06 勇者の足跡
「僕の明日に未来は無い……」
そんな絶望の言葉を口ずさみ続けるヴァートに、アライスや部下達もオロオロしている。
「ま、まあこれこそもう戻れぬのだし、それにヘレン殿は北大陸の出身。地の利がある方が一緒とは心強いじゃないですか」
「他人事じゃないですよ、アライスさん。僕らはリリアさんを任されていたはず。それなのに、見抜けませんでした、守れませんでしたじゃ話になりませんよ。僕らは陛下と殿下から命を受けたはず……」
国の王様からの命令を、いくらリリアの独断とはいえ、見抜けずに果たせませんでしたでは済まない。
「これで仮にリリアさんが向こうで亡くなられてみて下さい。僕らの首も飛びますよ。物理的に……」
アライスも現実が見えてきたのか、青ざめるとヴァートと共に膝を折る。
「カルディナ……父の先立つ不幸を許してくれ」
「短かったなぁ、僕の人生……」
「――ちょっとやめて下さい!! リリアなら大丈夫ですから! きっと無事に帰ってきますから! 約束もしたし……」
ヘレンはリリアと指きりをしてきた。そうでなくても無事に帰ってくると信じている。
「リリアが戻ってきたら、陛下と殿下に私達も一生懸命謝りますから。元気出して下さい」
「大丈夫ですよ。陛下も殿下も温厚なのは、お二人もご存知でしょう。それに僕もちゃんと説明しますから……」
「ううっ……」
「まあそれでもある程度のお咎めはあるでしょうね」
「――わああーーっ!!」
「ルイスさん!」
「ルイスちゃん!」
事実でしょうと、ふんと鼻を鳴らすルイス。
「終わったことをくよくよ言っても仕方ありません。お腹も空きましたし、早くお話を進めましょう」
「どの口が言うんだかねー」
「いや、ユファのセリフじゃないから……」
「貴女達、全員が言うセリフじゃありません!」
本来この旅に同行するはずの学生が七名いるうち、二人しか正しい人間がいない。
「テテュラさんも知ってたなら教えて下さいよ」
「ごめんなさいね。悪戯心に火がついたのよ」
テテュラが知っていたことにもツッコむ余力のないヴァートは、とてもこのメンバーを統率する立場にない、テンションの低さで予定を説明する。
「明日、この宿を明朝出まして、アンバーガーデン行きの船に乗ります。そこから第七区へ移動します」
「そこでテテュラちゃんを元に戻す方法が?」
「あるとは限りません。何せ例の無いことです。とりあえず今回の旅の目的は信頼における協力者探しと、テテュラさんが元の身体へ戻るための足掛かりを見つけること」
「信頼におけるって当てが無いの?」
「こちらと繋がりのある方はいますが、先程も言った通り、前例が無い事態。協力者は多い方がいい」
「だけど、悪い人には目をつけられたくない、か」
「はい」
北大陸の人間は温厚な人間が多いが勿論、人なのだから悪い人だっている。
特に移住者も多く、西大陸のように厳しい規定があるわけでもないのだから特にだ。
「ちなみに信頼のある協力者ってどなたですか?」
ルイスがなんとなく尋ねると、ヴァートが震え出す。
「ど、どどどど……」
「どうしました? ヴァートさん?」
様子がまたおかしくなってきたので、やや焦り気味に尋ねるも、ヴァートの震えは止まらない。
「い、行きたくないぃ〜……」
ついには子供が歯医者にでも行きたくないようなか細い声を上げながら、蹲ってしまった。
「……と、とにかくヴァートさんのお知り合いの方ということですね! アライスさん続きを!」
「う、うむ。そのアンバーガーデンに向かう時には、防寒具を支給するから、それを着るようにしてくれ。君達の分は部下達が手配に行っているから、それを着てくれ」
お手数をおかけしますと、シドニエ達はお礼を言うと、明日の朝まで自由時間を与えられた――。
「北大陸か……楽しみですね」
「そっか。みんなは行くの初めてか」
「ヘレンちゃんは久しぶりの里帰りなんだよね?」
「まあ一年……二年くらい?」
「どんなところなんです?」
テテュラが休んでいる部屋に向かうまで待ってよと、楽しそうに向かった。
「北大陸か。私は行ったことがあるわ」
「そうなんですか……」
「ええ、クルシアの後をついてね」
「そもそもほとんどの人がさ、地底に住んでんでしょ? 朝昼夜とか、太陽とかさ、どうなってんの?」
北大陸へ行ったことがない人間の典型的な質問が飛んでくる。
「昔の地属性の魔術師さんで、ウィブルス・アルカードって人がいるんだけど、その人がほぼ太陽と同じ光を放つ、人工魔石の開発に成功したの」
「その人の名前なら訊いたことがあります。まだ地上に住んでいた時代に活躍されてた方とか……」
「さすがアルビオさん。博識ですね!」
「殿下と勉強してたからね。元々は考古学者って話でしたよね?」
「そうだよ。遺跡の中を調べたり、雪を何とかするのに、適した方法はないかってことで、手を出したらしいよ」
いちいち魔法を使っていては、魔力の消費と共に体力と精神まで消耗してしまうため、あらかじめ用意できる魔石に目をつけたそう。
「そこから思わぬ発見というか……」
「天は二物を与えずとは言うけど、この人は当てはまらないね」
「どういう意味?」
「人は才能や資質を複数は持って生まれませんよって意味です。それを考えればアルビオさんは勿論、他属性持ちのリリアさんにも該当するでしょう」
アルビオはそんな大したことじゃないと困った笑顔を見せるが、それはクルシアにも言えたことではないかと、複雑な気持ちになった。
「それでそのウィブルスの人工魔石をベースに、人間に必要な光を作り上げる研究が日に日に進化してるってわけ」
「ほえー……」
「す、凄いね」
「さらに言えば勇者が残してくれた技術もアンバーガーデンでは活かされてるんだよ。鉄道ってのがあってね。それで行き来できるようになってるの」
「ああ、あれは確かに便利だったわね」
テテュラも乗ったことがあるようで、懐かしがっているが、その時クルシアとの会話が少し頭を過った――。
「不思議だよねー、勇者ってさ。知ってる? これを作るよう言ったのは勇者だって話だよ」
「そうなの、凄いね。地面を走るのが馬ではなく、こんな人工物とはね」
船のような大型の乗り物の割に、かなりのスピードが出る挙句、多くの人や荷物を乗せることを可能にしたこの技術には感心した。
マジックボックスがあるとはいえ上限があるし、人の移動がこれだけ可能になるのも革新的だった。
転移魔法や転移石などもあるが、こちらはどうしても魔力の消費が激しかったり、希少価値が高い。
「作った奴らもそうだけど、これを教えた勇者って、本当に何者だったんだろうね」
「勇者でしょ?」
「いやいや、勇者って言っても同じ人間だよ? こんな発想、そうそう思い付くかな?」
「……色んな国に行ったから、思い付いたんじゃないの?」
「そこだよ!」
「!」
「ボクらだって色んな国に行ったよ? でも、そんなアイデアは一つも浮かばない。それにだ、ここまでの完成度を年月をかけずに出せるものかい?」
テテュラはここでの勇者の経歴は、お喋りなクルシアの影響で知っている。
確かにこの完成度を数年で作り上げられたのには、さすがに疑問が湧いた。
「い、言われてみれば……」
「でしょお〜? あーあ……」
クルシアは座席にボスンと座り込み、残念そうにする。
「会ってみたかったなぁ……その勇者様とさ」
――あのような陸路があるという考えがどう生まれたのか、思い出すと引っかかるテテュラは、フっと笑う。
「天は二物を与えずねぇ……」
「えっ?」
「いえ、貴方のご先祖様は、博識でありながら、力強く人を導くことができる先導的な人物だと思っただけよ」
「そりゃあそうです! 勇者様ですから!」
肩の荷が重くなるなぁと、久しぶりに体感しているアルビオ。
「そ、それにして勇者様って本当に色んなところで功績を残された方なんですね」
「そうね。確か南の亜人種の国でも人間でありながら、何かされたとか……」
向こうの亜人種の情報は中々入ってこないため、さすがのテテュラもその程度の情報しか持っていない。
「何もしちゃないよ」
「えっ?」
「ケースケの奴は大精霊様を従えてたから、信頼されてただけだ。まあ、人間とのいざこざもある程度解決してくれたようだが、根本まではお手上げだったようだぜ」
フィンが現れ、軽い口ぶりで話すが、ケースケ・タナカとの接点があったことに驚く。
「フィン!? 勇者様と会ったことあるの?」
「俺も当時は小精霊だったからな、記憶はねえよ。大精霊様から聞いた話だ」
「精霊にも歴史ありなんだね」
「当たり前だ! お前らだって、最初は玉みたいなガキだったろうが!」
「あ、あの! 精霊様。勇者様のお話、もっと知りませんか?」
シドニエからすれば、憧れの勇者の貴重なお話を訊く機会だ。
珍しく興奮気味に頼んでみるが、
「大した話はされてねぇよ」
少し嫌そうにしているところを見るに、散々聞かされた様子。
アルビオも他の精霊を見るも、困ったような表情を見せる。
「そこをなんとか!」
「わあったよ! 大精霊様は何かと懐かしんでケースケの話をするんだよ。勇者はお前達が思ってるほど、大人な奴ではなかったよ」
「と言いますと?」
「ガキっぽくて感情的で、でも誰にでも優しく手を差し伸べてやるような奴だったんだそうだ。色んなめちゃくちゃなことに付き合わされたと、文句を口にしちゃいたが、ありゃ楽しかったんだろうぜ」
「へえー……」
歴史上で聞く勇者の話とは違い、子供のような性格だったことに、あまり実感が湧かない一同。
「正直、アルビオと似てるところは髪色くらいで、性格は全く違う」
「だろうね。今の話を聞くと正反対だよね」
「まあ俺としちゃ、落ち着いた性格してくれてた方がいいがな。今よりもう少しやんちゃになってもいいがな」
するとテテュラが思っていた疑問を投げかける。
「聞いた話だと、あまり賢い感じには聞こえないけど……」
「まあ衝動的かつ感情的だったらしいからな。目の前に苦しんでる奴がいるなら、迷わず助ける的な感じだったらしい」
「だとすると鉄道を考えついたのは、おかしい話よね」
「ああ、勇者様が考えたっていう……」
その質問にはフィンも、詳しく聞いてないと首を横に振った。
話もひと段落ついたところで、一同は部屋に戻り、明日にむけて休息を取ることにする。
するとミルアがテテュラへと近付き、こしょっと耳打ちする。
「誰かと一緒に寝ますか?」
魔石化したことで睡眠が取れないテテュラに気を遣うミルアだが、テテュラは嬉しそうに微笑むも、
「ありがと。大丈夫よ」
「そう? いつでも言ってね」
ミルアは扉の前で待つヘレン達の元へ。
「どうかしたの?」
「ううん、行きましょう。テテュラさん、お休みなさい」
「ええ、お休み」
テテュラにとってこの旅は、アイシア達がいない旅だから、少々心細い気持ちはあった。
いつもならクルシアがその役割を果たしてくれていたから。
だけどこうして誰かに心配されることが、改めて嬉しいことなのだと実感した。
***
「おー、モコモコ!」
黄土色の防寒着に身を包む一同。フードも、もふもふがついて温かくなっている。
さらには魔法も施してあるので、冷たい風を通さず、中は暖か使用である。
そんな中、ユニファーニはルイスを見てクスクス笑う。
「ルイスちゃん……可愛い」
「それ絶対馬鹿にしてますよね!?」
防寒着が大きく、すっかり着太りしたルイスはまんまるとしている。
「し、してない……よ」
「してるじゃないですか!」
「ま、まあまあ……」
結局、この後サイズの合う防寒着を買って、事なきを得ることに。
「ヘレンさん。やっぱりこれくらいの防寒対策は必要なんですか?」
「うん。向こうの天気がわからないし、それに海の上だからね。いくら魔船で移動するとはいえ、風がないわけじゃないから……」
騎士達も動きやすい防寒着を着て、準備を整え終えると移動を開始すると、船着場まで向かった。
「――それでは予定通り、この船に乗りますよ」
そう言うと、馬車ごと船に乗り込んだ。
自動車運搬用船のような構造で、馬車を始めとする大量の荷物を乗せることも可能。
どちらかと言えば貨物船に近い。
「船旅かぁ。凄いなぁ……」
「ついてきて良かったでしょ? シド。ま、リリアちゃんとの旅でないのが残念だけど……」
「ううっ……」
それは言わないで欲しかったと落ち込むシドニエ。
元々リリアの力になりたくてついてきたのに、入れ替わってたじゃ、落ち込みもする。
中々恩返しもカッコイイところも見せれていないシドニエからすると、中々可哀想ではある。
「改めてごめんね。リリアにどうしてもって頼まれたから……」
「い、いえ。でもさすがリリアさんですね。突拍子もないことを考える」
パラディオン・デュオでの期間の間に、自分の武器や戦術。さらにはテテュラでの事件での行動力など、見習うべき点は多いと、感心しながら話す。
「まあね。このカラーコンタクトだって、リリアが教えたことらしいじゃない」
「そうだったんです?」
「らしいよ」
ユニファーニが貸してと、コンタクトケースを受け取り、中身を見ながら感心する。
「これで眼の色が変えられるんだ……」
「それだけじゃないよ。視力の増幅に魔法も付与できるみたい」
「凄っ!?」
「よく思い付きましたね」
「リリアさんは闇の魔術師ですし、眼の中に物を入れるなんて発想になったのでは?」
「それって偏見じゃない?」
そんな話をしていると、テテュラを乗せたまま馬車は荷物置き場へ。
「あ、あのテテュラさんがまだ……」
「ああ、テテュラ殿には申し訳ないが、荷物置き場にいてもらう」
「えっ!?」
アライス達も特別に許可を貰い、いることが認められたが、それでも疑問が残るが、
「落ち着いて下さい、ミリアさん。下手にテテュラさんを他の方に見られないようにする配慮ですよ」
テテュラの件は極秘だし、テテュラは肌の色から異常だとわかっているのだ。
簡単に人前に晒すわけにはいかない。
船の船長も王命であるから、詮索も止めることもなかった。
「でも、せめて僕らの誰かは側にいるべきです。元々、僕とリリアさんはそのためについてきたんですから……」
まあリリアじゃなくて、私だったけどね。
アライスは我々がついているがと、困った表情をしていると、ミルアが手を上げた。
「わ、私が一緒にいます」
「ミルア!?」
「むう……」
アライスは余計に困った表情へと変わる。
「き、気持ちはわかる。テテュラ殿を物扱いしているのではないかと。だがね……」
「ど、どうかされました?」
一向に乗り込む気配のない様子を見に来たヴァートに、アライスが説明すると諦めた様子で、
「どうぞ、お好きになさって下さい」
「いいのですか!? ヴァート殿?」
「今更でしょ? 余計な人は付いてくるわ、リリアさんは別人だったわで……は、はは……」
「「「「「本当に申し訳ありませんでした」」」」」
意気消沈するヴァートに、心からの謝罪。
ご迷惑をおかけします。
アライスと複数の騎士、魔術師達と一緒にミルアもテテュラと大陸を渡ることになるが、
「ミルア一人だとアレだし、あたしも行こうか? 一人や二人増えても問題ないでしょ?」
「それだったら僕が……」
「さすがに大人数はやめてね。せめてもう一人だけにして……」
これ以上迷惑をかけると、本当にヴァートの精神がもたなさそう。
「じゃあ女の子を守るという意味で、シドニエさんでどうですか?」
「えっ?」
「えっと、僕じゃないのは何で?」
「そんなの万が一のために、私を守るためです!」
そう言うルイスはアルビオの腕を組み、か弱いアピール。
「それにシドニエさんはミルアさんの幼馴染じゃないですか。気心が知れる人がいてくれた方がいいでしょ?」
「まあ、そうですね。任せて下さい、タナカさん」
任されたのは自分だけどと思いつつも、任せることにした。
「じゃあアライスさん。僕達がテテュラさんに付き添います」
「わかった。では行こう」
こうしてようやく船に乗り込み、出港した。
ヘレンは懐かしい風を浴びながら思い馳せるのであった。




