51 テテュラ
「どう? テテュラちゃん。元気?」
「ええ、元気よ。来たのね」
ベットから微笑むテテュラの表情はとても柔らかいものだった。
――あの事件から一週間が過ぎた。
城下町自体は被害は少なく、被害者も出なかったそう。勇者展望広場は未だに再建中である。
テテュラの状態はというと、相変わらずインフェルが中に居なくてはならない状況が続いているが、亀裂が入っていた部分は修復されている。
肌の色も人肌に近付きつつあるが、やはり元に戻すには時間がかかりそうだ。
人の魔石化などという前例がない事態に、王宮魔術師達は頭を悩ませているようで、ヴァートとティナン、その側近さん方は毎日のように訪れるという。
インフェルが一度キレかけたことがあるほどで、しつこいだの、身体を覗き見るなだの、文句をぐちぐちと言っていたそうな。
俺達が来る分には、文句一つ言わないインフェル。まあ当然といえば当然だが……。
あの事件以来、ハイドラス達は学園でも姿を見かけない。テテュラがヴァートから聞いた話曰く、やはり事後処理が大変なようで、被害が無かったとはいえ、招いた客人達の対応や各所報告。
テテュラの事件と魔人の事件を踏まえての防衛の見直し、そして……テテュラの処罰、対応についても話し合われたそう。
「――今日、殿下が来るそうよ」
何気ない会話を楽しんでる最中、ハイドラスの話題が出たところでテテュラは切り込む。
「そっか……殿下、この頃学校で見かけないもんね」
「……来るってことは……」
「まあ、貴女のお察しの通りよ」
「?」
アイシアは不思議そうに首を傾げるが、俺とリュッカはこのタイミングで訪問するということは、処罰が決まった頃合いとみる。
「だからその前に、貴女達だけに聞いて欲しい話があるの」
「なに?」
「……私の過去、私があんな事件を引き起こす要因となった原動力の話よ」
「!」
それはみんなが気にしていたことであり、尤も触れてはいけないところだと、みんなが察して聞かなかったところ。
テテュラの心の傷というデリケートな部分の話を、俺達三人には聞いて欲しいとのこと。
「聞いて大丈夫なの?」
本人は話すというが、心配なので一応、もう一度尋ねると、少し表情が渋る。
「本当は思い出したくもない話なの。でも、いつまでも殻に閉じこもっていたからこそ、今回の事件を起こす結果になったんだと思うわ。それと……」
「ん?」
テテュラが珍しく、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「あまり沢山の人に知られたい話でもないの。貴女達だから……話すの」
友達としての扱いが恥ずかしいのか、そんな反応。
そこを照れるよりもっと思うことがあるように考えるが、これはテテュラが過去を見るではなく、未来を進むために過去と向き合うと決めた結果の反応と考える。
都合が良いようにも考えたが、その方がこちらとしても気が楽だ。
「……わかったよ」
どうせ話を聞けば、重苦しくなる話だろう。
テテュラのあの事件での剣幕を考えれば、想像も固くない。
テテュラは哀愁を漂わせながら、少し俯きがちに話を始める。
「私は西大陸のナジルスタ帝国近隣の国の出身でね、ちょっと名の知れた貴族家の長女だったの」
「それはクルシアがちらっと言ってたよ。弟さんもいるとか……」
「ああ、聞いていたの……」
「でもそれだけ。詳しいことは聞いてないけど、話が聞ける状態でもないとか……もしかして――」
テテュラの話の腰を折るようで悪いが、確認しておこうと真剣にその部分を尋ねると、察してか首を横に振り、否定する。
「死んではいないわ、今尚健在よ。ただ……クルシアの言う通り、話せる状態ではないけど……」
「ご病気とか……?」
「いいえ……いや、病気と言えば病気かしら? まあこれからそのあたりも話すわ」
リュッカの質問に曖昧に返事をすると話に戻る。
「これでもまだ恩恵の儀を受けるまでは、どこにでもいるような貴族の娘だった。そして、当時はこうなるなんて考えもしなかった……」
テテュラの言う貴族の娘というと、混じりっけのない箱入り娘か、贅沢の限りを尽くし、立場を幼少から理解しているクソ生意気な娘とか、そのあたりがパッと浮かぶが、今のテテュラからは正直、想像がつかない。
だがテテュラの真面目な性格を考えると後者ということはないだろう。
「私のあの頃は、立派な治癒魔法術師だった両親を見て、将来はこうなるんだと疑うことはなかった。両親も疑うことはなかった。だから、あんなに優しくしてくれていた……」
少しずつ辛そうな表情へと変わっていくテテュラを俺達は静かに見守りながら、話を聞き入る――。
***
「お父様、お母様。明日は『あの日』だね……」
幼いテテュラは、母親に抱きつきながら心配そうに尋ねる。
『あの日』というのは恩恵の儀。西大陸では処刑日と呼ばれる日。
心配になるのも無理はない。幼少から語り継がれる闇属性持ちに関しての話を聞かされている。
これは最早、この大陸の文化であり、闇属性持ちは絶対悪として扱われている。
テテュラの幼少期はこの処刑日に闇属性持ちだと申告されても、すぐには処刑されなかったが、それでも表には出ないようなことをされるというのはあった。
この当時に限らず処刑日を迎えるこの日は、当人は勿論、家族総出が心配になる。
結果を当日に聞くのが怖いという人は、たまに自分からその水晶石を間借りして見たりもするが、ほとんどはそんなことをしない。
誰もが自分の息子、娘がそんなわけがないと、根拠のない自信を持つもの。
だが、世界基準から言わせてもらえば、闇属性持ちは少ないとはいえ、出てくるもの。
避けられない実態は確かにあるのだ。
そして、テテュラの両親も……、
「大丈夫よ、テテュラ。貴女は私とお父様の娘ですもの。きっと素晴らしい水の恩恵を見せてくれるわ」
「そうだとも。何も心配いらないよ」
テテュラ父は、その大きな手で優しくテテュラの頭を撫でる。
テテュラはその温もりを感じ、優しい言葉を貰い、安心した。
こんなにも幸せなのだ、それを壊すようなことなど起きない。神様はそんな悪戯などしないとどこか確信を持って言えた。
根拠も証拠もないのに……、
そしてテテュラの悪夢はここから始まった――。
「な……なんで……?」
前までの子達はみんな何事も無く、自分の属性を確かめられたのだが、テテュラが手をかざした水晶石は黒く染まっていく。
しかも染まり具合から強力な闇属性だと確認もできた。
「お父様――!」
焦りながら振り向くと、両親もショックを隠しきれない様子で佇んでいる。
「お父様……お母様ぁっ!!」
「来い、娘!! 貴様は連行する」
「いやぁっ!? 離してっ!」
立ち会っている魔術師や騎士達に強引に連れて行かれそうになる。
「――痛いっ!?」
その騎士達の方に遠慮はない。例えまだ幼い娘だとしても闇属性持ちは脅威。力尽くでも連れて行かれる。
「助けてっ!! お父様ぁっ!! お母様っ!! いやよ! ……!」
助けを求める娘の声が聞こえていないのか、父はただただ茫然とし、母は泣き崩れるだけだった。
テテュラの脳裏に浮かんだのは、闇属性持ちの末路。即ち死。
「いやぁ……」
(私はまだ、お父様とお母様と……みんなと一緒にいたい。死ぬなんて嫌だっ!!)
「嫌あぁああーーっ!!!!」
「――があっ!?」
「――ぐっ!?」
すると魔力が暴発し、その強引に扱っていた騎士達は吹き飛ぶ。
テテュラはその場にぺたりと座り込み、会場にいる人達の視線を浴びる。
(そ、そんな目で見ないで……)
それはまるで化物でもみるかのような嫌悪の視線。とてもじゃないが、幼い娘を見る視線ではない。
幼いテテュラでも十分に理解できるほどの異質した光景だが、さらにおかしな展開へと進む。
「あの娘はどこに行った!?」
「いやぁ、あんな化物が近くにいるなんて……」
「――どこ? どこにいるんだ!?」
みんな水晶石が安置されている台座を見ながらそう語る。
テテュラは恐怖しながらも不思議に思った。目の前にいるのに自分を探していることを。それは怖い形相で腕を握り絞めていた騎士達も同様。
その上司だろうか、血相を変えて探し出せと怒号を浴びせる。
テテュラは何が起きているのかわからなかったが、悟ったのだろう……逃げるなら今しかないと、抜け殻のように佇んでいる両親を置き去りにその場を後にした。
――行く宛てもなくひたすら走り続けた。
闇属性持ちがこの大陸では誰も受け入れないことを、温室育ちの少女は知っている。
今まで築き上げられてきた人間関係が崩れる様を、齢七歳の娘が味わうには、あまりにも残酷なことであった。
この先、どうなるのかもわからず、しかも今の自分は誰にも見えない。
いきなり孤独を突きつけられたテテュラは、その場で泣き崩れた。
「お父様ぁ……お母様ぁ……」
両親のあんな顔は初めて見たが、テテュラにとって――いやまだ物心がつき始めた子供が親を頼りにするのは、自然の摂理。
テテュラもまた二人から愛情を注がれて育てられた。
一緒に遊んだり、褒めてくれたり、怒ってくれたり、悲しんでくれたり、笑ってくれたり……。
弟ができてからは、母親を取られて拗ねたなんてこともあった。
その時、母は言ってくれた――。
「大丈夫よ。貴女も私の大事な娘なのだから……」
そう微笑み、笑ってくれた。
だからあんなに泣き崩れる母親を見たくなかった。
本当なら水属性と恩恵を受け、
「さすがうちの子だ、一緒に頑張りましょう」
と言われるはずだったのにと、後悔する。
「はあ……はあ……あれ?」
しばらく走り、泣き疲れたのか、急に目眩がする。
この当時のテテュラはわからなかったが、あの魔力の暴発でステルスの魔法が強制発動。
慣れないことに身体がついて行かず、魔力を酷く消費したのだ。
挙句、走り続け、泣き疲れれば、気絶もするだろう。
幼いテテュラはそのまま意識を失い、倒れてしまった――。
「――ん……」
意識が戻ったテテュラが見ている景色は、暗く閉ざされた牢獄のような場所だった。
「ここ……どこ?」
場所を把握するため移動しようとすると、ジャラという聴き慣れない音が手足から聞こえる。
「え……?」
ふと音の方に視線を向けると、鎖で両手足を固定されていた。
何が起きているのかわからず、困惑する中、カツンカツンと靴音が聞こえる。
「あ、ああ……」
頭の整理がつかずに迫り来る恐怖。
誰が姿を見せても悪い予感しかしないテテュラは、口をパクパクさせながら、恐怖に震える。
だが、その足音はテテュラからすれば予想外の人物のものだった。
「お、お父様……みんな……」
そこには心底疲れ切った表情のテテュラ父の姿と使用人達の姿があった。
テテュラは安堵した。
テテュラは悪い人に捕まって連れ去られ、鎖で繋がれていたところを助けに来てくれたのだと考えた。
あの疲れ切った表情も血眼になって探してくれたのだろうと。
「お父様、ごめんなさい。心配かけて……でも、大丈夫だから……」
心配をこれ以上かけないように振る舞うが、内心は怖かった。
闇属性と言われ、こんな暗いところに閉じ込められ、鎖で繋がれている。
テテュラは思い知った。この大陸で闇属性持ちというだけでこれだけの扱いを受けるのだと、身をもって理解した。
「お父様?」
声をかけているのに反応がない。
このシンとした空気感に呑まれてか、変に冷静さがやってきた。
周りの使用人達をよく見ると、今までかけてくれていた笑顔は消え失せており、まるで見下すような視線でテテュラを見ている。
テテュラからどんどん安心感は消えていく。
(あの時の……目!)
テテュラがあの台座の上から感じた視線だった。そして――、
「心配だと? ふざけたことをぬかすなぁ!!」
「……お父……様?」
「お父様だと! 吐き気がする、やめろっ!! お前のせいで……お前のせいで……!」
テテュラが今までに見たことがない激情した父の姿があった。
両手で顔面をかいて、怒りを露わにする。
「お父様、何を……」
「お前が闇属性だったなんてなぁ……どおりで魔法を教えてもできないわけだぁ!!」
父は家の魔法使いとして恥じないようにと英才教育を子供達にさせていた。
そんな中でテテュラのみが魔法を使えなかったのだ。
両親は才能やもしかしたら別の属性だったのかと思い、それでも大丈夫だよと慰めていた。
だが、それは闇属性以外の話。闇属性であれば話は変わってくる。
「何もかもお前のせいだぁ!! くそっ! くそくそくそがあっ!!」
テテュラが逃げ出してから何があったかわからないが、闇属性を出してしまった家が悪くなっていくのは珍しい話ではない。
おそらく周りから有らぬ噂や被害にあったのだと考えられる。
すると吐き出し終えたのか、ピタリと不気味なほど静かになった父は、使用人と同じ視線を送る。
「だが大丈夫だ。お前が居れば、汚名も注げる。ふ、ふふふ……あははははははははははーーっ!!」
***
「その後はクルシアが助けに来るまでは、拷問されたわ」
「……拷問」
こくりと頷くと、静かに語ってくれた。
テテュラの家は治癒魔法術師として成り立っていた。
だが、テテュラの影響で築き上げた信頼は一気に崩れ去り、地の果てまで落ちた。
西大陸ではそれだけ大きな事なのだ。
そしてその信頼を再び取り戻すため、テテュラを死亡扱いし、家に監禁したのだ。
人体モルモットとして……。
この大陸で闇属性持ちに人権は無く、テテュラ父からすれば都合の良いモルモットだったという。
テテュラはそこでありとあらゆる傷を負わされ、毒を盛られ、苦しみ続けた。
そしてそれを治療する方法を見つけ出すためのモルモットとしたのだ。
死んでも良いモルモットとして飼われたテテュラは、その治癒魔法術の開発だけに終わらなかった。
二個下の弟の治癒魔法の練習台としても起用された。
しかも弟は歪んでしまった両親に育てられたせいか、非道な性格に成り果て、治癒魔法の練習よりもテテュラをどう痛めつけるかに執着した。
使用人も両親もそれには一切のおとがめがなかった。
それどころか、もっとやれとまで言われる始末。
終わったことだからだろうか、静かに語るテテュラだが、聞いているこちらからすれば、胸糞悪いを通り越す内容だ。
アイシアもリュッカも辛そうな表情を隠しきれない。
テテュラの気持ちを思えば、あまりにも残酷な過去だった。
恩恵の儀までは普通の女の子として扱われ、可愛がられていたはずのテテュラは、まさかその愛情を注いでくれた両親がこんなことをするとは、夢にも思わなかっただろう。
そして裏切られて捨てられて、死ぬほどの痛みと苦しみを味わいながらも、治癒されて次の苦痛を与えられる。
どんな生き地獄だったのだろう……想像を絶するものだっただろう。
何より心が持たないと考えた。
大切な人達が非情の限りを尽くし、自分を拷問する様はテテュラにどう映ったのだろうか。
悲しくて辛く、助けを叫んでも否定される。
思わず、心臓のあたりをギュッと握りしめられるかのような感覚に陥る。
「……ごめんなさいね。不快な思いをさせてしまって……」
「ううん、ううん!! いいのっ!!」
テテュラの身体のことを考え、そっとハグするアイシアの目にはいっぱいの涙が溢れ出る。
「辛かったね……ごめんね。ぐす……助けて、あげられなくてぇ……!!」
テテュラの両親と弟はクズだと思うが、さすがに当人の前でそんなことを言うわけにもいかず、俺は言葉を飲み込む。
「貴女と私は住むところが違ってたのだから――」
「それでもだよ! ごめんね……」
アイシアには一切の責任もないのに、謝り続けるところを見ると、こちらが申し訳なく感じたのか、
「私こそごめんなさい。こんな思いをさせて……」
再び謝った。だがアイシアは、ううんと先程のセリフを無限ループしそうだったので先の話を尋ねる。
「その何年後かにクルシアが?」
「……ええ、そうよ。もう生きている理由が見出さず、絶望に暮れていた私を拾いあげたのが、クルシアだったわ」
「それでテテュラちゃん。聞きにくいんだけど、ご家族の方は……?」
クルシアの話だと会話ができる状態ではないと聞いたが、ここまでのテテュラの話からは、とてもじゃないがそうは思えない。
「クルシアに拷問されて、完全に闇属性持ちに恐怖し、外を歩けなくなったわ」
「「「!!」」」
「私に与えられた拷問もそうだけど、あの通り、クルシアは変に説得力があるでしょ? お父様達が追い詰められていくのをよく覚えてる」
「立ち会ったの!?」
「ええ」
絶望に暮れ、判断力が希薄になっていたとはいえ、立ち会っていたことに驚くと、寂しげに語る。
「クルシアは軽くみんなを動けなくすると、私の目の前で一人一人、苦しめていったわ。特に私の家族には念入りにね」
それもどうかしてると思ったが、テテュラにしたことを思えば、不思議と落ち着いて聞けた。
「その時、私は何も感じなかったわ。私もいつの間にかお父様達のことを『他人』と見ていたのよ。人間観察が趣味のクルシアからすれば――君の心をそんな風に壊したのは、彼らだよ。気にしなくていい……って言われたわ」
テテュラが俺達に寄せてくれなかったのは、そこにあると考えた。
自分が貰う愛情を信じてもいいのかと疑ってしまったのだ。
本来なら一番信用できる両親。この二人のテテュラの扱いは後にテテュラを変えてしまったのだ。
クルシアではない。テテュラの家族によって。
「大丈夫だよ、テテュラ。私達はそんなことしないし、絶対裏切ったりしない」
「うん! ずっと友達って約束したからね!」
「はい! これからはもっと私達を頼って下さい」
俺達は誓えると胸を張って言えた。
「ありがとう。ありがとう……」
本当に感謝するように、気持ちの入ったお礼を口にすると、この話を俺達だけにしたもう一つの理由を話す。
「聞いてくれてありがとう。ちょっと気が楽になったわ。貴女達は不快だったでしょうけど……」
「まあそこはさすがにね。だけど、話してくれてありがとう」
「まあ貴女達だけに話したのには、もう一つ理由があるの」
「なに?」
「この話、今から来る殿下に話すと同情心を買うようで、個人的に嫌だったの。適正な罰を言い渡しに来るだろう時に、話したくなかったの」
俺とリュッカは理解したが、アイシアはまだ不思議そうな表情をする。
「罰って……そんな沢山辛い目にあったのに、罰だなんて……」
「アイシア、それはそれ。これはこれだよ」
「リリィ……」
「確かにテテュラの過去は壮絶なものだったし、クルシアに捨てられ、挙句に魔物、魔石化までしたけど――」
ここまで話すと、テテュラは本当に辛い目にあっているのだと改めて実感する。
「――この国を脅かし、その技術を持っているのも事実だ。国側は客観視して脅威として見るんだから、話は変わる」
「そ、そんな……」
なんでそんなこと言うのと視線が訴えてくるが、俺だって本当はテテュラにはおとがめなしであって欲しい。
過去と境遇を考慮すべきだとは思うが、国全体を巻き込んだのが問題だった。
これが秘密裏にハイドラスが襲われたとなれば、ハイドラスの考慮が優先されるだろうが、被害が少ないとはいえ、実際、国中の人間を問わず、魔力を吸い上げた。
危害を加えた以上、言い訳は立たない。
「利用価値がある限りは私は殺されないわ。だけど、死罪もあり得るでしょうね」
「そ、そんなの絶対させないから!!」
「シア、まだ決まったわけじゃないから、落ち着いて――」
コンコンとノックが鳴ると、バッとアイシアはそのドアへと向かい、バンと思いっきり開ける。
「おお!? いきなり驚くではないか」
噂をすればなんとやら。するとアイシアは姿を確認するや否や物申す。
「――テテュラちゃんに酷いことなんてさせないから!!」
「な、何を言い出すんだ……」
何がなんだかわからないハイドラスに事情を説明――。
「なるほどな。まあ、わからんでもないが……」
テテュラの過去については話さず、処罰についての話をしていたと説明すると、アイシアの反応に納得。
ハイドラスはテテュラの側にある椅子に腰をかける。
「今日は、ズバリっ……その話をしに来た。結論から言うと……これからテテュラには我が国に貢献して欲しいという結論に至った」
「貢献……ですか?」
「ああ。お前達も知っての通り、テテュラはとても希少な存在である。そのため、彼女の身体を調べてことに協力してほしいとのことだ」
「それって……人体実験とかするつもりですか!?」
アイシアは真剣な眼差しでハイドラスに言い寄る。
「随分と穏やかじゃない単語が出てきたな。そんなことをするつもりはない。どうしてそんな言葉が出てきた?」
「それは――」
「あーあー、何でもないです」
テテュラは話したくないって言ってたのに、どうしても感情が出てくるのと同時に、そこも出てくるようで抑えが効かない。
「とにかくそんな気はない。だが、テテュラの今の身体を調べれば、色んなことがわかるだろう。それは、今後の未来にも活かされる話だ」
「どういうことですか?」
「人体の魔石化は、例えば魔力回路の病気などの治療技術の発展のきっかけとして、起用できると期待されている。それにクルシアとドクターという奴がいる以上、このようなケースの治療も視野に入れねばならない」
「今後の対策のためにテテュラは協力しろってことだね」
「そういうことだ」
テテュラが元に戻るためには避けられないことだから、調べられることは構わないことだと考える。
「それにクルシアの組織についても詳しく聞かなければならん」
「……もっと重い処罰が与えられるものとばかり、思っていましたが……」
「……」
するとハイドラスは真剣な表情で語る。
「実際、死罪の話も出ていたのだ」
「!」
「……元々は王族である、我々の首が狙いだったとはいえ、下手をすれば国の崩壊すらあり得た事件だ。それだけの能力、行動力、計画性、実行力があるのは危険と判断されていた。それに騎士も君は殺している」
「……」
ついでに言えば、王族のトップの首が飛んでも国の転覆はあり得そうだが、少なくとも今の治安維持を出来なくなってしまうのは事実だろう。
「それに先の事件の影響でクルシアの言う通り、西大陸を拠点としている五教星から闇属性持ちに関する規制話が既にきている」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ。まったく困ったものだ……」
テテュラの事件は、明らかに影響が出たものだと、困ったように頭をかく。
「だが、テテュラの今の状態の情報がこれからの未来に大きく貢献されるだろうということと、その魔石化状態がいつまで続くかもわからないのだ。ほぼ軟禁が続くだろうから、その上で我らの調査に積極的に協力し、貢献してくれるのであればという話でまとまった」
「良かったね、テテュラちゃん!」
「だからテテュラ。死んでいった騎士達以上に我が国のために働いてもらうぞ。いいな?」
「はい! 寛大なご配慮に感謝致します」
俺達三人も思わず安堵の表情を浮かべて喜ぶ。
「いや、本当に良かったよ。テテュラちゃんほどの美少女が死罪だなんて有り得ないからね」
「はあ……貴方は黙ってなさい」
側近二人のこのやり取りを見て、一同は笑顔が零れた。
――だがはっきり言うと、色んな不安が拭いきれず、むしろこれからが本番なのだと感じる。
クルシア、バザガジール、ドクターと呼ばれているものから、道化の王冠が暗躍するのもこれからなのかもしれない。
歌鳥の鳥籠……クルシアが用意した舞台で再び何が起きようとしているのか。
テテュラのような惨劇を起こさないためにも、阻止せねばならない。
そんなことを胸に秘めながらも、友人達のこんな時間を大切にしたいと改めて感じた。
これからも不穏な兆しが俺達を苦しめるだろうが、信頼できる友と仲間が居ればなんて、王道を信じ、貫きたいと考える、今日このごろだったりした。
ここまでのご愛読ありがとうございました。第5章はこれにて終了です。
第6章はこのハーメルトを離れ、西大陸でのお話となります。
これからもご愛読下されば幸いです。それでは。




