02 現実世界、突然の別れ
急に辺りの音が消えた。友人達の喋り声、通行人の足音、コンビニから微かに聞こえていたラジオの音、車の走る音――全てがピタリと消えた。
まるで沈黙が突然、上から落ちてきたよう。
「――えっ、なんだよ、これ?」
本当に時間が止まったみたいだ。現実でこんな事あり得るのか?
戸惑いを隠せず、キョロキョロと辺りを見渡すも自分以外静止している。止まった友人を揺さぶろうと両肩を掴むが、
「――おい! しっかりし……ろ?」
友人の身体が全く動かず、ビクともしない。それどころか人を触っている感覚ですらない。
鋼にでも触れているかのようで、体温すら感じず、とにかく硬い。
「……どうなって――」
何とか状況を理解しようと、周りを再び見渡そうとした時だった。
「ぐうぅっ!!」
突然、頭が激しく揺れる。誰かに無理矢理揺さぶられているような感じだ。
急な身体の異変に頭を抱えながら、受け身も取らず、前に倒れこんでしまう。
「な……何……だぁ……?」
目の前の景色が歪み始める。
気持ち悪いのに吐き気が一切ない。だが頭も視界もグルグルと歪み続けるせいか言葉も上手く出せず、助けも呼べない。
「……だ……」
力無く腕をだらりと伸ばすも、助けなど来ないと定まらない思考の中でも理解ができた。
そして――俺という意識を何かに引っ張られる感覚が襲う。
「あぁ…………」
最早どうすることも出来ず、少しずつ目の前が暗くなっていく――。
***
うっすらと目を見開く。嗅ぎ覚えのない匂いがする。木を湿らせたような湿気臭い匂いだ。何か血の匂いも混じっているような気がする。
ゆっくりと頭を上げる。さっきのような激しく歪むような感覚や引っ張られるような感覚もないが少しくらっとする。
前方を少しだけ見渡す。薄暗いが見覚えのない場所だとわかる。まだはっきりしない意識でも分かるのは、日が差していない場所だからだ。
さっきの上と下からの容赦ない熱攻撃も日差しもなく、むしろ肌寒い。冷たい空気が肌を刺してくれたおかげか、少しずつ意識がはっきりしてくる。
もう一度前方を確認する。
使わなくなったと思われる独特の丸みのある形の鏡台だろうか、ぼんやりとした黄色い灯りが照らす。鏡のところに紫色の布が被さっている。隣には古い箒が何本か見える。
物置か倉庫か、そうこう考えていたら、意識が覚醒してきた。
口を小さくを開き、第一声を放つ。
「…………ここど――っ!?」
思わず驚き、両手で口を塞ぐ。自分が喋っているはずなのに自分じゃない声が出た。
それどころか――、
「……あ、ああー」
マイクテストにするように軽く発声する。透き通るような綺麗な声だ。
…………俺の声じゃない!? どころか男の声ですらない!?
バッと急いで立ち上がるが、身体に違和感を感じる。いつもより身体が軽い。だが、胸部には今まで感じた事のない重量感を感じる。
そして男性なら分かるだろう股間についているであろうあの感覚。
…………無いっ!? 俺の股にぶら下がっている例の物が、息子が無いっ!!
「――えっ!? ……何!? 何が起きたんだ!?」
綺麗な声には似合わない男言葉が出る。
激しく動揺し、辺りを見渡すが、あるのは鏡台や箒、古い家具が少々。あと分厚い本が何冊も積まれている。
――そうだ! 鏡台!
バタバタと落ち着かない足音を立てて鏡台の前へ。埃が少し被っている紫色の布をバサっと無造作に取ると左下あたりにヒビが入っている鏡で自分の姿を確認する。
「…………」
身体を小刻みに揺らし、口を半開きになる。
言葉を無くすとは正にこの事。人間、本気で驚いた時は言葉も出ないのだろうか。
自分の今の姿に驚愕を覚える。
これは夢? そう思いながら恐る恐る自分の頬に手を添える。
人間の身体は脳が命令を与えて動くもの。自分が考えてやった事と同じ事をする。
当然だ……だが――、
「な……何だよ……これ」
鏡に映っているのは紛れもなく自分ではない。見知らぬ美少女だった。