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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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17 帝都ナジルスタ

 

「ほえ〜……山に家がたっくさーん」


 ポカーンと口を開けて見上げる空は高く、都に初めて降り立った俺達はこの壮大な街並みに圧倒される。


 山の(ふもと)から中腹くらいまで住宅地などの建物が断崖に続き、ロープウェイやドラゴンがあちらこちらで飛んでいる。


 こんな高台に続く街の風景なんてネットで見た外国の景色みたいだ。


 この山がそのまま倒れ込んできたら、街が降ってくるなんて単語が飛び出しそうだ。


 街ゆく人達の往来も活発で、ハーメルトも結構な人口だったが、ここナジルスタも中々の人口である。


 帝都ナジルスタ――人形使い(ドール・マスター)による憎悪や嫌悪の影響で、西大陸最大国家となった国。


 このなだらかな山をなぞるように続く街並みは、まるで要塞みたいな都。


 奴隷国としての名残りを残すように、都の周りにはハーメルトよりも強固そうな外壁が建てられている。


 まるで自分達の殻に(こも)るような圧力を感じるが、山に行くにつれて自由を訴えかけるように建物が続く様は、その辿って来た歴史を物語るようである。


 その証拠に魔法技術の教育も徹底されているようで、北大陸と同等の地属性の魔法技術を教育されるようだ。


 他にもドラゴンの生息域でもあるため、属性や個人の相性に合うドラゴンなどの召喚契約もするそうだ。


 だが闇の部分もちらほらと見かける。


 首の方に薄らと妖しげに光る刻印が見えている。以前助けたシェイゾとナディの首元についていたものだ。


 この西大陸全土では奴隷制度が認められている。


 そんな説明をネネに受けながら都を眺めるが、こう都の雰囲気だけでも歴史を感じられるのは中々面白い。


「この繁栄の仕方を見ると、とても奴隷国と(ののし)られていた時代があったなんて嘘みたい……」


人形使い(ドール・マスター)の話は聞いたんだよな?」


「うん」


「元々ナジルスタは帝都なんて呼ばれる前は鉱山の町として栄えてたんだ。その働いていた人達も勤勉でな、人形使い(ドール・マスター)が死んだ後もその国民性の影響もあって、奴隷が板についちまったのさ」


 テテュラ達の話によると、途中からクーデターもあったが、体力と情報、技術がほとんど無く、奴隷気質な国民性も相まって敗北。そう呼ばれるようになった。


「ですが、人形使い(ドール・マスター)への強い憎悪や憤怒、執念で西大陸一の国となったのです」


 執念と聞くと不思議と納得がいく。


 この都を見ると、自分達の存在をアピールするように、町を広げていったのだろう。


「そしてあちらに見えるは……」


 そう指差す方向には妙に大きな建物が建っていた。


「帝都の本山。帝都の騎士や大統領閣下も居られる場所ですね。そして、下ったところにある教会のような建物があるでしょう? あそこが五星教の本部です」


 その建物自体は遠巻きから観ても、洗練された真っ白な教会。


 今まですれ違ってきた五星教の雰囲気からは、本拠地とはわかりづらい印象を受ける。


「五星教か……。説得できるのかねぇ」


 俺達は話し合いの結果、しばらくはナジルスタ付近にある農村に滞在することに。今回はその買い出しでナジルスタまで足を運んだ。


 ファニピオンまでの転移石は持っておらず、移動はドラゴンで行くとのこと。


 しかし、手配などを考えると時間がかかるのと、クルシアの件を五星教のトップ連中に話をしないといけない。


 そのため、交渉準備や段取りなどを踏まえると、今すぐにとはいかない。


 そのため、先ずは敵情視察ではないが、五星教の様子を(うかが)うついでに観光している。


 まあ、観光メインだが……。


「火、水、光の女神騎士でなければ大丈夫です」


「やっぱ、その三人はダメなのね」


「まあな。メルトアちゃんは言わずともだが、リンスちゃんは短絡的だし、ヒューイちゃんは聞いてるのかいないのかわからないからね」


 一応、敵なのにちゃん付けとは中々の度胸であると考えながらも、


「……って女神騎士ってなに?」


 ふと通り名を尋ねた。


「それは五星教の習わしみたいなもので、各属性の強い恩恵を神より賜ったものとして、付けられた通り名なんです。五星教が出来た当初は、神官なんて呼ばれ方だったそうですが……」


「まあ聖人君子より騎士の方が格好はつくわなぁ……」


「それにしても……」


 アイシアは満足げに大きく深呼吸をする。


「空気が綺麗だねぇ。最高だよぉ!」


「まあ山の空気がそうさせてるのかな?」


 確かにハーメルトより肌寒いようには感じるが、澄み切った空気感が心地よい。


 本当に人形使い(ドール・マスター)の歴史があったかなんて疑うレベルの。


 だが、


「ねえ、いい機会だし、ここの奴隷制度について教えてよ」


「!」


「クルシアは歌鳥の鳥籠(とりかご)なんて言った奴隷のオークション会場に行くんだ。知っておきたい」


 ここは重要な観点だろう。


 クルシアは魔人の魔石の適合者を探すとなると、やはり奴隷を買い付ける話になる。


 俺達は奴隷制度の無い国から来た。


 知る知らないでは対応も変わってくる。情報は生き物なのだ。


「いい機会……ね」


 ユネイルが視線を送る先には、獣人の女の子の奴隷、五十代くらいの男性奴隷、二十代くらいの女性奴隷など、少し目をやればちらほらと見かける。


「そうですね。説明しましょう――」


 そう口にしたネネは買い出しをしながら、語ってくれた。


 先ず奴隷のことを話す前に、この国での労働制度の話が入ってきた。


 奴隷制度を採用する以上、そこの差別化は図らなければならない。


 とはいえ、本命の話からは逸れるので、ザックリと説明してくれたが、簡単な話ではある。待遇だ。


 労働制度に従い、働くものには向こう同様、企業によっての待遇、歩合など様々な報酬の受け取り方がある。


 しかし奴隷の場合は、雇い主が奴隷の生活義務を果たさせている限りは、報酬の出し方は自由だそうだ。


 つまりはどれだけ働かされても生きていける最低限の報酬しか与えられないということだ。


 実際、上限も設けられており、労働制度に従って働いている者達の賃金以下と定められている。


 これだけ聞くと、奴隷を雇った者はその奴隷に対し、どんな重労働を課しても低コストで済み、奴隷からすればとんだブラック企業である。


 だが、雇い主側にも守らなければならない義務がある。


 雇い主は生活義務を果たさせてやる義務がある。それは奴隷の解放を条件として雇うことである。


 というのも正規で奴隷になる者達には、社会復帰が義務付けられる。


 正規で奴隷になる方法は二つ。


 犯罪を犯すか、自らが奴隷になることである。


 前者は他の大陸でも採用されていることだが、後者はこれだけ聞くと薄い本が(はかど)りそうだが、テテュラがちらりと口にしていたが、生活に困窮(こんきゅう)している者達の(すが)る手段の一つである。


 どんな人間にも向き不向き、才能の有無、不運など人生の荒波があるだろう。


 それに立ち向かう準備段階として、確実に養ってもらう形として、奴隷という立場が用意されたのだ。


 雇う側は、優越感や支配欲のような毛汚い感情は勿論、親切心や保護欲などを満たし、奴隷側は格差を感じることでの向上心や野心、雇ってもらったことでの恩返しや心苦しさなどを感じる機会を互いに与えられる。


 この背景には、人形使い(ドール・マスター)の出来事、その後のことの歴史が関係している。


 その時の偉人がこんな言葉を口にしたと記述が残っている。


 ――我々は人間という動物ではない、人である。人である以上、人間以下であってはならない。人である以上、考えなければならない。人である以上、行動に責任を考えなければならない。人である以上、他人に人生を委ねてはならない。


 奴隷国と(ののし)られて堪らずに口にした言葉だそうだが、この言葉よりやはり闇属性の恐怖が勝ったようで、五星教などという存在や考えが浸透してしまっている。


 色んな葛藤や歴史があっただろうが、そんな文化が浸透したのは残念である。


 だが、この言葉に刺さった者達もいる。それこそ、彼らのような存在だろう。


 抗い方は様々だろうが、自分が自分でありたいと願うがための行動だろう。


 さて、話を奴隷制度に戻すが、ここからが本当の本命、違法奴隷の話になる。


 だがこちらは説明が不要なくらい簡単である。


 違法奴隷とは金で取引される――俗に言う人身売買を指す。


 ただし、借金や脅しの類いで自分から奴隷になったケースはグレーだという。


 自分の意思で奴隷になったという経緯があるため、場合によっては認められるケースがあるようだ。


 違法奴隷とは正規の奴隷ではないため、真実の羽根(トゥルー・フェザー)の適用内になるわけだが、その見極めが難しいそうだ。


 というのも向こうでの悪質になっていく犯罪があるように、異世界も例外はない。


 (さら)い屋や取引を行う奴隷商のやり口も、日に日に悪質かつ巧妙なものとなる。


 今回のオークションもそうだ。


 そもそもファニピオンという町自体が独自のルールを持った国であり、娯楽の町ということもあって、奴隷が量産される国である。


 察しのいい方はもう気付いただろうが、ギャンブルで大負けし、借金を抱えたなんて理由が簡単に出来上がるのだ。


 五星教や国側も自業自得で作った借金なら、金で奴隷として取引されても仕方ないと目を(つぶ)る他ないのだ。


 故に奴隷商も堂々と人身売買をする始末である。


 借金を返すために死ぬ気で働いてくれますよーと(めい)撃てば、奴隷にされた側は働くしかない。


 しかもさらに悪質なのは、(さら)い屋に(さら)われた人達にもその理由を押しつけられるというもの。


 裏側で工作し、あたかもその奴隷が借金を作りましたよーという借用書が用意されるのだ。


 どこの闇金ですかぁ〜? と尋ねたくなってしまう。


 他にも奴隷にされた側が訴えられないような工作もあるようだ。


 一番行われるのは、魔法や魔道具による隠蔽(いんぺい)工作。


 この辺は本来、闇属性の魔法使いが得意とする魔法だ。隠蔽(いんぺい)、催眠、幻術あたりが対策として用いられる。


 (さら)い屋や奴隷商の中には、真実の羽根(トゥルー・フェザー)のように、闇属性持ちが人目に隠れて工作している場合もあるが、大半は他国からの魔道具か他属性魔法で似た術式を構築するのが一般的。


 一般的というのもおかしいが……。


 それにより口封じをされたり、行動に制限を設けられたりなど、奴隷達に不利な状況が出来上がる。


 だから(さら)い屋に(さら)われたら最後なんて、言葉も出てくる。


 そして俺達が今回向かう奴隷オークション会場も、その違法だと思われる。


「――そんなの酷いよ!」


 プリプリと怒るアイシアに可愛いなぁと呟くユネイルに、足を踏みつけて尋ねる。


「違法だと思われるってどういうこと?」


「たぁ〜……そ、それはね。奴隷になった人達が証言しないんだよ」


 足に痛みを感じながら答えた。


「先程も言いましたが、(さら)い屋や奴隷商は奴隷に対し、不都合なことをさせないよう、術式を奴隷の紋章に刻印します。そうなっては手出しが難しく、質が悪いものでしたら、その術式を解いた瞬間に魔力の暴発が発生し、辺りに被害を出たなんて話があります」


「……なるほど。奴隷にされた側は訴えたくても訴えられずに買われ、時が経つにつれて反論する気もなくなると……」


 悪質で悪辣で最悪な商売だ。人を食い物にするという言葉がここまで似合うのも珍しい。


 その捕まった側はどうしようもないほど、絶望に打ちのめされるわけだ。


 しかも唯一の救いが、良識ある人に買ってもらうことだが、そもそも違法オークションに参加する奴らにそんな良心があるなんて望みは極小。


 とてもじゃないが、当てにならない。


「だがクルシアを絡ませればイケるはずだ」


「クルシアはこの大陸でも禁句(タブー)とされる人物で、その奴隷オークションに現れるとなると、五星教や騎士団が動く。そしたらそのオークションの奴隷商にも矛先が向くってわけだね」


「それで問題となるのが、五星教の説得というわけですね?」


「はい……」


 五星教側からしても、急にクルシアが出て来るんだ対応してくれでは困惑するだろうし、そもそもどこ情報だという話にまで広がると、面倒くさくなる。


 こちらとしては、極力事情を悟られずに注意喚起出来れば問題ないのだ。


「まあ、とりあえず今日は三人を案内することが目的だし。街の雰囲気とか伝わればいいかな?」


「そうだね。相手が相手だし、ここは慎重に――」


 ドカァーーンッ!!!!


「えっ?」


 意気揚々と、腰眈々と準備すればいいよねと意気込みを払い除ける倒壊音が、すぐ近くで響いた。


 多くの悲鳴と共に、その場はパニック状態に陥る。


「こっち!」


 俺とネネはユネイルに手を強引に引かれ、建物の影に隠れ、アイシアとリュッカもユネイルの後へ。


「なにが起きたんでしょう?」


「さあな。だが……!」


 ユネイルは倒壊した建物の影からとある姿を確認した。


「ケッハァ! 見つけたぜぇ……狂信者共ぉ!!」


 派手な紫の髪色にだらんと舌を伸ばし、五星教と思われる人達にガン付けている妙にやせ細い男性。


「あ、あの人……」


「知ってる人?」


「ああ。危険人物として指名手配されてる奴だ」


「えっ!? 昨日見せてくれたリストにはなかったけど!?」


「昨日見せたのは、五星教に手配されている闇属性のリストだ。アイツは水属性の魔術師なんだが……」


 あの毒々しい見た目に反して、水属性ということに違和感を感じたが、次の光景を見た瞬間、その思い込みは壊れる。


 ノースリーブのその男はナイフを自分の腕に突き刺すと、自分の腕をゆっくり裂いていく。


「ケハッ! へハハハハハァッ!!」


 見ていて痛々しい不気味な光景に、思わず視線を逸らしてしまう。


「ハッハァ!!」


 肩から(ひじ)あたりまでに切り傷を作ると、空をバッと見上げて、


「さあ――金儲けの時間だぁ……」


 するとこの男が垂れ流した血が、生き物のように動き出したかと思うと、ノースリーブの男を止めようと五星教の剣士が斬りかかるが、ザシュッとその両腕を切り落とされた。


「あ? あ……ああぁああっ!!?」


「はぁい……まず一匹」


 すると俺の影のように血が地面を這い、鋭い刃となってその剣士の首を切り落とした。


「――きゃあああーーっ!!」


「さあ、野郎共! 五星教の首(金の実)を拾いなぁ!」


 するとノースリーブ男の部下と思われる奴らが倒壊した建物からわらわらと出てきた。


「くそっ! マズイな。この場を離れよう」


「あれ、何とかしないの!?」


 辺りは大混乱状態。町の人達も逃げ惑い、駆けつけた五星教の連中も次々とノースリーブ男の血の魔法の餌食にされていく。


「何とかしたいが、アイツは分が悪い。見てわかる通り、影使いみたいな戦いをする攻防一体のクソ野郎なんだ」


「は、はい。せめてカミュラかギルヴァさんが居てくれれば、止めようとも考えますが……」


 カミュラもギルヴァも手配されているため、帝都には行けない。今回の買い出しもお留守番だ。


「俺一人で相手するにも部下連中も邪魔だ。五星教の連中や……あっ!」


 ユネイルが気付いた先には、五星教の制服とは違う装いの騎士隊だろうか、駆けつけてくる。


「貴様っ! 何をしている!」


「なに? なんだってってかぁ? お仕事中なんですぅ。邪魔すんな」


 血が瞬時に凝固し、槍状になりて駆けつけた騎士隊達を襲う。


「散開! 距離を取りつつ、奴の攻撃に対処せよ! 五星教の者達! 住民を避難させ、在住している女神騎士を連れて来い!」


 騎士隊はリーダーの指示に従い、散開。見事攻撃を(かわ)すと、迎撃行動に移る。


 五星教達もわかったと悔しげな表情で騎士隊のリーダーの声に従うが、それを気に食わないと不機嫌そうにガン垂れる。


「……逃すかよ、金づる」


 一斉に地面を汚す赤い血が、五星教の身体を貫いた。


「なっ!?」


 驚くのも束の間、ノースリーブ男は大きく手を広げると、楽しそうに笑みをニタリと浮かべると、不気味に呟く。


「咲けぇ――ブラッディ・ローズ」


 五星教の身体を食い破るように血が噴き出たかと思うと、その血が枝木のように周りに居た騎士隊目掛けて突き刺す。


「――があっ!? はぁあっ……」


「……おい、冗談だろ?」


 突き刺されたのは、五星教や騎士隊だけでなく、味方すら突き刺されていた。


「はあ……お仕事完了だ。おい、さっさと狂信者共の首を持っていけ。……女神様とやらが来られると面倒だ」


「は、はい!」


 生き残った部下連中は、五星教の首を斬り落とし始める。


「ひ、ひでぇな」


「女の子が見るもんじゃないよ。野郎っ……」


 そうして様子を見ていると、彼らの近くに怪我を負った子供の姿があった。


 今にも泣き出しそうで、ノースリーブ男を刺激しそう。


「ねえ! あの子、マズイんじゃない!」


「おいおい、マジかよ!」


 その遠くに泣き出しそうな母親の姿も見えた。


 おそらく混乱の中、手を離してしまい、誤って置き去りにしてしまったのだろう。


 子供も状況を察しているのか、それとも恐怖で声が出ないのか、ボロボロと涙を零し、震えながらも声を殺しているが、見つかるのも時間の問題だ。


「助けに行こう!」


「ま、待て待て、アイシアちゃん! 冷静に考えよう。いいかい? アイツはアルビット・マンシュリーっていう血を媒介にして戦う魔術師で、流れる血に魔力と術式を組み込むなんて吹っ飛んだ発想のせいか、無詠唱で戦える奴だ。ミイラ取りがミイラになっちゃ、話にならないだろ?」


 詠唱無しに俺の上級魔法、シャドー・ストーカーと同等の術が使えた背景にはそんなカラクリがあったとは。


 だけど、


「それはあの子を助けない理由にはならないよ」


「さすがリリィ……じゃなかった、ヘレン!」


「……私達しか聞こえてない時はリリィでいいよ」


「で、でもねぇ、リリアちゃん……」


 止めようとするユネイルを無視し、三人で作戦会議。


「私は魔法が使えない。さすがにこれ以上の混乱を招くわけにはいかない」


 俺はヘレンとして、水属性の精神型としてここにいるが、実際使えるのは結局、火と闇魔法だ。


「どうするの?」


「これがある」


 俺はポンポンと魔導銃を軽く叩く。


 魔法使いとしての頭数には入らないが、俺には魔導銃がある。


 これならいくら属性を火や闇を加えたとしても、弾で飛んでいくため、認知は難しい。


「私がこのフードを取れば反応があるかもしれない。奴らの注意は私とアイシアでやる。リュッカはあの子をお願い」


「わかったよ」


 身体が動く肉体型のリュッカの方が救出に向いているだろうとの判断は、リュッカも同意。あっさりと返答した。


「ああっ! わかったよ。やるよ」


「別に無理しなくていいよ」


「そ、そんなこと言わないでくれよぉ」


 さすがに男一人、腰抜けみたいな立場はやめてほしいと参加を表明。


「ネネちゃんは?」


「わ、私は……」


「ネネちゃんはリュッカちゃんがあの子を救出したら、治療を頼むよ」


 ネネの力量を知るユネイルは優しく頭を叩き、そう指示をした。


「よし、行こうか! 狼煙(のろし)を上げよう」


 リュッカ達が俺達から離れ、移動するのを確認すると、一発、弾を打ち上げる。


 ダァンというこの場の空気を裂くような弾丸の音が響く。


「ああっ!? 誰だぁ!?」


 荒々しく尋ねるアルビットに対し、俺とユネイルは大人しく姿を見せる。


 すると、冷たくガンをつけてくるアルビット。


「なんですかぁ? ヒーロー気取りですかぁ? ……流行らねぇんだよぉ、そんなのはさぁ!!」


 地面に転がる石ころをこちらに向かって蹴り飛ばすが、ユネイルがパシッと俺の目の前で掴み取ると、やる気になってくれたようで、


「おい。もし彼女の柔肌に傷でもついたらどうする!? このクズ野郎!」


「知らねぇよ。てめぇの女なら引っ込めときなぁ。ここはカップルがイチャつく場じゃあ……!」


 パサッと俺はフードを取ると、アルビットは言葉を止めて驚く。


「てめぇ……その銀色の髪に女ぁ? まさか……魔人殺しの……」


「さぁてね! 自分の実力で試してみたら!?」


 俺はバッと銃口をアルビットを向けて弾丸を連発。


 こんな非道なことをする野郎だ、銃口を向けることに抵抗はない。


 だが攻撃と判断したのか、瞬時に血が壁になり阻まれる。


「チッ、ユネイル!」


「前衛は任せてくれ、リリアちゃん!」


 ユネイルがアルビットとの距離を詰める。


「面倒だが、上等だ! ぶっ殺してやるっ!!」


 血の槍状が次々と襲いかかる中、ユネイルは素早い動きで回避するも、


「はっ! しゃらくせぇ!!」


 血の槍は枝木のように、次々と襲いかかってくる。俺の弾丸も思うように届かない。


「どうしたぁ!? 黒炎の魔術師の名はハリボテか!?」


 次々と襲いかかるアルビットの攻撃だが、ユネイルは俺を抱き抱えながら回避する。


 そんなユネイルに抱き抱えられながらも、俺は弾丸を撃ち込む。


「効かねえって聞こえねぇのか、ああっ!?」


 確かに奴の攻撃が妨げとなって届いてないのは、重々承知だ。


 だが、俺達の狙いはあくまで子供の救出の時間稼ぎ。


「まだか……」


「いや、オッケーみたい!」


「お、おっけ?」


 オッケーの意味を理解していないユネイルは、不思議そうに尋ねるが、リュッカ達の合図で理解すると、


「――アイシア!!」


「いっくよぉ! ――サンライト・レイ!」


 テテュラを止める時に使った火属性の上級魔法を放つ。


 この魔法なら奴の血も蒸発させて、攻撃を軽減、良ければ無効化も可能。しかも、当たれば攻撃にもなる。


「チッ、面倒だなぁ!」


 この魔法の狙いがわかったのか、とりあえず攻撃に当たらないようにサンライト・レイを(かわ)すが、


「――なっ!?」


 ダァンと奴の右腕を弾丸が貫通する。


「上ばかり見てるからだ。バーカ」


「てめぇ……」


 俺の真の狙いはアイシアの魔法によって、注意が上に向く瞬間にこちらの攻撃を通すことである。


 勿論、アイシアの魔法が当たれば儲け物だが、コイツも組織の長なら、ランダムに降り注ぐ閃光を(かわ)せないなんてことはないだろう。


 いくら自分の腕をナイフで裂く男でも怪我に対し、痛みが無いわけではない。


 俺は敢えて裂かれた腕を狙った。蓄積される痛みは冷静さを失わせる。


 敵味方問わず傷付ける奴で、会話にも感情を剥き出しにする傾向がある以上、激情させれば完全に周りが見えなくなるはず。


 そこを瞬時に狙おうと思った時、


「アルビットさん! 何とか回収しました」


 アルビットの荒々しい攻撃の中、指示に従い、五星教の首を回収していた部下達を見下すように見ると、


「おお、おお、そっかそっかぁ。よぉく頑張ったな。……帰るぞ」


 その部下の頭をポンポンと叩くと、簡単に背中を向けて立ち去ろうとする。


「は? お、おいおい」


 思わぬ拍子抜けに、思わず止めてしまった。


 すると、目障りだと殺気だった視線で振り向く。


「うぜぇよ、メスガキ。犯して殺すぞ」


 どうやら少しコイツのことを誤解していたらしい。


 ボソボソと喋っていたから聞き取りづらかったが、金って言葉を良く使っていたように思う。


「アイツ、もしかして金にならないことはしない主義か?」


 俺はユネイルに降ろされながら、尋ねるとそこまではと答えられた。


 この場を去ってくれるとはいえ、こんなことをする奴を逃したくはない。


 だけどここで魔法を使おうものなら、これ以上の混乱と迷惑をかけてしまう。


(幸い、子供は無事だ。これ以上を求めるのは、わがままか……)


 正義感に駆られ、取り返しのつかないことをするわけにもいかず、やむなく逃がしてしまうところ、


「これは……なに?」


 ポツリと言葉がふわぁと浮遊したかのような可愛いらしい声が聴こえてきた。


 隣から聞こえて来たので向くとそこには、帝都の背景にははまらないような上から下まで真っ白な少女の姿があった。


 まるで雪のようだ。


 その姿を視認したアルビットは、最上の獲物を目の前にちらつかされた獣のような視線と舌舐めずりをする。


「面倒ではあるがぁ……汚しがいのあるメスガキが来たじゃねぇかぁ」


 その真っ白な存在を赤黒い血で汚したいとばかりに、目が喜んでいた。

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