11 彫刻の町パルマナニタ
――彫刻の町パルマナニタ。
ラセルブ山脈から取れる材料を元に、多くの職人達が腕を奮った町である。
特に有名なのが彫刻。
町の建物や陶器屋、装飾品など芸術センス溢れる景観が町を飾る。
そのデザインに圧倒される観光客が後を絶たないとまで言わしめるほどである。
と言うのも、作品自体が大きな物が多く、自然と町も大きくなってしまったそうな。
俺達も頼まれた買い物をしながら町を散策するも、進む足が遅く、辺りをキョロキョロしながら危なっかしく歩いてしまう。
元々この世界自体、ファンタジー好きの俺からすれば、心躍る景観が広がる世界だ。
この町の古めかしくも神秘的な造形物には、心奪われるものがある。
「……何というか、リリアさんって趣味がちょっと古いですわよね」
「へ?」
「確かに目を奪われるような素晴らしい作品が散りばめられておりますが、目の輝きが違いますわね」
ナタルの言うことに、ギクリと身体が跳ねる。
なんだかジジ臭いとか言われているように感じる。
「私はいいと思うよ。歴史を感じる建物に興味を持つことはいいんじゃないかな?」
「……フォローありがと、リュッカ」
趣味や感性が若干古めかしいのは元の両親の影響ではなかろうか。
一応、意識は鬼塚なので。
「さて、次はっと……」
ロイドから貰ったメモを見て、買い物を進めていく中で、この町の代表的な広場なのだろう大きな噴水広場を何度も往復する。
この広場を中心に町が出来ているようだと、わかるほどに。
しかし、
「おかしいですわね」
「何が?」
「先程からあの素晴らしい噴水がある広場を通りますが、人っ子一人通らず、それどころか手入れもされてない様子で……」
女神が彫られた大きな噴水の造形美たるや、目を見張るものがあるのだが、その広場からは雑草がぴょこぴょこと顔を出し、せっかくの迫力ある噴水も所々黒ずんでいた。
「そうですね。あの広場だけ……なんだか置き去りにされてるみたい」
リュッカの言葉には同意見だ。
他の道通りは整備、清掃されているのに町の中心である広場だけが残骸に扱われているのは、せっかくの素晴らしい景観が台無しだ。
「あの広場には何かあるんですか?」
アイシアが買い物先の店員に何気なく尋ねると、その店員は真っ青な表情へと変わる。
「あんた達、他所から来たんだろ。頼むからそんなこと口にしないでくれ!」
荒い口調でそう突き放されると、それ以上は何も答えず、パタパタと作業へと戻った。
居心地の悪い雰囲気になったので、俺達も早々に店を後にした。
「幽霊でも出るのかな?」
「……そんな様子には見えませんでしたが……」
幽霊みたいな曖昧なものなら、あんな口調で怒ったりはしない。
確信を持って何かがあったとわかっていての発言に聞こえた。
若干、震えているようにも聞こえたことから、恐怖心も感じた。
「噴水……」
大きな噴水を見上げながら悩んでいると、
「……! 噴水……」
ある言葉を思い出した――。
『どうしてもってんなら、西大陸にある噴水がデカくて有名な町がある。そこの大きな屋敷が奴の実家だ』
――ザーディアスが言ったクルシアの故郷の話。
ふるふると瞳を震わす俺の様子を異変と感じたリュッカが心配そうに尋ねる。
「リリアちゃん?」
「……ここ、クルシアの故郷だ」
「「「!?」」」
「あっ!?」
一緒に同席していたリュッカも思い出したようだ。
アイシアは忘れていたのか、あの場に居なかったカルディナとナタルと共に驚く。
「どういうことです!?」
「おっさんが言ってたの。クルシアのことを知りたいなら、噴水が有名な町の大きな屋敷に行けって……」
「噴水……」
確かにしっかりと管理されていれば、有名であってもおかしくない広場だ。
昔はこの町の憩いの場として栄えていたに違いないと確信を持てるほどに。
「探そう! クルシアの情報があるなら!」
みんなも考えは同じなようで、無言で頷くと足早に広場を後にした。
そして――、
「ここか……」
町の人達に聞かずとも割とすんなりと見つかった。
元々職人の町という風景があるパルマナニタ。豪華な建物が連なりはするが、屋敷となると数が少なく、その中でも一際大きな屋敷が目についた。
その屋敷を囲む柵にはツルが絡み付いており、華やかさを持たせるためではなく、伸び過ぎただけのようだ。
遠巻きから見る屋敷の窓には、全てカーテンで隠されており、重苦しい雰囲気を漂わせる。
俺達はギキィと嫌な音を立てる柵の門を開けて、中へと入る。
「本当にここかな?」
「とりあえず、玄関を叩いてみよう」
誰かが住んでいる形跡はある。
玄関前や扉には掃除されている感じはある。
コンコン。
「ごめんくださぁい。誰か居ませんか?」
特に躊躇うことなくノックするが、返事はない。
もう一度、コンコンとノック。
「ごめんください! ……いないのかな?」
「もしかしたら留守なのかも」
俺達が諦めて去ろうと振り向いた時、ガチャっと玄関が開いた。
「どちら様ですか?」
「!」
「え、えっと突然の訪問すみません! わ、私達、旅のものなのですが……」
出てきたのは、ピシッとした執事服を着こなす若い見た目の、仕事が出来ると顔だけで判断できそうなお兄さん。
「旅の方……はあ? 宿でも尋ねられたので?」
「あ、いや、えっと……」
リュッカが言い澱む中、ナタルがキッと真剣な表情で用件をはっきり口にした。
「こちらはあのクルシアのご実家なのですか?」
「――!? ……何故、あの方の名を……?」
「やはり……教えてもらえませんか!? 彼についての情報を!!」
執事はその彼女の表情を読み解き、落ち着いた様子でため息をつくと、
「……わかりました。こちらへどうぞ」
玄関の扉を大きく開けて招いた。
屋敷の中も外観からもわかる通り、薄暗く、物音一つしない。
俺達の足音が妙に響く。
「他に使用人は居られませんの? 随分と広い屋敷ですが……」
「使用人はわたくしだけでございます。後居られるのはご主人様と奥様、坊っちゃまだけでございます」
坊っちゃまなんて初めて聞いたかも。
だが、この広い屋敷にたった四人しかいないのも、どこか不気味である。
「大変じゃありませんか? お庭を拝見しましたけど……」
「いやぁ、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。少しずつでもとやってはいるのですが、なにぶん他の仕事もあります故……」
「こ、こちらこそ余計なことを……すみません」
「使用人を増やせなかったんですか?」
俺はさらっと尋ねてみると、仕方なさそうに苦笑いを浮かべた。
「このお屋敷に使用人など来ませんよ。それにわたくし自身も雇いたくはありません」
「は、はあ……」
そんな雑談を交えながらも応接室へと通されると、暫しお待ち下さい、と綺麗なお辞儀と共に執事は部屋を後にした。
俺達はソファーに腰掛けて待つことに。
「綺麗に掃除はされていますが、不気味なくらい物音がしませんわね」
「人が住んでるとは思えないほどにね」
「そんなことどうでもいいですわ。クルシアの情報さえ訊ければ……」
「委員長……」
待つこと数分、コンコンと扉をノックされた。
「失礼します。……お待たせ致しました。どうぞ楽になさって下さい」
そう言うとティーセットだろうか、色素の薄い綺麗なティーカップに透き通る色合いの紅茶が注がれる。
俺達の前に物音一つ立たず、素早く丁寧に置いていく。
仕事の仕方にも品位を感じる。
全体的に姿勢から身のこなしまでピシッと引き締まっている印象の動き。
優秀な執事とはこういう人のことを言うのだろうかと、考えるくらいだ。
一通りの仕事を終えると、ぺこっと一礼。
「申し遅れました、わたくしハイディル・エルタニアと申します。このお屋敷にて執事長を務めさせて頂いている者でございます」
「!」
ビンゴ! おっさんが言ってたハイディルって人に間違いない。
俺達の自己紹介も終えると、ハイディルも腰をかけて話を始める。
「確かクルシア様のことについて尋ねられたとか――」
「その前に訊いていいですか?」
「何をでしょう?」
「貴方、クルシアと今でも交流があるかどうかを……」
ハイディルはクルシアを様付けしている。
ご主人の息子に様付けは当然だろうが、それでも確認はしておきたい。
これがクルシアの罠であれば、それはそれで問題である。
俺は紅茶をちらりと見て、息を呑んだ。
すると寂しげに笑い、返答してきた。
「……こちらとしては、一度お会いしてじっくりとお話をしたいとは考えております。しかし、入ってくる情報は各地疎らでして。十二歳の頃より会っているどころか、連絡すら取っておりません」
ザーディアスの言っていた絶縁という情報は確かだったようだが、念のためと俺はまだ紅茶を口にしないことにした。
「わたくしが知っているのは、幼少のクルシア様のことのみとなります。お力添えできるかどうか……」
「それでも十分です!」
とアイシアは紅茶を一気に飲み干す。
もっと警戒しなよ、アイシア! 後、紅茶はそんなぐびっと飲み干すものでもない!
「教えて下さい! 私達はクルシアを止めないといけないんです!」
事情を解りかねるハイディルは、小首を傾げる。
「差し支えなければ、ご事情をお話して頂いても?」
一方的な意見交換はよろしくないだろう。
俺達が知るクルシアの情報をハイディルに説明した――。
「――なるほど、そのようなことが……」
意外にも落ち着いた様子で聞き入っていたハイディル。
「……小さい頃から知っているハイディルさんからすれば、あまり驚く内容ではなかったです?」
「ああっ! いえ、そんなことはありません。素直に驚いてはいますよ。ただ……心当たりはありました」
「心当たりがあった……?」
クルシアの今の性格に覚えがあるのであれば、是非とも更生させて欲しかったものだと考える。
「確信はありませんでした。しかし、どこか危うくてらしたので……」
「危うい……ですか」
「ええ。クルシア様は幼き頃より、賢くていらっしゃいました。二つ上の坊っちゃまと比べましても天地の差を感じるほどに……」
ザーディアスが天才と呼んでいたことが一致する。
あの戦闘センスや魔法の才能、狡猾でありながら大胆な策略はそこなのだろう。
人の心を見透かしたような、あの意地の悪い性格は貴族として身につけたものだろうか?
「それでクルシア様は今、ファニピオンへ?」
「はい。奴と衝突することは免れないと思ってます。正直、実力さもあります。だからこそ、少しでも情報があればやりようがあると思うんです」
ハイディルは少し悩むと、すくっと立ち上がる。
「わかりました。少しよろしいでしょうか?」
「……? はい」
俺達はハイディルの案内の元、ある所へ連れてこられた。
「書庫……?」
「はい。かつてクルシア様が軟禁していた際に利用していた書庫になります」
「軟禁!?」
その言葉に驚きの声を放つが、ハイディルはその反応をわかっていたのか、気にも止めずに書庫の扉を開けて、入るように手招いた。
書庫というだけあって、本棚にびっしりと本が敷き詰められている。
勇者の日記の書庫を思い出したが、この書庫はあれ以上である。
「……凄いですわね」
ナタルは驚きと感心を向けながら手に取った本をめくる。
書かれている内容が難しいのか、とりあえず目を通すといったページめくり。
「魔法学、魔物学、魔石学、天文学、法律の本まで……結構な物が置かれているようで……」
カルディナすら物珍しいといった言い方をする。
アイシアに関しては本すら手に持たない。難し過ぎてわからないからだろう。
俺もめくったが、理解不能である。
「それで、軟禁というのは?」
「クルシア様が闇属性なのはご存知でしょう。クルシア様が幼少の際は、今のように即日に処刑が行われることがありませんでした。その際、ご主人様がクルシア様を死んだことにしまして、お屋敷に軟禁したので御座います」
「……!」
「なるほど、クルシアは双属性。風属性持ちとして育てれば良かったと……」
「仰る通りです」
カルディナの言いたいことは、この書庫で勉強させることで、風属性の魔法を中心に色んな方面の知識を身につけさせて子供の未来を作ろうとしたのだろう。
時間経過を過ぎればクルシア自身も成長し、誤魔化しが効くと踏んだのだろう。
軟禁はちょっとやり過ぎだと考えたが、西大陸の社会情勢を考えれば仕方がないか。
いいご両親じゃないか。
「ですが、そう上手くはいかなかった」
「はい。貴女方からお聞きした事件や噂、そして……あの事件を考えれば、そうですね」
どこか儚げに語るハイディルからは、後悔の念が滲み出ていた。
「……クルシア様の実力を知るのであれば、ここの書物にある魔術書をご覧になられれば良いかと。それともお話をお聞きになりますか?」
俺達は一応、買い出し中だ。ロイド達が心配しているかもしれない。
とはいえ、クルシアの情報は得たい。
俺達はここに残り、クルシアの強さの源を探す方と、ロイド達の元へ事情を説明しに行く方に分かれることに。
「……やっぱり委員長はこっちだよね」
「当然だわ」
「すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。先程のお二人が戻られたら、お話すれば良いですか?」
「はい。お願いします」
カルディナとアイシアに買い物と伝言を任せ、俺達はハイディルが案内してくれた魔術書が多く保管されている棚の前で読み漁る。
だが、いざこうして見ると水の魔術書が数多く保管されていた。
「あのハイディルさん……」
「何でしょう、ヘレン殿」
うーん、やっぱりヘレンは言われ慣れないと違和感を感じつつも尋ねる。
「なんだか水の魔術書が多いようですけど……これは?」
「こちらのレイフィール家は治癒魔法術師として、財をなされた家柄なのです。ですからご主人様も坊っちゃまも優秀な治癒魔法術師であらせられます」
「なるほど。どおりで医学書などもあるわけですわ」
それにしたって結構な数の本だ。こんなにあったらどこに何があるとかわかんないだろう。
検索機能とかがついたタブレットやパソコンがあるわけじゃないし。
「この本は全て当主様が?」
「まあそうですが、ほとんどクルシア様からお願いされてというものが多いです」
「クルシアってこんな難しい本を欲しがったの?」
俺は分厚い本を片手に驚いてみせる。
だが、好奇心と探究心の塊のあの男なら、知りたいという理由だけで、これだけの書物を求めそうだ。
「ええ。当時は驚きました。まだ七歳のクルシア様がこんな本を――」
「はあ!? な、七歳!?」
子供が図鑑を強請るとかあるけど、この本はそんな次元ではない。
テレビにでも出るような無駄に頭にくる生意気で知性的なマセガキが強請るようなもんだぞ。
可愛げがない。
「しかし、クルシア様はご主人様ですら頭を悩ませる参考書や魔術書など、あらゆる文学、魔法学を吸収していきました」
「……もうそこだけ聞いても十分おかしいですわ」
「当然、ご主人様方はお喜びになられましたが、我々使用人からすれば、どこか恐ろしさを感じられずにはいられませんでした」
「というのは?」
「クルシア様はこの軟禁について、理解を得ていたのです」
「……」
少し考えたがこの西大陸の社会情勢で、尚且つクルシアは賢いと聞いている。
なんら違和感を感じなかったが、
「当時七歳の少年が軟禁に対し、何の不満も抱かないことに、我々は不気味さを感じられずにはいられませんでした」
「そうね。いくら賢くて物分かりがいいと言っても、限度があるでしょうね」
「そっか……」
クルシアのことだからか、常識が欠落していることなど普通だと感じていた。
そんなマヌケな返事をした俺に、ナタルは呆れたため息を吐く。
「普通を欠落しないでください」
「ごめんごめん。クルシアのことだから、つい」
「それでクルシアは軟禁中は、ほとんどこちらに?」
「ええ。黙々と読み漁っておりました」
七歳という年齢なら遊び盛り。
部屋に籠り、頭を痛めるような分厚い本の数々を読み漁り、その知識の全てを吸収していく様は異様な光景にしか映らないだろう。
「問題の性格はどうだったんですか?」
「不思議なことに性格はとても無邪気で子供らしい性格でしたよ。ご主人様や奥様にも甘えておられましたし、坊っちゃまとも仲良くしておられました」
「逆にそれが……」
「ええ。あの子供のような笑顔が本心なのか。黙々と知識を蓄えたクルシア様のことを考えると、あの性格はおかしいとすら考えました。ですが……常識を考えれば、あの甘えるお姿の方を微笑ましく受け取ってしまったのです」
そう捉えるのが普通だろう。
誰もそんな子供が悪意を持って行動するとは考えづらいし、間違いを正すのが大人だ。
クルシアが間違ったことをすれば、大人として注意すればいいと考えたのだろう。
「ですが――」
コンコンと小さく遠いノック音が聴こえてきた。
「アイシア達かな?」
「それでは続きのお話は場所を戻しましょうか?」
読み漁った本を片付けながら、ふと魔術書を見つめる。
あの男の強さの根底には、積み上げられた努力があったのだと。
だがその努力が善意に向けられなかったことをこれほど残念に考えることはなかった。




