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問おう! 貴方ならこの状況、歓喜しますか? 絶望しますか?  作者: Teko
6章 娯楽都市ファニピオン 〜闇殺しの大陸と囚われの歌鳥〜
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01 研究者肌

 

「――たっだいまぁ〜!!」


 元気いっぱい扉を開けたクルシアを冷ややかな眼差しで迎える一人の青年。


 その白衣姿と眼鏡が良く似合う高身長インテリイケメン君は、ふうと小さくため息を吐くと、魔石が大量に入った袋を渡す。


「ほら、軍資金だ。持っていけ」


 冷たくそう言い放つと、魔石加工の作業へと戻る。


 この部屋は、ドクター用に用意した研究作業室。


 そこには大量の属性を抜かれた透明な魔石やカラフルな魔石などが袋詰めにされて置かれていたり、本棚や机の上には大量の研究データを書き留めた資料が本になっている。


 中々器用なこの男の別の机の上には小さな魔法陣とその中には魔石が安置されている。


 この魔法陣の上で細かく術式を書き込み、人工魔石を作ったり、新たな試みを試したりなど、様々な作業が行われる。


 その魔法陣を展開して作業している机の周りをクルシアはチョロチョロ。


「冷たくな〜い? ねえねえドクター?」


「お前はいつも煩いな。少しは黙れないのか?」


「ええっ!? そんなに喋ってないでしょぉ〜?」


「声も存在も煩い」


「存在まで否定!? わあーーん! ボク泣いちゃうよ? 泣いちゃうよ?」


「……」


 つっつけば突っつくほど煩くなるだけだと、目線も合わさず、会話する意思すら見せない。


「なんだよ。つまんなーい」


 するとクルシアは、その軍資金となる人工魔石を確認する。


「せーっかく面白い話を持ってきたのになぁ。あーあ、あーあ。面白いのになぁ〜。聞いて損なんてしないのになぁ〜。あーあ……」


「……わかった、何だ?」


 作業の手は止めないが、いい加減耳障りだと話だけでも聞いてやるといった投げやりな言い方。


「その話を進める前に……これ」


 クルシアが出したのはテテュラがつけていた魔石。


「これはあの女のやつか。……ん? 何故お前が持っている?」


「テテュラちゃん、抜けるってさ。だから取ってきた」


「あ、そ」


 特に言うことはないと淡々とその魔石を受け取る。


「ならばあの女、魔石化したのではないのか? ……なるほど、その辺の話か。聞こう」


 途端に聞く気になったドクターは作業を中断し、ドカッと椅子に座り込むと、クルシアも相席するように座る。


「相変わらずだなぁ。テテュラちゃんのことが心配だとか一言もないね」


「お前、俺がどういう人間か知っているだろうに。検体の生死などどうでもいい。俺が知りたいのは変化の過程と結果、魔石がどのように作用したのか……そのデータが知りたいだけだ。あっ、そういう意味ではあの女の生死も興味はあるか……」


 テテュラという個人の生死は興味はないが、その事象として起きた生死には興味があると話す。


 正に研究者気質な発言だなぁとクルシアは呆れた表情で関心する。


「あの女がどんな魔物になって、どのような過程で死んだのだ。確か、あの女は闇属性でこの魔石は相性を合わせたはず……さぞ珍しい魔物へと変質し、魔石化も順調だったに違いない。お前のことだ、全部見て観察してきたのだろ? さっさと情報を寄越せ。……ん? 待て。あの女が魔石化したというのに、そのサンプルはどうした? まさか回収――」


「まあまあ、ちゃんと話させてよ」


 人には煩いとか言いながら、興味のあることにはズケズケと喋りまくるドクター。


 やれやれと呆れながらも結論を話す。


「結論だけ言うとね、死んでないんだなぁ〜、これが」


「なに?」


「どおどお? 面白くなってきたでしょ?」


「フン。珍しく聞くに値する話だ。続けろ」


 この半魔物化できる魔石のデメリットの実験も行っている。


 その実験のほとんどの結果は魔物化し、身体が魔石化した検体は、例外なく自我を失い死んでいる。


 テテュラも強力な闇属性持ちとはいえ、その例外に漏れることはないと考えていた。


 クルシアはその過程の話を包み隠さず、楽しそうに長々と話した――。


「――なるほど、そもそも身体は魔物化しなかったのだな」


「みたいだね。不定形の魔物だったからだろうけど、やっぱりテテュラちゃんの心境の問題だったんだろうけど〜」


「あの女は確か、親や使用人達から拷問された過去があったな。その負の念が具現化したと考えれば、ヴェノムの希少種というのも頷けるが……」


 彼らが実験から得たデータではほとんどが身体は魔物化し、体内で魔石が形成されている。


 テテュラのこのケースはかなり貴重な情報。


「ま、その辺りはあのお婆ちゃんに聞いた方が早そうだけど……」


「フン。あのゲテモノに尋ねるくらいなら、自分で調べた方が利口だ。だが、俺が知りたいのは魔物化する原理ではなく、魔石化だ。人体そのものが魔石化するというのは非常に興味がそそられる」


「でも要因の目処は大体ついたんでしょ?」


「まあな。あの女を例に当てるなら、強い心の不信感や疑念、絶望、怒りなど負の感情が吐き出るという意味合いから不定形の魔物を生み出した……と言ったところだろうが……」


「魔物って言ってもとんでもない種類がいるしね。その中からわざわざ変異種のヴェノムなんて都合良すぎない?」


「だろうが、結果として起きた事実なのだろう?」


「まね」


「ならばそれも一つの結果として受け止めるさ」


 ドクターは以前までのデータをまとめた資料を手にし、今の話を書き留めていく。


「だが貴様、だったら何故これだけなのだ。あの女も引っ張って来い! あの女の身体があれば、もっと具体的に調べられるものの……」


 テテュラの魔石を手に文句を垂れるドクターだが、クルシアの答えに呆れ果てることになる。


「ええっ!? あの空気の流れだよ? そんなことできないって……」


「……お前はどうして、そんな要らんところの空気は読むのだ。まったく……理解できん」


「だって、それがボクの楽しみであり、生きがいなんだから。ドクターこそ、ボクがどういう人間か知ってるだろ?」


「フン」


 クルシアの趣味が偏った人間観察だということを理解しているドクターは、これ以上は何も言わなかった。


 実際、その観察眼のおかげで自分の研究にも貢献されているのも事実。


 今のテテュラの話もかなり具体的な情報をもらっている。伊達に趣味とは語っていないほどに。


「でも魔物化と魔石化……やっぱりさ、呼び戻す?」


「馬鹿言え。あのゲテモノババアが戻ってきてみせろ……悪臭で気が滅入りそうだ」


「ホント、反りが合わないよね〜」


「当然だ。ジャンルが違えば、考え方も違う。何より臭いんだと言ってるだろ! 思い出しただけで吐き気がしそうだ」


「研究を進めるためには妥協を……とかは?」


「ない。そもそも妥協するつもりがあるなら、俺はここにはいない。どんな実験でもできるからここにいるのだ」


 するとクルシアはニンマリと意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ホント、ドクターって研究者って感じだよねぇ〜」


「フン、むしろこれくらいやれなければ研究者と認めん。可能性の追求は常に犠牲の上に成り立つ。命の一つや二つにいちいち気をやっているやつは、成果など出せんよ」


「ボクが言うのもアレだけどさ、狂ってるよね」


 馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うと、資料に目を通しながら、自分の研究者像を語る。


「お前もよく言っているだろ? 人間、狂っているのが普通だ。他人の犠牲の上に成り立っているという自覚があるなら、そもそも人同士で殺し合ったり、(ののし)り合うような歴史が築かれることなどない。自分にとって都合の良い解釈をするのが人間だ。それを狂っていると捉えることができないから、狂っているのだ」


「まあね」


「動物どころか魔物ですら同族を殺したり、(あざむ)き合うようなことなどほとんどしないのだ、なまじ知性と理性があるのも考えものだ。そもそも犠牲を作れない研究者に未来はない。進化には必ず犠牲は出る。俺から言わせてもらえば偽善者でいる限りは降りろという話だ。人間性や常識を捨てるところから始めて欲しい……」


「そういう意味では、ゲテモノババアを認めてるの?」


「――しつこい! あのババアは認めん。アイツが作っているのは、ただの闇鍋だ。研究にもセンスというものは問われる。あのババアにはそんなもの、欠片も感じん」


「言えてる!」


 上から目線でそう語るドクターは、ふと思い出したようにクルシアに尋ねる。


「そういえば例の魔石はどうなっている」


「これのこと?」


 スッと出したのはマンドラゴラの魔石。


「そうだ。それはお前やあの女につけたものとは違い、魔石が人を選ぶ。そのデータが欲しいのだ、さっさと適合者を探せ」


「わかってるよ。目処はついてるから、もう少し待ってよ」


「ほう。ちょっと聞かせろ」


「要するにはさ、これはドクターがやった手術なしで半魔物化ができるんだよね?」


「まあな。その魔石はお前らのものと性能も別物だ。簡単に言ってしまえば、従来の物はあくまで属性付与や肉体強化、魔物の特性を身につけられるが、その魔人の魔石はそれらに加えて、魔人となった……それの場合はマンドラゴラか、その能力が付与できる――」


「ほう……」


「――と推測される」


「あれ?」


 はっきりと明言しないことに、思わずコケてしまうクルシア。


「らしくない発言だね〜」


「仕方ないだろ。魔人の魔石など取り扱う機会などそうあるものではない」


 現に魔人の魔石はその討伐した国が、研究資源として厳重管理されている。


「加工にも中々手こずったのだ。実際、何人もの死人が出たしな」


「あ〜あ……」


 クルシアはその過程も実験場の様子も知っていたので生返事。


「でも推測じゃあね……」


「安心しろ。確かに曖昧な答え方はしたが、マンドラゴラの能力を得られるというのは、ほぼ間違いない」


「それに関しても死人出してたっけ?」


「ああ」


 涼しい顔をして、この魔石一つに大量の死人が出たとさらりと話すと、話題が逸れたと聞き直す。


「まあとにかく説明した通りだが、目処の話だ」


「ああ、マンドラゴラって声や歌が特徴的な魔物でしょ? その能力の付与っていうなら、やっぱり歌が得意な人を探すのが定番でしょ!」


 自信満々にムッフーとドヤってみるが、ドクターの反応は微妙だ。


「安易過ぎるだろ? そんな奴はこちらでも試したぞ」


 何も期待していないような呆れたように話すが、クルシアは指を振って否定する。


「チッチッチっ、ボクとドクターじゃ、人の理解度が違うよ」


「ほう。まあそれは否定しない。何というかお前は口説くのは得意だからな」


「褒められちった。てへ♩」


「つ・づ・け・ろ」


「はいはい。つまりはさ、気持ちの問題だよ。莫大な力にはそれを受け止められる器が必要だ。ボクやテテュラちゃんみたいに強さがあればいいけど、ほとんどはそんなことないでしょ?」


「まあな」


「だったらそれを補うのは何か、気持ち……心だよ」


「……」


 ドクターとしては理解に苦しむ話。


 精神論などもっぱら専門外のドクターは、その手の心理的やり取りはあまりにも苦手だ。


「その人の気持ち、願い、欲望、渇望は時に限界を超える力や結果、奇跡を見せるものなんだよ」


「まあ、それくらいなら聞いたことくらいはあるが、どうも性に合わん」


「だろうね。そういうのは君の言うデータを狂わせるものだ、毛嫌いしそうだよ。……でもさ、それが人間だよ」


 ドクターも理解に苦しむだけで、わからないではない。


 実際、この男の勧誘を受けたのもどんな研究実験をさせるというのが一番の魅力だったが、何より説得させられたのも事実だ。


 (くすぶ)っていた自分を掘り出し、プライドの高い自分を説得してみせたその話術には、あまり人を認めないドクターでも認めざるを得なかった。


 だからここにいるし、この男を信じられる。


 それはあまりにも歪んだものだとわかっていても。


「……まあそれで結果を出せる男だ、悪ふざけさえなければな」


「耳が痛いなぁ〜」


 その事に関しては反省する気もない様子で(おど)けてみせる。


「でもさ、ドクターだってせっかく苦労して作ったんだもん、成果が出るような人に使われれば嬉しいってもんじゃない?」


「そうだな。死亡するデータはもういらんからな。出来れば生存し、能力がどこまで身につくものなのか、魔力回路の流れや身体に起きる変化など、調べたいことは山ほどある」


「あっ、だったらその死亡データ見せてよ。参考までに見とく」


「ふむ……」


 一理あるとドクターは大量の資料の中から、そのまとめた物を手早く複数取ると、あっさりと手渡した。


「よく覚えてるねぇ」


「そんなものだ。さっさと目を通せ」


「はーい」


 受け取ると、パラパラと流すように目を通していく。


「……お前、ちゃんと見ているのか?」


「まね。昔っから本ばっか読んでたせいか、読む速度と読解力には自信あるからね」


 その発言にはさすがのドクターも驚く。行動力の塊みたいなこの男が本を読むことも趣味だったことに。


「意外だな。本など面倒臭いと投げ出す奴だと思ってたが……」


「ええっ!? ひっど〜い! ボクって読書家なんだよぉ〜! 冒険モノとか英雄譚とか恋愛ものとか……あとホラーとか? とりあえずなんでも読むよ。なんだったら歴史書とか経済書とか新聞も読むよ」


「……お前はどこを目指してるのだ?」


 好奇心旺盛なのは理解しているが、それでも手につけ過ぎだと尋ねると、納得の答えが返ってきた。


「いやぁ、本ってさ、この世界観に入れるとかいうけど、それだけじゃなくて性格も出るんだよねぇ」


「性格?」


「そ。例えばこれだってそうさ。ドクターって融通が効かず、几帳面なところがあるでしょ? この資料のまとめ方を見れば、ドクターがどんな人間かなんてすーぐにわかっちゃうよ」


 言っていることは理解できるが、そもそも見方がおかしいと少し寒気が走った。


「それに内容を見てもそうさ。この人はこんなところに目をつけて興味があるんだってわかる。この一冊を読むだけでも、個性が出るのが人間の面白いところさ」


「お前、もしかして資料に限らず、物語を読む際にもそんな見方をしているのか?」


「ありとあらゆる角度から見るのは楽しいでしょ?」


「なるほど……人を見る目があるというのも問題だな。気味が悪い」


「ガーン!! どうしてそんな酷いこと言うかなぁ〜!!」


 そんな会話をしながらも、ちゃんと目を通しているクルシアに、異常さを感じざるを得なかった。


 本を読むにしても人間観察を忘れないクルシアの異質性は、分野が違えば観察対象だったのだろうか。


「フ……」


「どったの?」


「別に。読み終わったのか?」


「ああ、はいはーい」


 その資料を片しながらドクターは、テテュラの話へと戻す。


「しかし、魔物を介することで生存するとは盲点だった。確かに魔物は魔力の扱いに長けているからな」


「ほとんどは無意識にやっているけど、リリアちゃんのインフェルは自立してるからね」


「なるほどな……その女の起点も中々だな」


「おっ? 若い女の子に興味が?」


「湧かん。……だが、インフェルノ・デーモンか。クルシア、お前、悪魔を飼う気はないか?」


 その発言に、ふふんと楽しげな笑みを浮かべると、


「居処は掴んでるからね。一匹くらい引っ張ってくるつもりさ」


「一匹? お前のことだからてっきり、残り全部と言いそうだったが……」


「それも思ったけど封印されてる悪魔達を横目に、一匹だけ連れて行って残念そうな表情でも見てみたいなぁ〜って」


「趣味が悪いな」


 悪魔相手に喧嘩の売り方とはと呆れた物言い。


「まあ契約できた暁には、ちゃーんと協力させるからさ」


「そうしてくれ」


 話もそろそろ終わったと、部屋を後にしようとするクルシアはふと思い立った。


「あれ? そういえばバザガジールは?」


「ああ、あの暇人ならお前の女が連れていったぞ」


「いや、あの()はボクの彼女じゃないから。迷惑してるんだよ、ホント。というか、連れてったの? バザガジールを? 本気(マジ)で?」


 クルシアは彼女がバザガジールを連れて行くことにめちゃくちゃ驚いている。


「連れて行ったのは確認している。何故かは知らんし興味もないが、お前が頼んでいたことの進展があったのではないか?」


「うーん、それでバザガジールがいる用件なんて……」


 すると次はドクターが思い立つ。


「そういえば、お前の方はどうなんだ?」


「いや、さっぱり」


「頼むぞ。それは個人的にも非常に興味深いことなのだ」


「はいはい。わかってますよ」


 そう言うと、クルシアはドクターの研究室を後にしようとする。


「あっ、そうそう。近々、新しい奴隷でも連れてくるよ。実験体として起用するのもいいけど、使用人としても使ってみなよ」


 それを聞いたドクターは、クルシアがどこで魔人の魔石の適合者を探すか検討がついた。


「なるほどな……心の問題ね」


「そういうこと〜。じゃあね」


 クルシアはそういうと研究室を後にした。


「さあ、彼女達……来るかなぁ?」


 ヒントは歌鳥の鳥籠(とりかご)だけだったが、ハイドラスのように他大陸の社会情勢を知る人間がいる以上、期待は募るばかり。


 きっと来て楽しませてくれるだろうと、まるで冒険物語のページを一枚一枚めくるが如く、わくわくした心境を募らせるのだった。

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