10 雪原の死闘
「貴女……何を言っているのか理解できているのですか? 仮にも私、殺人鬼ですよ?」
「そ、そうですぞ! ヘレン殿! 何を……」
「わかってますよ。この人の罪を帳消しになんて思ってませんよ。ただ、この人はまだ道に戻れる」
クルシアという男は、話伝いでも穢れた男であると理解できるが、この人にはその純粋さがあれば戻れるように感じた。
「貴方は強さというものの本質を本当に知っている人物だと思ってる。その答えを見つけるために、人殺しを続けてきたのは認められないけど、貴方は真の強さを知る権利のある人間だと思ってる。罪を償って、人のために振るう力を思い出せばきっと……。貴方だって、最初は普通の少年だったと言ってたじゃない!?」
「……!」
バザガジール自身も確かに、最初はそうではなかった。
拳を握り振るったのは、誰かを守るためだったように思う。
今では思い出せもしない過去。
だが、戦場で戦うに連れて目的がすり替わっていたことは覚えている。
響き渡る悲鳴、生臭くまとわりつくような血の匂い、生々しく刻まれた傷痕、その命が脅かされるであろう戦慄が奏でる心臓の音、それらが木霊する戦場が自分を歪ませていった。
あの高鳴りが、どこまでも自分を刺激していたのを覚えている。
どこまでもこの鳴り止まない心臓と走り続けられると。
だが途中で気付いたのだ、その純粋に走り続けた結果があまりに虚しいことを。
だがその強さの答えの扉を最初に開けたのは――、
「貴方がアルビオ君を純粋な心も身体も強さを持って欲しいと願うなら、まだ戻れるところにいるんです。さあ!」
「……フフフ、貴女は本当に面白い。クルシアに出逢っていなければ、貴女のその手……取ったかもしれませんね」
「!!」
やはりクルシアであった。
「確かに貴女の言う通りかもしれません。私はアルビオに真なる強さを持って、私の前に立ち塞がって欲しいと望んでいます。それは強靭な心を意味していることも……」
「そう! それをわかっているのなら……」
「でも無理です。私を拾ったのはクルシアであり、変えてくれたのもクルシア。私は……彼に対する尊敬の念を捨てられません。……私を見つけるのが遅かったですね」
いくら最凶の殺人鬼と呼ばれていても、恩義は捨てられず、彼の言うことにも共感していると、ヘレンを拒絶した。
「貴女のお名前、伺いましょう」
「ヘレンだよ……」
「そうですか、ヘレン。今日もまた素敵な出逢いに感謝を! 雪だるまを作って待っていた甲斐があったというもの。弱者に心をここまで奪われたのは二度目ですよ。ですが、これ以上は……」
バザガジールは再び拳を構える。
私は説得できると、声を上げようとしたが、
「――!」
アルビオに無言で首を振られた。
「できればヘレンさんの声に応えて欲しかったですよ」
「フフフ、残念ながら無理です。ヘレン!」
「!」
「貴方は私は良い人だと言いましたが、それは勘違いです。私は殺人鬼。他人の……ましてや弱者の命など微塵も興味はありませんから……」
「そう……ですか」
私はアライスとニナに良く言ったと褒められながらも、戦闘態勢を整える二人から距離を取られた。
「アルビオ殿!」
「アライスさん! 皆さんをお願いします!」
そう言うとアルビオは、二刀の精霊の剣を手にする。
「今日は俺とメルリアか」
「私でいいので?」
「フィールドが雪原だからね。それにできれば遺跡を守ってほしい」
「無茶を言います」
自分でも無理を言っていることは百も承知だが、ルブルスの想いを考えると守ってあげたくなる。
この極寒の地での遺跡調査なんて、並々ならぬ努力と胆力がなければ続けていけないだろう。
あの切実な声を訊いていると、そんか想いがヒシヒシと伝わってくる。
とはいえ、相手はバザガジール。容易にそれを通せる相手ではない。
「ではいきますよ、アルビオ。前回のような展開を期待していますよ」
「そう何度も奇跡は起きないものですよ」
「起きなければ、貴方は死ぬだけです。失望すればと言いましたよ?」
「そうです……ね!」
最初に動いたのはアルビオ。ギュンと高速でバザガジールの懐に入り、斬りかかる。
「フッ……」
軽く受け止められると、モーションが見える強力な拳が飛んでくる。
アルビオはすぐさまステップを踏み、回転しながら横へと回避するが、
「があっ……」
バザガジールは回避する場所を把握し、足蹴りがヒット。
雪の壁まで勢いよく飛んでいくが、風の剣を地面に突き刺して勢いを殺し、バザガジールを確認するがいない。
「こちらですよ!」
呼びかけられた方向から、さらに蹴りが飛んでくるが、氷の剣で防いで緩和しつつ、なぎ払う。
「足元が悪くてもお構いなしですね」
「どのようなコンディションでも、常に自分のスタイルを維持できてこそですよ。貴方は容易いでしょうがね」
精霊と共に戦うアルビオからすれば、地形の有利不利はほとんどないに等しいが、それはあくまで自分の本来の力を発揮できるだけで、その地での戦い方などは戦闘経験がものを言う。
バザガジールはこの滑りやすい足元でも、以前のような動きを可能としている。
実力差がそもそも存在している以上、アルビオはこの雪原、極寒の地を味方につけなければならない。
だが、アルビオは言うまでもなく東大陸を出たのは初めてであり、この地の利を活かすなどほぼ頭に無いことだ。
だが対するバザガジールはおそらくこの土地での戦いにも熟知しているだろう。
「メルリア!」
「はい! ――アイス・ド・ランサー!」
周りの冷気を凍結化し、無数の氷の槍を作り上げた。
アルビオの最善の手はこの地を活かした戦術をメルリアに任せ、その場に合わせて動くしかない。
つまりは精霊達との連携が問われる。
「飛びなさい!」
バザガジールに向かって、氷の槍が降り注ぐ。
「芸のない技ですね」
バザガジールは拳の風圧で粉々にすると、目の前には斬りかかるアルビオの姿が。
「見え見えですよ!」
アルビオに渾身の拳が入るが、
「!?」
まるで空を殴るような、手応えの無さを感じた。
瞬時に魔力を探知するも、辺りに吹き荒れる雪の影響なのか、アルビオの位置が定まらない。
すると、
「!」
「はあっ!」
次々と無数のアルビオが襲ってきた。
疑問に思いながらも軽々と対処するバザガジールだが、どれもこれも本体ではない。
(なるほど……)
バザガジールはこの術に覚えがあるようで地面を踏み、地割れを起こした。
「お、おおおおっ!?」
ドゴォンっと、まるで隕石でも落ちたようにバザガジールを中心に地面に亀裂が入る。
この戦闘を安全な場所で観ているはずのヘレン達も立ってはいられないほどの衝撃。
「くっ……めちゃくちゃな」
思わず呟いたアルビオの一言を逃さなかった。
「そこか!」
そう言うとアルビオの顔面を殴る。
「!?」
だがこれも偽物だった。
するとバザガジールが今立っているところを中心に魔法陣が展開。
「ほう……」
足元が凍りついたのを瞬時に確認すると、魔法陣から抜け出そうとするが、
「やらせるかよ! 化け物がぁ!!」
「凍りなさい!」
フィンとメルリアで風と氷の結界を魔法陣を囲うように展開。
逃げ遅れたバザガジールは魔法陣の魔法により、氷漬けにされる。
「やったか?」
「これでやられてくれるなら、最凶なんて異名で……」
氷に亀裂が入ると、中からバザガジールが何食わぬ顔で髪をかき上げる。
「呼ばれたりなんてしませんよ」
「いやー、まんまとしてやられましたよ」
「冗談も上手いとお答えすればいいので?」
そんな憎まれ口を叩かずともと、軽く拍手する。
「考えましたねー。確かに氷漬けにしてしまえば、ある程度の人間ならどうしようもありませんから……」
「貴方は例外だったでしょうがね」
「ええ。肉体型である私は、魔力の密度を濃くすることで、外傷を緩和したり、治癒速度を上げたりできますからね」
つまりバザガジールは魔力の密度を高めることで、自分と氷の間に隙間ができ、そこから風船を破裂させるように中から圧をかけたのだろう。
「もう少し密度のある氷を用意されれば危うかったですよ」
「そのようですね……」
このフィールドを活かしつつ、即席で作った魔法陣ではこれが限界だった。
「まあ、よくできた方ですよ。私への気配の消し方も見事でしたよ。……オーロラ・ヴィジョンでしょ? 先程の幻影達は……」
「……当たりですよ」
二人の会話が断片的に聴こえたニナが首を傾げて、私に問う。
「オーロラ・ヴィジョンって何? 水属性の魔法の一つだよね?」
「そうだよ。氷系統の魔法で、幻影術の一つだよ」
「そうであろうな。私も似たような術をいくつか見たことがある。だがしかし、バザガジールがアルビオ殿を認識出来ぬほどの分身を作れたとは思えんのだが……」
「確かに、オーロラ・ヴィジョンはあくまで大気の発光現象が作り上げた幻影ってだけで、下手をすればその分身体の微量の魔力と本体の魔力に差ができ過ぎて、逆に居場所の特定に繋がると思う」
「う、うむ……」
精神型ではないアライスを含めた騎士隊は、私の解説に圧倒されながら感心する。
「だけどここは雪が降り注いでいて、アルビオ君が今召喚しているのは、水と風の精霊。多分だけど二人が戦闘をしているところは、私達のこの場所より気温が低いんじゃないかな?」
「気温を低くする理由は?」
「オーロラ・ヴィジョンの数を増やすことや寒さによる判断能力の低下、あとは魔力を霧散させること」
「霧散?」
二つの意味は理解できるが、最後はわからないと首を傾げる。
「その風や冷気を生み出す行動自体に意味があるんだよ。魔力を使うでしょ?」
「なるほど。精霊達が魔力を使い、大気を操れば魔力が散漫とし、陽動にも使えるということですな?」
「加えて、オーロラ・ヴィジョンの数と密度が上がり、本体も魔力を近付ければ、気付かれる確率は減っていくってことじゃないかな?」
「それで陽動している間に魔法陣を描いて、氷漬けにしたと……」
そう言いながらニナはバザガジールを見るが、ピンピンしている様子に思わず顔が引きつる。
「それなのにあの人、なんで無事なの?」
「鍛え上げられた肉体型は、筋力は勿論だが、内包する魔力の密度が非常に高い。あの男の場合はそのトップクラス。いかにアルビオ殿や精霊様の力であってもその域には到達していなかったのだろう」
「ねえ、ヘレン! あの人に勝てるの!? あんなに強いのに……。それに遺跡だって、このままじゃ……」
割れた地面を指差して尋ねられるが、ヘレンも困った表情を隠せないでいた。
そんなバザガジールも似たような説明をしてアルビオに答え合わせをして称賛していた。
「――この環境下で、初めての土地勘でここまでやれるならば上出来ですよ。本来ならね」
「……」
「まだ消耗品は二体までが限界ですか? 光の精霊も使えていれば、もっと私を惑わせる分身体を作ることも可能だったでしょう。違いますか?」
実際、バザガジールの言う通りであった。
オーロラ・ヴィジョンは系統こそ水属性として扱われるが、光によって生み出される魔法。
ルインを含めた三体の精霊を顕現できていれば、よりバザガジールを追い込めたはず。
だがアルビオも三体の精霊との連携は難しく、魔力のコントロールなどに苦戦を強いている。
「勇者の末裔が肩書きでないところを是非、今回も見せてくださいな!」
「も、もうよしてくれ!」
「「!」」
「ルブルスさん!?」
騎士達に保護されていたルブルスがよろよろと立ち上がりながら叫ぶ。
「これ以上、アンタが暴れられると……本当に、遺跡が壊れる。ワシ……ワシらの夢が……」
「うるさいですね」
アルビオの目の前から忽然と姿を消したバザガジールは、ルブルスの前へと現れた。
「今丁度あったまってきたところだというのに、水を差さないで頂けますか?」
そう言うと、ルブルスを踏みつける攻撃を行うが、
「おや。反応が早い」
「さ、させませんよ……」
「アルビオ君!?」
アルビオは剣でその足を防ぐが、少しずつ押されている。
「ぐっ……くうっ!」
「夢を見ることは大いに結構。ですが、現実というものも見なければ、夢は叶いませんよ」
バークにも言っていたようなセリフだ。
アルビオはこんな人に夢などと口にして欲しくはなかった。
「ふざけるな、バザガジール」
「ん?」
「貴方にこの人が夢に対して費やしてきた時間も情熱も、貴方なんかにわかりはしない。僕だってルブルスさんの熱意がどれだけのものかなんてわからないんだ、貴方にわかるわけがない!」
「わからなくて結構。興味もありません」
「貴方には強い信念があるみたいだけど、ルブルスさんにだって強い信念がある。それを簡単に折らせるわけにはいかない」
あの小屋へ入った時、机の上には地図が滲むほどに大量の書き込みがされていた。
壁にかけられていた仕事着も、かなり汚れていた。
この雪原や遺跡だってこれだけ綺麗に整備されていたのも、敬意や礼節を持って接していた証明だろう。
バザガジールのような強大な敵に対しても、果敢に自分の意見を口にできた。
この人にも譲れない想いがあるのは、しっかり伝わっている。
「お、おお……」
魔力を集中して練り込むんだと、アルビオは力みながらも剣に集中する。
察したバザガジールは力比べだと、今以上に踏み込む。
「いいですよ! もっと練り込まなければ潰されますよ!」
「くおおおおっ!!」
ルブルス達の目の前で魔力が衝突しているせいか、思わず威圧されるも、
「皆のもの! 下がれっ!」
アライスが距離を取るよう、ルブルス達を抱えて跳ぶ。
「ぐううっ!」
「フンっ!」
だがさすがに身体の体勢が悪かったせいか、そのままバザガジールに踏みつけられ、その衝撃で宙に飛ばされ、地面は先程のように亀裂を入れた。
そのまま地面に転がると、ギッとバザガジールを睨む。
「フフフ、いいですねぇ。では続きを……」
ゴゴゴゴゴゴ……。
「こ、この音は……?」
「――い、いかん!!」
ルブルスがそう叫ぶと、遺跡周りの雪原を囲う雪の谷が崩落を始めた。
ドドドドッと雪崩のように崩れてくる谷。
「このままだと生き埋めになっちゃう!」
「総員! あそこまで走れ!」
アライスは来た道を戻るよう全員に指示を出すと、飲み込まれる遺跡を見て、放心状態となっているルブルスを抱えて走る。
アルビオも走りながら、バザガジールを注意深く見ようとしたが姿がない。
「……くっ!」
あっという間に遺跡ごと雪原広場は崩れた谷の下敷きとなった。
私達は間一髪飲み込まれずに済んだ。
「はあ、はあ……あ、危なかったね」
「うん。だけど……」
ニナの視線の先は、瓦礫と成り果てた遺跡と雪の谷の残骸が残るだけであった。
それを悲劇と見たのはルブルスも同じで、ゆっくりと縋りつくように近付く。
「危険ですぞ!」
「離してくれっ! ワ、ワシらの苦労が……、この世に残ってくれた……遺産がぁ……」
ルブルスは顔を覆い、悲しみの声を上げて泣いた。
「ごめんなさい。守れなくて……」
「ううん、貴方のせいじゃないよ。守ってくれようとしてありがとう」
悲しみに暮れるルブルスに代わって、ニナがぺこりとお礼を言うと、ルブルスに寄り添った。
「……アルビオさん。お怪我、治しますよ」
「後でお願い。今はとにかくこの場を離れよう」
二次被害が出る可能性を考慮し、アライスの指示の元、この場を後にした。
バザガジールが追ってこないあたりは興が冷めたのだろうかと、考えながら。
***
「うーん……」
バザガジールは帰っていくアルビオ達を見下ろす。
「興が削がれました。あの様子では満足な結果は生まないでしょう」
退き際だと判断したバザガジールは、その場を後にしようとするが……、
「おや? 何か忘れているような……」
崩落した瓦礫を見て、暫し沈黙する。
「ま、私をスコップ扱いした報いとして、頭を冷やして頂くには丁度いいでしょ」
そう言ってバザガジールは転移石を砕き割り、去っていった。
「――ぶあっ!? な、何事ですか!?」
この瓦礫の中からボコッと出てきたピンクの兎を置き去りにして。
***
一方でその崩落音を遠くから聴いていた居残り組は、ソワソワしていた。
特にヴァート。
「アルビオさんは無事ですよね!? 皆さんご無事ですよね!? ねえっ!?」
「知りませんよ! だから、ここで待ってんじゃない!」
しつこく尋ねてくるヴァートに叫び散らすユニファーニ。
そんな賑やかな横でシドニエ達も心配そうに見守る。
すると雪の谷から、向かっていったアルビオ達が戻ってきた。
「タナカさん! み、皆さん!」
「あれ? 待っててくれたんですか?」
心配で堪らず駆け寄ったシドニエ達に、平常運転のルイスの発言にホッと一息つくが、空気が沈んでいることにも気付く。
「どうかしたの?」
「あ、うん。遺跡が飲み込まれちゃってね……」
私はそう言うとルブルスさんとニナの方を向いた。
そのルブルスは外に出ていた調査隊のメンバーを、消沈した様子で横切り、小屋へと向かった。
その見たことがない様子に調査隊のメンバー達はニナに尋ねる。
「何があった?」
「遺跡が崩壊したって本当か?」
しばらくニナは質問攻めに合うだろうな。
こちらも船へと戻り、ヴァートに説明を始める――。
「――やはり、バザガジールでしたか。良くご無事で!」
「ああ、はい。だけど、遺跡は……」
「それは大変残念なことではありますが、何とか立ち直ってもらう他、ありませんね」
「それでだが、ヴァート殿……」
アライス達は、バザガジールから得た情報を話す。
バザガジールの、正式には同行者の獣人の目的は、原初の魔人の手掛かりを探すこと。
そして海の魔物達が凶暴化し、暴れていた理由もバザガジールであると説明した。
「――それでバザガジールは?」
アルビオは、どう? と顕現していないフィン達に尋ねると、首を横に振った。
「どうやらいなくなったみたいです」
「そ、そうですか。良かったぁ〜」
「それにしても本当に化け物みたいな人だったね。なんて言うか……想像以上だったよ」
「それはこっちのセリフですよ、ヘレンさん! バザガジールに対してあの堂々とした態度には、ヒヤヒヤさせられましたよ!」
アルビオ君はあの啖呵がお気に召さなかったようで、注意され、怒られた。
「でも説得できるなら、するつもりだったでしょ?」
「そう言う話ではありましたが、度肝を抜かされましたぞ。まさか、あのバザガジールを仲間になど……」
「「「「はあ!?」」」」
待機組も驚愕の一言。
当然と言えば当然のこと。みんなあり得ないと騒つくが、
「あの人はきっと取った手を間違えなければ、あんな風にはならなかったよ……」
「……」
衝突していたアルビオには何となくだが、言いたいことがわかる気がした。
あの悍しい魔力、戦場で鍛え上げられた殺気とセンス、そこから身につけられた絶対的な自信。
殺しにかかるから気付きにくいが、その性質は純粋に戦いを楽しむ、強くなることを楽しむことにあると考える。
当人は殺し合いだというが、クルシアの心境を受けてか、そのあたりが刺激されているようにも感じた。
皮肉な話である。
「それで? その殺人鬼さんが守ってたっていう獣人は?」
「……あっ!?」
ヘレン達、捜索隊は遺跡の下敷きになったことを思い出す。
逃げるので必死だったせいか、獣人の安否などすっかり抜けていた。
「生き埋めになってますかね」
「……なってるね」
「い、生き埋めですか……」
「だがあのバザガジールのお仲間だ。あれでも無事な気がしますな。我々だけでもう一度確認してきますかな?」
「居ねえよ」
フィンは、フンと鼻を鳴らして否定する。
「ぽっかり一人分くらいの穴が空いてたぞ。その獣人、無事だったみたいだぜ」
「確認してきたの?」
「ひとっ走りな」
こういう時は精霊は便利である。
さすがに崩落地帯をもう一度向かうのは、プロでも危険である。
「ねえ、フィン。殿下が話していたザーディアスって人が言ってた獣人って、やっぱり……」
「あの兎に間違いないだろう。何を企んでいやがるやら……」
「何か心当たりとかないの?」
魔人に覚えのある精霊達に尋ねるも、全員首を振るだけだが、
「あのクソガキのことだ、ロクなことじゃねえことくらいわかるだろ?」
「まあね……」
「だけどさ! その兎の獣人が崩れた遺跡から情報を集められたとは言い切れないんじゃない?」
ユニファーニのその発言には、皆、眉間にシワを寄せた。
「それは楽観的過ぎるよ。私達はいつ彼女が潜入したのか、わかってないし……」
「悪い方に考えるよりいいよ」
「ま、ユニファーニさんの言う通りですね。考えたところで兎らしく、脱兎されたようなので、手の打ちようもないですから……」
もう気配すらないことをフィンが調べてくれたのだ。まさにルイスの言う通りだった。
だったらせめてとヴァートは召喚魔を呼び出し、書状をしたため、本国へと送り届けた。
「それで海の方はどうですか?」
「それなんだけど……」
「?」
この後、私達はバザガジールとアルビオの衝突により、余計に刺激されたらしく、海域にはまだ出られないと説明され、足止めの延長が決まった。




