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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
7章 グリンフィール平原 〜原初の魔人と星降る天空の城〜
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21 地下道での激戦

 

 ――俺達はグリーンフィール平原を馬車にゆらり揺られてひた走る。


「今から行くゴンドゥバって国はどんな国なの?」


「僕が答えようか?」


 そう提案するのは、ヴァルハイツの特殊部隊ジャッジメントの一人、ノートという少年。


 じゃあお願いと頼むと、馬車内に無理やり入って説明する。


「ゴンドゥバは僕ら、ヴァルハイツとの同盟を結んだ国で、獣人共の居住区の監視をしてるのさ」


「監視……ねえ」


「ゴンドゥバにはレイチェルがいる。挨拶せねばな」


「レイチェルって、ヴァルハイツの姫様だっけ?」


「ああ……」


 あの親子を見た後だからか、会うのが少し怖いが、わざわざ向かうほどだ。さすがにディーガルに対する社交辞令ではないだろう。


 何か意味があって会いに向かうのだろう。


 だからか、ノートは少し疑いかかった視線を向ける。


「しかし殿下。わざわざお会いになるなんてねぇ。どんな風の吹き回しだい?」


「貴様、殿下に対し、不敬だぞ」


「これは失礼しましたっ」


 今までにない行動を取れば疑いがかかるのも事実だが、


「別に今までだって行ったことがないわけでもないだろう。我が国の英雄も紹介しておきたいしな」


「ふーん……」


 まだ納得いかない様子で俺達の様子も(うかが)うが、見られても困る。


 殿下の考えなんて知らないんだから。


「まあ安心しろ。お前がいるのだ、妙なことをする気はない」


「へっへー! わかってるじゃないか、殿下」


「あ、あのジャッジメントって方々はそんなに強いんですか?」


「そりゃそうだよ。黒炎の魔術師の彼氏君!」


「「!?」」


 俺達は同時に立ち上がると否定する。


「ち、違いましゅよ! ぼ、僕とだなんて……」


「そうだよ! あの時のは言葉の綾で、私は当分そんな気はないから!」


 ちょっと揶揄(からか)っただけなのにと、ケタケタと笑うノートに違和感を覚える。


「待って。貴方は昨日の謁見の間にはいなかったよね? なんでそれ知ってるの?」


 あの喧嘩を見ていたのは、ここにいるメンバー以外には、ディーガルや騎士隊くらい。


 ジャッジメントと名乗るノートのような威風を放った連中は見かけなかった。


「ああ、コイツは見てわかると思うが、義眼の持ち主でな。半径の数百メートル以上の範囲を見透すことができる」


「その通り! だから下手な動きはできないのさ。僕の眼からは逃れられない」


 範囲系の監視能力者といったところか。中々厄介な能力だ。


 アミダエルに対し、アプローチできなかったのもコイツの存在も関係しているんだろう。


「でも義眼ってことは、その眼は……」


 皆の同情心が湧く理由はわかる。


 この十二という年齢で片目を失うというのは、あまりに酷な話だが、本人はそれほど重い空気を出さなかった。


「別に。片目がないくらいどうでもいいさ。それより便利な義眼を持てたことだしさ」


「で、でも……」


「それに……これはディーガルさんが拾ってくれた証。僕にとっては最高の個性さ」


「ディーガルさんが……?」


 先程まで明るさの絶えなかったノートが、真面目な顔でそう呟く。


 十二という歳で、ハイドラスの発言からも特殊部隊で活躍している様子。


 俺達にとってディーガルは、アミダエルと繋がりがあるであろう存在だが、あの哀愁を宿すその顔から、ノートにとってディーガルは父親代わりなのだろう。


 だからこそ俺達からすれば厄介な存在とも言えよう。


「だからさ、しっかりお仕事しないとね」


「こちらとしては気味が悪いからほどほどにして欲しいものだ」


「ハハハハっ! 殿下は人から見られるのは慣れっこだろ? 我慢しなよ。君達の護衛もちゃんとやるんだからさ」


 ***


「チッ! そういえばノートはあの殿下の護衛だったか」


「はっ! マルチエス様! そうであります!」


「不快だ。あの魔物共がまだ起動している。やはり鼠から作った物は鼠か……実に不快だ」


 長細い眼鏡をクイッと上げながら、不快だと呟く真っ白な軍服のデザインを模した長身の男性が、眉間にシワを寄せている。


 ノートの能力を使えば、一発で見つかり対処できるのだと、不愉快そうに親指の爪を噛む。


「どこのドブ鼠が脱走しようとしたか、把握できていますね?」


「はっ! 赤の魔法陣区域、エルフの少女が一匹。獣人の少年が一匹であります」


「それで?」


「はあ……?」


 その間の抜けた返事に、知的な表情の額に血管が浮き出る。


「はあ? じゃねえよ。やっとでさえ不快なんだぞ……もっと情報をまとめてこないか!! このクソ虫がっ!!」


「し、失礼しました! すぐに……」


 騎士達はパタパタとマルチエスの命令に従い、その場を後にする。


「ええい! 不快だ、不快だぁ! 私が美しく保っているはずのこの町を! 国を! どうしてこう役立たずばかりが跋扈(ばっこ)しているのだあ!! 不快だあっ!!」


「相変わらず潔癖な男だな、マルチエス」


「チッ! オールドか……」


 まるでくるみ割り人形のような小柄な女の子。青い軍服に身を包み、怒りを露わにする同僚に話しかける。


「事態は聞いたぞ。私が様子を見てこよう」


「ふざけるな。お前は私の顔に泥を塗るつもりか?」


「面倒くさい性格をしているな、お前」


「治安維持は私の務め。仕事を取るな。それに……」


 オールドは一度は冷静な表情に戻った同僚の顔をもう一度見ると、


「!」


「私の前をチョロつく鼠は駆除せねば……」


 鬼面を被ったように怒り狂った表情を浮かべている。


 その地下では――、


「おおおおっ!!」


 二頭を持つワーウルフの強靭な肉体から繰り出される攻撃を捌き続ける。


「くそっ! 早えな!」


「――ストーン・ポール!」


 狭い通路の中、塞ぐように複数の石柱がワーウルフを襲うが、まるで見切るような動きでひょいひょいと(かわ)す。


「ちょっと!? 嘘でしょ!?」


 その術後硬直で動けないところをクレイマンがその石柱をするりとすり抜けながら、腕を鞭のように振るう。


「――っ!」


「させっかよ!」


 土の身体くらいなら引き裂けると、その鞭で振るう攻撃の勢いに合わせ、剣で斬り裂く。


「オオオオッ!?」


「おい! 大丈夫か?」


「……あ、ありがと」


 サニラはポッと頬を赤らめるが、すぐにハッと我に帰る。


「バ、バカぁ!! あのクレイマンは斬れば斬るほど、数が増すって言ったでしょ!?」


 オオオオッと叫び声を上げながら、切断された土塊から口が生えて襲ってくる。


「やっべ! 一旦距離を取るぞ」


「――ストーン・ポール!!」


 無数の石柱で通路を塞ぐと、亜人種の少年少女の手を取り走り出す――。


「に、兄ちゃんに姉ちゃん、大丈夫か?」


「ま、まあな」


「でもホントに厄介ね。いくらなんでもあれはヤバイわ」


 するとエルフの少女が心配そうに尋ねる。


「あ、あの魔物ってそんなに強いの?」


 あまり心配をかけさせたくないが、知らないと命に関わる状況でもあるためか、


「そうね。あの魔物は人工的に作られた魔物で間違いないわね」


「じ、人工……って何?」


 獣人の少年がわからねえと首を傾げると、何故かバークまで首を傾げると、サニラはバークを蹴り上げる。


「なんであんたはわかんないのよ!」


「あがっ!?」


「お、お兄さん大丈夫?」


 エルフの少女が駆け寄る中、サニラが馬鹿にでもわかるようにと説明。


「いい? 人工ってのは人が手を加えた物のことをいうの! そしてあの魔物達もそう。二頭の頭を持つワーウルフも分裂再生を行うクレイマンも見たことがないわ」


 ワーウルフは言わずもがな二足歩行の大狼の魔物であり、クレイマンに関しては泥人形というだけで、雑魚の魔物として扱われている。


 だがあの二頭を持つワーウルフは、二つの頭を持つせいか、視界範囲が広い挙句、音や匂いも二重に敏感。


 先程のバークの剣との連撃戦やサニラの狭い通路から繰り出されるストーン・ポールを回避できたのも、その微かな音を拾ってのこと。


 そして匂いの方も範囲が広いせいか、すぐに探知される。


 クレイマンに関しては、本来なら斬った先の物は土に帰るはずなのだが、その土塊は分裂し、自立するようだ。


 幸いなことに切り離した部分は動きが遅い。


 だが気がつけば足元にいることもしばしば。常に警戒しなければならないため、精神が非常にすり減る。


 でもそれ以上に厄介なのは、ここが地下道であり、水路もあることである。


 その泥水はこのクレイマンの身体の再生にも貢献している。


 つまりはクレイマンにとっては最高のフィールドというわけだ。


 素早い攻撃と広範囲の探知能力に長けたワーウルフと、相手の戦力をジリジリとねちっこく追い詰めていくクレイマンの組み合わせは最悪である。


「――そいつはヤバイな。どう対処するつもりだ?」


「とりあえずクレイマンは私かジードさんが相手しないとダメね。ワーウルフはあんたでもできるけど、あの素早い動きに攻撃をあそこまで見極める能力は厄介過ぎるわ」


「つまりはよ……アレを倒せればまた強くなれるってことだよな?」


 それを聞いたバークは、逆にギラギラと嬉しそうな瞳で闘志を燃やす。


「あんたね。そんな単純な相手じゃ……それにクレイマンも邪魔してくるわ」


「そ、そうだよな……」


 戦力はバークとサニラのみ。


 ジードがいつ帰ってくるかもわからないし、こちらは別れた場所より移動もしている。


 ジードが急いで駆けつけるにしても時間がかかる。


 理想としてはバークが前衛で魔物達を惹きつけつつ、サニラが魔法を撃ち込み、鎮圧するのが理想的。


 だが現実は強くなったとはいえ、ワーウルフとの実力が拮抗しているバークが二体を惹きつけることは困難であり、サニラに関してもこの狭い地下道では思うような魔法を放てない。


 サニラは地属性でも土や岩を操り、創造する術の方の使い手。


 そちらの系統の上級魔法以上は、地面を割ったりする地盤を崩す魔法が多い。


 そんな魔法を地下で放つことは自殺行為に等しい。


 つまり決め手が欠落しているのだ。


 二人が唸りながら悩んでいると、獣人の少年が覚悟を決めた表情で提案する。


「兄ちゃん! 姉ちゃん! オレも戦うぞ」


「「――!?」」


「あのクレイマンの動きの遅いやつだけでも、オレがやる。そうすれば戦いやすくなるだろ?」


「お、お前……」


 するとエルフの少女も、その彼に触発されてか、お願いする。


「わ、私も戦います! もう私達だってバレてるなら、魔法で援護……できます!」


「あのねぇ! これは――」


 サニラが危険だからと説教をしようとすると、バークが横から割り込む。


「バ、バーク?」


「よく言ったな、お前。エルフの嬢ちゃんもな」


「あ、あんたねえ!」


「……言いたいことはわかってるよ。この子達を危険に晒すことになる。そうだろ?」


「そうよ!」


「だがアイツらの狙いはどちらにしてもコイツらだ。俺達がやられたら確実に殺される。それが一番最悪だろ?」


 その通りだとサニラは反論を止める。


「それにジードさんが確認したろ? コイツらは本気で外に出たいって言ってる。それだけ本気なら命だって賭けられる。そうだろ?」


「ああ! 姉ちゃん! 俺達は変わりたいんだ。生まれてから陽の光もロクに浴びなくて……父ちゃんも母ちゃんも人間に(なぶ)り殺されて……でも、約束したんだ! 父ちゃんと母ちゃんと。幸せに生きるって! 自分らしく生きろって! 俺はその約束を守りたい」


 それはエルフの少女も同じなようで、先程までの怯えた様子はない。


 少女とは思えない覚悟を秘めた強い瞳を宿している。


 その様子を受け止めたサニラは呆れたとため息を吐き、


「守ってあげるって言ったのに……まったく」


 やはり反対かと思って不安がる三人だが、


「わかったわ。アイツらもすぐ来るわ。早急に作戦を練るわよ」


「「「!」」」


 サニラが賛成して、早急に作戦を立てた――。


「――いい? ジードさんが来るまではこれでいく。質問は?」


 サニラの戦術に全員が肯定。するとワーウルフとクレイマンが再び迫ってきた。


 行くとするかと準備を整えると、


「そういえば二人の名前を聞いてなかったな。名前は? 俺はバークだ」


「オレの名前はオウラ。犬型の獣人だ」


「わ、私はエミリです。えっと……」


「エルフでしょ? 私はサニラよ」


 お互いの自己紹介が終わる頃には、あの二体の魔物も目の前に現れる。


「さあ……いくわよ! ――ストーン・ポール!」


「――火の精霊様、小さき私の声をお聞き下さい。迫る災いを灰塵と化す、息吹をお与えください。焔の道よ! 開け! ――ブレイジング・ロード!!」


 ボロボロで痩せこけた少女から放たれる魔法とは思えぬ、見事な火魔法。


 ストーン・ポールで後ろに後退したワーウルフに向かって、石柱を破壊しながらワーウルフを攻撃。


「ガアアアッ!?」


「よし! エミリちゃん。この調子で引き離すよ」


「は、はい!」


 一方でバークとオウラは、


「おおおおっ!!」


「はああっ!!」


 バークは剣で、オウラは爪や足蹴りで次々とクレイマンを分裂させていく。


「「「「「オオオオッ!?」」」」」


「どうした、泥人形! 来いってんだ!」


「バークの兄ちゃん!」


 後ろから噛みつこうとするクレイマンをなぎ払う。


「サンキュー! オウラ」


「に、兄ちゃん……オレ、やれてるか?」


「おう。勿論だ。お前と組んでると仲間の獣人を思い出す」


「仲間の獣人……」


「ああ。フェルサって言ってな。狼型の獣人で強くて頼もしい女獣人だぜ」


「そ、そうか。オレ、会えるかな? その獣人の姉ちゃんに……」


「会えるって。そのためにも先ずはここから出るために、この泥人形と犬っころを倒すぞ!」


「おう! バークの兄ちゃん!」


 命懸けの戦いの影響からか、男の友情という絆がグングンと深まっていく。


「――ストーン・ウォール!」


 ある程度、通路の奥まで追いやったワーウルフの時間稼ぎに、通路を何枚もの石壁で塞ぐ。


「男ども! 準備はできた?」


「はっ! 下拵(したごしら)えは万全だぜ。な?」


「う、うん。サニラの姉ちゃん!」


 するとバークとオウラは二人を守るように壁になると、サニラは再びストーン・ウォールでバラバラに分裂したクレイマンを閉じ込める。


「焼き尽くして! エミリちゃん!」


「は、はい! ――火の精霊様、小さき私の声をお聞き下さい。これは怒り。その衝動のままに凝固せし力よ……解放と共に爆ぜよ! ――エクスプロード!!」


 その通路に閉じ込めたところで爆発音が響く。


 この世の絶望の叫ぶ声が聞こえてくる。


「作戦通りだな」


「は、はい……」


「エミリ!」


 エミリはふらっと立ちくらみを起こす。


 元々は奴隷として働かされ、あの二人から食料を少なからず貰っていたとはいえ、常に空腹状態の彼女には上級魔法の連発はキツかった様子。


「よく頑張ってくれたわね。ありがと……」


「い、いえ。皆さんのお役に立てて……嬉しいです」


 作戦というのは、とにかくこの二体を引き離すことである。


 そこで思いついた作戦が、初級魔法のストーン・ポールを使った素早い通路封鎖とエミリの火の攻撃魔法で追いやり、壁を作り防いでの時間稼ぎ。


 初級魔法なら素早い展開ができる挙句、攻撃力のある火魔法ならば容易に破壊しつつ、ワーウルフを奥へと追いやることができると踏んだ。


 そしてその間に前衛の二人は、とにかくクレイマンを細切りにすること。


 確かに分裂するのは厄介だが、動きが遅くなる挙句に細々としていく身体だ。


 エミリの火の攻撃魔法ならば閉じ込められクレイマンを焼き殺す。


 そして石壁が解けると、狙い通りにクレイマンが焼き焦げ、蒸発している。


「よし、狙い通りね。後は……」


 もう一方の石壁の通路からは、雄叫びと共に壁を破壊する音が迫ってくる。


「さあ、後はあのワーウルフだけよ」


 サニラはエミリを壁に寄り掛からせると、ポーションを手渡し、飲むように指示する。


 サニラの用意した石壁が一枚一枚破壊されていくごとに、緊張感が増す。


 ワーウルフに対する具体的な作戦はないのだ。


「大丈夫か? オウラ」


「お、おう。大丈夫だ、バークの兄ちゃん」


 その少年の足は震えている。


 恐怖が迫る中、よく耐えているものだと感心を覚えると、


「そうか。兄ちゃんは結構怖いぜ」


「えっ!? に、兄ちゃん?」


「そりゃそうだろ? 今から向かってくるのは、ヤバイワーウルフだ。下手したら死ぬ、普通に怖いだろ?」


「……」


 その話を聞いていると、オウラまで我慢していた恐怖心が湧き立つ。


「だがな、怖がることは恥じゃねえ。弱いことも恥じゃねえ。何もしないで失うことが一番最悪なんだ」


「……!」


「兄ちゃんだってな、全然強くないんだ。実際、俺よりも最低野郎に一発でやられたことがある」


 バザガジールとの一戦。


 許せないという気持ちを証明するための力が足りなかったのだと、あの月に照らされた時、痛感した瞬間だった。


 あの時に自分ができたことはなんだ? 俺は必要な行動ができていたのか? 意味はあったと思う。だけど自分が望んだ結果にはならなかった。


「いいか? 怖くてもいい、弱くてもいい。だがな、守りたいものを守れる男にはなっとけ」


 バークはそう言ってエミリを見ると、オウラもその視線の先を見た。


「バークの兄ちゃん……」


「いざとなったら守ってやれよ。男だろ?」


 幼いながらもバークの意図を汲んだ、彼の震えていた足は止まっていた。


「ああ、わかったよ兄ちゃん!」


 そして――、


「ガアアアアアッ!!!!」


 最後の岩壁を粉砕。バーク達の目の前には例のワーウルフが咆哮を飛ばしながら現れる。


 だがそんなの予想通りだと、出てきたタイミングで右の頭をバークが、左の頭をオウラが襲いかかる。


「「――うおおおおおおっ!!」」


 二人の斬撃が片目ずつ引き裂き、ワーウルフはその場で悶え苦しむが、鼻が効くワーウルフは臭いの濃いオウラに思い切り拳を撃つ。


「――があっ!?」


「オウラ!?」


「――ロック・ブレイク!」


 詠唱を済ませていたサニラの術がワーウルフ目掛けて、突き出すが俊敏に(かわ)される。


「なまじ知性があるのってホント厄介っ!」


「ワーウルフは元々そうだろうが!」


 バークは飛ばされたオウラに、自分のポーションを飲ませながら語るが、


「それにしたって動きが人っぽいのよ! このワーウルフ!」


 二つ頭というだけでも不気味だが、その頭に合わせてバランスを取るようにガッシリとした筋肉が敷き詰まっている。


「ガアッ!!」


 ワーウルフはあくまで二人を狙い襲い来る。


「させっかよ!」


 ワーウルフが拳を乱打してくるが、バークもそれに合わせて剣を振るい、捌き続ける。


「ああああっ!!」


「――大いなる精霊よ、我が声に応えよ! 勇敢なる者に高き力を! ――パワー・オーラ!」


 バークに攻撃力アップの付与魔法がかかる。


「ありがとよ!」


「礼を言ってる暇があるなら、さっさと倒しなさい! ――地の精霊よ、我が声に――」


 サニラは更に援護の詠唱を始めると、それを毛嫌いしたのか、


「――ガアアアッ!!」


「――きゃあ!?」


 片方のワーウルフは咆哮で、サニラを吹き飛ばしながら、もう片方の頭はこちらを見て迎撃している。


 だがそれが気に食わない。


「随分と舐めてくれるじゃねえか!!」


 バークも負けじとワーウルフの猛攻を超える判断速度で斬りつける。


「そこぉ!!」


 その丸太みたいに太くて硬い肉体の横っ腹に刃を入れた。


「――切り裂けえぇえーっ!!」


 だがワーウルフも抵抗のため、殴りかかると、


「――やらせねえっ!!」


「ガギャアアッ!?」


 オウラがワーウルフの頭に噛みついた。


 二つの頭の間に乗り、左の頭にしがみつきながら、思いっきり噛み付く。


 獣人の噛む力は強く、酷く頭を振って抵抗するが、オウラは意地でも離さない。


 その勇敢な姿に触発されないわけがない。


「さっさとやられっちまえよ! 狼野郎があぁあっ!!」


 ズバァッと見事に胴体が真っ二つになると、さすがにワーウルフも動きを止め、そのまま地面に転がり、上半身にいたオウラも地面に叩きつけられる。


「あだっ!?」


「おいおい。大丈夫か?」


「へへっ、おう!」


「ったく……無茶しやがって……」


 バークは握り拳を作り差し出すが、意図が読めないオウラは、不思議そうにジッと見る。


「知らないのか? お前も作れよ」


 オウラはその通りに拳を作ると、バークがコツンと拳をぶつける。


「やったな!」


「お、おう。それで、これは……?」


「男の挨拶だ。友情の証な」


 オウラはそのぶつけられた拳をジッと見ると、嬉しそうに笑う。


「男の……友情の証!」


「どうだ? カッコイイだろ?」


「馬鹿やってんじゃないわよ、まったく……」


 その様子を見ていたサニラは、呆れた様子で茶々を入れる。


「無事そうだな」


「ちょっと驚いただけよ。それと……」


 サニラはオウラの頭をげんこつ。


「あだっ!? な、何すんだよ!? 姉ちゃん……」


「子供があんな無茶するもんじゃないの! さっさとあの()を連れて離れてれば良かったのに……」


「ま、まあまあ……」


「ああっ?」


 サニラの迫力に男二人はたじたじ。


「確かに私達が協力させちゃったけど、一番に考えるは自分の身の安全よ。それができないなら、大切なものは守れないわ」


「!」


「貴方が大怪我したり、最悪、死んだら悲しんでくれる人がいるでしょ? 自分も守れない人が、他人を守れるわけないじゃない! わかった!?」


 オウラの目から涙が溢れ出てきた。


「へ?」


「ほらぁ〜、これだからお前は怖がられるんだよ」


「ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! 私は――」


「違うんだ! 兄ちゃん! オレ……嬉しいんだ」


 オウラは止まらない涙を拭いながら、思いの丈をぶつける。


「オレ、父ちゃんも母ちゃんもずっと優しいだけで……何も教えてもらえなかった。もっと……もっと! 父ちゃんと母ちゃんに……色々教えて欲しかったんだ!」


「オウラ……」


「だからぁ……サニラ姉ちゃんに叱ってもらえたの……嬉しかったんだ! オレのこと、心配してくれて……バーク兄ちゃんも、オレのこと……認めてくれてぇ!」


 オウラの両親にも愛情はあった。


 だがそれは優しさという愛情しか与えられなかった。両親を(なぶ)り殺しにされたと言っていたところを考えるに、両親は優しくしかできなかったのだろう。


 だから間違いや危ないことへの注意をしてくれたサニラに、共に戦い、男と認めてくれたバークに嬉しさが零れ出る。


 そんな少年を暖かい眼差しで、二人は見て微笑むと、


「そっか、それは良かった。これからももっと知っていけるさ」


 その少年の手を優しく握った。

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