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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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32 暖かな手

 

 ――どうしてこう、お偉いさんが使う部屋は重苦しいのだろう。


 俺達はリンス達の案内の元、大統領閣下との謁見のため、相談室へと案内された。


 俺達は闇属性なので、公的な場を用意するわけにもいかず、このような場所で話をする他ないと言われたが、それでも十分立派なお部屋だ。


 美術品や立派な花などが飾られ、周りもキラキラしている。


 どうも落ち着かない。


 自分と相手との立場をわからせるという意味では必要な処置だろうが、中々困った話である。


 しかもハイドラスの時とは違い、他国のお偉いさんだ。尚のこと緊張する。


 向こうにいた時なんか、校長先生の前にすら行ったことのない俺が、他国のトップとのお話ですよ。


 これも異世界ならではの醍醐味(だいごみ)ですかね? こんなドキドキ感は必要ないんですよ。


 コンコンとノックされると、ピシッと背筋が伸びる。


「お待たせしました」


 そう言って入ってきたのは、大統領閣下に仕える側近だろうか、先行して入るとドア横に逸れて一礼して迎える。


 貫禄のある装飾を適度に見繕った服装を着こなす男性が現れた。


 表情は良く言えば冷静で落ち着いた雰囲気、悪く言えば無愛想で寒々しい(たたず)まい。


 妙に顔もこけた感じのおじさまだ。


 座っていたギルヴァやテルミナはバッと立ち上がると、俺も遅れて立ち上がる。


 すると閣下は、スッと手を出す。


「よい。ここは公的な場ではないのだ。最低限のマナーが出来れば良い。下手に無礼を振る舞わぬ限りは許容する」


 閣下は席に座ると側近の騎士が二名、両脇についた。


 俺達も腰をかけると、何から話そうか悩む素振りを見せると、先ずは礼から言われた。


「此度の件だが、先ずは感謝する」


「感謝?」


「そうだ。ファニピオンには何かと手を焼いていてな。此度はそれを切り崩す良いきっかけとなった。それと五星教についても。(いささ)か望み通りとまではいかなんだが、ある種の暴走を止められたと感謝しよう」


 リンス達は微妙な表情をしている。


 どうやらギルドに貼り出された依頼のことについて、把握しているようだ。


「私共に関しても、ここまでの結果を招くとは考えませんで……本当に申し訳ない」


「構わん」


「ケッ……」


「リンス様……」


 俺達もリアンが死ぬことなど、誰もが予想していなかったし、メルトアもほぼ再起不能になるとは思わなかった。


「結果として必要な犠牲だったということか……」


「そんなのおかしいです!」


「ちょっとアイシア!?」


 アイシアはギロリと閣下を睨むが、さすがは国のトップ。一切動じる様子がない。


 むしろ意見を述べてみろと、構える雰囲気まで出してる。


「リアンって人も、クルシアに(そそのか)されて殺されちゃった人達も……救えたはずなんです」


「そうだろうな。だが結果は君達が見た通りだ」


「!」


「いいか、娘。全てを守りたいという美談を語ることはよろしい。だがそれをなし得ることは本来、不可能なのだ。必ず犠牲は出る」


「そんなことは……」


「現にそのような考えであるから、貴殿らの国は二度も襲われたのでは?」


「……」


 実際問題、俺達がここにいる時点でぐうの音も出ない。


 本来であれば、ハイドラス達が(おもむ)くものだろう。それに、あの両事件はどちらもクルシアが関与していた。


 反論できる余地はない。


「別に娘の意見を否定する気はない。それに非情になれとも言っているわけではない。決断を迫られた際に、必ず切り捨てねばならぬ選択がある。娘にもきっと訪れるだろう。さすればわかることだ」


「は、はい……」


 すっかり言いくるめられてしまった。だが正論でもあるだろう。


 話を戻そうと閣下は、ちらりとアリアを見る。


「貴殿らがここへと(おもむ)いた理由は彼女にあるのだな?」


「はい。私達の目的は魔人の魔石の回収です。私達の国で起きた事件の二の舞いにならぬよう、努めたつもりでしたが……」


「彼女が保有する形となったと……?」


「す、すみません……」


 悪いことをしたと謝るアリアだが、状況的に流されてしまう感じだったので仕方ないと思っている。


 大丈夫だと諭すと話を続ける。


「にわかには信じ難いが半魔物化だったか? どういったものなのか、詳しく説明願いたい」


 閣下はあの事件の概要をある程度、把握している。


 それでも半魔物化という異例の出来事には、さすがに困惑した表情。


 俺達は知りうる範囲の話をした――。


「――なるほど、マンドラゴラの能力をそのまま……」


「はい。クルシアが話していた通りなら、間違いありません」


「それに強靭な肉体に、属性付与か……」


 あまりにも非常識な話に頭を抱える閣下は、


「娘」


「は、はい!」


「お前が半魔物であるという証明を見せてくれ」


 するとギルヴァがダンッと机を叩き、拒否する。


「お言葉ですが、ここで脱げといいますか!?」


「……概要については、あらまし訊いておる。魔石を見せよとは言っていない。確か、瞳の色が人ならざるものと聞き及んでいる」


「あ……し、失礼しました」


 しゅんと座り込むギルヴァにクスッと笑みを零すと、アリアはコンタクトを外す。


「ほお……」


「「……」」


 閣下の側近は思わず身構え、閣下は興味深そうに構える。


「こ、これでよろしいですか?」


「よい。もう戻していい」


「黒炎の魔術師……いや、リリア・オルヴェールだったか?」


「はい」


「彼女を貴殿らの国へ連れ帰ることが目的なのだな?」


「はい」


 改めて確認を取ると、側近の一人が一枚の封筒を手渡す。


 おそらく話の流れから、ハーメルト王族に対する新書だろう。


「彼女はこの国の住人である。身柄を渡せと言うなら、それなりの協定は必要であろう」


「つまり、彼女の情報を逐一寄越せと?」


「察しのいい娘だ」


 ナジルスタにとっても、彼女の存在はあまりにも貴重だ。


 簡単に、はいどうぞ、と手渡されるわけがない。


「こちらから数人の騎士を護衛兼伝達係として、同行させたい。どうかな?」


 俺はチラッとカルディナやナタルを見ると、こくんと頷かれた。


 ハーメルトからしてもナジルスタと交流を持つことは良いことだ。闇属性への緩和も期待できる。


 だがそれを了承すると、アリアを交渉の材料に使っているようだと、後ろめたさを感じる。


 するとアリアが俺に話しかける。


「大丈夫ですよ。皆さんが一緒なら……」


 アリアの気持ちを考えれば、本当ならハーメルトにも連れて行きたくはなかった。


 別の国の要人として迎えられることは、きっと心細いことだろう。


 いくら俺達と親しくなったとはいえ、ハーメルトに行けば、連日、身体を調べられるはずだ。


 元の身体に戻るためとはいえ、あまりにも可哀想だ。


「閣下。お願いがあります」


 そんな返事を言い(よど)んでいると、真剣な声でギルヴァが交渉に持ちかける。


「なんだ? 話してみろ」


「彼女の護衛連絡役を俺にやらせてほしい。彼女はまだ色々と不安定だ。俺が側にいてあげたい」


 真剣にそんなカッコイイこと言っちゃ……まあいいけど。


 でも確かに今のアリアはとても不安定だ。


 魔石の中の膨大な魔力に時折、呑まれそうになることもある。


 精神面での支えは必要になるだろう。


「悪いが貴殿を護衛にさせる気はない」


「何故です!?」


「貴殿にはしてほしいことがあるからだ」


 閣下はテルミナと目配せして、説明を始める。


「ギルヴァ。閣下はね、貴方にこの国で闇属性の者達の先導に立ち、改革を行なってほしいそうなの」


「え……?」


「貴殿の境遇はテルミナから訊いている。そのような過去を持つ貴殿ならば、メルトアが取った道より、平和な道が取れるのではないか?」


 この大統領閣下の温和な対応に思わず待ったをかける。


「ちょっと待って。閣下は闇属性持ちのことを忌み嫌ってないの?」


 メルトアの法案を通したほどだ。てっきりと考えたが、呆れたため息を吐く。


「それは前大統領の話だ。私は違う」


「へ?」


「前大統領閣下は暗殺されたの」


「ええっ!? そうだったの?」


 西大陸でのそんな話なんて聞いたことなんてあるわけもなく驚く。


 だがよく考えれば、独裁を好む王はいつの時代も暗殺や裏切りで殺されるもんだと考える。


 それを考えれば今回の件も、本来であればメルトアが殺されていてもおかしくないわけで。


 考えただけでも背筋に悪寒が走る。


「私は人形使い(ドール・マスター)の幻影に怯えることがどれだけ愚かなことかわかっているつもりだ。だが、その辿り、積み重ねた歴史を変えるには苦難の道だ。そこで……」


「その歴史を変える一歩として、その先導を任せたいそうよ」


「……」


 思わず呆然とするギルヴァに、ユネイルが称賛する。


「良かったじゃないか! お前の努力が実った瞬間だろ? おい!」


「あ、ああ……」


 閣下もギルヴァが行なっていた慈善活動を知らなければ、こんな話を振ることはないだろう。


 闇属性持ちを国外へ避難させ、理不尽に奴隷にされた者を救出。


 ここに来てそれが活きた証として来た話。願ってもないことだ。


「勿論、一世代で為せることではない。貴殿にはその土台をしっかりと作り、後世にその想いを託していける歴史を作れる人材と思っている。……馴染みの娘が心配なのも理解できる。そちらにはラルクと言ったか? 彼を同行させる気ではある」


「ラルクを?」


 だがギルヴァは、ふと心配事がまた浮上する。


 その表情を読み取ったのか、閣下から話をする。


「……メルトアのことであろう」


「!」


「確かに今の彼女はそちらの彼女より、精神面があまりにも脆くなっている。以前とはまるで別人だ。リアンの死が堪えたのだろう。彼女の精神面だけではない。彼女が支援を行なってきた孤児院や保護活動にも大きな支障が出ている」


 リアンの死は帝都ナジルスタを中心に色々影響が出ていると話す。


「今は彼女の側近であるガオルとそちらのお嬢さん方がリアンの代わりをしてくれている」


「えっ!? そうなの? ネネ」


「はい、そうなんです。カミュラと……」


「……何よ、その顔」


 俺はカミュラに対し、信じられないと疑心に満ちた表情を向ける。


「あんたみたいな無愛想な人間が孤児院って……」


「あのね。私だって良心くらいある」


「カミュラは小さい子供とか好きだもんね!」


「――余計なことを言わなくていい!」


 あんな不気味な死霊を操り、普段はツンツンしてるからてっきり子供嫌いなのだと思っていた。


「でも闇属性だってバレない?」


「普段から対策してるの。そんな簡単にバレはしない」


 ごもっともなご意見。子供なら尚更バレないだろう。


 話が逸れたなと、閣下はギルヴァの説得を続ける。


「彼女はどちらかと言えば、貴殿によく似ていると思っているよ。やり方や考え方は違えど、同じ世界を変えたいと望む根本は同じだと考えている。貴殿ならば、彼女を救い、良きパートナーとして導いてくれるのではないかな?」


「……」


 ギルヴァはそれを訊き、しばらく考え込むと結論が出たのか、自分の答えを口にする。


「閣下、お断りさせて頂きます」


 みんなが驚く中、側近の一人は閣下の提案を蹴ったことに不満を抱く表情を見せる。


「やはり娘が放っておけないか」


「それもあります。ですが、幼馴染にこんな選択を迫らせてしまった俺に、そんな大役は務まるとは思えません」


「私の慧眼(けいがん)が節穴であると?」


「そんなことは言いません。本来であれば喜んでお受けする話です」


「であれば……」


「それでもです。今の俺ではダメなんです」


 そう黄昏る理由としては、クルシアのことである。


 アリアとメルトアを守れず、自分自身もあの男に囚われている。


 そんな弱い心のままでは、閣下の話を受けたとしてもより良い結果を生まないと考える。


「ケジメをつけさせて頂きたい」


「クルシアか……」


「はい!」


 ある程度の事情は聞いている閣下は、困ったと唸り始める。


 するとギルヴァはある提案を持ち込む。


「俺の代案が欲しいというならば、テルミナではダメですか?」


「本人の手前、あまり言いたくはなかったが、ダメだ。精神的に弱い」


「うっ!」


 まあ吐いてたって聞いたし。


「ではユネイルではどうでしょう?」


「…………は? はあっ!? お前はバカなのか!?」


 突然の無茶振りに文句をつけるユネイルだが、それを無視して話を続ける。


「元々この組織は俺と彼で作ったものです。彼ならば俺の意図も理解してくれていると思います。そうだろ?」


「ま、まあそうだが……」


「確かに閣下の仰る通り、俺のような闇属性持ちの人間の方が救うべき人達のことはわかってあげられる。だけど、この国を……西大陸を変えるつもりなら、彼のように手を差し伸べられる人間の方がいいと考えます」


 妙に持ち上げられ、褒められるものだからユネイルはしどろもどろ。


「この大陸のほとんどの住民は、闇属性の者達を嫌悪している。ですが彼はそんなことなど気にすることもなく、行動を共にしてくれました。そんな彼になら、俺は託せます」


 確かにユネイルは闇属性ではない。


 にも関わらず、ギルヴァとは親しい人間関係を築けていたと、普段の様子から納得がいく。


 だがそんな日常部分を知らない閣下は、ユネイルのことを外見から印象を得る他なかった。


 閣下が難しい顔をしていると、ギルヴァは一応説得する。


「確かに見た目通りチャラいように見えますが……まあ実際そうなんですが、やる時はやる男なんです。それに、ユネイルの手助けならテルミナやマーチェもしっかり手伝わせます」


「お前は褒めんのか、(けな)すのかハッキリしろ!」


「そうですね。フォローくらいなら……」


「立場が人を変えるとも言うしね。まっかせてぇ〜ん♡」


 テルミナもマーチェもやる気十分な反応をすると、ユネイルは髪をくしゃくしゃとかき乱す。


「ああっ! わかったよ。やってやるって……」


「どうでしょう、閣下」


「そうだな。貴殿の言うことにも一理ある。……わかった。貴殿がそこまで言うなら任せてみよう」


「ありがとうございます、閣下」


「だが貴殿もケジメをつけれた際には、必ずこの歪な世界を変えるために尽力してもらうぞ」


「はっ!」


「とはいえ結局、改革の一部として行動はしてもらうつもりだがな」


 不思議そうな顔を浮かべていると、閣下はちらりとアリアを見た。


 すると察したギルヴァは、少し参った表情。


「……なるほど。わかりました。是非ともハーメルトとの架け橋になりましょう」


「ということだ、リリア嬢。この二人を我が国の大使として送り出したい。どうかな?」


 特に断るどころか、望む結果となったことに感謝したいほどだ。


 俺達としてもアリアにとって、気心の知れた友達の方がいいだろうし、個人的にも両肩におられるような初対面で堅苦しいそうなのがついてくるより嬉しい。


「わかりました。こちらの新書と共にこちらの二人をハーメルトへと送り届けることをお約束致します」


「うむ。それと……」


 閣下は何やら言い渋っているが、言わねばならないとあくまで冷静に話す。


「クルシアのことも頼む」


「!」


「本来であれば我々が裁かねばならぬ男だが、こうもかき乱されては……。そういったところも協力関係を結びたいものだ」


「それは勿論! なら話ついでに尋ねますが、クルシアとはお会いになったことはありますか?」


 閣下になれるほどの方だ、昔から上流階級としての生活をしていたならば、会ったことくらいはないだろうかと、情報を聞き出す。


「……昔、一度だけ会ったことがある。何の社交場だったか忘れたがね。何せ彼が神童と呼ばれ始めた辺りの話だ」


 その時の印象をこう話した。


「第一印象としては、どこにでもいるような貴族社会の教育を受けたご子息だった。兄も優秀ではあったが、弟である彼の方が物腰が大人びていた印象を受ける」


 伊達に神童とは呼ばれていないと話す。


 使用人であったハイディルもそう言っていたが、身近でない閣下の目ですらそう見えたのは異質とも捉えられるだろうか。


「思えばあの当時の彼が我々を脅やかす存在になろうとは、夢にも思わなんだ。将来、有望な若人になると誰もが期待していただろうに……」


 閣下はその社交場の彼の振る舞いを思い返しながら、そう語った。


 その裏に秘めた狂気がまだ花開くことのなかったクルシア。


 だがその目覚めのきっかけとなったのは、ハイディルから訊いた恩恵の儀とあの軟禁生活だろう。


「メルトアの法案が通ってしまったのも、クルシアが要因であろう。彼が事件を起こしたのは、まだ十二と聞く」


「でしょうね……」


「まだ若い貴殿らにあのような、負の遺産を押し付けるのは心苦しいが、どうか協力して欲しい」


「それはもう。私達だってクルシアに対して、引けないものがありますから」


 話がまとまり、失礼しようとした時、ギルヴァが尋ねる。


「閣下。御暇(おいとま)する前に、お願いがあります」


「……?」


 ***


「メル、少しは休んだらどうだ?」


「……大丈夫、ありがと」


 ラルクの提案も、覇気のない返答がスンと返ってくる。


 重苦しいメルトアの仕事部屋の雰囲気はあの事件から変わらずにいる。


 メルトアはまるで現実逃避でもするかのように、黙々と書類仕事に明け暮れる。


 ラルク自身も気持ちは理解できる。


 リアンとはメルトアを通して接点があったのだ。彼女のような歳が近く、気兼ねない雰囲気の友人はメルトアにとっても貴重な存在であった。


 そんな彼女を斬り殺したのは、未だに引きずる理由もわかる。


 だから、何も言い出せないでいるし、どう励ませばいいのかもわからない。


 あの男(クルシア)の言う通り、自分はまだ傍観者のままでしかないと、自分まで落ち込んでしまう。


 そんな辛気臭い雰囲気の中、静かにノック音がした。


「ど、どうぞ」


「入るぞ」


「し、失礼しまーす」


「ギル!? アリア!? それとオルヴェールさんとカミュラさんでしたか?」


 俺達は無言で頷く。


 ギルヴァとアリアはわかるが、どうしてこの二人までと言った疑問形の質問。


 俺達もギルヴァに言われるがままついて来たため、意図は理解していない。


 すると、ギルヴァはズカズカとメルトアの席まで詰め寄ると机を叩き、宣言する。


「メル、俺達は東大陸に行き、彼女らと共にクルシアを討つ」


「それはホントか?」


「ああ。さっき閣下から大使として、東大陸へ向かえと言われている」


「一応は客人として扱われると思うから、すぐにクルシアと激突ってことはないと思うけど……」


 俺達のそんな会話など目も暮れず、黙々と無言で書類仕事を続けるメルトア。


 俺達もあのオークション会場での別人っぷりにさすがに心配になるほどだ。


 すると、


「片腕しか無くなったお前には、書類仕事しか出来なくなったか? 闇属性持ちの根絶を掲げていた女が聞いて呆れる」


「ギ、ギル!? そんな言い方……」


「お前だってそうだろ? クルシアの言う通り、結局何もできていない」


「……っ」


 喧嘩を売るように挑発的な態度を取るが、とりあえず俺達は様子見だ。


 わざわざ喧嘩風景を見せるために、一緒に来させたわけではないだろう。


 するとメルトアはそれを肯定した。


「そうね。貴方の言う通りよ、ギル。私には力が無かった……弱かった。だからあんな結果を生んだの。結局、何も変えられなかった……」


「――いい加減にしろっ!!」


 そんな卑屈な発言をするメルトアに喝を入れる。


「何も変えられなかっただと? お前が作った法案のせいで、こっちはどれだけ不便を強いたと思ってる!? お前のことを称えていた住民達はなんだ!? 女神騎士として慕っている連中は!? お前は十分に変えてきてる!」


「……やめて。所詮はあの男の言う通り、全て踊らされていただけよ。子供の頃から何も変わらない……」


「それの何が悪い?」


「!」


「臆病なことが悪いことなのか? 弱いことは悪いことなのか? 俺はそうは思わない。臆病なら臆病なりに、切り抜け方を考えればいい。弱いなら力を合わせればいい」


 すると俺達を見るように促す。


「リリアがこの大陸に来ることがどれだけのリスクだったのか、お前にはわかるだろ? 俺やカミュラがこの環境化で生きていくことがどれだけ大変だったか、わかるだろ?」


「それに対しては悪いことをしたわ。ごめんなさい」


「謝ってほしいわけじゃない。そんな困難な環境でも、立ち向かう力が俺達にはあったんだ」


 いや、謝っては欲しいよ。大変だったんだから。後、帰った後も大変そう。


「確かにクルシアに(もてあそ)ばれ、挙句、リアンさんを殺したことは思うこともあるだろう……」


 再び机を叩き、話を訊くよう促す。


「だが生きているお前が死んでいるようじゃ、リアンさんは何の為に死んでしまったんだ!? このままクルシアに騙されて殺されただけにするつもりか!?」


「……っ」


「……今のお前にクルシアを倒せとは言わない。それは俺がやる。だがな、あの男に振り回されるのはもうやめろ。リアンさんを殺したことを反省しているなら、これから彼女が守ろうとしたものをお前が守れ!」


「……」


 メルトアは思い詰めた表情をし始めた。


 ギルヴァの言葉に思うことがあったのだろう。彼女の心に兆しが芽生えた兆候とも言えよう。


「こうやって話すのは初めてかな?」


「!」


 そろそろかなと俺はメルトアに話しかける。


「どうだった? 私達の力は……」


「……そうね。凄い力だったわ」


「貴女が嫌悪してきた闇属性持ちの私達だって、努力してるんだよ。貫き通したい意志だってある。それを簡単に未来ごと踏みにじった貴女を許せない」


 メルトアはクルシアとの戦いを思い返すと、彼女らが死ぬ気で戦っていたことを思い出す。


 あの光景を見れば嫌でも理解できた。


 闇属性持ちもまた、自分と変わらない一人の人間なのだと。


「特に今の貴女は許せない。自分が変えてきた世界を放置し、傷ついたから引きこもるなんて都合のいい貴女を。ギルヴァと同意見だよ。……だけど少しでも良い方向に貴女が導く努力をしてくれるなら、少しは許してあげられる。ね?」


 俺はカミュラに同意を求めるが、


「いいえ、許さない」


「おい!」


 空気を読まず、我が意見を貫く奴がここに。


「貴女が奪った命、未来はもう帰ってこない。だからこれから一生、償い続けるの。彼女が言ったことだけじゃ足りない。新しい未来を作るために尽力し、身を捧げるくらいの覚悟を持って」


「……お前は相変わらず容赦ないな」


 さすがのギルヴァも、そこまでとは言わない予定だったらしい。


「貴方達が甘過ぎるだけ」


「……傷心に浸るなとは言わないし、落ち込むなとも言わない。けど生きている以上、自分にできることをしなくちゃ」


「……」


 顔色は多少良くなったが、まだ腰を上げるにはかかりそうだと思っていると、


「トアちゃん……」


「アリア……」


 アリアがそっとメルトアの片方しかない手を握る。


 柔らかく、暖かい温もりを感じる手は、塞ぎ込んで寒々とした心を少しずつほぐすような暖かさ。


「辛いことから逃げたい時もあるよね。立ち直れない時だってあるよね。だからさ……甘えていいんだよ。一人で抱えることない」


「……!」


「私達は一人で何でもできるほど上手には生きられないよ。みんな助け合って生きてる」


 その暖かな手は先程より、グッと強く、しかし痛くないように握り絞める。


「私もギルもラルクも……リリアさん達だって、ちゃんとトアちゃんの味方でいてくれる。だから、一人で頑張らないで……」


「アリア……」


 メルトアは思い出したように、涙を浮かべ始める。


 全て自分で解決しなければならないと、今まで生きてきた。


 あの子供の頃に復讐を誓ってから、一人で努力し、ついてくる者達に振り返ることもなく、同僚にもあまり頼らずに生きてきた。


 それは自分の弱さを叩き直すためのことだったように考える。


 だが結果はどうだ。


 クルシアにその全てを否定された。正しいと思っていたことが全て覆された。


 そして、数少ない自分が心を許した存在を殺した。


 そんな哀れな自分を見捨てず、優しく抱きとめてくれた。


 幼き頃に覚えがある――優しさに触れたようだった。


「えっとね、みんなが厳しく言うのはきっと……」


「あの〜アリアさん? そこまでのフォローは要らないから」


 感極まって涙流してるのに、変なフォロー入れないで。


 するとメルトアは少しおかしかったのか、クスッと笑みを零すと、


「……ありがと」


 やっと昔の表情が見れたと微笑み返すアリアであった。

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