29 兎の知らせ
満面の笑みで、抱き締めてと飛び込んでいく真っピンク髪のうさ耳の獣人。
ボン、キュ、ボンのナイスバディに加え、バニースーツでのご登場。
この張り詰めた空気を問答無用でぶち壊すそのイレギュラーは、クルシア目掛けて飛んでいくが、
「ひょいと」
「きゃん!?」
受け止めることはなく、軽い足取りで逸らすように避けた。
地面にダイブした獣人は、すぐ様クルシアに抗議する。
「――どーして受け止めてくれないんですー!? 私の愛を!! ハグを!! この行き場のない積もる乙女の感情はどこへ!?」
「えっと……一つずつ答えていくと、先ずは本能的に? ほら、人間って獣に襲われそうになったら逃げない? 普通」
「確かに私はダーリンに狂わされた愛のケダモノですけど、それを受け止めてこその甲斐性では?」
「あ……だったらそんな甲斐性なくていいや」
「酷い!?」
その兎の獣人だろうか、反応がいちいち面白い。
耳がピクピクと動き、感情に合わせて立ってみたり、落ち込んでみたり。
フェルサの時もわかりやすかったが、獣人というのはどうも感情が身体でよく表現されるようだ。
「後、行き場のない想いは自慰行為でもして発散して」
「それも酷い!?」
発言も酷い。
そんな変なやり取りをしていると、次元の穴からもう一人姿を見せる。
「相変わらずだなぁ、リュエルの嬢ちゃんは……」
「「ザーディアスさん!?」」
「おっさん!?」
「おい、銀髪嬢ちゃん。おっさんはいい加減やめろ。本当に歳を感じるだろうが」
「おっさんはおっさんだろ?」
「……」
「はははは。ボクもおっさんって呼ぼうか?」
「やめろ! クー坊まで何言いやがる」
ギルヴァ達はクルシアと親しげに話す二人を見て、増援がきたと気を引き締める反面、二人から戦意を感じない。
特にリリア達が顔馴染みであろうザーディアスという男には特に。
そんな面白おかしく話しているクルシアに無視されて、むくれているリュエルは、ふとクルシアの傷口に目に留まった。
「……ダーリン」
先程までの媚びたテンションは、蝋燭の火を消すように、簡単に消えた。
スンと一気に静まると、クルシアは、ん? と反応する。
「その傷は何ですか?」
俺がつけた弾痕を指差すが、その瞳は真っ黒である。
「ああ、これ? いやー、ボクとしたことが油断してね。一発もらっちゃった」
明るくそう話すが、リュエルにはどうも許せないようで、
「誰ですか……?」
ビリっとした殺気を込めてこちらに振り向き、尋ねる。
その視線を送った人達全員を震撼させるほどの悍しく、黒々とした殺気はこの会場の空気さえも塗り替える。
「誰なんですかー? ダーリンの大事な身体に穴を開けたのは……どこのどいつだって訊いてんですよーっ!!!!」
そう怒りに叫びながら、腰につけた小型のバッグからニュッと巨大な両手斧が姿を見せる。
手作り感を感じる石斧が、彼女の狂気を示しているようで、刃先に手入れがされてないのか、血が滲んでいる。
その圧倒的な迫力に思わず萎縮していると、ゆらりと振り下ろす構えを取る。
「そうですか、全員なんですね。この穴を開けたのは。なら全員――」
「待て待て待て! どうしてそういう解釈になる!? やったのは私!!」
弾痕は一発しかないのにと、思わず告白してしまった。
ザーディアスは、あっちゃ〜と手を当てて呆れる。
「貴女ですか。銀髪の……貴女、何処かで見覚えが……いや、聞き覚えがありますねー」
「き、聞き覚え?」
「そうです。その容姿で闇属性持ちの奴が最近ダーリンがお気に入りだって、あの戦闘狂から訊いたんです」
戦闘狂とはバザガジールのことだろうか。
クルシアと親しく、接点があると考えれば自然と答えに行き着いた。
「お前かぁあっ!? このメス豚ビッチがぁ!!」
さっきまでの媚びた可愛げのある表情とは一転、血管を浮かばせるほどにキレた表情をする。
この激変した表情には、ギルヴァ達も真っ青。
「貴女なんですね、そうですか、ダーリンに汚いケツを突き出し、強請る浅ましい豚はぁ!!」
「ひ、酷い誤解だ! 私はそいつにそんな感情なんて――」
「はあっ!? ダーリンほど強く、逞しく、聡明で、可愛くって、カッコイイ男性に惚れない方がどうかしてますよ!? イカれてるんですかぁ!?」
いや、それはない。こんな性格のイカれた奴を好きになる方がどうかしてる。
だなんてさすがに口にはできない状況ではあるが、惚れたら豚扱い、惚れなかったらイカれた人間扱いと、どういう答えがコイツは正しいと捉えるのだろうか。
すると面白くなったのかクルシアが、にゃはと笑っている表情をする。
「いやー、ボクと彼女の関係なんだけどね。さっきまで一緒に踊ってたよ」
「!!」
「お、おい!!」
それってもしかしなくても、戦闘で交えてたヤツだろ!
「それにね、ボク――」
口元に人差し指を当てて、クリっとした表情でトドメを刺す。
「彼女と……ヤリあっちゃった♡」
「!!!!」
凄く誤解を招く言い方でクルシアは言い放つ。
「おい! お前! その言い方――」
「へえーーーー……」
意味深な表情でこちらを見つめるリュエルに、俺はとんでもない寒気を感じる。
「い、今のってそんな怒ること?」
上手く言葉の意図を理解していないアイシアは、リュッカに尋ねるが、知らなくてもいいと首を振った。
そしてその言葉の意図を読み解いたリュエルは凶々しい言葉を並べる。
「そうですかそうですか。このメス豚ビッチには相応の罰を与えなければ。先ずは、そのダーリンに近付く足を、ダーリンの目を汚す太ももごと切断しましょう。その次はダーリンに触れようとするその手。腕ごと切断した後、そのダーリンを誘惑するその二つの駄肉も千切りましょうね。その苦痛を与えた最後には、泣き叫びながら懇願する貴女を見ながら、頭蓋を砕いて粉々にして、誰だかわからないようにしましょうね……」
バラバラ死体にする気満々の発言と雰囲気に、今までにない危機感に苛まれる。
ザーディアスが言っていた通り、ヤンデレとは訊いてたが、ここまでとは思わなかった。
体力、魔力ともにほぼゼロに近い俺に、全てマックス状態のリュエルとやり合うなんて話になれば、それこそリュエルの宣言通りに俺は殺される。
「覚悟は決まった? 決まってなくても殺す。死ねぇ!!」
リュエルが襲いかかろうとした時、
「まあまあ、落ち着いてリュエル」
「ダ、ダーリィン!!」
クルシアがバックハグ。リュエルの機嫌も百八十度回転。急に乙女な表情へと変わった。
こちらからすれば心臓に悪い。
「ちょっとボクの悪戯心に火がついただけじゃないか。ちょっと君が嫉妬するところが見たかったのさ」
ホントかよ(怒)。
「彼女についての興味は君とは違い、女の子としてじゃないよ。ホントさぁ!」
「ダーリンっ!! 大好き!! ダーリンは?」
「はいはい。大好きだよー(棒)」
「――きゃあーーっ!!」
いや、そいつ確信犯だよ! 棒読みだったよ!? 都合よく聞こえてるのかな?
「それで? 言いつけ破ってまで会いにきたのは何? 寂しくなっちゃった?」
ちらっとザーディアスを見ながらそう尋ねると、ザーディアスは軽くため息をつくと、リュエルは嬉しそうに報告。
「寂しかったのは事実ですけど〜、言いつけは守ってましたよ」
「てことは……」
「うん! 見つけたよ。『原初の魔人』」
「――! へえ〜……」
悪い顔をしてみせたと思うと、今度は上機嫌でリュエルを抱き締める。
「よく見つけてくれたね〜! 愛してるよ〜!」
「愛してる!? きゃあーーっ!!」
「ご褒美の約束をしてたね?」
「うんうん」
「帰ったら、可愛がってあげるよ。待っててくれる?」
「きゃあーーっ♡」
バタンと高熱を出したように、目を回しながら真後ろへと倒れた。
「さてさて、いい感じで場を濁されちゃったね。ごめんね、みんな」
「お前の部下はイカれた奴しかいないのか?」
「いやー。彼女に関してはどうしてこうなったのか」
クルシアにとっての唯一の汚点はこの女のようだ。
クルシアもおかしいなと言いたげに頬をかく。
「まあとりあえず、今日はここまでにしよう」
「ふざける――」
「ナタル……」
これだけ場を濁されても戦意を揺らぐことはなかったナタルだが、止めに入る。
そんな俺を見て、ナタルは悔しそうに杖を引っ込めた。
するとタバコをひと息吸った後、ザーディアスは賢明な判断だと話す。
「銀髪嬢ちゃんの言う通りだ、やめときな。そんなボロボロの状態でクルシアとやり合うだけでもやべーのに、そのヤンデレちゃんが起きてもみろ。タダじゃ済まねえ……」
この会場の人達が全員バラバラになる未来しか視えない。
「それにボク自身、やりたいことができたし、ここまでってことで……」
「待ちやがれ! そのイカれ獣人、原初の魔人とか言ってたが、そんなのがいるなんて信じてんのか? 伝説的な話だろ?」
「いるよ。その魔人の魔石の適合者探しも、元々は原初の魔人を見つけるためにやってたことだし――」
それはザーディアスが話していた通りだったと、あの時、酒場にいた俺達は納得するも、知らないギルヴァ達は問い詰めている。
「――まあとにかくその魔石はもう必要ないや」
「ドクターに怒られるぞ」
「あっ!? しまった!」
テテュラの二の舞いにはさせないと、気絶しているアリアを庇うように身を寄せると、クルシアはクスクスと笑う。
「安心しなよ。ドクターには原初の魔人の物で納得してもらうさ。文字通り、もう要らないよ。それに、彼女の場合は取り出さない方が面白そうだしね」
「どういうことだ!?」
「リリアちゃん達にでも訊けばいいよー」
軽々しくそう言い放つと、気絶したリュエルを抱きかかえるが、そうだと忘れ物をしたように閃く。
「置き土産を置いていくよ」
――パチンッ!
「――あっ!? あぁああっ!!」
メルトアの左腕が切り落とされ、勢いよく左腕は放り出される。
「う、うう……」
「メル!? てめぇ……!!」
「ウィンティス。その腕、食っていいよ」
「左様ですか。では遠慮なく……」
そう言うとウィンティスはメルトアの左腕を摘み、大きく開いた口に放る。
人間の腕を咀嚼する音が、生々しく聴こえる。
目の前で切断された腕を、目の前で食われる現象はさすがに堪える。
「うう……!!」
元々、腹を殴られた影響で気持ち悪かった俺が、吐き気に負けることなど当然のことだった。
「おやぁ? リリアちゃんって意外とこういうのダメ? 魔物が人間を食うなんて普通だろ? でも可愛いところもあるじゃない」
「だ、黙れぇ……」
よく噛んで、ごくんと飲み込んだ音を鳴らすと、不服そうに文句を垂れる。
「ふむ……三属性とはいえ、こうもワタクシの属性が無いと中々味気ない。質は良いのですが……」
「あっははははっ!! 腕を喰われたのに、文句言われてるよ? メルちゃん」
止血をされているメルトアに改めて認識させる。
「きっとこのまま放置すると、君は死んでしまいそうだからね、復讐という名の希望を置き土産に置いていくよ。その無くなった腕と……」
ちらっとガオルが抱えるリアンの首を見る。
「その親友さんの死を感じて、せいぜい復讐心でも燃やしてなよ」
その発言は興味が薄れているように言葉が投げ捨てられていた。
まるで後日談として眺めるだけでいいと言った投げやりな感じ。
「ふざけるな。もうお前にこれ以上振り回されてやるもんか。メルもラルクもアリアも……俺だって!」
そう宣言するギルヴァを不敵に笑うと、ひらひらと手を振る。
「まあせいぜい頑張んな――あおぅ!?」
「はいはい。もう行った行った」
ザーディアスが散々遊んだだろうと、無理やり次元の穴へと押しやる。
「ちょっ、ザーちゃん!?」
「その悪趣味、さっさと直せ。まったくっ!」
「――おおっ!?」
ザーディアスはクルシアの頭を足蹴りして、次元の穴へと突き飛ばす。
「悪りぃな。とりあえずおじさん達はこれで……」
「おっさん!!」
「……まあ詳しい話はお前さんらがイケメン王子様に報告する際にでもするさ。だが、せっかく西大陸の大御所さんらが首揃えてんだ。俺からも置き土産だ」
クルシアの強さや悪癖を思い知っただろうにと、呆れながら次の情報をくれた。
「さっきもリュエルの嬢ちゃんが言った通り、原初の魔人を見つけた。詳しい場所まではまだ把握してないが、西と南だそうだ」
「な、なんだと!?」
「覚えくらいあるだろ? 信じてない連中の方が多いが、この大陸にゃあ龍神王の伝説は語られてんだろ?」
そういう伝承が風化することは良くある話だが、龍神王が居たとされるドドニアのような場所では信仰もされてるわけだしな。
するとアイシアは首に下げた龍神王と思われる人物が渡したであろう宝石を手に取る。
「原初の……魔人」
何か言いかけたアイシアに、口元を人差し指で軽く押し当てて、黙るよう促す。
「まあお前さんらが血眼になって探しても、おそらくは見つからんだろう。でなきゃ、今まで開拓してきた土地からひょっこり出てくるはずだからな」
「だが、それはクルシア達も同じだろ?」
「おいおい、あいつらの異常さをもう忘れたか? そういうアンテナと立ち方も異常なんだよ。おそらく簡単に見つけるだろうさ。専門家もいるしな」
原初の魔人を見つけ出したという、あのヤンデレ獣人のことだろう。
「そして奴らは十中八九、原初の魔人を殺す」
「!!」
「その時にどんな影響が出るかは想像もつかんがな」
「どういう意味だ……?」
「言った通りの意味だ。原初の魔人はこの世で最も濃厚かつ洗練された魔力を持つ存在。その場にいるだけでも環境に多大な影響を与えただろうぜ。だとすれば手を出されりゃどうなるかは、規模くらいなら目処もつくだろ?」
何が起きるかはわからないが、確かにそう言われると、規模が大きくなることは確定だろう。
「止める」
「お前さんら無理だろ。リーダーが片腕を切り落とされ、もう一人は死んじまってる。帝都でもどこまでが信用して真面目に探すかねぇ。ま、起きた後の対策を練る方が賢明だ」
「じゃあ南は?」
南大陸の現状がわからない以上、得られる情報は多い方がいいが、
「南は言わずとも想像くらいはつくだろ? 亜人種の国もあるんだ。エルフ共なら原初の魔人の情報も知ってるだろ?」
「今までだってそれくらいは予想がつくんじゃなかったの?」
当然わかっているさと前フリを置くと、
「クー坊自身もなまじ居ればいいなくらいだったんだよ。原初の魔人は数千年もの間、確認されちゃないんだ。的確な情報が出てくるほうが異常だろ?」
わからないではない回答が返ってきた。
何でも確信に近い情報をあのヤンデレ獣人が得たことで、問い詰めるきっかけができたという。
「とりあえず西連中は気を付けろってこった。な? 割といい置き土産だったろ?」
信用ならないと言いたげは疑いの眼差しを向ける西大陸勢だが、アイシアが再び説得を試みる。
「ザーディアスさん! 考えは変わりませんか?」
「……変われねぇな。俺はクー坊寄りの中立だ。原初の魔人の居所が掴めそうなこっちにいる方が安全だ。悪いね」
そう言うとザーディアスも次元の穴へと入っていく。
「まあだが、クー坊に何も言われねぇ限りは嬢ちゃん達には手を上げないさ。それまで仲良くやろうぜ」
ひらっと手を上げて背中でそう語り、姿を消した。
嵐がようやく過ぎ去ったと一同安堵するも、メルトアは現実を受け止めるよう、目の前の光景が教える。
「大丈夫か? メル」
心配そうに声をかけてくれる同僚達もズタボロ。たすけるべき、元奴隷達はほとんどが気を失い、幼馴染みも疲弊している。
そして何より現実を思い知らせるのは、ネネが治癒している亡くなった左腕とガオルが泣きながら抱きしめるリアンの亡骸。
クルシアからの置き土産は、メルトアを追い詰めるには十分過ぎた。
メルトアは自分の非力さ、怠慢、傲慢、驕りを呪った。
自分がもっと自分の力に酔わず、広い視野を持って物事を判断できれば、こんな事態にはならなかったと……。
「あ、ああ……ああああああああーーーーっ!!」
堪らず叫び泣く。
その心境を悟らないものなど居らず、それにつられた五星教の女神騎士達も涙腺が緩んだのか。
「――あぁああっ!! ちくしょおーーっ!!」
「「――ああああーーっ!!!!」」
メルトアを中心に四人で抱き合いながら、泣き叫んだ。
そんな状況を部下達も心情深く、同情の涙を流す。
アイシアも堪らず同情心を抱き、涙を流しながら後悔する。
「私達が……もっとぉ……」
俺はポンとアイシアの肩を叩き、首を軽く横に振った。
「私達はやれるだけのことはやったよ」
「リリィ……」
「……ちくしょお……」
だが俺自身も悔しさを隠し切れなかった――。
――クルシアの宣言した『歌鳥の鳥籠』はこれにて閉幕した。
結果として、アリアという魔人の魔石の適合者の保護には成功したが、あまりにも後味の悪い結果となった。
あの後、外で待機していた五星教とファニピオンの警備隊が突入。
事の次第を冷静さを取り戻したミナールが説明すると、俺達の身柄も保護される形となった。




