05 テヘ☆
「いやー、寒くなってきましたね」
目的地が近くなってきたのか、東大陸としては珍しく肌寒さが出てきたが、ヘレンにとっては懐かしい感覚だ。
「オルベルベルトか……行かないね」
「うん。そもそもこの辺りは北大陸に用事でもないと行かないからね」
「我々はよく行きますがな」
窓から覗きながら会話する女子達に、馬に乗り、馬車と並走するアライスが交じる。
「北大陸からの物資の護衛任務が度々あるのだ」
「へえー。冒険者じゃなくてですか?」
「商人によるな。相性というものもあるが、中にはよろしくない奴らもいるからな」
取り締まりも大変だと話すアライス。
北大陸の技術を悪用しようと考える人間は多い。しかも北大陸の人間は地底という珍しい環境に身を置いているせいか、少し世間知らずなところがある。
技術の悪用もそうだが、魔石や開発された商品などを安く買い叩かれることもあるそうだ。
だからハーメルトやナジルスタといった大国がその辺の管理も契約として行なっているそうだが、まあ色々課題は多い。
「じゃあアライスさんも行ったことはあるんですね」
「まあ私は二、三度くらいさ。私は基本的にはハーメルト近郊の治安維持が任務だからな。だからこの任務も珍しいのだ」
するとアライスが選抜された理由をアルビオが語る。
「……アライスさんがここにいる理由としては、仕事にならないからです」
「えっ? 仕事なら出来てるじゃないですか」
ここまでのタイオニア大森林での護衛に特に問題がないと話すルイスだが、アルビオは苦笑いを浮かべ、
「ほら、僕達とは違うお願いをされたグループがあると説明したでしょ?」
「ああ、アイシアちゃん達は西大陸だっけ? あそこって治安が悪いって聞くしなぁ」
何気なく言ったユニファーニの言葉に、アライスはビクンっと反応する。
「はい。その同行者の中に、娘さんがおられるんですよ……」
「カルディナさんね。なるほど……」
「わかったんですか、テテュラさん?」
「簡単なことよ。娘さんが心配で気が気でならないから、遠征でもさせて頭でも冷やさせようということでしょ?」
「……当たりです」
するとアライスは、今までの大人の余裕はどこへやら。感極まって取り乱す。
「いや! だって西大陸なのだぞ! 私の娘はあんなに可愛いのだ、も、もし、娘が奴隷にでもさせられたら……ああああーーーーっ!!!!」
可愛いかどうかは些か疑問に思う一同だが、男性受けをすることは間違いない容姿。
父親として心配する気持ちは理解できる。
「なら止めればよかったじゃないですか」
「できるわけないだろぉっ! 娘が国のために、我が家のためになんて言われたら……」
アライスも王家に仕える身。
立場を取るか、娘を取るかは非常に悩み、葛藤したことだろうが、娘の意見を尊重したのだろう。
実際、そんな覚悟を見せたカルディナの手前、心配する素振りなど見せず、威厳を持って屋敷から送り出したが、その後合流するまではうじうじしていたそう。
「だ、大丈夫ですよ。娘さん、お会いしたことありますが、しっかりなされてますし……」
「ほ、本当にそう思いますか、ヴァート殿!!」
「は、はい……」
というかそういうことしか言えないよね。
すると女性陣は父親について話し始める。
「お父さんって大変ですね〜」
「あたしのお父さんはこんな心配なんかしないよ」
「私のお父さんは今頃、死ぬほど心配してるかも……」
「まあミルアのお父さんはね――」
わいわいと話す女性陣を見ているアルビオとシドニエは、こう思ったという。
(いや、娘がこんな遠くまで勝手について来たとくれば、死ぬほど心配してるんじゃないかな?)
一応、皆書き置きはしてきたが、シドニエはともかく、女性陣の親は心配していることだろう。
正に親の心子知らずである。
そんなアライスが内心ハラハラの中、無事にタイオニア大森林を抜けた先に見えるのは、港町オルベルベルト。
東大陸では一番大きな貿易港である。
「おおっ! 見えてきましたね!」
ヘレンはこの景色を見て、ふと思い出す。
舞台の世界に憧れて、偶然来ていたカーチェル劇団に入団したのを覚えている。
急に決めたことだったので、飛び出す形にはなってしまったが、両親は納得していた様子だったことを覚えている。
一年半くらいかな? 離れていたのは。こんなに早く戻ってくるつもりはなかったんだけど。
テテュラのことを思えば、そんなことは些細なこと。
多分、向こうに行けば正体も隠しきれなくなるだろう。友人に親までいるんだ、遭遇すればすぐにバレる。
でもヘレンだと正体がわかれば、案内もしやすいというもの。
しっかり力になってあげよう。リリアにも頼まれてるからね。
***
北大陸が近いこともあって、寒さが厳しいこの町だが、色んな物資が流れてくる玄関口というだけあって、港付近は活気に溢れている。
「へえー、これが魔船か……」
自分達が乗る船を確認しに来た一同を迎えるのは、巨大な帆船。
「デカさがあるくらいで、特別何かあるようには見えないけど……」
どこにでもあるような帆船だと言うが、ヴァートが解説する。
「この船は極寒の地を耐え抜いた魔法樹が器用されていてね。アリミアに停泊している船と見比べてみると、材木の質も段違いのはずだよ」
「ほえー……」
「加えてその材木で作られたポストにかかる帆も風魔法の術式が組み込まれていてね。ある程度の強風でも流されず、上手く風が当たるようになってるんだ」
北大陸は冷たい風が吹き付けることがあり、普通の船では流されたり、最悪、転覆まであり得てしまうが、この魔船はこの環境に適したものであると説明。
「とりあえず船に乗るのは明日。今日は休みましょうか」
北大陸行きへの船が出ていないわけではないが、タイオニア大森林を抜けた後であるため、休息を優先するためにヴァート達が手配している宿へ向かおうとした時、
「リリアーっ」
「ん? 誰か呼んだ?」
ヘレンはリリアの名前を呼ばれた気がしたので、近くにいたシドニエやアルビオに尋ねる。
「い、いえ。呼んでませんけど……」
「うん」
空耳だろうと、再び向かおうとすると、今度ははっきり呼びかけられるのが聴こえてきた。
「リリアぁーっ!!」
「よ、呼んでますね、リリアさん!?」
沢山の人混みの中から聞こえるリリアへの呼びかけに、不安がるシドニエ。
すると、人混みの中からスポーンと一人の中年男性が現れた。
「――リリアぁあっ!! 会いたかったぞぉっ!!」
「――きゃああっ!? えっ!? なになに!?」
その男性はヘレンにしがみつき、泣きじゃくる。
シドニエはいきなりのことであわあわするが、これではいつも通り過ぎると意を決する。
「あ、あの……」
「何やってんだ、迷惑だろうが!」
「――ぐぼぉっ!?」
シドニエが止めようと声がけしようとした瞬間、リリアに良く似た銀髪の女性が男性を殴って止めた。
ポカーンとするシドニエに銀髪の女性はニコリと微笑む。
「悪かったね、うちの奴が迷惑かけてさ。というか、リリア。何であんたがここに……?」
ヘレンはこのセリフを聞いて瞬時に分析、把握を行う。
男性はともかく、この女性はリリアにとってもよく似ている。
確か母親に根性を叩き直すために王都の学園に入れられたと聞く。
この男性に対する暴力的な止め方と、サバっとした物言い――リリアのお母さんかっ!?
そう瞬時に判断したヘレンは、マズイと内心思いながらも、それを感じさせない表情で迎える。
「ママこそ、どうしてここに!?」
この間、コンマ単位の思考速度。伊達に切り替えが重要な役者ではない。
リリアの母親とは本来、ヘレンも初対面なのだが、皆が挨拶する。
「リリア殿の母上でいらっしゃるか」
「初めまして、リリアがいつもお世話になっております。リリアの母、リンナ・オルヴェールと申します。そしてコイツがうちの旦那のガルヴァ・オルヴェールです」
そう紹介される旦那だが、まるで猫でも摘み上げたように襟首を持っている。
その光景にみんな尻に敷かれてるんだろうなと思いつつも、女性陣はそのスラっとした立ち姿にカッコ良さを見出す。
「リリアちゃんの大人版って感じだね」
「むむむ、リリアさんはこんな風になるんでしょうか?」
「み、みんな失礼だよ」
「ははは。賑やかだねぇ」
その様子をボーっと見ていたシドニエ。
将来、こんな美人になるのかと惚けていたが、我に帰るとバッと頭を下げる。
「は、初めまちて! リリアしゃんには大変おちぇわに……」
「おいおい、落ち着いて喋りなよ」
リリアの両親とあって極度の緊張状態にあるシドニエ。いつも以上の噛み噛み具合にリンナは呆れる。
「す、すみません……」
「……まるでうちの奴みたいだな」
「すみません。シドニエさんは緊張すると噛んでしまうもので……」
「その黒髪……!」
「はい。初めましてアルビオ・タナカと言います。リリアさんには本当にお世話になってます」
「いやいや、こっちこそごめんね。下手に振り回してんだろ?」
会話が弾んでいく中で、ヘレンは非常に焦っている。
マズイよぉ! まさかこんなところでリリアのご両親に会うなんてっ!?
お父さんの方は誤魔化しが効いてるみたいだけど、お母さんはさすがに見抜くよね?
今のところは気付いている素振りなく談笑してるが、さすがに親に見つかるのはマズイ。
とはいえ久しぶりに会ったのに、早くこの場を離れようとするのもマズイと内心、困惑中のヘレン。
「す、すみません、タナカさん」
「手慣れてますね」
「まあ……」
アルビオは立場上、年上と関わる機会が多かったため、社交辞令はお手の物。
と言ってもできるようになったのは最近で、年上との接し方もハイドラスに隠れて学んだもの。
「ところでパパとママはどうしてここに?」
「ん? ああ。コイツの仕事ついでに実家に帰ってたんだよ」
ガルヴァを指差しながらそう語ると、リリアの父は魔石の採掘家だったことを思い出す。
「採掘のお仕事?」
「そうなんだよ、リリア! パパのカッコイイところ、見せたかったなぁ……」
「何言ってんだ。地味ーにカンカン掘ってるだけだろうが」
「その仕事に集中してるところとかさ。普段は見せられないような……」
「普段がこんなヘタレてるから、どうとも思わねえよ」
「リ、リンナさん? 一応僕達、結婚してるよね?」
「してるから言うんだろ?」
ここまで尻に敷かれているのを目の当たりにすると、男性陣は切なくなってくる。
自分達も、ああならないようにしようと考えつつも、性格上、なるのかなぁと考えたりするわけで。
「ご実家が北なんですか?」
「私がな。でもわざわざ愚痴を聞きに、北大陸まで来させられるとは思わなかったけどな」
「愚痴?」
「お前のせいだよ!」
ずいっとヘレンに詰め寄るリンナ。
「可愛い孫娘になんて危ないことさせてるんだって、めちゃくちゃ怒られたじゃないか」
何でも魔人事件のことで物申すことがあったようで、大喧嘩してきたとのこと。
まあ下手したら死んでいたわけだから、祖父母が怒るのも納得だ。
「私もガキの頃はやんちゃしてたぞって言ったら、アンタと一緒にするなって言うんだ。ったく……」
初対面でも幼少期がやんちゃだったことがわかる態度と物言い。
リリアの方が確かに落ち着いてる印象はあるけど、やんちゃはしてるから、しっかり遺伝してるんだなぁ。
「それで? ハーメルトにいるはずのお前がどうしてここに?」
「え、えっと……」
今の話からハーメルトの騎士といるということで、否応にでもやんちゃしていることがわかる光景。
さすがに頼んだ側である騎士達、ヴァートやアライスが説明に入る。
「も、申し訳ありません。彼女に同行をお願いしたのは、僕達なんです」
「詳しい事情は話せませぬが、此度の旅路での安全は保障致します」
うーん。安全が保障されてるかなぁ。
ヘレンは視線を逸らしながら思うのは、現在進行形で西大陸に向かっているからだ。
こちらの方が遅れて出発したため、もう西大陸に上陸している頃だろう。
するとリンナはため息を吐きながらも、深追いはせずにいてくれた。
「……わかったわ」
「いや! よくなはぁっ!?」
「あんたは黙ってろ」
とりあえずリリアのお母さん。旦那を殴って止めるのはやめよう。
「まあ可愛い子には旅をさせよと言いますし、ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしく」
「い、いえ。こちらこそ……」
「ほら、リリアも……」
「あ、うん」
リンナに頭を押されて、お辞儀させられそうになるが、
「ん?」
その動きがピタッと止まった。
「ど、どうしたの、ママ?」
「ん〜……?」
ヘレンの顔に近付き、ジッと見る。
マズイマズイマズイマズイッ!!
めちゃくちゃ疑いの眼差しを向けられ、リンナはスンッと鼻を鳴らす。
「お前……リリアじゃないな」
「「「「「!?」」」」」
あー……、そりゃあバレるよね。
「おいおい、可愛い愛娘の顔を忘れたのかい?」
ガルヴァはそう言ってヘレンに抱きつくが、馬鹿にするような表情でガルヴァを見下す。
「お前こそ忘れたのか。確かにリリアそっくりだが、よく見りゃ所々違う」
さすが母親。子供のことは一番良く理解している。
ガルヴァはヘレンをよく見るが、眉間にシワを寄せて考え込む。
どうやらわからないようだ。
「それに匂いが違う。伊達に長年しがみつかれちゃないんだ。リリアじゃない」
ガルヴァも匂いを嗅いでみるが、より眉間にシワを寄せる。
それを聞いたヴァートは、わなわなと震えながら尋ねる。
「えっと……貴女はリリアさん、ですよね?」
「えっと……」
リンナにここまで言われては、誤魔化しも効かないと思ったヘレンは、
「テ、テヘ☆」
舌をペロリ。
「いや、テヘじゃないですよっ!? 貴女、誰ですか!?」
「……確か、建国祭でリリアそっくりの娘がいたって話がなかったか」
「もしかして……ヘレンさんですか!?」
「は、はーい! ヘレンです!」
「「「「「ええええーーっ!!?」」」」」
一同、ある程度驚き叫ぶと、怒涛の質問責めに合う。
「何で言わなかったんですか!?」
「リリアに止められてたから」
「いつ入れ替わってたんですか!?」
「合流する時には既に。劇団の馬車前で入れ替わったの」
「その眼の色は? ま、魔力だって……」
「これはカラーコンタクト。魔力に関してはこれ」
そう言うと私は、目からコンタクトを。首から下げていた魔石を手渡す。
「こ、ここまでの偽装工作に加えて……」
「そっくりで演者であるヘレンさんがリリアさんと言い張れば……」
「気付く人はせいぜい親くらいってこと?」
「まあいくつかボロが出そうになってたから、まだまだだけどね……」
するとアルビオは気付く。
「ちょっと待って。確かにこの人工魔石なら、僕達は魔力の属性を誤魔化せるかもしれませんが……」
アルビオはさらにフィンの言葉を思い出す。
「――フィン! メルリア!」
「おう」
「何です?」
二人はやっと気付いたかと、他人事のような返事で顕現。
「君達、精霊ならこんな人工魔石に惑わされずに、属性を見抜けたよね!?」
「まあな」
「なら何で言わなかったの!? フィン!」
「お前がヘレンにデレデレしてる間に、そいつから口止めされたんだよ。……こうしてな」
指を唇に当てる仕草を取って説明すると、ルイスが不機嫌そうな顔でアルビオに詰め寄る。
「ふーん。ヘレンさんにデレデレですか。私にはそんな態度、取ったことなかったのにーっ!」
あの時かと思い出すアルビオは、ルイスの視線を躱すように逸らす。
「まあ大人慣れはしていても、女性慣れはあまりしていないもので……」
「――私も女性ですがっ!?」
女性扱いされておらず、プンプンと怒っているルイスの傍で、愕然と落ち込む男達がいた。
「……僕、パートナーだったのに気付かなかった」
「……僕、パパなのに気付かなかった」
「……僕、責任者なのに気付かなかった」
そんなヘタレた三人を見ながら、リンナは思う。
(どうしてこう、私達の周りはヘタレばかりかねぇ)
「ちょっと待て! てことは、本物のリリアは……」
「今頃、西大陸……かな?」
掴みかかって凄い剣幕で尋ねたガルヴァはその答えを聞いて、目の前が真っ暗になった。
「西ぃ……」
「リリアの父上殿ぉ!?」
「そ、そんな……」
「ヴァート殿まで倒れないで下さい!」
アライスやアルビオ達がガルヴァとヴァートを介抱する中、リンナが尋ねる。
「西に向かったのか?」
「はい」
「わかってんのか? あそこはリリアにとっての天敵みたいな国だ。下手すりゃ、本当に死ぬぞ」
「わかってます。それでも行きたいと言われ、賛同しました」
「事情は話せるのか?」
「……」
それはちょっとと口籠もり、沈黙していると、質問の仕方を変えた。
「どんな理由で西に向かったんだ?」
「いや、だから……」
「事情じゃねぇ。もっと単純な理由があるだろ? それを訊いてる」
「!」
リンナとヘレンの会話に一同も注目する。
「それは……友達を守るためです」
「……」
「リリア、言ってました。自分は怖いんだって。もしアイシア達に何かあったらって……」
「あの友達も西に?」
「事情は正直、私も聞いただけなので、上手く理解できていないところもありますが、結構深刻な旅なんです」
ヘレンはテテュラがいる馬車をちらりと脇見する。
人を魔石化し、狂気を振るう狂人の元へ向かったのだ。ヘレン自身も本当は心配だし、行かせたくはなかった。
「とても危険な旅に自分一人置いていかれるのは、嫌だと。助けられるなら側にいたいと……向こうへついて行きました」
「……」
「リリアは友達を大切にできる人間です。だから私は送り出しました。お子さんのフリをしたのは謝ります。でも、私はリリアの意思を尊重したい」
ヘレンの真剣な物言いに、リンナも参ったと言わんばかりの表情を浮かべる。
「わかった、わかった。そういうことならしゃーない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ――」
「いや! よくはなはぁっ!?」
「てめえは黙ってろ」
起き上がったガルヴァに容赦なく、今度は蹴り飛ばす。
「あ、あの……」
「あいつは気にするな。心配性なだけだ。それより、理由が世界を救うだの何だのじゃなくて、友達のためなんだろ?」
「は、はい」
「ならいいさ」
「あの、普通逆では?」
そのルイスの問いかけに、
「は? 馬鹿言うな。リリアは英雄でも勇者でもない。私達の娘だ。世界だのは、それこそ勇者様が蘇ったり、大人がする仕事だ。ガキがすることじゃない」
だからリリアの祖父母にも怒鳴られたんだろうがと言う。
「だが戦う理由も行きたい理由も友達のためなら許せる。それはリリアを強くするために必要なことだろ?」
「……!」
確かに世界とか極悪人を止めたりすることも重要ではあるが、何より娘のことを考えれば、そちらの方が重要になる。
何よりも自分の人生を豊かにする友人関係というものはとても大事だ。
自分だけでは乗り越えられないピンチを迎えたら、共に乗り越えていけばいい。
リンナは深い事情は知らないものの、魔人事件を考えれば厄介事に巻き込まれていると予想したのだろう。
だがそれをわかった上で、そんなものより個人的に大切なものを理解して行動できればいいと語ったのだ。
「まあ戻って来たら戻って来たで、一回、しばくけどな」
なんだか殺る気満々で指をゴキゴキと鳴らす。
「やめてぇーっ!? 娘に痣が残るふうっ!?」
「復活が早えーよ」
起き上がりツッコむ度に、殴られたり、蹴られたりして止められるガルヴァ。
「あ、あのリリアのお母さん……?」
「ああっ? 大丈夫だよ。嫁入り前の娘に痣が残るようなことはしねぇよ。だが怒るなってのは無理な相談だ。これだけの人間に迷惑かけてんだ、叱るのが親の役目だ」
そう言うリンナだが、ちょっと困ったように笑い、こうも話す。
「だがまあ、子供は親に迷惑かけるのが当たり前さ。迷惑かけて、やんちゃやって成長していくもんさ……」
「リリアの母上殿……仰る通りですなぁ。さすがはあのリリア殿の母上だ。しっかり育ってらっしゃいますぞ」
アライスは同じ娘を持つ身として、尊敬の言葉を口にするが、リンナはやめてくれと首を横に振った。
「そんな立派なもんじゃねえよ……」
リンナにとって、本物のリリアはどこか遠くに行ってしまった。
自分なりに親としてリリアと向き合っていたはずだったが、かえってプレッシャーになっていたと気付いた頃に目の前にいたのは、別人が中にいる娘だった。
鬼塚との約束もあるが、リンナ自身、本物のリリアを探し出すつもりだ。
そう黄昏るリンナを不思議に思ったが、とにかくリリアは大丈夫であると説明する。
「リリアなら大丈夫ですよ。このカラーコンタクトやこの魔石だって用意したんですから……」
「……ありがとうよ」
リンナは気絶しているガルヴァを無造作に持つ。
「まあ娘が散々迷惑かけるが、仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
ヘレンを含めたみんながリンナを見送る。
リンナはガルヴァを背中に担ぎ、その場を後にした。
「素敵なお母さんだね」
「だねー。リリアちゃん、そっくり」
「……タナカさん? どうかされました?」
お辞儀をして見送ったシドニエは、ふとアルビオの方へ向くと、少し寂しげな表情をしていた。
「えっ? ああ、大丈夫ですよ」
そう言うと、まだ気絶中のヴァートの方へ向かった。
「……」
フィンを含む精霊達はアルビオが何を考えていたのか、理解できる。
「人間の家族ってのは複雑なもんだ……」




