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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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18 雪原の女神

 

「ああっ!? こんな、こんなぁ……!!」


 青白い雪のような色合いの制服に身を包んだ彼女のさらに隣には、嘆きながら膝をつき、崩れている五星教がいる。


「同胞達よ、何故、何故なのだぁ!! 何故私達を置いていくのだあっ!!」


 二十代後半くらいの男性だろうか。わざとらしく演技くさい嘆きの声をあげる。


「悲しいではないかあっ!! ねぇ!? ヒューイ様!」


「ん」


 一言ならぬ、一文字で片付けた。


 すると彼女の連れた部下だろうか敬礼する。


「ヒューイ様! ご指示を……」


「ん」


「は! かしこまりました! さ、貴女方、避難して!」


「えっ!? 今の一言でわかったの!?」


 さっきからこの雪の妖精みたいに色白の彼女、『ん』しか喋ってないよ!?


 そのツッコミに対し、何の返答もなく避難を促されると、彼女の名前がふと頭に引っかかる。


「あっ! もしかして彼女……」


 答えを訊くようにユネイルを見ると、


「ああ。お察しの通りだよ。彼女は五星教、水の女神騎士、ヒューイ・ウェンキュリーちゃんだ」


 なんだかちょっと嬉しそうに話す。


 確かに可愛いらしい女の子ではあるけど、一応敵だからねと声に出して釘を刺したいところだが、そんなことが聞かれるわけにもいかないので、呑み込むことに。


 アルビットは面倒くさそうに頭をガリガリとかきながら、他の五星教と違う雰囲気から話しかける。


「てめぇ……女神騎士とやらだろぉ? 正直、面倒なんだが……ブッ殺すっ!!」


 不意打ちを突くように、血に染まる地面を強く踏みつけると、無数のトゲが地面から生え出てきてヒューイを襲う。


 するとヒューイの外見からはまったく似合わない腰の長剣。故意的に(さや)の先を地面にコツンとこずく。


 すると、そこからバキバキと地面が氷結化していき、まるで意志を持つかのようにアルビットやその部下達を襲う。


「チッ!!」


「ひぃっ!? 待っ――」


 その氷結速度は凄まじく、アルビット以外の部下達は一瞬で氷の彫像と化した。


 ヒューイはその長剣を引き抜くと、飛んで回避したアルビットに一閃。


 多少の距離はあるものの、ヒューイの長い獲物の範囲内だったようで、見事な抜刀術がアルビットを斬り裂く。


 アルビットは両手をクロスして防御しながら、さらに高く山なりに飛ばされ、凍り付いた地面を滑りながら倒れ込む。


「チッ!! ホント、めんどくせぇっ!!」


 ガバッと即座に体勢を立て直すと、氷漬けになった部下の心臓辺りをナイフで砕いてえぐると、大量の血が噴き出し、透明な氷の中はみるみる赤く汚されていく。


 そしてその血がアルビットの目の前に円形状の切断器の刃のように形状が変わる。


「その細え手足を切り落としてやる。――ブラッディ・ホイールソー!!」


 四、五枚ほどの赤黒いホイールソーが飛んでくる。


 地面をえぐるように走るホイールソーは、キイィンと回る刃がコンクリートを掠めるような凶々しい音と共に、恐怖心を(あお)る。


 ヒューイの部下である彼は涙腺を崩壊させながら、くねくねと悶絶する中、当の本人はジト目の無表情を貫く。


 飛んでくる赤いホイールソーをしっかりと認識して(かわ)していく。素通りするホイールソーを振り向き際に観察しながら……。


「はっ!」


 するとアルビットは眼を見開くと、ホイールソーは弾け飛び、水滴となってヒューイを囲んだ。


「!」


「逝け、メスガキ。――ブラッディ・サウザンドニードル……!!」


 その囲んでいた血の水滴は瞬時に尖った針になると、一斉にヒューイへと襲いかかる。


「ヒュ、ヒューイ様あっ!?」


 悲痛な叫びをあげる部下の彼の声も虚しく、無数に降り注ぐ血の槍は地面に突き刺さる激しい地鳴りを鳴らしながら、彼女の周囲を巻き上がる土煙と血が染まる。


「ケッハハハハハハッ!! これでボーナスゲットだぁ……」


「そ、そんな……」


 よくよく考えれば長期戦になればなるほど、アルビットが有利になる環境だった。


 正直、違和感があった。何故、五星教の本拠地がある帝都を襲ったのか。


 パンクな服装や達の悪い不良みたいな態度から、衝動的にやったものと考えていたが、俺達の時に見せた引き際を見ると矛盾する。


 襲った理由は、血が武器だからである。


 見たところ自分の血だけではなく、他人の血にも干渉しているところを見ると、人のみならず血さえ出れば、生き物全てを武器にできる。


 先程のブラッディ・ローズという魔法から察するに、おそらく自分の血を干渉させなければならない制約はありそうだが、血は液体なのだ、混じり干渉することなど容易だろう。


 だが一度干渉してしまえば、今襲ったように霧散しようとも武器として扱えると考察できる。


 つまりは攻撃し傷付ければ傷付けるほど、攻撃力、攻撃範囲、防御力、防御範囲の精度、威力を上げることができる。


「あ、ああ……」


 さっきから感情表現豊かなヒューイの側近らしき五星教は、酷く動揺した様を見せるが内心、自業自得と思ってしまう。


 その理由として、昨日の話で帝都が出した匿名の依頼が関係しているだろう。


 アルビットは言っていた―― 女神様とやらが来られると面倒だ、と。


 ヒューイは勿論、他の五星教のトップがいないことを見計らって襲ったと考えれる。


 そして面倒や金を口にしていたことから推察すると、あくまで今回の襲撃は五星教の平レベルの奴らを頭数に、金儲けを目的としたと考えられる。


 あんな依頼を出せば、こんな連中がめちゃくちゃをするという想定はなかったのだろうか。


 まあ帝都側からすれば、ナジルスタ本国では自国の騎士に五星教の本拠地まである。攻めてこないとでも高を(くく)ったのだろう。


 もし、その通りだとしてもこんな大胆なことを他国でも起きそうだというのに、五星教もアレだと思ったが、元々作ったのはナジルスタだ。


 根元から腐っていたのを忘れていた


 ギルヴァ達が馬鹿だと言ったことに酷く納得がいく。


 一応、それを考えれば一番の被害者は五星教だろうが、聞いた話通りなら、闇属性に対してもこんな対応をしているのだろう。


 同情は難しい。


「さて……!」


 様子を見ようと側に寄ろうとした時、ひやっとした寒気を感じる。


「チッ……てめえ」


「なっ!? あれって……」


 ヒューイの周りは凍り付いた血の槍で囲まれていた。


 凍り付いた血は全てヒューイの足元へ、バラバラと落ちていく。


「ヒュ、ヒューイ様ぁっ!!」


「無駄」


 ヒューイの周りには物々しい冷気が彼女の無事だという演出を与える。


 するといい気になったのか、ヒューイの側近はまるで自分のことのように自慢げにヒューイの強さをアピールする。


「見たか、小悪党がっ! ヒューイ様の『雪兎』の前では貴様の攻撃など無意味なのだぁ!!」


「雪兎……?」


「あの長剣のことだよ。あれは元々勇者が使っていたとされる武器の一つでね。五星教のリーダーは各属性に合わせた武器を使ってるって話だよ。前に話したろ」


「は? 勇者? で、でも勇者は東大陸を……」


「西にもってどころか、世界中回られてたって話だろ? 確か……」


「あー……」


 言われてみれば、勇者の日記やハイドラス達からもそんなこと言ってた気がするなぁ。


 日記に関しては、全部ひらがなだと文字が単純な線描写なので、パッと内容が出てこない。


 漢字ならあそこか、と思い出すこともできるだろう。


 改めて漢字の偉大さに気付くわけだが、


「そっか……」


 勇者の話はまたの機会にと、状況の確認に戻る。


「ヒューイ様がお使いになられる雪兎はな。氷結系の魔法術式が編み込まれており、ヒューイ様の意のままに、貴様ら小悪党を一網打尽にできてしまうのだ」


「……ピーピー、うるせぇ奴だなぁ、おい」


 先程までヒューイがやられたと錯覚していた男の態度とセリフではない。


 そんな得意げに言葉を並べるヒューイの側近に対し、さすがのアルビットも呆れる始末。


 すると今度はヒューイの目の前に氷の刃が無数に出現。


「チッ! めんどくせぇ女だっ!」


 アルビットも血を自在に操り迎撃するも、次々と凍らされていく。


「あれはヒューイって()が強い云々(うんぬん)ではなく、相性がもはや悪いね」


「まあな。血も凍らされてしまえば、そこまでだ」


 それでもアルビットの戦い方は上手かった。


 自分の攻撃を避けられることも考慮に入れて、凍り付いた味方をも砕き、血を流させている。


「おめぇー……本当にだりぃ女だな。面倒な女は嫌われるぞ」


「そう……」


 口数の少ないヒューイに変わり、アルビットがどんどん喋る。


「てめえだって、面倒な男は嫌いだろ?」


「別に」


「ああぁ?」


 割とすんなりと答えたことに、思わず嫌味かとガンつけたが、その視線の先を見ると、不思議そうにこちらを見る眼鏡の男、ヒューイの側近がいる。


「ああー……」


 思わず納得した。


 するとそれが不服だったのか、ヒューイの側近は文句をつける。


「き、貴様ぁ! 今のヒューイ様の返答に誰を見て納得したんだ! いや、何故納得したんだぁ!」


 安心して。あのアルビットでさえ納得してるんだ、周りはみーんな納得してるぞ。


 思わず微笑ましく側近を見てしまった。


 するとそろそろ終わりにしようとでも言うのか、ヒューイはその長い長剣を片手にアルビットに予告宣言でもするように指し示す。


「てめえ……いい気になってんじゃねえぞ」


 すると這いずるように血がアルビットに集まっていくと、にやりと笑みを浮かべる。


 その背後には次々と大きくなる血の壁が出来上がっていく。


「これならどうよ!? メスガキっ!!」


 血の壁かと思われたそれは、巨大な質量を持った赤い石柱だった。


 確かに水流のような形状をする攻撃や速さを追求するための小型の遠距離攻撃では、ヒューイの凍結結界で自動防御もできるが、あれだけの大きさの石柱をぶつけられれば、凍らせても意味がない。


 むしろ安易に凍らせれば、威力を上げるだけだ。


「首は後で切り落とす……逝け!」


 アルビットはヒューイに向かって斜め下へと打ち込む。


「ヒューイ様ぁ!!」


 そのヒューイの体勢から斬り裂くことは不可能。雪兎の術式の隙もないように赤黒い石柱を振り落とす。


 すると、


「――ポチ!!」


 その巨大な石柱をポチがその巨漢を活かし、食い止める。


「「!?」」


「――ガアアァ!!」


 そのドラゴンの召喚に、対策があったように構え直したヒューイと、自分の石柱がこんな形で止められたアルビットは驚く。


「ア、アイシア!?」


「いい加減にして!」


 そこには仁王立ちして怒ってますよと顔に書かれているアイシアの姿があった。


「貴方、これ以上みんなに迷惑かけないでっ! ポチ!」


 ポチはそれに応えるよう、受け止めた石柱をアルビットに投げ付け、大きく息を吸うと――ボゴオオォーーっと激しい炎のブレスを吐き捨てる。


 だが舌打ちをしながら、後ろに飛んで(かわ)すと、


「……面倒だ」


 見下すような口ぶりでそう呟くと、アイシアの足元の血が尖って突き出てくる。


「――シアっ!?」


 思わず駆け寄ろうとするリュッカだが、俺達からの距離とは離れて行動をしていたせいか、間に合わない。


 ビシュっと切りつけた音が軽く聴こえた。


 しかし、あの勢いならアイシアの身体を貫いて悲痛な叫びが聞こえるはずだがとアイシアの方へ向くと……、


「は?」


 そこには民族衣装に身を包んだ長身の男性の姿があった。


 顔はぶかっと被った帽子にそこから垂れるヴェールで見えない。


 服装はこの山の(ふもと)にある帝都ナジルスタには似合わない寒々しい格好、まるで南国の民族衣装だ。


 胸元から整ったガッシリとした胸板と綺麗な板チョコ――もとい腹筋が見える。


 だが明らかな細マッチョ感に、おそらく顔もイケメンなんだろうなぁ、なんて瞬時に思わせるほどの風格を見せる。


「危ないじゃないか。大丈夫か?」


「は、はい」


 その包み込むような懐かしい雰囲気を出す男性に思わず、アイシアも頬を赤らめる。


 その長身の男性はその尖った血の刃を素手で持っているが、血一つ流さない。


 するとその先を握り潰すように、アルビットの攻撃を砕いた。


 その男性はアイシアを庇うように前へ出ると、ジッとそのヴェールの奥から覗き込むように見る。


「次から次へと……ああっ!! 面倒だぁ!!」


 もうさすがに冷静でいられないと、そこいらの氷を蹴飛ばし当たり散らす。


「終わらせる」


 そう呟き構えるヒューイの周りはバキバキと凍り付いていくが、あまりに予定通りにいかないアルビットは、苛立った様子のまま叫び散らす。


「ああああっ!! くそっ!!」


 赤い石柱が血へと戻ると、辺りを呑み込んでいく。


「ん……」


「きゃあ!?」


 ヒューイと民族衣装の男性はその血に触れぬように、飛んで(かわ)す。


 アイシアは男性に抱き抱えられながら、わたわたしている。


 するとその血にわざと呑まれたアルビットは、殺気だった悔しそうな視線で捨て台詞を吐く。


「こんなタダ働きをさせたこと……後悔させてやる。せいぜいその首の価値を上げてろよ。狂信者のメスガキィ!!」


 アルビットは、すぶっとその血の海の中へと消えていった。


「お、終わったのですか?」


「逃げた」


 ヒューイは気配を辿ろうとするが、見当たらないよう。


「あ、あの……ありがとうござい……あれ?」


「シア! 大丈夫?」


「う、うん……」


「頼むから無茶しないでよ」


「あのさ、さっきの人は……」


 辺りを見渡すが、民族衣装の男性の姿はどこにもない。


「確かに……どこいったんだろ。ん?」


「どうしたの?」


「いや、アイシア……それ」


 俺はアイシアが着けていなかったはずの物が目に入った。


 アイシアの首から布製の紐がぶら下げられていた。ペンダントのようだ。


「何これ?」


 そう手に取ったのは、太陽の光が綺麗に反射して輝いて見える透明感のある水色の三角の宝石。


「もしかしてさっきの人の落とし物?」


「いや、リュッカ。落とした物がたまたま首にかかる?」


「そ、そうだよね……」


「探しに行った方がいいよね? 絶対凄そうだもん」


 その宝石は目を奪われるほどに綺麗な物。


 だけど辺りをもう一度見渡せど、あの長身なのに見当たらない。


「新手のナンパかな?」


「ナンパ? 私を?」


「……シア」


「いや、でもナンパするつもりなら、直接首にかけてあのマスクを取って素顔くらい見せるよね?」


 俺達がそんな会話ん続けていると、


「おっほん!」


「「「!」」」


 そこにはヒューイの側近イコール面倒臭いと認められた男の姿があった。


「お嬢さん方、貴女方は何をしたかわかっているのですか?」


「えっと……人助け?」


「ええ! それは大変宜しいのですが、本来は我々のお仕事なのです。次からはこんな危険なことはせぬよう……身の安全を最優先に行動なさって下さいくだい! いいですね?」


 ずいっと圧をかけて注意喚起してくるが、今まで弱腰な態度を見せていた奴に言われたくないが、余計なことを言うと話が長くなりそうなタイプに見えたので、


「わ、わかりました……」


 そんな説教を垂れられたが、ちょっと離れた先で助けた親子の姿があった。


 子供はありがとうと言っているのか、一生懸命手を振ってくれている。


 リュッカは優しく微笑みながら手を振り返した。


 だが被害は中々甚大である。


 住民には軽い怪我のものだけだったが、アルビットの狙いだった五星教達と巻き添えを食らった形のナジルスタ騎士団の一個小隊が全滅している。


 幸いと言えるだろうか、切り取られた首は氷漬けにされたアルビットの部下の手の中だった。


「さて、貴女達にも事情を聞きましょうか?」


「じ、事情と言われましても……」


「俺達はただただ帝都に観光に来ただけの――」


「事情聴取は受けてもらいます!」


 どうやら逃げられそうにないようだ。


 本当なら五星教に関わらずに立ち去りたかったところだが、下手に断って怪しまれても困る。


「聴取は受けるよ」


「えっ? リ……じゃなかったヘレンちゃん?」


 おい、その名前は口にするなよ、ユネイル。


「町の治安維持のため、協力は当然でしょ?」


 五星教(かれら)の手前、愛想よく聞こえのいい言葉を並べるが、内心は汗で背中がびっしょびしょになるほど焦っている。


「だがその前に……貴女、黒炎の魔術師ではありませんよね?」


「ま、まさか。むしろ良く間違えられて迷惑してるくらいです」


 ヒューイの側近は見定め、観察するように俺を見る。


「ふむ、歳は十五くらい、銀髪……ん? 首から何を下げている?」


「えっ!?」


 思わず声が上擦ったが、怪しまれないためにもすんなりと見せる。


「これですか? これは……親の形見でして……」


 俺は同情心を(あお)るように、哀しげな表情で訴えかける。


 勝手に殺してごめんなさい。


「ふむ、手に取って調べさせてもらって――」


「そ、そんなぁ!? お母さんが亡くなってから肌身離さず持ってたのに……どうしても……だめ?」


「むおっ!?」


 俺はほぼ初めてではないだろうか。全力で可愛いこぶってみた。


 目は潤んだ上目遣い、人工魔石を両手で握り、渡したくないアピール。内股で軽く身体を揺さぶり、人見知り感のある弱い態度を見せる。


「ま、まあそういう事情ならやむを得ないだろう」


 この男、チョロいぞと思ったことは内緒だ。


「ん? その指輪はなんだ? それに見覚えが……」


「こ、これですか……」


 ひえ〜〜っ!! これ以上は勘弁してくれ!


 俺は何とか言い訳を考える。


 この男に指輪を調べさせるのは、非常にマズイ。五星教はこれらの闇属性を助ける道具は回収していると聞いてる。


 つまりこの指輪の情報もあったということになる。


 見られるのは仕方ないにせよ、追求されるのは本当にマズイ。


 そしてそんな不安と動揺に(さいな)まれながらも出した結論がこれだ。


「えっと、亡くなった母が誕生日にくれた大切なものなんです」


 く、苦しいが、もう頭の中にはそれを理由にせよと、まるで暗示でもかけられたよう。


「またお母さんの形見ですか?」


「だめなの……?」


 今度は小首を傾げての上目遣い。


 この男のハートには届いたようで、あっ!? とか悶絶した様子で地面に這いつくばると、念仏のように唱え始めた。


「私はヒューイ様一筋、私はヒューイ様一筋、私はヒューイ様一筋…………――」


 どうやらこの男にはヤバイ性癖があるようだ。おそらくはロリコンだろう。


 俺はとりあえずどちらの意味でも距離を取った方がいいと、気付かれないようにそっと距離を取る。


「と、とにかく決まりだからね」


「や、やだぁ!! 取られたくない!!」


 そう強く否定して揉め合っていると、ポツリと呟く。


「リグ」


「はい! 何でしょう、ヒューイ様」


 ヒューイの呼びかけには、無駄のない動きでクルリと向き直し、満面の笑顔で指示を(あお)ぐ。


「調べた」


「あっ! そうですよね〜。入国審査をされているはずです。黒炎の魔術師であれば、もうこの世には居なかったはずですからねぇ?」


 随分と物騒な単語も並んだか、調べられないならそれに越したこともない。


「いやはや、同胞の仕事にケチをつけようなんて、なんと愚かだったんでしょう」


「いこ」


 相変わらず口数が少ないヒューイだが、彼女のおかげでやり過ごせそうだと思った時――、


「えっ? リリィのご両――むぐう!?」


「お願いだから変なこと言わないで」


「お願い、シア」


 俺とリュッカの圧に押され、瞬時に黙るとこくこくと激しく頷いた。


 そして俺達は事情聴取を受けることとなった。


 俺達は五星教の本拠地へと連れて行かれた。外見は教会のような見かけだが、入っていくとギルドみたいな内装が広がる。


 だがみんな同じ服装なせいか、ちょっと残念な表情をする。


 ギルドのような楽しく賑わうような雰囲気がなく、人数は多いのに粛々としているように感じる。


 まあ同僚がやられたのだから、しんみりしていることが普通ではあるか。


 そんな事件の事情聴取はしっかりと受けてきた。


 とは言うものの、俺達もアルビットが突然出て来たので、それ以上は知らないと答えたが、こちらから逆にアルビットの豆情報を仕入れた。


 アルビットの部下はほとんどが違法奴隷。先程凍り付いてしまった者達も、アルビットが主人であるが故に逆らえず、指示に従っているのだという。


 実際、アルビットが付ける部下にしては、平凡そうな青年、少年奴隷だったように思う。


「あの……」


「何でしょう?」


「あのアルビットだっけ? 指名手配されてたの?」


 あんな狂犬みたいな男を放っておく神経を疑うが、ヒューイの側近、リグは落ち着かない様子で眼鏡を上げ下げして説明。


「ええ、まあ……。ですが問題となっているのは彼だけに限った話ではありません。何やらあの古びたギルドにわざわざ我々を(おとし)めようと企む(やから)がいるようなんです」


 どうやら国から出ている依頼については知っているようだ。だが誰からまでは、把握出来てないらしい。


「その点については何か?」


「い、いえ。知りません……」


 話題が()れたようなので、事情聴取は終わったのかなと立ち上がる。


 するとリグも深々とお礼を言う。


「今日はご協力感謝する。ですが、今度は危険なことはしないように! いいですね?」


「は、はい……」


 俺は五星教のことを誤解でもしていたのかと思うほど、丁寧に対応してくれた。


 国に責任を押し付けてやりたい放題だと思っていただけに、どうもそうでもないように見えるが、


「――そんなわけないよ」


 事情聴取を終えた帰り道、五星教について改めて尋ねる。


「確かに闇属性以外の応対はいいんですよ。ただ……」


「闇属性に対しては本当に酷い」


「それは聞いたよ。どう酷いのか訊いてるの」


 するとユネイルは沈んだ表情を浮かべる。


「以前、俺達と志を同じとした連中らがいてな。近々合併しようとしてたんだ。そんな矢先、五星教に襲われてな。アルビットのしでかした様を見たろ?」


「ああ……うん」


「あれを五星教もやってる」


「!?」


 俺達は驚愕の表情を浮かべる。


「俺達が駆けつけた頃には遅くてな。全員死んでたよ。死体を片付けもせず、弔いもなかったのさ」


 確かにそれは異常だ。


 いくら敵とはいえ、死んだ人に対する情けくらいは必要だろう。


 しかもさっきの血塗れのを参考にするあたり、彼らの同胞にもあのような殺され方をされたのだとわかる。


「だから間違っても自分が闇属性の魔術師であること。ましてやリリア・オルヴェールだということは絶対秘密だからね」


「う、うん」


 言われてみると、テテュラやハイドラス達もすごく注意してたのだ。俺は一度、アイシアやリュッカのみならず、みんなにも迷惑をかけた。


 取り返しのつかない結末などあっていいわけなどない。


 俺は二度と同じ誤ちを繰り返さないと心に誓ったのだった。

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