18 勇者の末裔は大人気?
――スクールの闘技広場には、人集りができていた。
アルビオの戦闘スタイルはこの北大陸でも珍しいものだ。
黄緑色の風を宿せし剣と、溶岩のように赤黒く焔を宿せし剣を持って、ジェーンとラチェットを圧倒する。
「これが……勇者の力か……」
「くそぉっ! 強いなぁ、おい!」
「そんなことありませんよ。僕だってまだまだですから……」
その謙虚な発言にジェーンはイラッとしたが、自分の力不足なのも大いに理解していた。
精霊の力を使った炎と風の戦い方は、上手く誘導されて、非常に戦いづらかった。
剣を振るだけで飛んでくる爆炎、疾風の如く背後を取られ続け、炎と風を操っての炎の渦や広範囲に広がるように解き放つ爆風攻撃など、多彩な攻撃で翻弄された。
これだけなら精霊の力に頼り切っているだろと、文句の付けようもあるのだが、背後を取られるとわかっての反撃。
いざ刃を交えた時、剣術にも差があることを痛感させられた。
だから、アルビオがいくら謙虚な発言をしようと文句を言うのは、ただの負け犬の遠吠えであると思えてくる。
精霊を使っての魔法や剣術を見ても、勇者の名に驕らず、向き合ってきた証明に捉えられた。
だがそれでも悔しいし、イラッとするのでこの差し伸べられた手も、少し拗ねて握ることにした。
「ジェーンさんの剣撃も見事でしたよ。どこで学ばれたんです?」
「……俺の剣もラチェットの拳も、スクールで基礎を学び、特訓してきたものだ」
「ああ、だからこそ悔しいぜ」
するとリーナは、ハンと生意気そうな表情で挑発する。
「負けるなんて当然でしょ? 相手は勇者様なのよ」
「わかってるけどさ。それでもこんなに差があるもんかなぁ」
私のような戦いの素人でも、バザガジールとの戦闘と今の戦闘を比較して、そのレベルの差は歴然であることがわかる。
経験の差というものは、あまりにも大きいことが目についた。
「まあ仕方ないよ。アルビオ君、戦い慣れしてるみたいだし……」
「それにしても……」
アルビオは気まずそうに、辺りの人集りを見渡す。
「大人気ですね! アルビオさん」
「嬉しくないです……」
周りはスクールの生徒達で溢れていた。
称賛の声を上げたり、中にはヘレンの知り合いもいるようで、
「久しぶり! ヘレン!」
「あっ! 元気してた?」
私はきゃっきゃと人集りに話しかけまくった。
それを見たシドニエは、
「なんだか色んな人とお友達なんですね」
「そうみたいだね。クラスのムードメーカー的存在だったんじゃない? 噛み噛みのあんたとは正反対」
「うう……」
自分だったら噛むどころか、固まってしまうのではないかと、想像してしまう。
「えっと、固まらないでね。シド君」
「ひゃ、ひゃい?」
騒ぎになってきそうなので、リーナはヘレンを止める。
「ほら、キリがないでしょうが。せっかくだし、先生に挨拶くらいしてくんでしょ?」
「まあね。じゃあ――」
「この人集りは何かな?」
誠実そうな男性の声が、野次馬の声を一掃するように聴こえてきた。
そこにはスクールの制服を着ているにも関わらず、毛色の違う雰囲気を出す三人が姿を見せた。
その姿を見るやジェーンは舌打ちする。
「チッ……ライセル」
「ライセル?」
ジェーンの睨んでいる男を見ると、誠実そうな面持ちの男性は、ニコッと微笑みながら、爽やかな表情を浮かべている。
「久しぶりだね、ライセル君、バルドバ君、ファナ」
「久しぶりだね、ヘレン。戻ってきてたのかい?」
「ちょっと野暮用でね」
ヘレンが親しげに話しているので、また知り合いなのかとユニファーニは、舌打ちしたジェーンに尋ねる。
「彼らは……?」
「うちのスクールの首席で、冒険者兼ここの生徒でもあるパーティーさ」
自分が好意を寄せる女の子が、他の男の子と親しげに話しているのは、やはり面白くないようで、不機嫌そうに話す。
「へえ……冒険者と生徒を……」
「ああ。悔しいが、アイツらもまた別格だ」
「まあな。でも俺だって、冒険者としてのライセンスを貰うんだ」
「そもそもなんですけど、在学中にも関わらず冒険者になれるものなのですか?」
東大陸ではあまりにも聞かない話に、ルイスは首を傾げながら尋ねる。
学業をしながら、冒険者業は中々ハードだと思うわけで。
実際、サニラやバークは理由があったにせよ、学業を捨てて冒険者業を優先したのだから、そう考えるのが普通だろう。
すると、そもそもスクールという所からジェーン達は説明してくれた。
――スクールとは、北大陸に存在する学校の通称だが、他の大陸と違い、義務教育を推奨している。
だがこの世界では義務教育ほどの縛りは殆どないのが現状。
北大陸の子供達の将来を考え、在学しながらでも仕事を行なったりする教育プランがあるのだ。
冒険者である彼らには実戦授業など、本業でも評価に繋がる場合、先生達とギルドマスターによって単位などがもらえたりする。
彼らはそれを起用し、冒険者としても名を上げているわけだが、全員がそれを出来るわけもなく、それぞれに条件があったりするわけで。
彼らのような冒険者業を兼業する場合、その危険などに対処できる能力や実力などを考慮した上で受理される。
スクールに在学する以上、責任はスクール側に出てくるので、そのあたりは厳しく査定される。
ちなみにヘレンは旅劇団への加入いうこともあり、辞めている。
この場合はスクールには在学していないため、自己責任という形になるが、言うまでもない。
「――要するにスクールという後ろ盾がある状態のお試し期間みたいなものですか?」
そういう言い方をされると、姑息かつ可愛げがあるようにも聞こえる。
「まあそうだが、実力があるからこそ認められてるんだ。アイツらだってその後ろ盾に胡座をかいたりはしてない」
実力を認めているような発言に、絶妙な男心を感じるアルビオとシドニエ。
その強さに嫉妬はするが、認めていないわけでもないというそのツンデレみたいな複雑な心境に。
だが、そういう勘の良いルイスは、ふふんと生意気な顔で、
「男性のそういうの、あまり受けませんよ?」
「何の話だ!?」
男のツンデレは誰得でもないよと指摘。
そんな話をしていると、ヘレンと話していたガラの悪そうな派手めの男性が近寄ってくる。
「おい、ヘレン! この冴えなさそうなのが勇者か?」
金の短髪の彼は、派手な指輪をしている右人差し指でアルビオを指す。
「失礼ですね! 人をそんな風に指差すものではありめせん!」
「あぁ? なんだこのチビ」
その彼はガンつけてルイスを威圧すると、さすがのルイスもその横柄な態度と身長差のせいか遠く見下ろされる威圧感に押される。
「ア、アルビオさん……」
ヒュッとアルビオの後ろに隠れ、怯えながらその男性を警戒するように見ている。
まるで小動物が自分よりも強い奴の出方を見定めているような視線。
私は、いつも生意気なことが目立つルイスちゃんの可愛いところを発見しつつも注意する。
「コラ、バルドバ君! 女の子に対してその態度はないでしょ?」
「うるせぇな。チビからつかかって来たんだろうが……」
「えっと、彼らは?」
アルビオ君の質問と共に、二人もこちらへと来たので紹介する。
「ごめんね。この剣士君がライセル君で、彼女がファナ。それでこのガラの悪いのがバルドバ君だよ」
「よろしく」
「よろしくね、勇者様」
「ヘレン。俺の扱いがおかしいだろ」
「おかしくないよ。横柄で怖い顔ばっかりだからだよ」
紹介された一同はそのバルドバに対する応対に、相変わらずの器量の深さと知る。
「僕はアルビオ・タナカです。勇者ではなく、末裔や子孫が付きます」
「何だっていい」
するとバルドバは腰を曲げて、ずいっとアルビオと目線を合わせる。
「な、なんです?」
「おい、ヘレン。コイツとの一騎打ちで俺が勝ったら、俺の女になれ」
「「「「「!?」」」」」
アルビオ達、全員驚く中その本人は、
「やだよ。断る」
さらっと断りを入れた。
「あっさり断った!?」
「そりゃそうだよ。ていうか、しつこいよ、バルドバ君」
「お前みたいないい女に手を出さないでどうする」
「ていうか、どうしてそうなるの?」
「そりゃお前、強え男の方がいいだろ? 自分を守ってくれる強え男がよ」
私はここで何をしていたのかを説明していた。
バルドバ君は勇者の末裔が来ていることを知り、私に頼り甲斐のあるカッコイイ男の子をアピールしたいみたいだけど、
「悪いけど、私、色恋沙汰はまだ考えてないの。諦めてくれないかなぁ?」
散々言っている言葉を繰り返す。
「お前が俺の女になるまで諦めねえよ!」
まったく聞く耳を持たず、ニカッと笑みすら見せる。
「あ、あの……」
「あぁ? なんだ? 勇者よぉ……」
文句でもあんのかよという威圧的なガン決め。バルドバは高身長でもあったので、その威圧感に押されて、
「――ひっ! な、何でもないです……」
根性が出なかったようで萎縮する。
バザガジールみたいなのと戦える割に、普段は相変わらず大人しめな彼であった。
すると、
「そ、そういうのは良くないと思いましゅ!」
ハセンなら男らしく言い放つであろうと、シドニエは勇気を持って言い張ったのだが、最後に噛んでしまった。
これにはバルドバも呆気に取られる。
「……ひゅ? ぶっはっ! はっはっはっ!」
これには周りからも笑い声に溢れ、シドニエは酷く赤面する。
憧れる勇者やハセンのような男の道は中々険しい。
だがその度胸は認めるようで、シドニエの肩に手を回し、ドカッとおぶさる。
「度胸はあるみてぇだが、どっか抜けてるなぁ、てめえ……」
「は、はい。良く言われます……」
一瞬の勇気は出たが、こうして近付かれるとやはり、よそよそしくなるシドニエ。
そんな中、私はひと息吐くと、こう宣言する。
「わかった。女にはならないけど、デートならしてあげる」
「!? ホントか!?」
「勇者の末裔……彼に勝てたらね」
私はウインクを決めて、挑発的な態度を取った。
勿論、バルドバ君はやる気満々になるが、その対戦相手になるアルビオ君は困惑を隠さずにいた。
「何を言ってるんです!?」
「バルドバ君、中々しつこくてね。諦めをつかせて欲しいの。お願い」
「お願いって……」
動揺を隠さずにいる彼に私は、そっと耳打ちする。
「テテュラさんのこともそうだけど、強くなりたいんでしょ?」
「!」
「バルドバ君は精神型だけど、戦い方が上手なの。貴方のためにも、シドニエ君のためにもなると思うの」
「「!?」」
私はバルドバ君のみならず、ライセルとファナも有名だからか、私達は知っている。
その証言から自分達のためになり、ヘレンのためならばとアルビオは了承する。
「わかりました。その一騎打ち、お相手します」
さっきのビビった表情が消えたのを見ると、バルドバにニカッと嬉しそうに笑う。
「おうっ!」
野次馬達は安全を取るように距離を取り、今から激突する二人を見守る。
「バルドバの奴、勇者と戦えるとは羨ましい。俺も腕試ししてみたいものだ」
「そ、そうだね。それに精霊を使うのも気になる……」
「ヘレン。正直どうなんだい?」
私に勝敗の予想を尋ねてきた。
まあ二人の実力を知る分には、当然訊かれる質問だからか、結論はさらりと。
「アルビオ君かな?」
「根拠は?」
「アルビオ君はあんなだけど、持ってる才覚も実戦経験も学んだ環境だって全部バルドバ君の上だよ」
六属性精霊持ち、バザガジール並みの実力者との死闘、ハーメルトの騎士達に鍛えられた剣術や戦術。
これだけの経験を積むのは、常人ではとてもじゃないが難しい。
成長を拒んでいるのは、良くも悪くもあの謙虚かつ引っ込み思案な性格。
だから勇者の才覚を研ぐためにけしかけたのだ。
あのバザガジールって人を見て、止められるのはこの人だって、素人目でもわかっている。
「だ、だからバルドバさんの用件に近いものを了承したの?」
モチベーションを上げれば、バルドバにも勝機が芽生えるのと、ファナは両手で杖を握りながら、前屈みに首を傾げた。
「まあ男の子のやる気を出させるならね。ファナも男の子のやる気の出し方、覚えるといいよ」
ファナは杖の先の部分で顔を隠しながら、照れている。
アルビオは、バルドバの戦闘スタイルの第一印象が浮かばない。
精神型であれば、杖や遠距離の武器、あるいはシドニエの場合は木刀だが、剣などの武器を持つことが自然。
だが彼はまるで喧嘩を始めるぞとばかりに指をバキバキと鳴らすだけで、武器など持たない。
だがそれでも気になるのは、両手の指に付けた指輪。
少なくとも、三つ以上は付けている。
(なるほど、魔道具か……)
「おい、勇者! 加減は要らねえ。全力でかかって来な!」
「まあ僕もヘレンさんと貴方のデートを阻止するよう、言われてますからね」
「……ホント、釣れねぇ女だな」
「ごめんね。簡単には釣れてあげられないよ。……二人とも、準備はいい?」
二人は身構え、準備万端である。
「それじゃあ、勝った方が私とデートだよ! 始――」
「ちょっと待てっ!!」
「ちょっと待て下さいっ!!」
バルドバとルイスは驚愕した様子で叫び、アルビオも思わずこけた。
「おい! 訊いてねえぞ! 勇者の野郎も勝ったら、お前とデートかぁ!?」
「私も訊いてませんよ!? 何を言ってるんですかぁ!?」
「そりゃそうだよ。今言ったんだから……」
「――突然にもほどがありますっ!?」
「えっ!? だってバルドバ君は勝ったらご褒美があるのに、アルビオ君に無いのはねえ?」
「だったら、私がアルビオさんとデートしますっ!! それでご褒美です!」
私の前でバタバタとそう講義するが、
「じゃあバルドバ君が勝ったら、ルイスちゃんがデートするの?」
「しません!」
「それじゃあ意味ないでしょ」
「つか、そんなチビのお守りなんてやだね」
またチビと呼んだと、プルプルと悔しそうに睨みつける。
「ていうか、ヘレン。あんたはそもそも色恋はまだだって言ってなかった?」
リーナが確認を取るように尋ねると、
「んー、アルビオ君とのデートは特別じゃない?」
私は解釈次第によっては、爆弾になる発言をしてみた。
すると予想通り、バルドバ君の表情が険しくなっていく。
「てめぇ……ヘレンのなんだ?」
「ええっ!? いや、僕は、その……」
「そうですよ」
「へ?」
アルビオの服の裾をガシッと掴み、恐々とした上目遣いのルイスがいた。
「いつからそんなご関係に……?」
「違う違う違うっ! 皆さん、誤解です! ヘレンさん!?」
「ありゃあー……てへ」
「――いや、フォローを下さい!!」
私は勇者君とのデートは特別なものになるよねって意味で言ったんだけどなぁ。
内心、そんなことを思いつつも、場を盛り上げるためにアルビオ君には人柱になってもらったわけで。
「――とか思ってるよ」
悪戯じみたヘレンの表情を読み取ったニナは、そんなことをシドニエ達と話した。
「あのバルドバって奴? 結構純粋なんだね。見た目から遊んでるものかと……」
「まあ実際は遊んでたらしいよ。でも、ヘレンが中々靡かないもんだから、ムキになっているうちにね」
「こういうのを罪な女って呼ぶのかな?」
「……妙な言葉が出てきたね、ミルア。あたし達には無縁の言葉だよ、それ」
ユニファーニもミルアも、ヘレンのモテっぷりに羨ましさはないが、こんなにも差があるという虚しさはあったが、それはニナ達も同じようで、呆れた視線を送っている。
「よーし、勇者ぁ。お前に恨みはある。覚悟しやがれ」
「ご、誤解で恨みを作らないでぇ!?」
勝手に因縁をつけられたアルビオを完全に無視し、審判気取りでヘレンは二人の間に入る。
「よし! いい感じで場も盛り上がってきたところで始めよう! 準備はいいかな?」
「来い!」
「もうなるようになればいいよ!」
「始め!!」
私は右手を振り下ろし、開始の合図をする。
「――ストーン・クエイク!!」
バルドバはズボンのポケットに手を突っ込んで、右足で地面を強く踏むと、そこからアルビオに向かって地面が盛り上がり、突起の山が疾る。
アルビオは素早くフィンを精霊の剣にすると、真横へと躱すが、
「オラオラオラッ!! 勇者様よぉ!!」
連続で地面を踏み、地の槍が何度も迫り来る。
アルビオは躱せない速度ではないようで、しっかりと対応していく。
そんな戦闘をマジマジと観ていたのは、シドニエだった。
「……」
「どうかな? シドニエ君。参考になるかな?」
「あ、あれは一体……」
バルドバは精神型だと訊いている。
おそらく魔法の発動条件はあの足踏みだろうが、それにしては無詠唱、魔法速度、魔力の循環速度など、普通の魔法使いじゃありえない戦い方をしてみせる。
本来、魔法使いが魔法を使う場合、擬似硬直がされる。
所謂インターバルである。勿論、これの回避方法は幾分か存在する。
詠唱の速度を早めたり、同属性、同系統の魔法を連結する形の魔法詠唱を行うなどであるが、無詠唱で擬似硬直の回避は難しい。
元々無詠唱は、擬似硬直が短いのだ。それ以上は基本求めない。
しかし、バルドバは連続で素早く足踏みしている。
その地属性魔法を、有利属性であるとはいえ風属性で捌き切るアルビオも凄いが、攻撃の手を緩めないバルドバの攻撃速度と魔力量に尋常じゃないことを思い知る。
驚いたシドニエ達に解説に入ってくれたのは、同じ仲間である彼らからだった。
「バルドバの指に大量の指輪がついてただろ? あれさ」
「あの指輪がなんだと言うんです?」
「た、多分、魔道具なんだよ」
シドニエの答えにライセルは、正解と笑うとヘレンの知り合いだからと教えてくれた。
「各指輪には、詠唱速度の上昇や循環率の向上、発動速度の上昇など、とにかく魔法に対する速度効率を上げる魔道具を装備することで、あんな戦い方を可能にしたのさ」
「な、なるほど……」
魔法の発動速度を極限まで早めれば、自分のようにわざわざ付与魔法頼りで戦うことはないし、詠唱しながら走らなくてもいい。
それに近接戦を行うつもりならむしろ、彼の魔道具はとても参考になる。
実際――バルドバは拳を構えて、アルビオに突貫する。
「いくぜぇ! 勇者様よぉ!」
中々鋭い拳を連続するが、擦りもしない。
風の恩恵を強く受けているアルビオには、到底当たらない。
「へっ! 当ったんねぇなっ! 勇者様ぁ!」
二人を閉じ込めるように、岩壁が出現。
「――口上破棄!?」
呪文を唱えることなく、出現した岩壁にアルビオは強く背中を打つと、バルドバの右ストレートが飛んでくる。
「ぐっ!?」
壁に敢えてもたれて、くるっと横に転がるように回避するが、
「潰れちまいな! ――プレス!」
アルビオが回避した先を見越して、岩壁が行手を阻むように横に石柱が突き出てくると、そのまま石柱が人型ほどの大きさまでなると、ズドンっという激しい衝突音と共に岩壁が崩れた。
「ありゃりゃ。バルドバの奴、やり過ぎだよ」
ライセルは頭をかきながら、やれやれと口にしながらその場を見ると、悔しそうにガン付けるバルドバの姿があった。
ハッとしてアルビオの方を見ると、風でバルドバの攻撃を振り払い、アルビオは姿を見せた。
「チッ! いい線言ったと思ったんだがなぁ……」
「いや、正直驚いてますよ。凄い魔法速度だ。普通の人ならやられてますよ」
「てめぇは普通じゃあねえもんな」
「……そうだね」
その言葉に少し寂しさを感じたが、今はこの勇者の才覚である体質に昔のような重圧は感じない。
「では僕も全力で応えましょう! アルヴィ! ザドゥ!」
そう言うと有利であるはずのフィンを引っ込め、地の精霊アルヴィと闇の精霊ザドゥを武器化する。
片手斧の石斧と全身、影のように真っ黒なスラっとした長剣が姿を見せる。
「二体の精霊……」
思わず見惚れるように呟くライセルだが、相手をしているバルドバは舌打ちをかます。
「どういうつもりだ? 風属性の剣だったろ? さっきのヤツはよ!」
「勇者の末裔として、貴方より強くなければなりません。その証明に同じ属性でお相手しましょう。彼はサポートです」
石斧を強調してみせ、黒刀を軽く振った。
その挑発とも取れる発言を訊いたバルドバは、楽しそうな表情を浮かべ、
「上等だ……いくぜぇ!」
地面を踏みつけての激しい猛攻がアルビオを襲う。
「地属性の魔法はそれだけじゃありません!」
アルビオは襲い来る大岩の欠片に突っ込んだ。
「アルビオさん!?」
そんな心配を他所に、アルビオはその岩の影へと消えた。
「なに!? 勇者の野郎……」
姿が消えたアルビオを探すバルドバの後ろから、ヒュッと無数の蔓がバルドバを絡め取る。
「――!?」
口ごと蔓に巻きつかれたバルドバはその出先を見ると、影が真っ黒に染まっていた。
ここは地底とはいえ、太陽と月の影響で光はある。
だからいくら影とはいえ、透けていなければならない。
しかし、
(く、黒い……!? てこたぁ……)
辺り一面の荒れた地面は掘り返されており、影ができ放題の状態。
自分の攻撃を逆手に取った作戦に気付く。
(く、くそがぁ!!)
口を塞がれ、せめてもの抵抗に地面に触れて魔法を発動させようとするが、他の黒く染まった影からも蔓が伸びて、バルドバを完全に捕縛する。
「どうですか? 無数の影より現れる草木の恵は……」
アルビオは影からニュッと姿を見せた。
「アルビオさん! ご無事でしたかぁ!」
大手を振って喜ぶルイスに、苦笑いのアルビオ。
アルビオは飛んできた岩の影に入り込み、植物系の魔法でバルドバを捕縛したのだ。
この影と蔓の攻撃の利点は、発生した影こら伸ばせること。
仮に宙を飛んでいる太陽を背にした岩影からも伸ばすことが可能なのと、魔法攻撃ならば真影と半影は問わない。
つまり、ほぼ全域を捕縛魔法へと変換できる魔法と化したのだ。
さらに加えて、アルビオが発動した植物系の魔法は、
「――ドレイン・タッチ・ソーン。縛られた者は魔力を吸われます。時期に動けなくなりますよ」
闇と地の混合魔法。
元々、植物系の魔法の一部はドレイン能力があるが、闇魔法のドレイン系の魔法により、能力を強化したもの。
しかも影魔法と系統が似ている蔓の魔法ということもあり、相性は最高の組み合わせとなった。
「貴方の力ある地面系の魔法には、こっちの方が効くと思いまして……」
すると何とか口だけは解放したバルドバは、悔しそうに笑う。
「なるほど。さっきのは挑発か」
アルビオはニコッと笑うと、頃合いだろうと魔法を解いた。
「これで僕の勝ちですかね?」
誰が観ても、文句なしの勝利を収めた。




