04 置かれた状況
「まあ、かけな」
ハセンに案内されて連れられた部屋に四人は横並びになって座ると、先ずは確認から。
「そこの坊主と嬢ちゃん共……」
「「は、はい!」」
「はひ!」
「てめぇらはあのクルシアとやり合ったで間違いねぇな」
「は、はい!」
事実を尋ねられただけなので、スムーズに答えられた。
するとハセンは難しい顔をした後、話を切り出す。
「てめぇら、情報が欲しいって言ってたな?」
「はい!」
「……そうか。それはてめぇらがやり合ったガキがどれだけヤバイ奴なのかは知ってるのか?」
「そ、それは……」
戦いはしたし、魔力も自分達とは桁違いなのも知っている。
だがいざ知ってるかと聞かれると答えるのが難しい。
言い淀んだシドニエ達に、ハセンは口止めされている情報を提供する。
「あのクルシアってガキは化け物だ。調べれば調べるほど、出てくるもんは真っ黒だ」
「あの子供……そんなに?」
「十くらいの姿だったか? 実年齢は二十四、五のはずだ」
「はあっ!? あんなガキンチョが二十越えてるの!?」
ユニファーニが机を叩いて驚くのも無理はない。見た目だけなら本当に少年だ。
シドニエとミルアも言葉を失い驚く。
「奴は闇属性の魔術師だ。副作用か何かで身体が歳を食わねえんだろうよ。……それでそのガキだが、各地で色々と暗躍してやがる」
人身売買、密輸、詐欺、人殺し、闇組織への加担など、片っ端から手を加えていると説明された。
だがその裏では、行く町々でその無邪気な笑顔で愛想良く友人のように振る舞ったり、小さな人助けをしたりなど陽気な旅人を演じている。
「何と言いますか、表はいい人。裏は悪い人とこれまた典型的な方ですね」
「まあな。だが情報では悪辣さが目立つのに、ブラックリスト入りされてなかったのは、巧妙に表の顔を演じてやがったんだろう……」
クルシアはどちらかと言えば、裏方に進んでいくような存在。
アルビオの足止め役を買って出ていたのは、そういうことだろうと気付く。
「ここだけの話だが、先日の事件と魔人マンドラゴラの事件……暗躍していたのは奴だ」
「「「「!?」」」」
衝撃の真実に、またもや言葉を失う。
「しかもマンドラゴラの事件に関しちゃあ、いい話も聞かない……」
「と言いますと?」
「ちょっと、ルイスちゃん」
さすがに話が大きくなり過ぎてると、ユニファーニは止めようとするが、ルイスは聞く気満々である。
随分と好奇心旺盛なこったと、椅子に深く座る。
「マンドラゴラの事件にゃあ、被害者が出た。ガキが数人殺されてな。その中に向こうの町長の娘さんも被害にあったんだが……。おめぇさんらが通う学校にいた緑の髪の姉ちゃんだ。銀髪のガキと一緒によくいるたぁ、聞いてるぞ」
「ナタルさんのことですか?」
「ガキの名前までは知らねぇが、その一番下の娘が殺されたそうだが、その屋敷になクルシアが寝泊まりしてたんだそうだ」
「そ、それって……」
「殿下の話を聞くあたり、随分と悪趣味みてぇだな。クルシアは魔人を唆かしたと聞く。それをわかっていながら、敢えてその屋敷に行ったんだろうな。しかも町長は心良く泊めたらしい」
つまりは娘を殺した犯人を分からずとはいえ、もてなしたということになる。
想像したシドニエ達は、あまりにも酷いと青ざめた顔をする。
「それと先日の事件だが、犯人はテテュラっていう嬢ちゃんだ」
「はあっ!? あ、あのテテュラさんが犯人!?」
「ああ。ワシが殿下から聞かされたのは、そこまでだが、何でもあれだけの事件を一人で行なったらしい」
「あれだけのゴーストを一人でですか!? でも……」
「あのクルシアって人が加担した……」
「いや、計画自体しか練ってないんだそうだ。実行犯はテテュラっていう嬢ちゃんだ」
シドニエはもしかして、テテュラの身に何かがあったのか、それともハイドラスから処分を受けたことに、ショックを受けて、気持ちに余裕がなかったのではないかと考える。
ミルアはもう何がなんだかと目を回すように、疲れ切った表情。
「よく考えてみろ。あれだけの事件を起こせる人間を探し出し、実行させるほどの野郎がヤバイなんて話……どんな馬鹿でもわかるだろ?」
「……」
ハセンの言う通りだと黙り込む。
そのクルシアと関わってしまったのが、リリアやアルビオなら、少しでも危険にさせないように避けるのも頷ける。
「あの……テテュラさんはどうなって――」
「だから言ったろ? そこまでしか聞いてねぇから、知らねえよ」
ハセンが聞いたのは、クルシアとテテュラの関係性やあの事件の計画内容など。
テテュラが魔石になっている話はされていなかった。
「だがまあ、生きちゃいるだろうさ」
「どうしてです?」
「犯人の偽情報を国民に流してるんだ。死んでるなら、わざわざ嘘情報を流す必要がねぇ。それにワシに犯人を言っておきながら、その女の所在を避けたのはそういうことだろ?」
「そ、そっか……」
ハイドラスがハセンに犯人を喋ったのは、あくまで冒険者達を抑止するため。
冒険者にも色々いるが、正義感の強い者は率先して犯人をあげようとするだろうし、悪どい者なら王家に恩を売るなり、報酬を求めるため動くだろう。
それにクルシアを目の前にしたシドニエにはわかることがある。
あの少年の姿をしたものは、ハセンの話とあの時の態度を照らし合わせると、人を傷つけることなど厭わない人物なのだと考えられる。
「お前さんらが、銀髪の嬢ちゃんと勇者の坊主の情報が欲しい理由はなんだ?」
「そ、それは最近、よそよそしいというか、避けられているような……」
シドニエ達には話さないよう、ハイドラスから言われていたリリア達は変に意識してか、そんな風に捉えられてしまった。
くっだらねえとハセンは吐き捨てると、
「そのテテュラって嬢ちゃんの所在を隠すってこたぁ、ロクなことじゃねえってわかるだろ? それにあの二人は巻き込まれてやがる」
今までの話から自分達の友人はとんでもない状況に置かれていることに、息を呑んだ。
「その情報が欲しいとなりゃあ、それなりの覚悟は必要ってこった。わかるな?」
「は、はひ……」
「で、でもさ、だったらどうして話してくれたんです? あたし達はそのクルシアに会ったけど……こう言っちゃ難だけど瞬殺だったよ」
するとハセンは真剣な表情で答えた。
「てめぇらの命を守るためだ」
「えっ?」
少し矛盾するのではないかと疑問に考える。
こちらは無理を承知で少し避け気味のリリアとアルビオの情報を得ようとしている。あの態度上、多少危険なことも承知している。
実際、クルシアと対峙するようなこともするくらいだ、無茶苦茶もする。
命を守ってくれるつもりなら、話さない方が良いのではないかと考えた。
「てめぇらみたいなケツの青いガキは、命のやり取りってのをロクに知らねえ。奪う恐怖も奪われる恐怖もな。若いもんらに色々教えてやるのが、ワシみたいな老骨の仕事だ。命のやり取りはまだ早えよ」
「じゃあもしかして、バークさんやサニラさんをとめ止めたのは……」
「どうしようもなかったり、本人の意志が固いようなら話は変わるが、不透明なことに命は賭けさせられねえ。最低でも十年は張らせねえな。ワシゃあ、このギルドの頭やってんだ、後世のガキ共は守らにゃな」
魔人の事件やどうしてもやらなきゃいけない時、意外は守ってやりてぇと語るハセンに、シドニエは自分にはない漢気に感激する。
「てめぇらも同じ理由よぉ。若え命は大事にせにゃな」
ハセン自身も思い知っているからこそ、ここまで面倒をみるのだ。
バザガジールに一撃でやられているし、ハイドラスからはクルシアと繋がりがあると訊かされている。
できる限り関わる人間は少ない方がいい。
ハイドラスはともかく、リリアやアルビオに関しては止めてやれないことを悔やむばかりである。
「……あのガキ共は深いところまで行っちまった。だから、それはそれで力になれるならな。で、ワシが今できることは、お前さんらをちょろつかせないことだろうさ」
「な、なるほど……」
「若いと色々と考えちまうだろうが、若いんだから細けえこたぁ気にすんな! ほとぼりが冷めりゃあ、元の関係に戻るさ。ワシから言えるのはここまでよ」
さっきから無言でふんふんと興味津々で話を聞くルイスには一応、念を押す。
「いいか嬢ちゃん。細けえことは気にするなとは言ったが、若さたる勢いでやれってことじゃあねえぞ。それをワシは止めてるんだ。わかるな?」
「はい!」
興奮冷めやまないと言った表情に本当かよと疑問に考えるが、信用しようとこの場ではこれ以上言わなかった。
「つーわけだ、このことは内密に頼むぞ」
「はいはーい! 質問!」
「……何だ? 桃色の嬢ちゃん」
「ギルドはもう少し情報を持ってないんですか?」
「……嬢ちゃん。人の話を聞いてたか?」
「はい! 聞いてましたが、気になるもので……」
好奇心には勝てないと堂々たる振る舞いに、人の話を訊いていない怒りを通り越して、呆れたハセン。
「もう少しあるが、話せねえよ」
「なるほど……ありがとうございます! 貴重なお話、感謝致します。それでは!」
ルイスは足早に応接室を後にした。
「おい、坊主ども」
「は、はい」
「あの嬢ちゃんは絶対、人の忠告を聞いちゃねえ。ちゃんと手綱握っときな」
「は、はい……」
シドニエは不安そうに出て行った扉を見た。そして――、
「アルビオさん達の情報を探りましょう!」
(((やっぱり……)))
ギルドからの帰り道、興奮気味のルイスが息巻きながらそう宣言する。
「あの! 人の話聞いてました? ギルドマスターさんは関わらない方がいいって忠告してたの! リリアちゃん達だってわざわざそうしてくれてるのに……」
「は? 私はそんなことを頼んでなどいません。それにあのお爺様は心配性なのです! よく言うじゃありませんか。苦労は買ってでもしろと!」
「いや、苦労と命を一緒にしちゃダメな気がするよ」
人生の先輩、特に若い人はご老人のお話を聞かないなんてよくある話。
大丈夫大丈夫という若気のノリがルイスにはあった。
「それにリリアさんやアルビオさんだけではありません。おそらく、アイシアさんやリュッカさんだってその危険に飛び込んでいるはずです」
リリアと一緒にいる二人は勿論、先日の事件を想定すれば、我が学園生がクルシアと関わっているのは必至。
「なのに我々が手をこまねく理由はありません! もとい……リュッカさんにアルビオさんはあげません」
(((結局そこかぁーっ!!)))
「シドニエさんだって事が起きてからでは意味がありませんよ! 事が起こる前に行動せねば!」
「事……」
「そう、リリアさんがどことも知らぬイケメンに心奪われる前に!!」
「――っ!! い、いや、でも……」
ハセンの忠告とリリアを天秤にかけられ、頭の中が再びパニック状態になるシドニエ。
すると、ルイスに肩を叩かれ、
「男、見せようぜ!」
グットポーズにウインクで、決めて来いと説得する。
「お、漢っ!!」
シドニエは考えた。
自分に足りないのは、もっぱら度胸であると。ハセンのような漢気ある人物になるには、死戦の一つや二つ、くぐり抜けられなければならないと。
「そうだね。僕、漢になるよ!」
「よし!」
「いや! よしじゃないから!?」
説得させられてしまったシドニエも変なやる気に酔ってしまったのか、聞く耳を持たなくなってしまった。
ミルアはユニファーニと説得しようとする。
「ユファ、あの二人を止めよう。……ユファ?」
ユニファーニは澄ました顔で気分が上がっている二人を見つめている。
そして――、
「まあ戦争とかでもあるまいし、面白そうだからもう少し様子みようよ」
「――ユファちゃんまで!?」
明らかに楽しそうな笑みを浮かべたユニファーニを見て、様子見だけでは済まなさそうだと、心のどこかで諦めたミルアであった。
***
「――というわけです!」
「どういうわけですか……」
「どういうわけなんだぁ……」
ある程度のいきさつを省略して説明したルイスに、アルビオは呆れ果て、ヴァートは両手で顔を隠し、絶望した声をあげる。
ヘレンは大胆に行動する娘だなと苦笑いを浮かべるも内心では、もっと行動的なのもいるけどと考えた。
「何というか積極性のある奴だな、ルイス」
「ああ、フィンさん!」
「俺はこういう女は嫌いじゃねえけどな」
「勘弁してよ、フィン……」
アルビオは何かと積極的なルイスは頭を抱えるほど苦手な部類である。
「それでどうします? ヴァート殿。王都まで引き返しますか?」
「えっ!? それは困ります! せっかく命懸けで付いてきたのに!」
ビシッと木箱を指差し、説得するが、
「自業自得です」
「ガビーン!?」
フォローしてくれるはずだろうと思っていたアルビオからのまさかのツッコミ。
「ご、ごめんなさい、リリアさん。よく冷静になって考えると、浅はかな考えでした。でも、決して邪魔するために来たわけでは……」
「う、うん。シドの気持ちは良くわかったから、泣かないで……」
半泣き状態のシドニエに、優しく声をかけるヘレン。
ユニファーニは少し違和感を感じる。
「……あの――」
「何を言ってるんです? シドニエさん! ここまで来たからには、何としても同行し、お二人の力になりましょう!」
ルイスの勢いが止まらない。
ここで押さなければ同行は難しいと、本能的に感じているのだろう。
「で、でも……」
「でもじゃありません! 男に……なるんでしょ?」
シドニエはハセンを思い浮かべると涙を拭い、ルイスの手を取った。
「はい!」
「おーい、あんたらちょっとは勢いを殺そう? な?」
さすがに空気を読もうとユニファーニは、何気なーく止める。
「……シドニエさんまで彼女の口車に乗ったんですか?」
「す、すみません……」
引っ込み思案なシドニエがいる理由を今のやり取りで察したアルビオはため息が止まらない。
「それで? 結局どうするの?」
「ヴァートさん達の判断次第かな? 僕達の一存じゃ決められないし……」
「えっ!? 一緒に行きましょうよ! お役に立ちます!」
「あのですね。僕達が今からどこに向かうか知ってるんですか?」
「「知らない」」
「「知りません……」」
私とアルビオはもう呆れて物も言えませんでした。
ルイス達は騎士達の遠征の話を聞き付け、これは何かあるという直感で乗り込んだ。
中々良い勘してるよ。
「私達はね、北大陸に向かうの。そこである人の治療を行うためにね」
「北大陸に治療ですか。まあ色んな技術が発達しているお国と聞きますし……」
「あれ? じゃあ……」
「うん。防寒具はいるかな?」
今から向かう最終目的地は地底都市だが、行くまでの道は雪が降り続ける極寒の地。
寒さに耐性がある水属性持ちでも、降り積もる雪の中を行くなら防寒具は必要だろう。
「えっと……」
ちらっと馬車を見る四人の思うことは想定できる。
「四人分の防寒具はないかな?」
「ガビーン! それは困ります! 何故、言ってくれなかったんですか!?」
「――貴女達を連れて行く想定ではなかったからです!」
ルイスのまさかの言葉に、思わずツッコミを入れるアルビオ。
だが、ここで思わぬ人が割り込む。
「まあ問題はないのでは? いざとなればわたくしが補助魔法をかけますよ」
「メルリア。余計なことを言わなくていいよ」
「いいじゃありませんか。彼女らの旅は楽しくなりそうです」
確かに先程まで深刻な話ばかりで、鬱屈な気分の旅路だ。
この四人がいれば賑やかになるだろう。
精霊達も気を遣ってのことだろうが、アライスやヴァート達の口論は続いた。
その結果――、
「……連れて行くことにします」
「やったあーっ!!」
「えっと、何でですか、ヴァートさん?」
「やや、まあ引き返すにも距離がありますし、時間をかけるのもテテュラ殿は勿論、皆にストレスを与えるものと考え、一緒に来てもらった方がいいでしょうという結論に至ったのだ」
アライスが説明してくれた。
「ま、いいんじゃねえの。どうせでっかい爆弾は残ってるわけだし……」
「そうですね」
顕現したフィンに同意見だと、クスクス笑うメルリア。
「爆弾って何の話?」
「さあな」
そう言うとフィンとメルリアはふっと消えた。
「フィンが僕に隠し事なんて珍しいな」
その爆弾って私のことだね。
休む前にどっと疲れがのしかかったところで、ヴァート達は野営テントへと向かった。
私達はとりあえずこの四人に事情を知ってもらおうと、先に小屋へと運び出したテテュラさんの元へ向かった。
「「「……」」」
「おお……」
「……何で彼女達が?」
「今から事情を説明します……」
アルビオと私は四人とテテュラさんに説明した。
「何だか複雑な事情なんですね」
「だから極秘裏にやっていたのですよ」
「な、何だか申し訳なくなってきたよ」
「い、今更!?」
ルイスは他人事のように受け止めたが、ユニファーニはやっと反省の色が出てきた模様。
だがテテュラ自身は特に怒ることもなく、むしろ楽しそうに微笑む。
「まあ私はいいわ。賑やかな方が楽しいし。それに、ワンクッション入った方がね」
そう言うテテュラはヘレンに視線を向けた。
「はは……」
「?」
精霊さんといい、テテュラさんといい、遊んでるなぁ。
当の本人は結構な場所に向かってるんだけど。
「それにしてもここまで追いかけに来たのね」
「当然です! 愛の力は偉大なのですよ」
「……」
アルビオはルイスが好意を向けているかのとは知っているが、他の娘のように憧れるだけのものだろうから、自然消滅するものと考えていた。
だからここまで行動的にされると、呆れる部分もあるが、動揺もまたしている。
「あの、ルイスさん?」
「はい?」
「僕を慕ってくれるのは有り難いことだけど、ハッキリ言いますと、一時のパートナー関係だったに過ぎません。僕からすればお友達なんですよ、貴女は……」
はっきりと少しキツイ言い方をしたアルビオに、思わず一同も驚く。
入学当初の彼なら、女性の好意をすっぱりとお断りするなんてことはなかっただろう。
だが今回の場合は、関わっていることが深刻なところに、勝手についてきたのだ。
アルビオなりに突き放すべきと考えたのだろう。
それに個人的には、やはりリュッカの方が気になるわけで。
「はい。そんなことわかってます」
「!」
「そんな簡単なことだとは思っていませんよ。人の心は複雑なものです。それに恋というのは育むもの。すぐにどうこうしろなんて言いません。私が勝手にやっていることです」
「で、ですがその勝手で……」
「そんな勝手で貴方に印象的に持ってもらえるなら本望ですよ」
アルビオは話が通じなさそうだと、困った表情を浮かべる。
「私はですね、貴方に人生を変えられたんですよ」
「えっ?」
「魔法一つも使えずに、落ち込んでいた私の希望となってくれたのです。そしてパラディオン・デュオで貴方を知るうちに好きになったんです」
そのルイスの言葉には、アルビオにも覚えがあった。
自分も塞ぎ込んでいた時、リュッカが相談に乗ってくれたから、前に進むことができた。
自分のせいでリュッカを危険な目に遭わせてしまったこともあってか、気に留めるようになっていた自分がいる。
彼女もまた、そんな気持ちだったのだろう。
「私は有象無象の貴族令嬢や噂好きの女子連中と一緒にしないで下さい。肩書きだけで見られていると思わないことです」
「……!」
以前はハイドラスやハーディス、ウィルク、精霊達だけだったが、今ではリュッカを始め、色んな人達に『自分』を見てもらえている。
まだまだ勇者の末裔という肩書きで見る人間は多いが、それでも心許せる存在が増えたことで、ゆとりが出来たように考える。
「はあ、わかりましたよ。……ありがとうございます」
「おっ! 惚れましたか?」
「今すぐではないんじゃなかったの?」
「それでも早いに越したことはありません! 一目惚れなんてこともありますし……」
するとテテュラも恋愛話に割って入る。
「彼女の気持ちもわかるわ。彼のためならってのはね」
「へえー、テテュラさんにも好きな人がいたんだ! 教えて! 教えて!」
「ちょっと、ユファ」
「貴女達をボコボコにした男よ」
ユニファーニとミルアはポカンとし記憶を辿ると、水色髪の少年に行き着いた。
「えっ!? クルシア!?」
「そうよ。ここにいるってことは、ある程度は事情も知っているのでしょう?」
「はい。テテュラさんとクルシアさんでしたっけ? 召喚テロ事件の犯人だとか」
「そうよ。私を助けてくれたのは、彼だけだったから……」
助けてくれたという部分については、訊かないことにしたルイス達。
何せ惚れた相手がテロの加担者だ、テテュラの事情も暗いものだとわかる。
「悪い男に引っかかったんだね……」
「それ、リリア達にも言われたわ。でも、惚れてしまえば一途なのよ。基本、女は……」
「わかります! わかりますよ!」
ルイスはテテュラに同情すると手を取るが、
「私の身体、普通じゃないから触れるのはやめてね」
「ああっ!? これは失礼」
パッとすぐ様、手を離した。
恋愛感情をあまり持たなかったヘレンは、役者目線で参考になるとその話を聞いていた。
「ま、恋愛感なんて人それぞれでしょ? あたしは当分観てるだけでいいや」
「えっと、ユファらしいね」
ユニファーニはそっとそう言うシドニエに近付く。
「とりあえずはあんたのを見守らせてもらうさ」
「なっ!? いいんだよ! 僕のことは!」
「……」
「どうかされました?」
ボーっとシドニエ達を見るミルアに、アルビオは話かけると、小さな悲鳴をあげる。
「ひゃい!? な、何でも……」
「そう?」
「そろそろ休もうよ。明日も早いしさ」
私はそう提案すると、男性陣は小屋を後にした。
――その夜、皆が寝静まる中、ミルアは中々寝付けないでいた。
窓から漏れ出る月明かりをボーっと見ていると、
「眠れないの?」
「――ひゃい!?」
夜中ということもあって、一応声を潜めた悲鳴をあげると、クスッと微笑むテテュラがいた。
「テ、テテュラさんでしたか。テテュラさんも眠れないので?」
「そうね。こんな身体になってから、睡眠をそもそも取ってないわ」
「! ご、ごめんなさい。気が利かなくて……」
「気を遣わなくていいわ。これは自業自得だもの」
皆を起こさないように、こしょこしょ話をする。
「自業自得?」
「そうよ。貴女達の国を貶めようとした罰ね。あとは彼のことかしらね……」
その黄昏た物言いからは後悔が滲み出ているように聞こえた。
「今でも好きなんですか?」
「さすがに男としてどうとは考えなくなったわ。でも、助けられたのは事実だから、尊敬と感謝はしてるわ」
あくまで自分の至らなさが原因なのだと語るテテュラに、凄いと感じつつ、情けなくなってくるミルア。
「凄いですね。私はそんな想いをしたことがないから……」
「まあ私の場合は人生が中々ハードだったしね」
ミルアの表情は、寂しくも羨ましそうな感じだったためか、テテュラは答えを合わせるように尋ねる。
「ルイスさんや私の話を聞いて思うことがあったの?」
「な、何でわかったんです!?」
「なんとなく」
するとミルアはポツリポツリと語り始める。
「私、恋愛ってよくわからないんです。でも、想う人はいるんだけど、ルイスさんみたいに素直にはなれなくて……」
「シドニエ君のこと?」
ミルアは何でわかったのと驚いた表情を見せながら、真っ赤になる。
「わかるわよ。ユニファーニさんに絡んでる彼を見て、羨ましそうだったもの」
「そ、そんなことはないですけど……でも、そうです。シド君のことが好き……」
「何故だか訊いてもいい?」
こくりと赤面しながら頷くと熱を冷ますためか、窓へと近付く。
「シド君はさ、昔から頑張り屋さんで、でもどこか臆病で自分に自信が持てなくて。でも、それでも変わろうとする彼を見て、励まされてる自分がいるの……」
「そんな彼を放っておけないのね」
ミルアの母性本能がどこかで刺さったのだろう。
「それでも幼馴染って関係で満足してたのに……」
「リリアが現れた……」
「今のシド君は、彼女のために頑張りたいって思ってる。きっと……」
まあ誰が見てもわかる態度だったとテテュラも考えた。
「取られたくない……ふふっ、少し怖いわね」
「そ、そんなつもりじゃ……」
わかってるわよと冗談混じりに微笑むと、自分なりのアドバイスをする。
「貴女の幼馴染も言ってたでしょ? 恋愛のやり方なんて人それぞれよ。貴女は貴女のペースでやればいいのよ。周りの影響もあって焦ったり、流されたりするでしょうが、その気持ちを大切にするといいわ」
「は、はい。何だかテテュラさんのこと、誤解してました」
「?」
「ちょっと怖い人なのかなって思ってたから……」
学園でのテテュラは、クールで近寄り難い印象が強い生徒が多かった。
「余裕がなかっただけよ。本当は私、すごく弱いのよ。……誰かに縋らないといけないくらいね」
「……」
それにはどこか納得できる自分がいた。
テテュラの魔石化した姿とクルシアを好きだったということから、十分推測できた。
「でもアイシア達のおかげで少し、変われた気がするわ。……感謝してる」
「そうですか……」
ミルア自身はあの展望広場で起きた具体的な内容は上手く知らないが、あの駆けつけていたリリア達に助けられたのだろうと考えた。
「テテュラさん、ありがとうございます。少しスッキリしました」
「そう。眠れそう?」
「はい。でも寂しくなったら起こしてくれてもいいですよ」
「そうね。ありがとう」
ミルアとテテュラにとって、少し素敵な夜を過ごしたという。




