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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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25 メルトアとリアン

 

「アイツ……黒炎の魔術師」


「あれがヒューイちゃんが見た銀髪の……」


「らしいな。おい、メル! ここに……ってどうした?」


 ヒューイ達がクルシアより、俺のことを見て意見を(あお)ぐが、聞こえていないようだ。


 反応がないことに苛立ちを見せながら、もう一度……、


「おい! メ――」


 リンスが話しかけた時、瞬時にその場から居なくなると、クルシアに斬りかかるメルトアがいた。


「――クルシアぁああーーっ!!!!」


 鬼気迫り、狂気でも宿したかのような形相で、斬りかかるも、バシッと片手で受け止められた。


「血の気が多いなぁ。それにそんなにしわ寄せちゃ――」


「ふっ!!」


 受け止められた剣を強引に引っ張り抜き取ると、今度は連続で斬りかかる。


「ははははっ!! まるで獣だな。ねえねえ、ちゃんと首輪つけといてくれる?」


 メルトアの剣撃をいとも容易く回避する様に、リアン達を含め副隊長達も唖然とする。


「お、おいおい、冗談っスよね? あのガキ、あれだけ激しいメルトア様の剣撃をものともしてないっスよ。アイツ何者なんスかね? ラルク先輩?」


 ラルクもクルシアに見覚えがあるせいか、震えが止まらない。


「ちょっ。なにビビってんスか?」


「クルシアだ……」


「は?」


「黒炎の魔術師なんかよりも、恐ろしい闇属性持ちなんだよ! 彼は!」


「……クルシア」


 リアンはどこかで聞いたことがあると、記憶を辿る。


「確か、ファミリーネームはレイフィールじゃない?」


「――っ!! は、はい!」


「なるほど……!」


 メルトアはクルシアに蹴り飛ばされるが、周りなど一切見えていない様子で暴走を続ける。


 あまりの暴走ぷりに、いつもなら我先に突っ込むリンスですら、


「ありゃマズイな。止めるぞ」


「うん」


 リンスとヒューイがメルトアに向かい止める。


「落ち着け、メル!」


 リンスはジャンプしてから勢いよく大剣を振り下ろし、地面を爆発させると、ヒューイがその爆発によって動きが止まったメルトアの周りを氷で囲み、身動きを封じた。


「なんのつもりだぁ!! リンス、ヒューイ!!」


「ちったぁ落ち着けって言ってんだよ。お前らしくもない」


「落ち着いて、メルちゃん」


「メル、落ち着け」


 女神騎士達、全員察した。


 あの男こそ、メルトアにこんな道を選ばせた人物なのだと。


 リアンも説得に入る。


「メル、落ち着きなさい」


「リアン! お前まで……なんのつも――」


 ――パァン!


「……」


 リアンが思いっ切りメルトアを引っ叩いた。


 メルトアとリアンとは、共に切磋琢磨してきた仲だからこそ、この行動は意外だった。


 そんなメルトアに優しく話をするリアン。


「貴女がどんな気持ちで今まで闇属性持ちを殺してきたのか知ってる。そんなやり方は正しくないって私、散々言ってきたけど、それでも見守ってきたのは……貴女を変えてしまった元凶を探し出すことだよ」


 リアンはジッとクルシアを見る。


「あれが貴女の仇?」


「え、ええ。あの男は……私の家族を皆殺しにし、嘲笑(あざわら)ったのよ!!」


 メルトアはあの悲劇の惨状を今でも思い出す。


 ――風の防壁が止み、血に染まる噴水が顔を覗かせた時、目の前には腕を裂かれた父。上半身と下半身が離れた母。右腕と左足を無くし、歪な形となった兄の死亡している姿が並んでいた。


 メルトアは風の防壁が張られた時、兄の手によって突き飛ばされ、間一髪、クルシアの毒牙から逃れられたのだ。


 ただ……幼かった少女からすれば、正に生き地獄の光景。


 家族の死体が並ぶ中で、まるで家族の死を(わら)うように噴水から見下ろしていたクルシアの悪辣な笑みを覚えている。


 いくら消したいと望んでも、消えることのない思い出。


「そう。だったら、復讐しなさい」


「!」


「お、おい。リアン?」


「そう。アイツがあの『血染めの噴水』を起こした張本人なら、死罪も確定している。だから存分にやりなさい。ただ……約束して欲しいことがある」


「約束……?」


 リアンは静かに頷くと、こう切実にお願いする。


「本当の貴女を取り戻して欲しい」


「……!」


 ***


 ――リアンは五星教に入ってから、ずっとメルトアの隣で戦ってきた。


 自分とは価値観の違う女の子。


 リアンは元々孤児院の出身で、十二の時に自稼ぎをし、自立できるようにすることを目的に五星教に入った。


 十二という若さで入ったが故、勿論、同期は年上ばかり。


 孤児院育ちの自分が馴染めるわけもないと思っていた矢先、彼女を見かけた。


 だがメルトアは既に出世街道を走っていた。


 同期に尋ねると、なんと七歳の時に五星教の門を叩いたという。


 当時の五星教は彼女が何故、門を叩いたのかの理由は明確だったが、さすがに七歳の娘に剣を振らせるわけにも、魔法で魔物退治などさせるわけにもいかなかった。


 保護という形で五星教に置いたのだが、みるみる才覚を発揮し、五星教の天才児としての立場を確約した。


 その理由を調べて出てきたのが『血染めの噴水』。


 パルマナニタで起きた最悪の悲劇。噴水広場にて総勢、五十名以上がバラバラになって殺害。犯人はクルシア・レイフィールという当時十二歳の少年。


 一度は捕まるも、翌日には脱獄を果たし、『レイフィール家の惨劇』を起こしている。


 こちらは死人は出なかったものの、レイフィール家の人間、使用人は手足の指を切り落とされたり、千切られたりされて発見。


 レイフィール家の人間はその後、西大陸住民以上の恐怖心を闇属性に抱いて引きこもり、使用人も別大陸に移り住んだという。


 リアンは彼女が『血染めの噴水』の被害者だと知るや、元々お節介な性格のリアンは、彼女の話し相手になろうと考えた。


 石畳の廊下で話しかけた彼女の背中はどこか、寂しそうで見ていられなかった。


「ねえ! あなた……」


 くるりと振り返り、当時はまだ長髪だった金色の髪を(なび)かせメルトアは、まだ幼さが残る声調に反応する。


「なに?」


 その表情は今でも良く覚えている。


 幼さが残りつつも、ツンとした顔付き。軽く睨むその瞳には自分とはかけ離れた覚悟を感じた。


 だがその中に、本来、人としてあるべき温度を感じなかった。


 例えるなら井戸の底。


 雪が降り積もる中で深く、暗く、冷たい井戸の中にでもいるかのような希望を失った瞳。


 小さな井戸から覗く空を、届かないと諦めたかのような悲しげな瞳。


 リアンは思わずメルトアを抱きしめた。


「は? えっ!? なに?」


 混乱するメルトアを他所に、リアンはギュッと体温を感じれるように抱き締める。


「……ごめんね」


「は?」


 初対面だというのに謝られたことに覚えのないメルトアは、訳がわからないと少しずつ苛立ちを見せ始めるが、


「ごめんね」


 そう言って顔を上げたリアンの顔もまた、メルトアは忘れられない。


 そのリアンの表情は後悔の念に駆られ、涙した顔だった。


 メルトアは一般人はともかく、五星教は組織が闇属性の根絶を掲げていることから、同情心で見られることが多かった。


 しかも七歳の時からここにいる。


 年上ばかりの環境では一層可愛がられたが、本人の心境は言わずもがなである。


 同情心など必要なく、ただ復讐したい。


 そのためには同じ立場になるべく、認めて欲しいという気持ちの方が強かった。


 だからこそ、同じ歳のリアンからの涙には何か感じるものがあった。


 リアンのその表情の先には、同情も含まれていたのかもしれない。それでもそれだけではない。


 リアンのごめんねには、助けられなくてがついていたのかもしれない……そう受け止めた。


 ――その後、リアンとメルトアは交流を深めていくことになる。


 階級的差はあったものの、同じ歳ということもあって居心地が良いと感じていた。


 リアンは孤児院にいたような懐かしい感覚を、メルトアは今は遠い故郷の幼馴染みと過ごした日々を思い出すかのように――。


「はい! クッキー焼いてきたよ。おすそわけ」


「……リアン、ちゃんと稽古(けいこ)に励んでるの?」


「当たり前! 早くメルに追いつかなくちゃ」


 五星教の本拠地での休憩中。


 いつものようにメルトアの隣へポスンと座ると、少し深刻そうに話す。


「……聞いたよ。新しい五星教の制定、闇属性の即時抹殺の件……」


 この時既にメルトアは五星教の副隊長クラスまで昇り詰めていた。


 この法案を提案したのは、メルトアだと訊いて尋ねにきたのだ。


 メルトアはいつも通り、リアンのお土産を口にしながら、淡々と答えた。


「ええ。いい案でしょ?」


「そんな訳ないでしょ? 色んな反感を買うよ。人権侵害とか、五星教の印象とか、メルトア自身の印象も悪くなっちゃう」


「別に気にしない。私の目的は、あの男を殺すこと……」


 ありがと、とお礼を言うと座っていた椅子から立ち上がり、その場を去ろうとする。


「心配してるんだよ?」


「……わかってる。だけど、色んなところからも心配されてる。貴女だけじゃないの」


 そう言いながら少し嬉しそうな表情で振り向いた。


「でも貴女からの心配は嬉しいわ。ありがとう」


 お互いにとって特別になっていく。


 メルトアからすれば、もう無いと思っていた感情と関係。


 それでもくすぐったいから距離を置きがちになるが、内心はすごく嬉しかった。


 リアンもまた、そんな変わっていくメルトアを見て察しているからこそ、離れないようにと考える。


 何故なら、少しずつ表情が豊かになってきている反面、やはり闇属性に対する憎悪は深く、根付いているように受け止めている。


 先程の法案がその証拠である。


「そんな調子じゃ、嫁の貰い手が無くなるわよ」


「……! そんなの気にしないわ。それに私みたいな女を欲しがる男なんていないわ」


「いる!」


 自信満々に宣言するリアンに思わず、呆れた表情をする。


「ちょっと! そんな顔する?」


「する。馬鹿みたい……」


「そんなことないって。メルを心から愛してくれる男の子が出てくるって」


「ない」


「もう! どうしてそんなこと言うかなぁ?」


 こんな年相応の話もするが、そんな未来などメルトアは本当に考えられなかった。


 ――そんなやり取りがあった数日後、メルトアの故郷近くで任務を行っていたリアンは休憩がてら、街を散策していた。


 パルマナニタの景観は目を奪われるものではあったが、ただ一つ、寂しげに立つ女神像の噴水だけは孤立していた。


 だがその噴水をポツリと、寂しそうに眺める一人の女の子がいた。


 ここの噂を五星教の同期や先輩から知っていたリアンは、心配そうに尋ねる。


「あまりここに長居するのは、危ないんじゃないの?」


 住民達を刺激するだけだと注意をすると、ブルーグリーンの髪の彼女は驚いて振り向く。


「――ひゃい!? ご、ごめんなさい……って、ご、五星教の方ですかぁ? はわわ……」


 どこかおっとりとした天然混じりの女の子。


 迷子にでもなったのかと思っていると、一人の男の子が慌てた様子で走ってくる。


「だ、ダメだろ。ここには近付くなって言われてるだろ? いつになったらわかってくれるんだ……」


「ご、ごめんね、ラルク。でも二人のことを考えると……」


「気持ちはわかるけど、ギルもメルも……もう昔みたいには戻れないよ」


 そう言って、ラルク少年はブルーグリーンの少女を引っ張っていくが呼び止める。


「ちょっと待て!」


「……? 何ですか? 五星教の方には、その……この噴水に関して思うことあるだろうけど、許して欲しい」


「ああ、違うの。メルっていう()に覚えがあってね。彼女もここ出身なの。メルトア・キューメルっていう――」


「トアちゃんのこと、知ってるんです!?」


 物腰の柔らかい彼女から出るとは思えない声が出た。


 ガシッと両肩を掴まれて尋ねられると、リアンはラルク達と話をする。


「――そっか。トアちゃん、五星教に……」


「うん。もう幹部になれてもおかしくないくらいの功績を残してね」


「そんなに……」


「でもまさか、メルの幼馴染みと会うことになるなんてね」


「私も。トアちゃんのお友達と会えるなんて……」


 こうは言うがその本人がいない挙句、初対面だ。


 リアンは止めて話を聞ける状態にしたは良かったものの、どこから話を切り出せばいいかわからない。


 何せメルトアの人生を狂わしたのは、この町では禁句(タブー)とされているお話だ。


 ズカズカと他所様の心の傷(トラウマ)をえぐるのは、よろしくない。


「……私があそこに居た理由は訊かないんですね?」


「……えっ?」


「アリア……」


「私、ふと二人のことを思い出す時は、決まってあそこに立つんです。もし……あんな事件が起きなければ、今も四人で笑い合ってたのかなって……」


 アリアの口から切り出してくれたのは、有難いがとても踏み込んだ話はできない重苦しい雰囲気。


「四人って?」


「僕達とメルトア以外にもう一人、闇属性って判定された子がいたんです。ギルヴァって男なんですけどね」


「!」


「あ、言っときますけど、僕達居場所知りませんから……」


 五星教に対し、闇属性の話をするのはご法度とわかりつつも、メルトアの話ということで教えられた。


「もしかして、メルとは喧嘩別れしたの? そのギルヴァって子は……」


 するとアリアは凄く沈んだ表情へと変わった。ラルクは少し機嫌を悪くし、


「わかるでしょ? この大陸じゃ、闇属性ってだけで殺される。ギルヴァがどんな奴かも知らないで……」


 文句を垂れた。


「ご、ごめんなさい」


 リアンは何か話題を変えられないかと模索すると、やはりメルトアの話をしようと切り替える。


「ね、ねぇ。幼い頃のメルについて教えて欲しいな。やっぱり今みたいにクールだったのかな?」


 メルトアの印象を訊いた二人は、ハッと驚いた表情でこちらを向く。


「……そ、それ……本当にトアちゃん?」


「え?」


「メルはいつも笑顔で明るく、優しい女の子だったよ。あの事件があってからはいつの間にか居なくなってたけど……」


 その後、お互いのメルトアについて話し合った。


 リアンの知るメルトアは、他人にも自分にも厳しく、微笑むくらいはするが、笑顔と呼べるほどの明るい印象はない。


 鎧姿がカッコ良く映える凛々しいイメージ。


 アリアやラルクの知るメルトアは、他人にも笑顔を振りまくような明るく元気なことが評判の町娘。エプロンドレスがお気に入りで、良く母親と料理を作っていたそう。


 フリル服が良く似合う可憐な少女というイメージ。


「もしかして……別人ってことはないよね?」


「それはないよ……」


 そう言ったのはアリア。


 それだけ変わってしまったメルトアに心当たりがあるようだ。


「どうしてそう言い切れるの?」


「……ギルが言ってた。――あいつは変わったって……」


「えっ!? いつ? 僕、知らないけど……」


 そんな話は聞いてないと驚くが、アリアは黙り込んでしまった。


 そろそろ話は終わりにした方がいいと、リアンは切り出す。


「辛い話をさせてごめんね。でも……そっか」


 彼女の恨みを考えれば、性格の変化はわからないではない。


 そのギルヴァという子の間でも何かあったようだと考えるが、それを訊くことはできなそうだ。


 だけど、一つ。大事なことは伝えようと優しい物腰で話す。


「メルのことは任せて。メルは今もずっと一人ぼっちで歩いていっちゃう()だけど、絶対間違った道には行かせない。戻ってこれない道へは行かせない。……約束する」


 それを訊いて安心したのか、アリアは涙を流す。


「トアちゃんのこと、お願いします。あと私達はずっと待ってるから、いつでも帰ってきてって伝えて下さい。私……待つことしかできないから」


 二人の覚悟を訊いたラルクは(のち)に五星教へと配属し、メルトアの側近になる。


 リアンも必死で頑張った。


 メルトアを一人で行かせると、きっと無茶をして、いつか取り返しがつかないことになるのではないかと。


 家族を残酷に奪われた怒り、悲しみ、憎しみ、寂しさは今もなお、歪にも彼女の力となっている。


 だが、それはいつ崩れて壊れてもおかしくはない。


 あの背中と表情がそれを裏付けている。


 だからこそ側にいてあげたいとお節介なリアンは努力を続け――、


「――やっとここまで来たよ。メル」


「……」


 その時の顔もよく覚えている。


 困ったような笑顔ではあったが、嬉しさが(にじ)み出ていたような表情。


 自分を理解しようとし、歩み寄ってくれるのがこそばゆいといった表情だろうか。


 リアンもその表情が嬉しかった。


 ***


(――あれから色々あったけど……)


 リアンは振り向き、キッと睨む。


 ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら、鳥籠(とりかご)に寄りかかるクルシアを。


 リアンはメルトアにケジメをつける好機だと決意する。


 あの男に復讐を果たすことができれば、彼女の中でまた何か芽生えるはず。


 今のメルトアを作っているのは、この(クルシア)の影響によるもの。


 メルトア自身の心の整理がつけば、きっと変わっていける。この歪に狂ったこの大陸も、メルトア自身も。


 だからリアンは敢えてリリアを見逃した。


 リアンはリリア達に感謝を伝えるように視線だけを軽く送ると、すぐにクルシアへと向く。


「貴方がクルシア・レイフィール?」


「そうだけど、ファミリーネームを訊いたのは久しぶりだ」


「不快かな?」


「いいや。むしろ心地良い」


 そう答えたクルシアに、少し不思議そうに眉を(ひそ)める。


 それを汲み取ってクルシアは答えた。


「不思議かい? そりゃそうだ。ファミリーネームを知ってるなら、事情もある程度は把握してるんだろ? ボクが軟禁されてたことも……」


「まあね」


「ボクはむしろ感謝してるのさ。ボクを育ててくれたあの屋敷にはね。こんなにも人生を楽しめるのも、あの軟禁生活のおかげさ!」


 俺はやはりあの軟禁生活からくる暴走が、今のクルシアを作ったものだと改めて認識する。


「でも貴方の狂った人生を彩るためにどれだけの血が流れたと思っているの? メルだってその一人」


「知ってるさ。ボクの趣味は人生観察と人間観察だ。面白そうな奴はピックアップしてるよ」


 この悪辣さ加減に、冷静であるはずのリアンも苛立ちの中に目眩も感じる。


 この男は人を玩具程度にしか認識してない。いや、割り切ってるとまで言っていいと認識させられる。


「だが……それも今日で終わりだ! クルシア!」


 少し冷静さを取り戻したメルトアが剣を構えて、リアンの隣へ。


「メル。落ち着いた?」


「少しね。でも、ありがとう」


 リンス、ヒューイ、ミナールも臨戦態勢でメルトア達の側に寄る。


「ハッ! あんなクソガキ、さっさととっちめようぜ」


「うん」


「サポートは任せてください」


「みんな……ありがとう」


 メルトアは仲間達の意志を想い継ぐように、覚悟の表情を見せた。


 副隊長達もあの五人ならやれると、確信を持って喜ぶが、ただ一人、不安を拭えないものがいた。


「ラルク先輩、なんて顔してんスか。確かにあのガキ、メルトア様の剣撃を(かわ)してましたが、さすがに五人がかりなら大丈夫っスよ」


「そ、そうだね……」


 五星教が確実にクルシアをやれるという雰囲気の中、


「待て! メル!」


 それに水を差すように忠告が入る。


 メルトアはその声のする方に冷たい視線を向けた。


「お前が強くなったことはわか――」


「黙りなさい。次は貴方達なのよ、ギル」


 リアンはメルトアの視線の先を見て、彼が最後の幼馴染なのだと気付いた。


 メルトアの反応を見るに、二人の間に何があったのかは、簡単に察することができた。


「お前――」


「なら任せる。五星教の女神騎士様」


「何故止める! カミュラ!」


「今、私達が加勢に入るのは無理」


 そういうと五星教の副隊長らに目線を送る。


「恐らく二重結界が張ってある。黒炎の魔術師封じにね。実際、この指輪をつけていても倦怠感はあるでしょ?」


「そういえば……」


 俺とギルヴァは興奮していたせいか、まったく気付かなかったが、確かに身体に変な重量感を感じる。


「私達は大人しくしていた方がいい」


「だ、だが……」


 ギルヴァは焦りを見せながら、アリアを見る。


「言ったでしょ? ()()は大人しくって……」


 カミュラはチラッとリュッカ達を見る。


 それに勘付いたリュッカ達は、五星教がクルシアに気を取られている隙を(うかが)うことに。


「わかりました。あそこの皆さんは任せて下さい」


 俺達、闇属性組み以外は、こそっと救出作戦を決行する。


 おそらく激しい戦いが予想される。できる限り無傷で救出したい。


 虐めていたクルシア本人の興味もメルトア達に向いたおかげだ。


 そのクルシアだが、楽しそうに不敵に笑う。


「フフフ……五人でいいのかにゃあ? そこにいる副隊長さん達でも、黒炎の魔術師さん達にも加勢を求めてもいいんだぞ?」


「副隊長らはともかく、あいつらは論外だ。お前こそ、その減らず口を吐き終えたか?」


「いんにゃあ? これからも吐き続けるからご心配なく〜。……じゃあそろそろ――」


 パチィンッ! と会場に綺麗な指鳴らしの音が響くと、クルシアは目の前に居なくなっていた。


「――始めようか?」


「「「「「!?」」」」」


 リアンの背後にスッと現れたクルシアに一瞬、動作が遅れるが、


「はあっ!」

「――っ!!」


 メルトアとリアンは振り返りながら、クルシアを斬撃するも空振る。


「なろぉ!」


 素早く後ろに跳んで回避したクルシアに対し、リンスとヒューイが迎撃しようとするが、


「リンスちゃん待って! 貴女は私と援護!」


「ああっ!?」


「彼の動きが速くて貴女じゃ無理よ」


「チッ!」


 リンスはミナールの方まで下がると、ミナールは詠唱を、リンスは大剣の術式を利用し、炎の槍を空中に作る。


「飛んでけ!!」


 ギュンと炎の槍はクルシアを狙い撃つ。


「軽い軽い……!」


「よそ見……厳禁!」


 クルシアに追いついたヒューイが抜刀すると、地面から無数の尖った氷が突き出る。


「あっは! 危ないなぁ……ん?」


 空中へひらりと(かわ)すクルシアだったが、そこを二人の刃が太刀を入れる。


「――はああああっ!!」

「――やあっ!!」


 受け身を取るクルシアは、二人の剣撃に吹き飛ばされると、壁に激突。


「手応えは……」


「ない」


 風の障壁で守っていたのだろう。二人に身体を斬った感覚はなかった。


 その証拠にクルシアは、タンと軽い足取りで体勢を戻す。


「この程度かい?」


「まだだっ! ミナール!」


 クルシアと五星教トップの激しい激突が繰り広げられる中、副隊長達はクルシアの力に脅威を感じ始める。


「あの男、闇属性持ちでありながら、この二重結界をもろともしないなんて……」


「加勢した方がいいっスかね?」


「いや、下手にあの中に入る方が危険かと。どう思われます? ラルク殿。……ラルク殿?」


 ガオルは反応のないラルクに首を傾げて、顔を見ると、ハッとなって気付いた。


「ご、ごめん。何?」


「こんな事態なんです。しっかりなさって下さい。貴方やメルトア様にとって、あのクルシアという男は因縁じみたものがお有りで、思うこともあるでしょうが……」


「シャンとして下さいっスよ。先輩」


「ああ、うん。それで?」


 はぁとため息を漏らすと、ガオルは加勢について話すと、ラルクは否定的な意見を述べる。


「メルの邪魔になるだけだし、情報によればクルシアはSランクを超える化け物だ。僕らがすべきことは……!」


 そう言ってアリアがいる鳥籠(とりかご)を見ると、アイシア達が誘導している姿があった。


 それにはガオルも気付いた。


「何をしているのですかっ! 貴方達!」


 ガオルはアイシア達に怒って注意するも、ユネイルが言い返す。


「お前さん達が本来助けなきゃならねぇ、人達だろうがぁ!」


 ぐうの音も出ないと黙ってしまったガオル。


「ま、正論スね」


「おい!」


「とりあえずこの戦闘が終わるまでは保護して欲しいっス〜」


 激しい戦闘中に大手を振ってする会話でもないだろと思いながらもユネイル達はラッキーと思うわけで。


「五星教がしばらくこっちに手を出さないってことは……これも俺達で保管してもいいってことだよな」


 ユネイルの手には魔人の魔石。


 まさかこんな形で手に入るとは思わず、リュッカ達も思わず喜ぶ。


「これで目的は達成。……あれ以上の被害が出なくて良かった」


 木になり、死んでしまった二人には悪いがと、申し訳なさそうに口にした。


「カルディナちゃん達も大丈夫?」


「……情けないところを見せてしまったわね」


「ぷあっ! ありがとう……ございます。ですが……」


 カルディナ達の拘束を一部解くが、クルシアはわざとこの三人の拘束は解いていないため、悩んでいると、


「――捕らえなさい! ――グランド・ウォール!」


 四方から大きな岩壁が地面から瞬時に起き上がるように出現すると、クルシアを囲んだ。


「ハッ! 蒸し焼きだ! ――エクスプロード!」


 その中を炎の爆発により、熱と衝撃を閉じ込めるが、唸る嵐の障壁で防御しつつ、岩壁を破壊。


「こんなもんかい? ボクはまだまだ無傷だよ」


 余裕の笑みを浮かべるクルシアがそう生意気な口調で挑発するのも当然。


 女神騎士達からは激しい戦闘に酷く体力が消耗している。


 だがメルトアも攻撃を止めるわけにもいかない。


「まだまだ」


 ヒューイ、メルトア、リアンがクルシアを囲みながら、激しい近接戦が繰り広げられ続ける。


「必死だねぇ、メルちゃん。そんなに欲しいかい? ボクの首が?」


「ええ。それだけを欲するために……生きてきたのよ!!」


 するとクルシアを強く弾くと、クルシアの着地地点に魔法陣が展開する。


「――闇染まる愚か者に光の洗礼を! ――ライトロード・サンクチュアリ!!」


「なっ!? これは……」


 その魔法陣からは光の帯のようなものが、無数にクルシアを中心に渦を巻くと、全方向から光の帯達がクルシアを拘束した。


「む、むむっ!?」


 まるで包帯でぐるぐる巻きにされたように、拘束されたクルシアはジタバタと暴れ出すが、ビクともしない。


「無駄だ、クルシア。この拘束結界魔法は光属性の最上級魔法であり、この勇者の聖剣より遣わされたものだ。そう易々とは壊せない。……術者以外はな!」


 そうクルシアの首を落とそうと身構えると、冥土の土産に種明かしをする。


「私が無策に動き回っていたとでも思ったか? 貴様との距離を取りつつ、私は地面を軽く切り傷を作ることで、発動条件を満たしていたのだ」


 メルトアの持つ勇者の聖剣は、勇者によって術式が彫られている。


 そこに魔力の通う力場を傷つけ、拘束範囲と規模を制定。その力場から溢れる魔力を使い、光属性の最上級拘束魔法を使用したのだ。


「むうっ!? むうう!!」


「いざとなれば命乞いか。本当に呆れた男だ!」


 メルトアが首を斬り落とすために、聖剣を振りかぶるが、俺は変な違和感を感じる。


 あのクルシアがやられる? 正直、やられること事態はいいが、あんなに苦労させられた奴がこうも簡単に?


 クルシアの本質を知るが故に、妙に引っかかる。


 確かに五星教の五人はみんな強かった。


 本来なら肉体型の四人も勇者の武器を使っているせいか、魔法を使いながらの近接戦闘は見事なものだった。


 特にメルトアとリアンの連携は凄かった。


 メルトアが虹色に輝く七つの刃を宙に携えながら怒涛の攻めをしながらも、まったく邪魔することなく、フォローに入る連携など、阿吽の呼吸といったところ。


 しかし、それでもそもそもクルシアが簡単に拘束魔法で捕まるものだろうか?


 仮に捕まるとしても、あんなに必死に抵抗するだろうか……。


 騒ついた違和感が拭いきれず、何の証拠もないがと叫び止める。


「――待……」


 メルトアは勢いよく、光の包帯に包まれた首を斬り落とした。


 俺の叫びはその一閃と共に止まった。


 首の取れた胴体からは血しぶきが湧き、転がった首は無残にも転がった。


 まだ光の拘束が解けない首を見て、メルトアは思わず涙する。


「終わった……終わったよ。パパ、ママ、お兄ちゃん」


 あの日以来、閉ざしていた本当の自分がふと顔を覗かせた。


 それを遠く仲間達に見守られながら……。

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