03 再開の酒場
「「「「――かんぱ〜い!!」」」」
夜の酒場は冒険者をはじめ、色んな大人達が一日の疲れを吹き飛ばす社交場。
今宵の夜も酔いの回った人々がやんややんやと楽しげに賑わう。
「ほんりつもぉ〜お! お世話に……なりやしたぁあ!!」
「お前、相っ変わらず酒弱え〜よなぁ」
「そ、そうだね。まだ、一杯目なんだけどね」
「よし! アソル。もっともっと飲んで面白くなりやがれよ〜」
「ありがとお〜……ごさいやすっ!!」
ザーディアスは面白そうだとアソルのグラスにどんどん酒を注いだ。
それをクリルは止めようとあわあわし、ラッセも面白がって笑うだけだ。
そんな楽しげな晩酌時に、その酒場に異様な光景がやってくる。
ガシャガシャと複数人の、それも鎧を着ているかのような足音等が聞こえる。
その先頭には、
「邪魔をするぞ」
その人物に酒場の店員や飲んでいた者達はみんな驚く。
この国の王子であるハイドラスが来たのだから。
「こ、これは殿下。一体どのようなご用件で?」
この世界では二十歳未満は酒を飲めない。ハイドラスの訪問は明らかに予想外だった店主は、ごまするような手仕草を取って尋ねると、
「すまないが、客人として来たわけではない。私が探している人物がここにいると聞いてな……」
そう言うとその人物を捕捉したのか、真っ直ぐにそちらへと向かう。
「はれ?」
「これはこれはハーメルトのイケメン王子様。何用でしょう」
ザーディアスは訪問理由を知っているのか、わざとらしい言い方で振る舞うと、ラッセがザーディアスを慌てた様子で引き寄せる。
「おいぃっ!! おっさん! 何したんだよ!?」
「あぁ? 俺はぁ、何もしちゃないぜ」
「だったら何で殿下様が来てんだよっ!!」
「ああっ!! アソルぅ!!」
クリルの悲鳴を聞いてラッセは振り向くと、ベロンベロンに酔ったアソルがハイドラスに突っかかる。
「おおう? あんらぁ、どっかで見たことあんなぁ〜? 誰だっけ?」
「――ちょっ!? おいーーっ!! アソルっ!!」
ラッセが必死にアソルを引き剥がす。
「おいっ!! クリル! コイツどっかに縛りつけとけ!! ――あ、すみませんねぇ〜、殿下様。あは、あはははは……」
そんな必死過ぎる対応に、さすがに笑いが堪えきれず、クスッと笑った。
「プッ……」
「んん? げっ!?」
「げっ……は無いんじゃない?」
ラッセはマズイ奴でも見つけたと顔を引きつらせる。
「おっ、銀髪嬢ちゃんじゃねえか。久しぶりだなぁ」
「うん。久しぶりっていうか、一緒に行動してたの?」
「まあな。この初心者共に付き合うのも一興と思ってな。あれからマシにはなったぜ」
「へ〜……」
「まあ、コイツの酒が弱え〜のと酒癖の悪さは抜けねぇようだがな」
「はは……」
確かに俺達と一緒だった時も今みたいに、顔中真っ赤にしてベロンベロンになってたっけ。
「さて、お互い思い出話や近況報告などしたいだろうが、ザーディアス殿」
「ん?」
「楽しい席を壊すようで悪いが話がある。ついてきてもらおうか?」
その発言を聞いたラッセはいっそ顔色を悪くし、
「おい! おっさん! ……知らない、俺知らないからな!」
逃げ出そうとするラッセを酔っているアソルがのしかかる。
「んあ〜? ラッヘ? もういくろかぁ? まだまだ……飲むろ〜!!」
「離れろっ!! この馬鹿ぁ!!」
あちらの三人がドタバタと騒がしいが、ハイドラス及び俺達の目的はザーディアス。
「大丈夫ですよ。私達が話を伺いたいのはザーディアスさんだけですから……」
「リュッカちゃん……」
「お前らも一緒か。まあそりゃそうか」
ラッセ達が護衛と称して一緒にいたのはリリア、アイシア、リュッカだったため、一緒にいる認識だったらしい。
「お久しぶりです」
そうかしこまり話すアイシアに違和感を持つラッセ。明るく元気な印象が強かったので、ちょっと考えた。
俺達がコイツらにしたことや態度を考えれば、かしこまるこの様子は明らかに違うが、ちょっとやり過ぎたと反省したのかなと、都合の良い考えを起こす。
「なに、俺達も悪いとは思ってるさ。だからお互いに過去は洗い流そうぜ」
「は? 何言ってんの?」
「え? コイツがこんな顔してんのは、俺達に後ろめたかったんだろ? ほら、報酬を渡さなかったし……」
「アイシアが気にしてるのはおっさんの方だよ。あんた達のあれは自業自得でしょ? それにリュッカにいちゃもんつけたり、夜這いしてみたり、護衛にならなかったり、結局私達と一緒に魔物退治したり……なんだったら報酬と慰謝料を貰う方だと思うけどぉ?」
ラッセは俺の図星を突きまくりの言葉攻めに、次々とクリーンヒットしていく。
「う、うぐぐ……」
「やめよーよ、ラッセさん。相手が悪いし、ほら、黒炎の魔術師って……」
「――はっはっはっは!! 変わんねぇな。銀髪嬢ちゃん」
「おっさん、コイツら実力は多少上がったんだろうけど、中身は全然なんじゃない?」
あれだけサニラにギルド前で説教されてたのに、反省の色が相変わらずないラッセ。
クリルに関しては怯えるように見られているため、反省というよりは関わりたくないような様子。
「……ザーディアスさんはどうなんですか?」
「ん?」
アイシアが不安そうに尋ねる。
アイシアはここ最近の出来事で心が疲弊している。テテュラの事に加えて、クルシアの本性。
俺達がザーディアスの元を訪れたのも、クルシアが親しげに『ザーちゃん』と言っていたのをクルシアから聞いていたからである。
あの時クルシアはザーディアスの特徴を説明していたことから、訪ねに来たのだ。
そしてアイシアの心配の種はザーディアスもまた、クルシアのような本性や裏切りがあるのではと不安なのだ。
あの旅路の中でアイシアはザーディアスに対し、仲が良かった。
正直、不安というよりも怖がっている様子。
それを悟ったのか、ザーディアスは一息つくと優しい眼差しを向ける。
「安心しな、シアちゃん。俺はあの坊主みてぇなことは考えてねぇよ」
「それは本当?」
「本当に相変わらずだなぁ、銀髪嬢ちゃん。そもそも俺の趣味なら、銀髪嬢ちゃんをベッドに押し倒して、胸やら尻やらを揉みしだく方がいいな」
俺は下から上へと寒気が思いっきり走った。
「なあ? 王子様達もそう思うだろ?」
騎士達やハイドラス達にも同意を求めるが、ハーディスは表情を顰める。
「なんと下品な。女性に対しては紳士的に接するものですよ」
「気持ちはわからんではないが、不謹慎だな」
「はいはーい! 俺はできるならそっちの――」
「「ふん!!」」
「――あがっ!?」
不謹慎な発言をしそうになったウィルクを二人が蹴飛ばす。
「ハハハハハハッ!! 金髪の兄ちゃん、そうだよなぁ? 健全な男子たるもの女体に興味深々が普通だよなぁ? 王子様と眼鏡君は枯れてんのかねぇ〜」
「失敬な!」
「失敬なってこたぁ、あの眼鏡君……相当むっつりさんだぞ」
フランクなザーディアスが完全にペースを握ると、それによいしょと乗っかるウィルクは、
「そうなんですよ〜。アイツ実は……」
「――親しげにしてるんじゃない!! 何を言い出すんだ!」
肩を組み合い、ナンパする前のノリ的な感覚ではしゃぎ合う。
ハーディスのツッコミも、もろともしない。
そのネタにされている俺も思わずツッコむ。
「揉みしだくとか、絶対やめてね」
「馬鹿だなぁ、嬢ちゃん。男って生き物は欲望にゃあ忠実だぜぇ。特に女欲しさに頑張る男なんてごまんといるぜ。金や力は女を手に入れる資本になるしな。そうだろ? 王子様?」
「……まあ、否定はしないよ」
ハイドラスも肩書き上、権力や財力がどれだけ女を惹きつけるのかは、社交会や学校などでもあれだけ注目を浴びれば、嫌でも思い知らされる。
「殿下みたいに生まれ持って女を惹きつける才能がない男ってのは、そこまでのし上がらなきゃならねぇ。その見返りがお前さんみたいなお嬢ちゃんなら頑張れるってもんさ。一揉み二揉みくらいで文句言いなさんな」
「セクハラって言葉、知ってる?」
努力しなきゃ女に振り向いてもらえないっていうのは、重々理解できるが、余計な一言がついてくる。
それに関しては知らねぇなと言った仕草を取るが、あのわざとらしい顔は知ってる顔だ。
「騎士さん達、アレ、確信犯です。連行して大丈夫ですよ」
「おいおいおい。本当に変わらねぇな、嬢ちゃん」
「ふふ」
するとアイシアが安心したような笑みを浮かべる。
「ザーディアスさんこそ、全然変わらないね。旅してた時みたい」
その様子を見たリュッカもほっと胸を撫で下ろす。
そんな会話を続けていると、周りもざわつき始め、注目を集める。
するとザーディアスは、バッと立ち上がると宣言する。
「おい、野郎共! せっかくうめぇ酒を飲んでたところ、まさか騎士様や王子様が来たせいで水が刺されちまった。違うか?」
肯定するわけにもいかない酒場の客達は苦笑いを浮かべる。
「そこでだ。王子様に詫びを入れてもらおう。今夜の酒代、この国の王子ハイドラス・ハーメルト様がご馳走してくれるってさ!」
「!」
「な、何を勝手な……」
ザーディアスはハイドラスに意味深な視線をちらりと送ると、悟ったハイドラスはやれやれといった呆れた表情を浮かべると、
「そうだな。水を刺したのは事実だ。彼の言う通り、ご馳走しよう」
「「「――おおっ!!」」」
「とはいえ、彼とはまだ話があるのだ。別の店に移動してもらうことを条件としよう」
すると客達は感謝しながら、次々と店から出て行った。
「てめぇらも行きな」
「お、おっさん……」
「んな顔しなくても大丈夫だ。悪いことはしてないって言ったろ?」
それを聞いてラッセとクリルはアソルを引きずりながら、店を後にする。
「ほら行くぞ、アソル」
「しっかりしてよぉ」
「んあ〜? もう二軒目れふかぁ〜?」
それを見送ると店はガランとし、俺達とザーディアス、あとはこの店の従業員達が残った。
「すまなかったな、店主。今夜の売り上げ分はお支払いしよう。使い切らなければならない食材等も必要なら買い付けるぞ」
「そ、それはありがとうございます」
「その代わり――」
「あーあ、王子様、ちょっと待ってくれ」
「!」
「店主、酒は用意してくれ。俺の分だ」
「貴方、今僕らがここに来ている理由……お分かりですよね?」
ザーディアスは『坊主』と言ったのだ、ハイドラス達が訪問した理由はわかっているだろう。
その上で、
「眼鏡の……俺はな、お前さんらのために言ってるんだぜ?」
「なに?」
「酒もお前さんらの味方にしてやるって言ってんだよ。元々クー坊から口止めもされちゃねえが、酒が入った方が……饒舌になるってもんだ。違うか?」
屁理屈をと顔を顰めるハーディスの警戒心は中々解けないが、今までのやり取りを見たハイドラスは、
「わかった。店主殿、彼にお酒を。話ができる程度に嗜んでもらおう」
「殿下!?」
柔軟な男だと理解すると、向かいの席に座りながら酒を勧めた。
「話がわかるじゃねぇか。まあ懐が深くなきゃ、次期国王は務まらんか」
そういうと話し合いの舞台が整っていく。
酒瓶がテーブルの上に置かれ、俺達、女性陣も着席。店員達もこちらの会話が聞こえないよう離れたところで、話し合いが始まる。
「さて、ザーディアス殿のおかげで人払いもできた。こちらとしては是非、王城へとお迎えしたかったのだが……」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、王子様。俺みたいな流れ者が立ち入る場所じゃあねぇ。この方が口の滑りもよくなるって思ったのさ」
「その口ぶりからすると、むしろ喋りたかったってこと?」
「……相変わらず、変な嗅覚してんな。銀髪嬢ちゃん」
図星を突かれたのか、やれやれと表情が緩む。
「まあ、さっきも言ったが、特にクー坊から口止めされてねぇんだ。俺はどちらかと言えば中立だよ」
「中立?」
「ちょいと話を逸らすが、何で俺がクー坊と繋がりがあると思った?」
「そのクルシアにおっさんがあの旅から抜けた後に言っててね。その特徴やザーちゃんって呼んでたあたり、もしかしてってね」
「なるほどな」
「それにSランクの冒険者なら、そういうところにも首突っ込んでるんじゃないかなって……」
「やっぱりおかしな嗅覚してやがるぜ、まったく……」
そこを解決すると、ザーディアスは話を戻す。
「……俺はな、あくまでクー坊に雇われた身ってだけの話だ」
「つまり傭兵として雇われたと?」
「そういうこった」
「じゃあ情報の方もそんなに持ってないと?」
「そんなこたぁねぇよ。俺は移動役でもあるから、ある程度の計画は聞いてる」
「本当か?」
「おいおい、こんなに騎士様がガン首揃えてるんだぜ? 嘘なんかつかねぇよ。洗いざらい吐くさ」
ザーディアスは上級冒険者であり、あのクルシアと接点があることから、優秀な騎士を複数人連れて来ている。
それだけの頭数を揃えられたらと口にはしているが、この軽い口ぶりから余裕があるように見える。
「移動役って?」
「ほら、銀髪嬢ちゃんも影魔法が得意だろ? 闇属性に限った話じゃないが、得意とする系統ってのがある。まあそれが色濃く出るのが闇属性なわけだが……俺は空間系が得意でな。肉体型ではあるが――」
ザーディアスの横に立て掛けられている獲物をポンポンと叩く。
「この魔道具のおかげで、その類いの魔法が使える」
「空間系……」
「要するには空間移動か」
「まあな」
強いおっさんだと思ってはいたが、空間移動が可能となれば、クルシアやバザガジールみたいな化物がさらりと出てくる理由にも説明がつくし、Sランク冒険者だということもわかる。
だが、その意味を理解できないアイシアは首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ表情をする。
「ははっ! わかんねぇか、シアちゃん。ちょっと待ってな」
すると立て掛けている獲物を手にする。
騎士達は警戒し剣を手に取るが、まあまあと宥めると黒い布を取り、真っ黒な棒状の物が顔を出す。
「ちょいと離れてな」
すると隠し刃になっていたのかシャキンと刃の部分が出てきた。
ザーディアスの武器はクルシアから大鎌と聞いていたが、こうして改めて見ると迫力を感じる武器だ。
ザーディアスの高身長に合わせて作られているのか、大鎌自体も大きく威圧感がすごい。
そして、ザーディアスはその大鎌で空を裂くと、その部分が裂けて丸い空間の入り口が出来上がる。
「ほれ、覗いてみな。展望広場に繋いだぜ」
アイシアは言われるがままに、そろりとその空間の裂け目に顔を覗かせると、
「おおっ!?」
俺達から見れば、頭隠して尻隠さず状態だったが、すぐにこちらへ顔を戻す。
「凄いよ! 本当に展望広場だった!」
「だろ? 俺はこういう系が得意な闇属性さんでね」
「つまり、その大鎌には魔法が使えるように細工されていて、肉体型のおっさんの能力を発動してるってこと?」
「まあ……簡単に言えばな」
以前、シドニエの武器を探していた際に、そういう系統の武器もあるみたいな話をしていたが、使いこなすのは難しいと聞いた覚えがある。
それを使いこなすだけでも凄いのに、空間系の魔法は闇属性であるため多少勉強したが、発動が難しい部類に入る。
いくら才能がそっち特化とはいえ、肉体型がそう易々と扱えるものではない。
改めてザーディアスの凄さを学んだ。
そしてハイドラスもそれを理解したのか、慎重に話を進める。
「では現在クルシアがどこにいるのかも把握していると?」
「まあな。つっても今はアジトだろ。ほれ」
ザーディアスは無造作に転移石を転がす。
「転移石……?」
「おう。アジトに直通のヤツだ」
「「「「!?」」」」
ザーディアス以外の俺達全員驚いてみせるが、それを差し出した本人は少し不思議そうに頬杖をついた。
「どうした? テテュラの嬢ちゃんも持ってたろ?」
「確かに彼女の物は押収したが……」
「ありませんでしたね」
「ふーん……」
事件の犯人の物を捜索するのは、こちらでも同じなようで。
だがテテュラはそもそも荷物が少なく、同室のリュッカもどこにあるのか把握しているほど。
「ま、だったら心のどこかで抜けるつもりだったのかねぇ、テテュラの嬢ちゃんは……」
「というと?」
「この魔石はアジトに繋がってるっつたろ? 戻った時に帰ってくる用に持ってくんだが――」
転移石って確か、高額で取り引きされる物のはずだが、そうホイホイと持って行ける代物ではないはずだと考えるのだが……。
そもそも今までの会話を考えるとザーディアスには必要ないと感じたが、話の腰を折りそうなので黙っていよう。
「なかったってことは、そういうこったろ?」
「素直に忘れたとかじゃなくて?」
「明らかにドジそうなシアちゃんとは違うだろ? テテュラの嬢ちゃんはその辺しっかりしてるよ」
計画の成功を考えるなら、おそらく手にはしたはずだが、やはりどこかに未練じみたことがあったのだろう。
クルシアも止めたと言っていたし、テテュラのうやむやになっている気持ちをあの男は見抜いていたのかもしれない。
「……」
「やめときな」
その魔石をジッと見るハイドラスに忠告した。
「行くのはいいが、戻って来られないぜ。魔石の効力上もそうだが……向こうには化物しかいないからな」
転移石は使い切り。戻ってくるには、こちらに繋がる転移石を用意する必要があるが、さすがに侵入してきた敵を逃すことはしないと忠告。
「その組織について詳しく説明願えるかな?」
「……テテュラの嬢ちゃんからはどこまで聞いた?」
「そうだな……クルシアが作った組織で、名前は道化の王冠。メンバーは基本、テテュラのようなはぐれ者や奴隷などと聞いている。その中でも、Sランクを超える犯罪者もいると聞いている。バザガジールがそうだろう……」
「まあな。他には?」
「資金源はドクターという男の人工魔石を当てにしていると聞いている」
「ハハッ!! そこまで話したか」
「ああ。積極的にとは言ったが、結構話してくれて驚いている」
テテュラは本当に積極的に話してくれた。
クルシアの組織は明らかに秘匿しておくべき組織のはずだろうが、
「テテュラの話だと、そこまで口止めされていないと聞いてるが……」
「そういえばおっさんもそんなこと言ってたね」
「まあな。そんな状況も楽しみたいんだとさ。追われているという感覚が堪らんそうだ」
とんだスリルジャンキーである。
「だから案外それを使って行けば、茶でも出してもてなしてくれるんじゃねぇか?」
「冗談でしょ?」
「面白いってやりそうだが? あの馬鹿は」
クルシアの性格だと本気でやりそうな辺り、否定の言葉も出てこない。
「だが組織のメンバーとの面識はクルシアとドクター以外はあまりなかったそうだな」
「ほとんどいないからな。俺もテテュラの嬢ちゃんにあったのは一、二回ぐらいだからな」
「おっさんはあの三人と遊んでたみたいだしね」
「おい」
「……さっきからリリアちゃんはこの人に対してトゲトゲしいね」
「ウィルクみたいに浮いた発言するからね」
「えっ!?」
「言われてるなぁ、金髪の兄ちゃん」
「いや、貴方もですよ」
話が逸れてきていると、ハーディスがコホンと咳き込むと、話が戻る。
「メンバーの話だったな。クルシアを中心にした少数組織だが、その核を担う奴らは全員危険度Sランク越えの化物揃いだ」
「おっさんも含めて?」
「まあな……っておじさんは危険度はないよ? 賞金がかかってもないし」
「貴方やクルシア、バザガジールを除くメンバーで知っている者は?」
「ん〜……ドクターの兄ちゃんに、リュエルの嬢ちゃんとアミダエルの婆さんくらいか」
嬢ちゃんは覚えがないが、婆さんと呼ぶ方にはちらりと思い当たる節があるハイドラス。
魔人マンドラゴラの話をした際に、クルシアが婆ちゃんと言っていたと記憶している。
「リュエルの嬢ちゃんは元奴隷でな。特に世間様を賑やかすことはしてねぇが、アミダエルの婆さんは……まあヤバイ」
「アミダエル……どこかで聞いたことがあるような……」
ハーディスは何か引っかかると悩ませていると、ザーディアスが答えを口にする。
「アミダエル・ガルシェイルって言えばわかるか?」
「「!!」」
ハイドラスとハーディスはピンときたみたいで、驚愕の表情を浮かべる。
「知ってる人?」
そう尋ねると、信じられないと身体を震わせながら驚愕の理由を口にする。
「アミダエル・ガルシェイルは魔物の生態研究家の一人で、当時は女性としても注目を浴びておられた方だ。特に魔物の身体についての研究をメインに行なっていて、魔物の生態発生による身体の構築についてという論文をあげておられた方だ」
ハイドラスがかしこまった言い方をしているところをみると、結構立派な功績をあげた方のようだが、何故クルシアと一緒にと疑問に湧く。
それと、当時という言い方も気にかかる。
「ですが、殿下。確か数百年前に亡くなられたはずでは……」
「――はあっ!? 数百年前!?」
「……ああ。まだ世の中が戦乱だった時代に、魔物を兵器として運用することから、そのような研究の話が上がったらしい。今となっては魔物の弱点や食用として使用できる証明など、彼女の研究が後世まで役立たれている」
戦争から経済が発展、その技術運用の利用なんて話はよくある話だが、この話もその事例から漏れることはない。
「そのアミダエルは彼女の名を名乗ったりしているのでは……」
「ないな」
「どうしてそう言い切れる」
「本人がそう言ってるのと、後は……臭い」
鼻をつまむ仕草を取り、臭いことをアピール。
「あの婆さんは歴史上はくたばった話になっちゃあいるが、実際は生きてたんだと。魔物の研究だけじゃ物足りず、人体にまで手をつけたらしい。その成果を自分の身に施して生きてやがんのさ」
「つまりザーディアスさん。アミダエルさんはご自身の研究を元に、身体を維持し続ける方法を取り、生きながらえていると?」
「まあな。人体に魔物の身体をぐちゃぐちゃに混ぜてやがるのさ。一度変身したところを見たが、アレは二度と拝みたくないね」
ここにいる誰もが全員、ヤバイことを悟った。
その臭いと言った理由は、魔物の身体をくっつけており、しかも何百年という年季の入ったことで発生する異臭によるものらしく、ザーディアスの保証付き。
「書き記した論文からはとてもじゃないが、そんな奇人じみた感じでは……」
「文面から人格を正確に読み取れる奴なんざ、クー坊だけにして欲しいな。気味が悪くてしょうがない」
「ねえ、そのアミダエルって人は今どこ? アジトにはクルシアとドクターって奴しかいないんだよね?」
「南だ。あそこは今は停戦状態とはいえ、人間と亜人種が火花散らしてやがる。人体実験用のモルモットを何十人かっさらっても相手方のせいにできるってわけだ」
「おいっ!! それは一大事ではないか!?」
戦争状態を上手く利用した非道なやり口に、思わずハイドラスは声を張り上げる。
だがザーディアスは他人事のような口ぶりで話す。
「南大陸さんの問題だろ? イケメン王子様が乱す話じゃねぇだろ?」
「しかし……」
「それにアミダエルのバックに居るのは何もクルシアだけじゃねぇ。……人間のお国の後ろ盾もある」
「!!」
「あの婆さんがその国の上層部と繋がってよ、利害が一致している限りはあの国は最強だ。下手に首突っ込んでみろ……魔人マンドラゴラの比じゃねえぞ」
その発言に悔しそうな顔をする。
ここまでの話を聞く限り、アミダエルは数百年のうちに人間的部分を完全に腐らせてしまったらしい。
だがそれを利用する南のお国とやらも根性腐ってやがるなんて考えていると、ふと思い立つ。
「おっさん。その攫った奴って、もしかして亜人種……エルフだったりする?」
「そうだな。婆さんが協力してるのは人間のお国だからな。それに実験に使うなら人間より丈夫な亜人種の方が都合が良いらしいぞ」
「……やっぱり」
「どうしたの、リリアちゃん?」
「ほら、エルフの兄妹! あの二人、ヤバイところから逃げて来たって……」
「「あっ!?」」
アイシアとリュッカはハッと驚く。
俺達が迷宮で保護したランペル兄妹は同族が帰ってこず、人体実験にされているという噂まで聞いている。
「あの人達に聞けば、アミダエルって人のことがわかるかも……」
「どうした?」
「えっと……後でお話します、殿下」
これ以上は話が逸れると、アミダエルの話はここで中断した。
「それでリュエルって人は?」
「クー坊が育てた中じゃ、テテュラの嬢ちゃんに次ぐ実力派でな。獣人の肉体型ってだけあって強い嬢ちゃんなんだが……」
ポリポリと頬をかきながら、先程のピリついた空気とは一転、和やかに話す。
「クー坊にベタ惚れでな。俗に言う……ヤンデレって奴だ」
「……」
アミダエルやバザガジールよりも方向性が違うヤバさだと、背筋に悪寒が走る。
あれに惚れて、ヤンデレになる肉体型の獣人って……女が近付いたらペシャンコにされるんじゃ……。
「テテュラは……大丈夫だったの?」
「その点はクー坊が管理してたみたいだ。それにリュエルの嬢ちゃんは別の仕事も任されてたしな」
「別の仕事?」
「そ、『原初の魔人』の捜索だ」
俺は聞き覚えの無い言葉にキョトンとするが、ハイドラスやハーディスは勿論だが、リュッカも覚えがあるようで。
「原初の魔人って何?」
「……名の通りだ。始まりの魔人とも呼ばれ、歴史に名を刻む魔人だ。魔人マンドラゴラのように人の負の感情からなったのではなく、魔力のみでそこまでの力を得た魔人のことだ」
「あーあ……」
そういえば授業でチラッと学んだような気がする。
「龍神王、獣神王、妖精王……この三人が原初の魔人とされている。彼らの生涯については諸説あるが、どの魔人もサトリを築いたような奴らだと伝わっている」
「なんでクルシアはそんな人達を探しているの?」
「さあな。面白いって理由じゃねぇか? アイツは好奇心と探究心の塊みたいな奴だ……シアちゃんだって何となくわかるだろ?」
「う、うん」
「だがそのリュエルという獣人が探し出せるというのは……」
「それはあれだ、考古学者の中にもいるだろ? 遺物からインスピレーションを受け取れる超能力みたいな……アレに特化してるみたいでな」
獣人種の中でも特質した才能の持ち主だったと説明。
身体を流れる血が現代に渡って……みたいなドキュメンタリー的な展開などあるものだろうか?
若干の嘘臭さも匂わせながらも、話はクルシアへと戻る。




