11 激流下り
「そっか。足止めか」
「まあね」
私はルブルスさんの様子を見るのと、今後についての説明をしに来た。
海の魔物に関しては討伐となると、あまりにも人員や物資が少なく、船もまだ修理中のため、しばらくかかるそうだ。
「じゃあヘレン達はもう少しいるんだ」
「最低でも三日はいるかな? 魔物達が落ち着いたら向かう感じだって……」
船の修理上、それだけはかかる。
「まあ、急ぎの旅じゃないからいいけど。他の乗客は不満を口にしてた人もいたな」
「まあここ、何もないからね」
遺跡の調査隊の拠点地になにかしらを求めるのは、無理難題というものだろう。
実際、船の中でもほとんど何もないのが現状。
カードを持っていた人に群がるほど、やることがない。
「ルブルスさんの調子はどう?」
「……うん。まあ、すっかり落ち込んじゃってさ。今、ふて寝してるよ」
「そっか。他の隊員さんは?」
私は仕事着がないことに気付き尋ねると、
「崩落跡地に確認しに行ってるよ。私は留守番兼ルブルスさんのお世話係かな?」
優しく微笑んで仮眠室を見た。
「大変だね。ニナはこれから崩落した遺跡の採掘作業なの?」
「多分そうなるかな? でも見習いでまだ危険だから、状況次第じゃ、別のところに行くことになるかも……」
だからベテランさんが向かったわけか。
「そっか。その時は船に乗るのかな?」
「その時は便乗させてもらおうかな? でも……」
「?」
「ルブルスさんを放っておくのは、ちょっとな……」
今度は心配そうに見る。
「ニナにとっては師匠であり、おじいちゃんかな?」
「そうだね。厳しい人ではあるけど、しっかり私達のことを見てた人だから……」
するとニナは、自分の話を語り始める。
「私さ、ちょっと焦っちゃったんだよね。ヘレンが行っちゃったからさ。私にもやりたい事があるって、ヘレンみたいにって……」
「子供の頃から、遺跡とか遺物とか好きだったもんね」
北大陸では採掘された物を見られる博物館もあったりしたため、ニナはスクールでの見学授業の時、目を輝かせていたのを覚えている。
正直、私にはわからない感性だった。
変な形の岩人形だなぁとか程度の感想。
「うん。だからたまたま帰ってきてた調査隊に、声をかけたんだよね」
「それが今の調査隊?」
「うん。でも実際は大変でね」
「あの雪だものね」
「うん。最初はめちゃくちゃ辛かったよ。来る日も来る日も除雪作業。私が考えてた現実とはかけ離れてたよ。ルブルスさんにもよく怒られたよ。でもさ、こう言われちゃった……」
少しニナは懐かしむような表情をした。
「苦労するのは当然だ。欲しい物が簡単に手に入るのはつまらん、だってさ。最初訊いた時は意味なんてわからなかったし、疲れてたからよく理解しようとは思ってなかったけど、あの遺跡を見せてくれたの……」
「あの崩れた遺跡?」
「うん! 壁画に描かれていることから作りまで、色んなことを教えてもらったよ。そして感動した」
あの遺跡は昔、ルブルスが発見したもので、管理していたそう。
他の除雪作業を行なう過程で、気晴らしに見せてくれたそうだ。
「太古の時代に何があったのか、今に何を伝えたかったのか、物々しくもしっかりと力強く残るあの遺跡には感動したよ」
「そっか……」
「その時のルブルスさんも、子供みたいに生き生きした顔をしててね。自分が見つけたことも話してたよ。だからこそ、わかる。……あれだけ落ち込むのも。だから私、もっと勉強も調査作業も頑張るよ!」
本来ならニナも酷く落ち込んでいるだろうが、だからこそ前向きに頑張ろうとしている。
「そうだね。私も頑張らなくちゃ!」
「そうだ。ヘレンのことも訊かせてよ」
「いいよ。私はカーチェル劇団について行った後は、西から東に向かった感じで、色んな人に会ってきたよ。そこから色んな文化に触れて、学んで、調べて、活かせるところは活かそうって、仲間達と相談もしたなぁ……」
「今、カーチェル劇団は?」
「西だよ。私と同じでハーメルトの陛下のお願いを聞いてるところ。元気かな……」
「元気だよ、きっと」
この後も思い出話に花を咲かせるのであった――。
***
私達がこの拠点に身を置いて三日。
「船の修理が完了しました。それと航路についても安全が確認できました。よって明朝、出発することとします」
待ち侘びたとばかりに、客達から嬉しさの声が湧き立つ。
「明日ですか。長かったようで、短かったですね」
「船での生活も悪くなかったけど、ここに居続けたら凍えちゃうよ」
「それ、ニナ達にも言えるの?」
「そのニナさん達にもご挨拶に伺いましょうか」
「その必要はない」
振り返るとそこにはルブルスとニナの姿があった。
「ルブルスさん、ニナさん」
「やっほー」
「もう大丈夫ですか?」
「ふん! 小僧らに心配される筋合いはない!」
すっかり元通りになっているルブルスに驚いた。
何度か様子を見に行ったが、塞ぎ込んだままであったことを確認している。
その理由をニナが説明し始めた。
「あの崩れた遺跡の調査指導をしてくれって、みんなに頼まれちゃってさ。やる気になってくれたの」
「ニナっ!!」
「はいはい」
元気になってくれて何よりだと思う一方で、後悔の念を持つアルビオが謝る。
「ルブルスさん、本当に申し訳ありませんでした。僕がもっと強くいられれば、あのようなことには……」
「お主は何も悪くない。あの細目の男が原因なのは明白。詳しい事情は知らんが、奴らを倒すつもりなのだろう?」
「はい」
「ならばこの老ぼれの無念の想い、託すぞ。必ずあの小僧を捕まえてくれ」
そう差し出された手をアルビオは強く握り、約束を交わす。
「はい。必ず!」
「それともう一つ、頼みがある」
そう言って向いたのは、ヴァートの方。
「何でしょう?」
「ニナには、あそこの採掘はまだ危ない。だから連れて行ってほしい」
「えっ!? ニナも来るの?」
「うん。他の拠点地に行くなら、アンバーガーデン経由の方が安全だから。それにあの殺人鬼さんが探していた情報ってのにもお役に立てるかなぁって」
「と言うと?」
「アンバーガーデンの研究室に、あの崩れた遺跡の資料があるはずだ。ワシが調査してまとめたものがある。是非、役立ててくれ」
ニナはその案内役として同行してくれるようだが、そんな貴重な資料を持っていっていいのだろうかと驚く。
「宜しいのですか?」
「あの小僧らが何をもって魔人について調べているかなど、あの小僧の話を訊けば、ロクでもないことなどすぐにでもわかる。他の者の手にさえ渡らずに管理してくれるなら、構わん」
「ありがとうございます! お言葉に甘えさせていただきます」
こちらとしても、彼らの動向を探れるのは大きい。願ってもないことだ。
「じゃあニナ! 一緒だね!」
「うん! 久しぶりの故郷だよ。みんなを驚かそ?」
「うんうん!」
「良かったですね。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく!」
こうしてニナの同行が決まり、明朝、出発することとなった――。
――その夜。
「何ですか? ルブルスさん」
「ほれ」
そう言われて渡されたのは案内状。
「軽く事情は書いておいた。渡せば見せてくれるじゃろ。持っていけ」
「はい」
遺跡の研究室に向かうのは初めてのこと。内心、ワクワクしているが、できればこんな形で離れたくはなかった。
ニナは一応、学者志望でここにいる。本来であればスクールを続けた方がその道には行きやすいだろう。
だが最前線を知ることこそが近道ではないかと、調査隊を見て、考えたのだ。
ヘレンに触発されて、たまたま調査隊を目にしたからという衝動的な部分があることは否定しない。
だけど昔の人々が残した遺物や歴史から、もっと学ぶことや知らないことを知っていく喜び、それを最前線で知りたいと願ったのも本音だ。
机や本と睨めっこすることだけが、学者を目指す道ではない。
本物を見つけて、触れることで得られるものがあると信じたからこそ、ついて来たのだ。
「私、必ず戻ってきますよ。ルブルスさんの元に……」
「……フン、好きにしろ」
「好きにします」
すると他の調査隊員も寄ってきて、
「待ってるよ、ニナちゃん」
「野郎ばっかりでむさ苦しくなるから、できる限り早く帰ってきてくれ!」
「ニナちゃんの手料理が食えないのは寂しいが、俺達も頑張るから……」
各々、意見をぶつけられて困ってしまう。
「必ず帰ってきますから。その時はまたよろしく!」
明日の朝だというのに、名残惜しく話しかけてくるのは、こちらの方が朝が早いからだろう――。
――そして明朝。
がらんとしたいつもの静かな小屋をふと入り口から眺め、
「行ってきます」
ニナはアンバーガーデンを経由し、他の拠点地で採掘作業、もとい除雪作業を行なうことになる。
ここでの教訓を忘れず、新たな環境下で頑張ろうと巣立つのであった。
***
明朝、ヘレンはニナを迎えに乗船入り口前にいると、手を振って現れた。
「ヘレーン!」
「あっ、ニナ!」
「お待たせ」
「お別れは済ましてきたの?」
「昨日ね。もう遺跡跡地に向かったよ」
「そっか」
そんな会話をしながら船へと乗り込み、船は予定通り、出港した。
「やれやれ。とんだ寄り道だったよ」
「そ、そうだね。タナカさん……」
「ん?」
「あの後、結局反応は……」
「うん。魔力感知には引っ掛からなかったし、念のため、みんなにも見てきてもらってるよ」
結局、逃げられてしまったよう。
良かったような良くないような複雑な心境であるが、
「過ぎたことはどうしようもありません! 切り替えましょう」
「そこら辺、あんたはサバサバしてるねぇ」
「だから貴女を突き落とせたわけですし……」
「――二度とするなよっ!」
まだそのツッコミをするかと一同、軽く苦笑いを済ませると、ヴァートを中心にこれからの目的地について話す。
「ではこれよりアンバーガーデンに入国します。僕らが着くのは第三区。そこから鉄道で七区まで移動し、僕の知人に…………会います」
ついに向かうのかと気分が沈むヴァートだが、ニナ以外の周りは慣れた様子でスルー。
「やっとテテュラさんを元に戻す手段を探せるってわけだね」
「うん。でも私達ができることって少なそう……」
「だからついて来なくてもいいって思ったのに、貴方達は……」
「まあそんな固いこと言わないでよ。旅は道連れ、世は情けって言うでしょ?」
もうツッコむ気力のないヴァートは、流し流されても構わないと言った表情を見せる。
話の意図が見えないニナは、ヘレンに尋ねる。
「テテュラさんって誰?」
紹介されてないよねと訊かれると、少し困ったが、
「目的地に着いたら説明するよ」
ニナに案内してもらう研究室も第七区。どうしたって魔石化したテテュラとは遭遇してしまう。
かと言っていまから、テテュラがいるであろう荷物置き場に向かうわけにもいかない。
拠点地から外周を回ると大きな横穴が空いている場所へと向かっていく。
その大きな洞窟のような横穴を身を乗り出して見る。
「危ないですよ、ルイスさん」
「あそこから入るのですか?」
「そうだよ。あそこから下るの」
「下る?」
その意味もわからないままデッキにいると、次々と船内へ戻っていく。
「あれ? 洞窟内を見ないんですか?」
「言ったでしょ? 下るって。外は危ないから中に入るよ」
そう私が呼びかけると、ルイス達は不思議そうな表情で言う通りにした。
洞窟内に入り、船の周りはすっぽりと闇に包まれるが、所々に星のように輝いているものが見える。
「あれは何でしょう?」
「あれは魔石だよ。北大陸の天然のね」
まるで星空の中を進む方舟のようだと、言う客もいるほど切なく光る魔石達に、初めてのルイス達も嬉しそうである。
「中々綺麗ですけど、できればもっと近くで観たかったですね」
「まあ仕方ないよ。この先のことを考えればね」
「まるで何かあるみたいな言い方ですね」
「あるよ」
するとシドニエがあることに気付く。
「あ、あの……ちょっと速度が上がってませんか?」
「……? そう?」
「……言われてみれば……」
ゴオーっと流れの激しさを伝える音が洞窟内を響き、意識してみれば、確かに流れを感じる。
ミルアが恐る恐る、特に危機感を持たないヘレン達に尋ねる。
「あ、あの何があるの?」
「さっき言ったよ。降るって」
「ま、まさか……」
すると船がガクンッと沈み、上下に揺れる。
「お、おおっ!?」
「な、なになに!?」
「おっ! 始まったね」
「な、何が始まったんです?」
ひしっと船内の手すりに掴まり、産まれたての小鹿みたいに足が震えさせながら尋ねる。
「実はこの北大陸行きの船って、観光の一つなの」
「は?」
「この洞窟に入って最初はさっき見た通り、星空みたいに煌めくところをゆったりと進んで、その後は……下流に乗って一気に降っていくという、スリリングなクルージングが売りなんだよ!」
私はドヤっと胸を張る中、みんなは船内の手すりに掴まり、唖然としている。
「ちょっと待って下され。荷物はどうなるのだ?」
「あ、それは大丈夫ですよ。荷物置き場にはこの揺れを受けない魔法陣が設置されてるから、三百六十度回転しても大丈夫!」
ついでにこの揺れに慣れない人のための部屋も用意されているということも説明した。
「そういえばヴァート殿、そろそろ変わるよと言っていたが……」
「あー……ヴァートさんは北大陸に来たことありますもんね」
「――逃げたな! あの根暗魔術師!」
「――逃げましたね! あの根性なし!」
「は、はは……おおっ!?」
スピードが上がってきたせいか、揺れも激しくなっていく。
私とニナは懐かしいとはしゃぐ中、アルビオ君達は必死に手すりにしがみつく。
「あ、あの! これ、船壊れませんか!?」
「だから魔船なんだよ。丈夫に作らないとダメだったからね」
「ここ以外の入り口は!?」
「それこそ拠点地から徒歩だよ。数日は歩くって言ったよね?」
アルビオ達はゾッとした。
あの極寒の中、アンバーガーデンにまで続く徒歩への道を。
この船でどんどんスピードを上げて降っていることを考えると徒歩への道など、それこそ途方もない話である。
ちなみに階段が作られており、それで降りると訊いた時には、さらにゾッとしたという。
「下流を下るのは大丈夫で、魔物の場合はダメってどんなんだよぉー!」
「魔物の場合は攻撃が的確でしょ? 今下ってるのは、あくまで安全ルートだし……」
「これのどこが安全――おおっ!?」
船が大きく跳ね上がり、思わず宙に浮いた。
「あわわ……これ、アンバーガーデンに向かう前に死んじゃう!」
「大袈裟だね。楽しいじゃない? ねえ?」
「そうそう! やっぱり最高だよ! この無重力感とか……」
楽しそうに話す私とニナをドン引きするように見ているが、ここにいる周りのお客も楽しんでいる様子に気付く。
「も、もしかしてここにいる人達も……」
「そうだよ。人間、刺激は必要さ!」
「――こんな刺激は必要なぁーい!!」
すると先程、スピードが上がっていくのに、真っ先に気が付いた神経質なシドニエが更に何かに気付いた。
「あ、あの……」
「ん?」
「き、気のしぇかなぁ? ドドドドって……滝みたいな音が聴こえてくるけど……」
「あっ、そうだね。そろそろかな?」
「な、何のことか訊いても?」
「き、訊きたくないなー! 僕!」
アルビオは投げやりな言い方で弱音を吐くと、想像通りの返答が返ってきた。
「この先は滝だよ。そこでフィナーレ!」
「「「「「やっぱりーっ!!」」」」」
船内からも聴こえる滝の音に不安しか過らないアルビオ達だが、
「何でしょう……なんだか楽しくなってきましたよ」
「――ルイスさんが変になった!? 正気に戻って!」
ふるふると震えながら、ルイスはこの船での激流下りを楽しんでいる。
そして船は勢いをそのままに、滝から投げ出される。
「――おおおおっ!!?」
「「――やっほーっ!!」」
投げ出されたと同時に、船内のお客達も宙に浮く。
下手に掴まっているより、離して身を委ねていた方が安全だったりする。
この船内は船の揺れをジェットコースターのように楽しむことができるように、安全かつ酔わないように健康面を維持できる魔法が施されているのも特徴。
そのせいか強度も高いのだが、さすがにマリアドール達のように、海からの下降部を攻撃されるのは痛い。
そして――バシャーンッと派手に着水した。
水しぶきが船内の窓からも確認できるようで、大波が見えた。
「ふうっ! 今回も派手な波しぶきだったね」
「ホントホント! 帰ってきたって感じ!」
そんな私達を置き去りにされたように、意気消沈するアルビオ君達。
「し、沈んでないよね?」
「……何か、ここに来てから生きた心地がしない」
「は、はは……笑えない冗談だね」
ユニファーニに関してはルイスに蹴落とされ、船で激流下りである。
同情心が湧くというものだ。
するとそんなアルビオ達を置き去りに、ヘレン達はデッキへと出る。
「懐かしい……着いたね」
先程までの勢いはどこへやら。緩やかに進む船の向こうには、沢山の船が並ぶ港町が見えてきた。
アルビオ達もふらふらしながらも、ヘレン達の元へと行く。
その光景に、何とも言えない感情が湧きたった。
「……凄っ」
「ここがアンバーガーデン……」
「そう! 改めてようこそ、北大陸アンバーガーデンへ!」
地底都市アンバーガーデンの港口が私達の乗る船を迎え入れてくれた。
サンライトイエローの光に包まれて。




