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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
7章 グリンフィール平原 〜原初の魔人と星降る天空の城〜
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01 想い届かず

 

 西大陸の山脈地帯のとある渓谷の隠れ里に、一人の人間の姿がある。


 普段であれば同族である龍達は、互いに身体をぶつけ合い高めあったり、日の当たる岩場でくつろいだり、とても魔物とは思えぬ振る舞いを見せる。


 この小さく残った龍の聖地は、龍のオアシス。


 そこを土足で侵入した挙句か、同胞である龍達を傷つける輩に龍神王と呼び捨てられる民族衣装の男性は表情が険しくなる。


「……」


「そんなに怖い顔をなさらないで下さいよ。このトカゲ達が私の行手を妨げた報いです」


「私を龍神王と呼んでいるのだ。ここがどこかわかっておろう」


 襲われても当然だろうと口にするが、バザガジールは気軽に話を進める。


「ええ。散り散りにある龍の里の一つでしょう? 見つけるのに苦労しましたよ」


 西大陸の山脈には、所々にドドニアのような隠れ里がいくつもある。


 龍の神子の意志を継ぎ、人種が管理していることがほとんどだが、その一つに龍神王自身が管理するところがある。


 バザガジールはリュエルの直感力から、西大陸の山脈の一つ、ガルバーディア山脈のどこかにいると訊いて手当たり次第、探したと語る。


「――まあそう反論するということは、龍神王で間違いないようですね」


 龍神王は無言でバザガジールの方を向き、静かに睨んでいる。


「いやぁ、こうして原初の魔人に会えるというのは、素晴らしいですね。貴方のお噂はかねがね。西大陸の大山脈を割り、今のような山脈地帯にしたとか、貴方が唯一心を許した人間を愛したとか……」


 世間話を投げかけるも、龍神王は表情を出さずに訊いている。


「ふふ。寡黙な方ですねぇ。私はこんなに気分が高揚しているというのに……」


「……貴様と言の葉を交わすことに意味があるのか? 同胞達を見れば、貴殿が好意的でないことは明白……」


 バザガジールが殴り倒し、積み上がっている龍達は気を失ってはいるが息がある。


 実力のある精鋭達のはずだが、この有り様には怒り以外にも驚きがあった。


 この男の実力を窺い知れるというものだが、そのバザガジールは期待外れだと嘲笑(あざけわら)う。


「ふふ。まあそうなんですけど、私も彼の影響か、言葉遊びが好きになりましてね。戦う前に少しはお話を……」


「……」


 特に言葉を交わす気がさらさらなさそうな態度を取り続ける龍神王に、それはそれで話が早いと嬉しそうに微笑む。


「これは単刀直入に用件を話し、実行に移しましょうか」


 するとバザガジールは指の関節を鳴らす。


「貴方を殺しにきました、龍神王。その首と魔石……頂きますね」


「……」


 スッと目を閉じる龍神王は、体内を巡る魔力を解放し始める。


「貴殿のように、ここを見つけられる者は確かにいた。だが……」


 空気が揺れ、地面や岩などにもピキピキと亀裂が入り、威圧する。


 濃厚かつ美しく洗礼された魔力が空間を支配する。


「素直に立ち去れば、危害は加えぬ。去れ」


 龍神王が住まうこの場所へと訪れる人間もいなくはなかったが、大体はその倒れている龍達が追い払ってくれていた。


 それにここは元々人が入ってくるには、龍の案内があってこそ来ることができる渓谷。


 龍神王はその精鋭達がやられたところを見て、侮らずとも穏便に済ませようと、本来であれば気を失うほどの魔力当て、プレッシャーを与える。


 しかしバザガジールは――、


「フフフ……。――ハハハハハハハハッ!!!!」


「……」


 それをモノともせず、嬉しそうに高笑い。


 その様子に更に睨みが効いていく龍神王。


「いやぁ、実に素晴らしい魔力だ。……なるほど、原初の魔人となると、魔力の質がもはや別格ですねぇ。それでは……」


 折角、良いものを見せてくれたのだからと、


「――これならどうです?」


 龍神王とはまるで正反対の凶々しい魔力を同じくらい放出し、張り合って見せた。


「……!」


 今まで冷静な表情を貫いていた龍神王も、さすがにこれほどとは思っておらず、少しばかり目を開く。


「貴殿……本当に人間か?」


 思わず口にした言葉。


 龍神王がまだ人との争いをしていた頃。確かに今とは比べ物にならないくらいの手練れは沢山いた。


 だがそれでもバザガジールほどの魔力を持つ人間を見たことがなかった。


「可笑しな質問をなさる。私は歴とした人間ですよ。あっ……」


 バザガジールは大変なことを思い出したと深くお辞儀をする。


「あまりの感激に自己紹介を忘れていました。申し遅れました、私の名はバザガジール。しがない殺人鬼をやっております」


「……殺人鬼」


「ええ。人を殺すことを仕事にしているものです」


 人間の常識に明るくない龍神王でも、この男の異常性を理解できた。


 それと同時に強さの片鱗についても理解ができた。


「なるほど。貴殿がそれだけの強さを手にできるのも納得だ」


 殺し合いの中で培った精神と魔力。その隙のない立ち振る舞いも武力を行使し続け、実戦から身につけた所作。


 龍神王は昔の戦場にて、そう強くなっていく人間の強さを知っている。


「……愚かだ」


「?」


「他者を傷付け得た力がなんだと言うのだ。悲しいだけではないか……」


 メルトアの時もそう遠く見ていた。


 彼女は恐怖するが故に、それを追い払うように闇属性持ちを殺すという所業に出ていた。


 その姿は龍神王には、愚かであり、滑稽(こっけい)でいて可哀想であると憐れんで見ていた。


 だが龍神王が考える答えとは別のものが帰ってきた。


「フフフ……何か勘違いをされているようで。私は別に強さなど求めていませんよ」


「!?」


「私が求めるは死の境地。互いが力をぶつけ合い、命を賭け、(せめ)ぎ合う。その渇望の果てにある血という聖水を私は求めている……それだけですよ」


 強さなどおまけでついて来たものですよと、さらりと答えた。


「ならば尚、愚かである。血を求めて何になるというのだ……!」


 珍しく感情が出る龍神王。


 昔の記憶が掘り返されていく。


 魔物と恐れ、襲いかかる者。龍の力をあてにし、逆鱗に触れる者。


 龍神王はその醜い死をこれでもかというほど見てきた。


 だがそれでも一人、そんな人間とは違う女がいた――。


 それは自分が戦時で傷付き、身動きが取れずにいた山の木々の中で、一人の少女と出逢った。


 その彼女は自分よりも何百倍は大きい姿に怯むことなく、優しい言葉と飲み物をくれた。


『大丈夫、ドラゴンさん!? 頑張って!!』


 そう言いながら、彼女は周りにある薬草を煎じたり、ボロボロの衣服を脱ぎ捨て、止血に使ったりと託してくれた。


 その当時は人間など、愚かで矮小で罪深い生き物と感じていた龍神王。


 長い時を生きて、初めての感情に湧いたのを思い出す。


 ――この男はその美しい彼女とは違う、人間の悪意の塊である。


 思った。


 何故だ、何故そんなにも傷付けあうことができると、悔しくなってくる。


 まるでその彼女の意志を踏み(にじ)られているようだ。


「血を求めているわけではありません。人間はただ……本気で生きたいと思っているだけですよ」


「なに……?」


 よく考えてみて下さいと前置きして語り出す。


「貴方のように人間は、無尽蔵の寿命があるわけではありません。たかだか八十年しか身体が持たないのです。生き急ぐには、他者など気にかけてなどいられません」


「そんなことはない。アリシアはそんな他人を思いやれる人物であった」


「アリシア? ほう……。魔物の分際で人間に想いを寄せているという噂は本当でしたか……」


 思わず感情のままに、彼女の名を滑らせてしまった。


 表情も歪む。


「その彼女がどんな偽善者だったかは知りませんが――」


 いちいち感に触ると、この男に憤りを覚える。


「当時の時代背景を考えれば、ラクな死は迎えなかったのではないですか? それは貴方の方が理解できるでしょう?」


「……」


「本気で生きることをせねば生きられぬ時代に、そんな生ぬるい考えの人間はすぐに干されますよ。人間なんて所詮、他者を踏みにじり、傷付け、苦しめて、ずる賢く、狡猾な人間が生きていけるのです。……言うじゃないですか。正直者は馬鹿を見ると……」


 それも理解できぬ龍神王ではないが、アリシアのような、その子孫であるアイシアのような人間もいるのだ。


 この男の言葉を丸呑みしたくはなかった。


「では何故、人間がそんな生き物なのか。最初に帰ってきます。……寿命ですよ」


「……」


「貴方の言う、アリシアという人間もいるでしょう。慈愛に溢れ、優しく思いやりのある人間が。でも、そんな人間は数えるほどしかおらず、大体は自分が生きるのに必死です。不幸が襲えば他人のせいにしたがるのもそのせいですよ。その方が楽だ。生きるために邪魔にならない。そして――」


 (あお)るように不敵に笑った。


「そういう人間の生きる道を邪魔するのは、アリシアといった周りに適合しない人間です」


「……!」


「ある人は思うでしょう……そんな優しさに意味なんてない。そんな思いやる同情心が惨めに感じるだとか。もっと合理的な生き方があるなど、その人の生き方が眩しい故に、目障りだと思う人間の方が多いのですよ。自分が惨めに見えるから……」


 すると人差し指を立ててこう言う。


「これもよく言うでしょう? 良い人は早死にするって……。彼女もそうだったのでは?」


 龍神王は気付かれないほどに、小さく歯軋りをたてる。


「勇者のように形として見えている活動ならまだしも、貴方のその様子を窺うに、彼女の活動はそう言ったものではないのでは?」


 バザガジールは各地に噂される龍神王の噂と神子についての話から、何かしらの活動を行っていたのだろと話す。


 龍神王はあの日のことを思い出す。


 彼女がこの里を去って以来、彼女が訪れることはなかった。


 ずっと……ずっと待っていたというのに……。


 あの後、アリシアがどう過ごしたのか、当時魔人になったばかりの龍神王には知る術はなく、ついて行く勇気もなかった。


 だが孤児であった彼女には、当時の人間の世を上手に渡れたとは考えにくい。


 バザガジールはその活動を噂話からこう推理する。


「私はこれから人間の住む町におります。今ある種族間にある(わだかま)りを取り除くために――」


 バザガジールの口にする言葉に類似しているのか、龍神王はあの時のアリシアを鮮明に思い出す。


『――私と貴方がこんなに仲良くなれたんだもの。きっとわかってくれるわ』


『待て、アリシア。……人間はそんなに優しくはないぞ』


『……わかってるよ。だけど、私から信じてあげなくちゃ、信じてなんかもらえない。だから、少しずつだよ。先ずは他の龍種に会いに行って……』


 アリシアはこれからの計画について、色々語ってくれた。


 先ずは龍種から繋がりを作り、獣人やエルフ達と交流。


 そこから人間達へと説得するという、大雑把で行き当たりばったりの計画が話された。


『相変わらず短絡的だな。もう少し計画性を……』


『大丈夫だって。魔物であるはずの貴方と私がこんなに仲良しなんだから。二度も言わせないで……』


 その時の表情は少し寂しげにも見えた。


 本当なら一緒に行きたい。だが、どうしても震え上がってしまう。


 人間に傷付けられた痛みが、同胞達の苦しみ叫ぶ悲鳴が、今でも頭から離れない。


『貴方はここに残って、みんなを守ってあげて……』


『アリシア。どうしても行くのか……?』


『……うん。きっと今も苦しんでる人や、貴方達、ドラゴンもいる。もうあんな傷は見たくないしね』


 龍神王を困ったような笑顔で見ると、このまま話していると決心が鈍りそうだと、歩き始める。


『――アリシアっ!!』


『!』


『必ず帰って来い! 辛くなったら、いつでも迎え入れる。だから……』


 心からの叫びであった。


 アリシアは嬉しそうに振り向き、大きく手を振って、


『――行ってきます!! 必ず、必ず帰ってくるよぉ!!』


 龍神王はこの時、感じた。


 アリシアは強く優しい娘であると。自分はこんなにも人間に怯えてしまった弱き存在なのに、あの小さな身体でどれだけの勇気を振り絞り、薔薇の道を行くのか。


 アリシアがどうしてこの里に居たのかは知っている。


 だからこそ、この決断を止めては行けなかった――。


「――その龍種や傷つけ合う人達を癒やしてあげる旅路に出たといったところでしょうか」


「まるで見て来たように話すのだな……」


「噂を線で結んでみたに過ぎませんよ。ですが、貴方の様子を察するに、彼女は帰って来なかったようですね」


 放出している魔力に乱れが出た。


 それを勘づいたバザガジールは、不敵な笑みを零す。


「思った以上に過酷な旅だったのでしょう。ですが、子孫を残しているあたりは、それなりの生活でもしていたのでしょうか……?」


 アイシアのことを指すように話す。


「それとも――強姦でも受けて、身籠った子孫ですかね?」


「――貴様ぁっ!!!!」


 アリシアへの侮辱に激情するが、バザガジールは満足のいく結果に笑う。


「ハハハ。ようやくその寡黙な仮面が取れましたね、魔人殿? これから殺し合う中です。しっかりと殺意を持って頂かなくては……」


「貴様……わざとか……」


「いやぁ? 意外と確信をついたつもりですよ。世間知らずのお嬢さんが何の頼りもなく、世渡りできるとは考えにくいですからねぇ……」


「もうよい」


 激情した影響か、放出していた魔力にも乱れが生じる。


「貴殿は言ったな。私を殺しに来たと……」


「ええ」


「やってみるがよい!!」


 龍神王は静かではあるが、確かな闘志と殺意を剥き出しにする。


「ハハハハハハッ!! クルシアから言葉遊びを学んでみるものですねぇ!!」


 その戦意を全身で浴び、ご満悦のバザガジールも構える。


「どうか原初の魔人の肩書きに恥じぬ戦いをして下さいね。期待してますよ」


「もはや言葉など不要。……来い!!」


 互いの魔力が渓谷を揺るがすが、それ以上に二人の気迫の方が恐ろしく空間を支配する。


 倒れている龍達の中には、その様子に戦慄する。


 本来であれば、龍神王がやられることなど微塵も感じないが、この男(バザガジール)に関しては例外だった。


 自分達がやられたからではない。


 これほどまでの重圧(プレッシャー)を与える龍神王に対し、笑みまで零すバザガジールから放たれる異質な重圧(プレッシャー)


 今までに感じたことのない危機感。それを与えるバザガジールに恐怖しか感じない。


 最強種の魔物でありながら、人間に怯えすくむことしか出来なかった。


 そして――その二人は一瞬で目の前から姿を消した。


 だが、そこには激しい戦闘の雰囲気だけしか感じられなかった。


 この場には互いの拳がぶつかり合う衝突音と物々しい衝撃が木霊(こだま)する。


 あまりの高速戦闘に龍達の目には二人の姿が映らない。


 ただ激しく戦い合っているのだけは、ヒシヒシと伝わってくる。


 そんな激しい戦闘を行う最中、龍神王も驚愕する。


(これほどとは……!)


 油断しているわけではない。自分の力に(おご)りがあったわけでもない。


 しかし、どこかでこの男を倒し、アリシアに対する侮辱を訂正できるという確信があった。


 だが、この一発一発の重みがこの男の強さを物語り、こちらの動きに対応している様は、まだまだやれるという挑発にすら感じる。


「むん!」


「おっ?」


 龍神王は飛んでくる拳を(かわ)し、その腕を掴み、斜め上空へと投げ飛ばす。


 投げ飛ばされたバザガジールは、空中にも関わらず態勢を戻し、龍神王の方へと向ける。


「距離を取っても無――」


 ゴオオーーッ!!!!


 バザガジールを激しい龍の息吹(ドラゴン・ブレス)(おお)い尽くす。


 その炎を腕を振り、一掃すると、


「!」


 先端の尖った槍のような尻尾がバザガジールの顔面に襲う。


 あの息吹は目眩しの囮りで、尻尾での追撃に出たのだ。


 だが、ガシッと力強く握りしめられると、バザガジールはその尻尾を引っ張る。


 グンっと引き寄せた龍神王に左拳を構える。


「ハハッ!!」


「ぬん!!」


 その左拳を両手で受け止め、握り潰そうと力を込めると、掴んでいた龍神王の尻尾を離し、瞬時に右腕が飛んでくる。


 それに対応するように背後に飛ぶが、その拳から放たれる風圧だけでも身を吹き飛ばすには、十分過ぎる衝撃。


 全身で浴びる龍神王の身体が飛ぶ。


「ぐっ!」


 この男に一瞬でも隙を見せてはいけないと、背中から羽を大きく広げ、飛ばされている勢いを殺すが、


「!?」


 歪んだ笑みを浮かべるバザガジールが目の前で拳を振りかぶっている。


 無理な態勢からではあるが、対抗手段としては拳を打つしかなかった。


「ぐおおっ!!」


 地面に背中から強く叩きつけられるが、すぐに起き上がり、態勢を戻した。


 遠く目の前には、楽しそうに笑いながら歩いてくるバザガジールの姿があった。


「いやぁ。久しぶりにスカッとする戦いですよ! こうでなくてはぁ……」


 右手で顔の半分を(おお)い不気味なまでに高揚しているバザガジールに、戦慄する。


 この男をこのまま世に放ってはいけない。ここでその命を奪うことが、世の秩序を守るのだと確信を覚えるほどに。


 龍神王は更に魔力を放出し、身体に魔力を巡らせ、筋肉が一段ほど大きく盛り上がる。


「ほお……やはりまだ本気ではありませんですか」


「やはりだと……?」


 龍神王は手を抜いたつもりはない。


 元々が龍である龍神王には、人間の身体での体術の技量には限界がある。


 だが、それでも並以上の体術使いである龍神王。


 その技量の限りを尽くし戦ったが、それでも押され気味故、魔力を解放し、速度とパワーを上げようと考えたわけだが、


「ええ。原初の魔人の魔力がそんな少ないわけがない。保有量だけ考えれば、あなた方を超えることはないでしょう」


 バザガジールはその魔力量に合わせるように、解放する。


「……!」


 龍神王も全ての魔力を解放しているわけではないが、それでも今の自分ほどの魔力をコントロールする人間がいることに驚く。


「貴殿、本当に人間か?」


「失敬な。先程も言ったでしょ? 私は人間ですよ。どこまでも血にまみれ、戦場を駆けた生粋の殺し屋ですよ」


 龍神王が大昔に対峙した人間の中にも、こんな戦闘狂は存在したが、これほどまでに凶々しく、戦慄することはない。


 平和ボケをしていたとはいえ、引けを取ることはないと考えていたのに。


「どうやら貴殿には、本当の意味で加減が必要ないようだ」


「最初からそう言ってます。……期待していますよと」


 そこから更に激しい激戦が繰り広げられる。


 そんな中、何とか身体の動く龍達は、この場から避難を始める。


 その中でも龍神王のように魔力を溜め込んでいた魔人に近しい風龍(ウィンド・ドラゴン)黒龍(ブラック・ドラゴン)がこの戦闘に震える。


「これが……人間のする戦闘か?」


「無駄口を叩くな! 若き者達を早く避難させるぞ」


 その二匹の龍は長い首を器用に使い、戦闘区域からなるべく遠くへと押しやる。


「せめて我々が援護に入れれば……」


「――馬鹿を言うな! 龍神王様の足手まといになるだけだ。それに入れたとしても、今度は確実に殺されるぞ」


 自分達も最強種に恥じない実力と力を身につけたつもりだった。


 だがあの男は一瞬で我々を制圧し、今、龍神王を追い詰めている。


「――ごあぁあっ!?」


「「り、龍神王様!?」」


 姿が見えたのは、腹をえぐるように殴られている龍神王だった。


 そのまま弾丸の跳ぶ勢いで地面に叩きつけられる。


「ハハハハハハッ! 楽しい……楽しいなぁ!!」


 向かい来るバザガジール。


 すると龍神王は大きく牙を剥き、瞬時に龍の姿へと変貌する。


「!」


「――消し飛べ!! ――エンシェント・ブレス!!」


 白き炎がバザガジールを襲うが、架空で翔歩を行い回避されると、


「――!!」


「図体をデカくするのは……失策ですなぁ!!」


 背後を取られる。


「舐めるなっ!!」


 背後を取られることも計算済みの龍神王は、龍化した大きな尻尾で素早くなぎ払う。


 バザガジールは敢えて受けて吹き飛ばされるも、余裕の笑みを浮かべながら再び追撃。


「――エンシェント・ブレス!!」


 芸が無いとなぎ払うバザガジールだが、無数のかまいたちが飛んでくる。


 それを全て拳で撃ち落とす。


(この男相手に近接戦は不利だ! 場数で押し切る!)


 龍神王は息吹や爪から繰り出されるかまいたちを次々と打ち続ける。


 更には、


「!」


「――メテオ・レイン!!」


 なりふり構っていられないと、無詠唱で魔法までも追い討ちをかける。


 アリシアの時は、自分がどうして魔物なのだと後悔したが、今では魔物であることを感謝している。


 魔物は魔法の詠唱を破棄できる。


 正直、近接戦での技量や駆け引きには経験の差があることを悟った龍神王。


 だがバザガジールに魔力量は勝っている。


 なんとか消耗戦にしていこうと、雨粒のように攻撃の手を緩めない。


 本能が告げる。


 たとえ泥臭い勝ち方であろうとも、この男はここで殺さなければならないと。


 だがこの男はモノともせずに捌き続ける。


「ハハハハハハッ! 必死ですねぇ! 龍神王! そんなに私が怖いですか?」


 攻撃を撃ち続けるが故に、喋れない龍神王。


 返答の隙を突かれれば、一瞬で場を詰められることは明白。


「確かに貴方は強い。しかし、それは昔の話です。ぬるま湯に浸かり続けた貴方と、戦いを求め続けた私……どちらが強いかは明らかだ。さあ! 貴方の中に巡る魔物の本能ってヤツを解放しなさい! もっとやれるはずだぁ!」


 この男の言う通りだ。


 このジリ貧状態は続かない。捌きながらも確実に隙の穴を見逃さないと視線が物語る。


 必ずこちらから隙が生じる。


 だが起死回生の手も浮かばない。


「ほら、隙……」


「――!!!!」


「出来ましたよっ!!」


「――ガアァァーーーーッ!?」


 隙のないように思えた攻撃の雨をかい潜り、龍神王の大きな顔面に渾身の拳が打ち込まれる。


 意識のある龍達も、その絶望的な光景に声を上げることもできない。


 殴られた龍神王はその巨体ごと持っていかれる。


「これで終わりですか!?」


 追撃をかけるバザガジール。


 吹き飛んでいる龍神王は目を見開き、人型へと姿を変えて狙いをずらしてみせた。


 そして再びぶつかり合う。


「負けられぬのだっ!!」


 龍神王の中には魔物の本能などなかった。


 魔人といえど魔物。しかし、龍神王の中にあったのはアリシアとの約束。


『必ず、必ず帰って来るよぉ!!』


 その言葉だけを信じ、この里を守り続けてきた。


「この地を赤き血で染めてはならぬ! この地を……アリシアが帰って来る……この地を!!」


 たとえもう、戻って来ないとわかっていても、


「約束したのだっ! 守らねばならぬ!」


 アリシアと過ごした、あの優しい時間が残るこの地だけは、(けが)させるわけにはいかない。


「――負けられぬのだあっ!!!!」


「……そうですか」


 だがその想いがバザガジールに届くはずもなく、感情的に過ぎる攻撃だと、(かわ)しきるとカウンターの拳が龍神王の身体を貫通する。


「があぁっ!? が、ああ……」


「残念です。そこそこ楽しめたというのに……」


 最初に持っていたはずの殺意があればと、失望しながら貫通した腹から腕を引き抜くと、その場で倒れ込む。


「さてさて。それでは……」


「――れぬ……」


「?」


 何か聞こえたと首を傾げると、ぐわっと龍神王は顔を上げる。


 その形相は鬼気迫る覇気を孕んだ表情でバザガジールを睨む。


「――終わらぬのだあぁっ!!!!」


 龍化し、巨体となることで一気にバザガジールとの距離を詰め、両手でがっしりと地面を掴み、全力で噛み砕こうと大きく口を開けて襲いかかる。


 瞬時に対応したはずのバザガジールだったが、左腕が間に合わず、左の肩関節を綺麗に牙と牙の間に挟まり、噛み千切られる。


「!?」


「はあ……はあ……」


 一矢報いることができたと感じてしまったのか、急な疲労感と倦怠(けんたい)感が龍神王を襲う。


 その薄れゆく意識の中で、自分をここまで追い詰めた人間の顔を見ると、その表情に目を疑った。


「フフフ……フフフ……」


 今までで一番楽しそうな笑みを浮かべて、薄ら笑いを続ける。


「ハハハハハハ……」


 すると大きく息を吐く。


「――素晴らしいっ!!」


 感銘の言葉を口にし、嬉しそうな声を上げる。


「そうです! それですよ、龍神王! もっとです。さあ、もっと命を奪い合う賭け引きを! 殺し合いを! さあっ!!」


 龍神王はその表情を見て、戦意が途絶えた。


 狂っている。この男には人の想いなど関係ない。全てを破壊し尽くす狂気の化け物である。


 勝てるはずがない。


 戦いにおける土俵において、守るべきものを失い、ただ昔の思い出に縛られている自分には、この男には遠く及ばないと悟った。


「……」


「……」


 龍神王の戦意が失っていくのを、悟らないわけもなく、バザガジールは失望のため息を吐く。


「これで終わりですか。原初の魔人というから、期待していたというのに……残念です」


 地面に転がっている左腕を他人事のように拾うと、龍神王の前に立つ。


「まあそれでも貴方の全てを否定はしませんよ。その強さがあったのも、こうして私と戦ってくれたのも、彼女が貴方を生かし続けてくれたおかげ……」


 短剣を取り出し、龍神王の首を切り落とす構えに入る。


「――龍神王様っ!!」


 駆け寄ろうとする風龍(ウィンド・ドラゴン)だが、それを黒龍(ブラック・ドラゴン)が止める。


「何故止める!?」


「よせ! 龍神王様の想いを踏み(にじ)るつもりか!?」


 龍神王は我々のために戦ってくれたのだと説くと、踏みとどまった。


 そして――、


「まあまあ楽しめましたよ。龍神王」


 ザシュッと龍神王の首が切り落とされた。


 その一瞬の意識の中、龍神王は彼女の名を唱える。


「アリシア……」


 想いは届かず、死の淵へと眠った。


 この出来事が後々の大きな唸りとなるきっかけとなった――。

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