09 予習と準備には念を入れて
「まったく、来て早々とんでもない目に合いましたわ」
「まさか全裸にされるとはねぇ……」
無事、西大陸への侵入と港町ガルニマでの宿屋で一息ついた夜、今日の出来事のぼやきから始まった。
その理由はわからんでもない。
いきなり全裸に剥かれて入国審査なんて、どうかしてる。
「まあ無理もないよ。西大陸は奴隷文化が他大陸よりも濃いから、そのあたりが希薄なんだよ」
「わたくし、あんな風に人前で肌を見せるなど……」
ナタルはともかく、カルディナのように他人に裸を見せる習慣のない者からすれば、その怒りも尤もだ。
風呂ではなく、調べるという意味の全裸なら尚更不快だろう。
「文化、伝統、歴史に習慣……か。根付くものにもよるけど、末恐ろしいものだね」
「それもですが、その指輪をくれた人物も気にかかりますわ」
ナタルがちらりと俺の指を見ながら、心配そうに語る。
「……どう考えますか? ロイドさん」
「そうだね……彼女の言う通り、五星教も確かに全員が闇属性に対する恨みがあるというわけじゃない。むしろ最近は減る傾向にある」
「風化してきたとか?」
「それもあるけど、今のリーダーになってから、闇属性持ちが表立って出なくなったことや、この大陸の自衛を担っているのは、ほとんど五星教だ。単純に給金がいいのが理由かな?」
お給料が良い仕事をしようと考えるのは、世界が違っても同じのようだ。
金の力というのは恐ろしい。
「だけど上の方につれて、やはり闇属性の根絶を求めるようでね。過激になっていくのは、やはり上層部のせいのようだね」
「でも話を聞く限り、彼女は五星教では無さそうですが……」
「そうですわね。仮にも闇属性根絶を掲げている組織員のする行動とは思えませんわね」
うーんとみんな悩んでくれているが、正直、考えて出る結論ではないだろう。
可能性が色々と分岐しているせいか、対策を取ろうにも取れない。
実際、この指輪を手放そうとも考えたが、手元から離れた途端、ずしっとのしかかる気怠さと息苦しさを痛感する。
最早、手放すという選択はない。
これも彼女の思惑通りかと思うと、不気味さを感じるが、どうも不思議と身の危険を感じないのだ。
あのマイペースでは明るい性格がその部分を消しているのだろうか。
「とりあえずは様子見でしかないのかな?」
「かな。これのおかげでみんなの足を引っ張らずに済みそうだしね」
俺は指輪を眺めながら、とりあえず頼る方向でリュッカの質問に答えた。
「それでも気をつけた方がいい。黒炎の魔術師だとバレてしまったのだ、狙われる可能性は十分ある」
そうロイドの言う通り、過信は出来ない。
この指輪を受け取った時点で、俺は正体をバラしてしまった。
五星教でないのなら、未だ特定出来てない組織から狙われる可能性が浮上したことになる。
情報が無いのが一番怖いことだ。
これからの旅路、慎重な行動を取るべきだと、改めて意識を高めるきっかけとなった。
すると疲れてきたのか、アイシアとフェルサが身体をぐぐっと伸ばす。
「そろそろ休まない? 私、疲れちゃったよ」
「もう寝たい」
船旅をして、あれだけのプレッシャーのかかる入国審査を受けて、心身ともにヘロヘロ。
「わかった。じゃあ今日はとりあえず休もうか」
とはいえ、これだけの大所帯なだけあってか、部屋の確保が難しかった俺達。
男性陣は馬車内で、俺達、女性陣は宿屋内での就寝となった。
流されるように女慣れしてきた俺だが、こういうレディファーストはまだ中々慣れない。
***
翌日、途中途中で町に立ち寄るとはいえ、買い物できる時にしておこうと市場へとやってきた。
基本的な買い込みは食料、消耗品がメインである。
港町ということもあり、フリーマーケットのような店も立ち並ぶが、品揃えも中々。
「治安が悪いと聞いたけど、そうでもないように見えるけど……」
市場の賑わいや町の人達の表情を見るに、頭の中にある印象と合致しないことに違和感を覚える。
「ガルニマは物流を担う大切な場所ですからねっ。五星教に衛兵も眼を光らせてますから」
「だからスッポンポンにされたの?」
「それはもういいよ……アイシア」
他国からも物流資源が来たり送ったりするところなのだから、厳重なのも理解できるが、それでも全裸はやめて欲しかった。
「キャンティアさんって西の出身の方なんですか?」
「うんにゃ。私は東ですよ」
「えっ!? 私達と一緒!?」
「とはいえ、外れの方ですがね」
まあ東大陸は広いからな。俺達の認識範囲外だったのだろう。
「それで脚本……作家を目指したと?」
「そう! だって魔術師とか戦士とか冒険者とか? そんなありふれた職業に就きたくなかったんです〜」
俺のような異世界人には考えられない発言である。
向こうでいうサラリーマンやOLになりたくない、みたいな感じだろうか。
「やっぱりそういうもんなの?」
「まあ能力のある人は給料のいい、そういった職に就く人は多いよ。自由を求める場合はやっぱり冒険者が多いかな? お客さんもそう言ってたし……」
後はリュッカみたいな自営業みたいなもんか。
俺達の世界に比べたら、異世界だけにエンターテインメントはやはり手薄なようだ。
だからキャンティアもヘレンもこの道を選んだのかもしれない。
そういう開拓が乏しい世界に飛び込んで行く勇気は素直に尊敬できる。
「じゃあ劇団に入って長いの?」
「うんにゃ。もう少しで二年になるかな?」
「割と最近だね」
「ヘレンも一年ちょいくらいだよ」
「へ〜……」
なんだか意外だったと、思わず呆け気味に返答。
ロイドとの信頼性のある接し方や距離感にそんな短い年数とは思わなかった。
「なんでも一部の劇団員が独立したらしく、勢いをつけるために夢見る若者を集めたとか言ってた」
「へ〜。そりゃあいい事言うね、ロイドさんも」
「うん。あの人達となら安全に旅ができそうだね」
カーチェル劇団が有名なのも、常に新しい可能性に挑戦している傾向から来ているのかなと考える。
新しい人を入れるっていうのは、中々大変なことだし、信頼関係も一から築き上げなきゃいけないものなのに、良くやるなぁと感心する。
そんなカーチェル劇団の評価を上げながら、俺達は買い物を済ましていく――。
俺達が買い物を終え、宿屋に戻るとナタルが迎えてくれた。
「おかえりなさい。リリアさん、調子はどうです?」
俺は被っていたフードをパサっと取ると、
「うん、良好だよ」
笑顔で答えた。
赤紫の女がくれた指輪の効力は十二分に発揮してくれているようだ。
それに髪をアップにして被ったフードから銀髪が出ないようにすれば、町中を歩いても大丈夫だという確認も取れた。
俺達はロイド達のいる馬車へと行き、買い物を渡す。
「買い物、行ってきました。合ってるか確認して下さい」
そういうと俺はマジックボックスから買い出しの物を出す。
「ご苦労様。悪いね」
「いいえ。私達が皆さんに迷惑をかけているんですから、これくらい。それより……」
「ん?」
「五星教の方とすれ違ったんですけど、胸のバッチ? 勲章? あれはなんです?」
そのリュッカの疑問は俺にもあった。
昨日はそんな余裕がなかったが、五星教の制服を着た人間の胸元に色が違うバッチがついていた。
「あれは自分の魔力属性……つまりは自分達の所属する属性を指してるんだよ」
赤なら火、青なら水と属性のカラーリングデザインのバッチを付けるのが、五星教の習わしだそうだ。
「へー。あの女が上司とか言ってたから、階級を示しているものかと……」
「ああ……階級も示されているはずだよ。一階級から六階級まであってね。そのバッチ、線が引かれてなかった?」
「うーん」
通り過ぎただけのため、そこまで詳しく見てなかったと唸っていると、
「うん。一本、線が引かれてたよ」
アイシアがさらりと答えた。
「見てたの?」
「うん。斜めにスーって」
「そう。五星教の名の通り、エンブレムは星でね。階級ごとに一画ずつ星のマークが描かれるんだ」
無印が最下位級で一画ごとに階級が上がるそうだ。
途中までの星のマークの線引きって、中途半端でモヤモヤするんだが……。
「そして四画目が副隊長にあたり、星のマークが完成している五人が五星教のトップを務めている」
「その中でも、とびきりのカリスマさんがメルトア・キューメル……」
「よく知ってたね。……まあ彼女は有名人だし、噂でも聞いた?」
「向こうのここ出身の人からね。というかロイドさんも詳しいですね」
「仕事柄上、色んなところに行くからね。情報も集まるのさ」
買い出ししたものの整理をしながら、そう語った。
「そういえば聞きましたよ。若い方を応援してらっしゃるって……」
「……? 何を話したんだい、キャンティア?」
「いやぁ? いつ入団したのかって聞かれたから……」
「ああ、なるほど。そうだね。僕自身も色々苦労したからね。少しでも力になれればと思ったんだ」
わざわざ言うことでもないよと、照れ臭そうに話した。
こういう謙虚さの裏でしっかりとした考えがあり、行動できる人格者だからこそ、みんな付いてくるのだろう。
「だから独立していった子達も頑張ってくれれば、嬉しいよね」
「じゃあそのうち、キャンティアやヘレンも独立するの?」
「とりあえずはもっとキャリアを積んで勉強しなくちゃね! 今はこの冒険譚を参考に一つ、話を考えるとするよ」
「はは、せいぜい色をつけ過ぎないでね」
魔人事件の脚本は中々、言った覚えのないセリフが飛んでいた。
フィクションを交えるのは、承知だが加減はして欲しい。
「それは無理です! 観客が求める以上を提供してこそ、エンターテインメントですよ!」
それを聞いていた劇団員が、キャンティアに調子着かせるような煽るやじを飛ばす。
愛のあるやじにやれやれという表情とは裏腹に、一人一人を大切にしているんだなぁと感じた。
「みんな仲いいね!」
「まあね。素晴らしい舞台を届けるには、信頼関係こそ必須が僕らの考えだからね」
「素晴らしいと思いますわ」
「ありがとう」
一応、西も拠点にしている劇団だが、やはり西大陸のイメージとはかけ離れた印象に、微笑ましく感じる反面、やはり五星教やあの赤紫の女が気にかかっていた。
「さあ、昼食を取りながらでも明日からの経路の確認をしようか」
「はーい」
――ガルニマは港町ということもあってか、宿では魚料理を中心に提供された。
何気に魚料理を食す機会は中々少ない。
リリアは山育ちだし、テルサの料理にもたまに出てくるくらい。
向こうでも魚よりはやはり肉派だった、魚離れが目立つ若者代表だった俺だが、こう食欲をそそる匂いを放たれると、自然とお腹も求めてくる。
この世界での救いは料理文化もちゃんと進んでいるということ。
リンナの料理の時には、あれ? と思ったが、得手不得手があるだけなのだとテルサの料理を食べた際に思ったっけ。
こちらの宿で提供する料理も凝っている物が並ぶ。
「あら、美味しいですわね」
カルディナは上品に、煮付けられた魚をフォークとナイフで食す。
「……? リリアちゃんのそれは何ですか?」
「あ、これ? 箸っていうの」
基本、この世界ではスプーン、フォーク、ナイフといった物で食事を取るが、やはり日本人たるものお箸の方が食べやすいわけで……。
「珍しい物で食べますね」
「摘んで食べるんです。こうして、ね?」
俺は箸で綺麗に身をほぐして、身を摘んで見せた。
「私は無理。断念したよ」
「私も」
外国人が中々お箸が定着しないように、異世界人もその限りではない。
アイシアはぷるぷると持ち上げては皿の上に何度も料理を落としていた。
フェルサに関しては持ち方がグーだったので、出来るはずもなくだが、
「慣れれば、結構食べやすいですよ」
「それに自然と綺麗に食べられますもの、わたくしは最近はこれですわ」
リュッカとナタルはいつの間にか使いこなせていた。ちなみにテテュラもさらりと。
「せっかくの機会です、教えて頂いても?」
「私も是非!」
「あーはいはい」
とりあえずそれは後々と二人を宥めると、本題に入る。
「明朝、このガルニマを出発し、次の町のヒューまで移動するよ。この間の道のりだけど、平原が続くから攫い屋とかの心配はいらないけど、魔物が出てくる。昨日、船で説明した通り、前衛は僕らがやるから後衛は任せるよ」
「了解です」
感知魔法を使って位置を把握し、的確な指示を出す。授業での本領を魅せる時。
しばらくは平原の道沿いに町々を進むというが、目的地のファニピオンに行くにはラセルブ山脈の山道を進まねばならない。
山道には魔力脈も濃い影響もあってか、強い魔物も多そうだし、気を引き締めていこう。
***
「いよいよファニピオンに向かうんだね。フェルサは西大陸を回ったんでしょ? ファニピオンはどうなの?」
「あんまり派手な町はちょっと」
夜風に当たりながら、ふるふると嫌そうに首を振る。
宿屋の一室にて女子会である。
思えば順応してきたなぁ。みんなの無防備な寝巻き姿にも見慣れてきたし、それを着ている俺も抵抗感がない。
「まあ大きな国だからね。私も行くのは久しぶり」
「あら、そういえば貴女もファニピオンには行ったことがあるので……?」
「うん! 一回だけどね」
「どんな町なのかなぁ〜」
期待に眼を輝かせるアイシアに、
「……目的、忘れてないよね?」
現実を突きつけてみると、はっとなり、緩んだ表情筋をキリっと戻す。
「わ、わかってるよ」
「まあそう言わなくてもいいのではなくて? 変に緊張感を持たれる方がやり辛いですわ」
カルディナの言うことにも一理ある。
アイシアが変に気を使うところなんて見ると、こっちがギクシャクしそうだ。
「まあ、程よく緊張感を持て、ということですわ」
「そういうナタルは大丈夫?」
「大丈夫ですわよ。そんな心配ばかりしなくてもいいわよ」
と、軽く微笑んで返答した。
「町の雰囲気は他の町とは全然違うよ。そもそも建物が違うからね」
とは言うが、異世界ファンタジーの雰囲気ぶち壊しの景観ではないだろう。
勇者の家みたいな……。
「ただ所々、黒ーい噂がたつ場所はあるから、そこには踏み入らないようにって言われてる」
「恐らくそのどこかにあるのでしょうね。クルシアの言う歌鳥の鳥籠が……」
「だろうね。殿下も奴隷オークションがどうのって言ってたし……」
「それにしたって奴隷か……」
昼間の買い出しの際にも、ちらほらと見かけた。
直接、首輪がつく訳ではないこの世界の奴隷の刻印。しかし、意外と目立つもので、あまり良い気分ではなかった。
服装は地味な色合いの物を着せられ、手足も程よく細く、顔色もやはり良くない人が多かった。
東大陸では見かけなかったこともあるが、中々異様な光景だ。
しかし、国が違えば文化も違うのは、元の世界でも同じこと。
慣れるしかないと考えたが、一応聞いてみよう。
「あの奴隷の人達は何で奴隷になったの?」
テテュラの話で大まかには聞いている。
生活に困窮した者、攫い屋によって奴隷となってしまった者など色々事情があるようだが、そもそも……、
「攫い屋によって奴隷にされた人って、訴えればいいんじゃないの? 情報がないならお手上げだけど……」
「確かにそれは疑問でしたわね。奴隷の制度がしっかりしているなら、身元の確認も取れるだろうし。国外なら保護してもらえれば良いだけ。五星教も一応、正義を語っているなら、そうなさるのでは?」
キャンティアは少し表情を曇らせて返答。
「いやぁ〜、まあ国が根回ししていたらそこまでだし、そもそも攫い屋もその辺の対策はしてますよ。攫い屋の多くは闇の魔術師と結託しているのが多く、奴隷の刻印とは違う呪いをかけるのですよ。情報を漏らさないような、ね?」
テテュラの時にも思ったが、その辺りの管理はズボラだよな。
それとも警備の穴を潜り抜けるのが、上手いのか。
「要するには捕まったらアウトってことだね……」
「リリアはその辺りは心配ない」
「え?」
「闇属性持ちだから、呪いを受けない。自分よりも魔力の多い魔術師なら可能かもしれないけど、リリア、魔力多いしね」
フェルサの意見にほっと安堵するも、
「それでも仲間に引き込もうとする輩はいるのでは? 例の彼女もそうではなくて?」
不安要素を叩き込んできた。
「うーん……覚悟はしてたけど、改めて思うと中々……」
「大丈夫だよ! リリィは私達が守るよ!」
「いや、自分の身もちゃんと守ってね」
有り難い発言ではあるが、俺からすればアイシアの方が心配だ。
知らないおじさんとかに平気で付いて行きそう。
それはみんなも同じなようで、
「お願いですから、離れないようにね」
「シア、気をつけてよ」
「目を離すとどこかに行ってそう」
「――みんな酷いよ!? 私、そこまで子供じゃない!!」
本人は不服そうにツッコむが、周りはなあなあな返事をしながら、部屋へと戻った。
「まあまあ。ちゃんとみんな頼りにしてるからさ」
「そうだよ。私も思わず言っちゃったけど、頼りにしてるよ」
「もう……」
アイシアは頬を膨らませ、布団をガバッと被ってふて寝した。
「リリアちゃんも、本当に気をつけてね」
「ありがと、リュッカ。私達も寝ようか」
灯りを消して、俺達も各ベッドにて布団に入る。
不安要素は尽きないが、旅にイレギュラーは付き物なんて良く聞く話だ。
今までに培ってきた経験を生かし、柔軟に対応していくさ。
そう、ふと決心をぼんやり浮かべながら、深い夜の中へ、意識を沈めていった。




