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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6.5章 地底都市アンバーガーデン 〜ヘレンと愉快な仲間達と極寒の地と地底の神秘
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02 困難な道

 

「ヴァート殿」


「な、何ですか?」


 タイオニア大森林を疾走しながらの何気ない会話。


 アライスとヴァートは同じハーメルトに所属する者とはいえ、部署違いなせいか基本的にはあまり接点がない。


 特にヴァートは引きこもり気質なので、アライスのような人物への耐性もあまりないのが実情。


 真剣な眼差しで呼びかけられたのだ、変に身構えて緊張していると、


「テテュラ殿の容体について、訊いておきたい」


「!」


「一応殿下からは説明を受けたが、いやどうも理解が難しい」


 少し照れ臭そうに情けないと話すが、その内に秘めた想いは真面目そのもの。


「我が娘と同じ歳の娘があんな姿だと、やはり大人が何とかしてあげたいじゃないですか」


「まあそうですよね。……不甲斐なくて申し訳ない」


「いやいや、誤解しないで欲しい。決してヴァート殿を責めているわけではない。むしろ尊敬している」


 尊敬という言葉に身に覚えがないと、手綱(たずな)を握りながら首を傾げる。


「ヴァート殿は、私では到底なし得ないことをなされているではないか。ヴァート殿は不甲斐なくなどありません」


「そ、そんなことはありません。僕はまだまだですので……」


「ふーむ、謙虚ですなぁ……」


 その姿勢こそが、ヴァートの持ち味なのだろうかと考えるが、やはり些か謙虚に過ぎると結論付いたが、おどおどした様子を見るに、この話は平行線になりそうなので、本来の話に戻す。


「失礼したな。では早速だが、テテュラ殿のことについて、わかりやすく説明してもらえると嬉しい」


「わかりやすくですか。そうですね……魔石の基本知識は大丈夫でしょうか?」


「うむ! 問題ない……」


 アライスも幼少期は色んな勉強をさせられた。


 今となってはその勉学を活かす機会は立場上、中々無くなったが知識はある。


「はず!」


「そ、そうですか……。予習がてらお話を進めていきましょう。先ず、魔石とはどのようにして出来るかはご存知ですよね?」


「うむ。魔力が濃縮された物であろう」


「もっと具体的に解りますか?」


「むむ……」


 アライスは学んだであろう幼き日の知識を何とか絞り出そうとする。


 眉間にシワを寄せて少々唸ると、自信がないのか確認しながら答えた。


「確か……魔力の濃度が濃くなり、濃縮された魔力の……漏れ出した魔力が結晶化し、散り積もった結晶が硬質化し……魔石になるのではなかったか!?」


「はい、正解です。もっと結晶化する方法はあるのですが、基本はアライスさんが仰った通りです」


「ほう。他にも魔石化する方法が?」


「はい。魔物が保有する魔石がそうです。負の感情や歪みに魔力が反応し、結晶化する現象だったり、魔力回路の巡りによる摩擦から魔石化するなど、様々な方法で魔石というものはできます」


「ほー……」


「前者は魔物、後者は基本的には迷宮(ダンジョン)や魔力脈付近から採掘されるものです。今から向かう北大陸はその魔力脈が肉眼で確認できるほどの地底で生活してます。北大陸の魔石が上質なのはそれが理由なんです」


「つ、つまりは魔力脈近くで採掘される魔石は魔力の流れを直接加えられるが故に、質が良いと?」


「はい」


 こうやって改めて説明されると、任務で迷宮(ダンジョン)からボコッと出てくる魔石にも感心が湧く。


 採掘ではなく、外に頭が出た魔石は成長し過ぎて、外気の魔物が喰らう、質の悪い魔力を巡らせてしまうから、劣化するのだと理解した。


「だから採掘師や北大陸の魔石が重宝されるわけか……」


「はい。理解が早くて助かります。それで本題なのですが、テテュラさんの魔石化について……」


「そうだな。そのどれかには当てはまるのであろう?」


「はい。該当するのはおそらく、魔物の魔石化と摩擦による魔石化かと……」


「先程のものが二つとも該当すると?」


「はい……。テテュラさんのお話を聞くに、両方が該当するかと……」


 ヴァートはテテュラを調べることから、彼女の個人的な情報もある程度、把握している。


 家族や使用人から拷問を受けて育ったことや、クルシアに裏切られたこと。


 ヴァートの落ち込んだ表情を見て、そこを訊くのは野暮であると空気を読んだアライスは、疑問を投げかける。


「魔石化する成り立ちが分かれば、戻し方もわかるものではないのか?」


「……ではお訊きしますが、魔石を魔力化できますか?」


「それは簡単だろう。魔力を込めて魔法の発動に……」


「それは魔力化ではなく、魔法として魔力を消費したに過ぎません。魔石を空気中に散漫する魔力と同じものに出来るかと尋ねているのです」


「むむ。そ、そうか……」


 アライスのように勘違いをしている人間は多い。


 魔石は使用すれば砕け散るか、空気中に消えるような現象が起きるが、あくまで内包された魔力が無くなった影響から結晶化、硬質化出来なくなってそうなるだけである。


 ヴァートが尋ねたのは、その結晶化した魔石を氷でも溶かすように魔力に戻すことは可能なのかを尋ねたのだ。


「テテュラさんは身体の八割から九割が魔石です。人型の身体でいられるのは体内に魔力が巡っているのと、リリアさんのインフェルノ・デーモンが維持を続けているからです。それを考えれば、リリアさんの対策は的確だったと言えるでしょう……」


「魔石化の維持は魔力を枯渇(こかつ)させぬこと。確かに……」


「だからこそ人の身に戻すというのは極めて困難な問題なんです。ティナンさんとも何度も議論しましたが、結論には至っていません……」


 そういえば、目の下に大きなくまを作って、倒れていたと先日、ちょっとした騒ぎになっていたなと、ヴァート達の苦労を偲ぶ。


「問題点は山積みなんです。魔石化を解くのではなく、魔石として結晶化、硬質化した部分を魔力として返しつつ、人間の細胞に戻し、身体を維持するというのは困難なのです」


「魔石化した部分を簡単に人間の細胞に戻せれば良いのだろうが……」


「無理です。人に限らず生きている者には魔力が宿ります。魔力がある限り、結晶化した部分が戻ることは、僕達の知識と技術では……」


「しかし、テテュラ殿から魔力を抜けば……」


(ちり)となって消えるでしょう……」


「むむむ……」


 結晶化を何とかしようとするなら、テテュラは消えるし、人間の細胞に戻そうにも魔力が邪魔をして魔石化となった部分はびくともしない。


 それにそもそもの問題で、変質した細胞が人間のものに戻るということすら、不透明である。


 ティナンはこのあたりも非常に悩んでいたよう。


「そういえばティナン殿は……?」


「彼女は治癒魔法術師であり、その師団長です。国が大変な時に離れられません」


 アライスやヴァートであれば仕事上、代わりが務まる者はいるが、人の生命に関わる彼女がさすがに離れるわけにはいかなかった。


「なるほど。ヴァート殿の側近の方々がいないのはそういうことですか……」


「そうなんですよ! そりゃあ僕がいなくたって大丈夫ですよ。やっていることは人工魔石の開発や研究、土地の改正など地味なものばかり。最近はテテュラさんの調査で放置されようが、問題なく仕事は進んでいますからね。優秀な部下に恵まれ、僕は幸せ者ですよ。その優秀なニルスやファーメルが責任者になって来てくれれば問題なかったのに……。僕が責任者なんて、僕みたいな根暗でポンコツで――」


 変なスイッチが入ってしまったと、止めるタイミングを見失ったアライスは、馬車に乗る部下にこの状態を伝えると、


「いつものことなんで、放っておいて大丈夫です」


 慣れたことだと言い放った。


 ダークサイドに陥ったヴァートを横目に、これだけの知識や考えが浮かぶ彼でも極めて困難な問題に、自分にできることは、


(せめて無事に届けてやることくらいか……)


 後ろからついてくる馬車を見ながら、自分の不甲斐なさに影を落とすのであった。


 ***


 一方でこちらもその魔石化のことについて尋ねていた。


「――うーん。難しい問題なんだね」


「魔石化を解除したければ、魔力を枯渇(こかつ)させればいいけど、その時は消滅するし、そもそも人の身体に戻すこと自体難しいと……」


「ええ。ヴァートさんやティナンさんは口々にそう言ってたわ」


 ヘレンは青白い透明感のあるテテュラを見て、より困難であるのだと実感する。


 魔石化と口にするのは簡単だが、それを治すことは本当に困難であるのだと。


 通常の病魔のように、適切な治癒魔法や薬があるわけではない。


 細胞の変質――そもそもジャンルがないのだ。半人間、半魔石なんて種族が。


 治療法なんて、それこそ未知数である。


「ねえ、みんなはどうなの?」


 アルビオは精霊達にも問うが、全員難しい顔をする。


「俺達にも前代未聞な現象だからな」


「精霊の結晶化ならありますが、人間のように個体が魔石化するというのは、前例がありません」


「えっ? 精霊が魔石化するの?」


「馬鹿か、アル? 俺達はほとんどが魔力で出来てる。その化身だぞ? そういう現象は起こりうる」


「そ、そうなんだ……」


 精霊達との会話は一切聞こえていないヘレンとテテュラは、その精霊の魔石化について尋ねる。


「精霊さ……精霊って魔石になるの?」


「それってヒントにならないの?」


「どうなの?」


 アルビオが尋ねると、ルインが顕現(けんげん)して解説。


「精霊の魔石化というのも稀なのです。精霊も魔物と同様、この世界の魔力の循環に貢献しています。その過程で、ごくまれに魔石化するのですが……」


「俺達、精霊は人間みてぇにややこしいことは考えねぇ。理屈は知らねぇよ」


 フィンもポンと出てきて、そう言い放った。


 精霊達はあくまで自然現象的な感じで捉えているようで、詳しい概要を調べようとは考えなかったらしい。


「そっか……」


「そう考えると、いくらヴァートさん達でもお手上げになるよね」


「そうみたいね」


 テテュラは二人がやつれていくのを間近で見ていたから、良く理解ができた。


 あそこまでいくと、申し訳ないと罪悪感が湧く。


「だから北大陸か……」


「ええ。北大陸ならヴァートさんより知識と技量のある人達がいるらしいの。元々彼は北大陸でも勉強してたそうよ」


伝手(つて)があるんですね……」


「と言っても本人は行きたくないと、殿下に泣きついてたけど……」


 過去、何があったかは問うまいと、苦笑いのヘレンとアルビオ。


「ねえ、なら貴女をこんな風にしたクルシアならどう?」


「確かに……。テテュラさんはその人工魔石を作ったドクターという方をご存知なのですよね? 何か訊いていたりは……」


「残念だけど。クルシアはともかく、ドクターは基本、自分の研究をひけらかしたりはしないのよ。あくまで相手に求めることを説明するくらいね」


 魔石をつけた際の痛みや感覚、定期的な身体検査などを強要されたと説明。


 特に何かが起こるとは説明がなかったという。


「そっか……」


「ただ、私のような事例がほとんど無かったのは本当よ。ほとんどは死んでいるか、魔物になったそうよ……」


「死か魔物……」


「ええ……」


 改めてとんでもない問題に首を突っ込んでいるのだと自覚すると同時に、リリアのことが益々心配になってくる。


「貴方は知ってるでしょ? マンドラゴラの魔石を奪ったゴブリン」


「あ、ああ……はい。あの変異種が何か?」


 出目金のような丸く飛び出た目玉に、手入れのされていない金髪ロングの腕長ゴブリン。


「あれは元エルフよ」


「「!?」」


「南大陸から取り寄せたエルフにゴブリンの魔石を凝縮したものを体内に取り込んで量産兵に仕立て上げたゴブリンなのよ、あれ」


 衝撃の真実に思わず言葉を失うアルビオとヘレン。


 特にアルビオはそれを目視している。


 あれがエルフなのだとは、とても信じられなかった。


「どうして……そんな……」


「聞いたでしょ? 南大陸には魔物の研究家アミダエル・ガルシェイルがいる。彼女の噂は……組織内でも良くなかったわ」


 テテュラは会ったことはないが、クルシアから所々事情を訊いていた。


 その量産兵を亜人種に向けての進撃に使っていたりするとのことだ。


「ひ、酷い……」


「そう、だね」


「だからそんな量産品より私は貴重なサンプル品。喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


「だ、だったら今頃……」


「そうね。彼のゴーレムが襲ってきててもおかしくないはずなのだけど、クルシアから止められてるんでしょうね」


 会う機会が少なかったとはいえ、テテュラ自身、奇人の集まりだということは重々理解している。


 ドクターの性格上、自分の好奇心や探究心を満たすためなら、どれだけ非道なことでも平然とやってのける印象はあった。


「クルシアから止められる理由って?」


「さあ? 他にやることがあったんじゃないかしら」


 正直、嫌な予感しかしないのが実情である。


 魔人の魔石の適合者に興味が湧いたのか、クルシアに別のことを任されたのか、それともクルシアの気まぐれで止められたのか。


 何にせよ、テテュラからすればドクターの手にかからないのは、有り難い話である。


 こちらの学者や魔術師の方が適切な配慮をしてくれる。


「でもそのドクターって人。エルフをゴブリンに変えるなんて……」


「まあ、あのドクターのことだから、エルフに限った話では無いと思うけど……」


 ドクターの部屋に行った際に、嫌な気配のする部屋の扉を思い出す。


 平然と話す二人の間から見えた扉はポツリとそこに佇んでいるように見えた。


 至って普通の扉だったのだが直感だろうか、覗いてはいけない雰囲気があったことをふと振り返る。


 それはドクターのやっていたことや自分に半魔物化する魔石をつけたことを知っているが故に、襲った悪寒であった。


「そのドクターって人も、アミダエルって人もどうかしてるよ! 人を何だと思ってるんだか……」


「道具でしょうね」


「ど、道具……」


 すんなりと結論を語るテテュラの言葉に、それ以上の言葉は出なかった。


「ドクターは魔石に関するありとあらゆることを追求したいそうよ。そこに良識はないわ。だけどアミダエルって人はもっとイカれてるみたいよ」


「え?」


「クルシア曰く、人の進化という名目の化け物作りだそうよ。こちらは常識がないそうよ」


 狂気を孕んだ研究者は常人では理解できない考えを持っているのだと、テテュラは話す。


 テテュラ自身もクルシアの又聞きとはいえ、常識の欠落には納得している。


「でもその二人が組んでいるとなると……」


 アルビオが深刻な顔で危機感を感じているが、


「それは大丈夫よ」


「え?」


 テテュラはあっさりと否定する。


「あの二人は反りが合わないと、口々に言っていたわ。あくまで互いに利用し合っているくらいの関係みたいよ」


「そ、そうですか」


「えっと、アミダエルって人が亜人種を提供し、ドクターの実験の際に生み出された副産物をアミダエルの部下にしてるってところ?」


「……詳しくは知らないけど、まあそんなところよ」


 話が脱線したと、アルビオが修正する。


「少し話が逸れましたが、ドクターのような魔石の知識があれば、テテュラさんは元に戻る……」


「話は逸れてないわよ」


「どういうこと?」


「さっきも話したけど、魔石化と人間の細胞に戻す話は別々の問題なの、本来は。ただ、その現象が私の身体に同時に起きている以上、その二人のような知識が集まらなければならないのよ」


「そっか! 魔法学と生物学は下手だもんね」


 テテュラは唯一動ける頭でこくりと頷いた。


 つまりテテュラの身体を元の人間に戻すには、ドクターのような魔石知識と、アミダエルのような生物学に精通しなければならない。


 この二つの用途を理解しなければならないのだ。


「うーん……」


「こういう時、リリアさんみたいにオリジナル魔法でも思いつけばなぁ」


「えっ?」


「だってこの世界の魔法は、ある程度は想像で効果や形状を作ることが可能なんだよ。テテュラさんを元に戻す魔法……オリジナルで思いつけば、何か……」


 アルビオはぶつぶつと悩み始めるが、


「治癒魔法のオリジナルなら確かに貴方なら可能でしょうが、再生と構築は別だということ……わかってます?」


 その質問にアルビオはキョトンとした表情。


「私の症状は再生治療で行えるものではないわ。人間の細胞を侵食され、魔石へと構築されたのだから……」


「な、なるほど……」


「わかった?」


 だからヴァートとティナンが頭を抱え、降参だと白旗を振ったのだ。


「な、なんだか想像以上に深刻な問題だね」


「……正直な話をすると、元に戻らなくてもいいと思っているわ」


「――そ、それはダメだって……」


「自暴自棄になったわけじゃないわ。クルシアと関わっている以上、どこかでこうなるんじゃないかと、覚悟はしてたのだから……」


 そんな悲しげに黄昏るテテュラだが、


「でも今はそんな不安はないわ。リリア達のおかげでね」


 少し照れ臭そうに語ったその表情は、ヘレンも見たことがない微笑む姿だった。


 ヘレンはテテュラと関わるに当たって、先の事件の内容を把握している。


 リリア達とぶつかったことを。


「リリア達は身勝手な私に本音でぶつかってくれた。だから今こうして清々しい気持ちでいられる」


 お互いの想いをぶつけ合ったからこそ、今の自分がいるのだと語る。


 人としては不便になったが、その代わりに大切なものを手に入れたのだと。


「そっか……」


 ヘレンは後悔なく語るテテュラに、なんだか勇気づけられたように感じた。


 人の想いは人生を変えられる。


 自分が舞台の演劇を観て、その楽しんでもらおうとするその想いを受けたからこそ、役者という道を進もうと選んだわけで。


 彼女もまたリリア達との出逢いを経て、自分の道を築けていると感じられる。


「想い……ぶつかるか……」


 アルビオも何か思うことがあったようだが、


「失礼します。そろそろ仮設基地に着きます。今日はそこで休むそうです」


 アルビオ達が乗る馬車を引いていた騎士から声をかけられる。


「は、はい」


 その宣言通り、無事に仮設基地へと到着すると、ヴァートとアライスが同行する騎士と魔術師団に指示を送る。


 本当にこっちは安全なんだなぁ。


 馬車内でテテュラの話を訊いているうちに、さらりと着いたせいか気が抜ける。


「リリアさんとテテュラさんはあの小屋でお休み下さい。護衛に女性騎士もつけます」


 ヴァートが二人の若い女騎士を紹介した。


 この小屋は以前、リリア達が使用したことがある女性専用に建設された休憩所。


 リリア達が利用したのは、また別のところのものだが、ヘレンからすればいたせりつくせりである。


「まあアルビオは男の子だからね」


「と、当然ですよ。僕はヴァートさん達と休みますから……」


「大丈夫ですよ。貴方のことは殿下から任されていますから、不自由はさせません!」


 殿下はこのいっぱいいっぱいのヴァートに何を言ったんだろうと思うアルビオは、不安でいっぱいになった。


「今、部下のものにアルビオさんのために用意した特注の物がありまして……」


「い、いや、そんな気を使わ――」


「きゃああああーーっ!!」


「「「!!」」」


 何やら女性の悲鳴が聞こえてきた。


「何事だ!?」


 アライスがその悲鳴の方へすぐさま駆けつける。


 そこには荷馬車の入り口前で腰を抜かした女騎士と男性騎士がいた。


 ヘレン達もその騎士に駆け寄り、何があったか尋ねる。


「どうかしました?」


「そ、それが……」


 恐る恐る震えながら指差すのは、荷馬車の中。


 荷物が綺麗に陳列されているだけで、特に変わった様子はない。


 だが二人の騎士は青ざめた表情が治まる様子もない。


「や、やめて下さいよ。変な問題とか起こらないで欲しい……」


 だがそのヴァートの祈りを裏切るように、小さな唸り声が聴こえてくる。


「た、助けてぇ……助けて……」


「――うひゃあっ!?」


 ヴァートは思わず飛び跳ね、ヘレンの後ろに身を寄せる。


「あの、ヴァートさん? 普通、立場が逆ですよ」


 こういうホラーじみた状況はそこそこ平気なヘレンは、平然とした表情で話す。


 その助けを求める唸り声は、こちらの声に反応してか、先程よりもボリュームを上げて助けを求める。


「ここから出してぇ……」


「な、何か呪いの道具でも積みましたか!?」


「そ、そんなものは――」


 騎士達がざわついていると、フィンがアホらしいといった表情で顕現(けんげん)する。


「おい、てめぇら。あの奥の木箱の中に鼠が四匹いるだけだよ」


「鼠? 精霊殿、盗賊か何かですかな?」


「はっ! アルの顔馴染みだよ」


「えっ……まさか!」


 そのフィンのセリフから彼女ではないかと思い、騎士達と共に奥の木箱を取り出し、開けるとそこには、


「や、やっと出られた……」


「助かりましたっ!! アルビオさん!!」


「や、やっぱり。ルイスさん……」


 ルイス、シドニエ、ユニファーニ、ミルアの姿があった。


「あのまま狭い木箱の中で、過ごすのかと思いましたよっ!!」


 抱きついてくるルイスは、良かったと号泣。


 彼女らの入っていた木箱はこの四人がギリギリ入る大きさ。密集していたせいもあって、ルイスからは熱気も伝わってくる。


 そんな不法侵入にヴァートは、茫然としている。


「ヴァート殿?」


 アライスがヴァートを揺さぶると、そのまま倒れてしまった。


「ヴァート殿!? しっかりするんだ!」


 問題発生にヴァートの脆い精神にダメージを与えることは必然であった。


 その様子を見たヘレンは苦笑いを浮かべながら、こう思った。


 私がリリアじゃないってわかったら、どうなるんだろう。

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