29 脱出劇
「あの花畑野郎共が無事で済むわけねえだろがぁ!」
天空城が地上への落下が迫る中、アルビットと妖精王との戦闘は続く。
無数の腕が上から雨のように降り注ぐが、それを難なく回避し、アルビットと刃を交える。
そんな激しい戦闘中、
「アルっ!」
「フィン! 戻ってきたの!?」
「おう!」
「――ぐおおっ!?」
フィンは合流すると同時にアルビットを吹き飛ばす。
「野郎っ!!」
赤黒い大槍の形状のものを投げつけると、それがアルビオ達の上空で分散。
「「!!」」
「くたばりやがれっ!!」
その大槍は枝分かれする形状に変わり、地面に突き刺さる。
アルビオは間一髪、その隙間から上手く回避する。
そんな上手くいかなかったと舌打ちするアルビットを横目に状況を尋ねる。
「フィン。避難の状況は?」
「とりあえず町はもぬけの殻になったぜ。今も必死こいて走ってるはずだ」
「それって……」
「安心しろ! 潰されることはない。ただ、落ちた衝撃の風圧がどうなるかが想像つかんから、それはそれだ」
どうやら町から離れてはいるようだが、まだ影響範囲内にはいるということだろう。
「もっと安全な場所まで避難させて欲しかったよ」
「馬鹿言うな! お前の方が心配だから来たんだろ? あの町の連中も大丈夫だからって言ってくれたんだ……」
「精霊だって信じてもらえたの?」
「ああ。天空城を見たら信じてくれたよ」
最初はやはり信用してくれていなかったような言い草。
だが迫り来る危機に助けに来た精霊ならば、勇者の影がちらつく光景ではあるだろう。この大陸にも勇者は来ていたのだから。
そしてそのセリフを言ってくれたというのは、嬉しい反面、あまり望ましくない言葉。
勇者にしかなれないと言ったクルシアの発言が、現実のものとなり、天空城が落ちた瞬間、完全に味方になれなくなる。
「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえ!!」
天空城が落ちるまでの時間ギリギリまで、対峙する様子に、感情的になっている今ならと尋ねる。
「このフィールドは貴方に対しても効果があるはず……。そろそろお互い、ケリをつけたいところですね」
「はっ! 安心しなぁ。俺様はそんなケリつけなくても脱出できるから、心配すんな!」
そんなことを言いながら、辺りの血を使っての猛攻の中、
「――ザドゥ!」
「承知」
ルインを解いて、ザドゥの黒々とした大鎌へと持ち換える。
「――バンディット・スティール!」
「何!?」
アルビットはその距離があったと油断してか、大鎌の大振りへの回避が間に合わず、咄嗟に両腕で防御する。
するとアルビットは懐に違和感を感じた。
「――なっ!?」
不敵な笑みを浮かべるアルビオが持つ大鎌の先には、青く光る転移石があった。
「てめぇっ!!」
「ふっ!」
その大振りの遠心力で謁見の間の壁に思い切り投げ、叩きつけると、パキィンと砕け散った。
「仕事熱心なのは結構なことですが、慢心は命取りですよ」
「くそぉ……くそがぁっ!!」
アルビットの余裕のある発言と行動から、自分達の転移を封じつつ、逃げられる手段を持っていたことは予想できた。
道化の王冠には、ドクターがいる。
ジャミング・フィールドの効果を受けない転移石の加工など容易いと考えられた。
「ありがとう、ザドゥ。フィン、ルイン、いこう! 決着をつける!」
「おっしゃあっ!」
そう言うといつものルインとフィンの剣を装備すると、
「ヴォルガード! 君は妖精王の攻撃から僕を守って! 他のみんなは待機! 頼むよ、みんな!」
精霊達は一斉に返事をした。
今のアルビオでは精霊を顕現し力を行使できるのは、三体まで。
「クソがクソがクソがああっ!!」
自分の思い通りな展開にならず、激情のままに猛攻してくる。
アルビオはその攻撃の全てを見切り、一気に懐まで飛び込む。
「――!?」
「……決着、つけましょうか!」
アルビオはアルビットの周りを俊敏に動きながら、小刻みに攻撃していく。
「があっ!? ぐっ! くそがぁっあ!?」
あまりの速さに血の攻撃も追いつかず、目で追えないアルビットは酷く眉間にシワを寄せた。
「めんどくせええええっ!!!!」
アルビットは自分を守るように、ドーム状の血の防御壁を作ったが、
「――メルリア!」
「はい!」
ルインの顕現を解き、メルリアを装備する。
透き通った水のような錫杖になると、その杖でドームを突いた。
するとパシャァっと凝固した血が液体へと戻る。
「なっ――がぼおっ!?」
そこで無防備だったアルビットのほおけた口に杖の先を咥えさせ、押し倒した。
アルビオはメルリアならば凝固した血を液体に戻せると考え、霊脈の流れからメルリアに読み解かせたのだ。
アルビットのめんどくせえ発言や短気な性格から、ちまちまとした攻撃をされれば、大振りな攻撃や防御をすると踏んでの作戦。
見事に成立したこの隙。これだけの至近距離なら血での攻撃のモーションより、こちらが喉を潰す方が早いと悟らせる。
「僕、棒術も嗜んでいるんですよ?」
「――あへもぉっ!!」
そう考えたアルビットの思考は混乱する中、その咥えている杖から冷ややかな感覚が襲う。
「……喉を潰すと思ったんですか?」
「……!」
アルビットの口からパキパキと凍りついていく。
「――凍れ! ――ブリザード・コーティング!」
アルビットの視界は氷の中へと閉ざされていく。その薄れゆく意識の中で、真の狙いに気付いた。
この押し倒され、喉元に体重をかけられるこの死を彷彿とされる態勢から、冷静な判断を一瞬でも阻害することが目的。
喉を潰そうとする場合、最悪、自分を引き裂いてでも抵抗すればいいが、それを抑止するためにゼロ距離での氷結魔法を発動したのだ。
頭から凍らせれば思考は弱くなり、血を操ることができず、万が一微かな意識でも血を操れないようにするために、辺りも凍る氷結魔法を選んだのだ。
凍りついていく身体。氷に支配され、蝕まれる内臓。
眠るように自分の役割があったことを思い知る。
クルシアからは人を殺すことなんてできない、甘ちゃん勇者見習いだからと聞いていた。
だがあの雇い主は、踏み台にしたんだ。
自分の命を使い、アルビオを本物の勇者に仕立て上げることを。
(くそがぁ……)
全身氷漬けとなったアルビットから、メルリアを抜き取る。
「はあ……よし! 次!」
アルビオは成長していた。
バザガジールやクルシアとの死闘から、戦いの中で人が死ぬことは当然のことであると。
むしろ殺した相手に対し、自分の全てをぶつけ、戦うことこそが礼儀であると。
その結果がこれなら受け入れ、糧にしなければならないことも。
だからあっさりと切り替え、ヴォルガードが必死で抑えている妖精王を止める。
「ぬぐぐぐ……」
ヴォルガードがその筋肉が詰まった腕を力一杯込めて、潰されぬよう抵抗している。
「ヴォルガード! もう少しお願い! メルリア、もう一仕事いくよ!」
「はい。アルビオ!」
そう言うとフィンの顕現も解き、詠唱を始める。
「――水の精霊よ、我が呼びかけに応えよ……」
その詠唱と共に辺りが冷気に包まれていく。
その魔力に反応してか、妖精王が無数の腕をアルビオに向けて打つが、
「やらせぬぞぉ!!」
ヴォルガードも拳を乱発し、殴り合いとなる。
「草木も生命も全てを無慈悲に奪う、白き美しき世界よ。災厄は災厄をもって打ち消すべし。死の世界よ、我が前に具現せよ! ――アイス・エイジ!!」
魔法の発動と同時にメルリアの杖を地面に突き立てると、一瞬で氷が謁見の間を凍りつかせていく。
ヴォルガードも顕現を解き、この魔法から逃れるが、妖精王は叫び狂いながら必死の抵抗をする。
「オオオオッ!? オ……オオ……」
その抵抗虚しく、辺りは氷結の世界が広がり、風の音だけが響いている。
「や、やったぁ……」
「アルビオ!?」
ガクッとメルリアの杖に寄りかかる。
さすがにこれだけの戦闘をした後に、最上級魔法となると疲れが出てしまった。
「おい!? 大丈夫だろうな?」
「……ありがとう、フィン。大丈夫だよ。みんなも心配かけさせたね」
精霊達もほっと安堵する。
「しかし、アルビオ。強くなりましたね。霊脈の使い方も上手くなりました」
「そうだね! これなら勇者ケースケ・タナカにも追いつけそうさ!」
「そんな話は後だ! アル、転移石はあるんだろうな?」
その質問にアルビオは懐から転移石を取り出し、ニコッと笑った。
「よっしゃ! 下の町にはしゃーねえが、脱出――」
ボゴォッ!!
「!?」
束の間の隙がアルビオを絶望へと突き落とす。
凍らせた地面から、木の根が急に突き出てアルビオを襲った。
「くっ!?」
間一髪のところで回避したが、手に持っていた転移石をそのまま持っていかれた。
「し、しまっ――」
壁の衝突と共に、サラサラと青い結晶が見えた。
「嘘……だろ?」
この戦闘を始めて、体感だがそろそろ十分以上は経つと悪寒が走る。
更に状況は切迫していく。
氷の中を響くように聞き覚えのある叫び声が聴こえる。
バキバキバキと氷の地面から亀裂が走り、そこから次々と木の根っこが触手のように突き出てくる。
そしてその触手は狙いがわかっているのか、アルビオを攻撃する。
「……っ!」
ボロボロの身体でなんとか回避するも、
「があっ! はあっ!?」
体力的にも精神的にも限界が来ているアルビオの視界は揺れる。
そして――恐れていた事態が発生する。
「――オオオオオオッ!!!!」
妖精王が氷を割って復活したのだ。
しかもその無数の腕からは、にょきにょきとアルビオを攻撃した木の根が次々と生え出てくる。
「――メルリアぁ!! 顕現代われ!!」
「は、はい!」
そう言うとメルリアとフィンが交代した。
「アルっ!! 意識だけしっかり持ってろ! 逃げるぞっ!」
「フィン……でも妖精王がぁ……」
「もうタイムアップだっ! 諦めろ!」
フィンは風魔法でアルビオを運び、至急出口へと向かう。
それを暴走する妖精王が追わないわけがなく、激しい叫び声と共に、大量の触手が追い詰める。
「あの馬鹿妖精王がぁ!! あの部屋に窓くらい作っとけえ!!」
そうでなければアルビオ達が通った道で、追われることもなかっただろうにと文句を垂れ流す。
アルビオに町の様子を見に行って欲しいと言われた時は、一人だったため霊体になれることから、壁をすり抜けたが、アルビオを抱えている状態ではそれもできない。
その通ってきた天空城は次々と木々の根と葉で覆い尽くされていく。
「よし! このままあの転移魔法陣まで……」
アルビットが死んだ影響でジャミング・フィールドは解かれている。
転移魔法陣も復活しているはずだと、思いっきり外へと飛び出すと、
「……ちくしょおがああっ!!」
美しい庭園は妖精王の攻撃により、酷い有り様になっており、転移魔法陣があった建物も倒壊していた。
そんな悔しい叫びを上げている間にも、アルビオを殺そうと触手の攻撃は止まない。
時間がないと急ぎ、空へと飛び出した。
「アル!? 意識はあるな?」
返事をする気力はなかったが、ニコッと微笑んだ。
フィンがほっと安堵したその時だった――、
「フィン!」
「――があっ!?」
顕現していないルインの叫びがフィンを呼ぶと、ハッとなった瞬間、突き飛ばされた。
その薙ぎ払った腕は妖精王だった。
長細い腕をギリギリまで伸ばし、鞭のように振るい、アルビオとフィンを攻撃したのだ。
「アルっ!? 気を――」
フィンの顕現が解けていく。
その攻撃をモロに受けたアルビオの気が遠くならないはずもなく、雄叫びを上げて遠くなっていく妖精王を見ながら、視界が暗くなる。
「あ……」
その空中に投げ出されたアルビオの服の中から、パタパタと煽られたリュッカとルイスのお守りが揺れる。
(……ルイスさん……リュッカさん)
天空城はクルシアの思惑通り、下の町を踏み潰した。
***
一方でヴァルハイツでは、クルシアが用意した戦争への狼煙が上がっていることも知らず、職務を全うするディーガルの元へ、一報が入る。
「おい、ディーガル」
蜘蛛の背にあるギョロっとした目がディーガルへと向き、話しかけてくる。
「……アミダエル殿か。今は職務中だ。実験体達の確保については――」
「アンタの悲願がなったよぉ……!」
「!?」
ガタンっと椅子から思い切り立ち上がるディーガルは、わなわなと震え上がる。
「そ、それは……真か?」
その言葉にはいつもの厳格さはなく、どこか弱々しい声で確認をとる。
「ああ、だいぶ待たせちまったねぇ」
するとディーガルはすぐに部屋を飛び出し、アミダエルの元へ向かった――。
「お早いお着きだねぇ?」
「茶化すな。どこだ? どこにいる!?」
「逃げやしないよ。……奥へ来な」
そう言われ、アミダエルの子蜘蛛を肩に乗せたまま、奥へと進んでいく。
そしてその場所へとたどり着くと、ノックも無しに扉を開ける。
「――アミダエル殿!? 妻は? エリアはどこに……?」
「なんだい。忙しないねえ……」
腰の大きく曲がった黒いローブに包まれた老婆が、嫌味混じりに歓迎する。
辺りには魔物の肉塊や痩せ細った亜人種達が手枷で繋がられている中、お構いなしにディーガルは血眼になって辺りを見渡す。
やれやれと呆れながらアミダエルは、細い指で向こうの扉を指す。
「あそこさね。お目当てはさ……」
高揚感が抑えられず、思わず硬かった表情筋が緩む。
早く目にしたいと、会いたいと足が思わず軽くなり、駆け出す。
もうノックや礼儀をする余裕などどこにもなく、再び扉を思い切り開けるとそこには、念願の光景が広がっていた。
「あ……ああっ!!」
そこには二人の女性の姿があった。二人とも金髪のロングヘアに顔立ちも良く似ている。
「ア、アナタ……」
「パ、パ……」
かたことで話すその二人に違和感など感じるわけもなく、大粒の涙を零し、
「――サリア!! エリア!!」
会いたかったとガシッと強く抱きしめる。
「会いたかった……ずっと、会いたかったぁ……」
そのサリアとエリアも、ディーガルに応えるように、抱きしめる。
「アイタカッタ……」
「パパ……アイタカッタ……」
「ああ、私もだよ。やっと、やっと……」
すると杖をつく、カツンカツンという音が寄ってくる。
「ディーガル。とりあえずの蘇生は済んだが、聞いてわかる通り、万全ではなくてねぇ。魂と身体がまだ上手く連動してないさね」
ディーガルは構わないと首を振る。
「これから良くなるのだろう? ならば今は気にしないさ。感謝するぞ! アミダエル殿! 妻と娘を生き返らせてくれて……」
「アタシ達の契約だからねぇ。いつまでも世話になりっぱなしってのもねぇ。本当は完全になった時に披露しようとも考えたんだが――」
「いや! 構わない! ありがとう! ありがとう……」
ディーガルは涙ながらに感謝するが、アミダエルの思惑は別のところにあった。
「まあアンタに今披露したのには、ちょいと事情が変わってねぇ。やる気を出してもらうためにもと思ったんだよぉ」
「どういうことです?」
「なぁにぃ……エルフ共が宣戦布告して来たのさ」
「なんだと……」
アミダエルは楽しそうに話すクルシアから情報を得ていた。
「アンタだって二度目は嫌だろ?」
ディーガルはぎこちない怪しげな微笑みをみせる妻と娘を見て、悪夢を思い出す――変わり果てた姿で帰って来た、心より愛していた家族のことを。
「まあアタシは今まで通り、亜人種共を寄越してくれるのと、匿ってくれりゃあ何でもいいが、アンタは違うだろ?」
守るべき家族が戻ってきた。
一度は失い、悲しみと絶望に暮れたあの日々を再び繰り返すわけにはいかない。
「その情報は本当だな?」
「ああ、そうさね」
するとディーガルは優しい眼差しで、再び彼女達を見て、エリアの頭を撫でる。
「今度こそ、奪わせないからな。お前達が戻ってくるこの国を……この世界を、あの魔物共の好きにはさせん。だから、待っていてくれ」
「パパ……ガンバッテ」
「アナタ……ガンバッテ」
二人の不気味な声援を受けると、いつもの厳格な表情に戻る。
「アミダエル殿。二人のことは任せる」
「ああ……気をつけるんだよ」
そう言って憎悪のこもった表情でこの場を後にした。
その背中を見送ったアミダエルは楽しそうに笑う。
「ヒェヒェヒェ。アイツも随分とイカれちまってるねえ……。こんなものに縋るほど病んでるのかい」
アミダエルの横でバキゴキと身体が変質している音が響いている。
「人間の蘇生ねぇ……ヒェヒェヒェッ!」
皆さま、ここまでのご愛読ありがとうございます。
主人公であるリリアより、アルビオ回だった第7章。今回は区切りが良いようにということで、ここまでが第7章となります。
第8章では話の流れ的に、戦闘シーンが多くなります。その辺、上手く書けているか不安ですが、頑張って参ります。
これからもご愛読下されば幸いです。それでは。




