アイシア達だとわかったとしても、確実にこちらの味方をしてくれるほど信頼を得られているかなど賭けでしかない。
リュッカはポーションと一緒に用意していた、状態異常の回復薬も効果が薄い様子。
シドニエは悔しさを滲ませる。
僕は任された。リリアさんから任されたはずなのにと。
自分はこの中でも経験は浅く、実力もおそらくは下から数えた方が早いだろう。
それでもこの中で唯一の男なんだ。こんな状況こそ何とかしなければと考えを巡らせる。
「シドニエさん、代わります! 下がって!」
その呼びかけられた声にハッとする。
後ろから聞こえてきた声の主は、自分の真後ろまで来ており、尻尾を剣で弾きながらシドニエを突き飛ばす。
「ここからは私が相手です!」
「アンタも苦しみたいのかい!? メスガキがぁ!」
リュッカの目は紫色に変色していた。
リアクション・アンサーを発動しているようだった。
肉体型ということだけあって、シドニエよりも鋭い動きになっており、五本の尻尾の猛攻もかすり傷一つ負わず懐へ。
「はあっ!」
ザシュッとアミダエルの頬を掠めた。
その勢いを殺すように、地面をザリザリと滑りながらアミダエルの後方へと視線を向けさせる。
「メ、メスガキぃっ!!」
リュッカ自身も驚いているが、成果が出たのだと落ち着いて深呼吸する。
この狭い空間での五本の尻尾攻撃を捌き切るなんてことは、今までの自分では不可能だっただろうと考える。
だが龍神王の里へ向かう際のドラゴンの背に乗っていた際の身体の動かし方とそれを行う際に特訓したトレース・アンサーが身体に染み込んでおり、加えてリアクション・アンサーの補助がついての動き。
更に加えてヘル・スコーピオンの尻尾の動きやアミダエルの癖などを観る時間もあった。
落ち着いて考えることさえ出来れば、成長したリュッカならば回避することができたわけだ。
思い通りにならないと振り向きながら、リュッカを攻め立てるがリュッカはリアクション・アンサーだけに頼らず、動きを見切っていく。
「シド君、さっきのカタツムリにしたヤツ、私達にもできる?」
「で、できますけど、何を……」
「よし! それなら――ディフェンシブ・オーラ!」
みんなに防御の付与を施すと、シドニエにも重ねがけするよう指示する。
「えっと、何か作戦が?」
「うん! 時間がないから言う通りにして」
――シドニエはアイシアの作戦を聞いて驚くも、時間がないことはわかっている。
リュッカもこれを聞いた上で自分と入れ替わり、アミダエルを誘導してくれている。
期待に応えなければと詠唱を始める。
(一か八かの策ですが……)
「――地の精霊よ、僕の呼びかけに応えよ。巨人の盾よ、魔を宿せし者の叫びをもかき消す無情の檻となれ。創造せよ!」
ここまでの詠唱をすると、リュッカはアイシア達の元へと飛び込んでくる。
「――ストーン・フォートレス!」
滑り込んだリュッカも含めてアイシア達を覆い隠すようにドーム状の岩壁ができる。
「はっ! それで防いでいるつもりかい!」
そう言いながら甲殻な尻尾が迫り来る。
「――召喚! ポチ!」
アミダエルとアイシア達との間にポチが召喚されるが、狭い空間のせいか、丸まった状態で召喚される。
「何!?」
アミダエルは驚きこそしたが、身動きの取れないドラゴンなど恐るるに足らないと、尻尾の勢いは止まらない。
そのポチは狭苦しそうに身体を伸ばそうとしていると、ご主人がすぐに呼びかける。
「――ポチ! 地面に向かってドラゴン・ブレス!」
「! ガアア……」
ポチは体勢が丁度良くはまっていたお陰で、地面に向けて大きく口を開き、火を吹く体勢をとった。
「!? よ、よしな!」
アミダエルはこの事態に気付いたが時すでに遅し。
ボゴオオーっと勢いよく火を吹いた瞬間――。
***
オールドはちらりちらりと月の動きを見ている。
オールドはハイドラス達が立てた作戦の全容に、ヴァルハイツの動きも把握している、かなり珍しい立場。
今頃はディーガル、マルチエスは妖精王の討伐。ノートはエルヴィントの森を侵攻中のジャッジメントと合流し、エルフ達を追い詰めてる頃合い。
そして――。
「大丈夫でしょうか……」
「心配なさる気持ちもわかります、オールド様」
ぼそっと呟いた一言を地下道の出入り口を監視する騎士に聞かれた。
「すまない。私がこんなことをぼやくのは酷だな」
オールドは今、警備している騎士の中では一番の上司。指揮を落としてしまうと謝罪する。
「い、いえ! エルフがあんなことをしたんです。不安に思う気持ちがあることが普通ですよ」
「ありがとう。だが、こんな時だからこそ今の一言は反省だな」
とはいえオールドは立場上、偉そうなことは言えないとこれ以上は言わなかった。
ゴゴゴゴ……。
「な、何だ?」
足から振動が少しずつ大きくなっている地震を感じる。
「こ、これは……地震!?」
オールドが過ったのは、地下での戦闘。
アミダエルや魔物達との激しい戦闘からくる揺れかと考えた。
「――貴方達! 直ぐに地下の入り口から離れて!」
地震はどんどんと大きくなり、まるで何かが迫ってくるような感覚だった。
地下道の入り口は結界によって塞いでいるはずだが、その周りの地面に亀裂が入った。
すると――ボオオオオオンっと地面が激しい爆発を起こし、周りの騎士とオールドは吹き飛ばされる。
「――あぁあああっ!?」
「――わああああああっ!?」
周りの建物も風圧によって窓ガラスが割れ、辺りの物も宙を舞う。
そしてその大きく空いた穴から、一匹のドラゴンと何人かの人が吹き飛んでいる。
飛ばされたのはアイシア達。特にローブが気球のように風を受けて飛んだアイシアと、ナタルを守るように抱き抱えていたシドニエは高く飛ばされている。
シドニエはできる限りナタルを庇うように、身を寄せて抱き抱える。
「くっ……しっかりなさって下さい」
「ポチ!」
ポチはカッと目を見開き、アイシアから順に飛ばされた人達を背中に乗せていく。
「みんな大丈夫?」
「も、文字通り飛びましたね……」
「発想もね……」
――アイシアはシドニエがアミダエルと交戦中、ナタルの死が迫る中、行動するしかないと突発的に身体が動いていた。
「ホワイトちゃん達、聞こえる?」
『聞こえます、アイシア様。そちらに凄い魔力を感じますが、向かえばよろしいですか?』
アイシアは三人のドラゴン達に念話を飛ばす。
「それはいい。みんなには亜人さん達を守って欲しいから。それよりエルフさん達に魔法障壁を沢山張ってもらって! それとそっちに毒ガスってある?」
『は、はい。こちらにも蔓延してきてますが、エメラルドが近寄らせないようにしてます』
「よく聞いてね……それ、爆発するらしいの!」
『『『……』』』
知らないでしょと、ちょっと自慢げにドヤっている主人だが、三人とも知らないわけもなく、反応に困っていると、
「驚いて声も出ない?」
『へ? あー……は、はい! さ、さすがアイシア様! 博識ですね』
ホワイトが気を遣うと本題に入る。
「それでお願いなんだけど、私がポチを召喚した瞬間、その毒ガスに引火してほしいの」
『そんなことをすれば大爆発しますよ!?』
ホワイト達の方でも十分な量の毒ガスが充満していた。
「だから結界を沢山張るようにってお願いしたの。大爆発を起こすことが目的なの。お願い」
『し、しかし……』
狙いがわからないとエメラルド達が頭を抱えるが、
『アイシア様の命令は絶対だぞ! 何を迷う必要がある? お任せを、アイシア様。このホワイト、必ずお役に立ちます』
名誉挽回とばかりにホワイトが率先して意見を肯定すると、ありがととあっさり念話を切った。
『……』
そんなちょっと寂しい気持ちになったホワイトを置き去りに、アイシアは作戦の概要を隣にいるリュッカにも伝える。
「リュッカ。ナっちゃんを助ける方法を思い付いた」
「ホント!?」
「うん。そのためにはシド君と入れ替わってほしいの」
「え?」
「シド君のさっきの魔法が欲しいの。ここを爆破するために……」
「ええっ!?」
過激な発言に驚くと、具体的な内容を聞き出す。
「ナっちゃんを助けるには、外に出ないとだよね?」
「う、うん。そうだね……」
持ってきた状態異常の回復薬は効いていないことから、治癒魔法術師でなければ治療は不可能だと思われる。
「でも出入り口は封鎖されてる。だね?」
「う、うん」
近くにある出入り口を見上げてそう尋ねられたので、こくりと頷く。
「ナっちゃんがこの入り口が開くのなんて待ってられない。だったら爆発させるしかない!」
「――そこでそんな発想になるの!?」
「他に方法が思い付かない!」
ドンっとドヤるアイシアに呆れるが、リュッカにはある確信がある。
こういう時のアイシアの発想は何故か上手くいくというジンクスがある。
アイシアがやろうとしていることの一部は理解できる。
この地下に充満している毒ガスを引火させることで、大爆発を起こし、無理やり外へ飛び出そうと考えていることくらい。
それはリュッカも考えたが、デメリットがあまりにもデカい。
先ず、ここの地下から地上まで距離があるため、いくらガス爆発を起こしたとしても、地上に穴を開けるほどの爆発を起こせるか不安であること。
仮に爆発させて穴を開けられたとしても、自分達が無事で済まないこと。
いくら防御壁を展開しても充満するガスに一気に火をつけるわけだ。いくら魔法障壁でもただでは済まない。
ましてや毒が回って体力が落ちているナタルは、特に耐えられるわけがない。
根拠のない自信だし、考え無しの作戦だ。
でも不思議と信頼できる。長年の付き合いから自分にはない考えがあるのだと信じられる自分もいる。
「……わかった。シアを信じるよ」
「ありがと、リュッカ。シド君にはさっきの魔法を私達にかけてもらうつもり。詠唱を見計らって戻ってきて!」
こくっと頷くと、リュッカは交戦するシドニエに叫び、シドニエがストーン・フォートレスを展開するかたちとなる。
シドニエが聞かされた作戦の概要はこうだ。
先ずは身の安全の確保に防御の付与魔法に加え、魔法障壁、更にストーン・フォートレスを展開。
そのあと出入り口付近にポチを召喚し、ポチの下にガス溜まりを作り、そしてポチのドラゴン・ブレスをお見舞いする。
ポチの身体がその出入り口の細道をえぐるように飛ばされ、地表に亀裂を入れ、爆発した空気が外に逃げようとする影響を利用し、地表を爆破するという計画だった。
その結果――。
「見事に大穴が空いたね」
「それにしても本当に上手くいくとは……」
「うん。威力を上げるためにホワイト達にも火を吹いてもらったの」
「「えっ!?」」
亜人達のところも心配になったが、今の話を聞く限りは、防御の方も万全なのだろうと考える。
するとバタバタとこちらに駆けつけてくる騎士達の姿の中にオールドがいた。
「これは何事です!?」
「丁度良かった。怪我してるの! あと毒も……」
オールドはナタルの危機的な状況を見て、
「彼女をすぐに治癒魔法術師の下へ!」
「は!」
騎士の一人がナタルを抱え、急ぎ向かっていくが、周りの騎士達はアイシア達を警戒する。
「お前達が出てきたことは確認している。何をした?」
一人の騎士に高圧的に尋ねられていると、
「クソがあっ!!」
瓦礫に埋もれていたのか、吹き飛ばして姿を見せたアミダエルはこちらを悔しそうに睨んでいる。
するとアイシアはビシッと指差す。
「私達のせいじゃありません! あの化け物のせいです!」
騎士達は一斉にアミダエルを確認する。
身体から生えているサソリの尻尾。悍しい魔力量。何より憎悪に歪んだ悪人面がフードの下から覗かせていた。
アイシアの判断速度に驚きつつも、シドニエ達も乗っかる。
「そうなんです! 僕らあれと戦っていたのですが、突然あんな爆発を……」
乗った理由としては、オールド達を味方につけるためである。
地下から出てきた不法侵入者も、アミダエルの姿を見れば有耶無耶にできると踏んだ。
それに気がついたオールドは騎士達に指示する。
「全員! この区域の住人達を避難を最優先!」
さっきの爆発で目を覚ました住民は多く、アミダエルの姿を見て恐怖する。
騎士達は指示の下、迅速に行動する。
「それにしても上手くやりましたね。正直、驚きです」
「……何が?」
オールドは感心しながらアミダエルに立ち向かって構えるが、その感心を他所に何故褒められたのかわからないアイシアは首を傾げる。
「えっ? アミダエルという脅威の存在をこのような爆発で演出させ、住人達の気を引き、自分達は地下へ侵入したことを誤魔化すこともでき、私達を自然と貴女達の味方にできる口実を作る……という作戦では?」
三人はぽかーんとしている。
「もしかして思いつきでやったのですか?」
「え、えっと……」
「ミューラントさんを助けるのに必死でそこまでは……」
少し呆れたが、友人のために無茶をやったことは飲み込むオールドは、次々と自分を模した土人形を召喚していく。
「研究所でディーガル様と繋がる証拠は?」
「それがめちゃくちゃ挑発して研究所には行ってないの」
「そうですか。ならば直接吐かせられますか?」
目的としてはアミダエルの捕縛だったが、その理由はディーガルとの繋がりを証明すること。
あれだけの邪悪な感覚のアミダエル相手に捕縛は難しいと考えるオールド。
いくら数でゴリ押しは可能とはいえ、明らかに長距離攻撃ができそうなあの尻尾は、反応速度の鈍い自分では歯が立たない。
するとオールドの問いに応えるように、シドニエはアイシアに提案する。
「あのもう一度僕を乗せてポチと飛んでくれますか?」
「何か作戦があるんだね。わかった」
「ナチュタルさんとオールドさんは下からアミダエルを。僕達は上から挑発と牽制をかけます」
アミダエルの怒りの原因を知っているリュッカはピンと来たのか、了解と返事をするとアミダエルへと剣を構える。
「このクソガキ共が……」
外に出ても一切隠す気もない様子のアミダエル。
おそらくディーガルからは強く止められていたであろう醜い姿に悪臭。
だが完全に血が昇ってしまっているアミダエルにその忠告は頭に無いようだ。
アミダエルの下半身が夥しいほどの毛櫛を纏った蜘蛛の足がゴキゴキと生々しい音を鳴らしながら生え出てくると、次は胴体、頭とタランチュラのような身体が出てきた。
そしてその中心に痩せ細った老婆がいるが、その背中からは先程から見えていたヘル・スコーピオンの尻尾が出ている。
「アタシから逃れられると思ってんじゃないよぉ!」
アミダエルは建物を器用に登って飛んでいるポチのところまで行くと、尻尾と口から糸を吐いて攻撃してくる。
「ポチ! 頑張って!」
「ガウッ!」
建物にへばりついているアミダエルの周りを攻撃を躱しながら飛び回る。
オールドとリュッカが見上げてどうするのか見守る中、辺りの住人達も気にかけている。
それを見たシドニエはアイシアに回避に専念して欲しいと伝えると、アミダエルと話を始める。
「そんなに僕らが憎たらしいですか?」
「ああっ! 憎たらしいねえ、小僧ぉ! 特にお前さんはタダじゃ殺さないよ!!」
「あの生物兵器のようにですか?」
「ああ、そうさ! アイツら以上にむごい実験材料にしてやるよ!」
「その実験材料ってのは、エルフさん達のことですか?」
「あのエルフ共に限った話じゃないさ! 獣人もドワーフも人間だってなぁ……ディーガルに頼めば何でも寄越したよ。都合の良い男さ! 嫁とガキのためなら何でも協力してくれたよ! 戻るわけがないのにさあ!!」
吐かせたかった言葉を吐かせたが、予想外の情報も聞いてしまった。
「お嫁さんと子供……?」
「多分、アミダエルに唆されたんです。確かエルフに殺されたって……」
「あっ!?」
想像力が鈍いアイシアも気付いた。
家族を奪われた復讐だけだと思っていたが、家族を生き返らせるために亜人達を利用したと考えれば、アミダエルの非人道的実験にも付き合うだろう。
「貴女はディーガルさんの気持ちを踏み躙ったのか?」
「ああっ? 約束は果たしたよ。あの肉体を動けるようにはしたさ。魂までは戻らんがね!」
「くっ、この外道!」
「酷い!」
ディーガルの想いを利用し、アミダエルは私欲の限りを尽くし、命を冒涜し続けてきた。
その罪をこの国の人達全員に知ってもらう。
「アミダエル! お前の目的はなんだ? この南大陸全土の人々を食い物にして何を望む!?」
「目的だと? 決まっている――永遠の命!! 死の超越こそが我が望み!! そのための他の命など踏み台に過ぎない!」
「その割には随分と酷いことをするのですね」
不死の身体の実験という割には、人族や魔物達をぐちゃぐちゃに混ぜた生物兵器が多かったように感じる。
資料を見るに歪な身体を持った魔物が多く、悪戯に身体を弄んだようにしか見えなかった。
「確実に安全な身体を入手するためには、どんなリスクがあるのか調べなきゃならんからねぇ。実験体はいくらあっても足りんよ」
アミダエルの蜘蛛のような身体とサソリの尻尾を見るあたり、自分の身体に組み込むための毒味だと話す。
「そのために他の人の命を奪ったり、苦しめたりするなんて、間違ってる!!」
「――綺麗事を抜かしてんじゃないよっ!! メスガキっ!! アタシがどんだけ苦労したか、わかった上で話してんのかい!? そこのクソガキは独りよがりだなんてほざきやがったが、女が認めてもらうには時代が早過ぎたのさ! どれだけの成果を出しても女、女、女とばかり見やがる。だから踏み躙るのさぁ! 利用するのさ! 殺すのさ! 自分の邪魔をするものは全てっ!!」
アミダエルの歪んだ背景が浮き彫りになる言動であった。
わからないではないが、そもそもこの人が生きていい時代ではない。
「貴女はやはり子供ですね」
「何だとぉ!?」
「自分だけが不幸だとみっともなく叫ばないで下さい! 自分だけが苦労しているのだと叫ばないで下さい! それは人が生きていく上で当たり前のことで、他人を不幸にする理由にはならない。ましてや命や人生を奪うなんて論外だ! 貴女の言葉を正当化する理由には一切なり得ない!」
「ガ、ガキぃ……!!」
図星なのか額に血管を浮かせ、激しく攻撃して追いかけてくる。
「お、怒らせ過ぎた……」
アミダエルはポチを追いかけるように建物から建物へと飛び移り、街を破壊しながら追いかけてくる。
出来れば人的被害を出したくないアイシア達だが、やられるわけにもいかず、アミダエルから逃げることに。
「ポチ! 頑張って!」
ドゥムトゥスの時のような建物を通りながら飛び抜ける。
「ならディーガルもそうだって言うのかい? あの哀れな男も……」
「本当に子供ですね、貴女。人のことを棚に上げなければ体裁も保てないなんて……」
「――煩いよっ!! 人なんてこんなもんさ! 自分の望みのためなら、他人なんて道具さ! 利用できるかできないかの違いしかない!」
そう叫ぶアミダエルはチラッと見えたアイシアの表情に激怒する。
「――そんな目で見るんじゃないよぉおっ!! メスガキぃ!!」
アイシアは哀れんだ表情で後ろから迫るアミダエルを見ていたのだ。
アミダエルの下半身の蜘蛛の口から、アイシア達の頭上に向けて大量に糸の玉を吐き出し、空中で広がる。
「ポチ! 焼き尽くして!!」
「無駄さぁ!!」
糸を焼こうとするがポチの口を糸で縛り付けられる。
「しまっ――わああああっ!!」
「――きゃああああっ!!」
ポチごと蜘蛛の糸に引っかかり、そのまま地面まで真っ逆さま。
アイシア達はポチがクッションになり、軽傷で済んだが糸が絡んで動けない。
そんな振り解こうと抵抗している二人の前にアミダエルがドシンと目の前に現れる。
「結局こうなるのさ。力のあるものが主張を通せる。あんた達が否定するアタシもディーガルも……あのクルシアもなぁ!!」
強い殺意のこもったヘル・スコーピオンの尻尾槍が二人に迫る。
(な、何とか、マルキスさんだけでも……)
がばっとマルキスを庇うように身を挺して抱きつく。
すると――、
「――ぎゃああああっ!!?」
アミダエルの悲鳴が豪炎と共に響く。
「な、なに?」
アイシアがシドニエの身体の隙間から覗くと、黒炎がアミダエルを焼いている。
「おおおおおおっ!!?」
バタバタと黒炎に苦しみ続けるアミダエルを見下ろす一人の魔術師が立っていた。
「遅れてごめんね、二人とも」
二人はその声のする方を見上げると、建物の屋根の上に二丁の拳銃を持つ銀髪の女の子の姿があった。
「リリィ!!」
「リリアさん!!」
「お待たせ。さあ、そこのお化けババアをぶっ飛ばそうか!」




