09 無力さを知る男
アイシア達のゴール後に数十秒遅れでレオン達もゴールした。
速度を緩めながら、ゆっくりと広場の真ん中に降り立つ。
「勝ったよ! ぶい!」
「さすがだね、アイシア」
「エメラルド、ご苦労だったな」
勝負の決着がつき、ホワイト達は労いのの言葉をかけながら、エメラルドの前に降り立ち、エメラルドは擬人化する。
「ありがと……うっ!?」
だがホワイトの眼は潤んでいた。
「ど、どうしたホワイト!?」
「煩い!! 神子様とあんな楽しげに飛んでいるなんて、ズルイ! ズルイぞ!」
まだ根に持っているようだ。
その地団駄を訊いていた俺達は苦笑いを浮かべるも、そんなことならと、
「ホワイトちゃん、私と飛びたかったの?」
「えっ!? い、いえ! 神子様がお乗りになりたい背を浅ましくお願いするなど……」
「別にいいよ。今度はホワイトちゃんね」
「!! あ、ありがとうございます!!」
ホワイトはめちゃくちゃ嬉しそうだが、訊きようによっては、薄い本が捗りそうな内容である。
すると暗い表情でこちらへと来るレオンの姿があった。
「さすがだ、アイシア。あの時からお前は何かが違うと思っていたが、ここまでとはな……」
「ううん。最後の怒涛の飛行には驚いたよ。あんな危険な賭けに出るなんて……男の子だね」
「!」
レオンはただ置いて行かれるのが嫌で、必死に出した結論があの行動だったわけだが、そう褒められると恥ずかしいと顔を伏せる。
するとそこに途中リタイアしたバーツ達が駆け寄る。
「まあドンマイドンマイ。相手が悪かったよ。アイシアちゃんがあんなにやれるのと、やっぱり……」
擬人化したエメラルドに視線を向ける。
「スペックがさ、段違いだったんだよ」
その軽はずみな発言にレオンは機嫌を損なう。
「ふざけるな、バーツ。この敗北は俺達の力不足だ」
「お、おお……」
「その風龍は確かにエヴォルドとも格が違う。だが龍の力を最大限に発揮してやるべき俺達が最も重要な敗因だ。エヴォルドの力を存分に発揮させてやることができなかった。だがアイシアはその風龍の力を発揮させることができた。その差だ。龍の能力自体は俺達で埋められる」
その言葉には、さすがのホワイト達にも思うことがあった。
上空から観ていても、際立っていたのはこのレオンとエヴォルド。
一緒に勝ちたいと願う熱意がしっかりと伝わっていたように感じる。
それを願っていたのはエヴォルドも同じだったように感じる。
そんな考えの中、それを証明するようにエヴォルドがレオンを慰めるように頬擦りをする。
「グルル……」
「お、おい、止めろ。お前の肌は痛いんだ」
慰めるように見えたが、謝っているようにも見えた。
ホワイト達は同種だからその甘声の意味も理解できた。
「レオンと言ったか?」
「あ、ああ……」
ホワイトが話しかけた際に、遅れてきたヤキン達も着陸する。
「お前とその子は強い信頼関係にあるようだな。コイツらも……」
するとニコッと微笑んだ。
「人間か……まあ悪くない」
認めてやるぞと語っているようだった。
「やったね。ホワイトが認めてくれたよ」
「そ、そうなのか?」
「か、勘違いするなよ! その男とその子は特別に認めてやるだけだ。他はついでだ」
「じゃあレオン君は同行オッケーってことだね?」
「勝たなきゃダメなんじゃないのか?」
その質問に少し不機嫌そうに突っかかる。
「は? そんなわけないだろう。エメラルドは私達の中で一番速いんだ。先ず勝てるわけがない」
「まあホワイト。……でもその通りだ。自分で言うのは気が引けるけど、確かに最速だ。でも、貴方と彼のコンビネーションはとても良かった。それに互いに信頼し合っているのが後押しされている」
即席のアイシアとエメラルドペアに接戦だったことを踏まえても非常に良かったと好評価。
アイシア達がもう少し互いの連携ができていれば、差はついてるだろうが、エメラルドの能力を考えれば大健闘だったろう。
「彼らなら同行を認めてもいい。わたくしはそう思います、神子様」
エメラルドはレオン達の実力を評価し、アイシアに進言する。
するとアイシアはレオンに近付き、
「きっと大変なことに巻き込まれる……けど、一緒に来てくれる?」
小首を傾げてお願いするが、レオンの答えは最初から決まっている。
「ああ。ついていくよ。お前は俺が……俺達が守る」
「ガアウッ!」
エヴォルドも気持ちは同じようで、レオンと共に返事をしてくれた。
一応、ホワイト達に他の人はどうだと尋ねたが、やはりレオンだけだと首を振った。
「――じゃあしょうがない。元々アイシア一人で行かせるのが不安だっただけだから、二人でもいいか」
「いやいやリリアちゃん。レオンと二人きりでいいのかよ」
「なっ!? ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえ! バーツ!」
「?」
まあバーツの言いたいことはわかる。
若い男女が二人が人気の無い魔物の里へ向かう。そこには数々の危険な道があり、吊り橋効果で互いを意識し合うのではないかと。
だが正直、この男はヘタレだと考える。
クールを気取っちゃいるが、自分の気持ちをはっきり口にできるタイプではない。
まあ俺は別方面のヘタレタイプだったが。
とはいえ、万が一があるので釘は刺しておこう。
「大丈夫だよ。私の大切な親友にそんなことしないよね?」
「あ、当たり前だろ!?」
「それに龍の神子を慕っている魔人に近い龍が三体もいるんだ。手を出す勇気があるなら、逆にね?」
レオンとバーツはちらっと三体を見る。
彼らから凄い重圧が出ているように感じた。
「安心しろ、娘。神子様は私達がお守りする」
何とも心強い台詞だが、アイシアの将来を考えればどうも複雑である。
特にホワイトに関しては、アイシアに対する感情が過度な気がする。
周りからは色々な思惑が広がる中、その中心人物は蚊帳の外――というか気付いてすらない。
「ねえ、リリィ。結局、龍神王を解体できる人で龍操士の人はどうするの?」
「え? あー……うーん」
そこの解決には至ってないんだよなぁ。
だから一応尋ねてみる。
「レオン。貴方、ドラゴンの解体は……」
「できるわけないだろ。ただまあ、コイツをパートナーにしているから、構造くらいはわかるがな」
魔物とはいえ、身体の状態管理のための知識はあるのか。
「まあ他の者も同じようなものだ。ドラゴンの身体に関しては詳しいが、解体となると話は変わってくる。それに今から学んで、放置し続けても大丈夫なものなのかい?」
「多分、ダメだと思います。そうこうしているうちに西大陸の状況は悪化する一方だと思います」
ダイアの言う通り、学ばせている時間もおそらくない。
リュッカみたいに解体技術の基礎が固まっているならまだしも、そこの技術についてはこの人達は素人だ。
「うーん、レオン君が里に着いた後に、リュッカと入れ替われればいいのに……」
「そんな無茶な。転移石にもそんな機能は……」
あれ? 入れ替わる?
俺は何かいい案が思い浮かびそうだと、会話が途切れた。
「待って! 待て待て」
「おっ! また何か思い付きそうなの?」
俺は一捻り頭を悩ませると、ピンと閃いた。
「……なんだかパターン化してるね、これ」
「へ?」
アイシアの発言を俺が実現化する機会が多い気がする。
そんなことを考えながら、俺達は対策が実行に移せるか、リュッカの元へと向かうのだった。
***
「トレース?」
「そう。一応、魔法名はトレース・アンサーってのにしようと考えてる」
俺達はドゥムトゥスでお世話になった人達と早々にお礼と別れを告げ、リュッカのいるアイシア達の故郷へと戻ってきた。
リュッカも特訓の成果があったようで、清々しく俺達を迎え入れてくれたが、血に汚れたエプロンに包丁片手の笑顔はやめて欲しい。
ちなみにレオンはある程度の旅支度が済んでから合流することになっている。
「まあ簡単な魔法だよ。この魔法陣の中に乗ってくれる?」
「あ、はい……」
俺の指示に従い、デュノンは魔法陣の上に乗る。
「両腕をグルグル思いっきり回してくれる?」
「あ、はい」
さらに指示に従い、グルグルと腕を回してくれた。
「もういいよ。魔法陣からちょっと外に出て、次はリュッカが入って」
「うん、わかった」
次にリュッカが魔法陣に乗ると、俺は魔法陣を起動させる。すると――、
「えっ!? な、なに!?」
リュッカが先程デュノンが行なった両腕回しをしたのだ。
「こ、これは……?」
「これがトレース。この魔法陣にデュノンの身体の動きをコピーして、次に乗った人にそのコピーした動きを再現させる魔法だよ」
「ほえー……」
要するには録音と再生ができる行動版。
魔法世界だからできることだろう。
「なるほど! これなら私やレオン君でも解体ができるね!」
「いいや、できないよ」
「え?」
「これはあくまで動きを真似させるだけで、その場にあった行動ができない」
「そっか。仮にシアが私やお父さんの龍の解体の技術をこれで再現しても、大きさや硬さとか色んな問題の解決には繋がらない」
「その通り……」
この世で全く一緒の生態を持つ生物なんて存在しないんだ。
ましてやこれから処理しに行くのは何千年も生きたであろう龍神王。
下手なコピーだけで解体できるほど甘くは無い。
「だからアンサーが付くんだよ」
「リアクション・アンサーのように、状況から最適解を出せるようにするんだね」
「さすがリュッカ! その通り!」
「?」
アイシアはピンと来てないようなので、
「要するには、この魔法陣にリュッカやリュッカのお父さんの解体技術やアイシアの飛行技術をトレースさせれば、アイシアもリュッカも一緒に行けるようになるってこと」
「おおっ!」
俺が思い描くのは、先ずアイシアに説明した通りに動きをトレース。
その後に動きを記憶させたい人を魔法陣に乗せて、身体に記憶させる。
その後、その状況を目の前にして、最適解を行動させるよう暗示みたいな状態にするって感じが俺の思惑。
しかもリアクション・アンサーのように瞬時に状況を確認、対処という処理はなく、そのコピーされた動きからの最適解ということもあり、負担も少なくて済む。
「だけどそれって……」
「うん。闇魔法の中でも難しい、精神魔法なんだよね。定着させるのは呪術って形でいいと思うけど……」
「あれ? リリィは来ないの?」
アイシアもハイドラスの警告を無視して付いてくると想定しているようだ。
「うーん、あの殿下が本気で止めにかかってきてるし、この魔法は闇魔法をがっつりかけることになる。呪いに耐性のある私はこの魔法自体にかかることができない」
付与魔法という形で発動する魔法ではないためだ。
この魔法陣に一度記憶させるという段階を踏んでいる。
そのため、今一度かけようとすれば闇属性持ちは耐性上、その呪いに対して無効化してしまう。
「そっか……」
愕然とするアイシアにごめんと謝りつつも、俺も本当は行きたかったのだと考えるが、さすがにあれだけ説教を受けた後だしね。
「イメージは固まってるから、その魔法ができるまでちょっと待ってて」
「わかった。その間にもっと特訓しておくよ」
こうしてリュッカの特訓と並行して、俺はトレース・アンサーの開発を急ぐことになった。
そして――、
「出来たよ」
「早かったね」
「まあイメージはあったからね。明日、レオンが来るだろうし、その時にでも……」
気付けばもう夜も遅く、すぐに就寝を迎えた――。
――翌朝。アイシアの家の扉をノックするレオンは表情が強張り、紅潮していた。
しかも扉を開けたのが父親だったこともあり、遠巻きからでも背筋に悪寒の走ったのがわかった。
まあ好意を寄せる女の子の家をノックするだけでも、初見は緊張するだろうにと同情心が湧いた。
その後、リュッカの家に集合。
特訓していただけあって、血生臭さが気になりはしたが、レオンにもオリジナル魔法について説明。
早速、トレースから開始する。
リュッカとリュッカのお父さんの解体技術をコピーしていく。
作業場を囲むように魔法陣を展開し、龍種の解体術を披露してもらった。
レオンは顔が引きつりつつも、自分がやるかもしれないと慣れるために、臓物が飛び散る現場を何とか見ておくが、俺は無理だとすぐに家から飛び出した。
その次にアイシアの飛行技術をコピーするため、村一番の広場を貸し切り、ホワイト達の監修の元、渓谷を渡るに必要な動きができる地形をリュッカの解体屋に訪れる冒険者に用意してもらった。
地属性の造形魔法なら再現くらいなら問題ない。
そこを飛び回る際、エメラルドは勿論、ノワールや念願だったホワイトもアイシアを乗せて飛んだ。
「――よし! コピー完了」
「リリアちゃん、大丈夫? この魔法陣は大きかったし、コピーしてた時間も……」
「さすがに疲れたから、ハーメルトに戻るのは明日でもいい?」
「勿論だよ」
すると俺は白紙のマジックロールにトレース・アンサーの魔法陣を写していく。
「リリィ、これは……?」
「今からアイシアとレオンにはリュッカの。リュッカにはアイシアの技術をトレースさせるけど念のためね。完成させたばかりの術だから、万が一のことを考えてストックを用意しておこうと思って……」
なんらかの形で魔法が無効化される可能性だってあり得る。
向こうでは魔力量も激減しているだろうし、マジックロールならマジックポーション片手に発動させれば、トレースが切れることもないだろう。
「私が今できることはここまでだからさ。やっぱりアイシアにはリュッカが付いていって欲しいし!」
「……ありがとう! リリィ!」
「――わあっ!? 抱きつかないでぇ!?」
「なあ……」
「「ん?」」
じゃれあっている俺達に、真剣な物腰で尋ねる一声が聞こえた。
「そろそろ事情を話してくれないか? 龍神王が亡くなった原因や今からお前達が向き合う問題について……」
「「……」」
俺とアイシアは顔を見合わせると、関わらせてしまうわけだからと事情を話した。
「――クルシアにバザガジール……」
「うん。その二人を筆頭にする組織が原初の魔人を殺して何かを企んでる。私達はそれを阻止するために動くの」
「そうか……」
それを聞いたレオンの表情は凄く悲痛な表情をしていた。
だがそれは恐怖心から来るものには見えず、どちらかと言えば悔しいといった感情に近い印象があった。
だがそれを読み解けていないアイシアは、
「ごめんね。本当なら私達で解決できるなら良かったんだけど、レオン君の力もあった方がいいなんて……」
「謝らなくていい」
「え?」
レオンの男心に気付くことはなかった。
「どこ行くの?」
「……少しその辺を歩いてくる」
そう言うとレオンは、俺達の前から去っていった。
「やっぱり巻き込まない方が良かったかな?」
「違うよ、逆だよ」
「え?」
俺のポツリと呟いた一言に反応したアイシアだったが、レオンの気持ちを汲んだ俺は、
「まあ龍神王の弔いが目的なわけだし、クルシア達がいるとも限らないから、そんなに心配いらないよ」
と話題を逸らした。
「そうだね」
「ちょっと考える時間が欲しいだけだよ。戻ってよ、シア」
そう言うと俺達は、アイシアの家はと入っていった。
少し森の奥へと入って行ったレオンは、自分の不甲斐なさから来る行き場のない怒りを木にぶつける。
「くそっ!」
レオンはここまでの問題だとは考えていなかった。
それは龍神王の弔いというほどだ、国家機密レベルの問題だとは考えていたから、覚悟もあって引き受けたが、武装犯罪者が関わっていることまでは想定していなかった。
てっきりハーメルトの騎士達が捕らえたものとばかり考えており、戦後処理的な流れだと考えていた、自分の甘さが腹正しかった。
レオンが聞かされたのはあくまで、実力が黒炎の魔術師や勇者の末裔以上の実力者だということくらいにしか、聞かされなかったが、本当はもっと関わっているに違いない。
自分には役不足なのだと、はっきり告げられたように感じた。
アイシアにはそんな世界に行って欲しくない。
なのに自分には龍操士としての技量しかなく、戦闘面に関しても並程度だ。
どう考えたってアイシアを守ることなんて出来やしない。
こんなにも自分の弱さを呪ったことがないと一人、思い悩むのだった。
――そんな気持ちを俺も理解できた。
レオン的には少しずつでもアイシアに近づけたことに喜びを感じ、頼られることに嬉しさがあったのだろう。
だが現実を突きつけられて、舞い上がっていたのがムカついたのだろう。
悪いことをした気分だ。
だけど、短い間だったとはいえ、人間関係を大切にするアイシアにとって、飛行訓練に付き合ってくれたレオンもまたアイシアにとって大切な友達である。
側にいるだけで心強いものがあるのだと気付いてほしい。
俺がそうであるように……。




