33 旅立ちの準備
日が完全に落ちた青白い月が麓の町を照らす夜、リリアの部屋から話し声が聞こえる。
「えっと……これとこれと、後はこれ。ほら鞄に入れて」
「は、はい……」
食事を済ませ、お風呂を済ませ、歯を磨き、母親と一緒に旅の準備を進める。
ちなみに人間というのは二度目以降は少しずつ緩和されるもので、お風呂も何とかのぼせずに入れた。それでもふらふらだったが。
「まったく……昼間どこで何してたか知らないけど、こんなギリギリで準備させられるなんて……」
「ご、ごめんなさい……」
申し訳ない気持ちで恐縮する。自分の母親ならともかく、他人の母親に迷惑をかけるのは気が引ける。
でも、修学旅行の準備とか母さんに手伝ってもらった時もこんな感じだったか。
そんな事を考え、物思いにふけているとボスンっと数枚のタオルを目の前に置かれる。
「ほら! ボーッとしてないで!」
「は、はい!」
でも、俺の母さんはこんなにキビキビはしてなかったなぁ。だが、どこの母親もそうなのだろうか、このような支度もささっと要領良くこなしていく。
「服は動きやすい物がいいわよね。下着はこれだけあればいいかな」
男の俺からすれば適当でいいんじゃね、で片付けてしまいそう。
そうこうしている内に準備が殆ど終わっていた。
「まぁ、こんなもんね。ちゃんと入った?」
「うん。まぁ何とか……」
アタッシュケースのような革の鞄にぎゅっぎゅうに詰め込み、両手で力尽く押して入れる。
「ああっ! そんなんじゃダメだ! 貸しなさい!」
そう言うと中身を取り出し、手際よく鞄に入っていたものを綺麗に収納していく。同じ物が入っていたようには思えなかった。
「ホント、世話がかかるわね……」
鞄は綺麗に閉じられた。さっきのようにパンパンでは無い。母親って凄いと思っていると、その横顔は少し寂しそうだった。
「ママ……?」
気を使うようにそっと話しかけた。するとこちらを優しい目で見てきた。
「はは……ごめんごめん。いざってなるとまあ、やっぱり寂しいもんだよ」
ぽんぽんと頭を軽く叩いた。心配掛けまいとする振る舞いだろうか。
だが、俺は罪悪感が否めない。この母親にとっての大事な一人娘の旅立ち――その中身が別人だなんて、中々酷な話だ。
「でも、私が勧めた道だ。リリアはきっといい魔法使いになって、きっとやりたい事も見つかる筈さ……」
だからこそ俺は『リリア・オルヴェール』として生きていこうと考えたのだ。
まぁ、ボロが出る前に家から出れて良かったと思っている自分もいるが。
「最高に手がかかったけど、私にとって最高の娘さ……頑張ってこいよ!」
「う、うん。ありがとう」
良心がキシキシと痛む中、ぎこちない笑顔でそう答えた。




