08 調査隊拠点地
「そうですか。上ではそんなことが……」
「うむ。それでなヴァート殿曰く、本来の行き先ではなく、近くの調査隊の拠点地に停泊するそうだ」
「調査隊……ですか?」
ヘレン達が乗った船はマリアドールの襲撃により、致命的なダメージまではなかったものの、本来の目的地であるアンバーガーデン港までは、とてもじゃないがもたないとのこと。
そこで船長は近場に船を停留させることができ、かつ安全の確保ができる調査隊の拠点地に向かうことにしたのだ。
「北大陸の地上部分、特にオルベルベルト港から向かえる大陸部には、遺跡が雪の中に埋もれているそうよ。その影響もあって、調査隊の拠点がいくつか港として存在しているの」
「へぇー……」
「へ、ヘレン殿も同じようなことを言っておりましたな」
クルシアと来たことがあるテテュラは淡々と説明した。
「じゃあしばらくはそこで足止めですか?」
「うむ。先のような魔物がまた現れるやも知らないと、ある程度調査を行わないといけないんだそうだ」
安全確保のためならばやむを得ないと、シドニエ達は納得する。
「みんなは無事ですよね?」
「勿論だとも! こちらの無事もちゃんと伝えているぞ。心配なら向かうかね?」
「いえ、僕は大丈夫ですけど、ミルアは?」
「私も大丈夫です。すぐ合流するでしょうし……」
「そうか。では私はもう少し上で話をしてくる。部下は置いておくから安心せよ。では……」
それだけ報告するとアライスは去っていく。
「でもマリアドールなんて聞いたことないよ」
「でしょうね。比較的穏やかな海域の東とは違い、北大陸付近の海域は寒さからもわかるでしょうが、過酷な環境よ。生き抜いた魔物達は強力になるのは必然でしょ? その魔物の研究学もこの大陸で行われているはずよ」
「あの……テテュラさんが以前、訪れた理由って……」
「ええ。クルシアが研究機関に興味があってね。その時に……」
そう言ってふらりと入っていけるあたりは、クルシアらしいと振り返る。
「そのクルシアさんとは色んなところへ?」
「そうね。色々観てきたわ……」
クルシアはテテュラを救出した後、特訓の傍ら、時たまに外へ連れ出し、世界の良し悪しを語っていた。
今思えば、あれもクルシアのことを信用させるための話術、心操術であったのではないかと考えられる。
当時のテテュラからすれば、クルシアから放たれる言葉の数々には説得力があり、何も知らない小娘である自分を虜にするのには、そう手間は取らなかっただろう。
「……」
「ご、ごめんなさい。思い出したくなかったですよね?」
「そんなことはないわ。気を使わせてごめんなさいね。それよりマリアドールの件だけど、もしかしたら私のせいかもしれない」
「どういうことですか?」
「マリアドールに限った話じゃないけど、魔物は魔力にとても敏感だわ。私のような特別な魔力を垂れ流しているのを察知して、暴れたんじゃないかしら?」
「そ、それはないんじゃないかな?」
今、特別な状態にある自分を責めるような言い方をしたテテュラに、そろっと手を上げて否定する。
「テテュラさんのせいなら、タイオニア大森林ではどうなのって話にならないかな? 匂い袋は使っていたとはいえ、海よりはあの森の中の方が魔力に過敏になると思わない?」
「そっか。匂い袋の影響で魔物が寄り付かないだけで、もし魔物がテテュラさんの魔力に気付くなら、森がざわめいてるはず……」
「うん。だから僕は違うと思う」
「……なんだか貴方にまで気を使わせたわね。ごめんなさい」
「仮にテテュラさんのせいでも、私達は味方ですよ。ね?」
「う、うん。そうだけど……」
シドニエは不思議そうに首を傾げて尋ねる。
「ミルア、いつの間にテテュラさんとそんなに仲良くなったの?」
「へ?」
するとミルアは顔を真っ赤にして、ブンブンと手を振る。
「な、何でもないって……」
答えになってないと、さらに不思議そうにすると、
「あまり女の子同士のことを詮索するものではないわ。嫌われるわよ」
「うっ!? そ、それは傷付きそうです」
繊細なシドニエには耐え難いことでありそうだと反応すると、ミルアとテテュラはクスッと笑った。
「傷つくということは、貴方にとって彼女は特別なのかしら?」
「えっ?」
「へ?」
この際だから聞いておこうと、テテュラが踏み切る。
「テ、テテュラさん!?」
ミルアは思わずオーバーなリアクションを取るが、シドニエは少しぽかんとして考える。
「そうですね……特別ですよ」
「!」
「僕はほらよく噛んだり、緊張したりで正直、上手に生きてないと思います。実際、精神型にも関わらず勇者みたいにって時も、散々言われて来ましたし……。だから今凄く感謝してるんですよ。皆さんとこうして出逢えたのも、ミルアやユファが側にいてくれたことが大きかったと思います」
ミルアにとってはいい幼馴染という答えより、もっと別の答えが欲しいとも考えたが、照れながらもちゃんと感謝を口に出来るシドニエに嬉しさと成長を感じた。
「だからミルア、これからもよろしくね。頼ることもいっぱいあると思うけど……」
「ううん。こちらこそ、よろしくね」
「……いいわね。幼馴染って」
「テテュラさんとはこれからですよ」
「はい。リリアさん達と一緒に色んなことをしましょう」
アイシア達にも言われた優しい言葉が、また訊けたことに、
「負の連鎖なんて話はよく聞くけど、嬉しいことも続く時は続くのね」
テテュラは今、人生において充実感を感じていた。
本来であれば身体が魔石化なんて、絶望的な状況であるにも関わらず、こんなに温かい気持ちでいられるのは、一重に人の優しさの繋がりであると感じている。
クルシアと過ごした時間は優しさもあったが、過酷な現実部分を突き詰めていたように感じていた。
心の充足感が違うように思う。
微笑み返してくる彼らを見てそう感じた。
***
「おお……」
「一面、雪景色だねぇ……」
私達は本来の行き先ではなく、調査隊が拠点としている集落に到着。
拠点集落だけあって、どこか殺風景。この白銀世界もそれを後押しするみたい。
「いやー、一度は見てみたいと思っていましたが、一度でいいですね」
「まあ確かに、雪が降り始めたあの時みたいなロマンチック性はないわな」
シンシンと降り続く雪を初めてみた感想でした。
私からしてもあまりこちらには来ないため、雪を見れるというのは、また変わった趣き。
「タ、タナカさんはへ、平気そうですね……」
「僕は水の精霊の加護をそのまま受けてるからね。多少、寒い程度だよ」
「やっぱ精霊の加護って凄いんだね。私、水属性だけど普通に寒いよ」
フード付きの防寒着をすっぽりと着ているユニファーニが、身を震わせながらそう語った。
特性上、水属性持ちは寒さに強いはずだが、さすがに辺り一面の銀世界だとそうはいかない。
「ヘレンちゃんだってそう思うでしょ?」
「まあね。でもこういうのを体験するとしないじゃ、全然変わってくるもんだよ」
「人生観ってやつですか?」
「うん」
まだ一年、二年だけど、カーチェル劇団と旅したことで、自分の知っている世界はまだまだ小さかったのだと感じていた。
この旅が終えた後も、またみんなと一緒に旅をしながら、自分の人生を充実させていけるのだと思うと、ワクワクが止まらない。
こうして久しぶりの故郷に帰ってくることで、得られることもあるし、そもそも北大陸でもこの白銀世界にはあまり踏み入れたこともない。
また新しい発見があるのかと、好奇心が疼く。
「それを言えば、ルドルフをあんな乗り方したのも初めてかも……」
「ノ、ノリノリでしたね……」
遠巻きからでも楽しそうにルドルフに乗って疾走していたのがわかったようで、苦笑いのアルビオ。
「やめて。あたしは最悪だったんだから……」
「何かあったの? ユファ?」
「そうだ! 聞いてよ、あんた達! この娘があたしを海に突き落としたんだよ!? 普通、そんなことする?」
「「えっ!?」」
それを聞いたルイスは悪びれるどころか、女々しいと文句を言う始末。
「いいじゃないですか〜。まだ言いますか?」
「――当たり前でしょ!? 水属性の魔術師目指して、こんな損した気分は初めてだよ!」
「エリート街道に胡座をかいた結果ですね」
「――光属性持ちのあんたが言うなぁ!!」
「まあまあ。これも人生を豊かにするために必要なことなのですよ。ヘレンさんも仰ったじゃないですか」
「――海に突き落とされる人生観なんて要らんわ!」
わいわいと騒いでいるけど、仲の良さが窺えると、
「仲良いね」
「――仲良くないわ! 天然かまさないで!? ヘレンちゃん!」
「あの……」
「あ、ヴァートさん」
色々騒ぎ立てる私達に割り込むように、やつれたヴァートさんが声をかけてきた。
船長さん達と話がついたようで、それの報告だろう。
「とりあえずは船内で過ごすことに決めました。幸い、食料などはあるようですし、足りなければこちらに在住している調査隊の方々からも協力願えるそうです」
「ここからアンバーガーデンには行けないのですか?」
「確か調査隊の方々の補給物資用の通路があるって訊いたことがあるけど、無理じゃないかな?」
「はい。トロッコはあるそうですが、安全は保障できないそうです」
「ならしばらく足止めか……」
船長さん達とヴァート達は、航路の安全を確認するのに、数日はかかるそう。
確認は勿論だが、魔物がいるなら対処方法なども検討しなければならない。
どうしても時間がかかる。
「テテュラさんは?」
「彼女には申し訳ないが、しばらく馬車での留守番になる」
馬達も心配だが、それ以上にテテュラの放置は中々心苦しい。
「ですが、アライスさんを始め、騎士の方々が交代で見張りをやるそうなので、たまに顔を出してあげて下さい」
「……わかりました。ヴァートさん、僕にできること、ありますか?」
「ん? うーん、そうだね……」
「あ、私も――」
「貴女は結構です!」
「ルイスさんは大丈夫です!」
アルビオに対する態度と自分に対する態度が違うと、機嫌を損ねると、
「わかりました。在住するにあたって、こちらの方々に挨拶でもしてきます」
「あ、私達も……」
「待って下さい、僕も行きます」
「あ、挨拶は済んで……」
ヴァートの止める声も聞かずに、建物へと向かう一同を見て、
「僕ってやっぱり資質ないよねー……」
すっかり自信を無くすのであった。
「でも調査隊ですか……」
建物自体はどこにでもあるような木で造られた小屋。
軽くノックをする。
「ごめんくださーい」
すると扉を開けたのは、銀髪ショートのタンクトップ姿の細っこい娘さんだった。
「はい。まだ何か?」
パチクリとヘレンと視線があった。
「あれ? ヘレン?」
「あっ! ニナ!?」
「えっ? 知り合い?」
私は思わずニナの手を掴み、飛び跳ねる。
「きゃあーっ! 久しぶり! 元気してた?」
「元気も元気だよ。ヘレンはすっかり……」
ニナは下から上へと目線を流すと、
「あんまり変わらないか」
「そう?」
「そうそう。変わらず美人さんだよねー」
懐かしんで感想を述べた。
「おい、ニナ! また連中か?」
奥の方から不機嫌そうなお爺さんの声が聴こえる。
「ううん。私の友達が来てくれたんです」
「友達だぁ?」
疑うような目線でジッとヘレンを見るお爺さんに、ニコッと笑いかけてみる。
するとフンっと鼻を鳴らすと、下がっていった。
「……えっと、あまりご機嫌が優れないのかな?」
「まあね。調査作業が進んでないからね。ちょっとイラついてて――」
「余計なことは言わんでいい! わしはしばらく横になっとるぞ!」
「は、はーい。だったら私、様子見がてら外に出てます」
そう言うとお爺さんは向こうの扉へと入っていった。
「じゃあ、準備するから待ってて」
そう言うとニナは別室へ入り、外へ出る準備を整えた。
ニナと共にこの集落を軽く散歩しながら、お互いの近況を話し合う。
「それにしても一年? 二年ぶりくらい?」
「もう少しで二年だったかな」
「そっか。もうそんなに経つか……」
「ニナはここで何を?」
「何って決まってるじゃない。この雪の中に埋もれた歴史的遺産を見つけ出し、歴史を解明するためにここにいるんだよ」
バッと大手を広げてそう語った。
「つまりニナさんは考古学を……?」
「まあ見習いだけど。ヘレンのお友達?」
そう言われればと紹介が遅れてしまったことに、反省しつつお互いを紹介した。
「こちらはニナ。私がこっちのスクールにいた時の友達」
「よろしく。ニナだよ」
「それでこちらは王都ハーメルトからの友達。アルビオ君、シドニエ君、ユニファーニちゃんにミルアちゃん、ルイスちゃんだよ」
紹介されたアルビオ達がよろしくと言うと、ニナは相変わらずだと感心する。
「なんて言うか、色んな人と友達になるよね」
「そう? 普通じゃない?」
「まあヘレンらしいよ。でも、劇団の人達と一緒じゃないのはおかしいよね?」
「実はね――」
私はテテュラさんのことを伏せつつ、リリアとの関係性を話した上で、協力していることを説明。
「じゃあさっきのハーメルトの方と同行してるんだ」
「まあね」
「でもそのリリアって人。ヘレンに似てるんでしょ? 行動力までそっくりなのはねー……」
「いや、私は止めたよ。止めたけど、どうしてもってね」
「そっか……」
「ニナの方はどうなの?」
「さっきも言ったけど、見習いとしてここで調査隊にいるよ。ほらルブルスさんが仮眠室に行ったでしょ? あそこに隊員が寝ててね……」
「もしかしなくても、睡眠の邪魔したのかな?」
ルブルスの機嫌が悪かったのは、このことなのかと尋ねると、ニナは少し悩んだ表情を見せる。
「それもあるけど最近、不審者が現れてね」
「不審者?」
「うん。ピンクの髪の兎の獣人が、この雪の谷を奥でちらほら見かけるの。そして目撃した場所には、酷い掘り方をされててね。貴重な遺跡に傷でもついたらってカンカンなの」
「それは大変ですね」
「うん。他の調査隊とも連携して捕らえようとしたんだけど、さっぱり」
お手上げだと諦め気味に首を横に振る。
するとフィンが姿を見せる。
「おい、人間」
「きゃあ!? えっ? ど、どこから……」
「フィン。急に出てきちゃダメだろ?」
ふよふよと浮いた小さな人型のフィンを指差して驚くニナを無視して尋ねる。
「その獣人の近くに赤髪の細目野郎はいなかったか?」
「――! フィン、それはどういう――」
「ああ。別の調査隊の人が言ってたよ。この天気にも関わらず、背広姿だったからよく覚えてるって……」
「――!? それは本当ですか!?」
アルビオはニナの両肩を掴み、驚愕の表情で尋ねると、ニナはクエスチョンマークを頭の上に浮かべながらもこくりと頷いた。
「みんな! 気配を感じる!?」
「上手く隠してるつもりらしいが、ちらほら漏れてやがるよ」
「ええ。いますね」
事の状況を深刻に受け止めているのは、アルビオだけ。
「ニナさん、すみません。一緒に来て下さい」
「へ? ええっ!?」
ニナは腕を掴まれ、アルビオに引っ張られてヴァート達がいる船へ。
「ああっ!? わ、私も〜!」
危機感のなく追いかけるルイスちゃんの後を私達も追った。
***
「な、なにぃっ!? バ、バザガジールがこの大陸にいる!?」
「なんと……」
「間違いないですか?」
「あー……うん。この雪の中で赤髪に真っ黒な背広姿は目立つんじゃないかな? 見間違いではないと思うよ」
私は事の次第を知らないため、一番血相を変えているアルビオ君を始め、ヴァートさんやアライスさんの深刻な表情の理由はわからない。
だがリリアやテテュラさんのことを考えると、そのあたりくらいかなという認識はある。
「あの……その人が何か?」
ニナは張り詰める空気の中、自分達の仕事場にいるであろう不審者について尋ねる。
ニナからすれば不安要素の情報は欲しいし、上司に報告もせねばならない。
ヴァート達はお互いに見合って確認を取ると、
「すみませんが、ルブルスさんでしたか? あの方が調査隊の指揮を取られてる方ですか?」
「うん。ここのね」
「呼んできてもらってもいいですか?」
その申し出にすんなりと受けてくれて、ルブルスを含む、数人の男性を連れて来た。
「またあんた達か。話は済んだろ」
「いえ、別件のお話です。不審者の話なんですが……」
「ああ、ニナからそう訊いたが、知り合いかい?」
「いい意味での知り合いではありません。むしろ悪い方です」
調査隊のメンバーは騎士達の険しい表情から、不安を煽られる。
「落ち着いて聞いてほしいのですが、その不審な獣人、もしかしたら殺人鬼の仲間の可能性があります」
「!」
「そりゃあ、随分穏やかじゃねえな」
「それホントなの? ヘレン」
「ごめん。私はよく知らないの。ただ、こちらの勇者の末裔、アルビオ・タナカ君はよく知ってるみたいで……」
「勇者じゃと……!」
私が改めてアルビオ君を紹介すると、今まで険悪な態度を取り続けていたルブルスの顔色が変わった。
「お前さん、ホントに勇者の子孫か?」
「は、はい」
その証拠を見せようとフィンを出現させると、信じてくれた。
「おお……本物の精霊様じゃ。生きとるうちに拝めるとは……」
「おっ、人間の中にはちゃんと精霊を敬う奴もいるんだな」
フィンはまんざらでもない様子で嬉しそうだが、話を戻す。
「それでなんですが、この彼を含めた他の精霊達も、あの雪の谷の向こうにバザガジールという殺人鬼の魔力を感知したそうなんです」
「むう。精霊様が仰るのであれば本当であろうな」
ルブルスは職業柄上、精霊といった類いは信じるようで、すんなりと受け入れてくれたが、他の隊員は疑問を投げかける。
「待って下さい。こんな人一人もいないところに、殺人鬼でしたか……そんな男がうろつく理由があるんですか?」
「それは僕らも同意見です。ですが、彼の仲間が何を考えているのかわからないのです……」
「つまりその殺人鬼を顎で使っとる奴がおると?」
「はい」
アルビオがそう思い浮かべる相手はクルシア。
あの男ならば魔人マンドラゴラの件を踏まえて、何かしらをさせることの想像は難しくない。
「ですからその真意を確かめたいので、調査域の侵入許可を頂きたいんです」
「待って下さい。アルビオさん、貴方……バザガジールと戦うつもりですか?」
「それは勿論!」
「許可できません」
さっきまでオロオロしていた姿とは一転、責任者らしく、ズバッと言い捨てた。
「何故です!? あの男を放置しておくことがどれだけ危険なことか、殿下からお話は聞いていたでしょ?」
「はい。だから許可できないんです」
「僕らの身の安全の確保はわかりますが……」
「わかるのならわかって下さい。貴方があの男と対峙して三日も寝込んでいたのは知ってるんですよ」
すると何かを思い出したように、ルイスも声を上げる。
「あっ! もしかしてラバの町を半壊させたあの事件の犯人さんですか!? ダメダメダメですっ! 絶対反対ですっ!」
「は、半壊って……」
町の半壊という言葉にニナと調査隊達もたじろぐ。
実際、半壊で済んだのはバザガジールが加減をしていたからこそであるが、本気で戦われていれば、その程度ではすまない。
「でも、彼に対抗できるのは……」
「確かに貴方だけかもしれませんが、何を企んでいるのか調べるだけなら、貴方が行く必要はありません」
そう言うとヴァートはアライスに視線を送り、
「うむ、そうであるな。騎士隊と魔術師団を編成し、調査隊の方で道のわかる方を同行の上、向かうべきだな」
アライスは案内を任せる隊員を守れる戦力を連れて向かうべきだと提案する。
だがそれを残念そうに否定する精霊がいた。
「大人としての筋を通そうとしてるとこ悪りぃが、それは無理だ」
「何故です? 精霊様」
「こっちが感知してるのに、あの化け物狐目男が勘づいてないわけがねぇ」
「そうですね。彼の魔力を未だに感じます。ここにいるぞとわざと誘っているようです」
メルリアもフィンの意見に同意するように姿を見せた。
「アルビオが行かず、他の者が向かえばそれこそ死人が出ますよ。あの男の性格は対峙した我々が……不本意ではありますが、理解しています……」
会ったのは一度だけだが、あの男の戦闘における渇望は本物である。
しかもアルビオはその彼を刺激する極上の果実。
楽しみにしていたのに、アライス達だけが姿を見せた時の逆鱗が恐ろしいと、人間のことを上手く理解できないはずの精霊ですら忠告する。
それを訊いたヴァートは、眉間に激しくシワを寄せて険しい表情で苦渋の選択を下す。
「……わ、わかりました。でも! でもですよ。極力戦闘は避けて下さい。いいですね?」
「僕だって戦闘は避けたいので、そのあたりは向こうの出方次第です」
とは言うがアルビオ自身、避けられないのではないかと身構える。
するとバッと手を上げて、予想通りの言葉を口にする。
「なら私もついて行きます!」
「ダメに決まってるでしょ! 危険なことは承知ですよね!?」
「言いたいことはわかりますが、アルビオさんにまた倒れてほしくありません! 最近、治癒魔法もしっかり使えるようにもなりましたよ!」
「それは流石に容認出来ません! あれだけ余計なことはしないでと言ったでしょ!?」
「それとこれとは別ですぅっ!! アルビオさんを心配していくのは、別のお話です!」
「そんな無茶苦茶通りますか!」
ぎゃいぎゃいと揉め合う中、私も立候補する。
「私も行きたい」
「「はあっ!?」」
ヴァートとアルビオが揃って、驚愕の声を上げた。
「ヘレン?」
「ニナの夢を潰そうと企む人達を放ってはおけないし、それに殺人鬼ってのにも興味があるの……」
「きょ、興味って……」
私からすれば、普通に人生を送れば出会うはずのない人材。
一役者として、その人物自体には興味があった。
「私は職業柄上、人を見る目はあるつもりだよ。戦闘を避けたいなら、説得を試みさせてほしい……」
「そりゃ難しいぞ。あいつ、大量にいた冒険者共をガン無視した挙句、虫けら扱いしてたんだ。会話も難しいかもだぜ」
「へえ……」
それを聞いても怯むどころか、その殺人鬼さんの自信が窺い知れるというもの。
殺人鬼さんを知る皆が、警戒しているのがどれだけのものなのかが分かり易い。
「なら尚更行ってみたい。アルビオ君が説得するじゃ、戦闘は避けられないでしょ?」
さっきの身構えた表情を読み取った私は、その図星をついてみると的中したようで、うっと分かり易い反応をする。
「……相変わらず怖いもの知らずだね、ヘレンは……」
「へへ。まあね」
そんな悩ませる提案が飛び交う中出した結論が、
「……わかりました。とりあえず編成を考えるのでお時間を下さい……」
バザガジールを放っておくことはできないと、向かうことは確定とし、ヴァートは行くメンバーを選別するため、アライスと話し合いを始めた。




