23 歌鳥の鳥籠
魔法陣から抜け出すと、店長が澄ました顔をして待ち構えていた。
全員が出てきたのを確認すると、奥の方へ案内するといい、俺達は店長の後をついていく。
窓一つなく、カツンカツンと響くこの肌寒い廊下。おそらくは地下に作られた施設と思われる。
俺達はキョロキョロと何もない廊下を進むと、大きな扉が見えてきた。
「こちらが会場になります。お席はご自由にお座り下さい。先程も申しましたが、オークション開始までお時間が御座います。開始時間まで今しばらくお待ち下さい」
店での対応とはまた違う、丁寧な物言いに違和感を感じつつ、中へと案内された。
すると――、
「これは……!」
「広いね……」
先ず、パッと目に付いたのは、体育ドームくらいの広い空間のど真ん中にある巨大な鳥籠。しっかりとした鉄格子のようだが、中の広さも大分あるようだ。
この中で歌ったり、踊ったりして奴隷は自分をアピールするのだろう。
そしてその鳥籠を囲むように、丸いテーブルがいくつも用意されており、そこには飲み物と軽食が用意されていた。
さながらパーティー会場である。
ここにいる連中は、奴隷へと堕ちた人間を高みの見物をしながら食事を取り、最終的には気に入った奴隷を買い取り、その奴隷の人生を嘲笑うのだろう。
なんとも悪趣味だと考える。
他の客らは変装用マスクをしている奴らがほとんど。たまに俺達のようにフードで顔を隠している奴がいる。
俺達もあまり顔を見られないように、深くフードを被ると、近くのテーブルへ身を寄せる。
「ここが歌鳥の鳥籠……」
「正確には違うだろうな」
「どういうこと?」
「クルシアの探している適合者ってのが、歌や音を得意とするマンドラゴラの魔石。それにならってそう言ったんだと思うよ」
「ねえ? どこから奴隷さんが出てくるの? わざわざあの入り口に入るのかな?」
その疑問に皆が答えられない中、俺はあることを思い出す。
「……多分、奈落って機能を使うんじゃないかな?」
「ナラク?」
「ほら、鳥籠の下が宙に浮いてるわけじゃないでしょ?」
そう。この鳥籠、あの高い天井に吊るされているわけではない。丸いステージのど真ん中に置いてある状態。
「多分、この地下には奴隷を収容している施設があって、オークションに出す奴隷を下から上へと迫り出すんだよ」
「へー……」
「まあ、何にしてもこんなデカイ籠ん中に人閉じ込めて、商売するってのは随分と悪趣味だな」
「その方が刺激的なんでしょ」
正に人間の欲望を曝け出した場所だと言えよう。
キョロキョロと辺りを窺うリュッカ。
「やっぱりいない?」
「いないね。カルディナさん達のことだから、変なマスクをつけてるってことはないはずだよね?」
「うん……」
ほとんどが顔を隠しているんだ。早々には見つからない。
向こうから見つけてくれればいいが、そもそも人を探しているような人物が見当たらない。
「それにクルシアも見当たらないね」
「肝心のあの野郎だな」
俺達は辺りを観察しつつ、みんなやクルシアを探しているうちに時間になったようで――、
「皆様! 大変長らくお待たせしました!」
パッとスポットライトが鳥籠の前にいるあの店長が蝶ネクタイをした紳士服姿でお出ましした。
結局、カルディナ達もクルシアも見つからないまま、オークションは開始された。
店長は色んな注意事項を説明していく。
だが、俺達からすれば関係のない話だ。どんなことがあろうと、ここは俺達が呼んだ五星教に取り押さえられるのが、確定している。
秘密にしてほしいだの、脅し文句を言われようとも微塵も気にしない。
それより気になるのは、テテュラをあんな目に合わせながらも吐き捨てた場所にいないという違和感があまりにも恐ろしい。
もしかして場所を間違えたのかと考えるくらいだが、芸を披露する奴隷オークション会場で鳥籠があるなんて場所はここしかない。
「――以上です。続きましては、オークションでのルールの説明をさせて頂きます」
オークションのルールに関しても特に通常のオークションと変わらない。
一番高い金額を提示し、購入できる人のものとなる。
人身売買を平気で見世物にする方も、それを許容し楽しむコイツらも性根が腐ってやがると考えるが、冷静さを欠かぬよう抑える。
「――それでは今夜、素敵な出会いがありますように……今宵は二十名の奴隷を用意致しました。では一人ずつ紹介していきましょう!」
そう言うと、一人の男性が鳥籠のど真ん中に迫り出される。
リリィの言う通りだねとアイシアは言うが、その声は静かだった。
誰の目にもわかる、扱いの差。
あの鉄格子はそれをまざまざと思い知らせる。
会場は盛り上がりを見せる中、中にいる男性はバーベルを持ち上げ、筋力のアピール。
だがその表情は苦悶の表情。
自分は何をさせられてるんだ……何故、こんなところにいると叫び出しそうな表情。
次々と出てくる奴隷達も似たような表情で芸を披露していく。
ある程度の紹介アピールを終えた後、オークションにかけるという、こういう舞台化されているところでは珍しいスタイル。
ネットでなら商品の紹介をされて、複数人がお金を提示するのだが、まさにそんな感じだ。
するとリュッカがある異変に気付く。
「あれ?」
「どうしたの?」
「あの人、どこかで見たことない?」
「今の人?」
俺達は少し遠い席にいるのでよく顔が見えない。
あの女性は役者なのか、演技を披露している。動きにもキレがあり、中々その筋を経験したような身のこなしを見せる。
「では、次の奴隷です!」
その違和感を持った女性が演技を終えると、次の奴隷が迫り上がってくる。
「……! アリア……」
「あの娘が……」
「こちらの奴隷、名はアリア・サヴェール。パルマナニタ出身の町娘。両親の借金のカタに売り飛ばされたという何とも悲劇的な娘! その娘の儚い歌声をご静聴下さい!」
アリアは俯きがちに暗い表情を見せる。そのブルーグリーンの髪をふわっと揺らすと、天を仰ぐように歌声を披露する。
その歌声はまるで自分の悲しい末路を歌に込めたかのような寂しい歌声。
その表情からも臨場感のある歌声に、満足げな口元を見せる客らだが、ギルヴァや俺達は悲痛な想いで聴き続ける。
「くそっ、デタラメを……!」
まあ本来、違法の奴隷オークションだ。攫い屋からの奴隷なら先程の紹介はほとんどが嘘だろう。
そんな彼女を可哀想な視線で観ていると、
「いやぁ。中々いい歌声だね、彼女」
聞き覚えのある楽しげなトーンに、俺達はバッと声のした方へ向く。
「ク、クルシア!」
「やあっ! 久しぶりぃ」
気配もなく俺の隣に現れたクルシアは、相変わらず憎たらしい微笑みを向けている。
「こいつが……クルシア」
初対面の面々は思わぬ登場に身構えるが、クルシアは余裕のある態度で接する。
「そうだぴょん! 初めましてえ〜」
「……随分とふざけた奴」
うさ耳ポーズでご挨拶するクルシアに、苛立ちを見せるカミュラに同意見だと主張するように、俺は魔導銃を向ける。
「クルシア。大人しく魔人の魔石を渡す気はない?」
この薄暗い中でステージに注目している今なら、クルシアに魔導銃をこめかみに向けていても誰も気付かない。
俺は鬼気迫る表情でクルシアに問う。
だがクルシアは特に焦る様子を見せない。
「それ脅しになってないよ。君が――」
「これなら脅しになるか」
瞬時に背後を取り、ナイフを喉元に突きつけるギルヴァ。
確かにクルシアは俺の性格を理解している。正直、体面の心配やアイシア達の前で人を殺せるかと言われると自信がない。
いくらこいつが極悪人でも、向こうの感性が残っていて、冷静な判断ができる今の俺にはその決断力はない。
だがギルヴァは別だ。
俺達はあくまで魔人の魔石の回収を目的に来ている。その点、ギルヴァには俺以上の覚悟があるだろう。
勿論、クルシアと相対することや状況次第では手にかける覚悟はある。
だが俺の中の前提条件には、クルシアに罪を償わせるというものがある。
だがそんなギルヴァの殺意も含めた刃にも怯むことはない。
「あそこで歌ってるの、幼馴染みでしょ? 可哀想に。一人で町の街道に出た時、攫われたんだってねぇ。親御さんも心配してたよ」
「お前……」
「君の人生は……ううん。君の周りの人生も目まぐるしく変わっていってしまったね。誰かさんのせいで……」
「――お前だろっ! お前が……あんな事件さえ起こさなければ――ぐはぁっ!?」
ナイフを突き立てながら、怒りに感情が支配された隙をついて肘でギルヴァの腹をどつくと、そのまま地面に叩きつけ、軽く投げ出されたナイフを手慣れた手つきで持ち替えると、地面に倒れたギルヴァの顔面の前に突き刺す。
「いやぁ〜、めんごめんご。あの時はボクも興奮しててね。自分を抑えられなかったのさ。許してちょーだい!」
「クルシアぁ!」
「まあまあ冷静になりなよ、リリアちゃん。これから面白いものが出てくるんだから……」
「なに……」
ワッと後ろの方から歓声が湧いた。
クルシアをかまっているうちにアリアの歌が終わり、最後の奴隷の紹介がされていた。
そこには、
「なっ……!」
「カ、カルディナさん!? ナタルさん!? フェルサちゃんまで……」
鳥籠の中には、下着姿に両手に拘束具をつけられ、猿轡を口にしているカルディナとナタルの姿があり、その隣には全裸に剥かれ、両手両足を鎖で繋がれ、こちらは強固なマスクをつけられ口を封じられたフェルサの姿があった。
「おい! あれって……」
襲撃したみんなも顔を知っているので、驚いた様子を見せる。
「――はい! こちらの美女二名はなんと東大陸のご令嬢! 見てわかる通り、まだ調教もしていないぴちぴちの処女で御座います! どうやらカジノで有り金を使い果たし、奴隷へと落ちたところを苦労して拾いました。あ、こちらの獣人はおまけです」
あの店長に殺意が湧いてくる。
「あの野郎……」
俺は激怒した表情でクルシアへと振り向き、怒鳴り口調で問いただす。
「クルシアぁ! これはお前の仕業かっ!」
「ひっどぉーい。なんでもかんでもボクのせいにするのは良くないな。あれは――」
「お前以外に誰がこんなことするんだっ!!」
友達をあんな見世物にされて、冷静でいられるわけもなく、明らかな敵意と殺意を向けて突きつけるが、クルシアは何も変わらない。
「言いがかりだなぁ〜。ボクはちゃんと経緯を知ってるのにぃ〜」
「なに?」
するとクルシアは自分の斜め後ろ辺りを、親指でくいくいと見るように促す。
その先にはオロオロした様子のフードの人物がいた。
「あいつが犯人だと?」
「違うよ。会いに行けばわかる」
コイツのことは元々憎いが性格上、この状況で嘘をつくような人物でもないと理解している。
疑いながらもその人物に近付いてみると、目があった。
「リ、リリアちゃん!」
「キャンティア!?」
「ああっ! 無事で良かったですぅ!!」
ひしっと思いっきり抱きしめられ、俺は無事でいたことやこの状況に困惑し、一気にクルシアへの熱が冷めた。
クルシアはそんな様子を見て、ニィと口元を歪めると鳥籠へと向かった。
「キャンティア。どうしてここに……」
「そ、それは――」
「では奴隷の紹介が済みました。これより一人ずつオークションへとかけていきますので、皆様、奮って――」
「はいはーい。待って待ってぇ〜!」
事情を聞こうとした俺やオークションを始めようとする店長を遮り、明るい口調で挙手しながら近付くクルシア。
それに対し、困った様子を見せる店長。
「お、お客様? 何です? ご質問なら先程受け付けましたが、挙手なさらなかったじゃないですか」
「安心しなよ。この挙手は質問じゃなくて、提案だから」
「提案?」
「うん。この奴隷達――全員、ボクに売ってくんない?」
会場中が騒つく。
クルシアは見た目は十二歳くらいの男の子だ。ここにいる貴族らや店長からすれば、家の力を自分の物だと思い込んでいる生意気で馬鹿な跡取り息子に見えるだろう。
店長はさらに眉を顰める。
「あのね、困るんですよ。たまに居られるんです、貴方のような御坊ちゃまが。でもですね――」
「この奴隷達の相場ってどれくらいだろうね」
「……!」
「君はさ、色んな伝手を使って仕入れた奴隷達をこんな形で商売するのは、結構苦労するんじゃなぁい? 実際、経費……大きいんでしょ?」
店長は図星を突かれたような表情に変わりそうなのを必死で堪えた。
だが内心はその通り。
店長はありとあらゆる伝手を使い、量より質での奴隷商売を生業とした。
本来なら一人ずつ紹介し、競売にかけ、売り捌く方が利益が出る。
ほとんどの奴隷商はこのやり方だ。序盤辺りはそこそこの、中盤辺りは無難に手が出そうなのを、終盤にメインディッシュを出した方が客は食いつくし、飽きもしない。
そんな中で新しい商売のやり方をするのは、目新しさがあり、店長のやり方は最初こそ上手く行ったが、続けていくにつれて無理が出てきた。
良質な奴隷をずらっと並べても、売れ残りが出てしまったのだ。
店長のやり方のメリットは、一つ頭が飛び抜けた奴隷がいると、莫大な金額がかけられていくこと。
人気が目や歓声、場の雰囲気、並べられた奴隷を見比べることができるともなれば、客も手が伸びやすくなる。
だがあくまでその奴隷は一人しかいない。他の奴隷に妥協する客はどんどん減っていく。
そうなれば、利益が落ちるなんて当然のこと。
だからセットや演出などにも凝り出したが、正に本末転倒。お金は減る一方である。
「そ、そんなことをお客様がお気に――」
「攫い屋の連中も金払いが悪いからって他の商売敵さん達に鞍替えしてるとこもあるそうじゃない。大変だねぇ〜」
クルシアの発言にポーカーフェイスが剥がれそうな店長。表情筋がひくひくと動いている。
「そんな君にボクが上客になろうって話じゃない。この二十人の奴隷。メインは彼女達かな?」
カルディナ達を見て尋ねるが、店長は無言だ。
だが図星を突かれた焦りが汗となって滴っている。
「見たとこ、目星のは彼女達くらいだろう。調教も苦労したんじゃない? 普通の人間種ばかりみたいだから。後は肉体労働向けのペットちゃんくらいかにゃ?」
「――むうっ!! むーっ!!」
フェルサを見てニッコリ笑うと、フェルサは噛み殺しそうな唸り声を上げながら、ジャラジャラと鎖を揺らして暴れる。
エルフやドワーフでも居れば良かったのにねと、クスクスと店長に笑いかけると、相場の話に戻る。
「全員、なんとか捌けてもせいぜい一千万いくかなぁ? 難しいかなぁ?」
人間に値段をつけるなんてクソみたいな発想だが、その意見に対し、肯定も否定もできない店長。
弱味を見せるわけにはいかないと必死ではあるが、思わずポロっと出る。
「で、では貴方はどれだけのお値段をつけると?」
思わず出た本音に、クルシアは悪巧みが成立したかのような不敵な笑みを浮かべる。
「どれだけ欲しい?」
すると財布だろうか、サッと取り出すと財布を逆さまにし、中身が出てくるようにした。
すると、大量の金貨が財布から地面に向かって滝のようにジャラジャラジャラジャラと降り注ぐ。
その光景に会場は唖然。
いくら降り注いでも止まる様子のない中身。ある程度の金貨の山が出来ると、クルシアは何気ない様子で、
「とりあえずこれくらいかな?」
パッと財布を元に戻した。
「あ、ああ……」
店長は大量の金貨を前に、さすがにポーカーフェイスを貫けず、クルシアのことを何度も見返す。
「ざっと十億は出したはずだよ」
「――!! じゅ、十億っ!?」
見積もった金額よりも明らかに桁違いの金額を目の前にされて、会場中の貴族達も騒つかずにはいられない。
「ぜ、全部……本物?」
疑うのも当然だろう。
おそらく財布はマジックボックス使用ではあるのだろうが、こんな巨額をこんな少年が用意出来るわけがないと思ったのだろうが、クルシアは大物感を見せるようにあっさりと、
「確認すればいいよ」
調べるよう促した。
店長は地べたに這いつくばると、一枚一枚調べていく。
「ほ、本物。本物本物本物だぁ……」
「当然だろ? 取引に一番大切なのは信用さ。目に見える方が安心するだろ?」
クルシアは指でお金を示した。
その羽振りの良さに思わず店長も頬が緩む。
「さて、話を戻そう。どう? 売る? 売らない?」
少年の容姿をふんだんに使ったあどけない仕草で尋ねるが、金貨の山を前にすると、めちゃくちゃ性格の悪いガキだ。
だがこれには訪れていた客達もブーイング。
「ふざけるなぁ! こっちは高い入場料払って来てるんだ」
「そうよ! わたくし、気に入っていたのがいるのに……」
「このクソガキ! どこのガキだ、名前を言え!」
この客達も身勝手に鳥籠の中にいる人達を取られまいと物扱いだ。
とんでもないところに足を踏み入れたと思っていると、何人かはクルシアの顔に見覚えがあるのか、震えている奴やこっそりと抜け出そうとしている客が見えた。
すると、一人怯えた声を上げてブーイングを上げる同行人だろうか、説得する声を上げる。
「よ、よせ! あ、あのガキに関わるとマズイ。今すぐに出よう!」
「は? 何言ってんだ。あの貴族の娘はボクの――」
「あのガキは『指切り』だ! パルマナニタを血で染めた怪物だよ!」
「「「!!」」」
周りにいた客達もその発言に驚愕して振り向く。
「お、おい……パルマナニタの『指切り』って……」
「あ、ああ。噂に聞いていた――『レイフィール家の惨劇』……あ、あれの犯人だ」
辺りは一気に静まり返る。
あの事件は詳しい概要までは伝わっていないが、新聞には大きく捉えられている。
ここにいる連中らは少なくとも一般以上の情報を持つ者が多いのだろう。
『指切り』という異名を聞いただけで、空気が寒々しくなっていく。
だがその当人はニコニコと笑顔を浮かべているだけで、より不気味さが増す。
堪らず、ドア近くにいた客が悲鳴を上げながら、扉の前にいるスタッフに通すよう叫ぶ。
「い、嫌だぁーっ!! あ、あんな化け物がいるなんて聞いてないぞ! た、助け――」
ぶしゅっと肉を裂いた音が鈍く響いた。
その音の主は身体の違和感に気付く。
「あ、ああっ!! あぁああ……っ!? う、腕があぁあっ!!」
扉の前にいた客の右腕が切断されていた。
俺達もまったく反応できなかったが、誰が何をやったかは明白だった。
「あのさぁ、煩いから黙っててくれるぅ?」
自分から自白してくれたが、客達は恐怖が増すばかりで、一気にパニックになる。
ほとんどの者達が悲鳴を上げながら、扉へと向かい逃げようと試みるが、
「おい! 何で開けないだっ!? さっさとしろ!」
「や、やってますが、あ、あれ?」
「開かないよ。せっかくのボクのショーなんだ、お客さんがいないなんてつまらないだろ?」
クルシアのその一言に恐怖し、命乞いをする客も出てきた。
「わ、悪かったよ……さっきは酷いこと言って。だから出してくれ!」
「君達は何か勘違いしてるよ」
「な、なに……?」
「君達みたいなつまらない豚を殺しても面白くないだろ? 豚は豚らしく……」
ちらっと怯えた眼をしている店長を見下す。
「この肥満豚みたいに這いつくばって金でも貪ってなよ」
まるで汚れた物でも見ているかのような視線の中に、自分との格差を思い知らせるような言動。
ほとんどの者はクルシアが恐ろしい存在であると理解している中、馬鹿がいたようで……、
「豚だと! このチビガキ! それはまさかボクにぼぉおっ!!」
「あー……はいはい。本物の豚さんは黙ってようね」
よりにもよって一番豚っぽい奴が不服と名乗り出るも、あっさりと首が飛んで殺された。
もうこの恐怖に耐えられないと、もう客は静まり返り、身を寄せ、震えるしかなかった。
この大きな会場にクルシアに怯まなかったのは、俺達だけの状況となった。
するとクルシアは、バッと両手を広げて楽しそうに宣言する。
「紳士淑女と小汚い豚諸君、今宵はボクの舞台へようこそ。これよりお見せしますは、この十七名の奴隷達を使って素敵なショーをご覧にいれましょう」
二十人いる奴隷の中、カルディナ達三人分が引かれている。
あくまでカルディナ達も観客扱いだ。
だがクルシアは思い出したように、もう一度尋ねる。
「おっと、まだ答えを訊いていなかった。店長さん、売る? 売らない?」
すると我に帰った店長は、怯えながら懇願する。
「う、売る。売ります。なんだったらタダで差し上げます。だから、どうか殺さないで……」
「え!? ホント! ラッキー! 本当に十億あげるつもりだったのに、タダでいいなんてついてる!」
「へ? あ、いや……」
「じゃあコイツらは全員ボクのもの!」
そう言うとパチンと指を鳴らし、カルディナ達を除いた奴隷達の首の刻印が消えた。
その様子に奴隷達は何が起きたのか、驚愕の表情を隠せない。
奴隷として所有するつもりなら、奴隷の刻印を消す理由などない。
何故消えたのかという困惑と先程までのやり取りを見て、この男に何をされるのかという恐怖心に駆られる。
そんな奴隷達にクルシアはこう言った。
「さあ! 君達は自由だ。おめでとう」
その一言には店長も奴隷達も何を考えているのかさっぱりと言った表情を見せる。
するとそのうちの一人が、声を震わせながらも感謝を述べる。
「た、助けてくれたことには感謝するが、あ、あんたのショーとやらには参加しない。帰らしてもらう」
するとその彼は扉へと向かい、その一部も便乗するようについていく。
するとクルシアはおもむろに魔石を取り出すと、通信用の魔石なのか、無線みたいに口元まで近付ける。
「あーあー。こちらクルシア。ただ今元奴隷が外に出ようとしている模様。至急捕らえられたし」
「――なっ!?」
その明らかに聴こえるように喋ったクルシアを驚愕の表情で振り返って見ると、クルシアは悪辣な笑みを浮かべながら、こうねっとりと話す。
「なーんちゃって……」




