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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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31 幼き日の誓いと旅立ち

 

「そうかい。通り魔がこの辺りを……」


「そ、その通り魔って奴? あ、危ないから外に出ない方がいいよ」


 ギルヴァは何とかメルトアの祖母と思われるおばあちゃんを――この辺りに刃物を持った危ない奴がうろついてる。俺はたまたまその現場を目撃し、逃げていたところだと説明。


 我ながら知恵が働くものだと思う反面、こんな風になおばあちゃんに嘘を言うのは気が引ける。


「じゃあしばらくここにいるといいよ。だけどね……二階には行かないでおくれよ」


「わ、わかったけど、どうして?」


「ボクたちが良く、メルトアちゃんを気にかけて来るだろ? あの子はずっと塞ぎ込んでねぇ。無理もないけど……」


 ここで側面的ではあるが、メルトアに何かあったのだと気付いた。


「な、何があったんだ?」


 尋ねるが、おばあちゃんは暗い表情でゆっくりと首を横に振り、台所へと向かった。


 ギルヴァはとりあえず、外からは自分が見られない位置へと移動しつつ、時たま外の様子を(うかが)う。


 窓の外からでもわかる、ピリついた雰囲気に息を飲む。


 ラルクの言葉が(よぎ)るからだ。捕まればタダでは済まない。


 だから父も送り出してくれたわけで……。


「父さん……」


 すると上からキイッと扉が静かに開く音が聴こえた。


 上にはメルトアがいると聞いているギルヴァは、どこか期待を持ってしまう。


 メルトアなら受け入れてくれるのではないかと。


 タンタンと静かな足取りで降りてくる足音。


「クレアおばさん。今……」


 尋ねようとしたメルトアの言葉は、ある客人を目にすると止まった。


「よ、よう……」


 一年ぶりの再会に思わず、どう反応すればわからない二人だが、メルトアはこちらへ駆け出してくれる。


「久しぶりね、ギル。ごめんね……」


「い、いいって。メルにも事情ってもんがあるだろ?」


 久しぶりに再会したメルトアは酷くやつれていた。


 いつもなら綺麗に整っているはずの艶やかな金髪は、どこかガサッとしており、目の下にはくまができており、頬をこけている。


 さすがに異常な状態であると心配になったギルヴァ。


「お、おい。お前、ちゃんと食べてるのか? なんだか別人だな」


「う、うん……」


 大丈夫だと返事をするが、とても信じられなかった。


「それ、嘘だろ? あのばあちゃんに意地悪されてんのか?」


「違うよ……クレアおばさんにはよくしてもらってる……」


「そ、そうか?」


 確かにあのばあちゃんは、とてもじゃないが意地悪をしそうな雰囲気ではなかった。


 今も台所からせっせと料理をしている家事音が物静かな部屋の中を響く。


 だからこそ疑問だった。


 どうしてメルトアがこんなに痩せこけているのか。


「あ、あのよ――」


「それより、ギルはどうしてここに?」


 メルトアのことを尋ねようとしたら、先に不思議そうな顔で尋ねられたが、事情を話すかまだ迷っていたギルヴァは少し話題を逸らす。


「お、お前こそ何で来なかったんだよ。今日は……例の日、だろ?」


 自分が闇属性と示されたためか、少し(にご)した言い方をすると、少し俯き気味に答えた。


「私はもう終わってるから……」


「え?」


「別の日に魔術師の方が来てね、診て下さったの。そしたら三属性(ドライ・エレメント)だって言われた」


「ドライ……何だって?」


「私は火、地、光属性の三つを持つんだって。だから……」


「そ、それって凄えよっ!」


 この世界の人間なら、子供でも知っている常識。


 魔物を除く、人種達は無属性を除く、他属性は一つしか持つことがほとんどで、たまにいても双属性(ツヴァイ・エレメント)くらい。三つ以上持つことは本当にないことなのだ。


 追いかけられていることなんて、吹き飛ぶほどの衝撃の事実に、自分のことのように喜ぶ。


「そっかぁ……ん? でもさ、それだったら尚更何で来なかったんだよ。みんなから喜ばれるだろ? 父さんや母さんだって……」


「……っ」


「ん? ど、どうした?」


 何かを踏んづけた嫌な空気がどっと流れ込んできたように感じた。


 メルトアの目に先程少し薄れた生気を宿す瞳も、スンと影を落とす。


「あ、あー……いや、えっと……」


 何とも言えない空気に焦り、冷静な判断がつかないギルヴァはオロオロとする。


 すると、


「……魔術師の人達に言われてるの。三つも属性を持つのは、下手な騒ぎになるって。だから……」


「あっ! あーあーはいはい。なるほどな。そりゃあそうだよな! 俺ですらびっくりしたのに、そりゃあな。は、ははは……」


 メルトアが会話をする意思を示してくれたことに安堵すると、この流れならとギルヴァは自分の事情を話す。


「そ、そのことなんだけどさ……」


「?」


「お、俺自身もその……下手な騒ぎになっちまってさ」


「……どうして?」


「俺さ、闇属性だって水晶が示したんだ」


「!!」


 ギルヴァは様子が変わっていくメルトアに気付くことなく、言いたいことをぶちまける。


「いや、正直俺も何がなんだかわからなくてさ。闇属性だぜ? この俺が。どこに闇属性だって審判が下る理由があるのさ。それで……父さんもあんな……メル?」


 メルトアの異変にやっと気付いたギルヴァは、変な寒気を感じる。


 先程まで弱っていながらも、どこか温かみのある瞳をしていた彼女が一転、見覚えのある視線へと切り替わる。


 だが彼女は罵声を浴びせることなく、台所へと向かった。


「メ、メル? どうしたんだ。急に……」


 すると、


「あら、メルトアちゃん……どうしたの? お料理がしたいの? ちょっとメルトアちゃん? 何でそっちに包丁を持っていくのかしら? メルトアちゃん?」


 そんな危機感のないおばあちゃんの声とは裏腹に、台所から出てきたメルトアは、強い殺意の(こも)った表情で出迎えた。


 さすがにヤバイと気付いたギルヴァは、外へ逃げようとするが、ハッとなる。


 今外に出ても自分を探している大人達でいっぱいだと、考えたのも束の間、メルトアが殺意を込めて包丁を振り下ろす。


「――死ねえぇーーっ!!」


「おわあっ!?」


 咄嗟(とっさ)に横に逸れて逃げたギルヴァだったが、その迫力と母親の時と連想してか、足が震え始め、その場で倒れる。


「あ、ああ……」


「闇属性なんて、死ねばいいのよっ!!!!」


 その叫び声を聞いたおばあちゃんもさすがに状況が読めてきたのか、台所からすぐに顔を出すと、ギルヴァを襲うメルトアの姿があった。


「や、やめなさい!!」


 おばあちゃんの声も虚しく襲いかかる刃は止まらない。


「が、ああぁあっ!?」


 声に少し反応したのか狙いが外れ、ギルヴァの左肩を刺す。


 その溢れ出る血など気にも留めず、メルトアはあっさりとその包丁を抜くと、再び攻撃してくる。


「死ね、死ねえっ!!」


「やめなさい、メルトアちゃん! どうしたって言うの!?」


 おばあちゃんはメルトアの手を何とか抑え、ギルヴァは左肩を押さえる。


 肩の強いズキズキと脈打つ痛みが、物々しく状況を伝えてくる。


 目の前にいるメルトアは以前から知っている優しくて明るいメルトアではない。


 本来であれば、これだけの血が噴き出るところを見ると、我に帰るのが自然だろう。


 何でこんなことをやってしまったんだと。メルトアのこれは衝動的なものだからこそ、そうでないかと思ったが、そのメルトアの様子は異常でしかなかった。


 まるで何かに取り憑かれた狂人であると。


 おばあちゃんに抑えられるメルトアは暴れている。


「離せ! 離してよっ! 殺す、殺すの! 闇属性の奴らは……全て!!」


「お、お前もそんなこと言うのか? 俺達……友達じゃなかったのかよっ!?」


「お前なんて友達じゃない! 返してよ……パパとママとお兄ちゃんを返してよぉっ!!!!」


「!?」


 自分のことでいっぱいいっぱいだったギルヴァはやっと気付いた。


 家に入った時から変な違和感はあったものの、自分の置かれている状況に考える暇などなかった。


 生活音が透き通るほど静かで薄暗い部屋。物が少ない生活感の薄いテーブル。


 以前、メルトアの家に遊びに行った時はもっと華やかに飾っていた部屋が酷く落ち込んでいる。


 殺風景だと思ったら、メルトアのその一言である。


 ラルクが口ごもった理由にもこれで説明がなった。


「あの! あの目!! アイツが……あの闇の魔術師が、パパとママとお兄ちゃんを殺したのよ!! ……死ね、不幸を振りまくお前達は死ねえっ!!!!」


 メルトアはこの幼き身体の奥底に、深い憎悪を抱えていた。


 一年経った今でも、瞳にこびりついて離れないあの光景。忘れたくても忘れられない。


 メルトアは一人、引きこもり少しずつ抑えていた情念が爆発してしまったのだ。


 ギルヴァはあの優しかったメルトアをここまで変えた悲劇を知らないが、メルトアをここまで追い詰め、苦しめているのが何なのか、すぐにでも理解できる光景であった。


 もうここにはいられないと、命の危機から脱するように、血を流す肩を押さえながら、メルトアの家を飛び出した。


「はあ、はあ……くそおっ!!」


「待てっ!! 待てえーーっ!!!!」


 友達であったはずのギルヴァに対し、怒りと憎しみの情しか湧かないメルトアを見て、悔しいと思うしかない。


 その叫び声を聞いてか、大人達も異変に気付く。


 向こうの通りから、急いで駆けてくる足音に恐怖しか湧かないギルヴァ。


 路地裏に逃げ込むギルヴァに更なる危機が迫る。


「う、嘘だろ……」


 そこは行き止まりだった。


 とはいえ万全の状態であれば登れる石壁、隠れやすそうなゴミ置き場、地下道に繋がるマンホール。


 隠れたり、逃げたりする場所は多いが、一つでも選択を違えば後がない。


 ギルヴァは痛みが酷い肩を眺めながら、選択を迫られる。


(どうする? どうする?)


 石壁にもたれながら考えていると、足音がもう近いのがわかる。


 そして――、


「ここか!?」


 その路地に数人の大人達が入ってきた。


「どこにもいないな」


「ああ」


「だが、この辺りのはずだ。メルトアちゃんが騒いでたからな」


 大人達はメルトアの事情を知っているようで、可哀想にと同情心を交えながら手分けしてギルヴァを探す。


 一人の男性が調べるのは、簡単に調べ終われるゴミ置き場。


 颯爽(さっそう)と近付き、ゴミ袋を退かそうとした時――、


「おい! こっちに来てくれ」


 大人達が岩壁に集まる。そこには、まだ渇き切っていない血痕がついていた。


「この石壁を登ったのか?」


「いや、これだけの傷だ。この壁は登れない。だとすると……」


 大人達の視線の向こうは地下道に繋がるマンホール。


 舌打ちしながら面倒だと話すと、大人達は地下道へと向かった。


 ガサッとゴミ置き場から物音を出して、ギルヴァは顔を出す。


「はっ、はっ、はっ……」


 心臓が張り裂けて出てきそうなほどの緊張感を振り切ったギルヴァの息は荒い。


 ゴミ袋の奥底まで身を沈めていて良かったと、心の底から安堵する。


 幸い、ゴミ収集がされておらず、臭かった影響もあってか、血の匂いもしなかったのだろう。


 地下水道は広いし、逃げるにはうってつけと勝手に判断してくれたのが功を奏した。


「ちくしょぉ……」


 少しは落ち着けると、ゴミ置き場の横に身を潜めながら座り込む。


 自分の呪われた運命を後悔しながら――。


 ――ギルヴァが逃げ出してから、数時間が経過。


 ギルヴァは同じ場所にいてはマズイと人目を避けながら、所々移動を繰り返す。


 その間に思うことは――どうしてこうなった。どうしてこんな目にと悲観することばかり。


 今頃の時間なら、口うるさい母親に行儀良くしなさいと怒られながら夕食にありつく時間。


 そんな自分を父は笑ってフォローしてくれた普通の家庭だったはずなのだ。


「それなのに……ちくしょぉ……」


 気が付けばギルヴァは、良く遊んでいた噴水広場を眺めている。


 この広場は一年前から、近付くことを禁止された広場だけに、意外と人が来ないところ。


 いつもなら、こんな夜更けにこの噴水を眺めることはない。


 月明かりに照らされ、水が噴き出ていれば、それは美しかったことだろう。


 だがギルヴァは、当時の父の近付くなという警告とメルトアの家族の死を思うと、ここで殺されたんだとわかった。


 今日一日だけでも、闇属性として追われたのだ。


 父は子供から闇属性に関わることを極力避けるために、あんなに真剣に訴えたのだと、子供ながらに理解した。


「言って……くれればよかったじゃないかぁ……知らなかったんだよぉ!」


 メルトアに投げかけた言葉に後悔が募る。


 いくら命を脅かされ、知らなかったとはいえ、両親のことを訊いたり、闇属性など口にしたりしなければよかったと後悔する。


 後悔するのはそれだけじゃない。


「父さん……!」


 父は闇属性であっても、自分の味方でいてくれると言ってくれた。


 だが、そのせいで傷付けてしまった。


 あの傷だ、無事かどうかも心配になる中、


「ギル?」


 名前を呼ばれてビクッと反応し、振り向くとそこにはアリアがいた。


「ア、アリ――!!」


 (すが)るように話しかけようとした時、ハッとなり、メルトアのことが脳裏に浮かんだ。


 アリアに関してはあの場にもいたんだ、襲われてもおかしくない。


 ギルヴァは逃げようとするが、


「――待って!」


 悲しく叫ぶ声で呼び止められた。


「アリア……?」


 ――薄暗い地下道の中、入り組んだ道の中でも大の大人が通れるか通れないかの道の奥、点検用の部屋に案内された。


「お前、どうしてこんなところ……」


「お父さんの知り合いの人がここの通路にお腹が挟まったって言われた時、お父さんと爆笑しながら助けた覚えがある場所なの」


 クスクスと穏やかな笑みを見せるアリアに力がようやく抜けたのか、ギルヴァは壁にもたれる。


「はあー……」


「だ、大丈夫? 今、治療するね」


 アリアはこっそりと救急箱を持って家を抜け、自分なりにギルヴァを探していたそうだ。


 ラルクも誘おうとしたが、家から出られない様子だったので、一人で探していたそうだ。


 アリアはぎこちなくも、何とか止血までたどり着いた。


「こ、これで大丈夫じゃないかな?」


「悪いな。それより、お前はいいのか?」


「私は平気だよ。後でこっそりと帰る……」


「そうじゃない! 俺が……俺が闇属性だってこと……」


 訊かずにはいられなかった。


 メルトアがあれだけ激変したのだ、不安になることは仕方ない。


 だがアリアはいつも見せてくれる笑顔で答えてくれた。


「私とギルはお友達でしょ?」


 その当たり前を口にしたアリアに、堪らず涙が溢れる。


「えっ? えっ!? ど、どうしたの?」


 オロオロとたじろぐアリアに思わず泣きつく。


「――ああああーーっ! ど、どうしてこんなことになっちまったんだよぉっ!!」


 今まで押さえ込んでいたものが爆発したのは、メルトアだけではなかった。


 突然、沢山の(おぞま)しい現実の波に、逃げている間は麻痺していたが、今になって恐怖心が弱音と共に吐き出る。


 それをアリアは優しく受け止めた。


 ひとしきり泣くと、今更ながら恥ずかしくなり、視線を合わせないように謝る。


「……悪かったな」


「ううん。大変だったのが伝わってきて、ちょっと嬉しかった」


 照れくさい気持ちもあるが、今は現状を理解したいギルヴァは尋ねる。


「なあ、外はどうなってる?」


「みんなギルのこと探してたよ。ここもひとしきり探してたみたい」


 今は夜も遅く、子供が入るには抵抗があるだろうと、探している灯りは見えない。


「そうか。なあ……その、父さんと母さんは……」


 アリアはお隣さんだ、自分の家で起きた出来事は知っているはずだ。


 聞きづらそうに尋ねると、アリアも落ち込んだ様子で口ごもる。


「えっと……」


 自分よりも話しづらそうにしているので、自分の家で起きたことを話すと、悲しい表情で語る。


「ギルのお父さん、亡くなったみたい……」


「……!! そっか。そっかぁ……」


 父の死の知らせを訊いて、泣き止んだはずの目からまた涙が溢れる。


「お母さんもかなりショックを受けたみたいで。酷い騒ぎだったよ」


「……なあ、俺は何かしたか? 何もしてないよな?」


「……」


「何で、闇属性ってだけで……こんな、こんなことになっちまったんだよ。メルだって……」


「トアちゃんがどうかしたの?」


 事情を知らないアリアにも、メルトアのことを話すと、アリアも驚愕する。


「そんなことが……」


「ああ、知らなかったんだよ。あいつの家族が闇属性の奴に殺されてたなんて……」


 しばし無言が続いた。


 とてもじゃないが、七歳児がする会話ではない。


 そんな明るい話題など出るわけもなく、西大陸の社会情勢を口にする。


人形使い(ドール・マスター)って奴が悪いんだろ? メルの家族を殺した奴が悪いんだろ? どうして闇属性ってだけで一括りにするのさ! 俺……何もしてないのに……」


「みんな怖いんだよ。また、そんな歴史を繰り返すかもって……」


「お前は……そんなこと、思ってないよな?」


「勿論だよ。ギルはギルでしょ?」


 ギルヴァだってそう考える。


 自分は自分だ。闇属性という括りで示される存在ではないし、他の人に対してだってそんなことを思うこともない。


 だから母があんなに必死に他属性の魔法を教えようとしたことにも疑問を抱いたのだから。


「そうだよな……」


 ギルヴァはこの悲劇とこの疑問から一つの考えにたどり着くことになる。


 そしてギルヴァは一週間ほど、この暗い地下道で過ごすことになる。


 その間もアリアは献身的に寄り添ってくれた。


 ギルヴァにとって、心身ともにどれだけ支えられたことか。


 ***


「結局、見つかってないのかい? そのギルヴァって男の子は?」


「ああ。らしいな」


 夜遅く、年老いた旅商人と店の店員が仕事がてら、世間話をしている。


「何とも世知辛いねぇ。そんな小さな子供を追いかけ回す世の中なんて、世も末だよ」


「馬鹿言ってんじゃないよ、ジイさん。あのガキは闇属性だ。あんただって一年前、この町で起きた事件は知ってるだろ?」


「まぁねぇ……」


 まだ十二歳の子供である闇属性の貴族の息子が起こした事件は、まだ一年前ということもあって、話題性があった。


 この老商人も情報はあるようだが、危機感が欠落しているのではないかと、若い店員は眉を(ひそ)める。


「ジイさんとは、まだまだ仲良くしたいんだ。無事でいてくれよ」


 トントンと商品の取引書をまとめた紙を軽く馬車に叩く。


「そりゃあワシのセリフだな。また頼むよ」


 ふと老商人は馬車を見ると、若い店員に尋ねる。


「なあ、そこの木箱……」


「ん?」


 老商人が指を指したのは、少し大きめの木箱。


「空箱だろ? くれんか?」


「まあ構わないけど……」


 若い店員は疑問に思いながらも、子供くらいの体格ならすっぽり入るほどの空の木箱を渡した。


 その老商人は馬車へと積むと、その店を後にし、今日泊まる宿へと向かうが、その道中、老商人は少し大きな独り言を呟く。


「さて最近腰も悪いし、目も良くない。ゆっくり休んでから戻るとするかね。明日の日が明けるくらいまでが丁度いいかねぇ」


「……」


「別れを告げるなら、早いうちにな。ここまで年老いたからわかるが、黙って置いてかれるのは……辛いぞ」


「……!」


「その木箱にゃあ、危険物を積み込むつもりだが、まあまだ先の話さね。誰かが入っても目の良くないワシにはわからんのぉ〜」


「……じいさん」


 荷物の影に隠れていたギルヴァのことはお見通しだったようだ。


「ワシゃあ闇属性などなんだの言わんよ。これでも各地を点々としてんだ、融通くらい効くよ」


 老商人は前を向いたまま、独り言を続ける。


「きっと辛かったろうに。あんな大人達に追い回されて、大切な人とも散り散りになったろうしなぁ。親も心配してるだろうに……不憫(ふびん)でならんよ」


 そんな独り言を呟いていると宿に着き、老商人は宿の中へ入ると、しばらくして戻ってきた。


 宿の店員と一緒に出てきた。


「すまんね。じゃあこの馬達は邪魔にならんように、奥の方に居させるよ」


 そう言うと老商人は、荷馬車から人が出入りするのがわからないような場所へと停めた。


「さてじゃあ寝るかねぇ。明日の朝には出ようかの。用事を済ませたらのぉ」


 まるで誰かに言い聞かせるように、老商人は独り言を呟きながら、その場を後にした。


「……感謝するぜ、じいさん!」


 荷馬車から出てきたギルヴァは、その心遣いを無駄にしないよう、夜の町を駆け出す。


 ***


「ギル……」


 いつものようにパンと飲み物、身体を拭く物を何とか持ってきたアリアだが、いつもの場所にギルヴァはいない。


 アリアはふと数日前に、ギルヴァが口にしていた言葉を思い出す。


『俺、この町から出るよ。そして、変えるんだ!』


 意味はなんとなく理解できる。


 闇属性とかに囚われない、そんな世界を作りたいって考えなんだと思うと。


 でもアリアの内心は、ずっとこのままというつもりはないにしても、またいつか大人になった時、前のように笑って過ごせるようになりたいと願っている。


 ギルヴァの話を訊いてから、メルトアの元へ向かった。


 そこでおばあさんとメルトアから事情を訊いた。


 ギルヴァから事前に訊いていたとはいえ、やはり驚きは隠せなかった。


 そしてメルトアも決意を秘めた、しかしどこか歪んだ瞳でこの町を離れると言い、五星教へと入ると宣言していたことを思い出す。


「みんな……離れ離れになるのかなぁ……」


 掠れた涙声を上げながら、崩れるアリア。


 離れたくない。本当なら今もずっと仲良しでいたい。切実に願っても、現実は戻らない。


 せめて見送りたかったと思いながら、この場を後にしようとした時、カツンカツンと走ってくる音が聴こえる。


「ア、アリア!」


「ギル!? どこに――」


「ごめんな! 黙っていなくなろうとして……」


「!」


 息を切らして来たギルヴァはアリアの肩を掴み、想いを伝える。


「俺のこと、見捨てないで助けてくれてありがとな。でも俺、明日からはここにいない。町の外へ出る算段がついた。そして、やりたいこともはっきりした」


「やりたいこと?」


「ああ。俺は差別も偏見もない国にしてみせる!」


 この辛さもこの苦しさも悲しみで染めるだけになんてできない。


 これを糧にし、力にしてやると考えたのだ。


 そして自分のような人間を作らない未来を作りたいと。


 正直、気持ちだけで、何をすればいいのかがさっぱりだが、成長すればきっと考えも出てくると考えた。


「できるの?」


「できなきゃ俺自身が困る。だってさ――お前に堂々会えないじゃないか」


「!」


「アリア、ごめんな。お前を巻き込みたくはなかったから、黙って出て行こうとしたんだ。だから……」


 ギルヴァの想いを確かに受け取ったアリアは、優しく微笑むとこう語った。


「じゃあ待つよ、私」


「!」


「みんなが懐かしんで戻ってくるためのこの場所を、私が守るから……」


 本当は一緒に行って、力になりたい。


 だけどきっとギルヴァは勿論、家族にも迷惑をかけることになる。


「またいつか、笑い合って再会できる日を……信じて待ってるから……だから頑張って」


 アリアは笑顔で語ってくれた。


「はは……お前ってさ。普段はおっとりしてるくせに、時折大胆だったり、強かったりするよな」


「そ、そうかな?」


「そうだよ」


 ギルヴァは約束を誓うようにアリアを抱きしめる。


「お前が信じて待っててくれるんだろ? だったら、安心できる……」


「ホント?」


「ああ……」


 ギルヴァはアリアから離れ、笑顔で別れと再会を誓う。


「じゃあな、アリア。いつかみんなとまた笑顔で再会できる日まで……」


「うん!」


 ギュッと握手をすると、アリアは手に持っていたパンと飲み物などを渡す。


「悪いな。大切に食うよ」


 そう笑顔でギルヴァはこの場を後にした。


 振り返ることのない背中を手を振りながら見送った。


「頑張って。待ってるから……」


 ***


 朝日が指し始めた頃、老商人は馬車へと近付くと、荷馬車を確認する。


 例の木箱を開けると、ギルヴァがすっぽりと中に入っている。


 その手元には女の子のハンカチと食べかけのパンなどが箱の中にあった。


 目があったが、老商人はニッコリと笑うだけで、何も喋らなかった。


 すると、またもや独り言を口にする。


「さて、準備も整ったし、ぼちぼち行くとするかね」


 老商人はゆっくりと馬車に乗り込むと走り出す。


 ギルヴァにとっては難所である町の出入り口前の検問。


 老商人は優しく受け入れているが、もしかしたら裏切るかもしれない。


 そうでなくても、荷物を調べられたらそれまでだ。


 そんなハラハラする心境の中、検問に引っかかる。


「やあ、お疲れさん」


「あ、お疲れ様です。では、さっそく中を確認させてもらいますね」


 その衛兵の声にビクッと反応すると、息を殺す。


 中に入られ、調べられれば終わると思っていると、衛兵は慣れた様子で適当に荷馬車内を確認する。


「はい、以上無し。行って大丈夫ですよ」


「あんがとさん」


 老商人は馬を走らせ、町を後にする。


 そしてしばらくすると、


「坊主、もう出てきていいよ」


 そう声をかけられたので、そろっと出てくる。


「いいのかよ、じいさん」


 この時間の衛兵はテキトーなんじゃよと、経験則から話す。


「構わん。むしろ子供が殺されるところを見る方が寝覚めが悪い。それにワシゃあ老い先短い人生じゃ。まだ未来を作る準備もできとらん子供を助けるのは、老いぼれの仕事さね」


「じいさん……」


「ただまあ、タダ乗りはいかんよ。腰が悪いのは本当なんじゃ、お前さんが一人でも生きていけるようになるまではこの老骨の仕事、手伝ってもらうぞ」


「お、おう!」


 ギルヴァはしばらくの間、この老商人の元で、生き抜く術や旅先での魔法の知識を得ていくことになる。


 この七歳という少年の背中にはどれだけの重荷を背負っていたことか。


 だが、ギルヴァはいつか叶える夢と支え待ってくれているアリアを想いを支えに、強く生き抜いていくのだった。

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